将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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後編

 

 その日は、満月だった。

 雲一つない空に浮かぶ大きな月。いつになく大きく、そして、不気味なほどに赤かった。

 

 

 

「アオイ、任務。此処カラ南南西。南南西ニアル村デ、定期的ニ子ドモガ消エテル」

「暁」

 

 二件連続で当たっていた任務を終えて、近くの藤の花の家紋の家で休ませてもらっていた時。

 報告に向かっていた暁が新しい任務を携えて戻ってきた。

 その時俺は家の主人と奥方の好意に甘えて温泉に浸かっていた所で、露天風呂だったためか暁はそのまま俺の顔面に突撃してきた。

 

「ぅぐ」

「ア、ゴメン」

「いや…大丈夫だ。お前も、どこも痛めていないな?」

「ウン」

「ならいい」

 

 手拭いを巻いた腕に暁を移動させる。

 

「それで、南南西にある村で人が消えるって?」

「ソウ!(かのと)カラ(つちのえ)ノ隊士ガ向カッタケド何モ起キナカッタ。アオイガ適任!ダカラ紅葉ガ先ニ向カッテ情報収集シテル」

「…なるほど、承知した」

 

 まだ日が高いため、今から向かえば日暮れ前には着けるだろう。温泉に浸かったことで疲労もある程度回復している。

 …それにしても俺が適任、ね。(ひのと)から(きのえ)を飛ばしたってことは柱が適任だと判断したのか。それとも“俺自身”が適任なのか。

 

「お館様は、何を感じ取ったんだろうな」

 

 

 

 羽織の下の日輪刀を確認する。廃刀令が出されている以上、日中堂々と刀を腰に差すわけにはいかない。だからこうして羽織を身に纏っている場合は隠れるように背負ったり、竹刀袋の中に入れて持ち運ぶことがほとんどだ。

 

「では、ご武運を」

「ありがとうございます」

 

 出立の時、奥方が切り火を切ってくれた。これはお清めで、俺たち隊士に対する願いだ。鬼を狩れますよう。無事に帰還できますよう。そして、どんな時でも誇り高くあれますよう。

 鬼を狩り、人を守り、未来を守る。そのために俺は、俺たち鬼殺隊は、存在しているんだ。

 

 

 

 藤の花の家から南南西に進み、日暮れ前には目的の村に到着することができた。途中で暁を先に行かせ紅葉に村の入り口で待機するよう伝えてもらったが、果たしてどこまで情報が集まったか。

 

「紅葉、お疲れ」

「空柱様。お疲れ様です」

 

 うん、特に問題は無さそうだな。ちなみに紅葉は隠装束ではなく通常の着物姿だ。さすがにあの格好は目立つ。

 

「では、報告を聞こうか」

 

 

 

「神隠し?」

「はい。数年に一度、この季節になると子どもが姿を消すそうです。居なくなるのは主に9つまでの子ども。けれど季節がひとつ過ぎると何事もなく帰ってくるのだとか」

「居なくなっていた間の記憶は?」

「直接確認しましたが全員曖昧だそうです」

「そうか…」

「ただ、"音が聞こえた後、ふと気づくと数年経っていた"という話はいくつか上がっています」

「音…」

 

 おそらく血鬼術だろう。だが、だとしたら何故生きて帰ってこれる?

 

「…今村にいる対象の子どもの数は?」

「3人です」

「ならば今夜、見張るしかないな。子どもたちがどの方向から戻って来たかはわかるか」

「ええ。この先の森の方角だったそうです。水神さまの神域があるとかで、村人は基本立ち入ることはないんだとか」

「神域?…神隠し中に子どもを探しに行くことはなかったのか」

「それが、奥に進むことができないようで…任務に当たっていた隠と隊士からも、同様の報告が成されています。奥に進んでいた筈が気付けば森の入り口に戻っていた、と」

「…へぇ」

 

 それはまた、興味深いな。

 

「とりあえず分かった。報告ご苦労。そろそろ日も暮れるから、お前も待機していなさい」

「はい。…気を付けろよ」

「──ああ」

 

 

 

 日が暮れて、村と森を繋ぐ唯一の道を見張る。引き寄せられるのが子どものみというなら、獣道を通ることはないだろうと予測してのものだが…。

 

(来たな…)

 

 3人。ふらふらと覚束ない足取りでこちら──森の入り口に向かっている。

 紅葉からの情報通りだが、やはり音は聞こえない。

 

(ということはつまり、子どもにしか聞こえない音。随分な偏食だな)

 

 俺の前を素通りして森に入っていくその背中を、足音を立てないよう注意して追っていく。今のところ鬼の気配どころか野性動物の気配もしない。警戒を強め周囲の様子を探るも、奥に進むにつれ霧が濃くなっていく。…前が見にくいな。

 

──ぱちゃん

 

 これまで子どもたちが出す音しかしなかったこの空間に、水音が響いた。直後に増した霧の量と流れる空気に動揺したのはほんの一瞬だ。

 強い風が吹き、霧が晴れる。子どもたちの姿はない。

 思い出したかのように森の匂いが鼻腔を擽った。

 

「なるほど、神域ね。通りで様子が可笑しかったわけだ」

 

 鬼の気配がする。早いな。移動しているのか、錯乱させるのが目的か…。まあ、所詮は目で追える速度なんだが。

 

──空の呼吸 伍の型 風起雲湧(ふうきうんゆう)

 

 鬼に向かって複数の斬撃を放つ。声を上げる間もなく切り刻まれたソレは、すぐに灰となり消えていった。これなら辛かのとの隊士でも余裕で斬れるだろうな。

 刀についた血を払い、鞘に収める。

 

──ぱちゃん

 

 水音が、再び。空気が変わる。

 景色が揺らぎ、目前に泉が広がった。

 視線を巡らせると小さな祠が目に入る。例の"水神さま"の祠だろう。

 

「久しぶりの客人じゃの」

 

 鈴を転がしたような声が響いた。気配の薄い、人の形をした"何か"。鬼ではない。つまりはまあ、そういうことだろう。

「──刀を持ったままという不敬を、どうかお許し頂きたい」

「ふふ。構わぬよ。それがお主らの役割じゃろうて。美しき鬼狩りよ」

 

 目を細めてゆったりと笑うその足元には、子どもが3人寝かされている。下手なことを言うと不敬と捉えられかねないが、わざわざ姿を現したということは話をする意志があるということ。ならば、と俺は口を開いた。

 

「これまでの神隠し騒動は、あなたが?」

「うむ。長い間見守ってきたからの、それなりに情も湧く。可愛い子らを守るのもまた一興じゃ。…それにしても」

 

 そこで言葉を区切ると、まじまじとこちらを見つめてきた。

 

「今までの子らはこの森に入ることも叶わぬ故、早々に帰ってもらったのじゃが…鬼狩りにお主のような子が居るとは思わなんだ」

 

 つまり意図的に隊士たちを追い返していた、と。そちらの領域に足を踏み入れたのはこっちだから何も言わないが、少し複雑な気分だ。

 

「それで。この子らのこと、頼まれてくれるかの?」

「ええ、もちろん。連れて帰ります」

「…期待しているぞ、鬼狩りの子よ」

 

 ピリッとした空気が肌を刺す。

 

「我らは不浄の者に触れることができぬ。故に鬼を滅することは叶わぬのじゃ。だからお主たちに託すしかない。──もう一度言う。期待しているぞ、人の子よ」

 

 そこでふと、何かに気づいたように瞬きをした。張り詰めた空気が霧散する。

 

「お主、千里眼持ちか。面白いの」

 

 からからと口許を袖で隠しながら笑う。

 

「しかしどうやら己の先は見えぬようじゃの。…此度の礼に見てやろうか」

 

 面白いものを見つけたと言わんばかりの様子につい遠い目になる。

 

「なに、ただの気まぐれじゃ。深い意味はない。人の好意は素直に受け取っておくものさね」

 

 どれどれ、と我が道を行く神にもう黙って従っておく。ただの気まぐれで好意だと言うのなら、特に何かを要求されるわけではないだろう。

 

「…鬼狩りの子よ」

「はい」

 

 終わったようだと意識をそちらに移すと、思ったより深刻そうな顔をしていた。

 

「お主はなるべく早くこの村を出て、東に向かった方がよいの」

「…え?」

「…水の子の最期に、立ち会ってやりなさい」

「それはどういう…っ」

 

 詳しく聞こうとするも強い風が吹き阻まれる。気づけば子どもたちと共に森の入り口に戻されていた。

 後ろから紅葉が駆け寄ってくる気配がする。が、正直それどころではなかった。

 

「空柱様」

「…紅葉」

「はい」

「悪いが、後を頼む」

「えっ」

 

 返事を聞く前に走り出す。後を追って飛んできた暁に叫ぶように問うた。

 

「暁!!水柱の任務地は!」

「此処カラ東ニ約一里!」

 

 一里ならば全力疾走すればすぐだ…!

 

「周囲の(きのと)以上の隊士と隠を大至急集めろ!水柱が危ない!!」

「分カッタ!」

 

 "水の子"とはおそらく、水の呼吸を扱う隊士のことだろう。そして今、俺と関わりの深い者はただ一人。──水柱、白金瑞乃だけだ。

 

 

『もしかしなくても君が新しい柱かな?小さいなぁ、まだ子どもだ』

 

『お、一宮く、ん…これは驚いた。しばらく見ない間に随分大きくなったねえ。ふふ、抜かされてしまったよ』

 

『…君は、まだ子どもの癖に可愛げがない。もっと周りを頼っていいんだよ』

 

『一宮くん』

 

 

 これまで彼女と交わした会話が走馬灯のように流れてくる。やめてくれ、まだそうだと決まったわけではないだろう。

 空が明るくなってくる。夜明けが近い。

 走り続けてどれだけ経っただろう。おそらく四半刻程度だろう時間なのに、いつもより息が上がるのが早い。

 やがて開けた場所に出た。少し先に倒れている人影が見える。

 地面に広がる黒髪に、徐々に広がる赤い水溜まり。白と青の混ざる見覚えのある羽織は所々血で染まっていた。

 

「水柱!!!」

 

 間違いなく、彼女だった。

 

「水柱!!無事か!…っ、しっかりしろ!意識を飛ばすな!!」

「…ち、みや、く…?」

「!ああ、俺だ、一宮だ!大丈夫、今医者のところに…っ」

 

 引き止めるかのように袖を掴まれる。

 

「…鋭、い対の…お、うぎ…を、つかう…ごほっ」

「っ対の扇…それを使った鬼だったんだな…?!」

 

 小さく頷く彼女はもう虫の息だ。一刻も早く医者に見せなくてはいけないのに、本人の腕がそれを拒む。その意味を悟り、感情のままに叫び出したくなった。

 

「じょ…げんの…に…こおり、を…すっては…いけな…っごふ」

 

 白金殿の吐いた血が俺の隊服と羽織を染めていく。それはまるで、彼女の命そのもののようで。

 

「っ!白金どの…!!もういい…!十分情報は得た!だからもう話さないで…」

「い、ちみやく…」

「!」

「最期、に…あえて、よかっ…きみに…託す、から…ごほっ…」

 

 血を吐いて顔が青白い。体温も下がってきている。

 もう感覚も無いのだろう。視線が合わない。いつも、人と目を合わせて話す人なのに。

 声を発するのも辛いだろう彼女はそれでも、微笑んで言った。

 

「あとは…たのんだ…よ…」

 

 

「…しろがね、どの…?…白金どの…白金殿!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと遊びすぎちゃったなぁ。救い損ねたぜ…それにしても綺麗な呼吸だったなぁ。嫋やかで、でもその中に芯があって。…あーあ。本当、残念だ」

 

 

*****

 

 

 水柱の死は、速やかに隊全体に通達された。ある者は嘆き、ある者は怒った。強く心を痛め沈む者もあれば、固く鬼を狩ることを誓う者もいた。

 そして俺は…。

 

 

 

「…切り替えろよ、あおい」

「…わかってる」

 

 縁側に座り、庭に植えてある藤の花をぼうっと眺める俺に紅葉が静かに声をかける。その声には心配の色が濃く滲み出ていた。

 三日間ほぼ徹夜で任務に当たっていた俺には一日の非番を与えられていたのだが、正直特にやることが思いつかなかっためこうして庭を眺めていたのだ。が、どうやら思った以上に背中に哀愁でも背負っていたらしい。余計な心配をかけさせてしまったことに少々罪悪感を抱く。

 仲間、それも親しかった者が死ぬのは、別に初めてのことではない。こう言ってはなんだが、鬼殺隊ではよくあることだ。

 それでもやはり、慣れないものである。

 命が零れていく感覚も、冷たくなっていく身体も、呼び掛けても反応が返ってこない事実も。

 何度経験しても、辛いものは辛い。

 それでも俺たちは、前を向かなければならない。生き残った者の、残された者の定めだ。立ち止まってもいい。振り返ってもいい。それでもいつかは、前を向いて生きなければ。

 特に今回俺は、直接託されたのだから。

 

「上弦の、弐」

 

 仲間を殺した、仇の鬼。

 容姿も名前も分からないが、使用している武器と扱う血鬼術は知ることができた。

 彼女が遺した情報だ。有効に使わなくては、きっと安心して向こうに逝けないだろう。…いや、彼女のことだから夢枕に立つかもしれない。さすがにそれは勘弁願いたい。

 ばちっと両頬を叩く。

 目を瞑って深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 

「…よし」

 

 目を開ける。

 もう十分落ち込んだ。ならばあとは、ひたすら前を向き駆け抜けるのみ。

 彼女を殺した鬼を、恨みはしない。復讐もしない。

 俺は俺のために生き、俺のために行動する。決して、死んでいった者を理由にはしない。狩るのだとしたら、それは俺自身の意志だ。

 だから、必ず。

 

「お前は俺自身の手で、狩ってみせるよ」

 

 

*****

 

 

 

 

 

 真新しい墓石の前に佇む白髪の青年。

 その手には少し小振りな口面がひとつ、握られていた。

 

「まさか、身内以外の女性へ直接渡す初めての贈り物がこれになるとは思いませんでしたよ。…あとのことは俺にまかせて、どうか、安らかに」

 

 静かに吹く風以外に、その声に応えるものはいなかった。

 残されたのは、墓石に掛けられた黒い口面のみ。

 

 




以下捕捉&あとがき

 当時柱が何人いたのかも、何柱だったのかもわかんない。だから妄想です。でも槇寿郎さんはいたと思うんだよなぁ、年齢的に。

 お館様は、多分生に執着はないんじゃないかなと思っています。
というより、鬼舞辻無惨を滅することに執着はあるし、そのために生きてるけど、必要なら自分の命を使うことに何の躊躇いもない。だから原作で自爆できた。
 そのことをあおいも感じ取っていて、だからこそ今回の解呪は余計なお世話かなって心配になった。もう既にお館様が呪いと共に生き、呪いと共に死んでいく覚悟を決めているのを知っているから余計に。
 解呪=生きることで、お館様はそのこと自体にそこまで意味を見出していない…んー?なんか書いててよくわかんなくなってきたな…。
 まあでも、なんだかんだ言っても最終的にはちゃんと納得してます。一柱からの、そして友からの言葉はちゃんと届くんです。心からの言葉なので。


 あおいは、鬼殺隊に入ってから、そして柱になってからは特に、“誰かの死”に直面する機会が増えました。最初こそ自分の千里眼で救えるのではとも考えましたが、あまりにも数が多い。
 知っているのに救えない。命の選択をする権利も資格も自分にはないのに、何故助ける人を選ぼうとしてる。と次第に疲弊していきました。千里眼のことを知っているのはお館様と紅葉だけ(二人の額と合わせて未来を見てた)なので、彼らに怒られて数年をかけて割り切ることを覚えました。加えて実母との約束(覚悟と責任を持ちなさいの話)も思い出し、人の生死に関することは基本見ないようになりました。
なので今回、水柱である白金瑞乃の死をあおいは見なかったし、見なかったからこそ助けることもできなかった。でも本当なら最期に立ち会うこともなかったんです。直前の任務に急遽派遣されたから。水神さまのちょっとした気まぐれがあったから。だからギリギリ間に合うことができた。村の任務に派遣されることなくそのままゆっくり温泉に浸かって空屋敷に帰宅していたら、あおいが現場に辿り着いて見つけるのは水柱の身体の一部か、大量の血と所持品の一部だけだったでしょう。
 という本編に入れることができなかった設定をここに置いていきます。
 文章構成力がほしい。
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