将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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後編

 

 大慌ての隠に呼ばれて柱たちが集まっている場所に行けば、まさに今刀を木箱に突き刺そうとしている風柱がいた。

 奥に紅葉に押さえ付けられている竈門を視認しながら気配を消してその背後に立つ。

 

「そこまでだ」

 

 刀を握っている腕を掴み、力ずくで距離を取らせる。その隙に側でおろおろしていた隠に箱を回収させ、目を血走らせながら青筋を浮かべる男に声を掛けた。

 

「少し頭を冷やせ」

「っ何しやがる…!」

 

 ぎろり、と怒り九割動揺一割が込められた視線を向けられた。その瞳から、冷静ではないにしろ完全に我を忘れているわけではない事を察する。

 

「…いい加減にしろ、風柱。お館様のご意向を無視する気か?」

「っ」

 

 わざわざ柱合裁判という形を取った意味を考えろ。

 そう言外に伝えれば、歯を食い縛りつつも動きが止まる。強く握り込まれた手とそこに浮かぶ血管からも、風柱が納得いっていない事は一目瞭然だった。

 とはいえこれ以上強行手段に出る事はないだろうと判断し、掴んでいた腕を解放する。

 

「竈門」

 

 紅葉に押さえ付けられていた身体を起こし、僅かばかり放心している竈門の名を呼べば、黙って様子を伺っていた柱たちがピクリと反応した。それを一先ず無視し、こちらに意識を向けた少年に改めて向き直る。

 …最後に会ったときは肋しか折れていなかった筈だが…なんというか、ボロボロだな。治療せずにここまで連れてきたのか。

 粗方の事情を察し何とも言えない気分になるが、丁寧に治療する時間がなかったのも理解できるのでわざわざ突っ込む事はしない。代わりに、と改めて口を開いた。

 

「同じ柱としてこの男の非礼を詫びよう。すまなかった。…とはいえ、今はそれ以上動かない方がいい」

「い、ちみやさん…」

 

 下手に動いて処分の口実にされたくないから出来るだけ大人しくしていてほしいのが俺の本音だったりする。が、それを今言うつもりはない。取り敢えず紅葉がいる以上、竈門が滅多な事をすることはないのだから。

 

「あおいさん、確認したい事がある」

 

 小さく眉をしかめている音柱に声を掛けられ、無言で続きを促した。

 

「あんた、今回の件知ってたな?」

「ああ」

「いつから」

「そうだな…大体、二年程前からか」

 

 誤魔化す事なく答えれば、周囲に広がるのは明らかな動揺。それを気に留める事なく音柱は質問を続ける。

 

「血を流してみせたってのは?」

「事実だな。目の前で腕を斬ったが、ちゃんと耐えてくれたよ」

 

 じっと見つめてくる赤い瞳から目を逸らすことなく答へ(いらへ)を返す。

 

「一宮。何故そこまでしてこの者たちを庇う…」

 

 涙を流しながら数珠をジャリジャリ言わせていた岩柱の、圧が多分に含まれた問い。それを真正面から受けるべく、俺は音柱から岩柱に顔を向けた。

 

「──変化のない組織なんて、そのうち衰退して消えて行くだけだと思わないか」

 

 ここ数百年、上弦と対峙した隊士の多くはその命を散らしている。

 新人たちの質も年々低下気味。

 静かに、だが確実に鬼殺隊は弱体化しているんだ。ギリギリの均衡を保っている今、それを傍観するなんて事俺にはできない。

 

「その"変化"が、事態を好転させるとは限らんだろう…」

「そうだな」

 

 岩柱の言う通りだ。招いた変化が小さな歪みとなってその身を滅ぼす事も確かにある。

 ──それでも。

 

「それでも俺は、彼女ならと思ったんだ」

 

 まだ起きて間もない、眠そうにしていたあの子の瞳を見た時にそう直感した。

 お館様程ではないが俺の勘もそれなりに当たるんだよ、なんて、こんな状況では火に油を注ぐだけだから口にはしない。

「っだとしても鬼殺隊は鬼を斬ってなんぼだろうがァ!庇う理由はどこにもない!」

「あの子はまだ人だよ」

「あ゛ぁ?!」

 

 間髪入れずに告げれば風柱から眼光鋭く凄まれた。

 怒気とも殺気とも言えるそれを受け流しつつちらりと禰豆子が入っている木箱を見やる。

 

「蟲柱の継子によれば、斬りかかっても避けるだけで反撃はしてこなかったそうだ。任務の際に一般人を守っていたという報告もあった。俺も彼女が血の匂いに惑わされなかったところも、鬼と戦っていたところもこの目で確認している。…これでも彼女を悪鬼だと断ずるのか」

「っ…今はそうでも、今後はどうなるか分からねェ…あんたは鬼に家族を奪われてないからそんな甘ちゃんな事が言えんだァ!」

 

 その言葉を吐き出した直後、風柱の顔が強ばった。まるで、自分の言葉に自分で傷ついたような、言ってはいけない言葉を口にしてしまったと後悔するような、そんな顔。

 どこか幼く見えるその表情に思わず苦笑が浮かんでしまう。

 言った本人がなんて顔してるんだか。

 

「…そうだな。確かにお前の言う通りだ」

 

 思ったよりも優しく響いたその言葉は、きっと柱としてではなく俺個人としての言葉だ。

 俺はまだ(・・)肉親を鬼に奪われていない。夢では二度ほど失っているが、予知夢とはいえ所詮は夢だ。現実じゃない。だから俺は、真に彼らの気持ちを理解する事はできない。

 …それでも、想像するくらいならできる。

 

──一宮

 

──空柱様

 

──あおいさん

 

──一宮くん

 

 かつて共に刀を握った仲間たちの声。前に進むために記憶の奥深くに仕舞い込んでいたものが、ぽろりぽろりと顔を出す。

 彼らは確かに俺の肉親ではなかったけど、間違いなくかけがえのない大切な俺の仲間(かぞく)だったから。

 

「…俺を詰りたいなら好きなだけ詰ればいい。それでお前たちの気が晴れるなら俺は別に構いやしないさ」

 

 紛れもない本心だった。その程度の小言は柱就任前後に一通り言われてきたから今更どうとも思わないし、気に病むような繊細さは残念ながら持ち合わせていない。

 ただ、それで何かが変わるかと聞かれれば、俺は否と答えるしかないだけで。

 何せ最終的な相手は柔和な笑顔とは裏腹に大変頑固で策士なお館様なのだから。

 

「何を思い、何を考え、どう行動するのか。それを決めるのは個人の自由だ。周りにどうこうできるものじゃない。──だが、組織に属している以上、上の判断には従ってもらう。反論したいならそれ相応の材料を持ってきなさい」

「…っ!!」

「お前たちは竈門禰豆子を鬼だと言うが、それは現段階で彼女を処分するだけの理由にはならない。今はそれ以上の価値がある」

 

 その発言を最後に誰もが口を閉ざす。

 さわさわと風に揺られる葉の音と痛いほどの緊張が辺りを満たす中、「…あのぉ」と遠慮がちな声が響いた。

 

「一宮さんがご存知という事は、お館様もこの子たちの事把握してるんですよね?ならやっぱりいらっしゃるまで待った方がいいんじゃ…」

 

 恋柱の言葉に柱全員の視線が彼女に集まる。誰もが口をつぐみ、再度静寂が広がるかと思われたその時。

 

「「──お館様の、お成りです」」

 

 凛とした少女たちの声が一瞬にして俺たちの意識を浚っていった。

 布擦れの音と共に三人分の気配が近づいてくる。

 

「お早う、皆。今日はとてもいい天気だね」

 

 耳触りのいい声で、ささくれ立った周囲の気配が少しばかり凪いだ。…相変わらず落ち着く声音をしていらっしゃる。

 お館様の姿を視認すると同時に、俺たちは一列に並び頭を垂れた。竈門は紅葉と後藤が頭を下げさせ、禰豆子はもう一人の隠が抱えている。

 

「急だったにも関わらず全員こうして集まってくれた事、嬉しく思うよ」

 

 ひなき様とにちか様と共にゆるりと微笑むそのお姿はいつもと変わりない。ここから見る限り呼吸も正常だし、足取りもしっかりしている。

 …よかった。今日は会議前に時間が取れなかったから少し心配していたんだ。

 ほう、と静かに俺が安堵の息を吐いている間に、本日の水面下での争いは勝敗を決していたらしい。

 

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。ますますの御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 流れるように丁寧な口上を述べたのは、先程まで荒々しさしかなかった風柱だ。

 けれど腹の中では様々な感情が渦巻いているのだろう。激情を押し殺したようなその声音がなによりの証拠だ。

 

「失礼ながらお館様。柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士についてご説明いただきたく存じますが、よろしいでしょうか」

「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。…炭治郎と禰豆子の事は私が容認していた。あおいも同様にね。そして、皆にも認めてほしいと思っている」

 

 その言葉に真っ先に反対したのは岩柱だった。それに続き炎柱が断固拒否の姿勢を示す。蛇柱と風柱も同様で、こちらは想像通りだ。

 一方で賛成の意を示したのは恋柱と霞柱だ。二人ともお館様と俺がそう言うのであれば、とすぐに受け入れてくれた。

 水柱は当事者だからか口下手だからか無言を貫き、残るは蟲柱と音柱の二人となる。

 

「…そのお嬢さんが他の鬼と違うのなら、今後こちらに有利な状況を作り出せるかもしれませんね」

 

 私もお館様のご意志に従います。

 いつもと変わらぬ調子でそう宣言した蟲柱に、何人かの柱が息を飲んだ。

 彼女の頭にはきっと珠世殿たちの事が浮かんでいる。察しがいいからな。俺と竈門兄妹の間に面識があると知った時点で、あるいは捕縛命令が出た時点で、竈門禰豆子の有用性を考えていたのだろう。

 事前に知らせてなかった事について後で苦情を言われそうだ、と内心覚悟を決めていると、俺に質問してからずっと黙っていた音柱が口を開いた。

 

「俺も、お館様とあおいさんの意思に従う」

 

 いつも賑やかな音柱が凪いだ声音で、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。

 

「あおいさんが直々に確かめたなら、これ以上うだうだ言うつもりはねぇ」

 

 その言葉から滲む俺への確かな信頼に、場違いとは承知していても胸に込み上げてくるものがあった。

 音柱だけじゃない。俺の言葉を信じ決定を下したお館様を始め、同意を示してくれた柱たちの信頼を、俺は絶対に守り通さなければならない。

 心の内で改めて決意を固めていると、ひなき様が手紙を読み上げ始めた。

 元柱の鱗滝殿から送られたそれは禰豆子の助命を願うもので、もし仮に禰豆子が人を襲った場合は竈門だけでなく鱗滝一門の隊士全員が腹を斬ると、そう記されていたという。

 …腹を斬る者の中に俺と紅葉の名が無かったのは、俺への線引きと紅葉への気遣いからなんだろうな。

 

「──切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

「不死川の言う通りです。人を食い殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」

 

 苛立ちが含まれた風柱の声に、炎柱が同意する。

 

「…そうだね。けれど、禰豆子が人を食わずに守っていた事は、数回に渡る任務で証明されているよ。詳しくは隠の子から聞こうか。──紅葉」

「はっ。空柱様からのご指示で、竈門炭治郎および竈門禰豆子の監視をしておりましたので、その結果をお伝え致します」

 

 お館様に指名された紅葉が、これまでの竈門兄妹の様子を淡々と報告していく。浅草での騒動についても珠世殿と愈史郎の事は伏せた上で詳細が語られた。俺が途中で合流したくだりでまた柱たちから視線が向けられたが、それらは一旦置いておく。

 

「お館様…彼らは確か同門であった筈。ならば庇い立てするのは自然の事…その報告も全てを信用する訳にはいかない」

 

 全ての報告が終わり頭を下げた紅葉だったが、岩柱から放たれたその言葉に再度口を開く。

 

「──お言葉ですが、俺は確かに竈門炭治郎とは同門です。その事実を否定するつもりは毛頭ございません。しかし、それ以前に俺は空柱、一宮あおい様の隠だ。その立場は俺にとって何よりも重く、誇り高いものです。…それだけはどうか、ご理解下さいますようお願い申し上げます」

 

 迷いなく告げられた内容に口元が緩んで仕方がない。口面をしていてよかったと心底思う。こんな顔、後輩たちに見せられないからな。

 

「あおい。君の意見も聞かせてほしい」

 

 お館様から向けられた視線に、剥がれかけていた柱としての顔に戻す。

 

「…まず、竈門禰豆子が人を食っていないことは、紅葉からの報告だけでなくここに入れている(・・・・・・・・)時点で証明されています。細君にも確認しましたが、異常はないと仰っていました」

「そうだね」

「しかし、それだけでは今後も人を襲わないという証明にはなりません。俺が血を流し竈門禰豆子が耐えてみせたと言っても、ここにいる柱の何人かは納得できていない様子。…ならば、改めて試せばいいだけの話だ」

 

 そこまで言って、俺の横に並ぶ柱の一人に視線をやった。

 

「風柱。採血がしたい。協力してもらっても?」

「…採血だァ?そんなまどろっこしいもんしなくてもただ斬りゃあいいだけじゃねぇかァ」

 

 苛立たしげに言い放つ風柱にこちらも負けじと笑顔で返す。

 

「──協力、してくれるな?」

 

 お館様の屋敷を必要以上に血で穢すような真似、俺が許す訳ないだろう?

 そんな思いを言外に込めたが、相手は正しく受け取ってくれたらしい。一瞬息を詰めた後に舌打ちをし、無言で腕を差し出してくれた。

 その様子を確認してから紅葉に目で合図を送る。小さく頷き風柱に駆け寄ったその手には支給されている注射器が握られていた。

 風柱の血を使うのは、単純に彼が稀血の持ち主だからだ。蝶屋敷に保管してあるものを譲ってもらう事も考えたが、それだと確実に風柱のものだと証明できない。なるべく疑いは持たれたくないし折角本人がいるんだ、現地調達させてもらおう。

 

「ではお館様、御前失礼仕ります」

 

 紅葉から渡された試験管と隠から受け取った木箱を手に縁側に上がる。日が射し込まない所まで足を進めて背後を振り返った。

 

「さて竈門。稀血は分かるな?確か二つ程前の任務で烏から教えられていると思うんだが」

 

 不安気な顔をした竈門が首肯したのを確認して木箱を畳に下ろす。そのまま片膝をつき、手拭いを取り出しながら竈門に見せるように血液の入った試験管を軽く揺すった。

 

「風柱もその稀血の持ち主なんだよ」

 

 ザッと竈門の顔から血の気が引く。何か言おうと口を開いて、しかし結局何の音も発しないまま戦慄かせるに留まった。

 そんな竈門の様子を横目に見ながら血液を手拭いに染み込ませる。じわじわと赤が広がっていくのを見つめながら話を続けた。

 

「鬼になってから一度も人を食っていないなら、相当な飢えを感じているはず。これに耐えることが出来れば何の問題もないでしょう」

 

 十分に血が染みたところで木箱に手を伸ばす。

 思わず、といったように竈門が身を乗り出したがすかさず紅葉が押さえつけていた。その様子を視界の端で捉えつつ、躊躇うことなく木箱の蓋を開け放った。

 ゆらりと出てきた禰豆子は、瞳孔が細くなった瞳を見開いて俺の手元を凝視していた。額からは大粒の汗が浮かび、竹筒を咥えた口からはだらだらと涎が流れている。

 欲求に耐えるためだろう、手は強く握りすぎて血が滲んでいた。…それでも、禰豆子の瞳から理性が消える事はない。

 チャキ、と刀の鯉口を切る音を聞きながら、いつでも動けるよう身構えつつじっと禰豆子を正面から見据える。

 鼻息を荒くし俺の手元から視線を逸らさない禰豆子だったが、それも竈門が彼女に声を掛けるまでだった。

 

「っ禰豆子…!」

 

 その声にぴくりと肩を揺らした少女は、俺が持つものを拒否するようにぷいっと顔を反らした。

 ふ、と安堵の息が漏れる。

 未だに鼻息は荒いし涎も流れているが、それでも彼女は己の欲に耐えきった。これ以上ないほどの証明である。

 縁側の方からいくつもの動揺する気配が伝わってくるが、それが最も強いのはやはり風柱だ。この血の効果は本人が一番よく理解している。──何せ今でも鬼を狩るためにわざと血を流すのだから。

 もうずっと己の血で理性を失くす鬼を見続けてきた身としては、目の前の()が耐えきった事実が信じられないのだろう。

 呆然とした視線を感じつつ、少しずつ呼吸が安定してきた少女をじっと観察する。

 そう時間をかけずに落ち着きを取り戻した禰豆子は、ちらりと俺の手元に視線をやった直後、恐る恐るといった様子で手を伸ばしてきた。

 一瞬稀血に反応しているのかとも思ったが、先程のように瞳孔は細まっていない。再度刀に手を伸ばす音柱を制止して様子を見ていれば、躊躇いながらもゆっくりと左手首辺りを撫でられた。

 そこは丁度、以前会った際に俺が斬ったところで。

 心配そうに眉尻を下げる禰豆子にふ、と笑いかける。

 

「大丈夫だ。もう塞がってるよ」

 その言葉を理解したのかは分からないが、じっと俺の顔を見つめた後に安心したような表情を浮かべていたから、きっと伝わったのだろう。

 その様子に思わず手が伸びていつかのように二度ほど弾ませた。

 ぱちくり。

 そんな音が聞こえてきそうなくらいしっかりと瞬きをした禰豆子は、しかしすぐに気持ち良さそうに目を閉じて俺の手に頭を擦り付けてきた。

 まるで猫の子がもっと撫でろと催促してくるようで大変可愛らしい。

 要望通りに撫でていればお館様と柱たちのやり取りが耳に入ってきた。どうやらこの兄妹は蝶屋敷が一時的に預かるらしい。まあ妥当な判断だと思う。

 諸々の証明と預かり先が決定したため裁判はこれで終了だ。彼らが席を外す前にこちらの用事を済ませないとならない。

 俺の口面に興味を示してペタペタ触っている小さくなった禰豆子に声を掛ける。

 

「この口面が気になるのか?」

「むー!」

「よしよし。…なあ禰豆子。一つ、頼み事をしてもいいだろうか」

「む?」

「君の家族を殺し、君を鬼にした者の顔を知りたいんだ。そのために、君の記憶を見ることを許してもらいたい。いいだろうか?」

 

 珠世殿曰く、禰豆子は鬼舞辻の呪いからは外れているらしい。それはつまりこちらが何をしようが鬼舞辻(あちら)に情報が行くことはないという事。であれば可能なら見させてほしいというのが正直なところだ。得られる情報はなるべく多く得ておきたい。

 そんな事情から禰豆子に記憶を見させてほしいと頼めば、まあるい瞳にじっと見つめられる。そして、僅かな沈黙の後確かに頷いてくれた。

 

「ありがとう。…額を合わせるけど、大丈夫かな?」

「む!」

「ふふ、そうか。ありがとう」

 

 ぴっ、と良い子の返事をした禰豆子に小さく笑いながら彼女の首裏に手を回す。角度を調整し、負担にならないよう後頭部を支え、つるりとした額と己のそれを合わせようと顔を近づけた時──。

 

「俺の妹に手を出さないでいただきたい!!」

「「ぶふっ」」

 

 静かな空間を切り裂くような大声がその場に響いた。その直後に聞こえた二人分の笑い声も、そりゃあもう、誰のものかすぐに判断できるくらいにはとてもよく耳に入ってきた。

「む?」

 

 思わぬ台詞に固まっていると不思議そうに小首を傾げた禰豆子と目が合う。

 正直今すぐ吹き出した二人を蹴り飛ばしに行きたいが、時間が限られている今優先順位を間違える事はできない。

 この短時間で生まれた諸々を吐き出すように深く息を吐き出し平常心に戻す。

 とりあえず竈門の視線がうるさいので後藤に対処してもらおう。未だに顔を伏せて肩を震わせている馬鹿二人は放っておく。

 後藤に無言で指示を出してから再度禰豆子に向き直り、今度こそこつりと額を合わせた。

 練習したとはいえ、過去を見る事は滅多にない。なるべく関係ない記憶は見ないよう目的のものを探していく。

 

(──見つけた)

 

 二年間眠っていたからか、想像よりも早く見つける事ができた。

 布団に入っている子どもたちを母親であろう女性と共に寝かしつけている様子。とても平和な、ありふれた夜の光景だ。

 これはただの映像だから音は聞こえないが、互いに顔を寄せ楽しそうに笑い合っている姿に、決して裕福とは言えないであろう生活でも、この子にとっては何にも変えがたい日常(しあわせ)だったのだと察する。

 やがて物音がしたのか扉を叩かれたのかしたのだろう。背後を振り返り立ち上がる母親の背中をそのまま見送り──。

 

 ──それから幾ばくもせず眼前に広がったのは、地獄と言っても差し支えない残忍な光景だった。

 

「──…」

 

 全てを見終えて額を離す。

 先と変わらず不思議そうな顔をする禰豆子に、他の者と違わずこの行為による当時の記憶の想起が無かったことを察し、小さく安堵の息を吐き出した。

 礼を告げながら首裏に添えていた手を頭上に持っていき軽く跳ねさせてから、こちらの様子を伺っていた女性の隠に声を掛ける。

 

「待たせたな」

「っいえ!」

 

 禰豆子が箱に入っていくのを身を固くしながら見守っている隠を背後に縁側に出れば、そこには竈門を担ぎ今にも駆け出していきそうな後藤がいた。

「ああ、悪いが少し待ってくれ」

「は、はい!」

 

 担がれた事で目線が近くなった竈門は目を白黒とさせていたが、呼び止めたのが俺だと気づくと禰豆子とそっくりな不思議そうな顔で見上げてきた。

 その眉間に若干の皺が寄っているのは致し方ないだろう。

 

「本当は裁判前に終わらせるつもりだったんだが、そんな暇なかったからな」

 

 残り数寸という差を腰を屈める事で埋め、目線を合わせる。

 

「鬼舞辻無惨の顔が知りたい。記憶を覗いても?」

 

 言葉足らずな自覚はある。

 けれどこの後の事を考えると懇切丁寧に説明するだけの時間はないと言っていい。

 俺の問い掛けに竈門は頭上に疑問符を浮かべているが、無言は肯定と受け取りその後頭部に手を伸ばす。

 なるべく傷に障らないようこちらから迎えにいけば、ぎょっとしたような気配と共に後ろに引こうとしたので手に力を込めてそれを阻止した。

 

「っ…」

「…」

 

 覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑られるが、こちとら口面をしたままだしそもそも先程の禰豆子とのやり取りを見ていただろうに…。

 なんだか子どもを苛めているように感じられるのでさっさと終わらせよう。

 …ああでもその前に。

 

「安心しろ。俺はお前の妹に懸想するほど困ってないし、これもすぐに終わる」

 

 脳裏に愛しい(ひと)の笑顔を思い浮かべながら、竈門がその言葉を飲み込む前にごちんと額を合わせた。

 流れてくるのは浅草での竈門の記憶。

 その中の一人と、先程禰豆子の記憶で見た男、そして俺が以前夢で見た顔とで比較して、その結果に「ああやはり」と歓喜とも落胆とも言える感情が沸き上がった。

 髪型や服装など多少の違いはあるものの、それでも同一の存在だと断言できる。

 この男こそ、鬼舞辻無惨。我ら鬼殺隊が長年追い求めていた最大の敵にして諸悪の根元。そして近い将来、あまねや耀哉たち(俺が守るべきもの)を奪う存在。

 決して忘れぬようその顔を脳裏に刻み付ける。この裁判が終わったら時間をもらって人相描きを作らなければ。担当の隠は既に待機させているからそう時間は掛からないだろう。

 鬼舞辻が共にいた親子の情報も頭に入れ、ついでに今後竈門への接触があるか確かめるために少し先の未来も見ておく。

 未来は過去と違って確定していない(・・・・・・・)事象だ。故に断片的なものしか見る事ができない。

 それでも得られるものはあると更に集中力を高め、散りばめられた破片のようなそれらから必要な情報を抜いていく。

 大抵は蝶屋敷での療養生活の風景だったが、いくつか異なるものも紛れていた。

 列車での炎柱との合同任務。

 乗客を庇いながら行われる下弦の鬼との戦闘。

 そして──。

 

「…うん、なるほど。分かった。もういいよ、連れていってくれ」

「は、はいっ!」

 

 答えるや否や脱兎の如く駆けていく後藤たちを見送り、竈門から得た情報を紙に(したた)めていく。

 共にいた母娘の名前。彼らの身なりから考えられる家柄。あの時間に浅草にいた事から、迎えがあったか待たせていたかしたのだろう。その辺りからも何か探れるかもしれない。

 

「紅葉」

「はい」

「これを。あとは予定通りに」

「承知しました」

「決して深追いはするなよ」

「分かっています」

 

 竈門たちが去ってもその場に残っていた紅葉に紙を渡す。

 事前に竈門の記憶から情報を得る事は伝えていたから、特にこれといったやり取りもなく紅葉は駆けていった。

 

「あおい」

 

 一通りのやり取りが終わった頃、お館様に声を掛けられる。

 膝を付き、一言告げた。

 

「鬼舞辻の顔を見ましたので、すぐに隠に人相描きを頼みます」

 

 その瞬間、静かに様子を伺っていた柱が全員ざわついた。無理もない。これまで鬼舞辻に関する情報はほとんど掴めていなかったのだから。況してや人相など貴重も貴重。動揺するのもわかるというものだ。

 

「そう。じゃあ裁判はこれで終わりだね。会議は人相描きが出来上がってからに…」

 

 しようか、と続けるつもりだったお館様の言葉は途中で遮られた。他でもない、既に隠に連れていかれた竈門によって。

 どうやら禰豆子を刺そうとした風柱に対して頭突きをしようと思っていたようだが、お館様が何か言う前に霞柱が砂利をぶつけて黙らせていた。

 そのまま平謝りする隠たちに温度のない声で連れていくよう伝える霞柱を横目に、俺はお館様に一言断ってからその場を一時的に後にする。

 長い事待てずに突撃してくる柱もいそうだから急いで描いてもらわなくては。

 それにしても…。

 竈門に額を合わせた時に見た、少し先の未来を思い出す。

 

「…」

 

 無限列車での炎柱との合同任務。

 他の隊士と連携を取りながら討伐した下弦の鬼。

 その後現れた上弦の参との激闘。

 

──結果、炎柱煉獄杏寿郎が死亡。

 

(どうしたものか…)

 

 

 

✽✽✽✽✽

 

 

 

 禰豆子の存在が鬼殺隊に容認された日、つまり裁判があった日の翌日。俺は蝶屋敷と呼ばれる鬼殺隊の療養施設の一室にいた。

 同じ部屋には先日の那田蜘蛛山の任務に一緒に向かった善逸と伊之助がいる。

 伊之助は喉を酷く痛めているのと他に理由があるのか普段に比べて大分静かだし、善逸はまだ本調子じゃないから眠っている時間が多い。

 とはいえ、薬の時間になれば強制的に起こされてまたいつものように騒ぎ出すのだけど。

 

「薬は苦いものなんだから諦めて飲めばいいのにな、禰豆子」

「むー?」

 

 目が覚めて箱から出てきた禰豆子に話しかければ、こてん、と首を傾げて俺を見上げてきた。

 いつも通りのその様子に知らず笑みが溢れる。

 まろい頭に手を伸ばし髪をすくように撫でてやれば、禰豆子は満面の笑みをこちらに向けてくれた。その様子が幼い頃の弟妹たちを思い出させて懐かしい反面、少し切ない気分になる。

 その気分のまま手を動かしつつ、ぼんやりと思考を回していけば、思い出すのは例の鬼の事だ。

 全ての元凶で、珠世さんがずっと逃げている相手。そしてあの手鞠の鬼を殺してしまった相手。

 当時の様子を思い出して顔から血の気が引いていく。

 様子がおかしい俺に気づいた禰豆子が頭に置いていた手をきゅっと握ってくれた。その暖かさに安心して、俺からも同じように握り返す。

 そんな、ここ数日で一番の平穏を味わっていた時だった。

 

──コンコンコン

 

 控えめな音の後にゆっくりと開かれる扉。寝ている患者を気遣う様子がそれだけで伝わってくる。

 誰だろうか、という疑問は鼻を擽る清涼な香りですぐに解消された。

 

「昨日ぶりだな、竈門」

「一宮さん…」

「むー!」

「ちょっ、禰豆子…!」

 

 俺に小さく声を掛けながら入ってきたのは、昨日の裁判で禰豆子が人を食わないと証明してくれた人だった。

 綺麗な白い髪を後ろで一つに結っている一宮さんは、昨日よりも、そして浅草の時よりも纏っている空気が柔らかい。

 その事に俺がちょっとびっくりしている間に禰豆子は嬉しそうに一宮さんに駆け寄っていく。慌てて声を上げれば、「構わない」と暖かい声音で抱き上げてくれた。

 なんか、凄く手慣れてらっしゃる…。お子さんでもいるんだろうか…?

 一宮さんの口面に手を伸ばす禰豆子とそれを楽しそうに受け入れる一宮さんに、いいんだろうか、と思いながらはたと気づく。

 そうだ、俺はこの人に言わなければいけない事があったんだ。

 

「あの…!俺、昨日は本当に失礼な事を…」

 

 昨日一宮さんが禰豆子に顔を近づけた時、思わずあんな事を言ってしまったけどよく考えなくてもあの発言は失礼だった。

 邪な感情なんて少しも感じなかったし、そもそも口面もしていた。何より、この人は俺たちを守ってくれようとしていたのに、思いもよらない出来事だったからつい口走ってしまったんだ。

 次に会ったときに謝らなくてはと決めていたけど、こんなに早く再会できるとは思っていなくてうっかり頭から抜けてしまっていた。

 禰豆子を抱き上げたまま近づいてきた一宮さんに謝罪と共に頭を下げる。

 けれども返ってきたのは俺の予想に反して不思議そうな声で。思わず顔を上げて説明したら「…ああ」とまるで今思い出したと言うような様子でいるものだから、ついまじまじと口面をつけた顔を凝視してしまった。

 

「気にしなくていい。状況が状況だったからな、過敏になっても無理はない」

「けど…!」

「竈門」

 

 口元で人差し指を立てる一宮さんに咄嗟に口をつぐむ。気づかないうちに声が大きくなっていたらしい。

 ちらりと隣とその奥の寝台に目を向けるが、規則正しく上下する様子から起きてはいないようだ。よかった…。

 ほっと安心して再度一宮さんの顔を見上げる。

 俺と同じように善逸たちに向けていたその瞳には、どこか楽しげな色が浮かんでいた。

 その様子に、これ以上の謝罪はきっと受け取ってもらえないなと静かに察する。

 

「今日は、お前と話がしたくて来たんだ」

 

 いつか別の機会に謝罪とお礼をしよう。

 よし、と一人で頷いているといつの間にか俺に視線を戻していた一宮さんがそんな事を口にした。

 

「話、ですか?」

「ああ」

 

 小さく頷いて寝具脇に置いた椅子に腰掛けると、一宮さんは静かに切り出した。

 

「今から言う俺の言葉を、お前たちが許す必要はどこにもない」

 

 思わず息を飲む。その内容にももちろん驚いたけど、一宮さんの纏う空気が、どんどん変わっていくから。

 清涼な香りはそのままに、緊張感が増していく。

 柔らかな空気がぴんと張られて、まるで一本の刀のようだ。

 先程までと全然違う様子に目が離せない。

 

「鬼が現れてから約千年、俺たち鬼殺隊は鬼を狩り続けている。その記録は、一部欠損はあるものの今でも綺麗に保管されているが…そこに鬼舞辻に関する情報は残されていなかった。人を食わない鬼(・・・・・・・)も同様にな」

 

 全て読み切るのに何年も掛かったよ。

 そう言って肩を竦める一宮さんからは、嘘の匂いが一切しなかった。

 

「お前は今、特殊な状況下にいる。人を食うことを耐えた禰豆子に、心強い協力者たち。そして何より、柱ですら叶わなかった元凶との接触」

 

 つ、と正面から見据えられる。

 硝子玉のようなその瞳にはなんの感情も浮かんでいない。匂いですら、わからなかった。

 

「よって俺たちは、お前たち兄妹を利用するために手元に置くことにした。鬼舞辻に繋がる手がかりの一つとして」

 

 それが此度の柱合会議での決定だ。

 きっぱりとそう言い切った一宮さんは、一度俺から視線を外して膝に座らせていた禰豆子を見やる。

 一宮さんを背もたれに完全に寛ぎまくっていた妹は、視線を感じたのか、なあに?と言いたげに上を見上げていた。

 …ほんと今更だけど懐きすぎじゃないか?兄ちゃんちょっと複雑なんだけど。

 

「だからな、竈門。お前たちも鬼殺隊(俺たち)を利用しろ。この子を真実人に戻すまで」

 

 ちょっと思考が脇に逸れかけたが、再度向けられた視線と言葉に引き戻される。

 禰豆子をあやすように撫でている手を見つめ、言いたい事を頭の中で纏めてから俺はゆっくりと口を開いた。

 

「…俺は、難しいことはわからないけど、それでも貴方が俺たちの事を考えて行動してくれているのはわかります」

 

 たとえ今、なんの感情も伝わってこなくても、その発言が本心からのものだったとしても。

 柱合裁判でも、浅草でも。この人はずっと俺たちを守ってくれていた。

 さっきの手元に置いておくという決定も、結局は俺たちの隊内での安全を保証するものだ。

 優しい人だ、本当に。下手をすれば自分の立場も危うくなるのに、こんなにも俺たちの事を気にかけてくれている。

 

「俺はまだ弱いから、十分な戦力になるとは断言できません。浅草でも那田蜘蛛山でも、鬼を斬るのに凄く時間がかかったし怪我だって沢山しました」

 

 淡い色合いの硝子玉から目を逸らさずに言葉を続ける。俺の気持ちが少しでもこの人に届けばいいと願いながら。

 

「それでも俺は、貴方の期待に、優しさに報いたい」

 

 禰豆子を利用する、というのは少し…いや大分抵抗があるけども…!

 でも、それも捉え方によっては別に気にならない。現に珠世さんたちには定期的に禰豆子の血を送る事を約束しているし。

 要は言い方の問題だ。

 

「禰豆子を人に戻すためなら、俺にできる事はなんでもやります。そのために鬼舞辻を斬らなきゃならないなら、俺が斬ります。だから一宮さん、俺の事は遠慮なく使ってください!」

「…お前は、本当に真っ直ぐというかなんというか…普通自分たちを利用すると言っている男に"なんでもやる"なんて言うか?」

 

 静かに俺の言い分を聞いていた一宮さんだったが、最終的に呆れを含みつつも反応を返してくれた。

 あ…、雰囲気戻ってる…。よかった…。

 

「さっきも言いましたけど、一宮さんが俺たちの事を守ろうとしてくれてるのはわかりますから」

 

 それに。

 

「話している間ずっと禰豆子の相手をしてくれていた人を警戒するなんて、俺にはできませんよ」

「…下に下ろしておくべきだったかな」

 

 苦笑しながら凭れすぎてずり落ちかけている禰豆子を膝に戻して一宮さんはそう呟いた。

 それを見ながらつい口角を上げていると、扉の外に人の気配が集まっているのに気づく。

 

「回診の時間です!」

 

 がらりと戸が開かれ溌剌とした声が室内に響いた。

 そこには俺をこの部屋に案内してくれた隊服姿の女の人と、小さな女の子が三人いた。

 

「久しいな神崎。すみ、なほ、きよも。元気そうで何よりだ」

「空柱様、いらしてたんですね」

「一宮さん!」

「お久しぶりです!」

「お怪我とかはありませんか?」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 

 一宮さんが声を掛ければ、それぞれが一言ずつ返事を返す。慕われているんだな、と一目でわかる光景だった。

 それと同時に、最初に声を掛けながら入ってきた人──一宮さんは"神崎"と呼んでいた──の緊張が少し解れたのも匂いで伝わってくる。

 

「回診か…なら俺は邪魔にならないよう席を外しておこう」

 

 そう言って禰豆子を床に下ろしてから立ち上がった一宮さんだったが、ふと思い付いたように俺に視線を向けてくる。

 

「そうだ竈門。一緒に禰豆子を連れて行ってもいいか?」

「え?あ…」

 

 確かに、回診中は暇だろうし、ずっと部屋に籠りきりも良くないだろう。

 

「むー!」

 

 禰豆子も乗り気だし、うん。

 

「大丈夫です。よろしくお願いします」

「ああ。日光には気を付けるから、安心してくれ」

 

 万歳をして待っている禰豆子をまたひょい、と抱き上げて扉に向かう。それを女の子たちが手を振りながら、神崎さんは頭を一度下げてから見送っていた。

 扉を開けてこちらを振り返った一宮さんは、俺から一番遠い寝台に視線を向けると一言言葉を落とす。

 

「──きちんと薬は飲めよ、我妻」

「ひょっ!!」

 

 楽しげな、それこそ悪戯が成功した子どものような声音の一宮さんに対し、ずっと眠っていた善逸がびくっ、と肩を跳ねさせ奇声を発した。

 それにまたくつりと笑みを溢し、今度こそ一宮さんは去っていく。

 なんとなく感じる気安さに知り合いなのかと首を傾げると、善逸がもぞもぞと布団から這い出してきた。

 

「うぇぇ…やっぱり起きてたのバレてたぁ…」

「え、いつから起きてたんだ」

「炭治郎が一宮さんに謝ってた時だよ」

 

 結構前じゃないか、それ。

 

「善逸、盗み聞きは良くないぞ」

「仕方なくない?!お前謝ってるし、その後なんか真面目な話してて一宮さん怖かったし!!そんな時に"あ、おはようございますー"なんてできるわけなくない?!」

「ここは病室です!静かにしてください!」

 

 目を向いて捲し立てる善逸に薬の用意をしていた神崎さんの叱責が飛んだ。

 ひぃっ!と必要以上に怯える善逸を見ながら、そういえばと思い出す。

 一宮さんは珠世さんたちとどんな経緯で知り合ったんだろう。珠世さんたちは鬼殺隊で自分たちの事を知っている人は限られるって言ってたけど、他に誰が知り合いなのか…。それを知るまで下手に話題に出さない方がいいよな。一宮さんも名前を伏せていたし。

 あと昨日額を合わせたあれはなんだったんだろう。「記憶を見る」って言ってたような気もするけど、詳しいことは何もわからない。

 それから、ヒノカミ神楽について。錆兎さんがあの人は最古参の柱だって言ってたから何か知ってると思うんだ。

 うん、聞きたい事がいっぱいだ。戻って来たときに話す時間があるといいんだけど。

 

 …なんて思っていたのに、横になったらいつの間にか眠ってしまっていて起きた時には一宮さんは既に帰ってしまった後だったのは、完全に余談である。

 

 

 




・断じて幼女趣味ではない柱(27)
 俺にはきちんと心に決めた相手がいるんだが??本当に心外。笑った二人に対して瞬間的に蹴り飛ばしたい欲求が生まれたが理性でもって耐え抜いた。
 裁判終了間際で爆弾落とされてどう対処しようか悩んでる。
 禰豆子と蝶屋敷中を練り歩きながら胡蝶姉妹を探してる名目でいくつかの病室(大部屋)に顔を出した。自分の影響力は自覚してる。


・まっすぐ過ぎて恩人にとんでも発言をした新人隊士(15)
 混乱冷めやらぬ中いきなり大切な妹に魔の手()が迫ったらそりゃ叫ぶ。命の危機だと思ってたら実は貞操の危機()だった…?!
 なお、蝶屋敷へ搬送中さすがにまずいと冷静になった。
 オリ主に対する印象は最終的に"優しい人"で落ち着いた。
 オリ主が妹と共に散歩に出た理由については気づいてない。


・師匠に全幅の信頼を寄せている元継子(23)
 なんとなくオリ主が関わってるんだろうなって察してはいた。その件について何も教えてくれなかった事情もわかってる。けど気持ち的に納得いっていないので遠慮なく吹いた。後悔はしてない。
 そんな事よりも普段めったに動揺しない師匠の心音が乱れた事の方が気になる。


・何も聞いてなくて苦情を言いたい柱(18)
 私何も聞いてないんですけど?あれ?私も協力者の一人ですよね?ね?おっかしいですね??
 始終こんな心境でいたが表面上はいつも通り。多分五感が鋭いと荒れてるのがよくわかる。
 会議翌日、蝶屋敷に件の少女と現れたオリ主に笑顔で詰め寄った。


・実は起きてた黄色い子(16)
 うとうとしてた所で主に炭治郎の声で完全に目を覚ました。けど呑気に苦情を言えるような雰囲気でもないし、なんか聞き覚えのある声が聞きなれない音を出してるから全力で寝たふりしてた。普通にバレてて心臓バックバク。
 実はお師匠の所で修行してた時にオリ主に会った事がある。
 詳しい話はまた別の機会に書けたらいいなぁ。



ーーーーーーーーーー
以下補足&あとがき


 ついにやってきました柱合裁判です!
 所々原作、というかアニメと流れが違いますが、このシリーズではこれが自然かなという事でそのまま突っ走る事にしました。いまいちキャラが掴めてないので違和感あるかもしれませんが、どうか限りなく薄目で見てください。

 さて本編ですが、天元は忍時代の癖が残ってると思わせて実はあおいの影響を多分に受けています。
 だって天元の中の"鬼殺隊士"は師匠であるあおいですから。継子時代の二年間でその背中を見続けて、「一時の感情に呑まれて大局を見誤るな」という教えも胸に刻み込まれてます。
 なので禰豆子が人を食べないっていう話も根拠を求めるし、あおいが関わってるって知っても動揺はしても冷静に事実確認を行う余裕がある。
 一方で無一郎はon/offの温度差が激しい柱です。彼も天元と同様、継子になってすぐに上記の教えを受けています。それを素直に守って実践してたら冷静な分視野も広がり、より最短で鬼を倒す道筋が見えるようになりました。これにより冷静&合理主義のスタイルが確立します。
 ただしこれは柱としての在り方であって、時透無一郎個人としては年相応に無邪気で懐っこい子です。そして弟だから甘えるのも上手です。書けてないけど。妄想だけが広がっていく悲しさよ…。


 それはそれとして。
 鬼舞辻についての情報ですが、珠世さんに聞けばよかったのでは?と思われる方もいると思います。ぶっちゃけ私自身も思いました。
 でも炭治郎と禰豆子を生かす材料として鬼舞辻の情報は必須だし、ここでのおでここつんを書きたくて「あおいは額を合わせて過去・未来を見る」という設定にしたので考えないことにしました。
 珠世さんから情報を貰わなかった理由としていくつか考えたので、一応書いておきます。そんなに数ないですけど。
 ①額同士を合わせると愈史郎がうるさい
 ②珠世さんが鬼舞辻と最後に会ったのは数百年は前の事で、そんなに昔だと見える情報が多過ぎて過去視は無理
 ③そもそもどこから得た情報なのか仲間に開示できない
 一先ずこんな感じです。
 もうちょっと細かく考えれば他にも出てきそうですけど、まあこれ二次創作なので!ふわっと読んでください!

 ところで、浅草で鬼舞辻と一緒にいた母娘ってその後どうなったんですかね。殺されたのか、はたまた鬼舞辻が黙って行方を眩ませたか。
 個人的には前者かなと考えてます。
 偽名を使っていて人間に擬態していたとしても鬼舞辻の情報を持っていたわけですし。それに良家出身で人脈が広いなら夫が行方不明になった際大騒ぎしそうだなと思ったので、このシリーズでは浅草の一件後に殺されたという設定にします。きっと童磨辺りが食べたんですよ、うん。
 だから紅葉が探っても母娘は既に亡くなっているので、すぐに得られる情報といえば使っていた偽名と、奥さんが良家出身で再婚である事、そして旦那(鬼舞辻)は夜しか出歩かなかった事くらいですね。深追いはしないと約束してるので、この件に関する調査はここで終わります。

 そういえば、炭治郎があおいの感情を察しているのは匂いで伝わってくるからというだけでなく、あおい本人が特に隠してないからです。
 口面をつけていても任務中というわけではないので、必要最低限柱としての体裁を保ってればいいやっていう状態ですね。
 逆に言えば、柱として任務にあたっている間は意識的に感情を一定にしてるので五感が鋭くても読み取り辛いです。天元は付き合いが長いので問題ないですが、炭治郎たちはまだ無理ですね。
 加えて柱相応の雰囲気と圧を纏うので(何せ相手は一般人でなく隊員なので)、その圧に呑まれてしまった、という裏設定があります。

 禰豆子については裁判前後に隊員たちの間で噂になってました。とはいえ噂なので、その真偽は誰も定かではありません。
 けど炭治郎が禰豆子を伴い蝶屋敷に現れた時点で「噂は本当だったんだ」と衝撃を受けます。
 あおいは隊員たちに禰豆子の顔を覚えさせたかったのと、彼らが空柱の庇護下にある事、そして一般的な鬼ではない事を周知させるために蝶屋敷を歩き回ってました。ある程度の人数に知られればあとは勝手に広がるので。

 さて!
 ここまで読んでくれた稀有な方がいるかはわかりませんが、長々とお付き合いありがとうございました。


 以下、小話になります。


✽✽✽✽✽


「なあ、あおいさん」
「ん?」
「集めてた血って、あいつらの為だったのか?」
「いや…確かに最終目標は鬼を人に戻す薬の開発だが、あくまで上弦や鬼舞辻を弱らせるためのものだ。最初からあの兄妹のために始めたわけじゃない」
「そっか」
「…すまない。言っておけばよかったな」
「…鬼を人に戻す薬なんて受け付けない奴のが多いし、不確定要素が多すぎる。早々口にできるもんじゃないのは分かってるよ。…そもそも、あおいさんのやる事を疑うなんて俺はしねぇ」
「──ありがとう」
「ん。…で、それはそれとしてだ。あの隊士の記憶で何を見たんだ?鬼舞辻の顔だけじゃないだろ」
「何故そう思う?」
「音がいつもと違った。いつもほとんど揺らがないくせに、あの時は地味に動揺してただろ。あおいさんらしくもない」
「…未来視をしたら少し厄介な案件があってな。どう対処しようか考えてただけだよ」
「…それ、いつ頃の事か分かるか?」
「んー…半月後辺り、かな」
「んじゃあその辺確定したら教えてくれ。任務変わるから。ついでに無一郎も巻き込む」
「は?」
「あおいさんが厄介って言うくらいだ。相当なんだろ?なら他の事はこの祭りの神宇髄天元様とその弟弟子にド派手に任せて、あおいさんはそっちに専念しとけ」
「…ふはっ、なら、そうさせてもらおうかな。無一郎には俺から話すよ」
「おう、そうしろ」
「ふふ…ありがとな、本当に」


(会議後に交わされた師弟の一幕)
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