将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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後編

 

 一宮の家に来て、一月程経った。

 正直に言おう。俺はいつか、鍛練で死ぬんじゃなかろうか。

 いや、いきなりはよくないな、うん。順を追って話そう。だから聞いて。

 一宮の両親はとても良い人達だった。初めはお互い微妙な距離感を保っていたが、今では大分近づけたと思う。俺も二人を“父上殿”“母上殿”と呼んで慕っている。

 ただその近づけたきっかけが鍛錬だったのは、果たしていいことなのかどうなのか…。

 俺は今まで刀を握ったことがなかった。当たり前だ。廃刀令が出されてもう20年は経っている。普通に暮らしていたら握る機会なんて皆無だろう。だからまず、木刀での素振りから俺の鍛錬は始まった。

 父上殿は、今では鬼殺隊の当主である産屋敷耀哉様の補佐をしているが、元は鬼殺の剣士だったらしい。甲という階級まで上り詰めたが怪我の影響で引退するほかなかったのだとか。元々一宮家は産屋敷家を支えてきた一族だから特に不満はなかったそうだが、子どもが居ないのだけが心残りだったそうだ。母上殿もかなり気に病んでいたため、いっその事養子を取ろうという話になったという。そこでなんやかんやあり俺が選ばれたのだから、縁というものは不思議なものだ。

 …話を戻そう。

 鬼殺の剣士だった父上殿に直々に剣術を基礎中の基礎から教わっていた俺だったが、内容がもう厳しすぎた。素振りは一度につき千回は当たり前。それに並行して体力をつけるために山を駆けまわり、鬼に攻撃されることも想定して只管回避するだけの訓練もした。手の豆は潰れ、体中に青痣を作り、一日の終わりを気絶で迎えた。

 もう一度言おう。俺はいつか、鍛錬で死ぬんじゃなかろうか。

 だがその日々も、少しずつ変化を見せていった。

 何度も手の豆が潰れたおかげで皮が厚くなり、丈夫になっていった。

 毎日山を駆けていたおかげで体力も付き、足場が不安定でも身軽に行動できるようになった。

 目が良くなったのか慣れたのか、相手の攻撃を目で追え反応できるようになってきた。

 できることが増えると現金なもので、段々と鍛錬が楽しくなってくる。

 今日はどんな内容だろうかとある日朝餉を食べながら思っていると、父上殿がこう言ってきた。

 

「今日はお前に呼吸について教えようと思う」

 

 …?

 

「失礼ですが父上殿。俺は呼吸をしていますよ?でなければ生きていません」

「それは生きるための呼吸だろう。今日教えるのは鬼を滅するための呼吸だ」

「なるほど?」

 

 なるほど…?

 

「ふふふ。とりあえず今はご飯を食べてしまいなさい。冷めてしまいますよ」

「あっ、はい。母上殿」

 

 止まっていた箸を再び動かす。とにかく今日は呼吸なるものを教えてくれるらしいが、まずは食事だ。健全なる精神は健全な肉体に宿り、健全なる肉体は健全な食生活によってできる。昔父上と母上に言われた言葉だ。だからとりあえず食べなくては。

 

 

 

 目の前に身の丈程ある瓢箪が置かれる。

 

「これに息を吹きかけて破裂させなさい。それが当分の目標だ」

 

 …父上殿は、何を言っているのだろうか。

 

「そのためにも全集中の呼吸を取得しなければならないのだが…お前は無意識にできているからな。まずは意識してできるようになれ」

 

 全集中の呼吸、とは。

 

「全集中の呼吸とは、人間が鬼と対抗するために会得した呼吸法で、基礎体力が飛躍的に向上する効果がある。お前、山を駆けまわる時に無意識に使っているぞ」

「えぇ…」

「沢山息を吸って肺を大きくするんだ。そうして血液に酸素を取り込んで、身体中の血管一本一本を通って筋肉に辿り着く。指の先まで意識して、酸素が血液に乗って全身を巡っていることを認識しなさい」

 

 とにかくやってみろというので、目を閉じて実践してみる。

 山を駆けまわっている時にできていると言っていたから、その時の感覚を思い出そう。

 目を瞑って大きく息を吸い込む。肺を大きくし、取り込んだ酸素が血流にのって全身を巡っているのを意識する。それを繰り返し何度も…。

 

「っはぁ──!!!」

 

 げほごほと咳き込む。なんだこれきっつ!!耳から心臓出たかと思った!!

 

「うん。できてるな。それを四六時中継続できるようにしろ」

 

 なんつったこのじじい。

 

「24時間。起きている間はもちろん寝ている間も欠かさず呼吸し続けろ。そうすればこの瓢箪も割れる」

「あたまおかしくなったんですか」

 

 

ゴッ!!!

 

 

 目の前に星が散った。

 

 

 

 拝啓父上、母上、兄上方、あまね。

 元気にしていますか。俺は元気です。鬼殺隊に入る前にいつか鍛錬で死ぬんじゃなかろうかと思っていますがとりあえず元気です。頑張って瓢箪割れるようになりますね。敬具。

 

 

*****

 

 

 一宮の家に来て半年が経った今日。

 今ではもう全集中の呼吸・常中も問題なくできるようになり、例の瓢箪も割ることができた。今は自分に合った呼吸法を模索している最中だ。水の呼吸も雷の呼吸も風の呼吸も試してみたがどうもしっくりこない。もはや新しく派生させた方が早いんじゃないかと最近では思っている。

 さて、そんな俺は今、とても立派なお屋敷のとても立派な庭園が見える部屋で人を待っています。

 何でも鬼殺隊の当主であり父上殿の主である産屋敷耀哉様が俺に会ってみたいと仰られたんだとか。そのため今日の鍛錬はお休みだ。

 何でも耀哉様──お館様は4歳で当主となったらしい。…もののけなのかなと思ったのは一生の秘密だ。いやだって俺が4つの頃何してた?境内走り回って砂利に足を取られて派手に転んで大泣きした記憶しかないぞ??それなのにお館様は同じ年の頃に当主となって鬼殺隊をまとめていたとか…。いくら父上殿が補佐としてついていたといっても中々にやばい。

 そんな事前情報しか持っていなかった俺だから、4つ年下だと言われても何かとんでもない人物がやって来るんだろうと思っていた。

 実際は別の意味でとんでもない人だった訳なのだが。

 

「初めまして、あおい。私は産屋敷耀哉。君の父君にはとてもお世話になっているんだ。…君とも、長い付き合いになりそうだね」

 

 そう言って微笑んだお館様は確かに当主で、上に立つべきお方で、隊士にもなっていない俺が気軽に接するなんてできないような人なんだろう。身長と幼い顔立ちを除けば、成人していると言われても信じてしまえるくらい落ち着いていて、聡明で、当主としての役目を立派に果たしているお人だった。

 それでも、ふとした瞬間に寂しさをにじませる子どもでもあった。一瞬すぎて気のせいかと思ってしまう程度には、隠すことに長けていたようだが。まだ6歳の、大人に庇護されるべき年の子どもだと思うと、胸がぎゅっと締め付けられる気分だった。

 しかし、この感情は目の前の子どもにとっては酷い侮辱だろう。小さな身体に背負った、産屋敷家当主としての、鬼殺隊当主としての覚悟と責任。それを憐れむ権利も、資格も、俺は持っていない。ならば。俺にできるのは、可能な限りお支えするだけだ。…父上殿もきっと同じ気持ちなのだろう。帰宅する途中、無言で頭を撫でられたのが酷く印象に残っている。

 

 

 

 というわけで。

 

「耀哉様。今日は何を手伝いましょうか」

 

 にっこり笑いながら目の前の子どもらしからぬ子どもに笑いかける。返ってくるのは穏やかな笑みだが、最初に見た頃よりも呆れが混じっているように思う。最近ようやっと感情を出してくれるようになった。結構な進歩だと自分では思っている。呆れだけど。

 耀哉様と初めて会った夜。俺は父上殿に頼み込んで産屋敷邸を訪れる許可を捥ぎ取った。毎日の鍛錬を欠かさずに週に一度だけという条件付きだったが、それでも十分だった。もちろん、先方にも許可は貰っている。

 そうして週に一度、欠かさず産屋敷邸を訪れて問題ない範囲で仕事を手伝っていく生活が始まった。それだけでなく、俺が経験した話を面白おかしく話して聞かせてみたり、疲れているようだったらそのまま仕事を続けることが如何に効率が悪いかを説明して休息を取らせたりと色々やっている。そうして回数を重ねていった結果、徐々に穏やかな笑みだけでなく、呆れや若干の煩わしさも表に出してくれるようになった。まあ主に休息を取らせようとしたときなのだが。それ以外では穏やかな笑みのままだからどう思っているのかさっぱりわからない。なので俺がわかる感情の大体がそういった負の感情なのは悲しいところだ。

 もういい加減やめた方がいいのか、いや手法を変えてみるかと考え込んでいる俺に、この屋敷の主である耀哉様から声がかかる。

 

「あおいは、何故そんなに私に構うんだい?」

 

 何故。何故、か…。

 

「…俺はまだ、正式な鬼殺隊員ではありません。なので鬼を滅することで貴方を支えることができない。だったら直接仕事を手伝ってお支えしたいなと、そう思ったんです。…ああ、もちろん鍛錬もちゃんとしているのでご安心ください」

 

 この屋敷に来るようになって、わかったことがある。耀哉様を支えている人は沢山いる。隊士たち然り、使用人たち然り、父上殿のように引退して次世代を育てている育手や補佐役然り、藤の花の家紋の家の人たち然り。鎹烏も含めていいかもしれない。人じゃないけど。

 とにかく、耀哉様を、そして鬼殺隊を支えている存在は沢山いるのだ。それ自体はとても喜ばしいことだと思う。

 けれど同時に思うのだ。この中の何人が、産屋敷耀哉という一個人の顔を知っているのだろう、と。耀哉様は基本、人に会っている時はずっと“お館様”なのだ。決して穏やかな笑みを崩すことなく、立派な当主であろうと、“父”として“子どもたち”を守ろうと常に気を張っている。

 俺はそれを崩したいのだ。

 …いや。そうじゃないな。きっと俺は──。

 

「俺は…貴方と友人に、なりたいんです。鬼殺隊員でも、藤の花の家紋の家でもない俺なら、貴方は“お館様”でなくていい。素の“産屋敷耀哉”という一人の人であれるんじゃないか、と。…烏滸がましいことだと、自分でもそう思います。けれど、少なくとも俺が正式に鬼殺隊に入るまでは、友人として耀哉様をお支えしたい」

 

 耀哉様は何も仰らない。けれどいつもの微笑みもなく、唯々大きな瞳をまんまるにしてこちらを凝視していた。

 …何だろう。烏滸がましいとかそういう段階の話じゃなかった気がしてきた。そもそも友人…友人?友人ってなんだ?どうやってなるんだ?一方的に友人になりたいと言っても相手も同じ気持ちだとは限らない。えっ、どうしよう…。

 ぐるぐると頭に言葉が浮かんでは消えていく。おそらく自分は今大変愉快な顔をしているだろう。その証拠にほら。耀哉様も笑っている…え??

 

「ふ、ふふっ」

「か、耀哉様?」

 

 耀哉様が、笑っている…。それもいつもの微笑みではなく、声をあげて。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことか…。

 

「ふふ。はぁ…こんな風に笑ったのは初めてだ」

 

 今まで見た中で一番柔らかい笑みをこちらに向けて更に続ける。

 

「あおい」

「は、はい!」

「君はまだ正式な隊士じゃない」

「はい…」

「だから、私のことを敬う必要はないよ」

 

 今度はこっちが目を丸くする番だった。

 

「それから敬称も、敬語も外してくれて構わない」

「え、いやしかし…」

「頼むよ、あおい」

 

「君は私の…友人、なのだろう?」

 

 その時の笑顔はきっと、何のしがらみもない、ただの産屋敷耀哉の素の笑顔だった。

 

 

*****

 

 

 あの衝撃的な出来事から数ヶ月経った。

 初めはぎこちなかったやり取りもかなり改善され、どこに出しても恥ずかしくない友人関係が築けていると思う。といっても、お互い友人なんて初めてだから何が正しいのか分からないが。

 

「あおい?何を読んでいるんだい?」

 

 それでも、"お館様"でいる時よりも大分砕けた雰囲気の耀哉を見ていると、別に正解なんてないんじゃないかと思えてくる。俺たちには俺たちにあった友人の形があるのだから、無理に既存の型に当てはめなくてもいいだろう。

 

「ん?書庫に基本の呼吸について書かれた書物があったから借りてきた」

「へえ…。この際、勝手に持ち出してきたのはいいとして、何か気になることでもあったのかな?あおいはもう新しく呼吸法を作ったんだろう?」

 

 そう。結局俺は新しく呼吸を作ることになった。本当は父上殿が直々に教えてくれた雷の呼吸を使う予定だったんだが、どうにもしっくり来なかったのだ。しかもなんか弱い。型は習得できたが雷鳴のような猛々しさなんて欠片もなかった。

 他にも水と風を試してみたが雷同様習得できてもしっくり来なかったので、基本の呼吸を扱うのは潔く諦めた。無理なものは無理とすっぱり諦めた方が上手くいく時もあるとこの時実感した。

 しかし、これらの呼吸法の習得も決して無駄なことではなかった。

 俺が編み出した空の呼吸は、これら三つの呼吸を組み合わせて作った所謂"いいとこ取り"の呼吸だからだ。

 …正直、人によっては嫌悪感を示す可能性があるからそこだけがちょっと心配だったりする。

 まあ作っちゃったものは仕方がないんだが。

 というか。

 

「勝手に持ち出してって言うが、好きに読んでいいよと言ったのは耀哉だろう。ちゃんと元あった場所にも戻すぞ」

「そうだったっけ?」

「ああ、そうだった」

「ふふ。ごめんって。ほんの冗談だよ」

「仕方がないな…。美味しいお茶で手を打とう」

 

 それに合う茶菓子もあれば尚よし。ちょうど八つ時だしな。

 

「ふふっ。はいはい。…で?」

「ん?…ああ。大したことじゃないんだが、空の呼吸はどの呼吸の派生になるのかなって」

「あー…」

 

 通常、派生させるときの基盤となる呼吸は一つだ。けれど俺の場合は三つ。そういう点でこの呼吸は異質だろう。

 

「君の場合、三つの呼吸に適正があっても身体には合わなかったからね。…初めて日輪刀を抜くときまで楽しみにとっておいたらどうだい?次の最終選別には出るんだろう?」

「うん」

「…あおい。私が君自身のことを知ってまだほんの少しだけどね。君が凄く努力していることはずっと前から知っていたよ。…だから、君なら最終選別を抜けることができると信じてる」

 

 決して大丈夫だと言わないその言葉が、耀哉らしいなと思った。

 

 

 

 年が明けて暫く。俺は藤襲山にいた。年に数回行われる最終選別に参加するためである。

 今ここには三十人程いるが、七日後には一体何人にまで減っているのだろう。果たして、俺は生き残れるだろうか。

 鬼殺隊に入ると決めて一年。自分なりに努力はしてきた。将来鬼のせいで死ぬ可能性がある妹を守るため、必死になって鍛練した。丸一日走り込んでぶっ倒れようと、手の豆が潰れて血塗れになろうと、呼吸で肺が死にそうになろうと、とにかく頑張った。既存の呼吸法が身体に合わず、複数の育手の間を渡り歩き自分に合った呼吸も作った。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐き出していく。

 信じろ。自分を、今までの鍛練を、送り出してくれた父上殿を。そして、己の手を包み、視線を合わせて「信じてる」と言ってくれたたった一人の友人を。

 身体の強張りがなくなり、掌に体温が戻る。

 うん。

 鬼と対峙するのはあの夜以来だが、俺は俺の目的のために、生き残ってみせる。

 案内人による最終戦別の説明が始まった。集中しろ。気負わずに、けれど決して油断はするな。全てを斬る必要はない。逃げることも選択肢に入れろ。

 七日間の、命を懸けた選別の火蓋が切って落とされた。

 

 

*****

 

 

 結論から言うと、無事生き残れた。

 日々欠かさず山を駆けまわっていたのが功を奏し、木の根やぬかるみに足を取られることなく刀を振るうことができた時は、感動して思わず声が出てしまったほどだ。

 途中で何人か助けることもできたが、最終日に出くわした奴が一番危なかった。何なんだ、あの手が六本くらい生えた鬼は。藤襲山にいる鬼はそこまで強くないと聞いていたが、あれは規格外だろう。聞けば、特定の一門の子どもたちに強く執着していたらしく、助けた狐面もその一門の出なのだとか。…耀哉に藤襲山には手が沢山生えた特殊性癖の鬼がいると伝えておかなくては。

 狐面の名は紅葉(こうよう)というらしい。俺より3つ年上の14の青年だった。山を下りてから少し話をしたが、彼は隊士にはならないという。

 

「あの鬼が目の前にいた時、怖くて震えちゃったんだ。兄姉弟子があいつに食われたって知って確かに怒りが湧いたはずなのに、それ以上に怖くて足が動かなかった。こんなんじゃ、隊士になんてなれやしない。この先どうするかはまだ決めてないけどね。…助けてくれて、本当にありがとう。君は僕の命の恩人だ」

 

 そう言って握ってくれた掌が温かくて、不覚にも泣きそうになった。…そうか、俺もあの時の隊士みたいに、誰かの命の恩人になれたのか。

 

「…隊士にならなくても、関わり方はいくらでも選べる。隠でも、藤の花の家紋の家でも、師匠を手伝って弟妹弟子を育てるのでもいい。選択肢はいくつも広がってるんだ。無駄なことは何一つない。だからっ…」

 

 言葉がうまく出てこない。目頭が熱くなって、視界がぼやける。ああ、情けない。この人はこんなにも俺に力をくれたのに。これから先何度だって思い出せる、最初の一人になってくれたのに。俺はこの人に伝えたいことの、ほんの一部も言葉にできない。

 ぎゅうっと握られたままの掌に力を籠める。

 

「──ありがとう」

 

 ぼやけた視界に、優しい笑顔が広がった。

 

「色々と、考えてみる。師匠ともちゃんと話し合うよ。だからそんなに泣くな。あんなに格好良く僕を助けてくれたのに、台無しだぞ」

「…うるさい」

「あははっ」

 

 人の泣き顔を見て笑うとか酷くないか。

 笑うのをやめろと下から睨み付けるも、紅葉の方が身長が高いため若干上目遣いになってしまった。悔しい。

 

「悪かったって。そんなに睨むな。綺麗な顔が勿体ないぞ」

「だからうるさい」

「はいはい。…なあ、手紙、書いてもいいか」

「!…ああ、もちろんだ」

「それと、“こうよう”じゃなくて“もみじ”って呼んでくれると嬉しい」

「もみじ…。わかった、俺のこともあおいと呼んでくれ」

「ああ。──あおい、改めて本当にありがとう。また会おう」

「ん。またな、」

 

 去っていく紅葉の背中を見つめる。彼から感じていた折れてしまいそうな脆さは大分減っていた。

 願わくば、この先も続く縁でありますように。

 

 

*****

 

 

 最終戦別から帰って数日後。家にひょっとこの面をつけた不審者がやってきた。…間違えた。刀鍛冶の里から刀工がやってきた。

 

「いやあ、この刀はね。鉄地河原鉄珍様という里の長が打ったものなんだ。貴重だよ、長が新人の刀を打つなんて。名前を見てピンときたらしくってねえ。『この子は絶対可愛い子ぉやからワシが打つ』って言って聞かなかったんだ。いやあ、ほんと、大変だったんだよ。あっははは。でも君…男だね」

 

 玄関先で意気揚々と話し出したと思ったらいきなり性別を確認された。こわいなこの人…。

 

「うーん…まあ、いっか。ちゃんと確認しなかったのはあの人だし。もう打っちゃってるし。それに君可愛いから大丈夫だよ。どっちかというと綺麗系だけど。うんうん」

 

 それは本当に大丈夫なのか。

 一人で話して一人で納得しているこの男にどう割り込もうかと思案していると、母上殿がやってきた。

 

「あおい、どうしたのです。上がってもらいなさいな」

「母上殿…」

 

 思ったより情けない声が出てしまった。

 その声を聞きぱちくりと瞬きをした母上殿は、俺の横に立ち未だ一人で話しているひょっとこに向かって手を伸ばした。

 

「えいっ」

「ふぐぁ」

「ええ…」

 

 おそらく何かのツボを押したのだろう。母上殿が身体の一点を押した直後、力が抜けたようにひょっとこが崩れ落ちた。

 

「さっ、早く上がってもらいましょう。父上も待っていらっしゃいますよ」

「…はい」

 

 母は強し。以上。

 

 

 

 母上殿と一緒に父上殿が待っている部屋にひょっとこを連れて行き、一息つく間もなく刀を手渡された。

 

「さあさ、刀を抜いてご覧よ。どんな色がでるのかなあ。楽しみだなあ」

 

 急かされるまま刀を鞘から抜いた。途端、刀身の色が変わっていく。…初めて見たけど本当に変わるんだな。

 

「ほう、これはこれは」

「綺麗ですねぇ」

 

 見事な夕焼け色だった。それも一色ではなく、三色。橙と青と薄い緑の混じった、昼と夜の境目の色。美しい刀身だ。俺の、俺だけの日輪刀。

 持ってきてくれた刀工に礼を言おうと視線を向けると、ひょっとこの面から滝の涙を流していた。

 

「…」

 

 ええ…。

 思わず引いていると急に動き出し、ガッと両腕を掴んできた。

 

「ちょっ、あぶなっ」

「綺麗だねえ!うんうん、思っていた何倍も綺麗だ!!鉄珍様にも見せてあげたい!あっそうだ!すぐに返すから、里に持って帰ってもいいかな?!こんな色初めてだからきっと驚くよ!」

「いや、だめですよ!というか、その前にあぶないから離して…」

「そんなこと言わずに!ほんとにちょっとだけだから!すぐに返すから!」

 

 ひょっとこと押し問答を繰り返していると母上殿が静かに動き出した。

 

「えいっ」

「ふぐぁ」

 

 本日二度目の崩落である。

 

 

*****

 

 

 最終選別から三年が経った。

 俺は今でも元気に鬼狩りに勤しんでいる。いや本当、休む間もない。

 各地で鬼を狩って、藤の花の家紋の家で申し訳程度の休息を取り、怪我がなければまた任務。ここ最近は家にも帰れていない。父上殿と母上殿は元気だろうか。あ、耀哉に手紙を出さなくては。

 隊士になって以降、産屋敷邸にはあまり行っていない。月に何度か手紙を出しているが、それだけだ。

 上司と部下の関係になったことももちろん理由ではあるが、もう一つ。万が一にも鬼側に、産屋敷邸の場所を悟られてはいけないからだ。隊士となり鬼との関わりが増えた以上、警戒するに越したことはない。

 少し寂しいが、仕方のないことだ。それに嬉しいこともあった。

 紅葉が隠になったのだ。これからは後方で隊士たちを支えるのだと、この間の任務で会った時に言っていた。

 あの時の鬼については、耀哉が早急に対処してくれたようでもう討伐も終わっている。念のため柱を向かわせたと手紙で言っていたが、そんな小さなことに柱を使っていいのだろうか。いや、ありがたいのはありがたいんだが。もしその柱に会えたら礼を言おう、絶対に。

 そういえば、耀哉には俺の千里眼(便宜上こう呼ぶことにした)については既に話してある。

 …別に友人だから話した訳ではない。特に理由はないが、強いて言うなら俺がそうしたかったからだ。耀哉なら悪用はしないだろうという確信もある。

 それと同時に母上との約束も伝え、何か見たからといって全ての内容を教えられるわけではないとも告げた。

 

「あおいが告げた方がいいと判断した時にだけ、話してくれればいいよ。…君が背負う覚悟と責任を、私も共に背負おう」

 

 …俺は本当にいい友人を持てたと思う。

 そうして任務の合間に方々に手紙を送る日々を過ごして今。14になった俺は再び、懐かしの産屋敷邸にいる。相変わらず立派なお屋敷の立派な庭園だ。

 若干の疲れもありぼけっと耀哉──お館様が来られるのを待っていると、部屋に誰かが近づいてくる気配を感じた。お館様だ。

 襖が開かれるのと同時に頭を垂れる。

 今目の前にいるのは俺の友人の耀哉ではなく、鬼殺隊当主であるお館様だ。礼を欠くことはできない。

 

「久しぶりだね、あおい。元気なようで安心したよ」

「はい。お館様におかれましてもお変わりないご様子。心よりお慶び申し上げます」

 

 視線を上げる。穏やかな笑みを浮かべたお館様が、静かにこちらを見据えていた。

 

「今日君を呼んだのはね」

 

 一旦そこで言葉を切ったお館様は、穏やかだった笑みを深くする。

 …嫌な予感がするな。その笑みは愉快犯的な行動をする時のものだろう、耀哉。今ここでするものじゃないぞ。

 

「君に柱になってもらいたいからなんだ」

 

 …頼むからそういうことは事前に知らせといてくれ。

 

 




・この度愉快犯なご友人に不意打ちされた人
そういうことは!事前に!言って!心の準備するから!(ダァン‼)とほんとはしたかった。
確かにこの間下弦の鬼を斬ったけど流石に14で柱はないだろって油断してた。残念。前例は作るものです。
将来鬼のせいで死ぬかもしれない妹を助けたくて鬼殺隊に入ることを決意したシスコンお兄ちゃん。
なお、傍にいた包帯塗れの人が妹の旦那で初のご友人であることには気づいてない様子。多分次回辺りで気づく。

・不意打ちかましたら一気に真顔になって面白かったご友人
最近会ってなかったからつい、ね。可愛い悪戯だろう?(にこにこ)
いつもお世話になってる一宮さんが最近できた子どもを褒めていたから気になってお屋敷に呼んだ。ら、初めてのお友達ができた。嬉しい。
手鬼については、確かに規格外だし無駄に隊士の卵を殺す訳にもいかないから柱を向かわせた。
お友達にお願いされて張り切っちゃったからって訳じゃないよ、一応ね。

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