それを嘆いても、変わらない。
ただ歯を食い縛り、歩むしかない。
いつかの奇跡を、信じて。
私は結局、一人なんだな。ひたすら走り続け道を開けば、そこを皆が通ってくれると思っていた。遮二無二頑張れば、皆も発奮してくれると思っていた。私がそうだったから。
最初はただただ、楽しくて。でも楽しいだけではいられなくなって、それでも私は折れなかった。痛いのも苦しいのも、耐えられる。挑んでいく楽しさも上達の悦びも、それより遥かに大きいから。それを味わいたくて、とにかく駆け抜けて。
その結果が、これか。
涙さえ流れないまま、私は体育館の壁に背を預け天井を見やる。
私は間違っていたのか、何処かで妥協してしまうべきだったのか。
――夢佳がそうしたように。
『みんなが皆、千夏みたいに努力出来ると思わないで』
裕奈の言葉は、あれから何時間も経つのに胸の奥へ突き刺さったまま抜けてくれない。その意味も理解できないまま、血を流し続けている。
努力出来ない、というのは私には分からない。毎日朝練の為に早起きするのは結構堪えるし、どんなに練習しようと越えられない壁はある。でもそれは、結果の一つでしかない。そこに至るまでの道を踏み出せない、なんて言うのは私の頭ではどうにも追い付かないのだ。
皆と一緒に、更なる高みへ行きたい。だからこそ、辛くても平気――なはずだ。部活は強制でも義務でもない、好きなことに時間をかけるのは普通のことだろう。
……分からない、な。
皆が切り上げて一人になって、ぼんにゃりと私は考える。そう言えば昔夢佳にも言われたな、それが出来るのは才能だと。自分では特別なことだなんて、一つも思えないのに。
「あ、……大喜くんは……どうなのかな」
私と同じように、いやそれ以上に頑張っている後輩の顔が脳裏を過り、思わず顔が熱くなる。最近の私にとって大喜くんは、部活を頑張る理由になりつつある。不甲斐ない姿なんか見せたくない、輝いていたい。それはきっと――好きなんだろうな、大喜くんを。
だんだんと自覚しつつある想い、でもそれはまだ秘めていたい。大喜くんだって、部活に燃えているんだから。
――と。
視線を感じふと振り替えると、そこには誰あろう大喜くんの姿があった。
お互いもう練習は終わっている、学校では同居バレを防ぐためあまり一緒にいられないけど今時分ならもう構わないだろう。
「あぁ、大喜くんお疲れさま。チョコありがとね」
「いえいえ、あれっぽっちですから」
まるで仲の良い姉弟のように、或いは――恋人同士のように笑いあう私たち。ああ、良いな。こういうのは、良いな。
そんな事を思ってて気が緩んだのか、気がつけば私は大喜くんの手を取っていた。何をする気だ、と自分を制しようとしても私の手は離れない。練習で疲れきった身体は脳の命令を無視し、勝手に動いていく。
大喜くんを引き寄せ、その顔を見据えてそして。
「好き」
たった二文字の言葉を、ただただ叩き付けていた――。
どれくらい黙ったままだったろう、息をする事さえ忘れて見つめあう。ここから私たちの新しい関係が始まる、そんな思いを抱きながら。
でも。
だけど。
その淡い期待は、果たされない。
大喜くんは静かに、小さく笑いながら。
「あんまり変なこと言わないでくださいよ、千夏先輩」
私の告白がまるで冗談だったかのように、受け流してしまったから。
一瞬何が起きたのか、わからなかった。告白に対する返答とは、とても思えない。自惚れも多々あるだろうけど、大喜くんからの友愛の気持ちは感じている。お互い切磋琢磨して支えあい、確かな絆を構築していた筈だ。
蝶野さんがいるから付き合えないとか、そういうのならばまだ理解できる。でもそれとは違う、まるで
「千夏先輩は、そんな事を言う人じゃないでしょう。人に聞かれたら、変な誤解されますよ」
まるで後輩をたしなめるように、或いは子供をあやすように。大喜くんは優しい顔を崩さない、それがとても辛い。
私は真剣なのに、相手にさえしてくれていない。
一緒に過ごした時間の分、思いは深まっていると思っていた。薄皮を剥ぐように、関係が変わっていく過程にあると思っていた。
なのに、この距離は無いだろう。
こんなにも遠いはずはない、こんなにも脈がないはずはない。
通じると信じて思いを伝えんとする私の言葉はでも、大喜くんには届かない。
届いていたとしても、受け入れてもらえない。
「先輩は人一倍練習しての今なんです、寄り道してる暇なんて無いでしょう。夢佳さんも言ってましたよ、前はもっと真面目だったって」
夢佳、その名前に血が凍りそうになる。あの女が大喜くんになにか吹き込んだのか、また私の邪魔をするのか。いつだってそうだ、私の話なんか聞きもしないで勝手な事を言う。その癖大事なことは何一つ告げないまま姿を消す、そんな事ばかりだ。
「寄り道なんか、じゃ……ない……っ」
血が出そうなほど唇を噛んでようやく理性を保ち反論しても、大喜くんにはやはり通じない。
私を気遣うその仕草が、不器用に言葉を選んで諭そうとするその声が、腹立たしくさえ思えてしまう。
私が頑張れるのは、大喜くんがいるから。大喜くんの前で、輝いていたいから。
それが私の根っ子で、心臓だ。この思いを寄り道などと言うなら、私はなんなんだ。
とりつく島も無い、とはこの事ではないのか。
何を言っても通じない、言語明瞭にして意味不明瞭なやり取りは不毛なまま続いていく。
耐えかねたのか大喜くんが、手を振って背を向けるまで。
すっかり日も落ち果て、静寂と暗闇の中。私はゆるゆると壁から離れ、歩き出す。
こうしていては、いけない。帰らなければ。私の好きな人が、私を好きになってくれない人がいる、あの家へ。
大喜くんは私を嫌いなわけではない、でも私とは「好き」の意味が違いすぎる。優しくて暖かくて、でもそれだけだ。
形にさえならずに終わった恋の残滓は身体に重く纏わりつき、心まで鈍色に染めてしまう。それでも私は、止まってはいけない。
醒めた夢の続きを探し求めて、私はこれからも足掻くしかない。
いつか大喜くんの気が変わるまで、私を受け入れてくれる日が来るまで。
やることは変わらない。何時までも、これからも。