ヒナちゃんが色々と考えちゃう回。
D.U.シラトリ区での戦闘から翌日
〜ゲヘナ学園〜
D.U.シラトリ区での戦闘があった夜のうちに私はある計画書を作り上げた。
疲労困憊だったが今日と同じ思いをしたくなかったから、疲れた身体に鞭を打ってひたすら作業に打ち込んだ。
「そういうわけだからアコ、人員の選定と手配をお願いできる?」
「...」
その計画書を見ていたアコは無言のままだった。頻繁に瞬きをしながら私と書類を交互に見てくる。
「アコ? 何か不備でもあった?」
「あ、いえ...そういうわけではありませんが..」
妙に歯切れが悪かった。明らかに私の顔色を伺いながら自分の意見を言うべきか迷っている。基本的に私の意見には賛同してくれる彼女にしては珍しい反応だった。
「なら、どうしたの?」
「その...ここまでやる必要があるのでしょうか?」
「ある」
彼女の疑問に食い気味に即答した。
アコが見ていた計画書には『入院中の先生の警備について』と書かれている。表題の通り、私が昨晩のうちに考えた先生が入院している間の警備について書かれた書類だ。
内容は単純なもので
・入院中はこちらがすぐ非常事態を察知できるように、日中は病院の敷地範囲外で付近を十数名の風紀委員で警備し、有事の際は先生の保護と初期対応を行う。
・それを私が夕方頃に病院に着くまで各部隊、数時間交代で行う。
というものだった。
「シャーレの部室があるビルとは違って、病院は一般向けでもあるからその分警備システムが薄くなりやすい。だからその分を人員で賄う必要がある」
「確かに仰ることは尤もですが入院期間は後1週間ほどですし、他の患者もいるような病院でそこまでの事態にはならないかと....。昨日のような小規模の戦闘は日常茶飯事ですし..」
「アコ」
一言で彼女の発言をピシャリと遮る。
「先生は私たちと違うの」
そう、先生は私たちと違って脆い。
各学園の生徒が銃を持つのが当たり前のキヴォトスにおいて、たった一発の銃弾が致命傷になる先生は異質で脆弱な存在だ。
昨日のような小規模の戦闘でも運悪く病院の付近で起こってしまえば、先生へ生死に関わる被害が出るかもしれない。
考えすぎ?
そんな事はない。実際、先生は流れ弾で大怪我したばかりだ。
私たちにとっては大したことのない事でも、先生にとっては非常に危険な事なのだ。
だから私たちの常識で測ってはいけない。特に先生は有名人なのだから少し過剰なぐらいが丁度いい。
何よりも先生は今、最も無防備な状態だ。普段なら出来るような自己防衛すらも不可能だろう。
本当は私が1日中そばにいたいし、病院内も風紀委員の警備を入れたいぐらいだ。
でも立場というものがあるのである程度は弁える必要がある。その辺を踏まえて考えたのが今回の計画書だった。
「先生を守るために出来ることをやっておきたいの」
「...わかりました。こちらで早急に進めます」
「ありがとう」
そう、これは先生のためなのだから。
☆☆☆
「応急処置のやり方を教えて欲しい?」
目の前にいるセナが不思議そうに私を見てくる。いきなり保健室に来た風紀委員長が応急処置について聞いてきたのだから、こんな反応になるのも無理はない。
「軽傷とかは対応できるけど搬送が必要になるような重傷はあまり知識がないから。出来れば怪我の種類毎に詳しく知りたい」
「私は構いませんが...やはり先生の一件が理由ですか?」
セナの質問に無言で頷く。
今回の件は私がその場にいなかったため応急処置以前の問題だった。だが、仮にいたところで処置ができたとは思えない。だって、誰かが大怪我をした時の対応なんてしたことがなかったから。
調印式で先生が撃たれた時もセナが初期対応を行なってくれた。その時の様子なんてほとんど覚えていない。
でも、また先生が私の前で大怪我をしてしまうかもしれない。幾ら気をつけていても先生は脆いから、簡単なことで致命傷になってしまう。
そんな場面に出来れば遭遇したくはないが、いざという時の備えをしておくに越したことはないだろう。
「分かりました。お互いの時間がある時に少しずつ教えていきましょう」
「ありがとう。ここにある応急処置関連の本も借りていい?」
「はい、特に今すぐ使う予定はないので」
セナから許可を得たので遠慮なく戸棚の本を手に取る。似たような本が何冊もあるが私の体格だと全部持っていくのは面倒なので、数冊だけ借りて読み終わったらまた新しいのを借りることにしよう。
本の厚さも様々だが少しでも早めに知識をつけておきたいので、とりあえず薄めの本から手に取っていく。
「ヒナ委員長」
呼ばれて振り向く。
もともと表情があまり変わらない子なので何を思っているのか測れないが、今は何を考えているか何となく分かった。
「気持ちはわかりますが、あまり無理だけはなさらないように」
予想通りだった。
私が思い詰めていると考えているのだろう。いきなり医療知識を身につけようとしているのだから、セナがそう考えるのも当然と言える。
「大丈夫。それじゃあ、また来るから」
そう一言だけ返事をして5冊ほど本を持って保健室を出る。
無理をするなと言われたが多少は仕方のない事だ。今できる限りの事をやっておかないと、有事の際に対応できずに今度こそ先生が死んでしまうかもしれない。
大丈夫、無理をすることには慣れている。これも先生のためなんだから。
☆☆☆
〜D.U.シラトリ区病院〜
セナから本を借りた後、私はすぐに先生の病院へと向かった。
シラトリ区についた時には既に風紀委員の子達が何名か巡回をしていて、私の方を見るなり慌ててお辞儀をしてきた。アコがすぐに人員を手配してくれたらしい。
見張りを行なっていた子達に労いの言葉と撤収指示を伝え、私は先生のいる病室に向かった。
「はい、アコ達からのお見舞いの品。中身はまだ見てないけど果物みたい。先生の内臓は傷ついてないみたいだから食べても大丈夫...だと思う」
「ありがとうヒナ、折角だから食べようかな」
先生に果物を渡そうと箱を開けて気がついた。アコ達から預かった果物はカットされているものではなく皮付きの丸ごとだ。しかも皮を剥かないといけないものがほとんど。
つまりこのままだと食べられないものがいくつかある。
「えっと...私が剥くから」
「大丈夫?」
「なんとかなる...たぶん」
事前に確認してアコやチナツに剥いてもらえば良かった。
そう思いながらスマホで剥き方を調べ、見よう見まねで作業に取り掛かる。
ただその辺の知識も経験も素人な私がそう上手く出来るはずもなく
「えっと...こうして、あっ...」
一人で果物とスマホ画面をキョロキョロしている慌ただしい私を、先生は横から微笑ましそうに見つめていた。
子供扱いされているようでちょっと悔しいし恥ずかしいけど、自分で言い出したからには途中で投げ出すわけにもいかない。
こうして何とか切り終えて個性的な形になった果物を皿に乗せて先生に差し出す。
「...ごめんなさい」
「私のために切ってくれたんだから謝らなくて良いんだよ。ありがとうヒナ」
美味しい美味しいと言いながら次々と口に運んでいく先生の姿を見て、少しだけホッとする。
目の前には果物を頬張るいつもと変わらない先生の姿。
油断はできないが傷口もだいぶ塞がってきたらしい。後1週間もすれば退院して元の日常に戻れる。
────でも、このままではまたどこかで先生が怪我をしてしまうのでないだろうか。
いつどこで銃撃戦が始まるか分からないのがキヴォトスだ。退院してシャーレに戻ったところで屋内セキュリティが少しマシになるだけで、外が危険であることには変わりない。
別に先生の行動を制限したいとかそういう訳じゃない。ただ何かしらの対策は考える必要がある。例えば外出時は必ず誰かが同行するとか...。
「────ナ...ヒナ! 大丈夫?」
肩を掴まれてハッとする。目の前には心配そうにこちらをみてくる先生の顔があった。思い耽るあまり、先生には私が虚空を見つめているように見えたらしい。
「心配しないで、ちょっと考え事をしてただけ」
「なら良いけど...そう言えばヒナ」
「なに?」
「今日の昼頃からだったかな、少し遠いところにゲヘナの風紀委員の子達がいたみたいだけど何かあったの?」
心臓がドキリと跳ね上がった。
先生の表情は特に変わりない。ただ純粋に疑問に思ったから私は疑問をぶつけてきただけなのだろう。
「えっと...」
でも、私は答えに詰まった。まるで悪事を働いた子供が親に問い詰められた時のように。
────なぜ?
別に悪い事をしている訳じゃないのに。病院の敷地に入っていないから迷惑もかけていない。それなりに広いシラトリ区内で部隊を分散させていたから固まって目立つような行動をしてた訳でもない。
ただ単に退院するまでの警備であって、先生のためにやっている事なのに...どうしてこんなに緊張しているのだろう。
「昨日、シラトリ区で戦闘があったのは知ってるでしょう? そこにウチの生徒が関わっていたから、また変な事を病院の近くで起こさないように一時的に見回りを強化しているの」
口から出た言葉は嘘じゃない。シラトリ区で戦闘があったのも、ゲヘナの生徒が関わっていたのも、病院の近くで戦闘を起こして欲しくないのも嘘ではない。
でも本心は違う。
この警備は先生のためだ。だから私はある意味先生に嘘をついた事になる。
なぜ嘘をついたのか自分でも分からない。ただ咄嗟に口から出ていたのがさっきの言葉だった。
「そっか、ヒナは偉いね」
そう言って微笑んでくれる先生の顔を見てズキリと胸が痛んだ。咄嗟に誤魔化してしまった事への罪悪感もあるがそれ以上に
────どうして先生のための警備なのに、こんなに悪い事をしている気分になるのだろう。
「別に...風紀委員長として当然のことだし、実行してくれてるのは他の子達だから」
先生の褒め言葉を素直に受け止める気になれず、ぶっきらぼうに返事をすることしか出来なかった。
☆☆☆
〜ゲヘナ学園〜
病院から戻った頃にはもうすっかり日も落ちて、学園内にほとんど人は残っていなかった。日中はあれだけ騒がしかった校内が嘘のように静まり返っている。
考え事をするのには最適な時間だ。誰もいなくなった風紀委員の執務室で自分の椅子に座って紙とペンを手に取る。
「先生が退院した後のことを考えないと...」
紙をメモ帳の代わりにしながら、退院後に必要な事を箇条書きで書き込んでいく。病院にいた時も考えていたが、やはり常になにかしらの備えは必要だろう。
外出時は当番の子を同行させる、なるべく1人で行動しない、依頼で他の地区に行く時も必ず依頼元の生徒が迎えに上がる...。
思いつく限りの対応策を紙に書き込んでいき、あっという間に紙の余白が埋まっていく。
「後は先生の許可をもらって...」
そこでペンを走らせる手が止まった。
そう、考えついたことは全て先生が了承してくれないと実行できないことだらけだ。
果たしてこれを先生が了承してくれるだろうか?
出てきた答えは『否』だった。
先生は優しいから自分のために生徒を巻き込むことは嫌うはずだ。先生が安心して生活を送るための案なのに、先生に気を使わせてしまっては意味がない。
何よりこれでは先生を監視しているみたいではないか。
「これも、これも...これもダメ...」
先生が気を遣ってしまいそうな案を片っ端から消していく。するとあっという間にほとんどの案が潰れてしまった。
例え気を遣わせる事になってでも押し通すべきか。いや、先生のストレスになるような事は避けなければならない。
そこでやっと病院で感じてた罪悪感の正体が分かった。
先生に嘘をついたからという事だけでは無い、先生の了承を得ずに私の独断で勝手にD.U.の警備をしていたから。
事前に先生がこちらの警備の事を知ったら、感謝をしながらも優しく拒否するだろう。
それが嫌だから個人の判断で動き、指摘された時も嘘をついた。正直に話したところで先生に気を遣わせるだけだと分かっていたから。
その結果、余計に罪悪感が募るだけだった。
一度冷静になって考えてみれば、アコの言う通りこれはやり過ぎだ。でも何とか先生の安全を確保したいという気持ちがおさまらない。
ペンを投げ捨てるように置いて机に突っ伏す。
「何でここまで心配になってるんだろう私..」
先生が心配なのは本音だ。
でも先生が拒否すると分かっているから、了承を得ずに独断で警備をしているのは正しい行いなのだろうか。ただの独善的な行動になってしまってないだろうか。
本当に私は先生のためを考えて動いているの?
自分の行動の疑問を拭えないまま、私は目を閉じた。
☆☆☆
一本の電話があった。
電話をしてきた相手は先生が入院している病院。
内容は
先生の容体が急変した、その一言だけを告げられた。
先生を守ろうとして脳内がカオス状態なヒナちゃん。
次で最終回予定ですが、今考えてる時点では「最低かコイツ?」と自分で自分にツッコミを入れてるぐらいの内容が埋め込まれそうな予感がががが...。
なるべくね、やり過ぎない程度にしようと思ってます。
あ、でもやっぱり抑えられないかも...だってここまで曇らせ成分薄めだったし、なんならコレを書かないと最後の最後でプロット崩壊するし。
多分、前作のムツキよりエグい描写を一部入れる事になります(個人比)
ヒナを救い隊の人達許して...許して...。
あ、でもここまで読んで下さってる方々なら、ここでヒナを絶望の淵に叩き落としても大丈夫ですよね。
ヒナは個人的に甘やかしたいキャラNO.1になるくらい好きです。(唐突な保身)
別に嫌いという訳じゃないですよ!
それはさておき、ヒフミの曇らせを見たいというリクエストを頂きました。
ハッピーエンドの化身でもあるヒフミさんを曇らせろと!?
まぁ、でもウチの小説も基本的にハッピーエンドだし問題ないな!
頑張って考えてみます〜。