将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱は過去の己の行動を心底後悔する
前編


 

 老いも若きも舞い上がる女の園、吉原遊郭。天元曰く、日の本一色と欲に塗れた場所。

 絢爛豪華な通りでは多くの遊女が男を誘い、男も一時の夢を求めてその誘いにのる。

 そんな愛憎渦巻く遊郭に、俺は今一人で立っていた。

 口面を外し、それなりに上等な着物を身に纏いゆっくりと歩みを進めるその様は、どこで今夜の夢を買うか考えているように見えるだろう。むしろ見えていなければ困る。あまり悪目立ちは出来ないのだから。

そもそも何故俺が、あまり縁のなかった遊郭に来ているのか。事はあの日、天元がしのぶ嬢と共に屋敷に訪れた日にまで遡る。

 

 

 

「──遊郭に鬼?」

「ああ」

 

 天元からの頼み事は、共に客として遊郭に潜入してほしいというものだった。

 何でも、鬼が潜伏するのに都合がいい場所はどこかと考えて遊郭を思い付いたらしい。

 あそこは正真正銘夜の街だ。遊女であれば昼見世もあるだろうが、ある程度格が上がれば出る必要もなくなる。客ならばより一層簡単だろう。人を食ったとて、遊女であれば足抜けだと偽装することも難しくないし、たとえ客だったとしても誤魔化すことは十分可能だ。

 なるほど。そう考えると確かに遊郭は優秀な"餌場"だな。

 

「店は絞ってあるのか?」

「ああ。とりあえず五ヶ所までは」

「そうか。うん、分かった。協力しよう。だが五ヶ所に絞り込んだとは言え二人で探すには…」

 

 そこまで言ってつい口をつぐむ。

 遊郭という閉ざされた場所で定期的に人を食っていると考えると、相手は十二鬼月である可能性が非常に高い。となると、出来れば(きのと)以上であることが望ましい。しかし当てはまる隊士の数はそう多くない。ならば柱はどうか、という話だが、残りの柱を思い浮かべてみてほしい。

 

悲鳴嶼。身体が大きい上に常に泣いている。

冨岡。口下手が過ぎて情報収集には不向き。

不死川。顔も身体も傷だらけな上に目が怖い。

 

 …うん。無理だな。

 俺の思考を読んだのか、天元は真顔で「他の奴らにゃ無理だ」と吐き捨てた。特に異論を示すことなく互いに一つ頷き話を進める。

 

「情報が多く入るとなると、花魁かそれに近しい者か?」

「ああ。だが最初からそこを狙うのは悪手過ぎる」

「そうだな。そもそも会わせてももらえないだろう。…となると、長期戦を覚悟で将来有望そうな遊女に定期的に通うか」

「俺的には地味な作戦だが、それが一番無難だろうよ」

「…うん。承知した」

 

 頭の中である程度の条件を見繕い、基準を固める。とりあえず、見目と器量が共に優れており、かつ周りから慕われているであろう遊女を選ぼう。普段は女性をこのような視点で見ることがないため、正直言ってかなり心苦しい。が、これも仕事だと割りきることにする。

 

「あおいさんなら問題ないと思うが、出来るだけ地味に潜入してくれよ」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ」

 

 

 

 といったやり取りをした約一月後が今日だ。本当ならもう少し早く取り掛かりたかったんだが、一応上弦の弐を警戒した結果であるので仕方がない。

 この一ヶ月、警戒していたのが馬鹿らしくなるほど何もなかった。いつも通り任務に行き、いつも通り首を狩って、いつも通り屋敷に帰る。あの鬼が再び接触してくることはもちろん、不自然な動きをする鬼もいなかった。

 

──他の鬼に殺されてくれるなよ?

 

 …上弦の弐から掛けられたあの言葉。すぐに俺をどうこうするつもりはないと考えていたが、この一月の状況を鑑みるに当たっていたと見ていいだろう。

 まあその代わり、次に顔を合わせた時はどちらかが死ぬんだが。とは言え俺は死ぬつもりなど毛頭ないので、首を捕られるのは彼方の一択だ。当然だろう。

 なんて。そこまで思考を巡らせて一度息をつく。そろそろ気持ちを切り替えよう。これ以上は無意味でしかない。肩の力を抜きつつ適度に警戒すればいいだけの話だ。

 そうぶらぶらといくつかの張見世を冷やかしつつ、たまに差し出される煙管を笑顔で躱すこと数回。

 ようやっと目当ての妓廊の一つに辿り着いた。

 一先ず張見世を覗こうと群がっている男たちの合間を縫い格子に近づく。ゆっくりと中に視線を走らせ、そして俺は一人の少女を見つけた。

 煙管を下に傾け、物憂げに伏せられた瞳。そこから伸びるふさふさの睫毛に、透き通るような肌。彼女を視界に入れて、直感する。彼女は将来、この吉原遊郭を代表する女性になると。

 

「──こんばんは、お嬢さん。お名前を伺っても?」

 

 それが後の花魁、鯉夏との出会いだった。

 

 

 

 店に入り、俺を一目見た楼主はにっこりと人好きのする笑みを見せ、俺を座敷に通した。…おそらく、俺の身なりからそれなりに金を持っていると判断したのだろう。念のため良い着物を着てきて良かった。まあ実際、柱になってからというもの十分過ぎる程の給金を受け取っているので、あながち間違ってはいないのだが。

 …いや、そんなことはどうでもいいのだ。

 座敷に通され運ばれた食事をちまちまと摘まんでいると、襖の向こうから声が掛かった。

 鈴を転がしたような、澄んだ声だ。

 

「お待たせして申し訳ありません、藤宮様」

 

 "藤宮あかね"。

 潜入する際、偽名を使った方がいいという天元からの助言を受けて考えた名前だ。

 

「いや、気にしなくて構わないよ。ここの食事が美味くて時間を忘れていたからな」

「それはようございました」

 

 ゆっくりと室内に入り俺の隣に腰を下ろすと、そのまま徳利を持って酌をしてくれる。

 

「ときと屋へは初めてですか?」

「うん。遊郭自体も大分久しぶりだ」

「そうなのですね。今夜はどうぞ、楽しんでいらしてね」

「もちろん」

 

 こちらの身元に繋がるような情報は出来るだけ落とさないよう注意して話を進める。とはいえ、ほとんど素のままの会話なんだが。

 偽名を考えた際、いっそのこと"藤宮あかね"という人物を新しく作ってはどうかという話になったが、別人を演じるなんてそんな器用な事俺には出来なかった。よって、ここにいる"藤宮あかね"は、ほとんどが"一宮あおい"のままという状態になっている。…他の柱には無理だと判断したが、俺も然して変わらない気がしてきた。ごめんな天元。

 脳内の元継子に謝罪しつつ食事を頂き、酒も呑み、それなりに言葉を交わして分かったことがいくつかある。

 まず、これが一番大事なのだが、彼女は以前俺が定めた"基準"を文句なしに満たしているということ。見目が良いのはもちろん、話の流れで琴や三味線といった芸事も得意であることや、他の遊女との仲も良好だということが伝ってきた。偶然とはいえ、彼女を見つけることが出来て本当によかったと思う。

 次に、彼女が客を取り始めたのがごく最近だということ。遠い記憶にある遊女たちに比べて、酌の仕方も表情の作り方も、"遊女"というよりは所々まだ普通の少女のようだ。歳もしのぶ嬢と然程変わらないくらいだろうから間違いない。

 そして最後に、時間が過ぎる毎に彼女の緊張が増しているということ。座敷に入ってきた時よりも明らかに表情がぎこちない。

 

「…そんなに緊張しなくても、取って食ったりなどしないよ」

 

 上手く隠せていると思っていたのだろう、ひどく驚いた顔を見せてくれた。それに一つ笑いを溢し、窓際に寄って空を見上げ更に続ける。

 

「こちらにおいで。今日は月がないから星がよく見える」

 

 少しして、おずおずと近づいてくる気配がした。怖がりな猫を手懐けている気分になり知らず口角が上がる。

 隣に来た彼女に指でほらと指し示せば、小さく息を飲み一言だけ言葉を紡いだ。

 

「綺麗…」

「朔の日なんだ。月に一度、お月さまが姿を隠してしまう日」

 

 そう言えば何故か視線を感じるからつい目をやってしまう。予想通り、じっとこちらを見つめる大きな瞳と目が合った。

 

「…どうした?」

「あ、いえ…その…」

「うん?」

「あなたが、お月さまのように思えて…」

 

 予想外の言葉に目を瞬かせる。

 

「…俺が?」

「はい…」

 

 ほんのりと頬を赤く染め、気恥ずかしそうにうろ、と視線を彷徨かせる彼女を眺めているうちに、じわじわと笑いが込み上げてきた。…あ、駄目だ。堪えられない。

 

「…ふっふふ、あはは」

「わ、笑わないでください…!」

「いやっ、すまない…!思いがけないことを言うものだから、つい…っ」

 

 必死に耐えようとして喉元で声を抑える。肩を震わせつつ滲んできた涙を拭い、息を整えるために深く呼吸をする。

 

「ふぅ…面白いことを言うなぁ、鯉夏は」

 

 思い出し笑いをしないよう話題を移そうかと考えて彼女に目を向けると、またもやじっと俺を見ていた。今度は大きな瞳を更に大きくするというおまけ付きだ。

 

「名前…」

 

 小さく呟かれた内容に、そういえば座敷に上がってからは一度も呼んでいなかったと思い至る。

 

「すまない。いきなりは不躾だったかな」

「っいいえ!全然そんなことは…むしろ、嬉しいです」

 

 先程よりも濃く色付いた頬がやけに目についた。

 

「あの。私もお名前を、あかね様とお呼びしても、よろしいですか」

「もちろん、構わないよ」

 

 嬉しそうに音にはせずに名前を呟く鯉夏に、小首を傾げて問い掛ける。

 

「…もう怖くないかい?」

「え…?」

「いやなに、俺はそれなりに背丈があるし、この毛色だろう?初対面だと怖がられることもあるから」

 

 まあその多くは口面をつけてるからなんだが。それでも十人に一人くらいは外国(とつくに)の出身かと勘違いして敬遠してくることもあるし、単純に背が高くて怖いと思われることもある。

 そう思っての発言だったのだが、鯉夏的には不満だったらしい。

 

「怖くなんてないです!」

 

 柳眉をぎゅっと中心に寄せて否定すると、両手を俺の左手に伸ばしそっと握る。

 

「あかね様はお優しい方です。私のような遊女にもそうやって気を遣ってくださる。確かに緊張してはいましたが、怖かったのではなく、あなたが…」

 

 とても綺麗な方だから…。

 小さな小さなその声は、ともすれば外のお囃子に掻き消されてしまいそうで。

 普段はあまり気にも留めないその言葉が、何故かいつものように耳をすり抜けて行ってくれなかった。

 

「…ありがとう。けど、俺にしてみれば貴女の方が余程綺麗だよ」

 

 鯉夏の手に握られていないもう片方の手を重ね、もう一度ありがとうと礼を言う。

 

「そろそろ大門が閉まる頃かな」

「…もう帰ってしまわれるの?」

「惜しんでくれるのか?嬉しいなぁ」

 

 今夜の目的は既に達した。遊郭内部の構造や人の出入りも粗方把握出来たし、ときと屋の遊女とも顔馴染みになれた。ならばそこまで長居しなくてもいいだろう。それに今日は日輪刀を持ってきていない。万が一鬼と遭遇してしまえば、抵抗する手立てがない俺では食われて終わってしまう。それだけはごめん被りたい。

 …という内心はおくびにも出さず、鯉夏には明日も仕事があるのだと伝える。嘘ではない。明日も任務はあるし、なんならこの後藤の花の家に預けている刀を受け取って巡回に向かわねばならない。柱は忙しいのだ。

 しかしそうだな…。

 目を伏せて残念そうにしている鯉夏に、このまま帰るのも忍びないと、一つ約束することにした。

 

「ふふ、ならこうしようか。月に一度、朔の日には貴女の元を訪ねるとしよう」

「月に一度…約束ですよ?」

「ああ。約束だ、鯉夏」

 

 ならばと、鯉夏は俺の小指を自身のものと絡ませ歌を奏でる。

 

──ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーます

 

 ゆびきった。

 行灯が消え、いつの間にかお囃子の声もしなくなった静かな空間に、その声は波紋のように広がっていった。

 

 

*****

 

 

 遊郭での初回捜査から一週間程経った任務でのことである。しのぶ嬢から試作品の毒を試してみて欲しいと頼まれた俺は、刀で四肢を切り落とし身動きが取れなくなった鬼に毒を塗った刀身を突き刺していた。

 

「さて、今回は効くかな」

 

 これまで何度か試してきていたが、いずれも効果がなかったり刺した部分にしか効かなかったりと、実用するには不安が残るものだった。しかし今回の毒はしのぶ嬢本人が自信作だと言っていたのだ。効果は期待出来るだろう。

 

「お」

 

 うごうごと奇声を発しながら蠢いていた鬼が一瞬にしてどろっと溶けた。正直に言おう。気持ち悪い。

だが暫く待っても身体が再生する兆しは見えないし、もしかしなくてもこれは、成功したのではないだろうか。

 

「これでやっとしのぶ嬢も前に進めるな」

 

 いい報告が出来るとほくほくとした気持ちで帰路に着いていた途中、そういえばこの近くに最近あまねが通っている双子の家があったなと思い出した。何となく、様子を見てみようという気になり頭上を飛んでいた暁に呼び掛ける。

 

「暁」

「ナアニ?」

「この辺りに保護対象の"時透兄弟"の家があるんだが、場所は分かるか」

「ンー…コノママ左ニ真ッ直グ!」

「ありがとう」

 

 言われた通り左に真っ直ぐ進み暫く。もはや慣れた気配と僅かに香る血の臭いに眉を顰めた。

 

「暁。蝶屋敷にこれから怪我人を運ぶと伝えてきてくれ」

 

 藤の花の家に運ぶよりも蝶屋敷の方が近いと判断し、暁に指示を出す。

 

「分カッタ!」

 

 暁が飛び去るのと俺が再び駆け出すのはほぼ同時だった。

 血の匂いが濃くなると同時に僅かに漏れ聞こえる声。まだ生きている。まだ、間に合う。

 そうして辿り着いた先で目にしたのは、血塗れになって倒れている子どもと、斧を振り回して果敢にも鬼に向かっている子どもだった。

 

──空の呼吸 壱の型 紫電一閃

 

 一気に距離を詰め鬼の首を刎ねる。視界の端に鬼が灰となって消えるのを映しながら、左手で斧の握りを掴む。荒く息を吐き目を見開いて激昂している少年に、果たして俺の声は届くだろうか。

 

「──落ち着きなさい。もう鬼はいない。君の兄弟も生きている」

 

 どの言葉に反応したのかは分からない。けれど少しずつ呼吸が落ち着き、斧を掴む力が緩んだ。その隙に手から斧を抜き取りその辺に放る。

 

ガシャンッ

 

 大きな音に紛れてどさっという音と共に少年が倒れこんだ。

 

「…むいちろう…?無一郎…!」

 

 血の気が抜けて青白い顔をした少年が、倒れた己の片割れの名を呼ぶ。何とか近づこうと残された右手で這うのを慌てて止めた。

 

「気絶しているだけだ。怪我はしていない。それよりも君の腕を止血しないと」

 

 生憎と包帯の類いは持っていない。手近にあった布を裂き、急いで応急処置を施していく。

 

「あんたは…」

「俺は鬼殺隊士の一宮あおいだ。…こんなことになったからな。君たちのことは一先ず鬼殺隊の治療所に連れていく。悪いが拒否権はないぞ」

 

 何か言葉を返そうとしたのだろう。しかし開いた口からは呻き声しか漏れず、そのまま意識を失ってしまった。

 手早く処置をし二人を抱える。多少走りにくいが、一人を置いていくよりは余程ましだろう。

 少し弱めの脈と呼吸を片側から感じ、俺は傷に障らない程度に走る速度を上げるのだった。

 

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