将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
アオイさん誘拐未遂事件の後、任務への同行を許可してくれた祭りの神こと音柱の宇髄天元さんに連れられて、俺たちは吉原遊郭という所に下見に行った。
正直、遊郭がどういう場所かはあまり理解できていない。善逸は知っているみたいだったけど、説明がなんだか要領を得なくてちょっとよくわからなかった。
結局宇髄さんから遊郭とそこで働く女の人たちについて簡単な説明を受けてから、吉原から一番近い藤の花の家紋の家の前に俺たちは今立っている。
「世話になるぞ」
玄関扉を開けながらそう言う宇髄さんに続いて中に進む。ここには遊郭での調査を始めてから結構な頻度でお世話になっているらしく、宇髄さんはもちろん家の人も手慣れた様子で話を進めていた。短いやり取りの後「こっちだ」と歩き出す宇髄さんに従い家の中を進んでいく。
それにしてもさっき「お連れ様もお見えです」って言われていたけど、誰のことなんだろうか。他にも同行する隊士がいるのか。
首を傾げたものの、その疑問はすぐに解消された。宇髄さんの「入るぞ」の一言とともに開け放たれた襖の向こう。蝶屋敷で療養中、何度かお見舞いに来てくれたうちの一人がそこにはいた。
「ぇ、真菰?!なんで?!」
「炭治郎だ。やっほ〜」
朗らかに手を振るのは間違いなく俺の姉弟子である真菰だ。え、本当になんで?!
「なんだお前ら知り合いか」
「同門なんですよ〜。弟弟子です」
お願いだから俺を置いて会話を進めないでほしい。あと善逸、そろそろ酔いそうだから首を揺するのはやめてくれ。背中にいる禰豆子に揺れが一切伝わっていないのは凄いけど!どんな技術なんだ、それは。
なんとか場を落ち着けて(落ち着く必要があったのは善逸だけだったけど)話を聞けば、遊郭に潜入中の宇髄さんのお嫁さんを探して情報を得るのが目的らしい。真菰は何かあれば手を貸すよう要請を受けていたんだとか。
「…そういう妄想をしていらっしゃるんでしょ?」という言葉は、"宇髄さんのお嫁さん探し"と聞いた善逸が形容しがたい顔と感情を表に出しながら吐き出したものだ。この直後、全部で三人いると聞いて尋常でない声を発した善逸を苛立った宇髄さんが腹に一発入れて沈めていた。
真横で起こった暴挙をなるべく視界に入れないように、俺はそのお嫁さんたちが送ってきた報告の束に手を伸ばす。今のは善逸が悪いから庇いようがない。伊之助も、さっきまでお饅頭をたくさん頬張っていたのに静かに毛皮を被り直していた。触らぬ神に祟りなし。
なのに。
「嫁もう死んでんじゃね」
あ゛ー!なんて事言うんだ伊之助!さっきの善逸の末路を見ただろ!
容易に想像できた通り、宇髄さんに腹に一発入れられて今度は伊之助が沈んでいった。あとはもう俺と隣で穏やかな笑みを浮かべる真菰しかいない。宇髄さんの暴挙を間近で見ていたにも関わらず、真菰からは動揺の欠片も見られない。任務で何度か一緒になったって言ってたし、特に驚くような事でもないんだろうか。
「でも、どうしてまだ無事だって断言できるんです?」
こてん、と首を傾げながら聞く真菰に、眉間に皺を作りながら宇髄さんが隊服から何かを取り出す。言葉や手が飛んでこないのは相手が真菰だからかな…。
そんな事をぼんやり考えつつ、宇髄さんの手にある三枚の木札を見つめる。なんだろう。不思議な存在感があって目が離せない。
「あおいさん手製の木札だ。嫁たちが持っているのと対になってて、異常があれば知らせてくれる」
「それは…凄いですね!」
どういう仕組みなのかはさっぱりだけど、宇髄さんは嘘をついていないし、実際に紫の花は色がくすんでいて青の花は萎れてしまっている。対して赤い花はとっても元気だ。
「異常…紫と青いお花のことですか?」
「ああ。紫は雛鶴、青は須磨だ。二人とも状況はよくないが死んではいない」
死ねば花が散るからな。
静かに落とされたその言葉に、背中に冷たいものが流れた気がした。なんの感情も込められていない、ただ事実を伝えただけのそれは、数ヶ月前に柱合会議の結果を伝えに来た一宮さんを思い出させる。
「それで、一宮さんもこの任務にあたるんですよね?」
確認するように問い掛ける真菰に俺も宇髄さんに視線を向ける。
任務内容の説明をされたとき、宇髄さんだけでなく一宮さんもお客として潜入して、怪しい見世を三つまで絞ったと言っていた。この場にはいないけど、もしかして遊郭の方にいるんだろうか。
「あおいさんならそろそろ──」
突然、宇髄さんがぴくりと反応して言葉を切った。次いで真菰も、何かに気づいたように顔を背後の襖に向ける。どうしたのかと疑問に思った頃、俺も気づいた。
神社の境内を連想させるピンとした緊張感。静かに近づいてくるその気配に、自然と己の背筋が伸びるのを自覚する。「入るぞ」という言葉と共に、清涼な匂いが鼻先を掠めた。
「すまない、遅くなった」
「いや、間に合ってよかった」
「お久しぶりです、一宮さん」
「ああ。久しいな、真菰」
藤の家紋が描かれた大きめの籠を抱えて入ってきた一宮さんは、籠を置きながら俺の近くに腰を下ろした。
「竈門も、元気そうで何より」
一度気絶している善逸と伊之助に視線をやった一宮さんだったけど、二人について特に触れることはなく。俺としても説明に困るのでとりあえず今は話題に出すことはせずに、文字通り大きな声で「はい!」とだけ答えた。
「あの、一宮さん!」
「ん?」
「改めてお礼を言わせてください。愼寿郎さんを紹介してくださり、ありがとうございました!おかげで俺のやるべきことがはっきりしました」
手紙でもお礼は伝えたものの、やっぱりこういうことは直接言いたい。勢いよく頭を下げれば、一宮さんは残された片目をぱちくりと瞬かせてから小さく笑った。
「ちゃんと話が聞けたみたいでよかった。前に会った時よりも身体が仕上がっているし、無駄にはならなかったみたいだな」
「はい!」
ゆるりと緩められた淡い硝子玉。任務直前ということもあり感情が読み取りづらいけれど、喜んでくれていることはわかる。
嬉しくてつい顔が緩んでしまう俺を現実に引き戻したのは、一宮さんが持ってきた籠の中身を物色していた宇髄さんの声だった。
「よし。真菰はこれだな。隣で着替えてこい」
「はぁい」
「竈門!お前はこれだ。あとこいつら叩き起こせ。ったく、いつまでも寝やがって。やる気あんのかコラ」
…貴方が気絶させたんですけど、というツッコミはきっと入れてはいけないんだろうなぁ…。
遊郭では俺が一番初めにときと屋での潜入が決まったから、善逸と伊之助が何処の見世に所属することになったのかはわからない。真菰だけは鬼がいる可能性が最も高い京極屋に入る事が決まっていたけど、大丈夫だろうか。階級が一番上の甲とはいえ、やっぱり心配だ。
長襦袢の補修をしながら別の見世にいる姉弟子に思いを馳せていれば、「炭子ちゃん炭子ちゃん」と名前を呼ばれた。
「はい!」
「人手が足りなくってねぇ。これ運んでくれる?」
そう言って指し示されたのは、山となった贈り物の数々。ここにお世話になってからまだ二日目だけど、昨日も同じように贈り物を運んだ記憶がある。それも一回ではなく、何度も。
「わかりました。すぐに運びます」
「ありがとう。よく働くねぇ」
誰宛か確認すれば、昨日と同じく全て鯉夏さんへのものだった。人気の人なんだなぁ。
片手に三つ四つとそれぞれ乗せて一気に運んでいく。見た目に反して重くないから、落とさないようにだけ気をつければ決して大変な作業ではない。なにより鍛えているし!
足取り軽く目的の部屋にやって来れば、小さな女の子たち──禿というらしい──の会話の内容が聞こえてきた。
「京極屋の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって」
「こわいね。気をつけようね」
「最近は足抜けしていなくなる姐さんも多いしね」
「こわいねぇ」
京極屋…。確か雛鶴さんがいたっていう見世だ。真菰も所属することになってたはず。最近死人が出たのか。鬼の仕業かわからないけど、やっぱり心配だ。
それはそれとして、"足抜け"って何だろう。聞き慣れない単語だから、多分遊郭ならではの言葉なんだろうけど。んん?と頭を捻るも正解がわからない。ので、直接聞くことにする。
「"足抜け"ってなに?」
「炭ちゃん知らないの?足抜けっていうのはね、借金を返さずにここから逃げることだよ」
「見つかったらひどいんだよ」
「好きな男の人と逃げ切れる人もいるんだけどね」
「この間だって須磨花魁が──」
須磨。聞き覚えのある名前だ。確か、ときと屋に潜入していた宇髄さんの奥さんの一人。青い木札の持ち主で、一番最初に消息を絶った人。
何か詳しい話が聞けるかもしれない。そう思って声をかけるけど、話す前に別の声に止められてしまった。鯉夏さんだ。
「運んでくれたのね。ありがとう」
「あ…はい」
「おいで。お菓子をあげようね」
こっそり一人で食べるのよ。
掌に大きな飴玉がいくつも包まれた手拭いが置かれる。俺とは違う、白くて小さな、柔らかい手だ。しのぶさんとかカナエさんの時も思ったけど、なんで女の人って雰囲気とかもこんなに柔らかいんだろう。それになんだかいい匂いがする。
慣れない距離にドギマギして頬に熱が灯っていくのがわかった。俺今絶対赤くなってるよ。頬紅つけてるから大丈夫かな。大丈夫だといいな。
女の子たちが鯉夏さんにおねだりしている間に頬の熱を冷まし、さっきは聞けなかった質問を口に出す。
「あの…須磨花魁は、足抜けしたんですか?」
「どうして、そんな事を聞くんだい…?」
怪しげに向けられる視線とその声音に、警戒されているのを察した。しまったな、上手く聞かないと。えっと…須磨さんのこと、不自然じゃない聞き方で…んん…。
「須磨花魁は私の…私の…姉、なんです」
「「「えぇ…!」」」
どうにか絞り出した"不自然じゃない聞き方"。家族であったなら消息を絶った姉を気にしても不思議ではないはずだと、即席の設定を演じることにした。顔が変に歪んでいる気がするけど、気にしてはいられない。俺は嘘が苦手だから集中しないと。
「姉とはずっと手紙のやり取りをしていましたが、足抜けするような人ではないはずです」
「そうだったの…確かに私も、須磨ちゃんが足抜けするとは思えなかった。しっかりした子だったもの。男の人に逆上せてる素振りもなかったのに。だけど、日記が見つかっていて、それには足抜けするって書いてあったそうなの」
幸いにも鯉夏さんは特に疑問を抱かなかったのか言葉を選びながらも詳細を教えてくれた。
それにしても日記か。これは恐らく偽装だろう。足抜けというのも鬼にとってかなり都合がいい。誰かいなくなっても遊郭から逃亡したと思われるだけだ。宇髄さんと一宮さんが言っていた通りだなとつい黙り込んでしまえば、鯉夏さんから視線を感じた。不思議そうに小首を傾げている様子に慌てて話を口を開く。
「あ、あの!教えてくれてありがとうございます。参考になりました」
「…そう?ならよかったわ」
そう言って微笑む鯉夏さんに頭を下げて部屋を後にする。仕事の続きをしようと与えられた部屋に戻る道すがら、藤の花の家で一宮さんが言っていたことを思い出した。
──もしときと屋に行くことになったら鯉夏という花魁を頼るといい。きっと良くしてくれる。
その言葉の通り、鯉夏花魁はとても優しい。禿の女の子たちをはじめとした同僚たちにも人気が高く、まだほんの数日しか過ごしていないのに凄く慕われているのが伝わってきた。
一宮さんもお客として調査にあたってたって言うから、彼女の評判をよく耳にしていたのかもしれない。吉原でも指折りの遊女だって宇髄さんも言っていたし、いろんな人が話題にあげていても不思議ではない。
(そういえば、一宮さんはどの見世に通っていたんだろう)
多分ときと屋、荻本屋、京極屋のどれかだと思うんだけど。
ふと湧いたこの疑問は、次の日の夜に解消されることになる。他でもない、一宮さん自身によって。
「おや、藤宮様」
「こんばんは女将」
潜入して三日目の夜。見世の営業が本格的に始まってすぐにその人はやって来た。
白くて長い髪を一つに結んで、左目に黒い眼帯をつけた男の人。品の良い着物に身を包んでいるけど、あれは何処からどう見ても一宮さんだ。
「どうしたんです。身請けは明後日でしょう」
「今日は朔の日でしょう?気づけば大門付近まで来てしまっていてね。顔だけでも見れないかなと」
驚きからそのやり取りを凝視するも内容は頭に全く入ってこない。そんな俺を置いて一宮さんと女将さんの話は進んでいく。
何やら苦笑している一宮さんに対して女将さんも同様の顔をした後、きょろりと辺りを見渡して目が合った俺に声をかけてきた。
「仕方のないお人ですねぇ。…ちょいと炭子。鯉夏に藤宮様がおいでだと伝えて来ておくれ」
「…ぇ、あっはい!」
あれ、今日来るって言ってたっけ?俺に用事ってわけでもなさそうだし…。女将さんだけじゃなくて他の従業員とも親しそうに話してたけど、あ、もしかしなくてもここに通ってたのか?でも何で鯉夏さん?
などなど、聞きたいことは山程あるけど、とりあえずは女将さんからの用事が最優先だ。
「…今の子は?見ない顔だ」
「つい先日新しく入った子ですよ。見てくれはまあ、あれですが…よく働くいい子でしてねぇ」
「それはまた…流石女将。いい目をしている」
「いやですよぅ、まったく。ささ、藤宮様。お部屋へどうぞ」
なんて会話を背中越しに聞きながら、鯉夏さんの自室へと急ぐ。
襖の前でひと声掛けてから中に入れば、丁度支度を終えた鯉夏さんが見覚えのある木札を手にそこにいた。
「あら、炭ちゃん」
「失礼します、鯉夏花魁。あの、その木札は…」
「これ?大切な方からいただいたの。厄除けの一種で厄から身を隠してくださるんですって」
「そうなんですね」
宇髄さんが持っていた木札と作りが似ている。きっと一宮さんが用意したものなんだろう。
「あの、藤宮様という方がいらして、女将さんに鯉夏花魁を呼んでくるよう頼まれたのですが」
「まあ、あかね様が?ありがとう、炭ちゃん」
大きな瞳を緩ませながら、鯉夏さんは弾んだ声で礼を告げる。木札を帯に差し込みそのまま鏡で身嗜みを整えたあと、足取り軽く部屋を出て行った。
なんだかとても嬉しそうで、俺よりも年上だけれど可愛らしいなという感想が真っ先に思い浮かぶ。甘やかで柔らかい印象の匂いも相まってそれこそ恋する少女のよう、…。
「…?」
思い至った可能性につい首が横に傾く。
「あ、炭ちゃんだー!」
「何してるの?」
そうこうしてるうちに禿の女の子たちがやって来た。
「藤宮様という人がいらしたから、鯉夏花魁を呼びに来たんだよ」
「!あかね様来てるの?」
「今日お月さまが隠れる日だもんね」
…あかね様に、お月様?
よくわからなくてさっきみたいに首が傾く。それに気づいた二人が色々と教えてくれた。
「藤宮あかね様!」
「鯉夏花魁の好い人だよ!」
「身請け前だけど、お月さまが隠れる日だから会いに来たんだと思う」
「お月様が隠れる日?」
「朔の日って言うんだっけ?」
「花魁と約束してからずっとその日に来るようにしてるんだって前に教えてくれたよ」
「そうなんだ…」
やっぱり一宮さんはここに通っていたのか。というか今気になる言葉が聞こえた気がする。
「身請け…?」
「?そうだよ」
身請けって確か、お金を払ってお嫁に貰うって意味だったような。藤の花の家でそう説明を受けたし合ってるはず…。
「え、その"あかね様"が相手?」
「うん」
「花魁すっごく嬉しそうだった」
「ずっと前から好きだったもんね」
「ねー」
「とても優しい人でね、わっちらにもお菓子くれるの」
「すっごく美味しいんだよ」
「わっちら、ずっとあかね様が花魁のこと身請けしてくれたらいいのにって思ってたから、すごく嬉しい」
「ふたりともぴったりだもん!」
ねー、と声を合わせる彼女たちはとても楽しそうで。本当に二人のことを祝福してるんだと伝わってくる。
鯉夏さんが身請けされる事は知っていた。作戦として伝えられたし、そもそも彼女を最後の夜まで護衛するのがときと屋に潜入した場合の主な任務だったから。
──これまでの傾向から、身請け直前の遊女が狙われやすいと俺たちは見ている。
藤の花の家紋の家での、一宮さんと宇髄さんの話が脳裏を過る。
──鬼を確実に狩るために的を絞ることにした。
淡い色合いの硝子玉が、淡々と決定事項を述べていく。
──ときと屋の鯉夏花魁が身請けされる前日の夜。そこで遊郭に巣食う鬼を斬る。
どうしてあの人は、自分の愛する女性を囮にすると決断できたんだろう。
その疑問に対する答えを、俺はまだ持ち合わせてはいなかった。
あおい様の元へ嫁ぐまであと二日と迫った日の夜。いくつかのお土産を携えて、あおい様はときと屋を訪ねて来た。
食事と会話を楽しんで、一泊するというので共寝して。頼まれ事をされたけど、それ以外はいつもと変わらない逢瀬だった。大門まで見送り「では、また」といっときの別れを告げて背を向ける。
見世に戻れば旦那さんや女将さんをはじめ、いろんな人が出迎えてくれた。ときと屋で過ごす最後の日ということもあり、私の元には多くの人が挨拶をしに来てくれる。
「花魁花魁。あそぼ!」
「花魁、ご本読んで?」
私にとても懐いてくれている禿の子たちも、今日は朝から甘えただ。ああ、でも、この子たちはよくこんな風に可愛くおねだりしてくるから、いつも通りかもしれない。つい甘やかしてしまって女将さんに怒られたのは一度や二度ではなかった。
お互いに読む本を譲り合う二人を見ながら自然と弧を描く口元をそのままに、そういえば、と渡したいものがあるのを思い出す。
「ご本を読む前に、二人にはこれあげる」
そう言いながら箪笥の中から目当てのものを取り出した。色違いの簪がふたつ。どうしても二人に持っておいてほしいと、部屋の片付けをしながら分けておいたものだ。
わぁ!と遠慮を見せつつ目を輝かせる二人に笑いながら、もうひとつ別の包みを差し出す。
「それからこれは、あかね様からの贈り物。私の分も含めて三つ、お揃いで用意してくださったのよ。肌身離さず持っていなさいね」
「「かわいい!」」
声をあげる二人の手にはころりとした可愛らしいお守りがそれぞれ乗せられている。
──今後の人生が良き御縁に満ちていますように、と願いを込めておいた。
そう仰ったあおい様はとても優しい顔をしていて、この人と結婚できる私はとても幸せ者だと、心からそう思った。
二つの贈り物に喜ぶ声を聞きながら、胸元から私の分のお守りを取り出し眺める。丸みを帯びたそれは見ているだけでほっこりとして、
──鯉夏。
愛しい人が、私を呼ぶ。私が知る中で一等安心できる、特別な音。
──可愛いなぁ。
甘い甘い花の蜜をたっぷり含んだような、そんな声。淡い色合いの澄んだ瞳にも、大きくて優しい掌にも、私への溢れんばかりの情が宿っていて。
(あおい様…)
じわりと熱を持った頬に手をあてる。
今朝別れたばかりなのにもう恋しいだなんて。またすぐに会えるのにと、未だはしゃぐ二人を前に、一人静かに苦笑を溢した。
日が沈み出して、ここが賑わいを増す頃。そわそわと落ち着かない心を表に出さないよう、いつもの笑みを意識して私は鏡台に向かっていた。
禿の子たちは夕飯を食べに席を外している。だから本来、この部屋にいるのは私ひとりの筈だった。
「鯉夏さん」
後ろから名を呼ばれる。密やかに落とされたそれは、ここ数日ですっかり耳に馴染んでしまった子のもので。どくり、と大きく鳴った心臓に、無意識に胸元に手をやった。手に取った可愛らしいお守りは心做しか優しい熱を放っていて、まるで「大丈夫だ」と言われているようでひどく安心する。
次第に落ち着いていく拍動を感じながら振り向けば、そこには思い浮かべていた子が思わぬ格好で腰を下ろしていた。
「炭、ちゃん…?」
黒と緑の市松模様の羽織に黒い洋装。
見慣れないその姿を凝視しながら出した声は思ったよりも戸惑いが色濃く現れていた。
呆然とする私をまっすぐ見やり、炭ちゃんは真剣な表情で口を開く。
「不躾に申し訳ありません。俺はときと屋を出ます。お世話になった間の食事代などを、旦那さんたちに渡していただけませんか」
お金が入っているのだろう包みを差し出す炭ちゃんは、黒い洋服を身に纏っていた。
「炭ちゃん、その格好…」
「訳合って女性の姿でしたが、俺は男なんです」
「あ、それは知ってるわ。見ればわかるし、声も」
「…え、」
「男の子だっていうのは最初からわかっていたの。何してるのかなって思ってはいたんだけど」
「そんなまさかバレていたなんて…」とでも言いそうな顔で呆然とする炭ちゃんを、今度はこちらがじっと見つめる。
ずっと、既視感を感じていた。
部屋でひとり仕事をしているのを見かけたとき。須磨ちゃんのことを聞いてきたとき。
完成度はともかく女装をしていて似ても似つかないのに、極たまに、仕事の話をするあの人と纏う雰囲気が似ていた。
それからあの
お菓子をあげたときに差し出された、ところどころ硬くなっている掌を、私はずっと前から知っている。
「…お仕事、なのよね。炭ちゃん」
これはただの私の推測だ。だから根拠もなにもないけれど、でもきっと間違ってはいないと思う。目の前の驚いた顔がそう伝えているし、何より"女の勘"は結構当たるんだから。
何か言おうと口をぱくぱくさせている炭ちゃんに構わず言葉を重ねていく。
「事情があるのよね。須磨ちゃんを心配していたのは本当よね」
「はい!それは勿論です。嘘ではありません」
いなくなった人たちは、必ず助け出します。
固い決意の込められた眼差しを向けられて、やっぱり少しだけ似てる、と手に入っていた力を緩めた。
「…私ね、明日にはこの街を出ていくの」
「禿の子たちに聞きました。おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。こんな私でも奥さんにしてくれる人がいて、今本当に幸せなの。…でもだからこそ、残していくみんなのことが心配で堪らなかった。嫌な感じのする出来事があっても、私は調べる事ができなかったから」
「調べなくていい」と言われたのもあるけれど、私が下手に手を出して結果あおい様の仕事の邪魔になったらと考えると、どうしても積極的に動くのも憚られた。
「それは当然です。どうか気にしないで、笑顔でいてください」
「私は、貴方にもいなくなって欲しくないのよ、炭ちゃん」
嘘偽りない本心を告げれば、炭ちゃんは困ったように眉を下げてしまった。
…その場限りの嘘が言えないところは、炭ちゃんの美徳ね。
「では、行きます。お幸せに」
「ありがと。炭ちゃんもね。須磨ちゃんのことよろしくね」
「はい」
静かに襖を閉めて去っていくのを見届けて、小さく口を開く。
「またね、炭ちゃん」
そしてどうか、あおい様の事も助けてあげて。
──鯉夏。
ゆらりゆらりと揺らめいていた、淡い色合いの愛しい瞳。迷いを断ち切るように一度隠されたあとは、まっすぐに私を見据える力強いものに変わっていたけれど。
──協力してほしい。
きっとあれが、あの人の
たくさんの感情を抑え込んでなんでもないような振りをして。そしてひとりで、いつか昇華されていくその日を静かに待っている。そんな不器用で優しいひとを、これからずっと支えていきたいと強く思う。
部屋の空気が揺れた。布が擦れる音がして、背後に誰かが立ったのがわかる。
さっきまでとは違う熱を放つお守りを一度ぎゅ、と握り、胸元に挿し込んだ。
「何か忘れ物?」
咄嗟に出た声は思ったよりも冷静で、心臓だってずっと大人しい。
振り返った先。いたのは炭ちゃんとは似ても似つかない、不思議な格好をした女の人。その髪を彩る飾りは間違いなく私と同じ遊女が使うもので、頬と額に描かれた花の模様が、妙に目を惹いた。
「そうねぇ。忘れないように食っておかなきゃ。あんたは今夜までしかいないから。──ねぇ、鯉夏?」
ぞっとするほどの狂気が場を支配する。外の賑わいをどこか遠くに感じる中、視界を
──かたり
・嘘がつけない素直な子(16)
この度新しく目標ができた。目的は変わらず禰豆子を人に戻して鬼舞辻の首を斬る事だけど、オリ主みたいな隊士にもなりたい。欲を言えば対等になりたいし、守らなくても大丈夫だと思ってもらいたいし、背中を預けてもらいたい。
この度煉獄家と縁を結ぶ事に成功。正規の手順を踏んでいるから特に悶着あるわけでもなく平和に第一回お宅訪問は終了した。今後何度も煉獄家に足を運ぶ中、ミニ炎柱と話す機会がありそこで彼の鍔(隊士になったら使うつもりだった。炎柱とはお揃い)を受け取る。「俺が千寿郎くんの分まで鬼を斬るから!」という約束の元さらに鍛錬に励んだ結果、原作よりもパワーアップしてる。
・自分の嫁たちが心配で仕方ない人(24)
師匠の教えを胸に掲げ、努めて冷静であろうとしてる。それでもやっぱり焦りはあるので、男だけどいけんだろの精神で新人三人を遊郭に放り込んだ。
真菰とは何度か任務で一緒になった仲。話してると気が抜けると思いつつ実力は確かなので気に入っている。
全てが終わった後に師匠と一緒に蝶屋敷に詫びを入れに行く未来があるが、「隊服を脱ぐべき」と言ったことについて謝罪するつもりは一切ない。実際に師匠に真顔で沈められるかはその時になってみないとわからないと思ってる。
花魁道中を見て嫁なのかと騒ぐ黄色い子に「俺のじゃねぇよ!!」と拳を入れた。
・実は色々と気づいてる人(19)
女の勘もとい遊女の観察眼は伊達じゃない。
流石に詳細まではわからないけど、炭ちゃんが"お仕事"のために遊郭に来たことは察していた。それでも確信が持てなかったのでつい警戒するような態度を取ってしまったけど、あまりの嘘の下手さと素直な様子に早々に警戒心を解いていた。
身請けまであと少しということでそわそわしてるし、他にも色々あってちょっと落ち着かない。オリ主が新しくくれたお守りは触ってると安心できるし心なし暖かいので、気持ちを落ち着けたいときは今後も手に取るようになる。
――――――――――
以外あとがき&補足
大変お待たせいたしました。ついに遊郭編突入です!この戦いが終わればあおいと鯉夏の結婚話だぜひゃっほい!と思いつつ、それはそれでハードルが…となっている作者でございます。
そして今回はまさかのあおい視点がないという。しかも視点がころころ変わる不親切仕様です。前中後と分かれていますが一応、炭治郎→天元→炭治郎→鯉夏の順番になっています。わかりにくかったらすみません。
遊郭編の炭治郎をみてると「自分が〇〇していれば」って思ってるなぁと凄く感じます。言葉は悪いけど傲慢というか、自分が動けていたら事態が好転していたと無意識に思っているというか。いや主人公だから好転するんですけど。あとあの状況じゃしょうがないなとも思うんですけど。でもひとりでできる事なんて限られてるんだから、あっちもこっちも手を伸ばしてたらそれこそ全部中途半端になって取り零しそうだなと、個人的には思うわけです。なのでそれを優しくオブラートに包んであおいに言ってもらいました。
原作ではこの時点ではまだやさぐれモードの愼寿郎さんですが、このシリーズでは11話であおいに蹴り飛ばされてますので炭治郎との会話はとてもスムーズに進みます。
そしてその蹴り飛ばした張本人ですが、家主に「二度とこの家の敷居を跨ぐな」と言われたのをずっと律儀に守ってます。今なら普通に家に上げてもらえるんだろうなとわかってはいるけれど、何度も拒絶されるのは流石に堪えるなぁ、という思いもあるので数年経った今でも煉獄家を訪ねることはしていません。ただ、入院中にお見舞いに来てくれていたことは紅葉から聞いていたので、目が覚めた直後にお礼と現状報告の手紙を送っています。
炭治郎に躊躇なく愼寿郎さんを紹介できたのは、そういうやり取りがあったというのと、炭治郎の成長ひいては鬼殺隊の今後のためにも話を聞くべきだと判断したからですね。
そのおかげで炭治郎は日の呼吸の事も原作より早く知るし、神楽を応用した呼吸の鍛錬も原作より早く始められる。その結果、遊郭編は前倒しでスタートすることになりました。
まあメタ的発言すると、話の構成ミスって鯉夏の身請け決まってから身請け当日までだいぶ日が空いたからなんですけどね。
あおいが登場人物それぞれに渡してるお守りですが、持ち主によって色が変わる日輪刀があるならそういうお守りがあってもいいじゃない。だって二次創作だもの。という精神で捏造したものになります。深く考えないでくれると大変助かります。このシリーズを読んでくださってる方ならもう既に未来視過去視結界等々出てきてますので、きっとスルーしてくれると私は信じてます。ね!
さて、まだまだ語ろうと思えば山程語れますが(本文がわかりにくいとも言う)、これ以上はただ長くなるだけなのでこの辺りで切らせてもらおうと思います。
ではでは!次回は遂に上弦との戦闘ですね、頑張ります。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!