将来妹が鬼に殺されるかもしれないので絶対阻止したいお兄ちゃんの話   作:シグル

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鬼殺隊の最古参の柱は後進の育成を打診される
前編


 

 炎柱であった槇寿郎殿がその席を退き、現在柱は俺と悲鳴嶼の二人になってしまった。

 正直に言おう。

 めちゃくちゃ忙しかった。

 いや、よく考えればそうなんだよ。これまで四人ないしは三人で回していた仕事を二人でこなさなくてはならないんだから、そりゃあ忙しくもなる。単純計算で一人で二人分の仕事量だ。しかも悲鳴嶼はまだ柱になって日も浅い。仕事はもちろんだが、柱としての重責にもまだ慣れてはいなかった。だから悲鳴嶼が回せるギリギリを見極め、残りを隊歴も柱歴も上である俺に回すよう耀哉に打診した。大丈夫かと確認されたが、ここで踏ん張らなくていつ踏ん張るんだという気概でもって問題ないと答えた。耀哉にはこれまでの柱の警備地区の割り当てを再度検討してもらわなくてはならなかったが、この時の対応は正しかったと今でも思う。

 そうして、与えられる任務をこなしつつ、自身のこれまでの担当地区に新たに追加された警備地区を巡回する日々にも慣れてきた今日。

 元風柱の古風殿から手紙が届いた。弟子にした粂野匡近少年が最終選別に行くらしい。確か、彼が古風殿の元に来たのが去年の夏頃だったから、約半年か…。優秀だなぁ。

 …最終選別といえば、一つか二つ前の選別で参加者が全員生き残ったという珍事があったな。結局一部を残して半分近くが隠になると申告し、残りはもう一度修行をやり直すとのことだったが…はて、今回はどうなるかな。

 とりあえず最終選別の前に一度顔を見に行こう。そう思い立って古風殿への返事を書き進めつつ、粂野に初めて会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 太陽が照りつける中、俺は古風殿の屋敷を目指し歩いていた。例の、弟を殺された少年を弟子にしたと連絡が入り既に十日以上経過しているが、果たしてどうしているだろうか。事前に言っていたようにしごいているんだろうなとは思う。が、逃げ出したとも聞いていないから多少の加減はしているに違いない。

 この後も任務が入っていることもあり、俺は隊服を身に纏っている。羽織も羽織ってはいるが、正直暑いから脱いでしまいたい。ちなみに口面は着けているが、何の素材でできているのか通気性がとても良く中が蒸れることはなかった。…本当、何の素材を使っているんだか。

 そうこうしているうちに屋敷が見えてきた。

 玄関先で声をかけるも聞こえていないのか誰かが来る気配はない。

 ならば庭にまわってみるかとそちらに足を向ける。見知らぬ気配もするし、おそらく少年がいるんだろう。今日の本命は彼だから丁度いい。

 ひょいと庭に顔を出す。

 そこには地面に大の字に寝転がり、ぶつぶつと何事かを呟く少年がいた。

「やあ。君が古風殿のお弟子さんかな」

 

 そう声を掛けながら顔を上から覗き込むと、気づいていなかったらしい少年は大きく肩を揺らして慌てて起き上がった。

 黒い短髪の、左頬に二つの傷がある少年だった。

 

「すまない、驚かせてしまったな」

「あ、いえ!こちらこそ気づかずにすみません。…えっと」

「俺は一宮あおい。古風殿とは元同僚の仲なんだ」

「そうなんですね。あっ、俺は粂野匡近と言います!」

 

 よろしくお願いします!と頭を下げる少年─粂野は、本当に普通の子どもだった。そして元気がいい。

 なんというか、頭を撫でたくなる子だ。

 そんな衝動を抑えつつ話を続ける。

 

「こちらこそよろしく。あの人の鍛練は厳しいだろう。辛くないか?」

 

 いや、さっき大の字で寝転がっていた様子を見るに疲れきっているのは分かるんだが、つい聞いてみたくなる。さて、何て答えるかな。

 

「辛くないって言ったら嘘になりますけど…全部俺の為だっていうのは分かってるつもりなので、大丈夫です!」

 

 …へぇ。

 

「なるほど…いい子を拾いましたね、古風殿」

 

 屋敷内から様子を伺っていた古風殿に声を掛ける。

 

「!師匠!」

 

 実は俺が最初に声を掛けた頃からいたんだが、流石に気づかないよな。元とはいえ、ついこの間まで現役の柱だったんだから。

 

「まあな。…気配を読み取るのがまだ下手だな、匡近」

「うぐっ」

 

 痛いところを突かれたように粂野が呻く。

 

「あはは。まあ頑張りなさい、粂野」

「うう…はい」

 

 そのまま三人で縁側に座り、色々な話をした。

 粂野は師匠のことだからか古風殿の話を聞きたがったので、俺の知っている限りの話をしてやった。酔った勢いで女装した話をしたところで本人から横槍が入ったが、「全て事実でしょう」と返したら顔をしわくちゃにしながら黙っていた。

 しかしながら、間に腕相撲大会で先代水柱に完敗した話を混ぜつつ、尊敬と親しみやすさを同時に抱けるよう話を進め、何故か最終的に俺の呼吸を見せる事態に発展したことは本当に謎でしかない。

 まあ事の発端は単純なものなんだが。

 

「…そういえば、一宮さんは何の呼吸を扱ってるんですか?」

 

 という粂野の一言から、

 

「空の呼吸だ。あおいが新しく作った呼吸でな。…そうだ。折角だから見せてやれよ」

 

 という、古風殿の提案を受けただけの話に過ぎない。

 一応いいのかと確認したら、見取り稽古にするから構わんと言われた。では遠慮なく。

 日輪刀を手に、さてどの型がいいかなと思案する。

 壱の型が一番分かりやすいとは思うが、あれは雷の呼吸を元にしたものだ。どうせなら風の呼吸を参考にしたものにしたい。

 そう暫し考え、粂野に見せる型を決める。

 ちらと二人に視線をやれば、いつでもいいというように頷かれた。それを確認して、助走をつけて宙に身体を浮かせる。

 

──空の呼吸 参の型 黒雲白雨(こくうんはくう)

 

 複数の斬撃を放ち、地上に戻る。癖で刀を払い鞘に収めていると粂野の呟きが聞こえてきた。

 

「風の呼吸の"木枯らし嵐"に似てる…?」

 

 その指摘につい笑みが溢れた。見取り稽古は成功かな。

 

「よく分かったな。それを参考にしたんだよ」

「へぇ!でも、風の呼吸に比べてもっと、こう…流れるような動きでした!」

「ありがとう」

 

 拙いながらも真っ直ぐな言葉に嬉しくなる。

 

「綺麗だろう、こいつの呼吸は」

 

 俺たちのやり取りを横で見ていた古風殿が粂野に問いかける。

 

「はい、凄く!やってみたくなる呼吸でした」

「嬉しいことを言ってくれるなぁ」

 

 やはり撫でたくなる子だと、今度は我慢せずに粂野の頭に手を伸ばした。思ったより柔らかい。

「こいつの呼吸を見た奴は大抵そう言うよ。…けど、空の呼吸は難易度が高い」

「そうなんですか?」

 

 照れながらも俺の自由にさせてくれていた粂野が問いかけてくる。

 

「らしいな」

「らしいなってお前な」

 

 呆れたと言わんばかりに古風殿が見てくるが、そんな目をされても困る。

 

「いやだって、自分で作ったものなので難易度なんて分かりませんよ」

 

 俺たちの間でいまいち内容の把握が出来ず困惑していた粂野に説明する。

 

「俺は雷、水、風の三つの呼吸に適正があったんだが、型が身体に合わなくてな。最終的にその三つを掛け合わせて作ったのが空の呼吸なんだよ」

「適正が三つ…?」

「そ。だから、空の呼吸を扱うには三つの呼吸に適正がなきゃならない。…常人にゃあ厳しいわな」

「それは…凄いですね…!憧れます!」

 

 瞳をキラキラさせて全身で感想を伝えてくる。これまで呼吸について説明すれば、大体が口元をひくつかせて話を濁してきたのだ。だからこの反応に少々面食らう。

 

「ふっ、はは」

「師匠?」

「いやぁー。お前は素直だねぇ」

「う、わ…ちょ、師匠やめてくださいって」

 

 目の前でじゃれている師弟をぼんやりと見つめる。

 なんとなく、今日の任務は早く終われそうな気がした。

 

 

 

 なんて懐かしいことを思い出しながら、俺は再び古風殿の屋敷を訪ねていた。

 報告書などの仕事が粗方片付き、時間ができたため最終選別に向かう粂野に会いに来たのだ。

 

「──粂野」

「あ、一宮さん!」

 

 …どうしよう。粂野に耳と尻尾が生えて見える。疲れてるのかな。

 

「次の最終選別に出るんだって?」

「はい、その予定です」

「そうかそうか。ならこれをやろう。俺からの餞別だよ」

 

 隊服の胸元に入れていたものを取り出し粂野の手に乗せる。

 緑の布で作った小振りなお守りだ。

 

「これは?」

「ちょっといいことがある、かもしれないお守りだ」

「かもしれない…」

「なに、お守りとは存外そんなものだろう?」

 

 神職の家系の生まれとしてこんなことを言うのはどうかと思わないでもないが、結局はものの捉え方次第だ。

 

「気持ちというのは大事だよ。もう幾ばくもない命で鬼の情報を伝えきった隊士を、俺は知っている。あれは…鬼殺隊士としての意地だった。──だからな、粂野。何かひとつ、"これ"というものを。あと少し頑張ろうと思えるものを作っておきなさい。そうしたらきっと、死の淵だろうが帰ってこれる」

 

 それが出来るまで、とりあえず持っていなさい。

 そんな想いを込めて粂野の頭に手を乗せ二度ほど弾ませる。

 

「…ありがとうございます。大切にします!」

「ああ。…粂野」

「はい!」

 

 真っ直ぐ見つめてくる瞳に、こちらも逸らすことなく見つめ返す。

 

「自分を、そしてお師匠を信じて、頑張ってきなさい」

「…はい!」

 

 この半月後、無事最終選別を突破できたと本人から嬉しそうな手紙が届くこととなる。

 

 

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