将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
小話詰め1
*隊服について ~夏の柱合会議にて~*
会議が開始されるまで各々好きに過ごしている中、あおいは半年前に柱に就任した甘露寺と座敷の後ろ辺りで話をしていた。一時期より人数が増えたとはいえ、やはり柱の業務量は一般隊士の比ではない。何か困ったことはないかという確認を込めての雑談だった。
「では今のところ特に問題は無さそうだな」
「はい!お屋敷の管理も隠の方がやってくれますし、任務の方もなんとかなってます。…あ、でも合同任務で緊張からか、他の方への指示出しが上手くいかなくて…」
「指示出しか。正直慣れてくれとしか言えないんだが…そうだな、何か習慣付けるといいかもしれないな」
「習慣、ですか?」
「ああ。例えばそうだな。任務に向かう時、或いは現場に着いてからでもいいが、深呼吸するとか軽く頬を叩くとか。持ち物に触れるでもいい。とにかくその場でできる簡単な行動をして心を落ち着けるんだ。回数を重ねれば次第にその動きだけでも緊張が取れるようになる」
「そうなんですね…!ありがとうございます、一宮さん!」
頬を染めながらにこやかに礼を言う甘露寺は変わらず素直で微笑ましい。ただし隣に据わった目をしている伊黒がいなければ、という注釈が付くが。
とはいえそんな視線、数多の死闘を潜り抜けたあおいには痛くも痒くもなかった。故に特に気にすることなく再度口を開く。
「ところで、初めて会った時から気になっていたんだが、甘露寺は随分と…ハイカラな隊服を着ているな」
((言葉を濁した…!流石あおい/一宮さん))
たまたま会話が耳に入った他の柱は心の中で同じ感想を抱き、伊黒の視線は凶悪度を増した。致し方ない事とはいえ、甘露寺との会話の機会を奪われた挙げ句その姿を視界に入れたのだ。相手がかの空柱といえど、伊黒にとっては到底許せるものではなかった。
故に伊黒は抗議しようと口を開く決意をする。けれども怒りかはたまたあおいがその話題を口にした事への衝撃か、とにかくすぐに言葉が出てこなかった。そうこうしているうちに会話は先に進んでいってしまう。
「最初に渡されたのがこの隊服だったんです。女の子は皆この形なのかと思って着てたんですけど…」
甘露寺は顔を真っ赤に染めながらちら、と視線を胡蝶へと投げた。
あおいはすぐに席を外したため知らない話だが、前回の柱合会議の後、甘露寺は胡蝶と己の隊服について話をしていた。その時の衝撃といったらない。この隊服を渡してくれた隠があまりにも堂々としすぎていてそういうものだと思い込んでいたのに、実際は違うというのだから。とはいえ甘露寺は胡蝶のように隊服を燃やすなんて大胆な事は出来なかった。あの時彼女に渡されたものは未だ甘露寺の自室の引き出し奥で出番を待っている。
「…なるほど。ちなみに、その隠の名は知っているのかな?」
「えっと、確か…前田さん、だったと思います」
「そうか、ありがとう」
にっこりと優しげな笑みを見せるあおいに甘露寺は安堵の息を吐いた。
まだ数回しか話したことのない、柱の中でも特にお館様に近いと言われている人物。鬼殺隊最古参で自身より隊歴も、年齢も上の男に知らず知らずのうちに肩に力が入ってしまっていた。けれどそれも今日で最後だろう。だってこんなに心を砕いてくださっているんだもの。
心に余裕が出来てきた甘露寺は目線の上にある柔和な笑顔にきゅんと胸を高鳴らせた。
一方で、あおいたちの会話が耳に入っていた柱の一人である宇髄は、どことなく不穏な気配を察知してつい後方に視線をやってしまっていた。
口に面をつけているため目元しか視認する事は叶わないが、目に入ったあおいの笑顔に見覚えのある宇髄はぎしりと身体を軋ませる。
忘れもしない。呼吸の習得を少しサボり見つけたネズミを忍獣にした時や共に行った任務で油断してヘマした時、夜も明けきらぬ時間帯に屋敷に突撃した時など、とにかく師匠を怒らせた際に見た笑顔と全く同じものだった。
目をかっぴらきあおいを凝視したまま固まった宇髄に、それまで話をしていた煉獄が不思議そうに呼び掛ける。だがしかし、返事がない。いつもならば派手だド派手だ祭りの神だとそれこそド派手に騒いでる男が、今は冷や汗をダラダラと流しながら一点を見つめている様に煉獄は首を傾げ、その方向に顔を向けた。
…特に変わった様子はない。強いて言うなら先達であるあおいがにこにこと甘露寺から話を聞いているくらいなものだ。だが煉獄自身もかつて同じように話を聞いてもらった過去があるためその姿に違和感を抱く事はなかった。伊黒の目が若干鋭いがそれは誤差のようなものだろう。いつもと変わらない。
何がそんなに気になるのかと煉獄は再度首を捻る。だが誰も煉獄の疑問には答えてくれなかった。そもそもあおいの表情の意味を正確に理解出来る者などこの場には一人しか居らず、その一人も先程から固まってしまっているので致し方ないと言えば致し方ないのだが。
そんな周りの様子に気づく事なく甘露寺は話を続けていた。
「それで、私どうしようかなって思ってたんですけど、この間伊黒さんがこの靴下をくれたんです!寒いだろうからって!私、もうキュンキュンしちゃって、寒さとか色々吹き飛んじゃいました!」
その話を聞いたあおいは数度瞬くと、無言で甘露寺の横に目をやった。その視線とぶつかる前にさっと顔を背けた伊黒だったが、その黒髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。その変化を見逃すあおいではない。
ほっこりと微笑ましい気持ちになりながら再度自身の正面に意識を戻した。きゃーっと言いたげな雰囲気で両頬に手を添え、当時の伊黒とのやり取りでときめきを思い出し必死に耐えている甘露寺を見れば、あおいに言える事などたかが知れていた。
「…そうか。よかったな、甘露寺。大事にするんだぞ」
「はい!」
何だか盛大な惚気を食らった気分だ。
あおいはそんな事を考えていたし、事実これは特大の惚気だった。それも無自覚であるから余計質が悪い。
これは下手につつくと飛び火するなと判断し、当たり障りない言葉で軽く流す事をあおいは決意した。だって変に首を突っ込んで馬に蹴られたくはない。
そんな内心は尾首にも出さず、あおいは変わらずにこにこと、たまに生温い視線を交えながら甘露寺の話を聞いていた。
──聞いてはいたが、その思考の何割かを前田という隠に割いていたのは、まあ、完全なる余談である。
*
「別にな、お前の趣味をどうこう言うつもりはないんだ。相手が着てもいいと判断したなら部外者が口を出す事もない。だがお前も知っての通り隊服は鬼の攻撃から身を守る役割も担ってる。機能性に加えて防御力も高くなくては意味がない。つまりだ。最低限、急所は守れるように作ってくれなくてはこちらの死亡率も跳ね上がるんだよ。分かるな?前田」
「はい…」
「恋柱は現段階で隊服の変更は希望しないようだから、一先ずこのままで構わない。…が。今後はきちんと節度を守って事に当たるように。──いいな?」
「っはいぃ!!」
***
書いてて思った。
もしやこれ、セクハラなのでは?と。
いや違うんですよそんなつもり微塵もなくてただ純粋にあの隊服だと防御もなにもないなと思っただけなんです(私が)。
だって身体の中心って急所じゃないですか。鬼殺隊の隊服は鬼の攻撃に耐えられるよう頑丈に出来てるのに、その急所を晒すようなものは最早隊服としての役割を果たしていないのでは?と。まあ恋柱は筋肉もりもり()ですから大丈夫なんですけどね。
ちなみに、これまではあおいの耳に入る前に
それから、あおいが女性隊員を"女"として見る事はありません。女性だから相応の気遣いはしてるつもりだけど、鬼殺隊員なのでどうしても思考は鬼殺関連に引っ張られます。なので恋柱の胸元がばーんと開いていても"急所晒してるな…"とか"お腹冷えそう"としか思いません。風柱に対しても内心そう思ってます。
あと前に、大正時代では胸部は性的な要素ではなくどちらかといえば足を出している事の方が大胆(意訳)といった内容のサイトがあって個人的に凄く納得出来たので、尚更胸元ばーんに対してこのシリーズで言及するつもりはありません。悪しからず。
本当はにっこり笑顔のあおいを見て、
(何があった)
(隊服!甘露寺の!)
って無言のやり取りをする紅葉と天元だったり、
「…ちなみに、どうするおつもりで?」
「別に何もしないさ。ちょっと話をするだけで」
「貴方のその笑顔と話って言葉に俺は不安しか感じないんですが」
「失礼だなお前」
っていう前田を呼んでこい発言をしたあおいに対する紅葉の反応だったり書きたかったんですけど、うまく入れられなかったのでカットしました。無念…っ。
*****
*相談事*(恋柱の隊服の話の後)
その日、あおいは情報収集のために一人街へと繰り出していた。いつものように目についた茶屋の店先で団子を食べつつ周囲の声に耳を傾けていた時、男二人組の会話があおいの意識を浚っていった。ちなみにその時食べていたのはとろりとしたタレを纏うみたらし団子。甘くはあるもののくどくなく、さっぱりとした口当たりのタレともっちりと食べごたえのある団子が大変美味である。洋菓子もいいけど、やはり和菓子の方が馴染み深いなとあおいは頭の片隅で考えていた。
「そういやぁ隣街の知り合いが話してたんだがな。最近顔見知りの一家が全員姿を消したらしい」
「なんだ夜逃げか?」
「いやいや!夜逃げなんてもんじゃねぇよ。なんでも部屋ん中は血の海で、おまけにでっかい爪痕もあったって話だ。森の近くだったから熊じゃねぇかって言ってた」
「はぁ~…物騒だねぇ」
隣街。森の近く。大きな爪痕。
二本目の焼き団子に手を伸ばしながら、あおいは必要な情報を頭に入れていく。後でお館様に報告を上げなくてはな、と思考を回していると見知った気配が近づいてきた。
醤油の風味を味わいながら顔を上げると、隊服を着た伊黒が視界に映る。それと同時に伊黒もあおいに気づいたようだ。小さく目を見開いた伊黒の視線に応えるように手を上げれば、僅かな瞬巡の後に進路を茶屋に変更した。
「お疲れ、伊黒。任務帰りか?」
「…ああ」
先ほどとは打って変わって眉間に皺を刻んだ伊黒を横目に、あおいは「そうか」と返事をした後形ばかりに団子を勧めた。すぐに断られたが。まあ大抵いつも断られるから特にあおいは気にもしない。そのまま残った焼き団子を食べつつ、伊黒の肩口辺りからにゅっと身を乗り出す鏑丸と戯れながら静かに過ごす。なにやら思い悩んでいる様子だったので、話したくなれば話してくれるだろうと判断しての事だ。ここで無理矢理聞いてしまっては折角縮まった距離がかつてないほど開いてしまうかもしれない。話してくれない可能性もあるが、その時はその時だとあおいは鷹揚に構えていた。
「…」
その様子を視界の端に収めながら伊黒は思案していた。己が抱えている問題をこの男に打ち明けるべきか否か。伊黒の頭にはそれしかなかった。
本音を言えば打ち明けたくない。あおいに、というより相手が誰であろうとなんとなく嫌だった。
けれどもこのままでは任務に支障をきたしてしまう。命のやり取りをしている中、心ここにあらずな状態では己の行く末など火を見るより明らかだろう。
ぐっと眉間に皺を寄せ、伊黒はついに腹を括った。
「…聞きたいことがある」
伊黒がようやっと話を切り出したのはあおいが団子を全て食べ終え茶を啜り一息ついた頃だった。
目だけで続きを促すあおいに伊黒は再度口を開く。
「──女性と出掛ける時、どこに行くべきだろうか」
思いがけない内容にあおいはぱちくりと目を瞬かせた。けれどもすぐに顔を取り繕う。こういう場合に対応を間違えると馬に蹴られると相場が決まっているのだ。あおいの脳裏には先日の柱合会議での一件が浮かんでいた。
「女性と出掛ける…逢い引きか?」
「な…っ?!ち、違うぞ!男女で出掛けるからといって安易に逢い引きと決めつけるなど柱として以前に人としてっ」
「ああ、悪い悪い。どういう目的かによって出掛ける場所も変わるかと思ったんだ」
「も、目的と言われても…純粋に、そう、純粋に情報交換をするだけだ。逢い引きなどそのような不埒な目的などでは断じてない」
「わかったわかった。候補は決めてるのか?」
くわっ!と左右で色彩の異なる瞳を強調させながら威嚇する伊黒の耳は赤い。加えて早口で否定していく様にあおいは"若いなぁ"と年寄りくさい感想を抱いた。
生ぬるい視線になりながら、未だに言葉を重ねて否定している伊黒を宥めるよう声を掛けて話を進めていく。誰が相手だとかそんな分かりきった質問、するつもりはない。おそらく合っているだろう桜餅の色合いの同僚を思い浮かべながら問えば、これまたぐぐっと眉間に深い皺を寄せてから伊黒は自身が考えた第一候補を口にする。
「…甘味処なら、ゆっくり話せるかと思ったんだが」
「ああ、いいんじゃないか。のんびりとした空気が流れているから時間を気にせず話せるだろうし。もし食べるのが好きなら食事処を巡るのもいいかもしれないが」
「食事処…」
「美味いところをいくつか見繕って選んでもらうのも手だよ」
ちなみに俺のおすすめは隣の通りにある鯖の味噌煮定食だ。
あおいから渡される情報を伊黒は真剣な顔で聞いていた。
「雑貨屋を覗くのも楽しいかもしれないなぁ。気に入ったものがあれば買えばいいし、見てるだけでも女性は好きなんだそうだ」
「なるほど…」
「揃いのものを誂えてもいいが、いきなりだと驚かれるか…三、四回出掛けた辺りなら違和感もないだろう」
「分かった」
「あとはもう相手の反応を見るしかないな。喜んでくれたならまた似たような所に行けばいい。ただまあ…甘露寺ならどこに連れていっても喜んでくれるだろうが」
「?!」
「はは!頑張れよ、伊黒」
まさか甘露寺の名前が出るとは思わなかった伊黒は驚愕に顔を染める。その形相を笑いながら、あおいは団子代を置いて席を立った。戻ってお館様に今日得た情報を報告しなければならないのだ。そろそろ帰らなければ遅くなってしまう。
そういう訳で、じゃあなと鏑丸にも声を掛けたあおいは空屋敷への帰路についた。
──どうか、双方にとっていい縁となりますよう
そんな願いにも満たない漠然とした想いが、あおいの内に宿る。
突き抜けるような青が眩しい、夏のある日の出来事だった。
***
幻覚成分強め。
この話は結構前から考えていたもので、伊黒さんがこういう相談をしてるところが見たい、という願望から生まれた妄想です。楽しかったので満足。
*****
*大掃除*(時透兄弟継子時の話)
「わ!見て!」
「おい無一郎、荒らすな」
師走に入り、世間が年の瀬に向かってどこかそわつきだした頃。空屋敷では毎年恒例の大掃除が行われていた。それなりに広い敷地を有しているため一日では終わらず数日に分けて行うのも恒例の事で、その日は母屋の物置と書庫、そして子どもたちが過ごしている部屋が掃除の対象だった。
ちなみに本屋敷の主人であるあおいの私室は大掃除が始まった序盤の方で終了している。そもそもそこまで物もなければ汚れてもいなかったためそれほど時間を掛けずに終わったのだ。ついでに言えば普段紅葉や美鶴が生活している離れも数日前に総出で終えている。
そんなこんなで朝から最後の大掃除を始めていたのだが、自分たちの部屋の掃除が粗方終了した無一郎と有一郎は客間に顔を出していた。誰かしらいるかなと考えての行動である。けれど、彼らの予想に反してそこは無人だった。代わりに置かれていたのは物置や書庫に仕舞われていたであろうものたち。食器類に着物、中にはどこで売ってるのか分からない木彫りの熊もある。
色々と興味はそそられるが、中でも無一郎の目を引いたものがあった。それを手に取り無一郎は己の片割れを呼ぶ。そんな無一郎に対して小言を言う有一郎だったが、その身はしっかりと無一郎の手元を覗き込んでいた。
「写真…?」
「兄さんだって気になってるじゃんか」
「うぐっ」
そう。無一郎の手には一枚の写真が収められていた。その一枚の他にも数枚、畳に置かれている。
「これ、あおいさんだよね」
「だな。いつのだろ…」
自室の掃除が終了したから休憩だと言い訳をして写真を覗き込む二人。
その視線の先には今とは違い中央で前髪を分けたあおいが写っていた。よく見れば後ろ髪も短めだし表情もどこか固い。
少なくとも数年は前だろうと同じ判断を下した双子に後ろから声がかかった。
「──お、懐かしいな」
聞こえたのはこの屋敷最年長の男の声だった。
「紅葉さん」
「二人とも部屋の掃除は終わったのか?」
「はい」
「終わったから休憩してたんだ」
「なるほど。お疲れ」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれる紅葉を見て二人は思った。
そうだ、この人はあおいさんと一番付き合いが長いんだ、と。ならばこの写真についても何か知っているかもしれない。二人は顔を見合わせ、代表して無一郎が質問を投げ掛けた。
「ねぇ、紅葉さん。これ、何歳の時のあおいさんか分かる?」
「ん?柱になった時に記念に撮ったやつだから14だな」
「14…」
14歳となると軽く十年は前だ。だって確かあおいは今25なのだから。そこまで考えて双子はその事実に戦慄した。
「…え、顔変わってなくない?」
そう。雰囲気や髪型は違うが「去年の写真だ」と言われても納得出来てしまう程今と顔の変化がない。
「ははっ。宇髄もよく言ってるだろ、"全然変わらない"って」
鬼殺隊七不思議のひとつだよ。
そうからから笑っている紅葉に二人は再度手元に視線を戻す。
思い出すのはかつてあおいの継子としてこの屋敷で暮らしていた音柱の宇髄天元。無一郎からしたら兄弟子にあたる彼は、祭りの神を自称していたのもあり、まあ賑やかな人だった。宇髄だけでなくその奥方たちもだが。
「よくよく見れば違うんだけどな。ここの顎のところとか、今の方がしゅっとしてるだろ」
「言われてみれば…?」
「まあでも。よくよく見なきゃ分からない変化ってのも中々にやばいけどな」
真顔で呟く紅葉に対し、無一郎も有一郎も真顔で頷く。果たしてあおいは老けるのか。新たな疑問が生まれた瞬間だった。
「…そうだ。美鶴が休憩しようっていうから呼びに来たんだよ」
今日のおやつは"かのや"の大福だってさ。
その言葉に二人は目を煌めかせた。あそこの大福はとても美味しいのだ。触るとふわふわしてるのにいざ口に含むともっちりしていて、甘い餡とよく合う。
「すぐ行きます!」
「手、洗ってくるね!」
「おー、転ぶなよ」
仲良く走っていく二人を紅葉が見送る。そしてその背中が見えなくなったところで無一郎が手にしていた写真に視線を移した。
「…また今度改めて撮るのもいいかもな」
似たような構図のものを一枚と、空屋敷の面々で一枚。宇髄夫妻も呼べば喜んで来るだろう。師匠と継子組で撮るのも楽しいかもしれない。その時は有一郎も写らせよう。「継子じゃない」とか言って遠慮しそうだが、あの子だって間違いなくあおいの弟子なのだから。
そんな事を考えながら紅葉は居間に向かおうとして…行き先を書庫に変更した。
未だにこの屋敷の主人は書庫の整理をしているらしい。双子に声を掛ける前に休憩だと伝えたのだが、果たして聞こえていたのかどうか。
まったく仕方のない奴だと呆れはするものの、自然と紅葉の口角は上がる。
なんて言って連れ出そうか。もしもの時は双子にも手伝ってもらおう。
背後からばたばたと聞こえる二人分の足音を聞きながら、紅葉は更に笑みを深めるのだった。
***
鬼殺隊七不思議とは。ぶっちゃけ私が知りたいです(笑)。何も考えてないけど一個は決まったので今後ちまちま増えていくかもしれません。
*****
*大晦日*
大掃除も終了し、正月飾りも飾り終わった。美鶴殿と作ったおせちは我ながら中々の出来映えだと思う。伊達巻き、蒲鉾、栗きんとん、昆布巻き等々。出来合いのものもあるがちゃんと作ったものだってあるんだ。上々だろう。
年越しそばも食べてあとはもう静かに年が明けるのを待つだけという、そんな時間。
はあー、と白く染まる吐息を眺めながら大きな木の幹に身を預ける。眼下に広がるのは白木の鳥居。生家ではない、空屋敷からそれなりに近い位置にある神社の鳥居だ。敷地の外にある木の枝に座り、僅かに漏れ聞こえる神楽を聞く。
(これを聞かないと年の瀬という感じがしないのも、考えものだよなぁ)
物心ついてから家を出るまで毎年のように聞いてきた神へと捧げる音の調べ。それを耳に入れながら、目を閉じかつての情景を思い出す。
神楽と舞の練習をする職員たちの様子。共に見学していたあまねの真剣な顔。忙しいなか、それでも時間を作って食べた家族揃っての食事。賑わう境内。厳かな雰囲気で迎える元日の朝。
全て、遠い過去の記憶だ。もう見ることもないかもしれない、遠い遠い過去の記憶。
それでも、と思う。
それでも俺は、俺の選択を一度だって後悔したことはないんだ。
屋敷に帰れば紅葉がいて、美鶴殿がいて。任務に出れば多くの同僚たちがいて。そして、耀哉もあまねも子どもたちも、今も元気に過ごしている。
──どうか、これから先も健やかに
いつどうなるか分からない身の上ではあるが、祈るだけはしてもいいだろう。
このささやかな願いが叶うかどうかはこれからの俺たちの働き次第だけど、それでも。
未だ聞こえてくる神楽に乗せて、この想いが天まで届けばいいと思う。
星が瞬く大晦日の夜に、俺は確かにそう願った。
***
"おせち"と呼ばれるようになったのは第二次世界大戦後との事ですが、分かりやすさ重視でこのお話では"おせち"という表記にしました。
あおいが境内に入らないのは"血を纏っているから"です。神社は神聖な場で、血=穢れなので。あおいは神職の血筋なのでそういう意識が他の鬼殺隊員に比べて大分強いです。ただその対象は自分だけなので、他の誰がお参りしてようが特に気にしません。
きっといつの日か、全てが終わったその時には。皆と一緒に鳥居をくぐる事が叶うといいですね。