おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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18.鬼

 

ころころと、純黒の髪の頭が転がった。

 

夕日のもとで、真っ暗な瞳が空を見上げるが、それは何も映さない。

 

 

十五に()かれた少女の身体は、間を置いて、思い出したように血を吹き出す。

 

 

「太陽に……()きつくされる様子はない、か……」

 

 

(――では、鬼ではないのか……?)

 

 

「まだ子どもだったな。やったことは許されないけど、何があったんだろうな」

 

 

外壁の穴を脱出してから、共に隠れて娘の様子を(うかが)っていたベアトリクスも出てくる。

 

 

私は、黒猫の娘が我々を殺そうとしたのだということを態度から確信した時点で、殺すことを決めたが。

 

ベアトリクスならばどうしただろうか?

 

 

いや、それよりも。

 

 

「この娘のおぞましげな異臭、斬るまではわからなかった……。加えて、この異質な魔力と血の流れ……心当たりは?」

 

「わからない。ただ、魔力の感じは吸血鬼に似てる気がする。――いや、やっぱり気のせいかも」

 

「どっちだ……?」

 

 

ベアトリクスは、黒猫娘の異質な魔力に何か心当たりがありそうだったが。

どうにも正体を(つか)(そこ)ねているようで、答えがはっきりしない。

 

 

(――血鬼術とは別のものと見ていいのか……?)

 

 

「『魔力には無限の可能性が宿っている』……って、ラワガスで会った研究者が言っていた」

 

「ふむ?」

 

 

しばらく考えて、ベアトリクスはそんなことを口にした。

 

「太古の魔女は、魔力を使っていろいろなことができたらしい。

魔女は魔獣のようなものだったとも言われているけど。

その研究者は、太古の魔女は私たちとあまり変わらない生きものだったんじゃないか、って主張してた。

――私たちも、どうにかすれば魔女が使った魔術を使えるようになるかもしれない、って」

 

「なるほど」

 

 

森の化生(けしょう)を観察すれば、魔力を発端(ほったん)にしていろいろな現象を起こしているのがわかる。

 

だから、魔力には無限の可能性が宿っていると仮定。

ならば、その魔力を保持する人間も、方法次第ではもっと様々な現象を引き起こすことができる、と。

 

 

「この娘も魔女の魔術を発動していた、と?」

 

「そこまではわからない。話を聞いただけで、詳しくは知らないんだ。

私では、魔術かどうかも判断できない」

 

 

「ではたとえば、不死身になる魔術、のようなものに心当たりはあるか……?」

 

「不死身……魔獣の生命力は(のき)()み高いけど、やっぱり吸血鬼かな。魔術じゃなくて特性だけど。

――やつらは高位になると、心臓を潰さなきゃ死ななくなる」

 

 

「そうか……。節々(ふしぶし)で斬りわけるだけでは、足りなかったか……」

 

 

私のその言葉を待っていたわけではないだろうが。

地面に広がる血が波を打ち、転がる頭の瞳がぎょろりと動いた。

 

 

「……っ! なるほど、本当に吸血鬼みたいだ」

 

ベアトリクスも気が付き、剣を鞘から抜く勢いに任せ、転がる胸部を真一文字に一閃(いっせん)する。

 

 

果たして、神速の一閃は剣筋(けんすじ)通りに通った。

 

黒猫娘の胸の真ん中を上下に別けたが、

 

「――なっ」

 

「いよいよ、(あやかし)じみて来たな……」

 

 

とろり、と肉が溶け、血溜まりと融合する。

 

剣閃(けんせん)などなかったみたく、(きず)も体もない状態となった。

 

 

溶けた血溜まりがまた波を打ち、血の赤から暗い黒に色を変える。

 

その光を失った瞳に似た黒が、こちらをじっくり観察しているように思える。

 

 

「あはははっ! なんで生きてんのワタシ?!」

 

黒い水たまりを作る黒液(くろえき)が形を変え、無数の剣や槍に形を変える。

 

「なんで動くの、手も足も! どんな状態なの?! これ?!」

 

黒液から生み出された槍剣(そうけん)が伸び上がり、全周から私たちを襲う。

 

(――速度はそこそこ、問題ない)

 

型を使わずに、それらを斬り払う。

 

斬り払う際に、届く範囲で細切れにしてみるも、

 

「あはははっ! なにこれ! なにこれ! なにこれ! すごい! つよい!

ワタシ! かっこよくない?!」

 

形を変えて液体状になり、斬ったこと自体がなかったことになる。

 

再生と表現してもいいものか。

黒猫娘の声に(こた)えた様子はないが。

 

 

ベアトリクスも、同じようなことを(ため)して、無駄そうだとため息をこぼしている。

 

 

「あはははっ! 効かない、効かない、効かないっ! ねぇー美人さんたち、早く諦めてワタシに食べられちゃいなよ!」

 

 

「切りがない……」

 

「どうだろうな。吸血鬼なら、魔力が少なくなれば再生力は落ちるが」

 

「ならば、斬りつづけるか……?」

 

武神(ぶしん)としては、街の中に現れた脅威(きょうい)を無視できない」

 

 

ベアトリクスは撤退するつもりはないらしい。

 

私も、この黒猫娘の状態が如何(いか)にして成立しているのか、興味がある。

 

 

そういう意味では、願ったり叶ったりか。

 

 

「あはははっ! あはははっ! さぁ、もっと! もっとつよく!――死ねぇ!」

 

 

「いろいろと試せばよいか……ホオオオ」

 

「その構えはっ!!」

 

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月(えんきづき)(つが)

 

 

「あははa――?!!」

 

黒猫娘の笑い声が途切れる。

 

 

「ぁa Aaaaぁ?! いたぁ?! なんで?! いたいなんで?! なんでなんでなんで?!」

 

 

「これが、クレアが言っていた、呼吸術と血液操作による型という技か。すさまじいな。――ん?」

 

「…………ん?」

 

 

どうせ無駄だろう。

 

いくら同時に斬る数を増やしたところで、大きさを変えたところで、変わらないだろう。

 

それでも、ものは試しにと放った月の呼吸が――効いている?

 

 

「くそ! ころす! ころすころすころすころすころすころすころす!!」

 

 

また、広がる黒液が槍剣を大量に作って、突撃して来る。

 

 

私は刀を構える。

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 (ろく)ノ型 常夜弧月(とこよこげつ)無間(むけん)

 

 

広範囲を蹂躙(じゅうりん)する、細やかな斬撃の()れが、黒い水たまりを駆逐(くちく)する。

 

 

そうすると、

 

「ぁっ、ぁaaAAAああああ!!」

 

やはり、苦悶(くもん)の悲鳴が上がった。

 

 

どこから、声を出しているのかわからない。

しかし、痛苦(ダメージ)を与えているのは間違いなさそうか?

 

このガラスが割れるような悲鳴が、演技だとしたら大したものだ。

 

 

「む、どういうことだ……?」

 

「もしかしたら――クレア、この技は血を使うと言ってたけど、本当か?」

 

「あぁ。無駄をなくすと色が抜けて、わかりづらいが……血を、斬撃にしたものだ」

 

「じゃあ、もしかしたら、クレアの攻撃があの子の攻撃と同じ性質だから、ダメージを与えられているのかもしれない。

この黒い水も、もともとはあの子の血だろ?」

 

「そんなに単純なものか?」

 

「他に考えつかない」

 

「……攻撃できるなら、よいか。――ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 ()ノ型 落天(らくてん)崩月(ほうづき)

 

 

「あa Aaあぁあああ!!」

 

 

 

 

ベアトリクスの仮説が当たっていたのか、別の要因か。

 

呼吸の型で斬り続けた結果。

 

こちらを害そうと、度々(たびたび)、攻撃が激しくなるが、総合的には少しずつ攻撃の勢いは弱まっていた。

 

大きく広がっていた黒い水たまりの範囲(はんい)は明らかに(せば)まり、黒液の総量も減っているように感じる。

――圧縮しているのではないのなら、減っているのだろう。

 

 

黒猫娘の声も、悲鳴から怒声、怒声から呪詛(じゅそ)、呪詛から咆哮(ほうこう)推移(すいい)した。

 

それでも、型を使って斬っていると、咆哮は慟哭(どうこく)へ変わり、慟哭から悲鳴に一周回って戻って来る。

 

 

そして、ついに。

 

 

「ホオオオ……」

 

「ゃぁああごべん゛な゛ざい゛!! ワタシ、わる、がっだがら゛、ごべん゛な゛ざい゛!! ゆるじで!!」

 

 

許しを請うようになった。

 

 

月の呼吸――

 

「ストップだ、クレア。もういい、もうやめよう」

 

 

(とど)めを()そうとした私と、すっかり小さくなった黒い水たまりの間に、耳長の女が立つ。

 

身を(てい)してでも守る構えだ。

 

 

「はっ偽善者め、死ね!!」

 

ベアトリクスの後ろから、黒い槍が高速で(せま)る。

 

 

「大丈夫。これくらいで私は死なない」

 

その攻撃を、ベアトリクスは見もせず防いだ。

 

 

「うん。君にもう私を殺せるほどの力は残っていないし、クレアじゃなくて私でもたぶん魔力ですり潰せる、気がする」

 

「あっ、あっ、ぁぅぅ」

 

 

「だから話してくれないか、君のことを」

 

「ぅえ?」

 

「ずっと気になってたんだ」

 

「?」

 

「君と初めて会ったときも。君に罠にかけられたときも。君のバラバラになった死体を見たときも。君と戦ってるときも」

 

「?!!!」

 

 

(――そういえば、そんなことを言っていた気がする。

あれはてっきり、同情から黒猫娘の事情に寄り()おうとしたのだと思っていたが……)

 

 

そういえば、かわいそう、などの憐憫(れんびん)の言葉は一言も聞いていない。

 

 

「私は君のことが気になって殺せそうもないんだ。その間、私は君のことを殺せないし、クレアの攻撃からも守る、全力で身命(しんめい)()して」

 

 

(――本当に、とても気になっていただけなのか?)

 

 

「だから、君のことを話してくれないか?」

 

 

 

――のちに、ベアトリクスは語った。

 

――興味が向くと熱中してしまってね。

――つい、やり過ぎてしまうんだ。

 

と。

 





緊張感が薄いのは過剰戦力だから

ベアトリクスだけでも時間をかければ殺せますし、逃げたり無力化するだけなら短時間で可能でした
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