おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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本日、連投です。

ご注意ください。


10.亡者の楽園

 

「見ざる、聞かざる、言わざる、と言ってな。ひとにより解釈(かいしゃく)が異なるが。

――悪いことを(みと)めるな、悪いことを聞き入れるな、悪いことを言いふらすな、という個人として(ぜん)であるための教えである、と父からは習ったものだ」

 

「はい、おねぇちゃん、『悪いこと』ってなんですか?」

 

「悪魔にも父親とかあるんすねぇ」

 

 

「よい質問だ、メラ。

悪いこととはすなわち、自らの(たましい)(けが)すことと他者の魂を汚すことを言う。

苦しみ、(いた)み、悲しみ、怒り、罪悪感(ざいあくかん)嫌悪(けんお)……。それら、負の感情を仕方ないものだと(あきら)め受けいれたとき、ひとは魂を汚す。

自らのもの、他者のもの、どちらでも。すすんで魂を汚した()てには、等しく破滅(はめつ)が待ち受けるものだ」

 

「たましい……? けが、くるしい? んんぅ……ぅぅ……っわかんない!」

 

「悪魔先生、あたしもよくわからんっす。第一、悪魔さんが悪とか善とか言っても説得力ないっす!」

 

 

教育とは難しいものだ。

 

地団駄(ぢだんだ)()んで、(さけ)ぶ黒髪の幼児(ようじ)を見ながらしみじみと思った。

 

 

 

3歳となると言葉もそこそこまともに喋るようになり、ぼちぼち物心(ものごころ)が付く頃合(ころあ)い。

 

この地平線(ちへいせん)を見渡せる、広い高原という環境(かんきょう)の中で、のびのびと育った子ども。

 

おかげで天真爛漫(てんしんらんまん)な子になった。

しかし、()じた環境ゆえに他者との(かか)わりが圧倒的に()りない。

 

私とヴェラ。

人間にこだわらなければ、未だしぶとく生き残るビーバーのビビンバと、取引を続けて近場に()むようになった搾乳(さくにゅう)用の黒牛(バイソン)くらい。

 

大問題である。

 

 

そこで、ヴェラの娘――命名(めいめい)、メラにひとの世の常識を教えようということになった。

 

なったが、まさか盗賊の常識を教えるわけにも、奴隷の常識を教えるわけにもいかない。

ビビンバと黒牛は論外。

 

消去法で、今世の常識がまったくわからないはずの私が常識を教えることになった。

 

どうしてこうなったのだろう。

 

 

 

要約(ようやく)すると、他人の嫌がることをするな、自分が嫌なことも()けるべきだ、ということだ。

ひとの世の価値は、自他の共存共栄(きょうぞんきょうえい)にあるのだからな。自らも他者も、より多くが納得する答えを模索(もさく)するのがいい」

 

だから私は、まだひとだった頃、父から聞かされた話を思い返し語っていた。

 

のだが。

 

 

「ぅぅううう! わっかんない! わっかんない! わっかんないぃいい!」

 

「ぁああ、悪魔先生がメラちゃんのこと、なーかーせーたー! いけないんだー!」

 

 

()(まわ)しが悪かったのか。

そもそも、実感がまったくないものを教えようというのが無理なのか。

常識を教え始めて、メラがまともに覚えた言葉は『ちくしょう』だけだ。

 

(はたら)かずに食っちゃ寝ばかりしているとひとは死後(しご)畜生道(ちくしょうどう)()ちる』という教えの『畜生(ちくしょう)』がなんなのか聞かれたとき。

ビビンバや黒牛のことだと教えたからだろうか。

自分と関わりがあるから覚えられたのだろう。

 

ただ、メラという幼児は『畜生』という言葉の意味を、少し取り違えて理解したようだった。

『畜生』とは、『働かずに食っちゃ寝ばかりしても許される(めぐ)まれた生きもの』というズレた見方(みかた)に行きつき、そのまま定着(ていちゃく)してしまった。

 

おそるべきは遺伝か。

メラは(よわい)3(さい)にして、怠惰(たいだ)なスローライフを最上級の理想的な生活として思い描いているようだ。

 

ある日、メラはヴェラを指して「今日のママ、ちくしょう!」と言って実の母親を泣かせていた。

が、あれは罵倒していたわけではなく、『幸せそうだねよかったね』と言祝(ことほ)いでいたのだ。

 

 

 

「今日はこれで(しま)いとする」

 

これ以上は教えても無駄(むだ)、と私はさじを投げる。

 

黒髪の幼児はずっと泣いていたのが嘘のように、パッと泣きやんで、はしゃぎ始めた。

 

 

「ぅえ? ほんと?! あそぼー、おねぇちゃん!」

 

「メラー、ママはー? ママもメラと遊びたいっすー」

 

「フススッ!」

 

 

「もー! ママもびんばばも、しかたないなー! メラがなかまに入れてあげるー!」

 

「わーい! ありがとーっす、メラー!」

 

「フスゥー!」

 

 

だらしなく笑うヴェラたちも、キャイキャイと高い声を上げる。

 

元気なことはよろしい。

 

 

「あまり家から離れぬようにせいよ。私は()りに行く」

 

「え! おねぇちゃん、あそぼうー?!」

 

「あれ? 昨日のイノシシ、(くさ)らないうちに食べるって言ってなかったっす?」

 

 

「昨日、森に行ったとき気になることがあった。それの確認と、ついでに山いちごを摘んでくる」

 

「おねぇちゃん!」

 

「そっすか~。心配ないでしょうけど、気を付けて行ってきてくださいっす」

 

 

「あぁ、行ってくる」

 

 

私は立ち上がって、石にはまった木の扉を開けて、家を出る。

……ここ三年でだいぶん、生活環境も充実したな。

幼子(おさなご)がいると気をまわすことが多いのだ。

 

 

「あそぶぅーぅ!」

 

「こら、メラ。悪魔さんのお仕事みたいなもんっすから、邪魔したらダメっすよー」

 

「おしごとー?」

 

「そうっす。うちの大黒柱っすからねぇ。

頼りにして仕事を増やすならともかく、邪魔して仕事を減らしちゃダメっすよ~。

仕事がなくなったら、あたしたちも干上がっちゃうんすから~」

 

「おしごと、ふやす、はいいの?」

 

甲斐性(かいしょう)甲斐(かい)は、生き甲斐の甲斐っす。

感じのいい美人のためなら、なんだかんだ理由をつけて男は喜んで働くものなんだって、母ちゃんが言ってたっす!

だから、いいんすよ!」

 

「メラも、かんじの、びじんー?」

 

「メラはとびっきりっすよ~」

 

「かんじのびじん~。えへへ~」

 

 

閉じた扉の向こうから、親子の会話が聞こえた。

 

 

「……親から子へ、子から孫へか……。……教育に悪いな」

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

今日の私の目的地は、高原から川を越えた先の森にある。

 

今回は、川を()びこえるのとは別の道をたどって行く。

 

修行の一環として、凹凸(おうとつ)激しい山から山への直通路ちょくつうろ()を走る。

 

 

常中(じょうちゅう)でいつも使っている呼吸を、気持ち精密(せいみつ)(あやつ)るように意識。

魔力も、()()(さい)()り全身余すことなく循環させるよう(つと)める。

 

(よど)みも(あら)もなくし、力の無駄をなくすことを心がけて身体を動かす。

 

 

跳ねたり、体をひねったり、縦に回転したり、垂直(すいちょく)壁面(へきめん)を走ったり、と色んな体勢をとりながら精緻(せいち)な呼吸術と魔力循環の維持(いじ)を心がける。

 

 

そうしていると、呼吸と魔力が肉体に馴染み、変質(へんしつ)し、ふとある確信を(いだ)くことがある。

 

が、あまりにも不安材料が多い。

 

だから、まだ実行には移さない。

 

気づくたび後回(あとまわ)しにしていた。

 

 

 

高原を下り、森を抜け、山と山の間の谷にさしかかる。

 

 

その谷は、高原の山から流れる川と、熱水湖の山から流れる川との合流地点にできた谷。

 

二つの川の温度差で水蒸気(すいじょうき)が上がり、しかもここにそれなりの滝まであるせいで水しぶきが加わり、深い(きり)とそれを流動させる乱気流(らんきりゅう)が発生している。

 

 

このまるで視界が通らない谷を、私は花留(はなど)めの谷と呼んでいた。

 

その理由は、この水の地獄(ぢごく)のような霧の中に入れば実感できる。

 

 

「シィッ」

 

――キンッ、キンキンッ、キンッ!

 

私が()ける勢いそのままに、霧の中に突っ込むと、どこからか飛んでくる攻撃。

刀で弾き飛ばすと、硬いもの同士が弾ける音がする。

 

霧の中、刺叉(さすまた)のような影が不気味に浮かぶ。

 

 

――キンッ、キンキンッ、キキキンッ、キンッ!

 

さらに、それは正面からだけでなく、後背(こうはい)から、左足もとから、頭上から、方向を問わず襲ってくる。

 

それらの姿は霧に隠れて、攻撃の直前まではまったく見えない。

それらから事前に感じとれるのは、ヒュという小さな風の音と、かすかな魔力だけ。

 

 

仮に攻撃をしのげても、浮かび上がるのは、刺叉のような影だけであり。

それを弾いても、二弾目、三弾目と次々に方向を問わず攻撃が襲いかかる。

 

ならば、その攻撃手段の刺叉のような影自体を破壊すればいいのではないか、と刺叉の破壊を実行してもキリがない。

 

 

この霧の中に入った獲物を、花を生ける剣山(けんざん)がごとき無数の刺突(しとつ)仕留(しと)めることから、私はここを花留めの谷と呼んでいる。

 

 

(――初めて来たときは不覚(ふかく)を取ったものだ)

 

 

ちなみに、この無限の刺突、刺叉のような影の正体は、キノコだということがわかっている。

 

斬り取った刺叉を拾って、霧の外に持ち出して観察してみてようやくわかった。

 

石のような、陶磁器(とうじき)のような(かた)(から)を割って中身を取り出すと、ぶにぶにと水っぽい肉質の繊維(せんい)()まっている。

鹿の角かなにかじゃないかと(かん)ぐりながら、よく調べてみると辛うじて胞子(ほうし)のようなものが(したた)る水の中で泳いでいるのが見えた。

 

さらに、刺突の攻撃をたどって根もとを突き止めると、谷の崖面(がけめん)から直接刺叉のような影が生えて(うごめ)いている姿を確認して、予測は確信に変わった。

 

 

この山道を花留めたらしめているのは、深い霧の中で群生(ぐんせい)している攻撃性が強いキノコなのだ。

 

ヴェラに聞いても名前がわからない魔境の生きものである。

 

刺叉茸(さすまただけ)、と呼んでいる。

 

 

――キンッ、キンキンッキンッ、キキキキンッキンッ!

 

 

と、いちいち刺叉の攻撃を破壊していても、キリがない――そもそも生息数(せいそくすう)が多く、また、少しの水分と魔力で再生するため、本当にキリがない――ため全方位からの不規則な刺突を(さば)きつつ。

時々(ときどき)足場にしながら。

 

ほぼ垂直の崖面を下りて上って、花留めの谷を踏破(とうは)する。

 

 

 

それから登った山を下り、蜘蛛とトカゲの岩石地域を抜け、ぶち当たった熱水湖を()きでる毒ガスを解毒(げどく)しながら突っ切って。

 

奥地(おくち)大樹蜂(たいじゅばち)の巣がある、南の森に這入(はい)り、またしばらく森の中を進む。

 

 

 

目的地は南の森の只中(ただなか)

いっとう、まがまがしい気配を(ただ)わせている場所。

 

四年前はこんな気配はなかった――そう、この魔境を進むときに通った森の途中だ。

 

 

ちょうど、巨大なヘビの化生(けしょう)、ウワバミを()った場所だった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

それはなんと表現すればいいのか。

 

きっと、黄泉(よみ)の国があるならば斯様(かよう)な光景が町の外にあるのだろう。

 

 

そこは腐肉(ふにく)の沼だった。

 

黒い瘴気(しょうき)に満ちていた。

 

 

頭や腹を失って。

胸に穴が空いたまま(ふさ)がらず。

下半身が()(わか)れして見つからない。

――そんな、一目で死んでいるとわかる獣の屍体(したい)が動いている。

 

 

なにが面白いのか――ギャハギャハ、ギャハギャハ、(かわ)いた音の笑い声。

 

跳ね回る狼の屍体が岩塊(がんかい)に突っ込んで――ぶちゅう、と水っぽく(つぶ)れて黒い()みを作った。

 

 

「………………」

 

言葉を口にすることもはばかられる。

 

 

四年前、ウワバミを殺したそこは、死んだ獣たちが死してなお(おど)(くる)う沼になっていた。

 

 

「…………っ」

 

(――ヘビはしつこいと知っていたが……!)

 

 

そして、沼の中心でとぐろを巻く巨躯(きょく)を見て、この沼ができた原因(げんいん)を確信した。

 

 

(――いち、に、さん……六本か……)

 

 

頭首が六つ。胴体は太く長いヘビだった。

 

こぶから流れているとろとろの液体は、血なのか(うみ)なのか。

 

漆黒(しっこく)の皮の(からだ)は、あのときのウワバミより一回(ひてまわ)り小さい。

 

 

「…………力が増すと厄介(やっかい)か」

 

 

今この段階でも油断(ゆだん)ならない気配を漂わせている。

おぞましい、という意味でも、単純に強大という意味でもだ。

 

 

この黄泉の領域が広がれば、森にまともに食べられるものはなくなるだろう。

 

さらには、足が届く範囲(はんい)に大きな脅威(きょうい)が現れることになる。

 

 

後者は修行になるからいいにしても、前者は歓迎(かんげい)できる事態ではない。

 

さらに成長する前に、あの多頭のヘビは殺すべきだ。

 

 

結論(けつろん)付けて、刀に手をかける。

 

呼吸のリズム、魔力の循環をより深くしなやかに(ととの)える。

 

 

進む先は、黒い瘴気が満ちる黄泉。

 

まともに呼吸ができるとは思えない。

 

 

魔力と血液を()る。息をいつもより多く吸い、練った血液に空気をストックする。

 

加えて、魔力による超活性により、血液の生産(せいさん)と循環および栄養の精製(せいせい)と循環を加速(かそく)させる。

 

もちろん、疲労(ひろう)の回復は、呼吸術と魔力操作の両面で常に実行する。

 

これらで、ガス欠や消耗(しょうもう)による活動限界(かつどうげんかい)をできるかぎり遠ざける。

 

呼吸・魔力統一式戦闘態勢。

 

この状態でいまの私が、無呼吸で月の呼吸を使い続けるとしたら……持つのは一刻(2時間)といったところか。

 

1歳のときから比べれば大幅に成長した。

 

 

最後に一吸い、

 

「ホオオオ……」

 

沼の中心へ一直線に飛び込んで、

 

 

月の呼吸 伍の型 月魄災渦(げっぱくさいか)

 

 

多頭ヘビをも巻き込んで。

 

前後広域(こういき)三連撃、三つの巨大な月の斬撃にて、跋扈(ばっこ)する生ける屍どもをなぎ払った。

 

とぐろを巻いていたヘビの皮にも大きな傷が入った。

しかし、辺りに飛び散った生ける屍の肉片が(うごめ)き傷口にあてがわれると、たちまち黒い皮の胴が復元(ふくげん)された。

 

 

 

「「「ジャアァアアァ!!」」

「「「ジャアァアアァ!!」」」

 

悲鳴か怒号かあるいは、宿敵(しゅくてき)(あい)まみえた歓声(かんせい)か。

 

多頭ヘビが六つすべての頭で、おぞましく()えた。

 

魔力が乗った声はそれだけで、指先や耳の奥の細かな神経(しんけい)にダメージを与えてくる。

 

呼吸と魔力で肉体を強化していなければ、神経や筋繊維(きんせんい)がズタズタになっていてもおかしくない。

 

(するど)金切(かなぎ)り声。

 

 

(――これは、どんな攻撃をしてくるか、予想が難しいな……)

 

 

相手は、生きものの(わく)を外れた理外(りがい)の怪物。

 

隙を見せれば足をすくわれるだろう。

 

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