将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
前編
──柱合裁判。
隊律違反を犯した隊員に対し、お館様を初め柱全員で処罰を決定するそれは、こう言ってはなんだが特段珍しい話ではない。酔った勢いで刀を抜き文字通り真剣勝負をした結果裁判にかけられた柱たちも過去にはいたほどだ。
大体は謹慎処分や厳重注意、減給といった比較的軽い処分で終わるが、罪が重いと判断されれば除隊処分や切腹、斬首と言い渡される事もある。まあ最も、切腹や斬首なんて判決は戦国や江戸の記録でも滅多に目にする事はないが。
「あまね。結界の様子はどうだ」
日が昇って数刻が経った頃、俺は産屋敷邸に辿り着いた。急いだおかげで裁判開始予定時刻までまだ余裕がある。竈門兄弟は既に連れてこられていると先程会った紅葉が言っていたから、結界の状況を聞くのにちょうどいい。
「特に変わりありません。通常通り作動しています」
「そうか。それは重畳」
現在、この屋敷に張ってある結界は二つ。そのうちの一つは人を食った事のある鬼を入れないためのものだ。これが正常に作動しているという事は、それだけで禰豆子が人を食っていない事の証明に繋がる。柱に就任する際にお館様から結界について説明がされている筈だから、ここについては軽く流す程度で問題ないだろう。 あとは今後も人を食わない事を証明してみせれば説得は可能だ。
さて、今回の裁判は「新人隊士が鬼を庇い、行動を共にしていた」という通常なら一発で除隊の判決が下される案件となる。まあ竈門は人間だから生かされるだろうが、禰豆子の方はそうもいかない。彼女が人間でないのは変えようのない事実であり、鬼殺隊が発足してから約千年、人を食わない鬼が現れることも無かったのだから。珠世殿が鬼にした愈史郎でさえ、少量の血を必要としている。つまり、それだけ竈門禰豆子は特殊で貴重な存在なのだ。
加えて隊員の多くは近しい者を鬼によって殺されている。彼らにとって…いや。鬼殺隊関係者にとって鬼とはそれ則ち害悪だ。見つけ次第首を斬る事が絶対の決まり。
故に──。
「失礼します!一宮様、すぐに庭にお越し下さい!不死川様が…!」
こういった事態が起きても、何ら不思議ではない。
✽✽✽✽✽
「──ぃ。やい!」
「っ…」
「いつまで寝てんだ!さっさと起きろ!柱の前だぞ !!」
その強い声に一気に意識が浮上する。急いで辺りを見渡せば、知らない場所で知らない人たちに囲まれ、あまつさえ身動きが取れないよう縛られているのだから混乱するしかない。しかも身体中傷だらけで少し身動ぎするだけでも息が詰まる有り様だ。
「…っ」
…そうだ。確か那田蜘蛛山での任務で冨岡さんが下弦の鬼を斬って、その後…。
「ここは鬼殺隊本部です。あなたはこれから裁判を受けるのですよ、竈門炭次郎くん」
小柄で綺麗な女の人の言葉に困惑する。裁判、とは…いや、それよりも禰豆子はどこだ…!
周囲を見渡して禰豆子を探すも、姿はおろか木箱の影すら見当たらない。
焦って身動ぎする俺に、側に膝をついていた黒装束の人が声を掛けてくる。その内容に再度、目の前に立っている人たちに目を向けた。
(柱…確か、前に錆兎さんが言ってた…)
──
その
「っ禰豆子…禰豆子、どこだ…!」
慌てて禰豆子や善逸、伊之助、村田さんの名前を呼ぶも返事はおろか匂いもしないから焦燥感しか湧いてこない。
加えて俺を庇ってくれた冨岡さんに対しても処分を求める声が上がるから余計だ。俺のせいで迷惑が掛かっているという事実が酷く辛い。
「まあいいじゃないですか。大人しくついて来てくれましたし。処罰は後で考えましょう。それよりも私は、坊やから話を聞きたいですよ」
鬼殺隊員の身でありながら鬼を連れて任務にあたっていた事は立派な隊律違反ですが、もちろんわかっていますよね。
柔らかな声音と笑顔で容赦のない言葉を投げ掛けてくる女性に言葉が詰まる。それでも彼女はこの場で唯一話を聞こうとしてくれる相手だ。きちんと禰豆子が人を食べない事を伝えなくてはいけない。
けれどいざ声を出そうとすると任務で酷使したからなのか喉ががらがらで咳しか出ない。あと純粋に顎が痛い。
なんとか話そうと苦心していると、そんな俺を見かねたのか鎮痛薬入りの水を差し出してくれた。
「っ妹は鬼になったけど、人を食った事はないんです…!今までも、これからも、人を傷つける事は絶対にありません…!」
「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内ならば庇って当たり前。言うこと全て信用できない。俺は信用しない」
やっとの思いで訴えた内容も、白蛇を連れたザンバラ髪の人にばっさりと切り捨てられる。次いで泣きながら数珠をじゃりじゃり言わせている大男が口走った物騒な内容に、慌てて俺は再度主張するべく口を開いた。
「聞いてください!俺は禰豆子を人に治すため剣士になったんです!禰豆子が鬼になったのは二年以上前で、その間禰豆子は人を食ったりしていない!」
「話が地味にぐるぐる回ってるぞ阿呆が。人を食ってない事、これからも食わない事。口先だけでなくド派手に証明してみせろ」
派手な額当てをつけている大男の言葉を受けて、焦る頭で必死に考える。
証拠。禰豆子が人を食べない鬼だという証拠は何だ。焦れば焦るほど頭が真っ白になっていく。
捻り出せ、長男だろう…!妹を、唯一残った俺の家族を守らなきゃいけないのに…!
「…あっ」
ぐるぐると何かないかと思考を巡らせていれば、最終選別から戻って日輪刀が届くまでの間に兄弟子である錆兎さんが教えてくれた話を思い出した。
「さ、錆兎さんが!禰豆子の前で血を流してみたけど耐えてみせたって」
「あ?錆兎?…ああ、前水柱か。んで?そいつが血を流してみせたって?」
「い、いえ!実際流したのは一宮あおいさんという人で、錆兎さんじゃないんですけど…」
──ピシッ
その瞬間、目の前の大男がそんな音を立てて固まった気がした。事実、俺の鼻は僅かにだが動揺の匂いを嗅ぎ取っている。よく見れば周りの柱たちも同様に固まっていた。
何だ?一宮さんの名前を出したからか?どういう関け、い…あれ、そういえば、錆兎さんはあの人を"空柱"って言ってなかったか。
「…一宮、あおい?」
確認するように静かに問い掛けられる。
「ぇ、あ、はい」
「…会ったのか?」
「い、え…俺は、最終選別に参加していたのでその時は会ってないです…」
先程までの喧騒とは打って変わった様子に何となく尻すぼみになってしまう。それでもちゃんと最後まで答えれば、その派手な人は一度大きく息を吐き、聞こえるか聞こえないかという声量でぼそりと呟いた。
「やっぱ一枚咬んでたか…」
どこか呆れているような、それでいて納得したようにも見えるその様子を疑問に思う間もなく別の声に意識を浚われる。
「むぅ…。となると一宮さんにも話を聞くべきか」
俺たちのやり取りを静かに見守っていた目がギョロギョロしている人が眉間に皺を寄せながら言う。
ようやくまともに話を聞いてもらえそうで安心すれば、思い出したかのように身体が痛みを訴えてきた。それでも鎮痛薬を飲ませてもらったからか、目を覚ました直後に比べたら大分マシだ。
錆兎さんが話してくれた内容を思い出しながら、再度禰豆子が俺と共に戦える事を伝えようと口を開こうとした時。
「はっ、本人に会ってもいねぇのに随分なホラを吹きやがる」
傷だらけの男が、抜き身の刀と禰豆子が入っている箱を手に近づいてきた。
「!っ禰豆子!!」
「坊主ゥ…。さっきなんか抜かしてたなァ。鬼が何だって?…鬼が人を守るなんてこと…!ありえねェんだよ馬鹿がァ!」
言うや否や刀を振り上げるその姿に心臓が嫌な音を立てる。鳥肌が立ち指先が痺れてきた。
すべての動きがゆっくりとして見えて反応が遅れる。
(やめ、やめてくれ…その箱には禰豆子が入ってるんだ…!)
固まった身体を無理やり動かそうと身を捩るが、それと同時にぐっ、と強い力で押さえつけられた。視界の端に黒い装束が映る。記憶にある匂いと同じもの。間違いない。これは、紅葉さんだ。
思わぬ負荷に耐えきれず体勢を崩すもそんなの関係ない。
だって、俺が行かないと。
今この場で禰豆子を守れるのは俺しかいないのだから。
「──っ!」
刀が木箱に刺さるかという時、周囲の空気が確かに変わった。
神社の境内を連想させるピンとした緊張感と共に、清涼な匂いが鼻先を掠める。
「──そこまでだ」
刀を握った傷だらけの腕を、いつの間に背後にいたのか見覚えのある人が掴んでいた。二人の腕が小さく震えているのはそれだけ互いに力を込めているからか。
刀が木箱から遠ざかる。その事実とそれを成した人物を見て、俺の身体は安堵から力が抜けていった。
朝焼けの羽織に赤い飾り紐のついた口面を身につけた、
この人が来てくれたなら大丈夫だと、なんだか無性に安心してしまったんだ。
お久しぶりです。大変お待たせ致しました。
前に投稿してから一年以上経っている事実に戦慄しています。
月日が経つのって早いですね…。
またちょこちょこ投稿していきますので、よろしくお願いします!