「ひっ、人さらいっすー!!」
「すぅー!」
「フスッ?」
耳長の女を持って帰って来ると、やたらとヴェラがうるさかった。
それに追従してメラも騒ぐものだから、やっぱりうるさかった。
とりあえず、耳長の女を
以下、ヴェラと私の問答。
「どこで拾って来たんすか! 返してきなさい!」
「森」
「もり?
「知らん」
「じゃあ、もう町の近くに置いてくるだけでいいっすから」
「町の場所も知らん」
「あれ? そうなんすか? うーん、じゃあ――」
「んっ。……んん?」
と、そこで耳長の女が起きた。
家までの移動も含めて、結構な時間が経過したから自然に目が覚めたのだろう。
「ここは……?」
「小高い山の高原だ」
「ちょっと悪魔さん、あたしの足だと下りるのに一日はかかるんすけど。小高いってほど、低くないっすよ?」
「――っ!」
「剣なら私が持っている」
「ぉぅぇあわぁっ?!」
私が言うと、耳長の女は
私はそれを
隣でヴェラが尻もちをついているが、耳長の女がそちらに手を出す様子はない。
「――っなぜ? 私に剣を渡した?」
「気が付くか。さり気なくやったつもりだが……。いいカンをしている」
「答えて」
耳長の女は警戒している。
意識が向かう先は、私と私から取り返した剣か。
ふむ、罠かなにかを仕掛けられていないかの確認をしているようだな……。
私は挑発するように
「剣がないと不安だろう?」
「――っ!
「では、どうする……?」
「今度は――」
「あのぅ~、殺し合いなら余所でやってもらいたいんすけど? メラが見てるんで、巻き込まれたら危ないっす」
たしかに、縁側を降りたところで行う私と耳長女のやりとりを、縁側から状況について行けていない顔でメラが見ている。
「………………」
「………………」
先に緊張を解いたのは私だった。
間もなく、
「話し合う必要がある」
私が言った言葉に耳長女は
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私の名前は、ベアトリクスという。――先ほどは失礼なことをした。申し訳ない」
「へ~、それはまた、すげー名前っすね」
「すげーなまえー?」
「どういう意味だ、ヴェラ?」
家に上がって
まずは、自己紹介をした耳長の女――ベアトリクスに、名乗られたからには、名乗り返そう。
そう口を開いた
「あれ? メラはともかく悪魔さんもっすか? ベアトリクスなんて名前、普通は子どもに付けられないっすよ?」
「んー? なんでー?」
「おそらく一般知識なのだろうが、私はそういうのに
「そうなんすねぇ~。じゃあ説明するっすけど――」
ヴェラの話を、細かいことを
一人は、聖教という宗教団体が
神にちなむという意味で縁起はいいのかもしれないが。
そのままベアトリクスというのはあまりにも
もう一人は、ブシン祭という武闘大会の初代優勝者、『
こちらも、子に強く育ってほしいという願いを込める意味では理解できるが。
やはり『武神』と呼ばれるほどの実力と名声を持つ魔剣士の名を、そのまま子に付けるのは畏れ多いこと。
らしい。
「改めて自分のことを他人の口から聞かされると、
と、ベアトリクスはヴェラの話を聞いてうなじを
「へ? 自分のことって?」
「ああ。改めて自己紹介しよう。一応、世では『武神』と呼ばれている、ベアトリクスというただの魔剣士だ」
「え゛っ――」
そのあとの騒ぎについては
ヴェラが耳をつんざくほどの
なぜか、ベアトリクスまでメラを泣き止ませるのに参加して。
けっきょく、まともな話し合いはできなかった。
自己紹介も済まないまま、日が暮れて。
話し合いは明日にしよう、ということでベアトリクスは
まぁ、もともとそのつもりがなければ、こんなところにまで運んで来なかったが。
夜。
縁側に出て、月を眺める。
こうして月光浴をしていると、前世のことを思い出して感傷的な気分になる。
なんとなく嫌な気分で、なんとなくいい気分で。
そんな感情の波に乗っていると、いまの自分がきちんと人間をやれている気になれるのだ。
(――気、気、気……と、
(――悪くない)
「
「…………」
ごく自然に、月光が降りる高原の空気を損ねずに、正面に立つ影。
縁側に座る私のほうが視点が高く、女を見下ろすことになる。
「あのメラという子は……なぜ、生きている?」
「…………」
「気のせいかとも思った。でも、気のせいじゃなかった。
この石の家の中では外の余計な音が入ってこない。だから、聞こえたんだ。
――あの子の心臓の
「なるほど、いい耳だ」
長く伸びているのは、
大きさは違っても、
それなのに、二つの心臓の鼓動の音を聞き分けるとは。
「メラの心臓が二つあるのは、生まれつきだ。大きいのと小さいの
生きているのは、魔力で操作して拍子を合わせているからだ。大きいのが一つ打つ間に小さいのが二つ、というように……」
拍子がズレて、反発が生じれば、周りの血管に
片方の心臓だけが拍子を打っているときに、もう片方はただの血管の
「そんなこと、できるものなのか?」
「できたのだから、それがすべてだ」
「そうか……」
草地に立っているベアトリクスに、こいこい、と手を
私が縁側の自分の隣を指すと、素直に応じて縁側に座った。
私と違って長い脚が縁側から
「――生まれたばかりのときは、付きっきりで私が操作せねばならなかった。
これは、成長して、言葉を覚えたら自力でできるように教えなければな……。
と、あのときは思っていた。
しかし、私は人間というものを軽く見ていたらしい。いや、わかっていたことだが、思い知らされた。
あの子は、習わずとも、覚えていったのだ。まだ赤子の身で、私が魔力で心臓を操作するのを……」
――そして、いまでは完全に心臓の操作を自身のものにして、自分で生きている。
私がそういうのをベアトリクスは静かに聞いていた。
「そうか。大切に想ってるんだな……。意外だ。人情や情熱みたいなものを嫌っていそうな
「否定はせん。何かあれば最後は
他ならぬ自分自身が知っている。
他者に優しくできるのは、片手間で可能な範囲までだ。
「では、もう一つ。なぜ――ヴェラというあの子は、生きている?」
「…………」
ベアトリクスがさらに訊ねた問い。
それに対する答えを、私は持ち合わせていない。
いや、それらしい解答はできるか。
そのまえに、確認しておかなければならないことがある。
「どこまでわかる?」
「どこまで、とは?
私には――あのヴェラという子に
あの子自身の魔力を一切感じられないことしかわからなかった」
「わかっているじゃあないか……」
もう、私が語るべきことが無くなってしまったぞ。
この場合、私の口から語るから意味があるのかもしれないが……。
「メラを産んで以来、ヴェラの身体は魔力を
――そして、魔力を
「そんなことが――あるから、ああなってるのか……。
信じざるを得ない、というわけだな。
でも、それじゃあ――」
「魔力を循環させ続けなければ死ぬ」
「!!」
「いまは私が供給して、ヴェラ自身が操作している。できるようになるまで、
なにせ、出産直後から
魔力と呼吸で回復するとはいえ、消耗はするし疲労もするし、他にもやることがたくさんあったのだから。
眠る
「
「残念ながら、ない。魔力が精製できなくなり、絶やすと死ぬ、なんて。
たぶん、そんな人がいたら、もう死んでいると思う」
「そうだろうな……」
他者に魔力を供給するだけならまだしも、供給された他者の魔力を操作するなど、私でもできるかどうか……。
それができるようになったのは、ヴェラという女にその手の才能があったのと。
魔力が自力で精製できなくなり、魔力を絶やすと死ぬ。
これは、治療法を探しに人の世に
(――いや、そう結論付けるのは
「………………」
「………………」
月を眺める。
ほぅと息を吐いて、夜空を見上げれば、ベアトリクスも私にならった。
しばらく、そうしていた。
「
「――勝つ」
いきなり、私が刀を
「――私はベアトリクス。ただのエルフの魔剣士」
「私は、クレア。
夜は長い。
自己紹介は済んだ。
では、