丸一日自由時間となった決戦前日。一部はカテゴリーKとの戦いに不安を覚えつつも、その日を有意義に過ごそうと動き出す。
基本的には身体を鈍らせないようにトレーニング。軽めの筋トレや、軽めのランニングマシンなどで、運動をしようというくらいに考えられたこと。
「で、これが綾波のダメ出しか……」
そんな中、深雪と電は、昨日の演習終わりに綾波が作ってくれたというダメ出しメモ。思ったことをつらつらと書き殴ったというそれは、そこまで大容量というわけではないが、そこそこいろいろなことが書いてあった。
特異点だからこそ出来ることというよりは、綾波が出来ることで深雪と電には難しいことが書かれているというイメージである。
「えぇと、『瞬発力はあるけど、やることが1本しかない』……あの時は潜る以外の選択肢が無かったもんな」
「出来ることをしたのですけど、思いつくのがそれしか無かったですもんね」
「『海中への逃げ以外の回避方法は知っておくこと』……出来りゃ苦労はしないんだが、なんかやれそうなことあったか?」
「すぐに散る、とかでしょうか。電達の脚力だと、ちょっと難しかったかも」
「なら、まず脚を鍛えた方がいいな。最後の一日で何が出来るんだって話だけど、やらないよりはやった方がいいよな」
綾波は割と単純な問題、選択肢が狭いという点を突いてきている。その場においてはそれが最も的確で、それをしたからこそ千日手に持っていくことは出来ているが、他の選択肢があれば、その時にやれることも変わり、別の攻め方も出来ただろう。
例えば、時雨のオーバークロックをどう迎え討つか。綾波ならば潜れないのだから真正面から受けるのだが、それをどうするか。瞬発力も動体視力も必要と言えるか。
「『背後に目を持てとは言わないが、視野が狭くなる時がある』……加賀さんにぶん殴られたヤツだな。アレは確かに、あたしのダメなところだ。死角を無くすために煙幕を後ろにやってたはずなんだが」
「潜ったことで剥がれてしまったのかもなのです。浮上したらもう一度やり直すべきなのです」
「だな。そうでなくても、煙幕は常に纏っておいた方がいいな。一度やったら終わりじゃあねぇや」
思い返せばやれそうなこと、というのを綾波がメモ書きしてくれているため、読んでいるだけでもそれなりに学びになった。稀に超人的な行動を要求されるため、どう足掻いてもそれは無理だというモノもあったが。砲撃を見てから避けるのを当たり前と思ってもらっては困るのである。
「慎重に、冷静に、いつも周りを見ていないとダメだな。そうすりゃ、潜る以外の選択肢も出てくるだろうし」
「なのです。少し鍛えながら、その辺を考えてみましょう」
「ああ、とりあえず今日も深海棲艦の姿でいいよな」
「なのです」
身体を鍛えるにあたり、今回も深海棲艦の姿で1日を過ごす。決戦の場では、艦娘の姿でいられることの方が少ないだろう。そちらでは海中に潜ることも出来ないし、何より電は重装備が不可能になる。
伊203から言われた通り、海中で扱える艦載機は非常に有用であるため、それは確実に使っていきたい。敵からも使われる可能性があるのだから尚更。
ひとまずいつも通りに深海棲艦化。演習をするわけではないので、そこからトレーニングウェアに着替えて、その足でトレーニングルームへと足を運ぶ。そこは大盛況というわけではないが、やはり身体を動かしておきたいと思う者が集まっていた。トレーニングルームの主とも言える長門を筆頭に、同じく筋トレが趣味の域であるトラや、名誉戦艦の清霜、他にもいろいろと。
その中には、最後の集中力を鍛えるために、神風や伊203の姿もあった。明確なトレーニングをしているというわけではなく、部屋の端で目を瞑り、集中しながら最後にどう戦うかをイメージしているようにも見えた。
「……ん、深雪と電。いいところに来た」
伊203が2人の姿を見て手招き。トレーニング前に何をと思ったが、直感的にも最善を拾う伊203が来てくれと言うのだから、何かしら必要なことだろう。
「どうした?」
「潜水艦としての戦い方をちゃんと説明してなかった。2人とも、多分決戦では海の中がメインになる。ちゃんと話しておきたい」
確かにと思い、潜水艦の中でもトップクラスの力を持つ伊203からその話を聞いておく価値はあると、すぐ近くに腰を下ろした。せっかくなので、その間でも出来るトレーニング、ヨガなどを伊203から手解きを受けつつ。
「2人は島の後始末で海の中を自由に泳げるようになった。それはいい?」
「ああ、昨日一昨日の演習でも、海の中をよく使わせてもらったからな、ある程度は泳ぎも出来るようになったと思ってるぜ」
「フーミィちゃんほど素早く泳げるわけではないですけど、自由に動き回るくらいなら出来るのです」
戦闘で扱えるくらいには泳げるというのが2人の認識。伊203としても、並の潜水艦くらいかという考え。
だが、当然今回の戦いではそれでは足りない。本来ならば、潜水艦同士の戦いというのは何も起きないが一般的なのだ。それではよろしくない。
「海中では、基本は接近戦」
「うん、それが普通ではないことはわかってる」
「でも、そうしないと手が無いということなのです」
「そう。魚雷なんて見てからでも避けられる。砲撃は威力が無いに等しい」
魚雷を放つところを見てからならば、避けられないなんてことはない。ただでさえ、前後左右に加えて上下という回避方向があるのだから、避けられない理由がない。つまり、潜水艦同士であれば、魚雷はあって無いようなモノ。
砲撃はその衝撃を使うために電が繰り出したが、砲撃そのものに関しては威力が魚雷よりも無いように見えた。水圧に負けて、まともな威力では無くなっている。となれば、結局避けられるのみ。
故に、敵に殴りかかったり、掴み掛かる。もしくは、それに相当する何か別の力を使う。スキャンプの『スクリュー』はその最たるモノで、掴み掛かる必要がなく、かつ殴りかかる程の威力を持ち、さらには海中の煙幕を散らすことも出来る。ただ水流を起こしているだけなので、目に見えづらいのもポイントが高い。
「近付くためにはスピードが必要。私達は艤装の力も借りて、急潜航や急浮上が出来るようにしてある。特異点の艤装は、そういうのに対応してる?」
「どうなんだろうか……深海側の艤装はやっぱ普通のとは違うと思うんだよ」
「自分の意思で、自由に動き回っているような感じなのです。潜水艦の艤装ではないので」
「なら、速く泳ぐイメージは必要だと思う。感覚的なモノなら尚更」
それでも伊203に追いつこうと思えば追いつけるという高スペックなのが深海棲艦の身体。特異点の力もあって、超が付くほどの高水準であることには変わりない。イメージすれば、それに身体も艤装も追いつきそうであり、煙幕を使って願えば、尚更そのスピードは上がりそうである。
「速く泳ぐ、か。後始末の時にゃ必要なかったし、演習の時は速さってよりは細かさの方が必要だった感じがするな」
「演習は何処にいるかわかる状態だったから。そうじゃない実戦だと、あちらの出方もある。速ければ速い方がいい。これは私だからってわけでもない。ニムも、スキャ子と、なるべく速く動くようにしてる」
速さ至上主義の伊203でなくても、速く泳ぐというのは潜水艦の戦いでは大切だと語る。
そしてその速さというのは、何も見た目だけのスピードだけでは無い。頭の回転もそのうちに入る。そういう意味では、時雨のオーバークロックのように自分の全てを早回しに出来る力は、伊203にとって理想的なモノでもあった。
「でも、速く泳いだら止まらなくて衝突してしまいませんか?」
電が危惧するところはやはりそれである。だが、伊203は頷きながらも語る。
「逆に考える。ぶつかっちゃってもいいと」
「ええっ」
「ぶつかるのも殴るのも同じようなモノ。結局やってることは近付いてダメージを与えるだから、むしろぶつかる方が効率的」
無茶苦茶なことを言う伊203だが、事実、大きな艤装を持って素早く潜航出来るのなら、わざわざすんでのところまで移動して殴りかかるより確実にダメージは与えられるし、自分が痛くない。状況次第では、そこから締め技に移行することだって出来る。
「フーミィ、それはあたし達にはちょっと難儀だぜ」
「選択肢として覚えておいた方がいいってこと。知らないのと、知ってるけどやらないのとでは、雲泥の差だから」
「そりゃあそうかもしれないけどよ」
緊急時に覚悟を決めてぶつかりにいくとか、本当にやりそうなことでもあるのだ。覚えておいて損はない。
それに、今度の戦いは命の取り合いである。それを視野に入れるのならば、あらゆる手段を講じなければならないだろう。伊203も、相手が艦娘とわかっていても本気で行くことは考えているくらいだ。首を捻じ切るところまで行くかはさておき、洗脳されて力を得た一般人の脚を捥ぎ取るくらいの覚悟を持っている。容赦なんて無い。
「……でも、いざという時は、やらなくちゃいけないのです」
「そう、躊躇って仲間がやられるようなことがあったらダメだから」
「なのです。よく覚えておくのです」
電にとってはトラウマを攻撃に転用するようなモノ。だが、覚悟を決めておけば、多少はダメージは少なくなるはずである。
海中での戦いの基礎を今更学ぶことになったが、知っているのと知らないのとでは大違い。2人はここで、さらに前に進む。
当たり前のように海の中で活動したけど、基礎を学んでいないっていうね。特異点はここで少し進むことが出来ました。