生徒たちが幸せになったり曇ったりする話   作:まにまに先生

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いきなり今週生放送があるってマジですか?
覚悟をキメた直後だから石ないんですけどぉ!?

うぅ...ユウカ、いつか返すからお金貸して...3万円くらい。




早瀬ユウカは先生に依存する⑤

 

 

 目の前の彼女は一言で言えば異常だった。

 何も言わずにこちらへ向けてくる感情の失った瞳は、気を抜いたらこちらが引き摺り込まれてしまいそうなほどドス黒い。

 

「ユウカ...一体どうしたの!?」

 

 力を入れて脱出を試みても、掴まれた手首はピクリとも動かない。

 キヴォトスの外から来た私と生徒達の力の差は圧倒的だ。それは分かっていたつもりなのに、こんな状況でも何も出来ない自分が情けなくなってくる。

 

「ユウカ...っ」

 

 何度呼びかけても応えてくれない。

 こちらの声が聞こえていないというより意図的に遮断しているような、これだけの至近距離でありながら彼女との間に大きく分厚い壁があるように感じる。

 

『先生っ! ...ユウカちゃん! 聞こえますか!? 返事を...返事をしてください...っ!』

 

 離れた位置に転がっているスマホから、通話を繋げたままだったノアの必死な声が聞こえてくる。

 今のユウカから目を逸らすのは怖いが、音以外の情報を得られないノアの不安は計り知れない。とりあえずノアを安心させないと...。

 

「ノア...こっちは何とかするから、君は──っ!?」

 

 途中で手首にかかっていた圧力がフッと抜けた。

 突然のことにユウカの方へと向き直った私は、ノアにかけようとしていた言葉を飲み込まざるを得なかった。

 

「ユウカ!? 何をしているの!?」

 

 思わず声を張り上げていた。

 いつの間にかユウカは制服を脱いで上半身がシャツだけの状態になっている。そして手首を抑えていた彼女の両手が、今度は私のワイシャツのボタンを外し始めていた。

 これから彼女が何をしようとしているのか、答えを弾き出すのに時間はかからなかった。

 

「やめるんだユウカっ...!」

 

 このままだとユウカが庇いようのない犯罪者になってしまう。

 自由になった両手で彼女の腰を掴んで押し退けようとすると、素早く両腕を掴まれて再び床に叩きつけられた。

 

「く...っ!」

 

 抵抗しようとすれば押さえつけてくるのでユウカの動きも制限できる。ただこれでは埒が開かないし、何よりユウカが道具を使って拘束をしてきたらもう手の打ちようがない。

 まともに動かせない首を左右に振って周囲を確かめてみるが、ノアの声が聞こえてくるスマホがあるだけでそれすらも手の届かない位置にある。

 

「先生」

 

 自分を呼ぶ声に反応してユウカの方を向くと真っ黒な瞳が私を捉えていた。

 本当にこれがユウカなのか? 

 全くの別人と向き合っているような感覚に恐怖を覚えながらも、冷静さを保つように意識しながら口を開く。

 

 

「ユウカ、今ならまだ間に合う。何があったか教えて」

 

「私、先生との繋がりが欲しいんです。私には何もないから不安なんです」

 

 

 会話が噛み合っているようで噛み合っていない。

 よく見てみれば目の焦点もブレている。まるで私ではなく自分に言い聞かせているようだ。

 

 

「私は不良生徒ですけど先生なら受け入れてくれますよね? もしそうなったら責任をとってくれますよね? 先生は優しいですから」

 

「ユウカ、それ以上は戻れなくなる。自分を大事にするんだ。とりあえず手を離して...!」

 

「先生...私の先生...離れないでください。貴方がいないとダメなんです。貴方がいない生活に意味なんてないんです。もう理由なんてなんでも良い、貴方の側にいたい」

 

 

 全くこちらの言葉が届いていない。ブツブツと独り言のように呟き、掴んでいる私の手首を自身の指で愛おしそうに撫でてくるだけだ。

 これがユウカの本音? 

 

「先生...先生...」

 

 どうして気づいてあげられなかったんだ。

 ヒントはあった。あの夜の電話やその後の保健室でのユウカの姿。今まで見せたことのない彼女の姿に違和感を覚えていたはずなのに。

 

 ユウカなら大丈夫だと思って甘く見ていた。物事をうまく運べる子だから、彼女の負担を軽くしてあげられれば何とかなると思っていた。

 彼女の言葉が本音なら私にも責任の一端はある。

 

「先生...」

 

 若干の艶が混ざりながらも感情が抜け落ちた声で私を呼び続けるユウカ。手首を抑えつけていた両手がスルスルと動き、こちらの手を握るように掴んでくる。

 

 転がっているスマホからノアの声は聞こえてこない。代わりにバタバタと走るような音が微かに聞こえてくる。

 きっとこれまでの音声で何が起きているのかある程度察してくれたのだろう。

 でも、こちらへ向かっている途中なのかもしれないがミレニアムからここまですぐに来れるような距離じゃない。

 

「先生...大好きです」

 

 顔を両手で挟まれて固定され、ユウカの顔がゆっくりと近づいてくる。

 こちらの声が聞こえていない以上、力で圧倒的に劣る私に打つ手はもうない。早朝だから今日の当番が助太刀に入る可能性もゼロ。

 ノアが来るまで耐えるしかない。せめて物の抵抗として彼女と目を合わせないように目線を逸らす。

 

「ユウカ...ごめんね」

 

 もうその言葉しか出てこなかった。今まで気づいてあげられなかった事、そしてこれからの凶行を止められず犯罪者にしてしまう事。

 先生として大人として情けない気持ちでいっぱいになっていく。

 

 ポタリ

 

 しかし、落ちてきたのはユウカの唇ではなく水滴だった。いや、水滴にしてはやけに暖かい。

 ポタリポタリと止めどなく私の頬に暖か水滴が落ちてくる。違和感を感じてユウカの方へ視線を戻すと

 

「うっ...ううっ...ぅぁっ...やっぱり...無理っ...」

 

 嗚咽を漏らしながら大粒の涙を溢れさせているユウカの顔があった。

 

「嫌...こんなの...こんな事しても...意味..ないのに...っ! 先生...にっ...もっと嫌われる....だけっ..なのに...!」

 

 しゃくりあげながら言葉を綴る彼女の声に、先ほどのような無機質さは皆無だった。

 正気を取り戻したと言っていいのか分からない。でも今のユウカになら私の声も届くはずだ。

 

 

「ユウカ、ごめんね。こんなに抱え込んでるだなんて気が付かなくて」

 

「違うんですっ!! 私が...私が全部悪いんです!!」

 

 

 私の言葉にユウカが涙を左右に散らすように大きく首を振って否定してくる。

 

「他の人に嫉妬して、先生と一緒にいたいからって自分勝手な理由で先生に嘘をついて裏切って迷惑をかけて...! 挙げ句の果てに先生にこんな事...っ」

 

 堰を切ったように彼女の口から言葉が溢れ出てくる。彼女の両手は私の頬から離れて自分の顔を隠すように覆っていた。

 

「どうして...どうしてこうなっちゃったんだろ...」

 

 涙でグシャグシャになった顔を拭いながら後悔の念を口にする姿はひどく痛々しい物だった。

 やっぱりユウカは優しい子だ。だからこそ、暴走しても自力で正気を取り戻せたし、今回の事も全て自分のせいしようとしている。

 

 

「でもやっぱり...先生に嫌われたくないっ...。私を...見捨てないでください...っ」

 

 

 そんな彼女を放っておくわけにはいかない。

 抑えつけられていた影響でジンジンと痛む腕を彼女の背中に回し、優しく力を入れて自分の方へと引き寄せた。

 

 

「せん...せい...?」

 

「ユウカ、確かに嘘をついた事と今回の件は反省が必要だね。一歩間違えれば、事と次第によっては矯正局行きもあったかもしれない」

 

「っ...」

 

 

 抱きしめた彼女の身体がビクッと反応する。

 矯正局は各学園での退学処分を受けた生徒たちの更生するための場所。そんな場所に収監されてしまう自分を想像したのかもしれない。

 

 

「でも1番残念だったのは、私のユウカに対する信頼を甘く見られたことかな」

 

「ぇ...?」

 

 

 私の言葉が予想外だったのか、ユウカが泣き腫らした顔を上げてこちらを見てくる。

 その目には確かに光があった。顔は色々と大変なことになっているが、わたしのよく知る早瀬ユウカだった。

 

 

「確かにユウカは間違えたよ。でも、この程度で君を嫌いになったり信頼しなくなるなんて有り得ない。キヴォトスに来た時からずっと色々と助けてくれたユウカには、まだまだ返しきれていない借りがたくさんあるからね」

 

「...」

 

「ユウカは駄目な子じゃないよ。相手の事を第一に考えられる優しい子。だからセミナー会計という憎まれがちな立場でも、みんなから慕われているんだ」

 

「せんせぇ...っ」

 

 

 誰だって間違える事はある。その理由は人によって様々だ。

 騙されて友人に取り返しのつかないことをして、自分で抱え込んで暴走した子もいる。悪い大人に支配されて本来受けるべき教育を受けられず、多くの人と学園を巻き込む大規模テロを起こした子達もいる。

 

 でも、彼女たちはそれを受け止めて新たな道を歩んでいる。学生である彼女たちはまだやり直すだけの猶予がある。

 

「だから、私が信頼している早瀬ユウカをこれ以上悪く言わないであげて欲しいな」

 

 そしてこのキヴォトスで間違えた生徒をフォローするのは私の...大人の役目だ。

 

 

「先生...ごめんなさいっ、ごめんなさいっ...!!」

 

 

 また大粒の涙を溢れさせながらユウカが胸に顔を埋めてくる。

 ノアが到着する頃には泣き止んだものの、彼女の抱擁を受けながら失踪騒ぎと暴行未遂を犯した事によるお説教をたっぷりと浴びていた。

 

 また、ずぶ濡れになっていたユウカとそんな彼女と密着していた私は、翌日2人仲良く盛大に風邪をひく事になった。

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 1ヶ月後

 〜ミレニアム生徒会室〜

 

「よいしょっ...と」

 

 時刻は夕方。生徒会としての仕事がひと段落した頃、ユウカちゃんは鞄から分厚い書類を取り出して自身の机の上に広げ始めた。

 

「それが今週の書類ですか?」

 

「そう。ここ1ヶ月でシャーレが各地へ依頼同行した時に発生した経費と、早めに仕分けておきたい書類。そろそろ纏めておきたかったのよ」

 

 

 あれから1ヶ月、ユウカちゃんは普段通りの生活を送っている。

 先生が今回のユウカちゃんの暴走を不問にしたことや、私を含めた3人しか詳細を知らない事もあって大きな騒ぎにはならなかった。

 

 ユウカちゃん自身は自分のやってしまった事を全て覚えているらしく、1週間くらいは今まで見たことのないくらい落ち込んでいた。それでも私なりに一生懸命励ましたり、何かを察した周りの人たちの手助けによって今は笑顔を取り戻している。

 

 

 

 

 それでも、先生に対する歪んだ感情は治らなかった。

 

 

 

 

「何これ、また変なことにお金使ってるじゃない...」

 

 ユウカちゃんが今手に取っている書類だって、本来なら彼女が当番の時にシャーレで毎月処理していた物だ。

 3週間前からユウカちゃんは週の始めにシャーレへ赴き、先生に仕事を貰うようになった。お金関連だけでなく他学園に干渉しない程度の書類など、色々と持って生徒会室に顔を出す。そして翌週の始めに終わらせた仕事を持っていき、また新たな仕事をまとめて貰ってくる。

 

 端的に言えば当番の有無に関わらず、週一でシャーレに通っているようなもの。

 そうしないと先生との繋がりが感じられなくて不安になってしまうらしい。一度抱いてしまった負の感情はユウカちゃんの心の奥底に巣食ってしまっていた。

 

「う〜ん...これもここも不要な出費よね。依頼同行中におやつ代って何?」

 

 先生とも数日に一回は決まった時間に電話をするようになった。本人は貰った資料の進歩報告だなんて言っているが話している内容はほとんど雑談だ。

 しかし先生だって多忙の身。時折、電話に出られない時だってある。

 そんな時、ユウカちゃんは必ず不安げに私へ尋ねてくる。

 

『先生も忙しいだけよね? 別に私が嫌いになった...とかじゃない...わよね?』

 

 怯えの混じった瞳で私に対して問いかけてくるのだ。先生に嫌われたと思い込んでいた感情が蘇ってきてしまうのだろう。

 当然、後から電話がかかってくれば嬉しそうに飛びつき、普段と変わらないユウカちゃんに戻ってくれる。

 

「はぁ...もう、また変なアプリに課金してる...。仕方ないわね。今度行ったらお説教なんだから」

 

 怒っているように見えてユウカちゃんは笑顔だった。

 とても幸せそうで、とても歪な、少し間違えれば壊れてしまいそうな笑顔だ。きっとその笑顔の下には、先生に見捨てられたくないという不安や恐怖が隠れている。

 とりあえず見ているだけというわけにはいかない。私は懐からいつもと違うメモ帳を取り出し、ユウカちゃんを見ながらペンを走らせる。

 

 

「ノア? どうしたの?」

 

「いいえ、楽しそうなユウカちゃんを観察しておこうかと思いまして」

 

「まぁ...いいけど。いつもの事だし」

 

「はい♪ ユウカちゃんは気にせず作業を続けてください」

 

 

 嘘はついていない。これは間違いなくユウカちゃんの行動を記録するメモ帳、そうユウカちゃん“だけ”を記録するためのもの。

 別に歪んだ愛とかそういうものではない。このメモはユウカちゃんの変調にいち早く気づくためにある。

 日頃の行動を記録して、彼女の言動におかしな部分がないかを調べるため。前兆にいち早く気づき、凶行に走る前にそれを阻止するためだ。

 

 今のユウカちゃんは砕けた心を無理やりセロハンテープで繋ぎ合わせた状態。徐々に修復できているけど完治には程遠い、何かの拍子にまた粉々になってしまう可能性があるかもしれない。

 

 もちろん先生だってこの事は気づいている。このままでは良くないと思っているのも私と同じ。

 それでも今はユウカちゃんの好きにさせてあげていた。

 

『今回の件は予兆を感じながら何もしなかった私にも責任がある』

 

 そう先生は仰っていたけど普段のユウカちゃんを見ている人ほど、彼女なら自力でなんとかしてくれると思ってしまうのは仕方ない。

 それは私も同じで、ユウカちゃんの様子がおかしいと分かっていながら何もしなかった。しなくて大丈夫だと甘えていた。

 

 ユウカちゃんが壊れてしまったのは1番近くにいながら手を打たなかった私のせいでもある。

 

 壊れてしまった心は簡単には戻らない。

 

 だから、先生と連携を取りながら今できることを精一杯やるだけだ。

 いつかユウカちゃんが本当の笑顔を取り戻してくれるその時まで。

 

 

 

 

早瀬ユウカは先生に依存する 《完》

 

 






ここまで読んでいただきありがとうございました。
先生は無事でした。ユウカに笑顔が戻りました。
かんぺきーなハッピーエンドですねヨシ! これはヒフミさんもニッコリでしょう。

因みにバッドエンドルート期待してた方もいると思いますが、ここまで来ると私の想像力では、ユウカちゃんデッドエンドもしくは廃人化エンドしか思い浮かばなかったので無しになりました。
曇らせとは言ってもそれはちょっと私の好みとは違ったのでご容赦ください。前後に平和(歪)な日常を挟んでこそ曇らせは輝くんだよぉ!というのが私のスタンスです。

次の予定はムツキの話(まず間違いなく曇らせになる、というか曇らせる。)
の予定でしたが、先日のアリスの「先生、ちょっとお時間いただきます!#4」にて唐突なユウカ×アリス供給に脳を揺さぶられましてね...。
やべぇ、ユウカとアリスのバレンタインストーリーめっちゃ書きたい!となってしまったんですね。(1〜2話くらい)

ムツキの方も進行中です。でもユウアリのバレンタインストーリーも書きたいんです!
妄想を形にして自給自足したいんです!
という事で書きます。ダメと言われても書きます。
平和なのを書いたっていいじゃないか、にんげんだもの。

というわけで同時進行中です。
どちらが先になるか、交互に投稿するかもしれませんがのんびりお待ちいただけますと幸いです。
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