将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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産屋敷耀哉の初めての友人は変化の時を迎える
前編


 

 最近、あまねの体調が良くないと耀哉から連絡が来た。

 鬼殺隊当主の嫁という立場はやはり負担も多いだろう。況してやついこの間、比較的親交のあった水柱が逝ってしまった。精神的な負担が大きいだろうと普段よりも様子を見に行くよう努めていたが、あまり力になれていなかったか。

 自己嫌悪に陥りつつも報告のために産屋敷邸を訪れる。目的はあまねの様子を見ることだが、建前は必要だ。

 鬼の目を欺くための結界が正常に機能しているのを確認して敷居を跨ぐ。何度も来ているため使用人による案内はない。…にしても何だか騒がしい、いや浮ついてる?この屋敷には珍しく落ち着きがないな。

 少々疑問に思いつつ耀哉の執務室に向かう。この時間なら大抵そこにいるんだが…。

 

「…いないな」

 

 となると自室か?

 どうするかと執務室の前で佇んでいると廊下の向こうから耀哉の気配が近づいてきた。

 

「ああ、あおい。ここにいたんだね」

「耀哉」

 

 友人に目を向けて気づく。いつも通りの顔に見えるが、なんかそわそわしてるな?何だ?

 

「いきなりで悪いんだけど、ちょっとこっちに来てくれるかい?」

「別に構わないが…」

 

 珍しく手を引いて先を歩く耀哉に内心とても驚いた。いつもより子どもらしい行動に微笑ましい気持ちが湧いてくる。そうだよな、お前まだ15だもんな。

 よかったよかったと頷いていると目的の部屋に辿り着いたらしい。部屋にはあまねと、もう一人いるな。

 

「あまね、入っても大丈夫かい?」

「はい、耀哉様。大丈夫です」

 

 襖が開かれて中の様子が目に入ってくる。

 敷かれた布団に、先程まで横になっていたのだろう起き上がっている妹と、婆さまと呼んでも差し支えないであろう年代の女性。…どういう状況だ?というか。

 

「あまね、顔色が悪い。大丈夫か…?」

「兄さま」

 

 布団の横に座り、あまねの首や額に手を伸ばす。やっぱりまだ熱っぽいな…。

 

「妹想いの兄上ですねぇ」

 

 ほけほけと笑う婆さまにはっとする。一瞬意識から抜けていた。いくら安全な産屋敷邸だからと気を抜きすぎだろう。

 

「申し訳ない。とんだ失礼を…」

「いいえ。是非とも気を遣ってあげてくださいね。今はまだ不安定な時期ですから」

「不安定…?」

 

 そこでにこにこしながら見守っていた耀哉が口を開いた。

 

「彼女は産屋敷家が世話になってる産婆でね。私のことも取り上げてくれたんだよ」

「さんば」

「ふふふ。あの時の赤子が今度は父親になるなんてねぇ。私も年を取るわけです」

 

 なんか和やかに話してるがちょっと待ってくれ。

 呆然とあまねに視線を向けると、頬を薄っすらと赤く染めながら心底嬉しそうに話してくれた。

 

「子どもが、できたんです」

「こども…」

「ええ。伯父様になるんですよ、兄さま」

「おじ…」

 

 先程から言われた単語を繰り返すことしかできない。これで柱とは何たることか。頭を回せ。

 そうして黙り込むこと数瞬。相も変わらず耀哉も婆さまもにこにこしているし、あまねも珍しく満面の笑みだ。

 その様子を見て、やっと言葉が脳に染み渡る。そうか、子どもか…。

 

「お前、母親になるのか…」

「ええ」

「そうか…」

 

 子どもが出来たのか…。それは、何と尊いことなのだろう。男には決して成すことができない、生命の神秘。それも己の片割れが、と沸き上がってくる色々な感情を処理しきれずにいた。しかしそれでも、これらの感情に名前を付けるとしたら一択しかないわけで。

 

「…おめでとう、あまね。耀哉も」

 

 心から嬉しいと、そう感じる。その衝動のままに、二人に言葉を捧げた。

 

「ありがとう、あおい」

「ありがとうございます。無事生まれたら、可愛がってあげてくださいね」

「ああ、もちろんだ」

 

 部屋に幸せが満ちていく。新たな命を腹に宿した妹と、傍で支え続けようと誓った友人の姿は、まさに俺の幸せそのものだった。

 この腕に、お前たちの子どもを抱けることを心待ちにしているよ。

 

 

*****

 

 

 あまねの懐妊が判明して早数ヶ月。今では腹も大分大きくなっていて、いつ生まれてもおかしくないそうだ。が、なんというか、思ったより腹の膨らみが大きいような…。いや、俺は他の妊婦をほとんど見たことがないから分からないんだが。

 少し心配になったものの、産婆の婆さまがあまねも腹の子も健康体だと言っていたから大丈夫だろう。

 そう判断し任務に向かい、鬼を狩り終わった頃。耀哉の鎹烏が飛んできた。

 

「空柱、一宮あおい。至急産屋敷邸に戻ってください。──先程、無事にお産が終わりましたよ」

「!紅葉」

「はい、お疲れ様でした。空柱様」

「すまない、ありがとう」

 

 後のことは紅葉たち隠に頼み、急ぎ産屋敷邸に向かう。お産は母子共に命がけだ。無事に終わったというなら何もなかったのだろうが、やはり直接確認したい。

 甥だろうか。姪だろうか。どちらでも可愛がる自信はあるが、とりあえずやや子を見るのは初めてだから楽しみだな。首がすわったら抱かせてもらいたい。

 ──なんてことを考えていたが、まさかの五つ子だった事実に俺は衝撃を覚えた。男児一人に女児四人。

 …うん。とりあえず可愛いから何でもいいか。

 男児は黒髪で輝利哉、女児は白髪でひなき、にちか、かなた、くいなと名付けたらしい。申し訳ないが、今のところひなきたちを見分けられる自信がない。時間が経てばちゃんと分かるようになるだろうか…。まあとにかく。元気に育ってくれれば何も言うことはないな。

 それにしてもちっちゃい…。下手すると潰してしまうか…あっ、爪が生えてる…。こんなに小さいのに…って指を握らないでくれっちょっあ、あまね!耀哉!笑ってないで助けてくれ…!

 柱として他の連中には見せられない程情けない姿を晒したが、その醜態を遥かに越える幸せを体験したので良しとした。

 やや子は最強で無敵だな。

 

 

 

 あまねと子どもたちが落ち着いた頃、俺は産屋敷邸で一人の男と顔を合わせていた。

 

「お初にお目にかかる…私は悲鳴嶼行冥。この度お館様から岩柱の名を賜った。よろしく頼む…」

 

 本来、特別な事情がない限り新しい柱と事前に顔合わせすることはあまりない。今回は入隊してまだ一年目であることや、俺と同い年であることから色々と気を利かせたお館様が席を設けてくれたのだ。

 

「空柱の一宮あおいだ。こちらこそよろしく頼む。悲鳴嶼殿」

 

 話には聞いていたが、本当に大きいな。よく鍛えられている。それにしてもやはり…。

 

「失礼だが、悲鳴嶼殿。貴方は目が…」

「…ああ。私は目が見えていない。しかしその代わり他の感覚が鋭くなっている故、足手纏いにはならないつもりだ…」

「そうでしたか。いや申し訳ない。不躾なことを聞いてしまった」

 

 確認のため必要だったとはいえ、初対面の相手に聞くことではなかった。すぐに謝罪するも、静かに頭を上げてくれと言われてしまった。彼がこの件で感情を乱さないのは、慣れているからというのもあるだろうが、偏に彼の人格が大きく影響しているのだろうと思う。

 

「…悲鳴嶼殿、手を出してもらってもいいだろうか」

「?」

 

 困惑した空気を出しつつも、素直に差し出してくれる悲鳴嶼殿はきっと優しいお人なのだろうと改めて思う。

 その差し出された手を取り、しっかりと握手を交わす。目が見えぬのなら、こうして触れ合った方がわかることもあるかもしれないと思ったのだが、果たしてどうだろうか。

 

「貴方は確かに目が見えないのだろう。だがこの手は正真正銘、鬼を狩り、人を守る者の手だ。貴方の努力の証だ。だからそのように遠慮がちでいる必要など、どこにもない」

 

 もっと自信を持ってくれ。きっと貴方は、この先鬼殺隊の支柱となる。…ただの直感だがな。

 

「改めて、これからは同じ柱としてよろしく頼む。悲鳴嶼殿」

 

 そう言って笑ったら泣かれたんだが、もしかしなくても俺のせいだろうか…?

 その後、どうにかこうにか泣き止んでもらい説明を受けた。どうやらとても涙もろい性格のようで、度々涙を流すことがあるとのこと。…こういっては何だが、中々に面白い男だな。将来有望だと思う。

 そのまま互いに色々と話をし、最終的に"悲鳴嶼""一宮"と呼び合う仲になった。素直に嬉しい。

 …それにしても、やはり柱は個性的な人物がなるものなんだろうか。俺の個性って口面だけなのでは?いやそもそも口面は個性ではなく特徴だな?大丈夫だろうか。

 という訳のわからない不安を抱えて帰宅し、そのまま紅葉に相談したら爆笑しながらそのままでいいと言われた。

 人が真剣に相談してるのに笑うとか酷くないだろうか。

 

 

 

岩柱 悲鳴嶼行冥。

それは、誰よりも慈悲の涙を流す者。

 

 

*****

 

 

「祝言?」

 

 さて。めでたいことは続くもので、紅葉が近い内に祝言を挙げるつもりだと告げてきた。俺が19、紅葉が22になった年だ。

 

「ああ」

「そうか…おめでとう、紅葉。俺からも何か祝わせてくれないか」

「ありがとう、あおい」

 

 幸せそうに頬を緩めるその顔を、つい最近見た気がする…ああ、あまねと耀哉か。なるほど。いい相手に巡りあったなと、勝手に幸せのお裾分けを貰った気分になる。

 

「それにしても、そうか…じゃあこの屋敷も寂しくなるな」

「え?」

「え?」

 

 何故そこで不思議そうな顔をする…?

 

「え、祝言を挙げるんだろう?この屋敷を出て奥方と二人で暮らすんじゃないのか?」

「いや…お互い隠だし、屋敷を構えても結局留守にすることがほとんどだから、だったら今のまま空屋敷と宿舎で暮らして、三日くらいの頻度で彼方を尋ねようかと…」

「はぁ?」

 

 いや、お前…それは…どうなんだ…?

 そんな思いが顔に出ていたのだろう。紅葉が更に言葉を続ける。

 

「…俺たち隠は、お前たち隊士のように鬼を斬ることはできない。だから俺たちにとってお前らは希望なんだ。特に柱であるお前は、多くの隊士と、隠の希望だ。…その希望を、傍で支え続けて何が悪い」

 

 若干眉を顰める紅葉のその言葉は、真実本心なのだろう。…だったらいい、なんて言うつもりはさらさらないが。

 それでも嬉しいと思ってしまったのもまた、事実だった。

 

「…ふぅ…わかった」

 

 ひとつ息をつき、頷く。頭に浮かんだこの折衷案が此度の件を解決してくれることを祈ろう。

 折角祝言を挙げるのに、新居がないどころか旦那が家に帰ってこないなんて笑い話にもならない。

 

「あおい?」

「近いうちに奥方をこの屋敷に連れて来い」

「?…わかった」

 

 さて、腕の見せ所だな。

 

 

 

 紅葉から衝撃的な話を聞いた二日後の日中。

 座敷机を挟んで俺は紅葉と、その奥方となる美鶴殿と向かい合って座っていた。

 

「お初にお目にかかります、空柱様」

「ああ、初めまして。知ってるだろうが、空柱の一宮あおいだ」

「はい。紅葉こうようからよく話は伺っております」

「へぇ?どんな話なのか気になるな」

 

 そこでそれまで若干居心地悪そうにしていた紅葉が俺たちの会話に慌てて入ってきた。

 

「ちょっ、その話は別にいいだろ?」

「ふふっ、そんなに慌てもなくていいじゃない。聞いてて仲いいなって思ってたんだから」

「美鶴…!」

 

 普段見ない紅葉の様子に思わず吹き出して笑う。美鶴殿はそんな俺を見て少し驚いているが…。まあ、何か問題があるわけでもなさそうだから大丈夫だろう。

 目尻に溜まった涙を拭い、紅葉を見やる。

 

「しっかり尻に敷かれてるなぁ、紅葉」

「あおい…!っああ、もう!ほら、何か話があって呼んだんだろ、その話をしよう!今夜もお前任務あるんだし!」

 

 逃げたな。

 美鶴殿と目を合わせて互いに小さく頷いた。この人とはいい酒が呑めそうだな…。

 まあとにかく、任務があるのも確かだから話を進めないといけない。そう思い、小さく咳払いをして空気を変えた。

 目の前の二人も居住まいを正す。

 

「さて、今回呼んだのはな、お前たちの住居についてだ」

 

 二人は何も言わないが、美鶴殿は少し不安そうに見える。

 そんな彼女を安心させようと、意識して目元を緩めた。

 

「今度、屋敷の建て替えをしようと考えていてな。ついでに離れを造ろうと思うんだ。そこに二人して住めばいい。そして悪いが、美鶴殿には紅葉同様、空柱付きになってもらいたい。意味もなく隠を屋敷に置いてはおけないからな」

 

 そう告げると二人してそっくりな顔をするものだから、笑ってはいけないと分かっていても笑いたくなる。

 

「は?」

 

 目を丸くして口を開き、唖然としている二人を置いて話を進める。

 

「使っていない部屋が多すぎるんだ。もったいないだろう。だから少し規模を縮小して、空いた空間に離れを…」

「ちょっと待とうか」

 

 腕を伸ばし、掌をこちらに向けながら紅葉は言う。

 

「何だ。手は合わせないぞ」

「それは別に合わせんでいい。じゃなくてお前…発想がぶっ飛び過ぎでは…?」

 

 何言ってるんだこいつ。

 

「結婚してもここに住んで奥方の所まで通うと言うお前よりはまともな発想だと思うが?」

 

 紅葉が口を開いて声を発する直前、黙って話の行方を見守っていた美鶴殿がぼそっと呟いた。

 

「…どっちもどっちだと思います…」

「「…」」

 

 …何故だろう。ちょっと傷ついた気がする。

 僅かに感じた痛みを見ないふりして、俺は再び口を開く。

 

「…俺はな。隊士も隠も、どちらも鬼殺隊に必要な存在だと思ってる。隊士は前に立って鬼を狩り、隠はその後ろで情報収集から後始末まで全てを担う。それだけじゃない。隊士を運ぶのも、隊服や日輪刀の手配も、俺たち柱の世話も。全てお前たちの仕事だろう。…そんなお前たちを…俺をこれまで支えてくれたお前を想って行動して何が悪い?」

 

 紅葉が口を引き結ぶ。美鶴殿の目は潤み始めた。…できれば泣かないでくれると助かる。女性に泣かれるのは得意ではない。

 

「俺からの祝いの気持ちだ。もし気が引けるというなら、これからも俺のことを、鬼殺隊のことを支えてくれ」

 

 大きく深呼吸をした紅葉が、頭を下げる。隣の美鶴殿も、同様に頭を下げてきた。

 

「…お心遣い、感謝致します。空柱様。今後とも公私ともに支えさせて頂きます。…本当に、ありがとう」

 

 

 

 これで一安心だと思うだろう?俺も思った。

 屋敷の建て直しと離れの増築が終わり、紅葉と奥方がそこに移り住んだ初めての夜。

 何故俺は新婚夫婦と一緒に食卓を囲んでいるんだろうな。

 

「いやおかしいだろ」

「何が?」

「どうしましたか、一宮様」

 

 どうして二人して心底不思議そうな顔をする?どちらかと言うとそれは俺がするべき顔だぞ。

 

「何故俺はお前たちと共に食事をしている?」

 

 新婚夫婦が顔を見合わせる。そして何を今更とでも言いたげな様子で紅葉が口を開いた。

 

「だってお前、一人で食事するの好きじゃないだろう」

 

 言葉に詰まった。その通りだったからだ。

 神籬家では家族六人、一宮家でも人数こそ減ったが三人で食べていた。耀哉と共に食事をしたこともある。任務に出るようになってからは一人で食べる機会も増えたが、柱になってからは紅葉がいた。

 だからというわけではないが、一人で食事をするのは得意ではない。…有り体に言ってしまえば寂しい、のだろう。

 

「寂しい思いはさせたくないからな。…公私ともに支えるって言っただろう?」

 

 したり顔をする紅葉はあとでど突いておこうと思う。

 

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