将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱は新人隊士の実力を知る
前編


 

「ここを出たら、色々と話をしよう」

 

 鯉夏からの返事を受け取り、互いの想いを再度伝えあった後。俺たちを包む空気の流れはゆったりとしたものになっていた。

 いつものように食事が運ばれ、鯉夏が酌をしてくれる。彼女の話に時折相槌を打つこの時間が俺は存外好きだった。

 いつもより少しだけ近い距離にいる鯉夏の熱を感じつつ、彼女の話が終わったのを見計らってこちらも話を切り出す。

 

「話、ですか?」

「うん。俺自身の事、俺の仕事の事。…今後お前も関わる世界の事」

 

 そう告げれば鯉夏は笑顔ながらも真剣度の増した表情で一つ頷いた。

 

「はい」

「…もし。俺の話を聞いてやはり無理だと、そう少しでも思ったら言ってくれ」

「…言ったら、どうなるのです」

「なるべく関わらなくていいよう可能な限り配慮する。…すまない。そう簡単に手放せそうにないんだ」

 

 その言葉に、鯉夏はぱちくりと大きな瞳を瞬かせてからふふ、と心底嬉しそうに笑った。

 

「──はい」

 

 花が綻んだような印象を受ける笑顔に、そういえば前にもこの笑顔を見たなと既視感を覚える。

 確か昨年の事だ。利き腕を怪我した俺を心配した鯉夏と話をした時も、同じような表情を見せてくれた。

 

(この笑顔が、俺は好きなんだなぁ…)

 

 そう自覚すると同時に当時のその後の展開も記憶から出てきかけたので急いで記憶の引き出しを閉じる。あれはあれでいい思い出ではあるが多少の気恥ずかしさは残っているのだ。

 そんな当時の羞恥心と一人静かに戦っていると、直前とは打って変わってどこかそわついた気配が鯉夏から伝わってきた。

 

「鯉夏?」

「その…お名前を、伺ってもいいでしょうか…?」

 

 おずおずと控えめにこちらを伺い見る鯉夏の瞳は、不安と期待の両方に揺れていた。

 それを受けて、俺は一度思考を回す。

 俺の名前を知った彼女に、今後危害が及ぶ可能性はあるのか否か。既に俺と関わりがある以上、その可能性は通常よりも高いと言えるだろう。けれど、あちら側(鬼舞辻)が俺個人を認識しているかと聞かれると断言出来ないのが現状だ。

 かつて対峙した鬼を思い浮かべる。変わった髪模様をした気狂い野郎。俺に興味を持ったような言動をした、上弦の弐。俺の情報を持って帰ったとはいえ、名前までは把握していなかった筈だ。それに柱といえどそこまで警戒はされていないだろう。あの時だって腹立たしい事に遊ばれただけだった。これで上弦の首を狩りでもしたらまた変わるんだろうが…。

 隣でこちらを見上げてくる鯉夏に意識を戻す。大きく潤んだ瞳は少しずつ不安の色が濃くなっていた。

 

「──あおい、だ」

 

 ぱっと、鯉夏からその色が消える。

 

「あおい様…」

 

 口に馴染ませるように繰り返し小さく名を呼ばれてなんだか落ち着かない気持ちになった。

 

「名字についてはまた今度、な」

 

 俺個人を認識していたとしても、精々容姿と"一宮""空柱"という呼び名くらいだろう。俺を名前で呼ぶ隊員はそう多くないから、下の名前なら教えても問題はないと判断し本名を口にした。…それでも万が一という事もあるので、鯉夏には一つ約束をしてもらう事にする。とはいえ、任務を匂わせるような言い方をするつもりはない。中途半端に説明して余計な恐怖感を与えたくはないからな。

 

「その名を口にするのは、できればここを出てからにしてほしいんだ。いきなり知らない名前が出たら周りが驚いてしまうだろう?」

「ふふ、そうですね。わかりました。二人だけの秘密、です」

 

 ずっと楽しそうにしている鯉夏にこちらの頬も緩んでいく。

 そうだな。確かにこの遊郭で俺の本名は知られていないから、この事は二人だけの秘密になる。

 可愛いな、と自然と脳内に浮かんだ感想をそのままに口を開く。

 

「…ありがとう」

 

 俺からの礼に対しゆるりと綻んだ目元で俺を見ていた鯉夏は、そっと両手で俺の右手を掬い上げると、静かに言葉を紡ぎ出した。

 

「あのね、あおい(・・・)様。私は今凄く嬉しくて、幸せなんです。あの日貴方が私を想ってくれているのだと分かって、夢なんじゃないかってずっと思っていたけれど…けれど貴方は私に、貴方の本当のお名前を教えてくださった。簪も贈ってくれて、夢ではないのだと示してくださった。…本当に、嬉しいのです」

 

 だからこちらこそ、ありがとうございます。

 そう言ってふわりと微笑んだ鯉夏はどこまでも幸せそうで。俺もつられていつもより顔が緩んでしまう。

 ぽつりぽつりと言葉を交わし、互いの手を握り体温を分け合いながら穏やかな時間を過ごしていけば、次第に外の喧騒が収まってきたのを感じる。そろそろ大門が閉まる頃だ。

 その事実がどうしようもなく切なく感じて、もう暫く共に居たいと思ってしまう。が、ここでだらだらとしてしまっては余計離れ難くなってしまうだろう事は想像に難くない。

 きっとそれは鯉夏も同様で。一度握っている手にきゅっと力を込めてから離れていくのを静かに見つめる。

 

「また、来月来る」

「ええ。お待ちしております」

 

 先程よりも些か寂しそうな表情で頷く鯉夏の背に手を伸ばす。緩く抱き寄せれば抵抗なく身を預けてくる様が酷くいじらしい。

 …そこで小さな、本当に小さな出来心が顔を覗かせた。暫し逡巡し、結局その出来心に従い自分よりも下に位置する鯉夏の頭頂部を見つめる。

 

「…あかね様?」

 

 僅かに身を起こした鯉夏が大きな瞳で見上げてくる。自然と上目遣いになる彼女にふっ、と吐息で笑い、露になっているつるりとした額に唇を落とした。一拍も置かずに小さく音を立てて離れれば、ぽかんとした鯉夏と視線が絡む。

 そんな顔も可愛いな、と思う俺は今更だが大分彼女に惚れ込んでいるらしい。任務に支障が出ないよう自重しなくてはと頭の片隅で考えつつ未だ固まっている鯉夏に笑いが漏れた。

 

「──おやすみ。良い夢を」

 

 ぼんっと音が聞こえてきそうな勢いで顔を染め、声にならない叫びを上げる愛しい(ひと)に笑いが止まらなくなって部屋を出るのが遅くなったのは、まあ仕方のない事だと主張したい。

 

 

 

 ──とまあ、いい感じに別れられたと思うだろう?俺もそう思ってたんだ、少し前までは。

 現在地、ときと屋奥のとある一室。隣には布団。俺は寝間着姿。

 

(どうしてこうなった…?)

 

 いや、待ってくれ。本当に帰るつもりだったし泊まる気なんてこれっぽっちもなかったんだ。

 帰ろうとしたところを楼主を見かけ丁度いいと鯉夏の身請けを正式に申し出て、身請け金や今後の客取りについて話を終えたら待ってましたと言わんばかりに怒濤の勢いで今夜泊まる事が決定していたとか誰がそんな事予想できる?

 用意されたほの暗い寝室で俺は一人、誰へともわからぬ言い訳をしながら頭を抱えていた。

 敷かれている布団は一組。俺の身長が高いから通常のものより大きめではあるが、それでもそこに二人が寝る事を考えるとどうにも心許ない。

 

(──今からでもきっと遅くはない。帰ろう)

 

 そんな決意を固めた刹那、部屋の外から「失礼します」という柔らかい声が聞こえてきた。

 …いや、気配に気づかないって動揺しすぎだろう。

 自分自身の余裕の無さを自覚して少し冷静になれた気がした。…あくまで"気がした"だけだが。溜め息を吐きつついつまでも外で待たせる訳にはいかないと返事を返す。

 す、と静かに開かれた襖の向こうには、見慣れた華やかな着物ではない真白な寝間着を身に纏った鯉夏がいた。

 

「…次に会えるのは一月後だとばかり思っていたので驚きました」

「正直、俺も想定外だった」

 

 俺の正面に座す鯉夏の顔が行灯に照らされてよく見える。その頬は仄かに染まっているものの、いつかのように過度な緊張は感じていないようだった。

 

「ふふ。でも嬉しいです」

 

 その声音に喜色を浮かべて鯉夏は頬を緩ませる。

 

「まだ貴方と一緒にいられます」

 

 ぐぅ、という変な声が喉から漏れた。これでは「帰る」なんて口がさけても言えないじゃないか。不幸中の幸いは今日が完全な非番だった事か。

 小さくはしゃいだ様子の鯉夏に視線をやる。この部屋に入ってからずっと、彼女はそういった心配(・・・・・・・)をしていないように見える。俺を男として意識していないわけじゃない。それはわかる。けれどこの、いつものやり取りの延長のような空気はなんなのだろうか。

 なんとなく釈然としないものを感じるが、それを直接問うのも違う気がする。

 ああでもないこうでもないと一人で考えていると正面で鯉夏が口許を隠して笑っているのが目に入った。

 

「鯉夏?」

「…あ、すみません」

「…お前が楽しそうなのは俺としても喜ばしいんだが、複雑だなぁ」

 

 あんまりにも無防備だから、つい本音が少し出てしまう。そんな俺に対しまたふふ、と笑った鯉夏は事も無げにこう告げてくる。

「だって、約束してくださったでしょう?"手は出さない"って」

 

 …そうだな、言ったな。簪を渡した時に「籍を入れるまで手は出さない」と確かに言ったさ。けどだからって信用しすぎでは?いや嬉しいけども。

 数刻前にした約束がこうも己の首を締めてくるとは思わず遠くを見つめてしまう。

 そんな俺を尻目に鯉夏はそれに、と言葉を続けた。

 

「それに私は、貴方になら何をされても構わないのです。貴方から頂けるのであれば…たとえそれが痛みであっても、私はいとおしく想えますから」

 

 予想外の内容に目元に手をやり深く息を吐いた。

 目の前の鯉夏は、笑ってはいたもののその瞳は真剣さを帯びていて。先の言葉が紛れもない彼女の本心なのだと言外に告げていた。

「…あまり、煽らないでくれないか」

 

 これでも結構、耐えてる方なんだ。

 目元を覆ったまま力なく呟く俺に、鯉夏がまた嬉しそうに笑った。

 

 

*****

 

 

 ときと屋で一夜を過ごしてから数ヶ月が経った。

 今日までに紅葉と美鶴殿が赤飯を炊いたり、身請けの件の報告に産屋敷邸を訪ねれば気の早すぎるご祝儀を包まれそうになったり、遊郭での調査について天元と話を詰めたりとまあ色々あったが、今は一先ず置いておこう。

 今日も今日とて鬼の首を斬り、多少のかすり傷を作ったものの無事任務を完了した俺の元に鎹烏が一通の手紙を届けにきた。暁ではない、見馴れない烏だ。

 

「鱗滝左近次カラ空柱ニ手紙!」

「ありがとう」

 

 紅葉のお師匠にあたる鱗滝殿を訪ねてから、もう二年近く経つ。定期的に顔を出している紅葉と違って、俺はあれ以降一度も様子を見に行っていない。

 俺の目的はあくまで竈門禰豆子だ。目が覚めていない以上俺が行っても大した意味はない。ならば連絡が来るまで大人しく待っていようと判断しての事だった。

 …そういえば、耀哉に向けて竈門炭治郎に最終選別に進む許可を出したと報告があったな、と手紙の内容におおよその当たりをつけながら話に聞くだけの少年に思考を逸らす。

 決して甘いものではない最終選別。毎回多くの参加者が命を散らすそれを、果たして竈門炭治郎は乗り越えられるだろうか。

 …いや。きっと乗り越えるだろうな。為すべき事を定めている者は、それだけ生への執着も大きい。特に"妹"のためだと言うなら尚のこと。

 身に覚えのありすぎる動機に口面の下で口角を上げる。烏から手紙を受け取りその場で読もうと広げれば、後処理が終了した紅葉が灯りを灯してくれた。多少夜目も利くが読みづらくはあるから助かった。短く礼を告げ綴られた文字に目を走らせていく。

 そして書かれていた予想通りの内容に、念のため周りに聞こえぬよう声を抑えて紅葉に呼び掛けた。

 

「──紅葉」

「なんだ?」

「竈門禰豆子が目を覚ましたそうだ」

「!…向かうか?」

「ああ」

 

 二人して頷き合い、一先ずここから一番近い藤の花の家を目指す。仮眠を挟んで向かえばいい感じの時間に彼方に着くだろう。

 

 

 

 数刻ほど軽く仮眠を取り、好意で出してもらった朝食を食べ現在。

 

「…」

「…」

 

 俺は狭霧山にある鱗滝殿の家で竈門禰豆子と無言で見つめ合っていた。

 正面に座り合う俺たちを少し離れた場所からこれまた無言で見守っているのは鱗滝門下の三人だ。ここに冨岡や真菰、そしてまだ見ぬ竈門炭治郎も加わると中々の大所帯になる。

 それを見る機会は俺にはあるだろうか、とふと思いつつも、件の少女から意識を逸らす事はしない。

 二年前と同じように竹筒を噛む姿も、鋭く尖った爪も変わらない。当時は見ることが叶わなかった瞳も、想像通り他の鬼と同様瞳孔が縦長になっていた。…しかし、その瞳に宿るものはそこらにいる鬼とは似ても似つかない、理性的なもので。

 

「──なるほど」

 

 ふ、と静かな笑いが溢れた。

 

「初めまして、お嬢さん。俺は一宮あおい。鬼殺隊という組織で空柱という地位を与えられた者だ」

 

 禰豆子は小首を傾げるだけで特に反応はしなかった。

 聞いていた年齢よりも小さく見えるその身体に近づきそのまろい頭に手を伸ばす。眠そうに、そして不思議そうに俺を見つめる禰豆子に笑い、そのまま二度ほど弾ませる。

 きっとこの子なら大丈夫だと、なんの証拠もないのにそう確信した。

 とはいえ、これは俺の直感でしかないからこの子を鬼殺隊公認で生かすための根拠としては弱すぎる。

 まずは柱を説得するところから始めなければならないが、正直それこそがこの件の最難関なんだよなぁ。

 さてどうするか、と癖の強い柱連中を思い浮かべながら思案する。

 …そうだ。

 

「…禰豆子。今から俺がする事は君にとって少々酷な事かもしれない。けれどどうか耐えてほしい。君が、これからも君の兄と共にいきたいと思うなら」

 

 真っ直ぐと己のものとは異なる瞳を見つめて言う。相変わらずぼんやりと眠そうに瞬きをする様子に構わず、俺は自身の左腕の袖を捲った。三人が見守っているなか腰に手を伸ばす。横向きに差してある、以前磨り上げてもらった俺の最初の一振り。それを肌が晒された前腕にあてがい一気に引いた。

 

「!」

 

 刃が滑った箇所から一拍置いて鮮血が溢れ出す。周りの、特に鱗滝と紅葉の動揺を確かに感じつつ、それでも俺はどこか穏やかな気分だった。たとえ眼前に目を見開き息を荒くする少女がいようとも。

 

「禰豆子」

 

 静かに、けれどしっかり届くように声を発する。

 

「大丈夫。君はまだ()だ。穢れを知らない清らかな、ただの人だよ」

 

 だから大丈夫。

 その声かけに意味があったのかは分からない。けれど少しずつ狭まった瞳孔が元に戻り、荒い呼吸が収まるのを見ればもうなんでも良かった。

 

「よく耐えたな」

 

 全集中から回復の呼吸に切り替えながら微笑みかける。まあ、口面をつけているから顔の上半分しか見えていないだろうが。

 

「っあおい!おま、腕!」

 

 動揺しているからか語彙力がどこかに消えた紅葉が慌てて近寄ってきた。その手には真新しい白い布が握られている。隠には応急処置道具が一式渡されているからおそらくそれだろうな、と推測を立てつつ促されるまま左腕を差し出した。

 

「悪いな。景気よくいきすぎた」

「本当にな!」

 

 あー!もう!とでも言いそうな雰囲気で手際よく処置をしてくる紅葉を横目に禰豆子の様子を確認する。先ほどよりも少し眠そうだった。

 

「一宮さん、なんでまた…」

 

 俺の奇行に呆然としつつもしっかりと禰豆子を回収してる鱗滝は流石だと思う。

 

「なんでってそりゃあ、禰豆子を鬼殺隊公認で生かすためだが」

「は…」

()の前で耐えてみせたんだ。これで大半の柱は説得できるだろう?」

 

 "鬼"であるなら、目の前に血を垂れ流す餌があれば躊躇いなく食い付く。たとえそれが稀血であろうが無かろうが餌であることに変わりはない。…だからまあ俺の血でなくてもよかったんだが、手元に丁度いいのが無かったから仕方がない。

 

「竈門炭治郎が最終選別を突破し無事に隊士になれたとしても、この子を連れ歩くなら遅かれ早かれ柱合裁判に掛けられるだろう。どこまで受け入れてくれるかは正直俺にもわからない。が、どちらにしろ判断材料は多い方がいい」

「…納得するか?特に風柱」

「…まあ、しないだろうな」

 

 不死川に限った話ではないが、鬼殺隊員は総じて鬼への憎しみが根深い。 お館様の一言があれば大人しく従うかと問われても俺は正直首を傾げる。

 紅葉からの指摘に本音を隠す事なく答えると二人とも黙り込んでしまった。

 

「──それでも、説得してみせると決めたのだろう?」

 

 静かに俺たちのやり取りを見守ってくれていた鱗滝殿がおもむろに声を発する。

 

「もちろん。傷一つ付ける気はありませんよ」

 

 面で隠れてはいるものの、俺は確かに鱗滝殿と目が合った気がした。

 そのまま逸らす事なく見つめ続ける。空柱の名に懸けてこの少女を守るのだと、その決意が伝わるように。

 

「ならばいい」

 

 告げられたその言葉に込められた安堵に気づき、俺の口元は勝手に笑みを作っていた。

 存外、この御仁も身内には甘いらしい。

 






~おまけ~

「──そう。身請けすることにしたんだね」
「はい」

 ときと屋で眠れたんだか眠れなかったんだかよくわからない一夜を過ごし、空屋敷で紅葉たちに事の顛末を説明した後。俺はお館様に鯉夏の身請けについて報告をしに産屋敷邸を訪れていた。

「ちょっと待っていてくれるかい?ご祝儀を包んでくるから」
「待て待て待て早い早い早い」

 お館様に報告しに来たのに早くもその体裁が崩れそうになる。頼むから今貰っている給金以上の額をさらっと包もうとしないでくれ。

「ふふ」

 昨夜から色々ありすぎて疲れてきている頭を片手で押さえていれば、やけに楽しそうに笑うお館様の声が聞こえてきた。

「…どうしました」
「いやね。いつ認めるかなってあまねと話していたんだ」

 必要なら発破をかけないとねって。
にこにこと楽しそうに笑う様はかつて俺の結婚について話した時とよく似ている。

「楽しそうですね…」
「言っただろう。あおいのこの手の話はとても楽しいって」

 それに、と続けるお館様は笑っている。いつも見せる、相手を安心させる穏やかな笑みとは違うそれ。
 年相応の、いや、もっと幼げで優しさと嬉しさがふんだんに含まれた友の笑みだ。

「唯一の友のめでたい話だ。嬉しいに決まってるよ」

 その言葉に、俺も自然と笑みが溢れる。

「ふふ、楽しみだ。君の最愛の人に会えるのが」
「──俺も、楽しみだよ。彼女をお前に紹介するのが待ち遠しい」

(よく晴れた、冬のある日の友との会話)
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