将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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後編

 

 竈門炭治郎が最終選別を突破したらしい。狭霧山からの手紙を読み終えた紅葉が興奮気味に教えてくれた。日輪刀と任務が与えられるのは選別が終了してから十五日程経ってからだから、暫くはゆっくりできるだろう。その間十分に英気を養い元気に鬼を狩りに向かってほしいものだ。

 なんて事を思いつつ、話終えてすっきりとした顔の紅葉に予てより考えていた事を打診する事にした。柱合裁判が開かれるまでの間、竈門に付いて任務にあたってほしい。一言で言えばそんな内容のものだ。

 新人隊士が最初に与えられる任務の多くは単独のものが多い。いくら烏がいるとはいえ、実績を証言するなら証人は複数いた方が信憑性があがる。という理由で紅葉に打診したのだが、予想通り二つ返事で快諾してくれた。

 そんな訳で、俺と美鶴殿は紅葉からの報告という名の弟弟子自慢が(したた)められた手紙を呆れつつも楽しみながら仕事に励む日々を送る予定──だったのだが。そうは問屋が卸さなかった訳で。

 そもそも予定とは大概、崩れるものなのである。

 

 

 

 10尺はあるだろう体躯の鬼。力が強いうえに腕も長く、遠くにいれば凪ぎ払われてしまう。だったらいっそ懐に入ってしまおうと、攻撃が止んだ一瞬の隙をついて一気に距離を詰めた。

 

「な゛?!」

 

──空の呼吸 漆の型 雷霆万鈞(らいていばんきん)

 

 濁音混じりの声を聞き流し、勢いを殺さぬまま下から刀を振り上げる。

 

「ぐぅっ!きさま゛ぁ゛っ!!」

 

 腰元から肩にかけて血を吹き出しながら体勢を崩した鬼。その首を斬るべく、俺は刀を握り直して重力に従い振り下ろした。

 ヒュンっという風を斬る音が聞こえた直後。

 

──ザンッ

 

 地面に転がった怒りと恐怖に歪められた顔が月明かりに照らされる。それを視界に入れながら、今回は血の採取は必要ないかと判断を下した。こういった特徴を持つ鬼は大して珍しくはない。

 頭部と胴体の全てが灰になったのを見届けて踵を返す。今日の任務はこれで終わりだった。

 待機していた隠に事後処理を頼み屋敷に帰ろうとしたところで僅かに聞こえた羽音に足を止める。

 やって来たのは一時的に紅葉と組んでいる烏だった。炭治郎が鬼を討伐したという連絡を先日受け取ったばかりだが、まさかもう二件目を終わらせたのか…いや、何か不測の事態でも起きたと考えるべきか。

 烏の脚にくくりつけられている手紙を受け取りすぐに開く。今夜は月が明るいから灯りが無くとも簡単に読むことができた。

 急いで書いたのだろう、少々がたついた文字を目で追っていく。

 

『炭治郎が愈四郎と接触した』

 

 …うん、確かにこれは不測の事態だ。手紙を届けた烏が飛び去って行く音を聞きながら考える。

 今日の炭治郎の任務地は浅草。そして珠世殿たちの今の住居も浅草だ。遭遇する可能性も零ではない。

 とはいえ、彼女たちだって一応鬼なのだ。隊士がどこにいるのかくらい簡単に察知できる。つまりこれはわざわざ接触する必要があったという事。

 だが理由は何だ?

 考えられるのは禰豆子だが、それなら紅葉も把握しているはず。何も書かれていないという事は紅葉もわかっていない可能性が高い。

 …いっそ向かうか。

 今夜はもう任務は入っていない。珠世殿の屋敷の場所も把握しているし、合流できるならそこで状況を聞いた方が手っ取り早い。

 そう結論付けた俺は一つ頷いてから浅草に向けて駆け出した。

 現在地からそう離れていないとはいえ、四半刻はかかる距離である。後ろから暁も追ってきている事を感じながら暫く走っていれば、前方から"にゃお"と猫の鳴き声がした。

 聞き覚えがあるなとそちらに視線をやれば、そこには俺に向かって爆走してくる茶々丸がいた。

 

「!」

「っ、茶々丸?」

 

 見つけた!と言わんばかりの勢いで飛び付かれて慌てて受け止める。そのまま間髪入れずに顔に肉球を押し付けてきた茶々丸に、これは呼ばれているんだろうなと瞬時に察した。とはいえそこまで急を要するものでもないのだろう。もし珠世殿や愈史郎に何かあったのなら、羽織を噛んで引っ張ったり活きのいい魚のようにびたびたと暴れまわったりと忙しない動きをするのだから、このにゃんこは。

 

「あー、わかったわかった。今から珠世殿の元に向かうから」

 

 ずっとぎゅむぎゅむ肉球を押し付けてくる茶々丸に声を掛ける。爪は出ていないし、そもそも口面をつけているから痛くはないが中々の圧だ。

 そんな茶々丸に承知した旨を伝えれば、ならばよしさっさと向かえ、と言うように身を捩って俺の腕から抜け出しこちらを見上げてきた。…うん、まあお前を抱えながらだと走りにくいからな。

 

「じゃあ俺は先に行くから。またな、茶々丸」

 

うに

 

 茶々丸から短い返事をもらい、俺は再び脚に力を込めた。

 

 

 

 目映い光に多くの人。

 浅草には久しぶりに来たが、夜も深いというのに相変わらず賑やかだ。…まあそれも大通りに限った話だが。

 鼻先を掠めた臭いに従って大通りから脇に逸れる。

 灯りが届かず暗闇が支配するその場には、濃い血の臭いが蔓延していた。

 

「──暁」

 

 バサリ、と肩に重みが増す。

 

「隠を呼べ。遺体の処理を頼みたい」

「ワカッタ」

 

 飛び立つ羽音を背後で聞きながら三人分(・・・)の遺体を確認する。男が二人に、女ものの着物が一人分。身体が残っていないのは血鬼術か、或いは別の要因か。

 周囲に鬼の気配は既にない。だがきっと、竈門が斬った訳ではないのだろう。遺体がここに残っているという事は、そういう事だ。

 複数の気配が近づいてくる。軍警でも一般人でもない。とても身近な、仲間のもの。

 

「空柱様」

 

 数人いるうちの一人から名を呼ばれる。俺も振り返りその声に応えた。

 

「いきなり悪かったな」

「いえ、問題ありません!」

 声を掛けてきた隠──後藤は、紅葉がかつて指導役に回ったこともある隠だ。その縁もあり任務外でも顔を合わせることが多かった。

 

「この辺りに鬼の気配はないが、念のため周囲を見てくる。四半刻経っても連絡がなければそのまま帰宅してくれ」

「承知致しました」

 

 遺体の処理を頼みその場を後にする。後藤に言った言葉に嘘はない。現場付近には(・・・・・・)確かに鬼の気配はないのだから。

 周囲を警戒しつつ本来の目的地へと急ぐ。

 近づくにつれ鬼の気配が濃くなってきた。珠世殿でも愈史郎でもない。人を食い続けている鬼のものだ。

 そして見えてきた屋敷の様子に思わず眉間に皺が寄った。

 いつもなら静かに気配を絶っているその屋敷は、今や土煙が上がりそれなりに悲惨な状態になっている。

 一先ず中に入るか、と塀に飛び乗ったところで愈史郎の声が聞こえた。

 

「──おい、鬼狩り!お前はまず矢印の男をやれ!」

 

 鬼狩り。

 俺の姿は視認していない筈。それに愈史郎は俺をちゃんと"一宮"と呼んでくれている。

 となればその呼称が示すのはたった一人だ。

 

「竈門が鬼と戦っているのか」

 

 ふむ、と塀から桜の木に居場所を移して考える。

 これは竈門の実力を見るいい機会なのでは?紅葉や鱗滝から話は聞いているが、やはり自分の目でも見ておきたい。

 よし、と一つ頷きより身を隠せそうな場所を探す。…あ、紅葉と烏発見。合流するか。

 

「──お疲れ、紅葉」

 

 と、と音を立てて紅葉が身を寄せている枝に降り立つ。

 直前で気配に気づいたのかばっと勢いよくこちらを振り返った紅葉に静かに声を掛けた。

 

「あおい…。来たのか」

「ああ。少し気になったし、茶々丸にも呼ばれたからな」

「そうか」

 

 そこで視線を前方に戻す。

 ちょうど竈門が男鬼に斬りかかるところだった。

 

「うわ…」

 

 鬼が竈門に手を向けた一拍後、何かに引っ張られるようにして竈門があらぬ方向に飛んでいった。空中で急旋回し木の幹や地面、塀に叩きつけられる。

 それを見た紅葉が思わずといった様子で声を漏らした。

 

「任意の方向に対象を飛ばす血鬼術か」

 

 厄介だな、と冷静に呟く俺に待機していたおそらく竈門付きの烏が物言いたげに視線を寄越す。

 助けに入らないのかと言外に問われている気がして、その小さな額を指先で擽った。

 

「危なくなったらちゃんと助ける。けどそれは今じゃない」

 

 あの子は強くならなくてはいけないんだ。この程度の鬼、自分の力で倒せなくてはすぐに死んでしまう。

 そんな会話を交わしている間も、竈門は空中で相手の術に翻弄されていた。

 

「あおいだったらどう対処する?」

「んー。まあ王道だが、まずは技を放って威力を相殺する。その後斬撃を飛ばして腕を斬り落とし、首を斬るかな」

「なるほど」

「術はおそらく掌から放たれてる。首を落としても腕が胴体と繋がっている限り警戒は怠れない」

 

 その事に竈門が気づけばいいが、今はそんな事を考えている余裕は無さそうだ。

 一度竈門から目を離し、もう一体の鬼へと視線を向ける。愈史郎と禰豆子で攻撃を仕掛けていたが、先ほど禰豆子は脚をやられていた。鬼とはいえ、人を食っていない以上回復には時間が掛かるだろう。

 再度竈門に目を向ければどうやら技を放って相殺する事に成功したらしい。この短時間で目覚ましい成長だ。

 そしてそろそろ片をつけるつもりなのだろう。鬼に向かって一直線に走っているが…あれは陸の型と参の型を組み合わせているのか。考えたな。

 

「炭治郎、成長したなぁ…」

 

 …隣で涙ぐみながら戦闘を見守っている紅葉は無視するとして。

 鬼に向かって跳躍し、弐の型を改良して横向きに水車を放つ竈門を見つめる。

 

「──斬ったか」

 

 鬼の首が宙を舞う。胴体が倒れ、頭部が竈門の前に転がった。

 そして斬った本人はといえば、何やら激昂した様子の鬼に向かって刀を構えているが…。

 

「…詰めが甘いなぁ」

「新人なんだ、無茶言わないでやってくれ」

 

 鬼が放った最期の術。死に物狂いで放たれたそれは、見ている限りこれまでで一番の威力を持っている。

 竈門の様子を見る限りそろそろ限界が近い。流石にこれ以上は酷か。

 

「行ってくる」

 

 一言だけ告げて下に下り、倒れている鬼との距離を詰める。

 

「まだまだ足りぬ…もっと…もっと…」

 

 鬼は俺に気づく事なく、まるで呪いのように恨み言を呟いている。頭に血が上っているのか、はたまた五感が機能していないのか。まあ、もうどうでもいいか。

 掌を腕ごと斬り刻んでから、転がっている頭部に刀を突き刺し機能を止める。鬼だろうが指令を出しているのは大抵脳だ。今回の血鬼術はそこを潰せば解けるだろう。ついでに血の採取もしておこうか。

 持っていた注射器を胴体の適当な場所に刺し、上空で血鬼術から解放された竈門の落下地点に移動する。

 受け身も取れていない竈門がこのまま地面に叩きつけられたら無駄な怪我が増えるだけだ。

 なるべく衝撃を抑えて降ってきた竈門を受け止める。その際手から離れた刀を代わりに拾い、腰に差している鞘に納めてやった。

 

「ヒュ…ぁ、ぇ…だれ、ですか…?」

 

 いきなり現れた見知らぬ男(口面付き)に驚きが隠せないようで、大きく目を見開いた竈門が呆然と尋ねてくる。呼吸音が浅く不自然だが、これは折れてるな。腕と脚は無事か。うん、軽傷だ。上等上等。

 

「直接会うのは初めてだな。俺は一宮あおい。兄姉弟子から聞いていないか?」

「い、ちみやさん…禰豆子の…?」

「ああ」

 

 竈門を抱えたまま途中で注射器を回収し、更に歩みを進める。それに「えっ、あの」と慌てた声が聞こえたが、構う事なくもう一体の鬼の元へと向かった。

 さっきから凄まじい打撃音がするんだが、一体どんな戦闘を繰り広げてるんだ。

 そんな疑問を抱きつつ、珠世殿がいる以上最悪の事態にはなっていないだろうと余裕を持って現場へと向かう。

 

「…随分と激しい蹴鞠だな」

「ね、禰豆子…」

 

 辿り着いた先で目にしたのは、禰豆子と女鬼の蹴鞠の勝負。ただし、下手に混ざれば先程の禰豆子のように一瞬で脚が吹き飛ぶ威力の、だが。

 おっかなびっくり妹の名を呼ぶ竈門は大分呼吸が落ち着いてきている。とりあえず下ろすか。

 一声掛けてから竈門を隣に座らせると、久々の地面との再会に安堵の息を吐いていた。

 それにしても、やはり鬼同士の戦いは決定打に欠ける。日輪刀と日の光しか弱点がないから仕方がない事ではあるが。

 …あと少しで日が昇る。蹴鞠の決着も着いたしそろそろ斬るか、と日輪刀に手を掛けたところで珠世殿が前に出た。

 

「貴女は、鬼舞辻の正体をご存知なのですか」

 

 毅然とした態度で問われた内容に、そして後に続く言葉に女鬼は動揺し声を荒げる。

 己の仕える主を侮辱されれば当然の反応ではあるが…恐怖心も垣間見えるな。鬼舞辻は恐怖政治でも築いてるんだろうか。とすれば愚策もいいところだが。

 俺が鬼舞辻に関して思考を回している間にも会話は続いていく。

 そしてついに、その時が来た。

 

「っ!!!」

 

 女鬼が鬼舞辻の名を呼んだその瞬間、空気が凍った。

 

「──その名を口にしましたね?」

 

 呪いが、発動する。

 顔を青褪めさせ、必死に許しを請う様は非常に哀れで痛々しい。だが…己の情報を漏らした下位の鬼を生かしておくほど、鬼舞辻の器は大きくないようだ。

 眼前で繰り広げられるその仕打ちに、自然と顔に力が入る。相変わらず惨い事をする。

 けれど俺たちは決して目を逸らしてはいけない。鬼を狩る者として、その末路を見届ける義務があるのだから。

 女鬼の体内から生えてきた腕が、その宿主の身体を蹂躙する。

 

「死んでしまったんですか…?」

「まだ生きてる。…あんな状態になってもまだ、死ぬことは叶わない」

 

 俺たちは風上にいたから珠世殿の術の影響はないし、その術ももう消えた頃だろう。そう判断し竈門とともに近くに寄れば、青筋を浮かべた愈史郎が駆け寄ってきた。

 

「来るのが遅い!!」

「悪かったよ、こっちもいろいろあったんだ。あと竈門兄妹がいたから暫く静観させてもらっていた」

「!珠世様!やはりこのような不誠実な男は信用なりません!出禁にしましょう!」

「止めなさい、愈史郎。一宮さん、お呼び立てしてすみません。できればこの後話がしたいのですが、お時間大丈夫ですか?」

「近くに待機している隠に指示を出してくるので一旦離れますが、その後でもよければ」

「もちろんです」

「ではまた後程」

 

 手早くやり取りを終えて待機していた紅葉と烏たちを呼ぶ。竈門は…珠世殿たちに任せよう。

 やって来た紅葉と烏たちに事後処理や報告についての指示を出す。もうこの屋敷に住めないとはいえ、夜が明けてしまっては珠世殿たちは移動できない。事後処理は早くとも明日以降になるだろう。

 

「竈門」

 

 すべての指示を出し終えた頃には日が昇り始めていた。

 日に当たれない三人は屋敷に入ったのだろう。既に姿はない。

 

「…はい」

 

 こちらを向かずに静かに返事をする竈門にひとつ息を吐いた。

 

「救いがないと思うか」

 

 俺の言葉にぴくりとその小さな肩が揺れる。

 

「鬼となった者たちは既に人の理から外れている。…人として死んでいるにも関わらず未だに還る事が赦されない。鬼とはそんな存在だ」

 

 地面に転がる鞠と着物に目を向ける。この鞠は血鬼術で出していたものだから、もう暫くすれば消えるのだろう。

 

「だから竈門、鬼を斬る事を躊躇うな。救いがないと、哀れだと思うのなら尚更。これ以上穢れを纏わぬようにさっさと終わらせてやるのも、一種の救いになるのだから」

 

 強くなれ。心を折るな。すべてを己の力に変えろ。

 お前は今後、鬼殺隊に吹く新しい風の中心となるのだから。

 

 

 

 珠世殿たちと合流し、竈門が禰豆子とともに歩む事を再度決意した。

 

「じゃあな。俺たちは痕跡を消してから行く。お前らはさっさと行け」

「はい。それでは、珠世さんも愈史郎さんもお元気で。一宮さんも、ありがとうございました」

「ああ」

 

 元気よく走って行った禰豆子を追いかけようとする竈門を愈史郎が呼び止める。

 

「…お前の妹は、美人だよ」

 

 顔を背けながら発されたその言葉に俺は思わず目を見張ってしまった。

 だってあの、「珠世様以外は全てその辺の石ころと同等。珠世様が至高」と思っている愈史郎がだ。わざわざ呼び止めて美人だと形容したんだぞ。これが驚かずにどうしろと。

 俺がいない間に色々とやり取りがあったんだな。友人ができたようで何よりだと、誰目線かよくわからない感想を抱く。

 竈門が年相応の笑みを見せ去って行き一息ついたところで、俺はやっと今回の詳細を知ることとなった。

 

「そうか、鬼舞辻が…」

 

 路地裏にあった三人分の遺体を思い出す。食われた形跡がないと思ってはいたが、鬼舞辻本人が殺している可能性があったとはな。

 …竈門は鬼舞辻の顔を見ただろうか。記憶が残っているうちに人相描きを作りたいんだが…。まあ、最悪俺が見れば(・・・)いいか。

 

「次の引っ越し先ですが、麹町辺りにしようかと思っています。詳しい場所はまた数日後に…」

「珠世殿」

 

 続いていた言葉を遮り彼女の名を呼ぶ。その事に愈史郎がまた凄い顔で俺を見てきた。

 

「一宮!お前珠世様のお言葉を遮るとはどういうつもりだ!」

「愈史郎」

「はい!珠世様!」

「いや、先に礼を欠いたのはこちらです。申し訳ない」

「いえ、気にしていませんので…それで、どうしました?」

 

 小首を傾げて問いかけてくる珠世殿とまっすぐ目を合わせ、口を開いた。

 

「住居を産屋敷家の別邸に移す気はありませんか」

 

 濃い紫色の瞳が大きく見開かれる。

 

「そこならば周りの目も気にせずにもっと落ち着いて研究する事ができる。俺たちも守りやすいし、どうでしょう」

 

 愈史郎は何も言わない。珠世殿の判断に従うという事だろう。まあこの男は何があっても珠世殿に逆らう事はないだろうが。もしそんな事が起きたら天変地異の前触れだから是非とも止めてもらいたい。

 閑話休題(それは一旦脇に置いておいて)

 少しずれた思考を元に戻す。珠世殿は変わらず瞳を大きくしたまま声を発した。

 

「よろしいのですか…?」

「ええ。実は少し前にお館様より提案されていたんです。なので、珠世殿と愈史郎が嫌でなければ是非」

 

 俺の返答を受けて一度顔を伏せた珠世殿だったが、すぐにまっすぐとした強い眼差しで俺を見据えてきた。

 その視線に、俺も自然と笑みが浮かぶ。

 

「その提案、ありがたく受け取らせていただきます」

「承知しました。では夜に迎えに来るのでそれまでに荷物を纏めておいてください」

「はい。ありがとうございます」

「では。愈史郎も、また後でな」

「ふんっ。さっさと帰れ」

 

 相変わらずの物言いに笑いながら二人に背を向ける。

 一度屋敷に帰宅して湯を浴びてから産屋敷邸に向かおう。鬼舞辻と、竈門と、珠世殿の件をそれぞれ報告して、別邸の準備も手配しなくては。 あとはそこに張る結界の準備も。今回はどんな作用にするべきか決めておかないとな。

 今日も今日とてやることが多い。愈史郎の言うとおりさっさと帰ろうと、朝日が照らす浅草の町を一人進んでいく。

 昨夜の喧騒とは正反対の、静かで爽やかな朝だった。

 

 

*****

 

 

 竈門と正式に顔を合わせてから幾分か日にちが経った頃。任務先で隠から柱合裁判が開かれると伝令を受けた。

 

「そうか。伝令ご苦労」

「はい。では失礼致します」

 

 竈門が任務に出始めてから約一月。遂に存在が他の柱にバレたか。紅葉からは暫くの休養の後に那田蜘蛛山の任についたと報告が上がっていたが、そこで誰かと鉢合わせたかな。

 柱合裁判が開かれるのは明日──もう日付が変わっているから今日か。どちらにしろ、今から移動すれば裁判前には間に合うが、可能なら始まる前にあまねと話がしたい。少し急ぐか。

 事後処理をしてくれている隠に後を頼みその場から走り去る。紫電一閃の足運びでいつもより走る速度を上げていれば、上空で暁が旋回しているのが見えた。

 

「暁」

 

 一度足を止めて呼び掛ける。腕を差し出せばバサリという羽音とともに暁がやって来た。

 

「アオイ、オ館様カラ伝言」

「ほう。耀哉は何だって?」

「"出来レバ助ケニナッテアゲテホシイ"ダッテ」

「…ふ、承知した」

 

 今日の裁判の行方を想像し思わず苦笑が漏れる。多くの柱が反対するだろうが、耀哉の意志は変わらない。むしろその反対意見をうまく利用して丸め込むくらいは普通にするだろう。俺も一枚噛んでるから人の事は言えないが。

 それにしても。

 

「最初からそのつもりではあったが、耀哉直々に頼まれると八百長感が強いな…」

「ソレハ言ワナイオ約束ー」

 

 暁の呑気な声が人のいない畦道によく響いた。

 





・不意打ちでお泊まりする事になって動揺した男(27)
 祝言を上げるまで手は出さないと宣言したし本当にそのつもりではあるけど、だからと言って全面的に信頼されるとそれはそれで複雑。隣で鯉夏が安眠してる間、どこまでなら許されるだろうって疲れた頭で考えてた。既に顔にキスしてるんだからちゅうくらいしてもいいんじゃないですかね(適当)。それはそれとして、会う度にご祝儀渡そうとしてくる友人をどうにかしたい。


・ずっとにこにこしてた可愛いひと(19)
 勇気を出して本名を聞いたら教えてもらえてとても嬉しい。ちゃんと約束は守るけど、言われた理由が全てではないんだろうと察してる。
 女として見られていない疑惑もあったから、動揺してくれて満足。過去に何度か己の言動でオリ主が動揺しているとは露程も思っていない。


・赤飯炊いて祝った隠夫婦
 いつも帰ってくる時間に帰ってこない…これはもしや…?え、どうしようお赤飯でも炊く?!ってなテンションから朝一でお赤飯を炊いた。美味しかった。
 オリ主の恋が成就して嬉し泣きした夫と、にっこにこ笑顔で恋バナしましょう!と誘う妻が爆誕する。空屋敷は大変愉快な職場です。


・報告を受けて即ご祝儀を包んだご友人(23)
 身請けを決めた?そう、それはめでたいね。ちょっと待ってね…はい、これご祝儀(お給料と同額)。を会う度にやるお館様。受け取ってくれるまでやめるつもりはない。
 詳細は前編のおまけをご覧ください。


・血鬼術が急に消えたと思ったら知らない人に抱き止められた新人隊員(15)
 人生で初めて繁華街に行ったら人酔いしそうになるし、家族の仇を見つけるし、鬼にされた人を助けようとしたら鬼に助けられるし、襲撃されるし…と正直目が回りそう。とどめは確実にオリ主が刺した。
 この後の任務でキャラの濃い同期と顔を合わせることになる。
 尚、初任務の時から兄弟子である隠が側についている事には気づいていない。



ーーーーーーーーーー
以下補足&あとがき

 あおいは鯉夏といると知能指数が低下してますね。可愛いしか言ってない。まあ言わせてるの私なんですけど。
 それにしても、ここ書いてて凄く楽しかったです。思わぬ方向に話が進んだので自分でもびっくりしてますが。
 自分が優位だと思ってたら一気に劣勢に追いやられるという大変レアな空柱様ですが、お察しの通りこの人余裕がありません。必死に耐えて余裕があるように見せかけていますが、鯉夏に関しては不意を突かれるとがらがら音を立てて崩れ落ちちゃうという残念仕様です。逆に鯉夏は常にドキドキして顔も赤くなっちゃいますが、あおいが動揺し始めるとそれを楽しむ余裕が出てきます。だって経験値が違うもの、仕方がないね。
 今後あおいはときと屋に毎月泊まることになります。一回も二回ももう変わらないので。巡回任務が重なってたら先に終わらせてからときと屋に行きます。帰ると紅葉と美鶴はによによしながら出迎えてくれる予定です。
 それはそうと、キスはありなんだろうかと作者自身わからなくなってきてるんですが、どうなんですかね?手を出すってどこからアウトなんだ…本番しなければOK?誰か教えてくれ…。

 禰豆子への試験をここでやるべきか結構迷ったんですが、原作で宇髄さんが言ってたように庇うなら証拠は必要だよな、と思いこういう展開にしました。それでもやっぱり納得しない柱はいるだろうから、その時は原作通りの流れになるかもしれませんね。

 そして皆さん。大変お待たせいたしました、待ちに待った主人公の登場ですよ!思ったより喋ってないしちょっと影薄いけど主人公!いる!書けた!
 …ごほん。失礼、ここまであまりにも長すぎてちょっとテンションおかしくなりました。
 いやでも本当に長かったですね…。何話か前で「主人公登場まであと3、4話」とか言ってて嘘じゃん?って一人でなってたんですよ。
 ちなみに当初の予定では、あおいはここは見てるだけで助けには入らなかったし、初顔合わせは柱合裁判だったんですがなんでかこういう流れになりました。それに伴い浅草編が長くなり途中で話を切り上げたという…。本当に謎。
 あ、矢琶羽と朱紗丸が炭治郎たちを襲撃した時、あおいは路地裏で隠の到着を待っていました。鬼舞辻とはニアミスだったわけです。惜しかったですね。
 そうそう。紅葉が炭治郎と愈史郎が接触した理由を知らなかったのは、禰豆子と一緒にうどん屋さんで炭治郎の事を待っていたからです。うどんの代金もちゃんと払ってますし、ちゃっかり一杯頂いてます。

 ここにきてやっと空の呼吸の型が一通り出てきたので、ここらで改めて紹介しようと思います。詳細は一番下に載せますので、興味がある方は見てみてください。ざっくりいうと全部で七つ型があり、一応全て空に関する四字熟語が元になってます。



 さて、次回は遂に柱合裁判が始まりますが、ここで遂に話のストックが切れました!更新はいつくらいかと聞かれたら一ヶ月後くらいかなとお答えしますが、もう少し延びるかもしれません。話の大まかな流れは決まってるんですが、最近キャラが勝手に行動するので修正が入る可能性が高くて…。遅筆で申し訳ありませんが、頑張って書きますのでお待ち頂ければ幸いです。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました!
 また次話でお会いしましょう!


*****


・壱の型 紫電一閃(しでんいっせん)
 事態の急激な変化の形容。研ぎ澄まされた剣をひと振りするとき、一瞬ひらめく鋭い光の意から。「紫電」は研ぎ澄まされた剣をひと振りするときにひらめく鋭い光。「一閃」は一瞬のひらめき。さっとひらめくこと。
 →雷の呼吸 壱の型を参考にした居合い技


・弐の型 行雲流水(こううんりゅうすい)
 雲や水のように決まった形がなく、自然に変化すること。物事にとらわれず、平静な心で自然のままに生きること。
 →相手の攻撃に合わせて防御する


・参の型 黒雲白雨(こくうんはくう)
 黒い雲に覆われ、激しい雨が降ること。激しいにわか雨。
 →空中にいる際によく使う。上から複数の斬撃を繰り出す


・肆の型 迅雷風烈(じんらいふうれつ)
 激しい雷と猛烈な風。事態が急激に変わるさま。行動が素早いさま。「迅雷」は天地をとどろかす激しい雷鳴。「風烈」は激しく吹く風で、「烈風」に同じ。
 →高速かつ連続技。縦横無尽に走り敵を混乱させる


・伍の型 風起雲湧(ふうきうんゆう)
 様々な物事が絶えずに起こり続ける様子。または、激しい勢いがある様子。
 次から次へと風が起こり、雲がわき続ける様子をいう。「風のごとく起こり雲のごとく湧く」とも読む。
 →複数の斬撃を飛ばす中遠距離攻撃


・陸の型 光風霽月(こうふうせいげつ)
 心がさっぱりと澄み切ってわだかまりがなく、さわやかなことの形容。日の光の中を吹き渡るさわやかな風と、雨上がりの澄み切った空の月の意から。また、世の中がよく治まっていることの形容に用いられることもある。「霽」は晴れる意。
 →月の光(太陽の光)を反射し刀身が光る。そのためか傷口には痛みが走りなかなか再生しない。ちなみに月が見えないと効果がない。


・漆の型 雷霆万鈞(らいていばんきん)
 他の比ではないほどの激しい勢いや力のたとえ。「雷霆」は雷が轟くこと。「鈞」は重さの単位のことで、「万鈞」は非常に重いこと。
 →相手の懐に入って下から斬り上げる。
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