おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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9.カグツチ

 

それに気がついたのは偶然。

 

ヴェラの年齢を確認するために、内臓(ないぞう)見透(みとお)したとき。

(はら)に子が宿(やど)っていた。

 

 

 

会ったばかりのときは、まだ曖昧(あいまい)な形だった。

 

宿って、一月くらいだろうか。

 

流産(りゅうざん)(あや)ぶまれるのだから、自覚がなさそうなら教えてやったほうがよいことだっただろう。

 

だが、あのときは、あえてそれを指摘(してき)しようとは思わなかった。

 

なるようになるだろう。

あのときはその程度の、どうでもいいものとして認識していた。

 

子をおろすことになろうと、子を産むことになろうと、深く関わるつもりがなかったともいう。

 

 

 

変わったのは、ヴェラという盗賊の使(つか)(ぱし)りをやっていた女が、思いのほか有能だったから。

 

川原を(のぼ)谷底の洞穴(ほらあな)にたどり着くまでの道中、獣や化生(けしょう)(さば)き方を教わった。

捌いた食材を調理して、食べる方法を教わった。

調理したあとの料理を毎日、馳走(ちそう)になった。

 

人間の食事が体感、数百年ぶりだったのもある。

 

教わった分の恩、与えられた分の恩を返すべきだと思ったのは。

 

 

二月目。

 

胎児(たいじ)がだんだん人の形を取って行くのを見て。

子を産むのに(てき)した環境を整えるのがよかろう、それを恩返しにしよう。

と、私は決めた。

 

住みやすいところを求め、仮の拠点としていた谷底の洞穴を出発する日。

ヴェラは『何か忘れている』と、首を傾げていた。

 

あれは、いま思い返せば、月のものが来ないことを疑問に思っていたのかもしれない。

 

 

 

三月と半分ほど。

 

人の輪郭(りんかく)がはっきりし始めた。

 

今日、ヴェラに胎の子を産むならいい環境で産んだほうがいい、ということを()げると、くつのにおいを()いだときの猫のような顔をした。

 

 

そろそろ、腹の(ふく)らみくらいは自覚しているだろうに、本当に気が付いていなかったらしい。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

ギリギリ、家屋で呼べるものができるまで一週間かかった。

 

 

岩を積んで作ったから、壁も天井も分厚く、外から見る分には無駄(むだ)に大きい。

が、それは見た目だけであり、家屋(かおく)内の居住(きょじゅう)スペースは四畳半程度しかない。

 

 

ちなみに床はあえて分厚(ぶあつ)く作っている。

 

一つは、縁側(えんがわ)を付けて、返しの要領(ようりょう)で虫やねずみが上がって来づらいように。

 

もう一つは、冷気(れいき)が上がって来づらいようにだ。

 

 

出入口には、縁側に上がるための階段も設置した。

 

 

間取(まど)りは、前後左右上下の六面に断熱(だんねつ)のために皮を張った居間(いま)(かわや)

 

それに、まだ岩がむき出しの風呂と反対側に食糧庫(しょくりょうこ)

 

貯水(ちょすい)のための水槽(プール)は、家の横に備え付けられたくり抜いた岩がそれだ。

使わないときは、ホコリ()けのためにオオトカゲの皮で(おお)う。

縁側から直接、水を()める仕様(しよう)

 

 

暖炉(だんろ)煙突(えんとつ)、排水口をなんとかそれらしい形にするのに、一番苦労しただろう。

 

(けむり)(にお)いが極力(きょくりょく)、屋内に入ってこないように、何度も調整を重ねた。

 

 

 

「マジであたし、ママになるんすねぇ……」

 

はぇー、とまぬけな顔をするのは、やっと現実を受け入れ始めたヴェラだ。

 

 

ここ一週間ずっと、青い顔で震えて腹をさすっている姿は正直、痛々(いたいた)しかった。

 

 

「いまからでもおろせるが……」

 

「ほんとっすか?!」

 

 

漠然(ばくぜん)と、子が産まれるなら祝福(しゅくふく)するべきだろうと思い込んでいた。

 

が、最近のヴェラの様子を見れば、必ずしもそうではないのだとさすがに理解した。

 

 

いかんな。

 

前世は長らく鬼だったせいか、命に対する認識が疎か(ガバガバ)になっている。

 

 

産めるなら産んでおいたほうが得だろう、というようなことを考えていた。

 

誰が父親であろうとも。

 

 

「いや、でも……。産みますっす、この子」

 

「いいのか?」

 

「はいっす……」

 

 

これまでついぞ見なかった、ひどく深刻(しんこく)そうな表情(かお)で何を思っているのかはわからなかった。

 

 

 

とりあえず、家は完成。改装は一旦(いったん)後回し。

 

 

現在は、冬支度(ふゆじたく)の保存食作りを行っている。

 

 

なんといっても、熱水湖を探す最中に岩塩(がんえん)を見つけたのだ。

 

場所は、熱水湖をさらに東に行った岩石地域。

オオトカゲとオオグモがいる地域。

 

むき出しの地層(ちそう)をビビンバが()めていたことで発覚した。

 

薄桃(ピンク)色の層がすべて岩塩だった。

 

 

塩があれば食事が美味くなる上に、食糧(しょくりょう)の保存性が飛躍的(ひやくてき)に向上する。

 

山菜(さんさい)塩漬(しおづ)けにしたり。

干し魚や干し肉に塩をまぶしたり。

 

保存期間を大幅に()ばせるだろう。

 

 

まだ、動ける内に動く、ということで保存食作りはヴェラが請け()うそうなので、私は原材料調達に奔走(ほんそう)している。

 

 

 

ある日、岩塩に続く新たな革命(かくめい)を食卓にもたらすため、南の森を訪れた。

 

ここは大樹に穴を空けて巣にしている蜂の群れ――ビッグツリー・ビーズが頂点に君臨(くんりん)している領域。

 

 

そう、私が今回、調達しようと思ったのはハチミツである。

 

 

ここを探索したときから気になっていた。

 

 

あのときは、護らなければならない者がいる状態で全方位から襲い来る無数の蜂を相手にするのは()が悪い、と手を出さなかった。

しかし、内心はハチミツを手に入れるために走り出したい衝動に襲われていたのだ。

 

 

身体が栄養として糖質(とうしつ)を求めている可能性はある。

衝動の根源(こんげん)はそれかもしれない。

 

だが、前世の私はいかに()えていても、これほど甘いものへの渇望(かつぼう)は大きくなることはなかった。

 

 

そこで私は自分の状態を(かんが)みて、一つの結論を出していた。

 

 

――甘いものを求めるこの衝動は、身体の本来の主のものである、と。

 

 

 

この身体に(そな)わる本来の主の意思(いし)

 

それは、ヴェラと初めて相対(そうたい)したとき、特に顕在化(けんざいか)していた。

 

それ以前にも、盗賊の(なぐさ)みものになっていた女らを口封(くちふう)じに殺さず生かす、などの形で(あらわ)れていた。

 

 

罪なき者、悪でない者をむやみに(あや)めることを忌避(きひ)する気持ち。

 

ハチミツなどの糖質や味覚情報的に有益(ゆうえき)(はん)ずることができる甘味を求める気持ち。

 

 

仮に私の人格がこの身体を()りつぶしたのだとしても、この身体は前世の私のものではなく、この身体の本来の主のものだ。

 

ならば。

 

――砂漠(さばく)に、(はす)の花が()かぬように。

――砂漠に、仙人掌(さぼてん)()えるように。

 

土には土に合った植物が()えるように、身体には身体に合った意思が芽生(めば)えるのが、自然なことである。

 

 

いかに前世に積んだ“私”としての経験が強くても、記憶が()くても、いまの私の身体はこの二歳弱のものなのだ。

 

である以上は、この身体から発生するあらゆる欲求や心象は無視することができない。

この身体で生きていく以上は、私の心理や性質が変化していくことも、また、()けられないことなのだろう。

 

 

(――ハチミツがほしい)

(――甘いものがほしい)

 

 

たったこれだけのことだが、あらためていまの自分のことを見直す、いいきっかけになってくれたな。

 

 

(――つまり、甘いものは正義!)

 

 

最近、たまに変なことを考えている自分を、なんとか受けいれて、私は(さや)から直刀(ちょくとう)を抜いた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

高原に家を作っておおよそ、四ヶ月くらい。

 

 

日々(ひび)、体感で計っている日照時間(にっしょうじかん)が一番短かった日――冬至(とうじ)から、半月。

 

 

訪れた冬は、今のところは手に()えないほどの寒さではない。

 

一日だけ、高原全体をうっすら粉雪(こなゆき)がかかった日があったが、それ以外の日は肌寒い程度。

 

高原の草が()れ果てることもなかった。

 

 

温暖(おんだん)な場所を求めて弱い動物が移動して来るなど、ちょっとした騒ぎを()て。

 

現在はおおむね平穏(へいおん)

 

 

ヴェラの腹は、誰にでも一目でわかるくらい膨らんでいる。

 

あらためて実感するのだろう。

「ほんとにママになるんすねぇ」と、ヴェラはよく言葉にする。

 

 

 

寒くなってきてからは(つら)いようで外に出る機会は減り、オオグモの糸を使った編みものに没頭(ぼっとう)するようになった。

 

意識しているのか、意識していないのか。

そうしている姿を見ると、ああこの女は母になるのだなという実感が湧く。

 

会ったばかりのときの、落ち着きがない娘という印象からは想像もできない姿だ。

()みもの自体は前々から出来たらしいが。

 

 

「どんな女でも子ができれば、母になるものなのだな……」

 

暖炉で板金(ばんきん)の鍋をかき回しながら、しみじみと私は思った。

 

 

「失礼っすねぇ。『どんな女でも』って、どんな女だと思ってたんすか、あたしのこと?」

 

「すきあらば、欲にかられて、裏切る女」

 

「ぐぬっ! 否定できないっすけど……?

いや、必要以上にため込もうとまでは考えないっすよ?」

 

 

「たとえばここに、不老長寿のくすりが一本だけ――」

 

「あたしのもんっす!」

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

パチパチ。(まき)がはぜる音がする。

 

カッ、カッ。鍋をかく音がする。

 

 

フスッ、とヴェラにもたれ掛かって寝ているビビンバの鼻息が聞こえた。

 

 

「あ……悪魔のゆうわく、ってやつっすね。ただの人間のあたしには(あらが)いようがないっすよ!」

 

「……まぁ、人とは、持つべくして欲を持ってうまれるものだからな……」

 

 

欲に(おぼ)れることはよくないが、欲をかくことは生きるためだ。

 

仕方ないことだろう。

 

 

 

「それで悪魔さん、いいにおいしてるっすけど、これ」

 

「あぁ、高原の黒牛(バイソン)と取引した」

 

「取引? ()ってきたとかじゃなくっす?」

 

「ビビンバもそうだが、魔力をおおく宿す生きものは頭がいいことがおおい。

だから、取引をこころみた」

 

「へぇ~。そんなこと出来るんすねぇ~」

 

 

かき回していたさじを持ち上げると、白い液体がとろりと()れた。

 

ハチミツを混ぜて黄金色(こがねいろ)にテカっている。

 

牛乳だ。

 

 

「なんこうしたが、ビビンバを連れていって――」

 

()(にえ)っすか?」

 

「フスッ?!(寝息)」

 

「――対話(たいわ)をこころみたのだ。すると、驚くことに上手くいってな」

 

「草食っすもんね、あのウシ」

 

「フスゥ……(寝息)」

 

 

「肉食なら、そもそも連れていってないが……。

みずうみに生える薬草と交換で、これからも交換できる」

 

「おお! それはよかったじゃないっすか! ますます、ご飯がおしくなるっすね!」

 

「フスッ(寝息)」

 

 

今日は、いもと山菜、牛乳とハチミツを煮込んだシチュー。

 

冬になり、比較的外で活動する生きものが少なくなってからは、食事の用意は当番制になった。

 

 

このような環境での出産だ。

 

子が産まれるまでにできるだけ()やしておきたい。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

さらに半月。

 

ヴェラがかぜを引いた。

 

もう、子が産まれるまで一月あるかないかという時期のかぜ。

子も母も命が危うい。

 

 

温石(おんじゃく)で布団を温める。

食事は、いもと山菜をハチミツで煮た(かゆ)を。

のどが(かわ)けば水を飲ませる。

 

など、気を使ったが、上手くできたとは思えない。

 

看病(かんびょう)の経験にも知識にも(とぼ)しかった。

 

 

「なんか、焦ってる悪魔さんを見ると幼児いじめてるみたいで、変な罪悪感湧いてくるっす」

 

そんなうわごとを漏らされた。

 

いま言うようなことじゃあ、ないだろうに。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

加えて、半月。

 

もう、いつ産まれてもおかしくないことは、胎内(たいない)の胎児を見ればよくわかる。

 

 

しきりに胎を(のぞ)いている私を不審(ふしん)がり、「悪魔さんって――」とヴェラは切り出した。

 

 

「膨らんだおなかとか、好きなんすか?」

 

「? 好きもなにも、子をはらめば腹はふくれるだろう……」

 

「いやぁ、あぁ。今の反応でわかったっす」

 

「??」

 

 

「盗賊に(はら)んだ女の出っ張ったおなかを見ると興奮するって変態がいたんすよ。悪魔さんもそれなのかなぁって」

 

「断じてちがう。胎のなかの子を見ていただけだ。さいきん、よく足をかくようになったから」

 

「そんな早口で言わなくても……。

えっと、わかるんすか? そんなこと? おなかの中にいる赤ちゃんが足動かしたとか。

あたしはわかるっすけど」

 

 

「わかる……。そうだな、見る、に近いが。わかる、という言葉のほうが適切か」

 

「マジっすか。なんか、久しぶりに悪魔さんが悪魔らしいところを見た気がするっすぅ」

 

 

ヴェラはとても珍しいことに恥じらったよつで、布をかけただけだった腹を、布団の中に隠した。

 

冬だからか眠っていることが多いビビンバの頭を撫でさする。

 

 

ヴェラの体調は(かんば)しくない。

 

かぜを引いてからずっと、体に力が入らない様子。

一日のほとんどを布団の中で過ごしている。

 

昼間、外の空気を吸いに一度、起き上がれるだけマシだろうか。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

今日か、今日かと、毎日、気構えしながら、半月。

 

思った以上に産まれるのが遅くなった今日。

その日が来た。

 

 

湯を。

飲み水を。

寝床の暖を。

(よど)んだ魔力の循環を。

などなど、にわか知識で慌ただしく動き回って、ついに。

 

 

うまれた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「いや~……。マジで、死ぬかと、思ったっすね」

 

「笑いぐさにもならない」

 

「フスッ」

 

「ご心配おかけしましたっす」

 

 

ふぅ、と額の汗をぬぐう。

らしくもない、人間らしい所作(しょさ)を私はした。

 

 

一時は、心臓が止まることさえあったのだ。

死にかけたというのは、全然大げさな話ではない。

むしろ、何度か死んだ、といってもいい。

 

過酷な出産だった。

 

 

息が止まれば魔力を流して肉体を操作し、無理やり呼吸を維持した。

 

心臓が止まれば魔力を流しこみながら胸を叩いて、血流を維持した。

 

頭の血管が詰まったのを見て取って、血液を操作して血管を(ふさ)(せん)排除(はいじょ)した。

 

 

五度は死線を越えたと断言できる。

 

これまでかと、何度も思った。

 

 

結果はこのとおり。

 

羽毛(うもう)を詰めた布団の上で、ヴェラと赤ん坊が(となり)()っている。

 

現在、産後半月。

 

(おだ)やかに眠る赤子を見るヴェラの顔は満足気(まんぞくげ)だ。

 

 

「いつかの反省(はんせい)()かしてなんかそれっぽい最期(さいご)の言葉、かんがえてたんすけどねー。あのまんま死んでたら結局、言えずじまいだったっすねー」

 

「いま、聞こうか?」

 

「やめとくっす。言わなかったから生きれたのかもしれねぇっすし」

 

蘇生(そせい)しなければ、五度は死んでいたと思うが……」

 

「でも、生きてるっす。死ぬときは何しても死ぬっすよ。しぶとく生きあがけたのは、遺言(ゆいごん)言わなかったからっす、きっと」

 

「そんなものか」

 

「そういうもんっす」

 

 

死ぬときは死ぬなら。

 

最期の言葉を遺そうとしても、遺そうとしなくても、けっきょく死ぬときは死ぬということじゃあるまいか。

 

とかなんとか、これ以上は話がややこしくなるからやめよう。

 

 

ヴェラが言うことではないが、今現在、生きていることがすべてだ。

 

 

()えだちには気を付けねばな」

 

「飯の話っすか? じゃあ、ヘビの肉がいいっす。無性にヘビが食いたい気分っす!」

 

「フキを採ってくる。消化しにくいものはいま少し、ひかえたほうがよかろう」

 

「え~」

 

 

「フスッ、フスッ」

 

「ほら、ビビンバもヘビの肉がいいって言ってるっす」

 

「私にはなにを言ってるのかわからん。――行ってくる」

 

「行ってらっしゃいっす」

 

「フスゥ……」

 

 

今日の朝。

 

小川に水を汲みに行くと、野花がチラホラと花を咲かせていた。

 

冷えた水をかき分けて(およ)ぐ魚がぴちょんと水面を跳ねて、季節の(うつ)ろいを告げられたようだった。

 

 

春が近づいていた。

 

 





サブタイトルの理由はいずれ。

作者は上弦の陸の鬼が嫌いじゃなかったんです。
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