おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

16 / 38
14.月下(げっか)語合(かたらい)

 

「ひっ、人さらいっすー!!」

 

「すぅー!」

 

「フスッ?」

 

 

耳長の女を持って帰って来ると、やたらとヴェラがうるさかった。

 

それに追従してメラも騒ぐものだから、やっぱりうるさかった。

 

 

とりあえず、耳長の女を縁側(えんがわ)に置いておく。

 

 

以下、ヴェラと私の問答。

 

 

「どこで拾って来たんすか! 返してきなさい!」

 

「森」

 

「もり? 遭難(そうなん)っすか?」

 

「知らん」

 

「じゃあ、もう町の近くに置いてくるだけでいいっすから」

 

「町の場所も知らん」

 

「あれ? そうなんすか? うーん、じゃあ――」

 

 

「んっ。……んん?」

 

と、そこで耳長の女が起きた。

 

 

家までの移動も含めて、結構な時間が経過したから自然に目が覚めたのだろう。

 

 

「ここは……?」

 

「小高い山の高原だ」

 

「ちょっと悪魔さん、あたしの足だと下りるのに一日はかかるんすけど。小高いってほど、低くないっすよ?」

 

 

「――っ!」

 

「剣なら私が持っている」

 

「ぉぅぇあわぁっ?!」

 

 

私が言うと、耳長の女は躊躇(ためらい)いなく手を拳にして殴りかかってくる。

 

私はそれを(かわ)し、同時に伸ばされていた殴打(パンチ)とは反対の手に、あえて持っていた剣を握らせてやった。

 

隣でヴェラが尻もちをついているが、耳長の女がそちらに手を出す様子はない。

 

 

「――っなぜ? 私に剣を渡した?」

 

「気が付くか。さり気なくやったつもりだが……。いいカンをしている」

 

「答えて」

 

耳長の女は警戒している。

 

意識が向かう先は、私と私から取り返した剣か。

 

ふむ、罠かなにかを仕掛けられていないかの確認をしているようだな……。

 

 

私は挑発するように(わら)った。

 

 

「剣がないと不安だろう?」

 

「――っ! ()めないでもらいたいっ」

 

「では、どうする……?」

 

「今度は――」

 

 

「あのぅ~、殺し合いなら余所でやってもらいたいんすけど? メラが見てるんで、巻き込まれたら危ないっす」

 

 

たしかに、縁側を降りたところで行う私と耳長女のやりとりを、縁側から状況について行けていない顔でメラが見ている。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

先に緊張を解いたのは私だった。

 

間もなく、()(まど)いながらも耳長女も剣の柄から手を下ろす。

 

 

「話し合う必要がある」

 

 

私が言った言葉に耳長女は(うなず)いた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「私の名前は、ベアトリクスという。――先ほどは失礼なことをした。申し訳ない」

 

 

「へ~、それはまた、すげー名前っすね」

 

「すげーなまえー?」

 

「どういう意味だ、ヴェラ?」

 

 

家に上がって(すわ)って向き合う。

 

まずは、自己紹介をした耳長の女――ベアトリクスに、名乗られたからには、名乗り返そう。

そう口を開いた矢先(やさき)に、ヴェラの発言が気になった。

 

 

「あれ? メラはともかく悪魔さんもっすか? ベアトリクスなんて名前、普通は子どもに付けられないっすよ?」

 

「んー? なんでー?」

 

「おそらく一般知識なのだろうが、私はそういうのに(うと)い」

 

 

「そうなんすねぇ~。じゃあ説明するっすけど――」

 

 

ヴェラの話を、細かいことを端折(はしょ)って説明するならば、ベアトリクスという名前から連想される者がこの世界には二人いる。

 

一人は、聖教という宗教団体が(あが)める女神ベアートリクス。

神にちなむという意味で縁起はいいのかもしれないが。

そのままベアトリクスというのはあまりにも(おそ)れ多いため、普通は子どもに付ける名前ではないという。

 

もう一人は、ブシン祭という武闘大会の初代優勝者、『武神(ぶしん)』ベアトリクス。

こちらも、子に強く育ってほしいという願いを込める意味では理解できるが。

やはり『武神』と呼ばれるほどの実力と名声を持つ魔剣士の名を、そのまま子に付けるのは畏れ多いこと。

 

らしい。

 

 

「改めて自分のことを他人の口から聞かされると、()れていいやら。負かされた身としては、()じていいやらだな」

 

と、ベアトリクスはヴェラの話を聞いてうなじを()いた。

 

 

「へ? 自分のことって?」

 

「ああ。改めて自己紹介しよう。一応、世では『武神』と呼ばれている、ベアトリクスというただの魔剣士だ」

 

「え゛っ――」

 

 

そのあとの騒ぎについては割愛(かつあい)する。

 

ヴェラが耳をつんざくほどの(さけ)びを上げて、メラを泣かせてしまい、慌てふためき。

なぜか、ベアトリクスまでメラを泣き止ませるのに参加して。

けっきょく、まともな話し合いはできなかった。

 

自己紹介も済まないまま、日が暮れて。

 

話し合いは明日にしよう、ということでベアトリクスは(うち)に泊まることとなった。

まぁ、もともとそのつもりがなければ、こんなところにまで運んで来なかったが。

 

 

 

 

夜。

 

縁側に出て、月を眺める。

 

こうして月光浴をしていると、前世のことを思い出して感傷的な気分になる。

 

なんとなく嫌な気分で、なんとなくいい気分で。

そんな感情の波に乗っていると、いまの自分がきちんと人間をやれている気になれるのだ。

 

 

(――気、気、気……と、曖昧(あいまい)なものばかり追っているな)

(――悪くない)

 

 

()きたいことがあるんだ」

 

「…………」

 

 

ごく自然に、月光が降りる高原の空気を損ねずに、正面に立つ影。

 

縁側に座る私のほうが視点が高く、女を見下ろすことになる。

 

 

「あのメラという子は……なぜ、生きている?」

 

「…………」

 

「気のせいかとも思った。でも、気のせいじゃなかった。

この石の家の中では外の余計な音が入ってこない。だから、聞こえたんだ。

――あの子の心臓の鼓動(こどう)が二つあるのが」

 

「なるほど、いい耳だ」

 

 

長く伸びているのは、伊達(だて)ではないらしい。

 

大きさは違っても、拍子(ペース)を合わせているのだから、重なって聞こえるはずだ。

それなのに、二つの心臓の鼓動の音を聞き分けるとは。

 

 

「メラの心臓が二つあるのは、生まれつきだ。大きいのと小さいの直列(ちょくれつ)でな……。

生きているのは、魔力で操作して拍子を合わせているからだ。大きいのが一つ打つ間に小さいのが二つ、というように……」

 

 

拍子がズレて、反発が生じれば、周りの血管に負荷(ふか)がかかり(やぶ)れかねないし。

 

片方の心臓だけが拍子を打っているときに、もう片方はただの血管の(かたまり)として血液の通りをよくしていないと、負荷がかかり破裂(はれつ)する。

 

 

「そんなこと、できるものなのか?」

 

「できたのだから、それがすべてだ」

 

「そうか……」

 

 

草地に立っているベアトリクスに、こいこい、と手を(まね)く。

 

私が縁側の自分の隣を指すと、素直に応じて縁側に座った。

 

私と違って長い脚が縁側から()れてぶらつく。

 

 

「――生まれたばかりのときは、付きっきりで私が操作せねばならなかった。

 

これは、成長して、言葉を覚えたら自力でできるように教えなければな……。

と、あのときは思っていた。

 

しかし、私は人間というものを軽く見ていたらしい。いや、わかっていたことだが、思い知らされた。

 

あの子は、習わずとも、覚えていったのだ。まだ赤子の身で、私が魔力で心臓を操作するのを……」

 

 

――そして、いまでは完全に心臓の操作を自身のものにして、自分で生きている。

 

私がそういうのをベアトリクスは静かに聞いていた。

 

 

「そうか。大切に想ってるんだな……。意外だ。人情や情熱みたいなものを嫌っていそうな雰囲気(ふんいき)なのに」

 

「否定はせん。何かあれば最後は(おの)()(とうと)ぶだろうよ……私は」

 

 

他ならぬ自分自身が知っている。

 

他者に優しくできるのは、片手間で可能な範囲までだ。

 

致命(ちめい)(てき)な何かがあれば、最後には自分以外のすべてを捨てる。

 

 

「では、もう一つ。なぜ――ヴェラというあの子は、生きている?」

 

「…………」

 

 

ベアトリクスがさらに訊ねた問い。

 

それに対する答えを、私は持ち合わせていない。

いや、それらしい解答はできるか。

 

そのまえに、確認しておかなければならないことがある。

 

 

「どこまでわかる?」

 

「どこまで、とは?

私には――あのヴェラという子に(きみ)の魔力が流れていることと。

あの子自身の魔力を一切感じられないことしかわからなかった」

 

「わかっているじゃあないか……」 

 

 

もう、私が語るべきことが無くなってしまったぞ。

 

この場合、私の口から語るから意味があるのかもしれないが……。

 

 

「メラを産んで以来、ヴェラの身体は魔力を精製(せいせい)しなくなってしまった。

――そして、魔力を()やすと、各臓器が機能を停止してしまう体質になっていた」

 

「そんなことが――あるから、ああなってるのか……。

信じざるを得ない、というわけだな。

でも、それじゃあ――」

 

「魔力を循環させ続けなければ死ぬ」

 

「!!」

 

「いまは私が供給して、ヴェラ自身が操作している。できるようになるまで、大分(だいぶん)苦労した……」

 

 

なにせ、出産直後から母子(ぼし)ともに付きっきりが必要な状態で。

魔力と呼吸で回復するとはいえ、消耗はするし疲労もするし、他にもやることがたくさんあったのだから。

 

眠る(ひま)もありはしなかった。

 

 

手前(てまえ)には、なにか心当たりはないのか? ヴェラのあの反応、名の知れた者というのは、本当なのだろう?」

 

「残念ながら、ない。魔力が精製できなくなり、絶やすと死ぬ、なんて。

たぶん、そんな人がいたら、もう死んでいると思う」

 

「そうだろうな……」

 

 

他者に魔力を供給するだけならまだしも、供給された他者の魔力を操作するなど、私でもできるかどうか……。

 

それができるようになったのは、ヴェラという女にその手の才能があったのと。

()()でも生きるという意思によるものなのだろうな……。

 

 

魔力が自力で精製できなくなり、魔力を絶やすと死ぬ。

(あん)(じょう)、外部にも治療法どころか前例もはなさそうだ。

 

これは、治療法を探しに人の世に()り出しても無駄そうだ。

 

(――いや、そう結論付けるのは早計(そうけい)か?)

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

月を眺める。

 

ほぅと息を吐いて、夜空を見上げれば、ベアトリクスも私にならった。

 

しばらく、そうしていた。

 

 

仕合(しあ)うか……」

 

「――勝つ」

 

 

存外(ぞんがい)、息が合うのかもしれない。

 

いきなり、私が刀を()って立ち上がっても、女は当たり前のように呼応(こおう)して剣に手をかけた。

 

 

 

「――私はベアトリクス。ただのエルフの魔剣士」

 

「私は、クレア。(けん)に狂ったなれの果ての、そのまた、なれの果て……」

 

 

夜は長い。

 

自己紹介は済んだ。

 

では、話し合い(斬り合い)を始めよう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。