アイドルマリーもパジャマユウカもセイアも天井...。
リオは辛うじて天井回避でした(瀕死)
翌日
〜ショッピングモール〜
「...少し早すぎましたか」
1日の降水確率は0%。温度湿度ともに最適。
そんな絶好のお出かけ日和の空の下で、腕時計を見て苦笑いをしてしまう。
待ち合わせ時刻より1時間も早く着いてしまった。予定より早めに行動するのは大切なことだが、あまりに早すぎるというもの考えものだ。
「気合い入れすぎ...でしたかね」
きっと“先生”にとっては単なるこれまでのお礼のつもりだろう。ただ年頃の乙女にとって男女がプライベートでお出かけするというのは、多少であっても意識をしてしまうわけで。
手鏡を見ながら変なところが無いかチェックしていると、ときどき自分の口角が上がってしまっていた。
別に変な期待をしているわけではない。
今回はあくまでお礼であって、“先生”として生徒を労う目的でのお出かけだから。
男女でのプライベートとは言えど、“先生”と生徒というお互いの立場は変わらない。そのことは充分に理解しているつもりだ。
────────だからこそ、自分が気合を入れてオシャレをしていることに今更ながら驚いてしまった。
これではまるでデートを心待ちにしている彼女みたいだ。
初めてユウカちゃんから話を聞いた時から先生に興味は持っているし、記憶を失った“先生”に対してもそれは同じではある。
でもあくまで興味があるだけで、抱いてる感情が親愛ではあっても恋愛ではないと思っていた。
そう思っていたのに昨晩、ユウカちゃんからの提案を断って当番生徒として“先生”と共に長く過ごす時間を選んだ。
“先生”と一緒にいる時間が取られるのは嫌だと思ってしまったから。
直後は合理的な判断を即投げ捨てた自分の選択に自分で驚いてしまった。今まで感じたことのなかった胸の奥に感じるモヤモヤに、眠りに落ちるまでずっと振り回され続けた。
「もしかしたら...いえ、やっぱり私は...」
そこまでポツリと呟いてから慌てて忘れるように首を振る。
「先生にはユウカちゃんがいるから」
ユウカちゃんが先生に好意を持っているのは分かっている。むしろアレで気が付かない方がおかしい。いるとしたら先生レベルの朴念仁くらいだ。
そして私はユウカちゃんの恋を応援している。
だったら、仮に私のこの感情が想像した通りのものだとしても見なかったフリをするだけだ。大好きなユウカちゃんには幸せになって欲しいから。
「ノア?」
自分を呼ぶ声と共にトントンと肩を軽く叩かれる。
考え事に没頭していた私は意識の外から飛んで来た声にビクッと肩を振るわせ反射的に振り返っていた。
「せ、“先生”!?」
振り返ったすぐ先に“先生”の顔があった。
まだ1時間も後に会うと思っていたから、全く予想していなかった出来事に思わず一歩飛び退いてしまう。
「ごめん、驚かせちゃった?」
「だ、大丈夫です...! 待ち合わせまでまだ1時間もあったので、まさかもういらっしゃるとは思ってなかっただけで...」
「私もノアがもう来てるとは思わなかったから、遠目に見た時は自分の目を疑ったよ。随分と早いけど何かあったの?」
「え、えっと...それは...」
誤魔化すのは得意な方だと思っていたのに上手く言葉が出てこない。
別に“先生”はただ単純に疑問に思った事を口にしただけなのだろう。しかし、素直に気合いを入れすぎたなんて言えるはずもなく。
「近場で少し用事があったので...せ、“先生”の方こそ随分と早いお早いみたいですが、どうかされたのですか?」
我ながら呆れるくらいベタな言い訳をして、そのまま同じ疑問で切り返す。
ユウカちゃんみたいなタイプだと怪しんで追及してくる可能性もあるが“先生”なら追及してこないという確信があった。
“先生”は優しいから、適当な誤魔化しであってもよほど必要と考えない限りは踏み込んでこない。記憶を失う前後でも、根本的な性格が変わっていないと分かっていたからこそ使える下手な返しだった。
「私はね...」
こちらの予想通りに反応してくれた“先生”はポケットの中からある紙を取り出した。
「パンフレット...ですか?」
「ちょっと先に下見をしに来てたんだ。誘った側が何も知らないと情けないかな、と思ってね」
「...ふふっ」
思わず笑い声が漏れてしまった。
考えてみれば記憶を失った“先生”がこの場所へ来るのは初めてだ。私が楽しめるように頑張って、それもかなり早めの時間から下見をしてくれたのだろう。
それは“先生”の持っているパンフレットの両端が握り続けた影響で皺になっている事が物語っていた。
「ど、どうしたの?」
「いえ、やっぱり“先生”は先生だなぁと思っただけです」
「?」
「さぁ、せっかく早めに合流できた事ですし、エスコートお願いしますね“先生”♪」
☆☆☆
「下見の時も思ったけど色んな制服の子がいるね」
「ここはキヴォトスでも最大級のショッピングモールですから。平日休日問わず、様々な利用者で溢れているんですよ」
「ノアはよく来るの?」
「私はそこまで外出が多いタイプではありませんから。ここに来るのもセミナーでの仕事に関することがほとんどですね。ですが今日は折角なので買いたいものを決めてきました」
「じゃあ先にそこへ向かおうか。何が欲しいの?」
「手帳がそろそろページも少なくなってきたので、ついでに使用している文房具もまとめて新しくしようかと」
「なるほど、それなら2階だね」
目的地が決まると迷いなく進んでいく“先生”の隣を歩いて行く。下見の成果はバッチリらしい。
そしてエスカレーターを上がったすぐ先に目的の場所があった。それはもう分かりやすいくらいに店頭に文房具が並んでいる。
「文房具だけを取り扱ってる店にしてはやけに広いね」
「キヴォトスにある文具のほぼ全てを取り扱っているそうですよ。手帳関連のコーナーは確か...ここですね」
案内図から手帳やメモ用紙などが置いてあるコーナーを確認し、途中にある文具を横目でチラ見しながら目的の場所へ向かう。
そこはまさに手帳一色、棚の端から端まで手帳だけで埋め尽くされている光景に“先生”は驚いていた。
「手帳だけでもすごい数だ...」
「ただ手帳というだけでも種類は様々ですから。その人によって“合う"手帳は異なります。手帳を初めて買う人にとっては理想的な売場と言えるかもしれませんね。私みたいに特定の商品を買いたい場合は探すのに苦労しますけど...」
「ノアはどんなタイプの手帳なの?」
「私の場合は1日にさまざまな記録を書くので、書き込めるスペースの広いデイリータイプの物ですね。それでも余白が足りない時がありますけど」
話しながらデイリータイプの手帳が置いてあるコーナーに移動して、目に付いたものから手に触れて感触を確認してみる。
普段は同じ手帳を続けて購入することが多いけど、折角これだけ種類が揃っているのなら今回は違うものを使ってみるのも良いかもしれない。
あれこれと手帳を選んでいる私の隣で“先生”も興味深そうに眺めていた。
「折角だし私も買ってみようかな」
「あら、“先生”はご自分の手帳を既にお持ちだったはずでは?」
「アレはあくまで“前”の私が仕事で使っていた手帳だからね。今は別のものを使っておいた方が、記憶が戻った後で混乱しないで済むかなって」
「一理ありますね。それではどんなものにしますか?」
私に問いかけに“先生”は『うーん...』と唸りながら手帳を手に取るとパラパラとページを捲っては戻して、イマイチ納得いかなかったのかまた次の手帳に手を伸ばしてはページを捲っては戻す。
それを5回繰り返した後、困ったような笑みを浮かべながらこちらは顔を向けてきた。
「使えれば何でもいいと思ってたから、あまりこだわりとかはないかなぁ。折角だし、ノアに選んでもらっても良いかな?」
「私がですか?」
「オススメとかあればだけどね」
「そうですね...」
顎に手を当てて考えてみる。折角なので良い機会だとは思った。
“先生”は変わらず少々適当な部分があるから、これを機に使いやすくて良いものを買ってもらいたいという気持ち。
そして、“先生”の持ち物に私の好みが反映されるというのも悪い気はしなかった。
「これとか...如何でしょう?」
おもむろに手に取ってみせた手帳を“先生”に手渡す。
「手帳のカバーには複数種類あります。“先生”の場合はそのうち外出する仕事が増えてくるので頑丈なカバーのものを。そして書き込む量も自然と多くなってくると思うので、1日分で1ページ丸ごと使用できるデイリータイプの手帳が合っていると思います」
「じゃあ、これにしようかな」
「そんなに即決で良いんですか? まだまだ種類は沢山あるのでもっと吟味しても...」
「ノアが選んでくれたものだから1番良いものだと思うよ」
本当にその判断基準で良いのかと再度尋ねようとしたが、当の本人がものすごく満足そうな表情を浮かべているものだから口を紡ぐしかなかった。
「他にも買いたい文具があるんだよね?」
「はい、次に買いたいのはセミナーで使用している備品でもあるので────」
次のコーナーへ向かう途中でカゴを取り、私と“先生”の手帳を入れる。
“先生”へ選んだのは大人っぽい黒のカバーの手帳。それが私の買った手帳と色が違うだけのお揃いだということには気づいていないと思いたい。
☆☆☆
「すみません、つい話時間をかけ過ぎてしまいました...」
「謝る必要はないよ。もともとノアのためのお出かけだからね。それにノアの知らない一面を見ることが出来て楽しかったし」
「それなら良いのですが...」
気がつけば文房具を買うだけなのに2時間近く経過していたらしい。
1人で買い物をするときはサクッと終わらせてしまうような事でも、誰かと一緒にいるとここまで変わるのかと自分でも驚いていた。
「さて、ちょうど昼前になるからカフェにでも入ってみる?」
「良いですね。少しお腹が空いてきたので助かります」
「静かで雰囲気の良さそうなところがあったからそこにしようか」
そう言うと再び迷いなく歩き始めた。
わざわざ店の雰囲気まで調べてくれていたのかと思うと、自惚れかもしれないが嬉しく思わずにはいられない。
と、思ったのも束の間、“先生”の足が急に止まった。
「“先生”?」
気になって顔を覗き込んでみると“先生”の顔はプラモデルやフィギュアなどが売っているお店の方へ向いている。
さらに視線を辿ってみると店の少し奥にあるショーケースの中にあるフィギュアの方を凝視しているようだった。
「ふふっ、気になりますか?」
「うん、見ているだけでなんだかワクワクしてくる感じがするんだ」
「では少し覗いてみましょうか」
「いや、でも今日はノアへのお礼のために...」
「まだまだ時間はありますから。それに“先生”が気になるモノ、私も見てみたいです。何か記憶を取り戻すきっかけになるかもしれませんよ?」
「...そういう事なら...少しだけ」
そう言い終わる前に“先生”の足は既にお店へ向かって踏み出していた。
大好きな物というのは魂に刻まれているのだろうか。記憶を失ってもこういうところは全く変わっていない。クスリと“先生”に聞こえない程度の笑いを漏らしながらその背中を追いかける。
「....」
「“先生”、良いものが見つかりましたか? ...あら」
先程見えたショーケースの前に立ち、腕組みをしていた“先生”の背後から覗き込んでみる。
そこには『超合金 KAITEN FX Mk.0』と書かれたプライスカードと、どこかで見覚えのある合体ロボットのフィギュア。そしてその値段は30000円と書かれていた。
「これはまた...なかなかのお値段ですね」
「うん、流石にこれを衝動買いするのは...でも凄く惹かれるんだよね...」
ショーケース越しに食い入るようにフィギュアを見つめる“先生”。かなり葛藤しているようだが、失礼ながら先生なら即決で買っていそうではある。
記憶を取り戻すためにかつての先生の行動をなぞっているとはいえ、流石にこの衝動買いは止めておいた方が良さそうな気がした。
何故なら明日の当番は“先生”のお財布事情に厳しいあの子だから。
「ふふっ、流石に突然これを買ったらまたユウカちゃ────」
そこまで言って言葉を飲み込んだ。ユウカちゃんの名前を言いそうになった途端にチクリと胸が痛んだ気がしたから。
ユウカちゃんの名前はいつもなら当たり前のように先生との会話で出てくる。だいたい私の方から彼女についての話題を出しているから。
そんな大切な友達の名前すらこの場で出す事を躊躇ってしまった。
そして、このちょっぴり黒い感情の正体が分からないほど私の心は機械じみたものではない。
「...ノア? どうしたの? 」
「いえ...その...」
ユウカちゃんへの嫉妬。“先生”には私を見て欲しい独占欲。
────私が?
ユウカちゃんの恋路を応援すると決めたはずなのに?
彼女に嫉妬して“先生”に対して独占欲を抱いている?
「えっと...そう、“先生”は以前から浪費癖があって、衝動買いをしては苦労されていたので止めておいたほうが良いかと」
────でも先生とユウカちゃんはシャーレ着任前から面識があって、その後も何かと世話に焼いてくれるユウカちゃんを凄く信頼している。それこそ財布を握らせるくらいには。
「え゙...前からこんな感じだったの?」
────だから仮に私が先生へ好意を抱いていたとしても、そこに割って入る事は出来ないと思う。2人の間に結ばれた絆が相手では、私に勝ち目なんてない。
「少なくとも私が知る範囲ではフィギュアに限らず、アプリへの課金などでも相当な金額を使われていましたね」
────とっとと諦めてユウカちゃんを応援するべきだ。
「そっかぁ...いやでもなぁ...」
────でも、人間関係がリセットされたも同然の“先生”がもしこのまま記憶を取り戻さなければ?
「“先生”、もしこのまま衝動に任せて買い物をするようであれば、私がお財布を管理してしまいますよ?」
────今の“先生”を最も理解している私にチャンスがある?
本当は6話目で終わらせる予定でしたが、長くなりそうだったので分割することにしました。つまり後1話だけ続きます。
アンケートへのご協力ありがとうございました。
他3名を抑えてトップだったマリーから書こうと思います。
何気にこのシリーズ初のトリニティ生徒。