おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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残酷な描写MAX

苦手な方はご注意ください。

本当に


17.鬼の才能

 

「やった」

 

 

罠の天井を落とした影響で、穴の中の空気が押し出される。

 

その空気で生まれたり風を浴びながら、少女は笑った。

 

思いきり槍を投げてまだ(しび)れる腕をぐっと握り、喜びを表現する。

 

 

暗く光がない瞳。

黒い髪、猫の耳。

 

 

「やった。――やった、やった、やった」

 

 

裏町の端、ごみ溜め。

少女が真の意味で人生を始めた、あるいは、やめた場所で。

 

また二人、獲物(えもの)仕留(しと)めたことに、少女は笑った。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

少女は孤独だった。

 

 

親の顔は知らないし。

 

自己を俯瞰(ふかん)できる歳になるころには、もう浮浪(ふろう)の身だった。

 

同年代の子どもとは、エサを取り合う関係で、同類とは思えこそ、仲間とは思えない。

 

 

毎日が、街という野生の中で、食うか食われるかの生存競争。

 

少女は、ひとらしい暮らしを知らなかった。

 

 

 

 

少女自身は数えていないが、10歳の初夏、転機が訪れた。

 

少女の背中にできた黒いこぶ。

 

昨今(さっこん)、悪魔憑きとして忌まれるこれが、少女に光明(こうみょう)をもたらした。

 

 

 

「はっはっはっ! こりゃーいい! 『悪魔(あくま)()きの肉を食べたら強くなれる』、まさかこの話が本当だったなんてなぁー!」

 

 

(――なにが、たのしいんだ……?)

 

 

10歳のある日、とりわけ身体が怠かった日。

 

背中にこぶを作ってから、少女の体調は悪くなる一方だった。

その日は前日の雨を引きずって湿度が高く、住み処にしているごみ溜めのにおいが最悪だったのもあるかもしれない。

 

クラクラする頭で、それでもその日の(かて)を得るためにごみを(あさ)っていた。

 

 

そんなとき、突然、若い魔剣士の集団に捕まる。

 

(――しまった、油断した)

 

普段ならこんなヘマはしなかった。

 

朝から妙に怠いのと、こんなごみ溜めの奥にわざわざ来るやつなんて、少女と同じ浮浪者くらいしかいない。

ごみを漁らなきゃ生きていけない程度の浮浪者なら、どうとでもなる。

 

そう思っていたから周囲の警戒を(おこた)った。

 

 

少女が心の中でどれだけ言い訳を重ねても、起こったことは変わらない。

 

取り返す機会なんてない。

 

生きるか死ぬかの生存競争の中では、失敗が()()()死につながる。

 

 

少女の命運は、魔剣士らに捕まった時点で、()きる――はずだった。

 

 

 

「ぅぁあああはぁははははは!! あーっはっはっはっはっは!!」

 

 

魔剣士の集団の中で(しいた)げられていたらしい、青年魔剣士が覚醒しなければ。

 

 

(――なにが、おもしろいんだ……?)

 

 

自らの死を一度、(さと)り、それがあっさり覆されるという経験を経て。

 

絶望的な状況をひっくり返す力を見て。

 

少女は初めて、他者に興味を持った。

 

希望を見つけた気がした。

 

 

すごい、と素直に思う心があった。

 

つよい、と(あこが)れる心があった。

 

かっこいい、と()れ惚れする心があった。

 

――うらやましい、と欲しがる心があった。

 

 

 

(――ワタシも)

 

 

未だ、哄笑(こうしょう)を上げる魔剣士の青年は、自分の背中のこぶを食べて力を手に入れた。

 

そうして、絶望を切り(ひら)いた。

 

ならば、自分は何を食べればいいのだろうか?

 

こぶ? 背中?

血? 肉?

他人? 自分?

 

どれを食べれば、自分はあのように力を手に入れて、強くなれるのだろう?

 

 

(――すごく、つよく、かっこよく、なれるかなぁ)

 

 

全部、試せばいい。

 

シンプルで確実な解答に従い、少女の小さな手は、魔剣士の一人が落とした剣を握った。

 

何かの拍子に(ゆる)んだのか、縛っていた縄はほどけていた。

 

 

(――まずは、あの背中から)

 

 

それは少女渾身(こんしん)の一振り。

 

少女自身も意識しないまま、悪魔憑きの膨大な魔力を込めて剣は振り抜かれた。

 

――ザシュッ!!

 

 

「あ゛あ゛ん?! なんだぁ――ぁ?!」

 

(――あ、行きすぎた)

 

 

剣は背中を突き破って、心臓を貫き通して、胸から切っ先が生えていた。

 

 

(――まぁいいや、刺さったやつ全部、食べよう)

 

 

剣に刺さった肉をできるだけ地面に落っことさないように、中身を()()()()()()()剣をひねりながら抜き。

その剣にくし刺しになった心臓にかぶりついた。

 

 

「ぁああああ゛!! がえ゛ぜ、俺のじん゛ぞう゛!!」

 

 

魔剣士の青年の声は聞こえていなかった。

 

 

(――おいしい)

 

 

少女は、初めて食べるひとの肉の味に、感動に打ち(ふる)えていたのだから。

 

 

 

 

そして、化けものは誕生した。

 

 

人の肉の味を覚えた少女は、人を狩ることを覚えた。

 

 

どうやれば狩れるか、どうやれば効率がいいか。

どう解体するのがいいか、どう保存するのがいいか。

どこを食えば美味いか、どこを食えばより力を得られるか。

どの獲物が美味いか。

 

 

どこを食えば美味いか、どこを食えばより力を得られるかは、初めて食べた魔剣士たちでだいたいわかった。

――心臓が特に美味いし、特に力がみなぎる。

 

狩りのやり方は、いなくなっても誰も気にしない自分の同類を狩って覚えた。

――ものをすり盗ってゆっくり逃げてやったら、だいたい追いかけてくる。そうしたら、人気のないところに誘い込んで狩る。

一月(ひとつき)そんなことを繰り返して、狩りのことが露見(ろけん)してからは、開き直って確かな身分がある者も(ねら)った。

 

どう解体するか、どう保存するかは、これらの過程で覚えた。

――心臓をくり抜くなら脇腹から刃を入れるのがいい。保存は利かないから狩りやすそうな獲物を()(みつくろ)っておくのがいい。

 

どの獲物が美味しいかは、いろいろ食べて比べて調べるつもりだったけど。

その段階になると、こいつは美味そうだ、こいつは不味そうだ、と()ぎ分ける嗅覚(きゅうかく)が発達していた。

――一番は魔力が多い美人の女、二番は魔剣士の女、三番は男の魔剣士。美味いほど、たくさん力がみなぎる。

 

 

気が付けば、悪魔憑きになりずっと続いていた怠さは消えていた。

 

背中は相変わらず真っ黒けだけども、こぶはしぼみ、痣のようなものになっていた。

 

 

それだけではない。

 

人を狩るようになってから、少女の生活は充実した。

 

 

人の血肉にはひとに必要な栄養がすべて備わっている。

ガリガリの身体には肉が付き、体力も筋力も付いた。

 

英雄の血が濃く(あらわ)れた者の肉を食らい続けたことで、少女の魔力もどんどん成長していった。

 

覚醒した青年が持っていたものをはるかに超える、力を収める器としての才能を、少女は持ち合わせていた。

 

 

体力があり、筋力があり、魔力もある。

怠さがなくなり、頭も()えている。

 

できることは増え、活動範囲は広がった。

 

それ以前の生活とは、雲泥(うんでい)の差。

 

食うか食われるかの野生は、食えることが当たり前の生活になった。

 

 

(――あぁ、これが人間なんだ)

 

 

食えることは、当たり前。

 

なにを食うか、どう食うか、どれだけ食うか、数ある選択肢の中から選んで、食卓につく。

 

単に食うだけでなく、余裕を持って食うことを楽しめる。

 

 

(――これがひとらしい暮らし(ぶんめい)なんだ)

 

 

少女は、(どうぞく)食いという、ひととして最大の禁忌を犯して、ひとらしい暮らし(ぶんめい)を手に入れた。

 

ごみ溜めで魔剣士らに捕まったあの日、少女は人生をやめて、同時に、人生を始めたのだ。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「やった」

 

 

ときは戻る。

 

 

ごみ溜めで。

黒猫の少女はとびきりの獲物を二人、仕留めた喜びに拳を握る。

 

拳の手の甲には、背中からずいぶんと広がった黒い痣のようなもの。

 

これが何なのかはわからないが、これが広がるほど力が増す。

そのため、力の証のようなものと少女は(とら)えている。

 

 

「やっ――t ?」

 

 

視点が低くなった。

 

なぜ、と傾げた首がころんとそのまま転がった。

 

()ばそうとした手はもう、胴体とつながっていなかった。

 

 

「おそろしいほどの異臭。なぜ気付かなかったのか……。

異質な魔力、おかしな血の動き。もしや、これは……血鬼術(けっきじゅつ)、か?」

 

 

転がっていく頭の耳が聞いた声は。

 

昨夜聞いた、さっき仕留めたはずの幼い獲物の声だった。

 

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