ほとんど会話の回
魔剣士協会の盗賊退治の依頼で訪れたクィモーノ領。
しかし、私が盗賊らを見つけたときにはすでにその者らは
代わりに、ただならぬ力量をうかがわせる男――少年が一人
どこか懐かしいにおいがする彼と、私はいくらかのやり取りを
そして、その底知れない実力を知りたくなった私は、彼に一つの頼みをする。
――「一手、
彼――ミノルはそれを了承。
初めは私が優勢だった戦い、実力を
だが、ふとしたときミノルの雰囲気が変わる。
次の瞬間、これまでにはなかった
彼はなんと、戦いの中で呼吸術を習得し、自分なりの型を
激化する戦いの中で、だが、
ミノルの身体が幼いこともあって、長く続く戦いに体力と耐久力が限界を
しかし、あえて言うのならば、これほどの才能。
あと数年もすれば、本気の私と
彼からはそれほどの才能と
そういった経緯で私はいま、戦いの果てに倒れたミノルの治療を終わらせ――ついでに自分の治療も終わらせて――、
ヴェラが膝枕と呼んでいた姿勢だ。
『世の男の誰もが喜ぶ、最高級の枕を体現する姿勢』らしい。
変なニュアンスを感じるが、まぁいいものならいいだろう。
「この血のにおい……やはり、姉弟か。遠くとも、いとこだろう」
戦いの中で気が付いたこと。
どこか懐かしいにおいを
最近、鬼化を試みて、さらに鋭くなった嗅覚が、私の血とミノルの血のにおいの
これほど、似通った血のにおい。
かなり近しい関係だ。
最低でもいとこ、おそらく私たちは姉弟。
それが、こうして
(――今世での弟との関係。因果だとするなら、前世での善因に心当たりがないから、悪因悪果となるのだろうか……?)
できることなら、今世でまで前世のような
「ん……んん……。ん、あれ?」
私が答えの出ない考えを巡らせていると、膝の上のミノルが目を覚ました。
「あ。あ~……これ、もしかして、負けた?」
「勝った、私が」
「マジかぁ……マジか。うわ、マジか、うわぁ。負けたかぁ……ぜんぜんダメだな、僕」
「発展途上だな……修業が足らんかった。あと、身体の成長も足らんかった」
「ずけずけ言うね。同意だけど」
ミノルは目を覚ましてから、雰囲気や口調が変わった。
かしこまった場とそうでない場で、態度を分けているのだろう。
「前途ある者にとって、
成長する
「ああ、うん。今回の君との戦いで新しい戦術も得られたしね。あの息を使った能力強化って――え?」
ミノルは言葉の途中で、空を見上げた。
東から明るくなり始め、もう間もなく太陽が姿を見せるだろう。
「やばっ、帰らないと!」
がばり、とミノルは起き上がる。
その顔には
「用事か?」
「そうとも言うし、そうじゃないとも……いや、うん、用事用事! ほぼ用事! だから、僕もう行くね!」
言って、ミノルは起き上がり、走り出そうとするが、
「っとと」
「平気か?」
小さな身体がふらつく。
私は彼の身体が倒れないように、支えた。
「ふらついている。急ぐなら、私がお前を抱えて運ぼう。――どこだ?」
「え? カゲノー男爵
「頼みを聞いてもらった礼、もしくは、
「うーん。いや、いくら、いまの僕が子どもだからって、女の子におんぶされるのは――」
「では、行こうか」
「――は?
ミノルを肩に抱えた私は、ミノルの目的地らしいカゲノー男爵領へ向かって走り出した。
幸いカゲノー男爵領は、その隣の領地に足を運んだことがある。
カゲノー男爵領の領都や男爵邸がどこにあるかまで把握していないが、それは男爵領に入ってからミノルに聞けばいいだろう。
私は、朝焼けが
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
走っている途中、肩に抱かれる体勢は辛いからと変えて、背中におぶった。
「言いそびれていたが、礼を言う。この度の
「どういたしまして。僕もとても有意義だったよ、ありがとう」
私は背中のミノルに礼を言った。
ミノルはそれに応えて、あっそういえば、と続ける。
「さっき、聞きそびれたんだけどさ。あの息を使った能力強化って、
「協会の者たちのようなことを言うのだな」
ミノルの
みな、同じことを考えるものなのだろうか?
「そんなことはない。習得したいなら習得しても構わん。いまの私にそれを
「いまは、ってことはまえはあったの?」
「昔のことだ」
「あったんだ……」
前世のことだ。
あの御方の命で、日の呼吸の剣士を狩っていたからな。
今世でそんなことをする理由は、いまのところない
「『私たちはそれほど大そうなものではない』」
「なにそれ?」
「この呼吸術を開発した、いわば呼吸術の
「へー、あの能力強化、呼吸術っていうんだ。そのまんまだね。で、大そうなものではない、ってどういう意味?」
「いまも世のどこかで、その開祖すらもしのぐ才能を持つ者が生まれている。
だから、いずれ自分たちと並び、さらには超える者が現れる、という意味だ。
――自分たちがいなくなったのち、呼吸術を
――“いつでも、安心して、人生の幕を引けば良い”
あとを
が、才能うんぬんに関しては、前世の私をくだした者たちやいま背負っているミノルを見れば、同意できなくはない。
(――縁壱に届くのかは疑問だが……)
「開祖がそのような者であった以上、見習うべきだろう。――呼吸術を習得しているからと言って
「ふーん……」
「と、カゲノー男爵領だ。男爵邸にはどう行けばいい?」
「おっ、早いね。じゃあ、えっと――」
カゲノー男爵領の境界をまたいでから、ミノルの案内に従って道を進む。
とは言ってもこのあたりは自然豊かな田舎。
馬車やひとの通行の
大雑把な指示だけもらえば、あとは走るだけである。
「協会では、『武神』の秘伝と
つい、ぼやく。
魔剣士協会でされている、呼吸術の開発者が『武神』ベアトリクスであるかのような誤解に。
「さっきの開祖の
「呼吸術は『武神』が開発したのではない、と何度も説明を試みているのだが、聞く耳を持たれない。
――いまのところ、『武神』と私しか使い手を見ないからか。秘伝と思われて、触れてはならないもののように扱われる」
「
「律儀?」
「だって『武神』? っていうひとの秘伝とかさ。知れる
僕なら知りたいし、覚えたくなると思う」
戦いをなりわいにして、力を求めている者なら知りたがるほうが自然に思える。
前世の私がその最たるものだったから、理解できる。
「む……たしかに。では、なぜ
「それは、たぶん現れてるけど、
「現れている?」
「そうそう、クレアや『武神』ってひとが戦ってる姿とか見て、秘伝を知ろうとしたし覚えようとしたけど。知ることも覚えることもできね~、ってなったんだと思う。
――そんで、表向きは秘伝って話が広まってるんでしょ? 直接聞けないから、ほら、諦めるしかない」
なるほど。
(――ならばやはり、ミノルのような、戦いながら、見るだけで理解し習得するような者は、そう多くないのだな……。
少し安心した。情けないことだが)
そんな話をする内に、地平線に街の外壁が見えた。
あれが領都か。
もうひと走りだな。
「誤解を解きたいなら、もっと積極的になってもいいかもね。――さっきみたいな逸話を広める……のは難しいって話だから。
え~と、実際に君と『武神』以外の使い手が現れれば、秘伝じゃないって言いやすくなるんだけど……」
私とベアトリクス以外の使い手。
メラを
使い手として
ならば、
「そうか、道場を開けばいいのか。それで私たち以外に使い手を育てれば、秘伝ではないことの証明になる……」
「そうそう。秘伝じゃなくて、新しい武術流派とか、護身術とかって言って教えればね。とりあえず、教えることはできるでしょ(たぶん)」
道の先の街の外まで着いた。
「と、ここでいいよ。ありがとね、送ってくれて。戦いとか、楽しかったよ。――次は勝つね?」
「こちらこそ、改めて礼を言う。また、会う機会があれば仕合おう。――
じゃっ、と手を
東の空を眺めながら、語り出す。
「?」
「――ときは
ある強大な種族に人類は支配されていた。
――それは、
「?!」
「人類は彼らに一方的に捕食され、たまに気まぐれで見逃される。そんな
彼らはあらゆる面で、人類の上を行く。
魔力の量では敵わない。
もちろん素の身体能力でも敵わない。
再生力も寿命の長さも人類よりもはるかに優れる。
人類は彼らに敵わない。
太陽という弱点はあるが、それはつまり、夜に出会おうものならその者の最期であるということだ。
――だから、魔力に頼らない能力強化の方法が、彼らを殺し尽くすための技術が、人類には必要だった」
「?!!」
「――そこに、まるで人々の願いを受けて生まれた救世主であるかのように、一人の奇跡的な天才が現れる。
彼こそがそう、呼吸術の開祖……」
「?!!! どこでっ、それを……?!」
「なんてね! ひとに覚えてもらえる話って、面白さも大事じゃん。
開祖を覚えてもらうには、流派の由来みたいな、それっぽくて面白い話があったほうがいいと思ってさ。
――じゃっ、改めて送ってくれてありがとね!」
今度こそ、笑顔でミノルは街へ走って行く。
朝日に照らされた後ろ姿がどんどん小さくなる。
「…………底知れぬな……」
一体、どこまで知った上で先程の話をしたのだろう。
(――私のことについてはわかって語った、と見ていいか?
わざわざ私に向かって語ったのだものな……)
すさまじい。
「また、
新しい武術流派というアイデアももらったのだし。
昨晩も、仕合いに付き合ってもらったのだし。
次、会いに来るときは何か礼の品を持って来たいところだな。