おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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13.闘争の愉悦

 

ベアトリクスが森を這入った先で見たのは、陽炎(かげろう)を上げる大穴だった。

 

深い森中にぽっかり隕石(いんせき)が落ちてきたような穴ができている。

 

しかし、それははるか上空から鉱物が降ってきたことでできた穴では決してなく。

 

 

「――っ!」

 

大穴の中心に、小さな人影が見つけた。

 

 

目にした瞬間にベアトリクスは走り出していた。

 

 

その人影がまだ子どものもので、こんなところにいるのは危険だから――ではない。

 

 

(――あれは危険)

 

 

その子どもの人影が手にしている不気味な紫色の(けん)から、強烈な血のにおいがしているからではない。

 

その子どもの顔にまるで悪魔の烙印(らくいん)のような、どす黒い()が浮かんでいるからではない。

 

 

第六感ともいうべきものが、それのあまりに異質な気配を読み取ったから。

 

それが持つ力の濃さ、強さ、大きさに底知れないものを感じたから。

 

 

ベアトリクスは躊躇(ためら)いなく剣を抜いた。

 

 

――カキンッ!

 

 

「――っ!」

 

 

果たして、その判断は正しかったのだとベアトリクスは確信した。

 

躊躇いなもなく、最速で抜き放った彼女の剣閃(けんせん)はあっさりと防がれた。

 

握る細剣の切っ先を(はば)むのは、人影が手にしていた刀の柄。

 

 

即座にくるりと反転した勢いのままに、人影の足を切り落とすつもりで放った剣閃も、

 

――ヒュッ

 

と、空気を斬った()(ごた)えだけがベアトリクスの手に伝わった。

 

そして、

 

(よど)みのない……いい、剣を振るうな」

 

人影はいつの間にか、細剣を振り抜いた姿勢のベアトリクスの(ふところ)の内側にいた。

 

顔のすぐそばにある、赤い瞳と目が合う。

 

 

「見たところ、化生(けしょう)といった風情(ふぜい)ではないが……。取りあうのなら、同じこと」

 

 

――死ね。

 

 

人影が声に出さずに、口を動かした瞬間、咄嗟(とっさ)に携帯しているアーティファクトに魔力を流しこんだ。

 

滅多(めった)に使わないどころか、存在自体忘れかけていた、あくまでアクセサリーとして気に入っていたから身につけていたアーティファクトだ。

 

それを、この極限の状況で思い出し、起動してみせたのだ。

 

 

――バリンッ!!

 

 

起動した障壁(しょうへき)のアーティファクトは、首を落とすはずだった斬撃をきちんと防いでくれた。

 

そして、その鋭すぎる斬撃に障壁が大破したのを理解しながら、このときを逃さじと人影の心臓へ細剣を突き込む。

 

勝利するチャンスがあるとするなら、これが最後だろうと確信した渾身(こんしん)での一突きだった。

 

 

それは、

 

「――見事。痣が出ていなければ、刺さっていただろう」

 

それすらも、空気を貫くばかりで、人影は半身をズラすだけで避けていた。

 

 

(きみ)は……何?」

 

 

――これは死ぬ。

 

ベアトリクスは自身の死を(さと)って、一番気になったことをせめてと、(たず)ねた。

 

 

人影は意外そうな顔をした。

 

そこでようやく、この人影も人間らしい顔を持っていることをベアトリクスは認識した。

 

あまりに異質で、異常な気配に目に映る情報を一切、信用していなかった自分に気が付いた。

 

 

「――鬼、かもしれんな……」

 

そんな、渇いた、けれど、とても幼い声を聞いて。

 

ベアトリクスの意識は(やみ)(しず)んでいった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

残心を解いてから、毒を解毒していた。

 

同時に、身体損傷を回復させるため魔力を巡らせて、意識を集中して細かに身体の不具合(ふぐあい)を確認し修復して行っていた。

 

 

(――ん、これは…………)

 

 

顔が焼け付くような感覚が、なんなのかは理解していた。

 

ああ、ならば私はまた前世と同じ道を歩むことになるのかもしれないな、とどこか俯瞰(ふかん)した視点で自分のことを考察していた。

 

 

そんなとき、巡らせている魔力の淀みがほんのわずかな違和感を(うった)えかけた。

 

それは極めて微細(びさい)な違和感で、集中していなければ認識からこぼれ落ちそうな(つゆ)ほどのもの。

 

しかし、微細だからといって無視できるものではない。

その違和感は顔の(あざ)の周りだけに留まらず、身体全体にびっしり(おお)()くしていたのだ。

 

 

(――まるで、(いそ)のフジツボを見たときのような嫌悪感(けんおかん)……。これは、損傷している……?)

 

 

身体全体、隅々(すみずみ)まで、組織が損傷している。

 

目を閉じて、身体の状態を入念に観察してわかったことだった。

 

そして、それは顔の痣を中心にして、広がっているようだった。

 

 

(――これが寿命を縮めるのだとすれば、この損傷を修復できれば、あるいは……)

 

 

 

――カキンッ!

 

 

極めて深い瞑想状態にあっても、幾百年に渡り()(かさ)ねた経験が攻撃を反射的に防ぐ。

 

 

(――人間の女……? いや、耳が長い……。しかし、構造は明らかに人間……)

 

 

防御することで刀の柄にかかった、重さはふいに無くなり、次の瞬間には女の剣は足があった場所を()いでいた。

 

それよりも前、女が体勢を変えながら身体を回す間に、私は女の死角に入っていたが。

 

 

「淀みのない……いい、剣を振るうな」

 

 

私は女の懐に入り込んでそう言った。

 

刀に手をかける。

 

 

「見たところ、化生といった風情ではないが……。取りあうのなら、同じこと」

 

――死ね。

 

 

先刻(せんこく)(さや)に収めた刀を、私は抜いた。

 

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

首を()ろうとした一太刀が、魔力の壁のようなもので防がれたときは驚いた。

 

腰に()してある飾りから発生したということは、もしやこれがヴェラが言っていたアーティファクトというものか?

 

 

そして、そのあとに繰り出された耳長の女の刺突も。

多頭のヘビと対峙(たいじ)する前の私、つまり、痣が出ていなかった私だったら避けらなかったと断言できる。

それほど速い刺突だった。

 

 

さて、そのあと耳長の女を殺そうと思ったのだが。

反射的なものなのか、上半身と下半身を分断するはずだった一刀は、耳長の女の突き出した剣の鞘とその向こうの脚に防がれた。

 

魔力を集中させたのだろう。

鞘を握った左腕も、鞘と身体の間に(はさ)んだ脚も、深い創傷(そうしょう)(きざ)まれてひどい有り様だ。

皮一枚でつながっている、というところか。

 

 

それでも、

 

「二度も、とどめを、防がれたな……」

 

まだ、耳長の女は生きている。

 

 

このまま、()めるのはたやすい。

 

だが、()しい、と思う気持ちがある。

 

 

久しぶりに死闘というものを味わった影響かもしれない。

 

自身とまともに張り合える者と相対することは、自身の力を再確認するのと同時に、さらなる高みへと(みちび)いてくれるものだと思い出した。

 

 

闘争の中でしか得ることができない愉悦(ゆえつ)

 

たとえ命を落とす危険があろうとも。

力を振るい、次の手を読み合い鍛錬の集大成を形にし、(みが)き上げ。

一瞬の(ひらめき)きが相手の意表を突き、そして――勝利する。

 

その快感を思い出してしまったから、この耳長の女を殺すことを、惜しいと感じるのだ。

 

「生かせば、また――戦えるか?」

 

 

実力差はある。

しかし、耳長の女にはまだ伸びしろがあるように思える。

 

 

(――呼吸術も習得していないようだったし……)

 

 

ちょうど、物心が付き始めたヴェラの娘、メラにも、そろそろ呼吸術を教えようと思っていたのだ。

 

 

「持って帰ろう」

 

 

私は、耳長の女を()()()()()()()()()()()ことを決め、その()(てい)の身体を回復させるために魔力を込めた。

 

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