生徒たちが幸せになったり曇ったりする話   作:まにまに先生

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年度末ということもあって私生活でどったんばったん大騒ぎした結果、予定よりめっちゃ遅くなりました...。





空崎ヒナは過保護になる⑤

 

 

 先生の容態が急変したと聞いた次の瞬間には病院の入り口にいた。

 身体はすぐに動き、乱暴に入り口の扉を開けて、誰一人いない真っ暗で静かな通路を走る。

 

「はぁっ...はぁっ.....!」

 

 私の頭の中で膨らみ続ける嫌な予感を振り払うように、病院内にも関わらず全力で走る。不気味なくらいに人気のない通路で私の足音だけが響いていた。

 もう後1週間も経たずに退院できるくらいに回復していたはずなのに、容態が急変するなんて思っていなかった。いくら外の警備を万全にしたところで、先生の身体に異常が出てしまったら手の打ちようがない。

 

「先生っ...せんせぇ...っ!」

 

 息が苦しい、身体が思うように進まない、先生の病室がとても遠く感じる。

 まるで私自身がその病室へ行くのを拒絶しているかのように、病室へ近づくにつれて胸の痛みが激しくなっていく。

 それでも立ち止まるわけにはいかなかった。ここで止まったら一生後悔しそうな気がしたから、嫌がる自分の身体に鞭を打って足を動かす。

 

 そしてようやく辿り着いた目的の病室の扉、呼吸を整える事もせずに私は勢いよく開け放った。

 

 

「先生っっ!!」

 

 

 ノックもせずに部屋へと転がり込む。

 電気はついていなかった。窓から差し込む月明かりだけが光源としての役割を果たしている。

 誰もいないと勘違いしてしまうくらい暗くて静かな部屋に、ベッドで横になっている先生だけがいた。

 

「あ...」

 

 その姿を見た瞬間に全身の力が抜けてその場にへたり込む。

 私の知らない機械が先生の身体に取り付けられている。こんなの昼間には無かったはずだ。

 その機械の先にはモニターがあるが、そこに表示されてる文字は何が書かれているのかよく分からない。

 でもこの機械が何かを測定するもので、快復に向かっている者が取り付ける機械でない事ぐらいは私にだって分かる。

 

「ヒナ....?」

 

 呆然としていた私の耳に掠れるような先生の声が届いた。弾かれたように身体が動き、急いで先生が寝ているベッドへと駆け寄る。

 

 

「先生っ!! なんでっ...どうしてこんな...っ!」

 

「ヒナ...ごめんね...私はもう...」

 

「そんな事言わないでっ!!」

 

 

 涙で視界が滲んでくる。

 いつもみたいに『大丈夫だよ』とその一言が欲しかったのに、こんな弱気な先生なんて見たくなかった。

 でも、その様子が余計に先生はもう助からないのだという現実を私に突きつけてくる。

 

 

「げほっ...ゴホ..ッ....!」

 

「先生っ!?」

 

 

 不意に先生が咳き込んだ。明らかに異常があると分かる重い咳に、頭の中が爆発したようにパニックになる。

 原因は怪我の悪化? 傷口から細菌が侵入した事による感染症? それとも別の要因? 

 

 最低限の応急処置程度の知識しかない私には見当もつかないし、医者もこの場にいないのでは何も分からない。

 散り散りになった理性を必死にかき集め、今この状況で自分にできることを考える。

 

 

「ナ、ナースコール...誰か呼ばないと...っ」

 

 

 導き出した答えは病院関係者を呼ぶ事だった。私ではとても手に負えないのだから、誰か医療に携わる人に任せるしかない。

 

 早くしないと先生が死んでしまう。

 焦りで身体中から汗が吹き出してくる。未だにパニック状態な頭を動かしながら先生の枕元を探る。

 

 しかし、緊急ナースコールのボタンを探していると、私の腕を弱々しく掴んでくる手があった。その手の主が誰なのかは考えるまでもない。

 

 

「先生...?」

 

「ヒナ...最期に...君に聞きたい事が....」

 

「嫌っっ!!」

 

 

 多声を張り上げ、駄々っ子のように首を振る。

 言い方がまるで遺言みたいだ。これを聞いてしまったら終わってしまいそうな予感がした。

 これが現実だなんて認めたくない。今すぐにでもドッキリだと言って欲しかった。もう少しで取り戻せそうだった日常が音を立てて崩れ落ちていく。

 

「ヒナ」

 

 やけにハッキリと先生の声が聞こえた。顔を向けて見ればこちらをしっかりと捉えてくる2つの瞳がある。

 

 

「お願い...」

 

「.....っ!」

 

 

 心が揺さぶられた。

 先生の目は覚悟を決めた人の目をしていたから、もう残された時間が少ないのだと嫌でも理解させられてしまう。

 ほんの数秒ほど見つめあい、私は枕元を探っていた手で椅子を引き寄せて先生の隣に腰を下ろした。

 

 

「分かった...っ、なんでも...聞いてっ...」

 

 

 こぼれ落ちる涙を拭うこともなく両手で先生の手を包み込む。

 いつも世話になっていた先生に今の私がしてあげられるのは、彼の願いを聞いてあげる事だけだ。

 本当はこんな結末を受け入れたくないけど、どうせ間に合わないのならせめて最期は二人きりで過ごしたい。先生をこの瞬間だけは独り占めしたい、そんな我儘が私の中にあった。

 

「ありがとう...」

 

 そんな私を見て先生は微笑み、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうして私を守ってくれなかったの?」

 

 

 

 

 

 

 

「....え?」

 

 時が止まったような気がした。先生の言っている意味が理解できなかった。

 てっきり遺言を聞かされるのかと覚悟していたのに、あまりに想定外な言葉に溜まっていた涙が引っ込む。

 

 今、先生はなんて言った? 

 

 理解が追いつかなくても、心臓がキュッと締め付けられたように苦しくなる。雑音もない空間で沈黙が続き、瞬きも忘れて先生の顔を食い入るように見る。

 

 

「せ、せん...せい...?」

 

 

 その一言を絞り出すのが精一杯だったが、言葉を口にしたことで少しづつ頭が働き始める。

 先生の言葉を咀嚼し、意味を理解しようとした。

 しかし、それと同時に身体の至るところから汗が吹き出し、頭の中が警告を示すように赤く染まっていく。

 

 先生の言ったことは私に対する非難だと気づいてしまったから。

 

 

「調印式で撃たれた時も、この前のデパートで撃たれた時も凄く痛かったよ」

 

 

 先生の目は真っ黒に染まっていた。僅かな光もない、まるでもう既に死んでいるかのような目だ。

 頭が痛い。この空間に私と先生だけが取り残されたと思ってしまうくらい、周りの景色がグニャグニャと歪んでいく。

 これ以上聞いたら危険だと脳が警笛を鳴らしてくる。しかし、私は吸い込まれてしまいそうなくらい純粋な黒い瞳から目が離せなかった。

 

「ほら、見て...」

 

 そう言いながら先生は衣服を捲ってお腹を見せてきた。

 

 

「ひっ...!?」

 

 

 それを見た瞬間に悲鳴をあげ、椅子が倒れるのも気にせず、金縛りが解けたような動きで反射的に後退りをしていた。

 先生が見せてきたのは傷跡なんて生易しいものではなかった。

 

 ────お腹に空いた幾つもの穴。まるで撃たれたばかりのような空洞から血が今もなおドクドクと流れ出ていた。

 

 止血もされずに垂れ流しになっている血が、真っ白なベッドのシーツを赤く染めていく。

 

 

「あ...あぁ...っ」

 

 

 あまりにも異様な光景にまともな言葉が出なかった。

 不思議と気持ち悪いと感じなかった。それ以上に押し寄せてきたのは恐怖と罪悪感。

 だってそこは、先生が調印式とデパートで撃たれた箇所だから。

 

 

「調印式の時はヒナがもう少し耐えてくれたら撃たれなかったかもしれないよね?」

 

「いや...」

 

「デパートの時はヒナが別行動を言い出さなければ撃たれなかったかもしれないよね?」

 

「やめて...っ」

 

 

 先生の言葉が私の心を蝕んでいく。

 針でチクチクと刺すのではなくナイフで抉ってくるように、容赦なく言葉の刃物を突き刺してくる。

 こんな事を先生が言う訳がない、何かがおかしい。頭ではわかっているつもりなのに、目の前の異常な光景から目が離せない。耳を塞ぎたいのに身体がうまく動かない。

 

 

「ヒナ、君が守ってくれていたら...こんな事にはならなかったのに」

 

「....っ!」

 

 

 頭を撃たれたような衝撃が走った。

 そう、私がもっとしっかりしていれば先生は撃たれなかったんだ。撃った犯人は別にいるけれど、撃たれた原因の一端は私にもある。

 

 でもそれを先生に言われたのがショックだった。

 いつも優しくて生徒のためなら自分の犠牲と厭わない、失敗しても立ち上がれるように手を差し伸べてくれる。そんな先生から恨みごとをぶつけられた事が信じられなかった。

 でも、目の前の先生は憎悪の籠った瞳で私の方を見ている。こんな表情は見た事がない。

 怖い────そんな目で私を見ないで。

 

 

「ぅ...あ...」

 

 

 口がうまく動かない。目の前の光景と先生の言葉で脳内が再びパニックに陥る。

 先生の容態が急変したと聞いて駆けつけ、もう助からないと思い遺言を聞こうとしたら、出血が止まらない傷口と共に恨み言をぶつけられ、もう何が何だか訳がわからなくなっていた。

 

 それでも、これが私のせいならば言わなければいけない事がある。

 

 

「ご...ごめっ...ご...めんなっ...さ...」

 

 

 唇が震える。歯がカチカチと鳴り、言いたい言葉が出てこない。全身が震え始め、立っていることすら苦しくなってくる。

 頭が焼けるように痛い。罪悪感と恐怖が私の心臓を挟み込み、押し潰そうと左右から圧迫してくる。

 

 逃げたいのに、耳を塞ぎたいのに...。

 自分の身体なのに言う事を聞いてくれない。まるで先生の言葉に合わせて身体がゆっくりと崩壊を始めているようだった。

 

 

「今さら警備を増やそうとしても、色々と対策を考えようとしても、君が守りきれずに撃たれた事実は変わらないんだ」

 

 

 先生の言葉が追い打ちをかけるように私の心を抉ってくる。何度も念入りに突き立てるようにザクザクと、本当に心臓から血が流れて口から飛び出てきそうだ。

 でも先生の言う通り、どんなに取り繕ったところで私のやってしまった失態は未来永劫消えることはない。────私は責められるべき存在なんだ。

 

 

「ぁ...か...はっ...」

 

 

 呼吸の方法も忘れてしまったように息が詰まり、酸欠で視界と頭の中が真っ白に染まっていく。

 涙も涎も流したまま、無様にその場で苦しむことしかできない。本当に先生に首を絞められているような感覚に陥る。

 自分の身体を抱きしめるように両腕を回し、その場にペタリと座り込む。

 

 

「空崎ヒナ」

 

 

 苦しむ私の両肩を誰かが掴んだ。いや、誰かなんて考えるまでもない。この場には二人しかいないのだから。

 顔を上げると、ベッドから降りてきた先生の顔がすぐ目の前にあった。

 とても人の顔とは思えない憎悪と薄ら寒い笑みが混ざった表情を浮かべ、瞬きも忘れて目を見開く私に向けて口を開く。

 

 

「私は君を許さない」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「いやぁぁああぁあぁっっ!!」

 

 耳をつん裂くような叫び声は自分の口から出たものだった。静かで誰もいない部屋に私の声だけが響き渡る。

 

 

「はぁっ...!! はあっ...! あぁ...っ!」

 

 

 苦しいままの胸を抑え、必死に深呼吸をして息を整えようとするも、激しく動く心臓の鼓動が呼吸リズムを整えるのを邪魔してくる。汗でべったりと張り付いた服のせいで余計に息苦しく感じた。

 

 

「かはっ....はーっ...はーっ...」

 

 

 そこから数分ほど深呼吸を繰り返し、ようやく本来の正常な呼吸を取り戻す。

 何があったのか、もうある程度見当はついている。私がこれまで何回も苦しめられてきたのだから。

 

 改めて確認すると今の私は椅子に座っていた。周りの景色も先ほどまでいたはずの病院ではなく、私の部屋でもない。見渡してすぐに風紀委員が使ってる執務室だと気がついた。

 窓から見える月明かりと静かな校舎。そして妙に節々が痛い、大量の汗と共に気怠さもある。おまけに口の端に涎の感覚があった。

 

 やはりあのまま寝落ちしてしまったらしく、あの地獄のような光景は夢だったようだ。

 

 

「...っ」

 

 

 それでもまだ安心出来ずに室内にある固定電話、そして自分のスマホの着信履歴を確認してみる。

 最後の発着信は先生への定期連絡で終わっていた。

 

 

「はぁっ...」

 

 

 ようやく夢だったと言う確信を持つ事ができ、椅子から滑り落ちそうなくらいにズルズルと脱力する。

 

 最悪という言葉では足りないくらいの悪夢だった。

 

 あの時の先生の恐ろしい表情、私に投げかけられた言葉の数々、思い出すだけで吐き気がしてくる。

 今まで見ていた“先生が撃たれる夢”とは違い、今回は実体験のないただの妄想みたいなものだ。先生があんな事を言う訳がない、悪い夢だったと早く忘れてしまいえば良い。

 

 それなのにあの光景が、あの言葉が私の頭の中で反響し続けて消えてくれそうにない。

 何故なら────

 

 

『調印式の時はヒナがもう少し耐えてくれたら撃たれなかったかもしれないよね?』

 

『デパートの時はヒナが別行動を言い出さなければ撃たれなかったかもしれないよね?』

 

『ヒナ、君が守ってくれていたら...こんな事にはならなかったのに』

 

『今さら警備を増やそうとしても、色々と対策を考えようとしても、君が守りきれずに撃たれた事実は変わらないんだ』

 

 

 あの夢で先生が私に言った台詞は全部...全部全部全部、私が抱えていた気持ちだったから。

 私は2度も先生を守る事が出来なかった。1番近くにいながら大切な人を傷つけてしまった。私の行動ひとつで未来が変わったかもしれないのに。

 そんな私の想いを先生が代弁するという最悪の夢だった。

 

 

 ────本当に夢で済むのだろうか? 

 

 

 正夢なんて言葉もあるくらいだ。先生の容態が急変する可能性だってまだあり得る。

 そして、あの言葉の数々を私に向けてくる可能性だってゼロじゃない。先生が酷い言葉を言うなんて思わないし思いたくもないけど、あまりにもあの夢を鮮明に覚えているせいか、悪い方へとどうしても考えてしまう。

 

 

「あっ...か...はっ....!」

 

 

 そんな事を考えていたらまた苦しくなってきて、暴れようとする心臓を抑えつけるように両手を胸に当てる。夢で投げかけられた言葉が私の中で反響して頭を掻きむしりたくなる。

 

 苦しい...苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

 

 

「先生っ...」

 

 

 スマホの連絡帳を開き、“先生”の文字をタップする。

 今すぐに声を聞きたかった。優しい先生の声を聞いてあの悪夢を上書きしたかった。

 

「っ....何しようとしてるの私..」

 

 通話ボタンを押す直前で思い止まった。

 今の時刻は深夜2時、こんな時間に電話だなんて迷惑もいいところだ。ただでさえ万全の状態じゃない先生にこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。

 電話帳アプリを閉じ、代わりにモモトークを開いて先生との個別ページを見る。

 

 “大丈夫? ”、“何か必要なものはある? ”

 

 そんな私の質問と先生の回答ばかりが履歴に残っていた。

 改めて見てみると迷惑だったんじゃないかと思ってしまう。同じような事を1日に何回も聞かれ、毎日のように押しかけてくる私が鬱陶しかったのではないか。

 

 私の独善的な行動に嫌気が差している可能性だってある。

 

 先生のためだなんて言っておきながら、私が勝手に自分やりたい事を許可なくやっていただけなんだから。

 先生は優しいから口に出さないだけで、心の中ではどう思っているかなんて誰にも分からない。

 

 苦しい、身体中がバラバラになってしまいそう。

 でも先生は私が守ってあげられなかったせいで、もっと苦しい思いをしている。

 これ以上、先生に迷惑をかけたくない。

 

 

「先生....助けて...っ」

 

 

 本人には一度も言ったことのない言葉を誰もいない部屋で、無意味な独り言として呟くことしかできなかった。

 





5話目で終わらせる予定だったのに6話までもつれ込みました。
今回でほどほどに曇らせて先生が解決(?) で終わらせるつもりだったんですけどねえ。楽しくなっちゃいました()

ヒナちゃん、トラウマ抉りまくってゴメンよ...ゴメンよ...。
でも、理性的な子が思い込みとかで自分から曇ってくのが好きなの。最高に性癖ドストライクで、それをつまみにお酒何杯も飲めます。

夢の中で好きな人に責められて精神ボロボロになる展開って最高じゃないですか...?
これを書きたくてヒナちゃんのストーリーに手をつけたんですよ!

あ、正月ガチャはムチュキが20連で来てくれました。曇らせたおかげだな!
なお、ハルカとカヨコで無事に2天した模様。ついでにコユキがオマケで来てくれました。
コユキぃ...笑い方とか煽り顔とか最高に生意気じゃねぇか...。お前がカフェに来たら必ずノアを呼び出してやるからな。
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