将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱は十年という節目を迎える
前編


 

 柱合会議が終わった後、俺は空屋敷には帰らず産屋敷邸に留まっていた。今いるのは幼い頃、つまり鬼殺隊入隊前に耀哉の好意で与えられた自室である。

 今だから思う。普通、友人と言えど自宅に部屋を与えるか?と。いやまあ、"俺たちは俺たちなりの友人関係を築けばいい"と考えていたし、それは今でも変わらない。だから特に文句があるわけではないんだ。なんならそれなりの頻度でありがたく使わせてもらってるし。ただ、ふといいんだろうかと思っただけで。

 なんてことを隊服から着流しに着替えながらつらつらと考える。

 …ま、いいか。今更だし。

 自己完結して会議前に煉獄から渡された瑠火殿の手紙を手に取った。

 

「…喝、か」

 

 硯に墨を出し、返事を(したた)めていく。

 煉獄家には三日後に伺うこと、都合が悪ければ烏に言付けて欲しいことを書き暁に託した。

 飛び立っていく暁を見送りながら、俺に何が出来るか考える。しかし、特にこれと言って浮かぶことはない。

 俺は確かに現柱の中では一番槇寿郎殿との付き合いが長い。けれどそれだけだ。古風殿のように肩を並べ切磋琢磨した仲じゃないし、耀哉のように尊敬され慕われていたわけでもない。俺は彼にとって後輩で、末子で、それこそ子どもだったから。

 けれど。それを知っているであろう奥方が、一番槇寿郎殿を理解しているであろう人が、俺を指名した。ならば、俺は俺の心のままに行動しよう。きっと、俺にしか言えないこともある。

 縁側に出て冬の冷えた空気を吸う。吐き出す息が白くなり消えていくのをぼんやりと見つめ、懐に入っている土産の存在を確かめつつ小さな気配が集まっている方向に足を進めた。

 

「…ふふっ」

 

 向かった先にいたのは、これから俺と遊ぶつもりだったのだろう百人一首を手にしたままうつらうつらと船をこぐ五人の子どもたち。先程会ったあまね曰く、昨晩は今日俺が泊まることもあってか中々寝付かなかったというから、その反動で今眠気がやって来たのだろう。

 このまま寝かせてやってもいいが、寝るなら寝るで横にならないと身体を痛めてしまう。首の据わっていない頃を知っているからか、首を振り子のように揺らしているのを見るのは正直ちょっと怖い。

 

「ほらお前たち、眠いなら俺と一緒に昼寝しよう」

 

 四半刻くらいならば今夜も眠れなくなる、なんてことにはならないと判断し声を掛ける。ついでにふくふくとした頬の感触を楽しむように触れば、はっとして一人ずつ覚醒していった。

 

「おじうえ…?」

「すまないな、少し待たせてしまった」

「いいえ…だいじょうぶです」

 

 目を擦る子どもたちに、傷がつくからお止めと言ってから眉を下げつつ更に続ける。

 

「実は俺もな、今朝起きるのが早かったからか少し眠いんだ。だから暫く…そうだな、四半刻程昼寝に付き合ってくれないか?」

 

 小さく欠伸をして見せれば、五対の瞳がぱちくりと瞬いた。

 

「おじうえ、眠いんですか?」

「うん。少し寝れば元気になってお前たちとも遊べるんだが…どうだろう?」

 

 その問い掛けに対し顔を見合せていた子どもたちだが、すぐに輝利哉が代表して同意を示していた。

 

「ぼくたちもちょっとだけ眠いんです。だからおじうえ、一緒におひるねしてください」

「もちろんだとも」

 

 緩く笑みを浮かべ、少し待つように告げて一度自室に戻る。今自分が着ている羽織とはまた別に、もう一着手に持ち部屋を出た。軽い昼寝だし、火鉢もあるから布団は出さなくても大丈夫だろう。

 すれ違った顔見知りの使用人にこれから子どもたちと昼寝をする旨を伝え、四半刻後に起こしてくれるよう念のため頼んでおく。一人でも起きることは可能だが、何せ子どもはぬくいからな…。こう寒いと離しがたくて仕方ない。

 というわけで。可愛い甥っ子姪っ子たちと共に短時間の昼寝をし、百人一首で坊主めくりをして遊び、土産として持ってきた万華鏡を一人ずつ手に持ちはしゃいでいるのを微笑ましく見守っているところで、あまねが「そろそろ夕餉を作るから」と五人を呼びに来た。

 

「はい、母上」

「おじうえ、楽しみにしててください!」

「おいしい白和えつくってきます」

「たくさん練習したんですよ」

「母上と一緒におじうえをうならせる白和えをつくってみせます!」

「はは、楽しみにしてる」

 

 どうやら気合い十分なようで、拳を作って宣言する子どもたちを笑顔で見送る。

 さて、寝物語には何を話して聞かそうかな。

 ばさりと羽音を立てて暁が室内に入ってくる。くくりつけられた瑠火殿からの了承の返事に口角を上げつつ、今後の算段をつけるのだった。

 

 

 

 夕餉を食べ終え輝利哉と共に風呂に入り、寝物語として子どもたちが生まれる前の話を聞かせた後。俺は自室には戻らず縁側に腰掛け物思いに耽っていた。

 …あの子たちは天才なのかもしれない。だって出てきた白和えが本当に美味かった。見た目はもちろん味も最高。これを天才と言わずしてどうする。

 嘘偽りない賛辞を送った俺に対する子どもたちの得意気な笑顔を思い浮かべながら、ふぅ、と深く息を吐き出す。昼間と同じように白息が空気に溶け込むのを眺めてから、一度瞼を閉じた。

 今夜もどこかで鬼と人が対峙しているのだと、しあわせを感じると共に思うのだ。

 

(こういう寒い夜くらい、活動するのを控えりゃいいのに)

 

 なんて詮無いことが脳裏に浮かぶ。…いや、寒い夜だけじゃない。どんな夜でもそうだ。いい加減、終わりにしてくれたっていいだろう。

 千年だ。鬼が現れてから、もう千年も経つ。

 どれだけ多くの血が流れた。どれだけ多くの命がこぼれ、多くの人が怒りを覚えた。…どれだけ多くの人が、その理から外れた。

 それを考える度に、今自分たちには何が出来るのかと思案する。

 きっと、今のままでは駄目だ。何代かぶりに柱の席が埋まりつつあるとはいえ、これまでと同じようにただ狩るだけでは何も変わらない。何か変化がなければ。

 それこそかつて、始まりの剣士が鬼殺隊に"呼吸"を教えたように。

 

──日の呼吸とは、始まりの呼吸。全ての呼吸の元となったものだ。

 

 五年前に槇寿郎殿に言われた言葉が脳裏を過る。

 おそらく、この"日の呼吸"と"始まりの剣士"は繋がっている。きっと、その剣士が扱っていた呼吸なのだろう。

 型、つまり剣技自体は鬼殺隊の設立後すぐに出来たものだと残された資料に記述があった。

 当時の鬼の討伐数も記録されているが、今注目すべきはその数百年後。今から約四百年前の戦国時代の記録だ。ある時を境に討伐記録が跳ね上がっている。

 始まりの剣士がいつの時代の人物かは分からないが、もし戦国時代の話だと仮定するなら大体の辻褄は合う。

 つまり、元々あった基本の型に呼吸法を取り入れようとそれぞれに合わせて派生させたのが、現在まで伝わっている基本の呼吸。そしてその呼吸により、基礎体力が向上し鬼と渡り合うことが可能となり、討伐数も上がった。

 …という仮説を、槇寿郎殿に啖呵を切られた数年前に立てたんだが、未だに推測の域を出ていない。何故なら産屋敷や一宮には特にめぼしい資料が残っていないからだ。

 始まりの剣士が鬼殺隊と合流したであろう時期の資料だけがごっそりと、まるで何かを隠蔽しようとしたかのように消えている。

 正直なところ、何故失われたのかという部分については割とどうでもいい。知る術もないし。…いや、おそらく歴代当主の手記には書かれているだろうな。しかし、俺がそれを読む日は来ない。あの書は"当主"に受け継がれるべきもので、いくら友人兼親族になったとはいえ一隊員である俺が読むべきものではない。そこの線引きは大事だ。

 それに、俺が知りたいのはあくまでどう鬼殺隊に有利に事を進めるか、という点であって、何故資料が失われたのかということじゃない。

 失われたものを嘆き、過去に縋る暇があるなら今後の事を考えた方がよほど建設的だ。

 

(…重火器も楽でいいとは思うが、どうにもなぁ)

 

 過去に何度か出された戦力増強案の一つに重火器を使用してはどうか、というのがあったが、今のところ実行には至っていない。刀鍛冶の里に頼んで試しにいくつか作ってもらったものの結局誰も使いたがらなかった。的は狙い辛いし発砲音やらで人目にも付きやすい。もし万が一憲兵なんぞ呼ばれたら面倒でしかない。

 

「…寝るか」

 

 もういい時間だ。そろそろ休まないと明日起きた時に子どもたちが心配してしまう。

 自室に戻り布団に横になる。目を閉じつつ思うのは、やはり今後のことだ。

 小さな変化は起きている。柱が増えつつあること、鬼に効く毒が出来たこと、そして。

 

(珠世殿と接触出来たこと)

 

 これらの小さな変化が積み重なり、鬼──鬼舞辻を滅する一手になれば。

 

「…あんなことを起こさずに済む…」

 

 脳裏に浮かぶのは幼い頃に見た予知夢。

 俺が鬼殺隊に入った理由で、回避したい未来。

 そして、今俺が絶対に死ねない理由。

 

 

*****

 

 

 産屋敷邸に泊まって三日が経った。

 俺は今、予定通り煉獄家の門前にいる。

 

「…」

 

 柱になって、というか槇寿郎殿と知り合ってから随分経つが、屋敷を訪ねるのは初めてだ。加えて今回は目的が目的だからちょっと緊張している。

 だがいつまでもこうして立っているわけにもいかない。

 改めて覚悟を決め、引き戸を開ける。

 

「ごめんください」

 

 ぱたぱたという子どもの足音が響き、ひょこりと顔を覗かせたのは小さな煉獄だった。

 年の頃は10くらいか。輝利哉たちよりも大きいからきっとそのくらいだ。…それにしても、本当に似てるな。

 

「こんにちは」

「こんにちは。えっと…?」

「俺は鬼殺隊の一宮あおいという者だ。瑠火殿…お母上はご在宅かな?」

 

 そう問い掛けるとほぼ同時に、廊下の向こうに気配を感じた。槇寿郎殿でもなければ、煉獄でもない。そもそも煉獄は先日下弦の鬼を討伐し今は蝶屋敷で療養中だ。

 となると残るは…。

 

「千寿郎」

「母上」

「お客様のお茶の用意をしてくれますか」

「はい!」

 

 ぺこりと俺に向かってお辞儀をした千寿郎と呼ばれた子どもは、そのまま踵を返して去っていった。

 

「一宮様、ですね?」

「はい」

「私は槇寿郎の妻、瑠火と申します。この度は急な申し出にも関わらずありがとうございました」

 

 どうぞ、と促され家に上がり、そのまま客間に通される。

 するとすぐにお茶を持った小さい煉獄がやって来た。

 

「どうぞ」

「ありがとう。君は槇寿郎殿の息子さんかな?」

「はい!次男の煉獄千寿郎と申します。よろしくお願いします、一宮さん」

「こちらこそよろしく」

 

 下がり眉が可愛らしい印象を与えるなと思うと同時に、性格は槇寿郎殿とも煉獄とも似ていないようだと判断する。

 お茶を出し役目を終えたと言わんばかりの千寿郎は、一礼して客間出て行った。…隣の部屋に入った気配がするからこのまま聞き耳を立てるつもりかな。

 子どもらしくて実に結構。気にする事なく正面に座した瑠火殿に持参した手土産を差し出した。

 

「よろしければ皆さんで召し上がってください」

「これは…"かのや"の大福とかりんとう、ですね。わざわざありがとうございます」

 

 若干申し訳なさそうに眉が下がったのを見て、すかさず次の言葉を口にする。

 

「以前槇寿郎殿が"よく土産に買っていくんだ"と言っているのを聞いたことがありまして。買ってみたんです」

 

 あまりにも美味しそうだったからつい自分用にも買ってしまいました。

 そう言って笑いながら傍らに置いていた風呂敷を見えるように翳す。

 隙を突かれたような顔をした瑠火殿はしかし、すぐに口元を緩めると幾分か柔らかな雰囲気で口を開いた。

 

「では、ありがたく頂戴致します」

 

 受け取った手土産を脇に置いているのを横目に、先程淹れてもらったお茶に口をつける。

 

「!美味い…」

 

 思わず溢れた呟きを拾ったのだろう、前方から小さく笑う声がした。

 

「ふふ、千寿郎も喜びます」

「すみません、つい…。いやでも、本当に美味いです。毎日でも飲みたいくらいだ」

 

 嘘偽りない本音を告げる俺に対し、瑠火殿は顔を綻ばせつつも姿勢を正した。それを受け、俺も湯飲みを卓上に戻す。

 

「ずっと、一宮様にお会いしたいと思っていたのです」

 

 そう静かに告げる彼女は、俺から視線を外すことなく続ける。

 

「主人から貴方の事はよく聞いておりましたし、私の体調が芳しくなかった際にお守りやお医者様への紹介状も書いてくださったでしょう。ですから是非お礼をと。…今日(こんにち)まで機会がなく、このような形になってしまいましたが…」

 

 おそらく、俺が一般隊士であったならもっと早くに行動していたのだろう。

 しかし俺は柱だから。通常任務に加え柱としての仕事も多く請け負っている身だ。おまけに当時は柱の入れ替わりが激しくばたばたしていたから、余計行動に移せなかったのだろう。

 …もしかしたら、俺と槇寿郎殿の仲を気にしていたのかもしれない。

 

「改めてお礼申し上げます。六年前、私どものために心を砕いてくださり、本当にありがとうございました。お陰様で今もこうして家族と共に過ごす事が出来ております」

「…頭を上げてください、瑠火殿」

 

 深く頭を下げる彼女に声を掛ける。

 

「俺は、礼がしたかったんです。槇寿郎殿には助けてもらってばかりだったので」

 

 最終選別の時にいた規格外特殊性癖鬼を、俺たちの代わりに狩ってくれた。14で柱となった俺へのやっかみを、大事になる前に片付けてくれた。何度も頼れと言って、体調が優れない時には任務を変わってくれた事もある。

 槇寿郎殿だけではないけれど、気に掛けてくれていた事は事実だ。だから俺に出来る範囲で礼がしたかったし、力にもなりたかった。

 けれど…。

 

──…もう金輪際、俺と関わるな。

 

 俺は怖かったんだ。良くしてもらっていた人に拒絶されるのが。俺自身が傷付きたくなかった。だから、槇寿郎殿から言われた言葉を理由に距離を取った。

 

「…そういえば、先日鎹烏から聞きました。杏寿郎殿が十二鬼月を討伐したと。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「おそらく彼の怪我が治り次第、柱昇格の打診が来るでしょう」

 

 眉尻を下げて少し寂しそうにする瑠火殿の胸中を、俺は正確に察する事は出来ない。それでも、この願いはきっと同じだ。

 

「出来れば槇寿郎殿には、先達として言葉を掛けてやって欲しい。そう思っています」

 

 あの時、俺が槇寿郎殿から声を掛けてもらったように。…いや、父子(おやこ)なのだ。もっと他に沢山の言葉を掛けて、激励して。

 そしてまた、以前のように快活に笑って、しあわせに。

 そんな、己の願望に過ぎない想いを言葉にのせて言う。

 

「俺には俺の出来ることを。上手くいくかは分かりませんが、奥方から直接頼まれましたからね。死力は尽くしますよ」

 

 冗談めいた口調で告げれば、瑠火殿の纏う雰囲気が幾分か軽くなった。

 

「では。そろそろ槇寿郎殿に喝を入れにいくとしましょうか」

「──ええ、お願いします」

 

 

 

 固く閉ざされた襖の向こう。間違いようがない。槇寿郎殿の気配だ。五年前まで感じていた、けれどもその時より随分と脆くなった、懐かしい気配。

 

「お久しぶりです、槇寿郎殿。一宮です。…開けますよ」

 

 襖を開けたことで香ってくる酒の匂い。視線を部屋の中央に向け、酒器片手に胡座をかく男を視界に入れる。

 

「…あ゛ぁ?…何をしに来た」

 

 こちらを振り返るその顔には無精髭が生えていて、かつて炎柱として隊士たちを引っ張っていた頃の面影はどこにもない。

 そんな槇寿郎殿からの問いに答えるべく、俺は口を開いた。

 

「先日の柱合会議で貴方の息子殿とお会いしましてね。これもいい機会だと、貴方の様子を見に来たのですよ」

「だったらもう用は済んだろう。さっさと帰れ」

 

 どうでも良さげに酒を煽るその姿につい眉間に皺が寄る。既に空の酒器がいくつも転がっているのだ。心配もするだろう。

 というか、襖を開けた瞬間に香る程酒を呑んでいるのも色々とまずい。

 

「槇寿郎殿。あまり呑みすぎては身体にも悪い。程々にした方が…」

「黙れ!」

 

ガシャンッ

 

 首を僅かに傾け投げられた酒器を避ける。背後から濃い酒の匂いが漂ってきた。

 

「一々口出しをするな!そもそも、俺はお前に金輪際関わるなと言ったはず。いいからさっさと帰れ!そして二度とこの家の敷居を跨ぐな!」

 

 …ああどうしよう。なんだか凄く腹が立ってきた。

 周りの心配を気にも止めず、酒に溺れ、いつまでも縛られている槇寿郎殿に。そしてそれ以上に、拒絶を恐れて保身に走った自分自身に。

 冷静でいようと思っていたのに。もういっそのこと素直に思っていることをぶちまけてしまおうかと考え直す。

 …それはそれでいいかもしれないな。この様子だ。正論なんてものを言ったところで槇寿郎殿は聞き入れないだろうし、俺も言いたくない。それにここまで来たら逆効果になりかねない。

 だったら趣向を変えて煽りつつも言いたいことを言った方が何か変化をもたらすかもしれない。

 そう冷静なのかいまいち分からない決断を下し、俺は口火を切った。

 

「──無様だな、槇寿郎殿」

「…なんだと?」

 

 思ったよりも冷たく低い声が出たが、その直後にドスの効いた声が発せられたのを聞いてまあいいかと思い直した。

 

「昼間から酒を浴び、奥方の声に耳を傾けないどころかご子息の鍛練の様子もろくに見ない。挙げ句の果てには酒を呑みながら鬼を狩りに出たとか。…元炎柱がこのような様とは、片腹痛いにも程がある」

「…貴様っ、黙って聞いていれば偉そうに…!」

 

 嘲るような笑みを浮かべて吐き捨てれば、顔を真っ赤にし眉を逆立てた槇寿郎殿が立ち上がって俺に手を伸ばしてきた。それをすっと避けて回し蹴りをひとつ。

 

ドゴォッ

 

 襖を突き破って庭に飛んで行った槇寿郎殿に、後で弁償しようと頭の隅で考える。

 僅かに上がった土煙が晴れれば、腹を押さえて咳き込む元炎柱の姿が目に入った。

 

「ぐっ、げほっ…!」

「…以前の貴方ならばこの程度の攻撃、軽く躱して反撃すらしていましたよ」

「うる、さい…黙れ…!」

 

 鋭くこちらを睨み付けるその目付きに、仕舞っていたかつての記憶が刺激される。

 

「…槇寿郎殿。貴方は何のために鬼殺隊に入られた」

「あ゛?」

「柱になるためか。お館様を支えるためか。人を守るためか」

「お前に関係ないだろう!」

 

 立ち上がり吠えるように声を上げる槇寿郎殿に、顔を顰めながら同意した。

 

「そうだな。だが、頼まれた以上、俺は貴方に喝を入れねばならない」

「はあ?…何をふざけたことを」

「ふざけているのは貴方だろう!!」

「っ」

 

 息を飲む音が小さく、だが確かに耳に届いた。

 

「以前貴方は俺に、炎の呼吸を代々継承し、炎柱の地位を拝命していることを誇りに思うと、そう言っていた。それが今ではどうだ!才能がないだの劣化版に過ぎないだのと…貴殿方(あなたがた)煉獄家が守り繋いできたものはそんなにも情けないものだったのか!違うだろう!その呼吸でどれだけの命を救ってきた!その呼吸でどれだけのものを繋いできた!今の貴方は!そんなことも分からないほど耄碌したのか!!」

 

 槇寿郎殿は何も言わない。目を見開き、ただただ呆然と俺を見つめるだけだ。

 

「貴方の呼吸は!多くの人の命を救っている!弁当屋の娘も、仕立て屋のご夫婦も、その他大勢、貴方の刀と呼吸で命を救われた!…失われたものではなく残ったものを!今貴方の手の中にある幸福(しあわせ)を見ろ!」

「あおい…」

「そもそも!奥方の体調が良くなったのになんだこの体たらくは!命を長らえる事が出来たのなら、その事に感謝しこれまでよりも奥方を大切にすべきじゃないのか!何が"俺は妻を救うことも出来なかった"だ!当たり前だろう?!貴方は剣士であって医者ではない!そこらの人が病を治す事が出来るんなら医者なんぞいらんわ!」

 

 どうやら俺はこの五年の間に槇寿郎殿への文句を募らせていたらしい。特に最後に言った内容は当時からずっと思っていた事だ。

 やっと言えたと何故か俺がすっきりしてしまったがもう一言だけ言っておこう。

 

「…知っているでしょうが、先日貴方の息子が下弦の鬼を討伐したと連絡がありました。怪我が治ればすぐにでも柱就任の話があるでしょう。…喪うかもしれないと恐れて心を磨り減らすのではなく、必ず生きて帰って来いと激励し、おかえりと、よく帰ったと迎えることが待つ者に出来ることなんじゃないんですか」

 

 その言葉が持つ力を、槇寿郎殿も知っている筈だ。帰る場所と待っていてくれる人がいるというのは、時に生きる理由になる。絶望的な状況だろうが死にかけだろうが、諦めない理由になってくれる。

 

「…」

「…出過ぎた事を言いました。失礼します」

 

 呆然としたままの槇寿郎殿に軽く一礼してその場を去る。廊下の角を曲がってすぐの部屋に、瑠火殿と千寿郎がいた。いるのは気付いていたが、この様子を見るに話も聞こえていたのだろう。まあ当たり前か。それなりの声量だったもんな。

 

「お騒がせしました。それと申し訳ない、瑠火殿。襖を壊してしまった。後日改めて弁償に伺います」

「いいえ、構いません。むしろありがとうございました、一宮様」

「…子どもの癇癪のようになってしまいましたね。もっと上手いこと言えたらよかったのですが」

 

 改めて冷静になって考えてみたら本当にただの癇癪のように思えてきて何だかいたたまれない。

 そんな心情が滲み出たのか随分と情けない顔をしている気がする。

 

「…一宮様。あの言葉は全て、貴方の本心なのでしょう?」

 

 目尻を緩めながらそう問うてくる瑠火殿に、少し間を置いて頷いた。

 

「…はい」

「ならば、それだけで十分です。貴方のお気持ち、煉獄家の妻として、嬉しく思います」

 

 本当に、ありがとうございました。

 三つ指をつく瑠火殿に倣うように隣の千寿郎も頭を下げる。

 

「──こちらこそ、ありがとうございます」

 

 槇寿郎殿と話をするきっかけを与えてくれて。

 …後半はほとんど俺しか話してなかったんだが、まあそういうこともあるよ。うん。

 

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