楽ではないけど、それでもどうにか。
裏側にあれこれ抱えて、よろめきながらも歩き出す。
いつかの明日を目指して。
「おはよ」
「おはよ」
ただ三文字を交わし、そのまま私は歩いていく。そんな自分が、少し意外にも思えてくる。ほんの僅か前の私であれば、気まずさに負けて踵を返してしまっていただろう。そして物陰に隠れ、涙の一つも溢していたかもしれない。でも今はもう立ち止まる理由もない、練習に向かう方が大事だ。
久しぶりに正面から向かい合った大喜の顔は、あの日と大して変わらない。変わったのは、私の気持ちの方だ。
――あんなにも辛かったのに、人間って馴れるものなんだな。
生まれて初めて味わった失恋の傷は、いつの間にか塞がりつつある。いつまでも折れたままではいられない、負けたからって負けっぱなしでいるほど私は弱くない。
私は傷だらけになろうとも、決して倒れない。真っ直ぐに前を見詰めて歩いていく、そして――この恋を忘れない。
大喜が私を好きになってくれるまで、返事はいらない。私はそんな事を恥ずかしげもなく言えていたんだな、全く。思い出すだけで、顔から火を吹きそうだ。
異性として意識させた時点でもう、ゴールが見えたとさえ思っていた。千夏先輩はどうせその内いなくなる、それまで二人がくっつかなければそれでいい。バカで奥手な大喜は、どうせなにもできやしない。私はいつも通りに仲良くし続ければ、このまま関係が進展していくと信じていた。そんなこと、有り得ないのに。
『雛とは付き合えない』と最後通牒を突き付けられるまで、ずっとずっと都合のいい夢に溺れていた。それがどれ程大喜を苦しめているかさえ、気づかないまま。
泣いて泣いて菖蒲たちを困らせ、どうしていいか分からないまま自分に絶望して一週間が過ぎた頃。
靄が晴れるように、私の心は澄み始めた。
大喜にフラれて哀しい、選んでもらえなくて辛い。
同じ体育館にいたくないとまで悩んでいたのが嘘のように、新体操への情熱が溢れていく。もっと練習したい、もっと自分を研きたい。
恋に敗れても、私は死ぬ訳じゃない。それだけが人生じゃない、目指す先は幾つもある。
泣き崩れていられる程暇じゃないんだ、立ち上がれ私。
思えば、フッて貰えたのは却って良かったかもしれない。正直私のキャパで、男女交際だとかそんなのが出来るわけないんだし。負け惜しみではなく、本当に。夢を追って口を閉ざし瞳を光らせる日々に、少しだけ疲れていたんだろう。柄にもなく、さ。新体操から離れて、二人でただ甘くイチャイチャして過ごすとか、それはまあ理想かもしれない。
でもそれじゃあ、私は私を嫌いになってしまう。それにそんな私を好きでいてくれる程、大喜だって優しくはない。結局は破綻していただろうな、悔しいけどさ。そこまで器用になれれば良いんだけど、私には少し難しい話だ。
私は才能がある訳じゃない、そんなのは遺伝するものではないから。誰よりも努力する、そして努力し続ける。延々とそれを繰り返して、漸く勝ちの目を見出だせる。だからこそ千夏先輩に嫉妬はしても、憎みきれはしなかったんだ。あの人は私の上位互換、努力の果てに輝く人だ。あの人を悪し様に言うのは、自分を貶める行為になる。とは言えやっぱり、私にとっては今でもライバルかな。千夏先輩はそうやって結果を出して、そこに大喜は惚れ込んだんだから。あんな風になれていたら、結果は変わっていただろうか。どうだろうな、実際。
私は今もまだ、大喜が好き。だけどもう、それに振り回されないでいられるようになった。
傷痕は消えなくても、痛みに身体がすくんでも、切り替えて歩き出そう。大丈夫、私は強い。
いつか私をフッた事を、後悔させてやるんだ。その為に、今は振り返らない。
頑張れ私、何処までも。