将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
前編
上弦の参との激闘から10日近くが経った。
意識を失っていた一宮さんを含めて、あの場にいた全員が既に任務に復帰している。主戦力だった柱の二人はかなりの深手を負っていた筈なのにすぐに動けるようになっていて、兄弟子である紅葉さんは「やっぱり人間やめてるな」とどこか遠い目をしていた。
あの日の事は今でも鮮明に思い出せる。
無数の斬撃。離れたところにいた俺達にも届く衝撃波。短い攻防の間にも舞い散る鮮血。一宮さんも煉獄さんも、怪我を負っているとは思えない動きで。
全て、脳裏に焼き付いている。
俺はただ見ているだけしかできなくって──いや。見えていたのかすら怪しいと今では思う。土埃が舞っていた事以前に、二人の動きも鬼の動きも速すぎて完全には目で追えなかったのだから。
唯一、煉獄さんの刀が折れた時に咄嗟に自分のものを投げ渡せた事は誇っていいのかもしれないけど、それでもやっぱりそれしか出来なかった自分が情けなくて心底悔しい。それこそ最低限、自分の身を守れるくらい動けていればと何度思ったことか。そうすれば、あの人達ももっと動きようがあったかもしれないのに。…一宮さんが片目を失わなくて済んだかもしれないのに。
そんな事を、俺は蝶屋敷での療養中ずっと考えていた。そしてあろうことか、意識が戻ったばかりの一宮さんに会った時につい口にしてしまったのだ。ただ目が覚めてよかったと、守ってくれてありがとうございましたと伝えたかっただけなのに、あの人から伝わってくる安堵と優しさだけが込められた感情を嗅ぎとってしまったが最後、言わずにはいられなかった。
泣きたくなるのを必死に我慢して不恰好ながらに言葉を吐き出す俺を、一宮さんは急かすことも責めることも一切しないまま聞いてくれて──。
「全てが己のせいだと思い込むなよ、竈門。それはただの思い上がりだ」
静かに、そう諭された。
「確かにあの時、お前達が動けていれば状況はまた違っただろう。戦うにしろ乗客達を避難させるにしろ、やれることはあった」
事実でしかないその言葉に唇を引き結ぶ俺に、「だが」と一宮さんは言葉を続ける。
「その場合、煉獄は刀を折られた時点で成すすべなく殺されていたかもしれない。お前から刀を借りられたか分からないのだから」
大丈夫。お前はお前にできる事をちゃんと果たしてたよ。
淡い色味の瞳をゆるりと緩めてそう告げる姿に、今度こそ俺の涙腺は崩壊した。それまで胸の内に巣くっていた重くどろりとした感情が、涙とともに流されていくのをはっきりと感じて更に涙が溢れてくる。
ぐずぐずと鼻を鳴らす俺に対して、一宮さんは楽しげに笑うばかりで少し恨めしい。それと同時に、敵わないなとも感じる。年上だからと言われればそうなんだろうけど、こう、なんというか…当たり前に
いつか俺も、この人のようになれるだろうか。
そこにいるだけで周りに安心感を与えて、その言葉ひとつで味方を鼓舞できるほど強くなれるだろうか。
禰豆子を人間に戻すという目的とはまた別に、新しく目標ができた瞬間だった。
とはいえ、俺はまだまだ弱い上に未熟だ。一宮さんのように、なんて夢のまた夢であることに変わりはない。
だからまずは足手まといにはならないようにひたすら鍛練を積む事にした。もちろん善逸と伊之助も一緒だ。
腕立て伏せですみちゃん達に頼んで背中に乗ってもらったり、米俵を担いで裏山を走ったり、蝶屋敷の庭で高速縄跳びや岩を引き上げたり。伊之助は瓦割りもしていたな。紅葉さんや煉獄さん、一宮さんが手合わせをしてくれた事もあって、俺達は着々と力を付けていく事ができた。その証拠なのかはわからないが、最近では一人での任務も増えてきた気がする。
そういえば、善逸は一宮さんと話してから任務前に駄々を捏ねなくなった。相変わらず行きたくないと全身で訴えてはいるものの、前みたいに泣き叫んだりはしない。成長したな、と感慨深く思うものの、なんとなく寂しくもあるのは内緒だ。
さて、そんな鍛練と任務ばかりの日々を過ごしていたわけだが、今日は珍しく予定が入っていた。
烏の誘導に従って畦道を走り、住宅地に入る。途中の店で手土産を買い、そこからまた暫く進めば見えてくるのは立派な日本家屋。その表札には「煉獄」の二文字。
そう。ここは煉獄さんのご実家だ。
何故ここに足を運んだのかと言われれば、これにも一宮さんが関わっていた。
──ヒノカミ神楽は知らないが、"
しのぶさんにも煉獄さんにも知らないと言われてしまっただけに、その言葉は俺にとって正しく唯一の手がかりだった。詳しく教えてほしいと詰め寄る俺に、少し考え込んだ様子を見せた一宮さんは「うん」と頷き一言。
「人を紹介しよう」
それからはあっという間だった。
先方と連絡を取り訪問日を決め(急な話だったにも関わらず二日後に時間を作ってくれる事になった)、俺の烏に訪問先の場所を伝えて、ひとつの助言ついでに途中にあるおすすめの和菓子屋を教えてくれた後、一宮さんは颯爽と任務へと出発して行った。やっと見つけた手がかりに興奮してその後の鍛練に力が入ったのは言うまでもない。
そんなこんなで迎えた訪問日当日。
教えられた和菓子屋の包みと一宮さんから預かった手紙を手に表札を見つめる。
…なんだか緊張してきた。手汗とか大丈夫だろうか。
そんな心配が頭を過る中、変に強ばった手を玄関扉に掛ける。一度大きく深呼吸し、身体の力を抜いて…よし!
「ごめんください!」
気合いを入れてそのままの勢いで引き戸を引き声を張る。思ったより大きな声が出た気がするが気のせいだと思いたい。
幾ばくも待たずに足音と共に綺麗な女の人が姿を現した。
「竈門炭治郎と言います。空柱一宮あおいさんの紹介で来ました」
「ええ、お話は伺っております」
どうぞ。
そう言って通されたのは庭がよく見える一室だった。
「あ、こちらよかったら召し上がってください」
途中で買った大福とかりんとう。一宮さんがおすすめしてくれたからきっと美味しいはずだ。
「お気遣いありがとうございます。…ふふ」
「?あの…」
「すみません。少し、昔を思い出しました」
僅かに緩められた表情をそのままに、女の人──瑠火さんは口を開く。
「数年前に、同じ手土産を持参していらした方がいたんです」
一宮さんの事だと、直感的に思った。
「主人が任務帰りによく買うのだと言っていたのを覚えてくださっていたようで。…我が家では、この組み合わせは主人の現役時代を思い出させますから、一時は買うことを控えていたんですけど」
その方のおかげで食べる機会がまた増えました。
目元を緩めながらそう告げる瑠火さんからは、深い感謝の匂いがする。そういえば、一宮さんと話してる時の煉獄さんからも似たような匂いがしていたと今更ながら気づいた。
「…日の呼吸について聞きたいとの事でしたが、正直に申し上げます。主人が素直に話をしてくれるかは私にも分かりません」
「一宮さんにも言われました。"愼寿郎殿は日の呼吸に対して思うところがある"って」
俺の言葉に申し訳なさそうに目を伏せる瑠火さんに「"だから"」と続ける。
「"拒絶されるかもしれないが、正面から何度でもぶつかるといい"。そう助言されました」
ぱち、と瞳を瞬かせる瑠火さんをまっすぐ見返し、口を開く。
「今日話をしてもらえないならまた明日伺います。明日が駄目なら明後日。迷惑を掛けると思いますけど、それでも俺はどうしても日の呼吸について知らなくちゃいけないんです」
お願いします、と頭を下げれば、そう間を置かず名前を呼ばれた。顔を上げた先には柔らかく微笑む瑠火さんがいて。
「暫しお待ち下さい」
その言葉に、俺は漸く自身の緊張が少し解れるのを実感した。
愼寿郎さん宛ての手紙を手に瑠火さんが部屋を出て少しした頃、小さい煉獄さんがお茶を持ってやって来た。煉獄さんの弟で千寿郎くんというらしい。そっくりだけど、よく見ると目元とか下がり眉なところが違う。あと喋り方も。煉獄さんに比べて千寿郎くんは話し方が穏やかだ。うちの兄弟たちはもっと賑やかだったな、と思い出がちらりと顔を出す。
「炭治郎さんは、一宮さんからの紹介でいらしたと聞きました」
「…あ、うん」
「一宮さんは、その、お元気にしてますか?」
どこか落ち着かない様子を目にしながら、最近の一宮さんを頭に思い浮かべる。といっても一昨日会ったばかりなのだが。
「元気、だと思います。この間も手合わせしてくれた後任務に向かってたし」
ヒノカミ神楽の事を聞いたのは一宮さんとの手合わせで完敗した後だ。
隻眼になったとは思えないほど隙がなかったし、寧ろ敢えて作られた隙に誘い込まれてダメ出しされまくった。完全に視界を遮断したり左手で木刀を持ったりと手加減されているのに結果は変わらなかったときはかなり落ち込んだのは記憶に新しい。
聞けば善逸も伊之助も似たような状況だというし、あれで本調子じゃないと言われたら俺は何を信じればいいのかわからなくなってしまう。
なんて事を千寿郎くんに身振り手振りを交えて教えれば、目に見えて安心したように顔を綻ばせた。
「父上がお見舞いに行ったときはまだ目を覚まされていなかったようなので…そうですか、良かった…」
「…一宮さん、ここには来てないんですか?」
何度も良かったと呟く千寿郎くんに、思わずそう問いかけてしまった。
一宮さんは基本的に忙しくしているけど、自分を心配してくれる人を無下にするような人ではない。俺たちの鍛練に付き合う時間を捻出してくれるくらいには優しい人だ。一度見舞いに来てくれているなら──それもこんなに慕ってくれている相手だ──尚更時間を作って顔を出しそうなものだけど…。
そんな疑問が表情に出ていたようで、千寿郎くんは困ったような笑みを浮かべてしまった。
「目が覚めた直後に手紙をいただきました。けれど元々、頻繁にやり取りをしていた訳でも、強い繋がりがあった訳でもないんです。ただ一方的に僕たちが感謝して慕っているだけで…叶うならば、もう一度お会いして直接お礼を伝えられたらとは思いますけど」
この人たちと一宮さんの間に何があったのか、俺は知らないし聞くつもりもない。これはきっと、他人が踏み込んでいい話じゃないから。
それでも何かしら言いたくて、でも上手い言葉が浮かんでこなくて、結局口を開いたり閉じたりしているうちに廊下の向こう側から足音が聞こえてきた。千寿郎くんも気がついたようで、ぱっとそちらに目を向ける。
姿を現したのは、これまた煉獄さんたちとそっくりな壮年の男性だった。…いや、煉獄さんたちが似ているのか。
明るい髪色に特徴的な眉毛。見覚えのあるものよりも鋭さを増した瞳。間違いなくこの人が"愼寿郎殿"だ。
そう認識してすぐに、頭を下げた。
「俺は竈門炭治郎と言います。一宮さんの紹介で、日の呼吸とヒノカミ神楽について貴方から話を聞きたくてここに来ました」
こちらに向けられる強い視線は、上から押さえ付けるような圧迫感を伴っていた。決して逸らしてなるものかとじっと見つめつつ、自然と浅くなる呼吸を意識的に戻し様子を伺う。
──とても、複雑な匂いがした。
悲しみ、嬉しみ、怒り、期待、劣等感。そんな、正反対の感情が入り交じった複雑な匂い。
これは話してもらえないかもしれない、と覚悟したものの、その予想に反して愼寿郎さんは静かに俺の向かい側に座ってくれた。
「千寿郎。席を外していなさい」
「はい、父上」
その一言と共に小さな足音が遠ざかっていく。
「手紙を読んだ。先日届いたものと、君が今日持ってきたもの。そのどちらにも君の事が書かれていた。『きっと、これからの戦いに必要な一手になる』と」
まさかの評価に思わず目を見張る。一瞬禰豆子の事かと思ったけれど、愼寿郎さんは"君"と言っていた。ならばその"必要な一手"というのは間違いなく自分の事で。目標である人から向けられるまっすぐとした期待が純粋に嬉しい。
「──君は、何のために日の呼吸を知りたがる」
俺を見定めるかのような静かな問いに、間髪入れずに答えを返す。
「鬼舞辻無惨を討つために」
笑われるだろうか。柱でもない、数ヵ月前に入隊したばかりの新人が何を言うと、呆れられるだろうか。
それでもいい。笑われようが、呆れられようが、怒られようが関係ない。全ての元凶である鬼舞辻を、俺は必ず斬ってみせる。
そんな思いを込めて負けじと愼寿郎さんを見つめ返していれば、ふ、と空気と愼寿郎さんの感情が緩んだ。
「俺は、奴の首に一番近いのはあおいだと思っている」
煉獄さんとは違う、落ち着いた低い声が部屋に響く。
「あいつが作った空の呼吸は雷、水、風の三種類の呼吸を取り入れている。加えて伍の型は刀身が日の光を集めたように淡く光り、傷口の再生も遅い。現存する呼吸で一番日の呼吸に近い筈だ。まあもっとも、本人は日の光ではなく月の光だと言っているが」
矢継ぎ早に与えられる情報を必死に頭に入れる。
一宮さんの呼吸の成り立ちも特徴も初耳だ。とても気になる。今度会ったら教えてもらおう。
けど、今は"そこ"じゃない。俺が気にすべきは、知るべき事はそれじゃないんだ。
話を進めてもらいたくて声は出さずに頷くに留める。
「日の呼吸とは、始まりの呼吸。一番初めに生まれた、最強の御技。そして全ての呼吸は日の呼吸の派生だ。炎、水、風、雷、岩。五大流派だろうがそれは関係ない」
思わぬ言葉に息を飲む。もし、その呼吸を会得出来れば、十二鬼月はもちろん鬼舞辻の首だって獲れるかもしれない。
どきどきと心臓が脈打つのがわかり、胸元をぎゅっと握りこんだ。
「そして、その呼吸の使い手は黒刀を手にし花札の耳飾りを身に付け、額には特徴的な痣があったと以前読んだ炎柱の書に書かれていた。…君の特徴に当てはまるな」
正面からじっと見据えられて息が詰まった。
この人は今、なんて言った?
うまく処理できなくて宙に浮いたままの言葉の数々。必死に脳に落とし込もうとするが、どうにもうまくいかない。
端から見ても混乱しているのがわかるのか、愼寿郎さんは何も言わずに待っていてくれる。
「お、れの痣は、小さい頃に火鉢が当たってできたもので、生まれつきじゃないんです。でも…」
乾く口内を、一度口を閉じて唾を飲み込む事で潤した。
「でも父は、生まれたときから額に薄い痣があったと聞いています」
父さんは病気を患っていながら夜通し神楽を舞っていたし、なんなら熊だって倒してた。小さかった俺に "どれだけ動いても疲れない息の仕方があるんだ"と教えてくれた父さんを、あの時は単純に凄いとしか思っていなかったが、多分父さんは何かの呼吸を使っていたんだろう。それならあの身体能力の高さにも説明がつく。そしてそれがヒノカミ神楽の元となった呼吸で、愼寿郎さんの言う日の呼吸だったとして…なんで俺の家に伝わってるんだ?鬼殺隊とは無縁のはずだ。父さんも母さんも何も言ってなかった。強いて言うなら三郎爺さんが鬼の事を知っていたくらいで…。
ぐるぐると考え込む俺を現実に引き戻したのはやはり愼寿郎さんの声だった。
「その耳飾りは、どこで手に入れたものだ?」
「これは、俺の家に代々伝わるものです。…約束だと、父は言っていました。神楽と同様、途切れさせてはいけないと」
約束なのだと告げる父さんの声音も表情も真剣そのもので、それでいて切実な想いが込められたものだった。
「俺の家は火の仕事をしていたから、怪我や災いが起きないよう年の初めはヒノカミ様に舞いを捧げてお祈りしていました。その時の呼吸法を下弦の鬼との戦いで使ったら、水の呼吸よりも攻撃力が上がったんです」
だから、ヒノカミ神楽が本当は火の呼吸と呼ばれてるんじゃないかと仮説を立てたんだけど…俺の予想は外れて炎の呼吸はあれど、火の呼吸というものは存在しなかった。
でも、別の呼吸を示してくれた人がいる。
「その神楽について、あおいは君に何か言っていたか」
「…"
「そうか…」
日の呼吸については又聞きの情報しかないから、と詳細を語らなかったあおいさんが溢したひとつの疑問。
俺の家は代々炭焼きを生業としてきた。だから勝手に"火の神"だと判断してたんだけど…。一宮さんが何気なく落としたその問いに、違うのかもしれないと最近は思う。"日"と"火"は音が同じだから、どこかの過程で混ざってもおかしくはない。特にこの神楽は口伝で文字で残っているものではないから。
考え込むように視線を俺から外した愼寿郎さんを、今度は俺が見つめる。この人から最初に感じ取った多くの感情は、無くなりこそしてないものの大分薄くなっていた。
「──"日の神"か。なるほど、その前提でこれまでの情報を精査すると、ヒノカミ神楽の元は日の呼吸と言えるな」
静かに、独り言を言うみたいに愼寿郎さんが呟く。
「すまないが、日の呼吸の型については俺も詳しく把握していない。故にヒノカミ神楽と日の呼吸の関連性については断言できない。書に何か書いてあるかもしれないが、損傷が激しく解読には時間がかかるだろう」
若干目を反らしている愼寿郎さんからは気まずげな匂いがした。その理由がわからなくて首を傾げるも、「解読の方はこちらでしよう」という言葉に慌てて頭を下げる。
からん、と耳元で花札が音を鳴らした。
どういう経緯で俺の祖先たちが呼吸を知る事になったのか、耳飾りをつけるようになったのかはわからない。愼寿郎さんの言う書物にその答えが載っているとも限らないから、今後答え合わせはできないかもしれない。
それでも、なんの情報もなく手詰まりだった時を思えば些末な事だった。自分の手の内にあるものを知って、目指すものがわかっているなら。──何度転んで、何度壁にぶつかっても立ち上がって出来ることをしようと、そう思える。
その後、「何か分かれば連絡しよう」という愼寿郎さんの言葉に元気よく返事をし煉獄家を後にした俺は、行きとは違う軽い足取りで蝶屋敷への道を歩いていた。
なんだか現実味が無くて凄くふわふわした気分だ。帰ったら禰豆子にも話して聞かせてあげよう。最近の禰豆子は話しかければちゃんと反応を返してくれるから、こちらもいくらでも話しかけてしまうのが困ったところだ。
脳内在住の善逸が「全然困ってる感じしないけど?!」と盛大に突っ込みを入れているがきっと気のせいだ。だって脳内の出来事だから。
それからの毎日は怒涛の勢いだった。
どうにかヒノカミ神楽の呼吸を実践で使えないかと頑張ってみたものの、那田蜘蛛山の時みたいに身体がついてこない。型を一つ使うのがやっとで次の動きに繋がらないから、任務中で使ったら確実に俺は死んでしまう。とりあえず、体力と筋力をもっと増やそうと走る距離とか負荷を増やしてみた。あとは一宮さんが手紙で"普段使っている呼吸に日の呼吸の動きを取り入れてみたらどうだ"と提案してくれたので、少しずつではあるものの型の修正も行っている。
あおいさんに直接見てもらって助言を貰いたいと思いつつ、ここ暫く顔を合わせていないからそれも叶わずじまいだ。手紙でのやり取りもしているけど、やっぱり文字だけでは限界がある。
もっとも、蝶屋敷の人たちに聞いたら、元々定期的に様子を見に来ていた程度でこんな短期間に何度も足を運ぶ事は早々ないんだとか。「蝶屋敷ができてから5年経つけど、ここに運ばれてきたのなんて片手で足りちゃうくらいなのよ」とはしのぶさんのお姉さんのカナエさんの言葉だ。
次に会えるのはいつだろうかと、たまに煉獄家にお邪魔させてもらいながら鍛錬と任務に明け暮れていたある日。
俺は柱による誘拐未遂現場に遭遇することとなる。