けどそれは恐らく、強さ以上に在り方が重要なのでしょう。
彼らではその役を担えない。
宇宙には決して手を出してはならない領域が存在する。
深淵の邪神、具現した無、皇帝、伝説の巨人。
不幸から、或いは愚行からそれらに出遇った時、取るべき行動は逃走の一つ。
迎撃は無謀であり、闘争は無意味だ。
それを間違えた時、生きて帰る事は限りなく難しい。
天災に打ち勝とうなどと、そんな愚かな話は無いだろう。
奴らと相対する事はそれと同義なのだから。
今回記すものはその類いの教訓だ。
事は数年前、M78への対抗戦力確保に奔走していた頃。
私は大きな過ちを犯した。
自ら地雷原に足を踏み入れるような、最早逃げ帰る事すら危ぶまれるような、そういう過ちだ。
はっきり言って驕りがあった。
己には危機的なモノを避け、強者を屈服させる力があると疑わなかった。
だが、その果てに出会ったモノは最悪と言って違いなかった。
コレを読む者には馴染みがないだろうが、宇宙には「極限の単独種」と呼ばれる者達が存在する。
惑星の意思であり、その地表で発生しうる最強の種。
私自身微かな噂でしか知らず、それが真であるという証明は出来なかった。一つの与太話のようなものであり、誰かの創作だと思い込んでいた。
今に思えばそのままで良かったのだ。
知らぬまま、認知せず、一切の関わりを持つべきではなかった。
だが、私はその存在を証明してしまった。
それは確かに実在し、まさに極限の名に相応しい怪物だった。
だが何も、初めからヤツを探していた訳ではない。
光の国が執着を見せる、地球という惑星。
ソレを手駒として置けば、それは交渉材料足り得る。そのような考えからあの星に探りを入れ、その過程で出逢ったのがヤツだ。
事前情報より、数多のマルチバースにおいて地球が異能を備えている記録はあった。
【惑星の意思が具現した巨人】
【星が内海に抱いたエタニティコア】
【グリッターなる現象を引き起こした人類種】
何故そんなものを有しているのか知らないが、地球に宇宙の特異点となるような性質がある事は違いない。
そしてその性質故か、あの星は強大な力を幾度も引き寄せたらしい。我々と宇宙を共有する地球の歴史には、今や名だけが語られる災厄の記述があった。
流石に笑ってしまったものだ。今のキングダムでは皇帝など手に負える筈もない。
とは言え、その性質は私にとって利があった。
あらゆるマルチバースにおいて、地球の歴史を紐解けば強大な戦力を引き込む事が出来る、と。
事実、それは上手く行ったのだ。
邪神を産み落としたバット星人。暴走したルーゴサイト。地球人の作ったウルトロイド。魔王獣の卵。
ただ地球を調べるだけで、充分過ぎる力を知ることが出来た。
そうして数多の地球を渡る中で、私は一つの記録を見つけてしまったのだ。
南米のとある地帯に記された禁足地。
そこに巣食ったとされる究極の一。名をORT。
そして、人類種が観測したORTの強大過ぎる規格の記述。
【今代の人類ではどうしようもない。より強固な次代に希望を託すしかない】
その一文が私の判断を狂わせた。
無力な人類種ならそうだろう。この星で発生した種では、と。
だが地球の尺度では計れぬ怪物だろうと、私であれば制御下におく事は容易だと。そう思ってしまった。
ここからは、ただ事実だけを可能な限り正確に記述する。
私は南米の禁足地に足を運んだ。
目的はORTの捕獲。
南米は大型の植物による密林が大部分を占めるが、それが不自然に途絶える地帯が存在していた。
そこが禁足地の入口。ORTは地球に根を張っていた。
ヤツは隕石の様に飛来し、地の底に食い込み、周囲の環境を瞬く間に侵食したという。
そうしてORTに喰われた一帯を【水晶渓谷】と人類種は呼んでいた。
つまりORTは地下にいる。それも休眠状態で。
どれだけの勢いで飛来したのか知らないが【水晶渓谷】はマントル近くまで及んでおり、内部は迷宮の様に入り組んでいる。
だが、確かに心臓の脈動を感じる。
であれば迷宮に意味はない。
ヤツの存在する座標は地の音を辿ればそれで把握出来る。
そうして私はナラクを開いた。
座標と座標を結び、全てに繋がる黄金の世界。
ナラクが次に見るものはORTの全貌。
蜘蛛と形容された星食らい。【極限の単独種】と呼称された生命。人類種ではどう足掻いても勝ち目の無いモンスター。
甘く見ていた。その情報は人類種の観測出来る限界なのだと言う事を失念していた。手元の情報が現実と大きく解離していたのだ。
だから誤った。
次にナラクを開いた瞬間、私は水晶に叩き付けられていた。
体には
そしてその植物が異常に固く、銀色に発光している事に気付いた時、私は自分の置かれた状況を理解した。蜘蛛とはまさに。私は自ら蜘蛛の巣に飛び込み、そして囚われた。
アルテミット・ワン-ORTの全貌を見る。
そこで初めて、私は過ちに気付いた。
関わるのべきでは無かった。
人類種が、ではない。
私の知る限り、コレに対抗しうる種族は存在しない。
まさに究極の一。その文言を疑うべきでは無かった。
心臓の熱量は恒星を容易く越えており、その外皮はそれを容易く抑えている。
不意とは言え、私が全く認知出来なかった速さ。そしてこの蔦──光の触腕のあり得ない強靭さ。
ただ力を込めてもまるで解けない。
その締め付けは私の体を千切らんばかりだった。
この時点で私は単純な力比べで負けたのだ。
なので物理的に破壊するしか手はない。全力をもって全身から放ったデストラクション。
後の事など考える余裕は無かった。ただ一瞬先に命を繋ぐだけで精一杯だった。
事実、私が有する最大の熱量を受けて尚ORTの
それでも、その一瞬の隙に脱出を図る。
そしてORTの捕縛から抜けた瞬間、己の惨状を見せ付けられた。
体が水晶に侵食されている。
ただの一瞬で、私の体は無残に食い散らかされていた。
それは内側から剣で刺され続けるような激痛と、己が己ではなくなる焦燥を絶えず生み続ける。
逃げる。逃げるしかない。
ここでは駄目だ、ナラクが間に合わない。
纏まらない思考の中、本能だけで体を動かし、全霊でORTから距離を取る。
その中で気付いた事だが、水晶渓谷で地に足をつけてはいけない。
地を伝い、侵食は進み、足の先から水晶と化していく。
ヤツの前では浮遊が前提だ。
それを悟った時、私の足は水晶となり砕け散っていた。
それと同時に追撃が来る。
撓る蔦は音速を越えたスピードで迫り、私の頬を削り取った。
恐らく心臓を狙った攻撃だったのだろう。
だが足を失いバランスを崩した事で命を拾ったらしい。
とは言えそれはただ一度の幸運。迫る二撃目を避ける事は出来ない。
そして奥に控えた三撃目はトドメとなるだろう。
ならば、もう相対するしかない。
狙いは初撃で把握している、心臓。
向き直り、ナラクを開く。
間に合う筈もない。迫る
だが、もう構わない。
ほんの少しだけ。僅かに開いたナラクは空間を歪ませ、蔦の軌道はズレる。
腹部を貫かれたが、即死はしない。
それで十分。三撃目が心臓に至る前に、ナラクは開ききったのだから。
ORTの三撃目はナラクに消え失せた。
ヤツが一度に放った追撃は三撃。次の手を打つのにコンマ数秒の隙はある。
貫かれた腹を気にする余裕は無い。
水晶と化した下半身を憐れむ時間は無い。
何故、と後悔を巡らす慈悲などあり得ない。
思考よりも早く、私はナラクに落ちた。
あぁ、今でも脳裏に焼き付いている。
閉じようとする次元の穴を掻き分けるORTの蔦。
未だナラクの一角を侵食する水晶渓谷。
もし一瞬でも時が間に合わなければ、ナラクはORTの新たな巣になったのだろう。
これが私が経験した事の顛末だ。
私は心臓から下の体を全て失い、ナラクをヤツに喰われた。
水晶に侵された体は再生しなかった。それどころか侵食は止まらず、壊死した肉の様に体を蝕み続けた。
つまり、ヤツの攻撃は掠り傷でさえ致命傷になるのだ。
結局のところ半身は戻らず、外部生成した細胞義体を移植する事でなんとか回復の目処がたったらしい。
そのような技術を本星が保有していた事、あの場から逃げ切れた事、ORTが未だ地球に留まっている事。
あらゆる幸運の果てに私は生存を許された。
2年近く意識は戻らなかったそうだが、それ故か。
まるで昨日の事のようにヤツの恐ろしさは胸を黒く染めている。
総括しよう。
本星は今後、地球に関わる事を禁忌とする。
ORTがどのマルチバースに存在し、どのような経緯で地球に現れるのかは不明だ。
だが万が一、全多次元宇宙にヤツが存在するのなら、地球との関わりは種族の致命傷になりかねない。
少なくとも、我々と宇宙を共有した地球には【水晶渓谷】の地表と同じ、不自然な密林隔絶地帯が存在した。
それがORTの巣なのか、もう確かめようとは思わない。
そしてこれは推測だが、ORTは私と相対している間休眠状態にあった。
恒星など比では無い熱量を有しながら、ヤツが行ったのは蔦による物理攻撃だけだ。
アレは恐らく、ただの迎撃本能から来るものであり、私は敵意すら向けられていなかった。
それ程にヤツと我々には壁がある。ヤツの性質と本能にすら、我々の知恵と力は及ばないのだ。
そもそもORTが最終的に何を目的とし、何を引き起こすのか、私は把握する事が出来なかった。
我々に出来る事は、本星の文明が尽きる日までヤツが目覚めない事を願うだけだ。
それにORTだけではない。
【アルテミット・ワン】は他にも存在する。
それがORTと同規模の存在かは不確かだが、同じ名を冠する者達の存在を示唆する記述が地球には存在した。それを覚えておいてくれ。
触れてはならないものは、宇宙に充ちているようだ。
だからどうか、この記録を未来永劫伝えて欲しい。
私のような者があの星に、あの怪物に触れない為の教訓として。
記録者: タルタロス