将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話 作:シグル
「身体の調子はどうです、
「あおいか。最近ようやっと慣れてきたところだ」
「そうですか、それはよかった」
俺は今日、風屋敷に来ている。
先の任務で風柱である古風隼人が負傷したからだ。
利き腕である右腕の切断。おそらく、もう隊士として任務に出ることはできないだろう。
命が助かってよかったと、そう素直に言えればよかったんだが…この人はそんな気休め望んでいないからな。
詳しくは聞いていないが、鬼殺隊に所属している隊士の多くは何かしらを鬼に奪われている。古風殿もそうだと、その鬼殺の姿勢を見ていれば分かる。
「今後はどうするおつもりで?」
だから俺からは、そんなことを言うつもりはない。…代わりにこの先のことは尋ねるが。
「折角生き残ったんだ。育手でもして、後進をしごいていくさ」
「それはまた…あまり力を入れすぎるとお弟子さんに逃げられますよ」
「中途半端に鍛えてもすぐ死ぬだけだろ」
「まあ、その通りですけどね」
それにしても、と改めて中身のない右袖に目を向ける。
「他の隊士と逃げ遅れた一般人を庇ったんでしょう?貴方らしい」
「一般人を守るのは当然として、下のもんを守るのも俺たち上のもんの役目だからな。お前だって、同じような状況になれば似たようなことするだろうよ」
「そうですかね」
幸いにもというか、これまで合同で任務に当たっていて誰かを庇う場面に、それこそ身を呈してまで誰かを庇わなければならない場面に遭遇したことはない。
けれどそうだな。
少なくとも槇寿郎殿や、この間柱になった悲鳴嶼ならば。そんな状況に陥ったらまず間違いなく庇うだろうな。
「…馬鹿だな、お前は」
「わっ、と」
わしゃわしゃと、残った左手で頭をかき混ぜられる。
「ちょ、古風どの…っ」
「お前はよく"自分のために刀を握ってる"って言うけどな」
かき混ぜるのをやめて、乱れた髪を整えながら古風殿は話し続ける。
「それは結局、周りのためなんだよ。…優しいねぇ、お前は」
しょうがない子どもを見るような目で見られた。
「…俺、もう19なんですけど」
「それでも俺からすりゃあまだまだ子どもだよ!」
わはは!と豪快に笑われる。今まで散々世話になっているため、あまり強く出れないのが悔しい。
「そうだ。その逃げ遅れた一般人なんだがな。生き残った息子が鬼殺隊に入りたいって言ってきた」
「他の家族の仇を取りたい、と?」
「ああ。弟を殺されたから、だと。…母親は反対してるみたいだがな」
けど、と続ける古風殿は、どこか確信めいた口調だ。
「あれは、母親の反対を押しきってでも来るだろうな。そういう目をしてた」
「貴方が言うなら、そうなんでしょうね。…その子どもの名前は?」
「──粂野匡近だ」
にっ、口角を上げる古風殿は、もう既にその子どもを弟子にすることを決めているんだろう。…せめて逃げ出さないことを願っておこうか。あと、単純に気になるからまた今度様子を見にこよう。
この訪問から数日後、古風殿は正式に柱を退き鬼殺隊を引退した。そして更にその数日後、育手として初めての弟子をとったと連絡が来た。
突き抜けるような青が印象的な、夏の日のことだった。
*****
茹だるような暑さが鳴りを潜め、少しずつ木の葉が色づいてくる季節となった。
──ザンッ
今日は小さな港町での任務だった。中々厄介な血鬼術を扱う鬼で、先に何人かの隊士が派遣されたがそのどれもが全滅したため、俺に話が回ってきたのだ。
鬼が隠れ潜んでいた廃倉庫から出る。中が血の臭いで充満していたため、潮風だろうと新鮮な空気が心地いい。
「空柱様、お疲れ様です。お怪我はございませんか」
「ああ、お疲れ。問題ない。…かなり臭いが籠っているから、覚悟した方がいい」
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
「ん。後は頼んだ」
今回紅葉は同行していない。既に数人の隊士が派遣されていた任務だったため、情報等の引き継ぎは現場近くで待機している隠に聞けば問題なかったからだ。柱付きといっても常に行動を共にしているわけではない。
「さて…そろそろ帰るか」
大して疲労を感じていないためそのまま直帰することに決めた。報告書も書かねばならないし、出来るだけ早く帰りたい。
その思いから足を踏み出しいざ走らんと力を込めたところで、飛んできた烏から発せられた鋭い呼び掛けに引き留められた。
「カアーッ!!応援要請!応援要請!コノ先南西ニ約三里!鬼殺隊士六名ガ鬼ト対峙中!ソノウチ四名ガ戦闘不能!戦闘不能!!急ギ向カエェー!!」
即座に身体の向きを南西に変えて地面を蹴る。
(六名中四名が戦闘不能か…間に合えばいいが…!)
最悪の事態を想定しつつもひた走る。そしてそろそろ三里か、というところで一人の隊士が今にも倒れそうになりながら刀を振るっているのが見えた。
(いたっ!!)
──空の呼吸 陸の型 光風霽月
刀身が月の光を反射し、淡く光る。走ったままの勢いで、隊士の身体を貫こうとしていた腕を切り落とした。
「ギャッ!っ貴様…!!」
痛がる声が聞こえたがそんなものは無視だ。そのまま振り向き様にもう一閃与えて首を刎ねる。
断末魔のような叫び声を上げる鬼を横目に、先程の隊士の状態を確認するが、助けが来たことで安心して気が抜けたのか気絶してしまっていた。
他の生き残った隊士も致命傷となる傷はない。が、念のため応急手当だけしようと処置を開始する。そう時間もかからず終わったところでようやっと、こちらに向けられていた視線に意識を向けた。
「炎柱」
来ていたのなら助力を、と続けようとしたがどうにも様子がおかしい。顔を伏せていて表情が分からないが、そのこと自体に違和感を抱く。
そもそも普段ならこちらから声をかける前に隊士の手当てなり共にしてくれるはずだ。もしやどこか怪我でもしているのだろうか。
「…おまえ、日の呼吸を知っているか?」
しかし、確認する間もなく炎柱は俺に問いかけてくる。…怪我をしているわけでは無さそうだ。
隊士たちの処置も終わり、あとは隠が到着するのを待つだけだったので、そのまま炎柱と話を続けることにした。
それにしても日の呼吸、ね…。
「…いえ、知りませんが」
産屋敷の書物にもそんな記述はなかった気がするが…流石に全てを読んだわけではないので断言はできない。
「…いくらお館様のご友人でも存じ上げないか」
…どことなく棘を感じるのは気のせいだろうか。
「…槇寿郎殿?」
違和感を増して呼び掛けると、俯いていた顔をこちらに向けてくれる。…しかしその目は俺ではなく、もっと別の何かを見ているように暗く、濁ったものだった。
「日の呼吸とは、始まりの呼吸。全ての呼吸の元となったものだ。俺たちが使っていた呼吸は所詮ただの派生で、劣化版。…そういえば、お前は三つの呼吸に適正があったんだったな」
「…ええ。身体には合いませんでしたが」
「…だがそこから新たな呼吸を作り出した。…ふふっはは、ははは!」
「し、槇寿郎殿…?」
何の前触れもなくいきなり笑い出した槇寿郎殿に困惑する。呼び掛けるも、俺の声など聞こえないと言わんばかりにその声は勢いを増した。
「お前は!お前の呼吸は!三つの呼吸を元にした呼吸だ!今現在最も始まりの呼吸に近い!現に先程放った型!刀身が日を浴びたように光り傷口の再生が遅れていた!」
日が登り、辺りを明るく照らすも彼の叫びは止まらない。
「俺は!お前のように才能に溢れていない!多くを救うことなどできない!」
「そんなことは…!」
「事実!俺は妻でさえ救うことが出来なかった!あれの命を救ったのはお前だ!お前が紹介した医者によって命が助かった!…愛する唯一も救えぬ俺に、他の誰が救えようか…!」
「槇寿郎殿…」
これは、この言葉は、この人がずっと抱えていた葛藤なのだろうか。俺の行いが、槇寿郎殿を苦しめていたのだろうか。
聞いている方が苦しくなるような声音でその心中を語った槇寿郎殿は、そのまま背中を向けて立ち去ろうとする。
「っお待ち下さい!」
「黙れ!!」
今まで向けられたことのない鋭い声に、情けなくも肩が跳ねた。
「俺とお前は違う。…もう金輪際、俺と関わるな」
「…槇寿郎殿…」
未だ意識を戻さない隊士を置いてこの場を離れることはできない。
俺は静かにその背中を見送るしかできなかった。
「あ、あおい!おかえり…うわぁ」
出迎えてくれた紅葉が引いたような声を出す。いつもならここで何かしら言葉を返すのだが、あいにく今の俺はそんな気分ではなかった。
「あー…空柱様?その怒気…というかもはや殺気?を収めてもらいたいなぁ、なんて」
紅葉の声が遠く感じる。その事実に俺自身の余裕のなさを自覚し、いつまでも感情を露にしてはいけないとゆっくり深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「…あおい?」
「俺は」
「うん?」
「俺は、可愛げがないんだそうだ」
「は?」
紅葉の困惑した様子が伝わってくる。それが先程のやり取りと重なってまた気分が低下した気がした。冷静であれと頭の中で声が響く。もう一度息を吸い、長く吐き出した。
「以前、水柱に言われた」
「…おう」
「確かにそうだろうな。…あんなことを言われて落ち込めるほど、俺は可愛げのある性格をしていない」
俺は天才じゃない。才能に溢れていない。もしそうなら、鍛練で身体中に青痣を作りもしなければ、気絶することもなかっただろう。千里眼を駆使し、より多くの命を救っていたに違いない。…白金殿を、死なせることもなかった。
けれど俺は違うから。神や仏でもなければ天才でもない。全てを救うことは出来ない。俺のこの両の手で救えるものなどたかが知れている。
それでも俺は。立ち止まることはしないし、努力を怠るつもりはない。
…槇寿郎殿もそうだったはずだ。
何代も炎柱の席を担い、炎の呼吸を継承し、出来る限りの命を救う。それら全てを誇りに思い、背筋を伸ばし、刀を振るっていたはずだ。
…疲れてしまったんだろうか。年長者として鬼殺隊を支える立場が重荷となり、奥方の病に心を磨り減らし、救えぬ命に絶望したのだろうか。…正直、奥方の病に関しては専門分野が違うのだからしょうがないと思うのだが、そんなことは関係ないのだろう。
ならば、と思う。
ならば、その心の傷が癒えるまで。貴方がその絶望を受け入れられる、その時まで。
俺は俺なりに、鬼殺隊を引っ張っていこう。空柱の名に恥じぬよう、皆の支えとなれるよう。背筋を伸ばし、前を向こう。
そう決意し、目の前の紅葉を見やる。
「すまない、大丈夫だ」
「…そっか。ならいい」
「ん。…紅葉」
「んー?」
「俺の背中、任せるからな」
その言葉への答えは、満面の笑みと軽く叩かれた背中への衝撃で十分伝わってきた。
「おう、任せろ」
このやり取りの一月後、槇寿郎殿が刀を置いたと風の噂で聞いた。
俺が柱になって、五年目のことだ。
・この度伯父になった人(19歳)
赤ちゃんちっちゃ…生きてる…あっ、意外と握る力つよ…ってなった人。生命の神秘を感じた。これからは伯父馬鹿になります。物を買い与えたりはしない(そこは自重している)けど、その代わりいっぱい遊びたい。でも柱だからそんな時間はない。特に今回古参組が軒並み引退して二人になっちゃったので超忙しくなる。まだそのことに気づいてないが、多分気づいたら心の中で恨み言を言いながら任務に向かうことになる。
・一気に子どもが五人できた人たち(父:15歳、母:19歳)
子ども可愛い…絶対幸せにする…ってなった。それはそうと指を差し出したら握りこまれてわたわたしてるオリ主が面白くて笑ってた。
絶対自分たちの代で終わらせると静かに心に誓った。
・岩柱になった人(19歳)
多分まだお館様以外には人間不信気味。だから最初はちょっと壁があった。けどオリ主に手を握られたり、人を守る者の手だって言ってもらったりで心を開いた(ちょろいって言わないで…)。
柱になったらいきなり二人に減っちゃったけど頑張る所存。最近蝶がつく名前の姉妹を助けた。
・この度結婚しました!な人たち(夫:22歳、妻:21歳くらい)
紅葉もみじ(本名は紅葉こうよう)→おま、お前ほんと、そういうとこだぞ…!ってなった。オリ主の来歴は知ってるから普通に一人は苦手だろうと思ってた。この度屋敷を立て替えて離れを造ればいいとかいうぶっ飛んだ発想に驚いたと同時にこれが柱か…ってちょっと遠い目になったけど、改めて背中を任されて嬉しい。任せろ!
美鶴→オリ主と今回初めてまともに会話した。任務中はあまり笑わない(というか口面つけてるから分からない)ので大口開けて笑ってる姿にびっくり。“隠も必要”という言葉にどこか救われた気持ちになった。この度空柱付きになる。
・片腕持ってかれたので育手に転身した人(30歳くらい)
見舞いに来てくれたオリ主がへこんでるのに秒で気づいた人。だからわしゃわしゃ撫でてあげた。大丈夫、俺は生きてるしお前は優しい子だよ。
育手になってすぐに弟子を取る。きっと強い子に育つよ。
・最近『炎柱ノ書』を読んだ人(38歳くらい)
絶賛やさぐれ中。
数年後、オリ主に蹴り飛ばされる未来がある。
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以下補足&あとがき
作者はまだ20代のペーペーなので妊娠等についてはネットで調べました。軽くしか調べてないので間違っている部分もあるだろうし、言われて嫌なこと、されて嫌なことをもしかしたら書いているかもしれません。薄い目で見てくれると助かります。
ところで“やや子”って“稚児”って書くんですね、知らなかったです。今作では読みやすいようにひらがな交じりに書きますが、一つ賢くなった気分です。
あおいはあまね様の兄ですが、兄が二人いる弟でもあります。だから実は寂しがり屋だし、無意識に年上に甘えていました。意識して甘えるのは下手なんですけどね。
今回、風柱と炎柱が引退を宣言したことで、柱として最古参となることを自覚します。これまで言葉では"柱として鬼殺隊の支えとなる"と言っていましたが、そこまで実感できていなかったので、これを機に"俺が鬼殺隊の支柱となる"と認識を改めます。芯が一本通った感じです。
ちゃんとそういう細かい所も表現出来るよう頑張ります。