おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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20.カグツチ2

 

魔剣士協会で、盗賊はすでに何者かの手によって殲滅(せんめつ)されていた(むね)を報告する。

 

調査隊を現地に派遣して、報告内容が正しかったかを確認するまで依頼は一時中断というので、これ以上私にやれることはない。

 

 

魔剣士協会がある街から出て、私は帰路(きろ)についた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

高原に到着するころには、朝も終わりを迎える頃合(ころあ)い。

 

昼が近かった。

 

四年前は、この高原から街までの道のりに半日もかかっていたのだと考えると、だいぶん足が速くなったものだ。

 

 

外から見ればもう屋敷か要塞(ようさい)にしか見えない、大きな岩でできた建物――家に帰りつく。

 

 

 

「おかえり、お姉ちゃん」

 

 

家の入り口の手前では、もう7歳になったメラが文字を刻んだ石の前に座り込んでいた。

 

手には白い花。

ふちに布をかけたバケツが横に置かれているのを見れば、自然と何をしていたかはわかる。

 

 

「ただいま帰った。変わりないか?」

 

「お母さんが今朝はちょっと元気で、朝ごはん作ってくれた」

 

「そうか。それは、よかったな……」

 

「うん。まぁ、いまは疲れて寝てるけど」

 

 

身体の機能は正常に稼働しているはずなのだがな……。

 

魔力を操作し続ける精神的疲労もあるだろうし、それては別にどこかに、無理があるのだろう。

 

根本的に魔力を精製できる体質に戻せなければ、人並みの健康は望めないか。

 

 

「ミーコは看病(かんびょう)か?」

 

「んや、ビビンバと狩りに行った」

 

「ほぅ、それはありがたいことだ。では、私は……一先(ひとま)ず、ヴェラの様子を見に行くか」

 

 

起きていたなら話したいことがあったが、眠っているなら無理か。

 

 

それは、もっと早く持ちかけることもできた提案。

 

しかし、この世界で血鬼術の根底を構築しているのは魔力によって操作された血液。

 

魔力を自力で精製できない体質というのは大きすぎる障害に思えた。

 

 

十中八九、失敗すると踏んでいる。

 

それでも、可能性はあるから提案することにする。

 

 

「うん。わたしは――あっ、そうだ。お姉ちゃん」

 

「何だ?」

 

「あとで、稽古(けいこ)つけて」

 

「? あぁ、わかった……。ヴェラに異変がなければ、また外に出る」

 

「じゃあ、わたしはお墓の掃除してるから」

 

 

そうして、メラはバケツの雑巾(ぞうきん)で、文字が刻まれた石――墓石を拭き始めた。

 

墓石には、

 

『   種を越えた愛を持つ

   愛情深き、母なる黒き牛

 

        ここに 眠る』

 

と、刻んである。

 

 

まだ、赤ん坊だった頃のメラの命を、薬草と交換したミルクでつないでくれた黒毛の大牛だ。

 

一年前に寿命で死んだ。

 

ずっと牛乳を提供していてくれたのだし、()みついていたのもあって、メラにとっては乳母みたいなものだったのだろう。

 

死んだときは、それはもう、この世の終わりのようにメラは泣き、暴れまわっていた。

 

 

野生には生きものの死は(あふ)れかえっているから、死そのものを理解できないわけではなかったろう。

しかし、家族の死を受け入れるのは難しかったようだった。

 

 

いまもこうして、毎日、墓参りをするくらいにはかの黒牛の死を(いた)んでいる。

 

 

(――自分以外の何かの死を悼む心……。私が、他者の死に感傷を覚えなくなったのはいつからだったろうな……)

 

 

心の内を素直に外に出す子どもを見ていると、人間の本性を思い出し(なつ)かしく思うのと同時に、自分の心がどれだけすり切れているのか実感する。

 

 

私は墓を拭うメラの姿から目を切って、玄関に続く階段を上がった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

案の定、ヴェラは寝ていたので、魔力の流れが正常に巡っているのだけを確認して着替えをして外にで出た。

 

 

 

メラは剣を提げて、墓の前に立って待っていた。

 

掃除はもう終えたらしい。

ぼんやり、墓の文字を眺めている。

 

 

「待たせた」

 

「……あ、お姉ちゃん。どうだった、お母さん」

 

「安定しているように見えた。しばらくは、良いだろう」

 

「よかった。お姉ちゃんがそう言うなら、大丈夫だね」

 

 

メラが自分から稽古をつけてほしいと言い出すのは珍しい。

 

 

身を守る術として、三日に一度くらい、呼吸術と血液操作を用いた剣を教えている。

 

かなり才覚があるのだが、いかんせん、メラはやりたいことだけやりたがる気質のため、鍛練は最低限で済ませてしまう。

 

 

それに関して、とやかくは言わない。

 

十分、戦えるくらいの力は得ているから、あとは本人の自由だ。

 

 

だから、三日に一度の稽古以外で自発的に剣を振るのは、うさぎやはぐれの獅子(しし)を狩るときくらいだった。

 

 

それが、自分から稽古を望むとはどういう風の吹き回しなのか。

 

ほぼ間違いなくヴェラのことなのだが、とりあえずそれは口には出さず、稽古をつけることにする。

 

 

稽古をつけると言っても、もう呼吸術も血液操作も実戦で使っているほどだから、やるのは打ち合いだ。

 

 

そもそもこの二つの技術は、個々人により千差万別、一人前以上になればあとの修練は自問自答じみたものになる。

 

他人の立場からできることは、気が付いたことを指摘、参考になりそうなものを提示、打ち合いの相手になる、くらいのもの。

 

 

 

 

家を遠くに見ることができる、岩の舞台(ぶたい)

メラと向かい合う。

 

 

「ジィィィ……」

 

 

陽炎(かげろう)の呼吸 壱ノ型 熱波(ねっぱ)揚々(ようよう)

 

 

(だいだい)の瞳が、陽炎《かげろう》のように揺らめく。

 

わずか7歳の幼子が低姿勢で駆けよって来て、剣を手に、はしゃぐようにくるくると舞い上がる。

 

 

――カカン、カカン、カカカンッ!

 

 

回転しながら振るわれる刃を防御するたび、独特の振動が私を襲う。

 

骨がギシギシと音を立てて(いた)み、神経がジリジリと悲鳴をあげて(しび)れる。

 

 

訓練のために強度を落とした身体は、しかし、魔剣士協会でも上澄(うわず)みの魔剣士レベルの強度。

 

剣を打ち合ったときに生じる微妙(びみょう)な振動は、精鋭クラスの肉体にすら、確実にダメージを与える。

 

 

「ジィィィ……」

 

 

陽炎の呼吸 参ノ型 夏日(かじつ)のうわつき

 

 

――カコンッ、カコン、カコンッ!

 

 

続いて軽く剣と刀を打ち合わせて鳴った音を聞いた瞬間、くらりと、のぼせるような目眩(めまい)を覚える。

 

 

視界が一瞬暗転し、すぐに晴れるが、晴れた視界にメラの姿はない。

 

 

気配からメラの居場所を察知し、背後に剣を置く。

 

 

「ジィィィ……」

 

 

陽炎の呼吸 弐ノ型 終日(しゅうじつ)晴天(せいてん)炙羅(あぶら)()

 

 

ガゴン、と背後に置いた剣に強い衝撃。

 

あえて衝撃に逆らわずに、力が加わる方向へ跳ねて移動。

 

一振りだけメラに空振(からぶ)りさせて、その間に私は体勢を直す。

 

 

空振りから続けざまに振るわれる剣が、私を追いかける。

 

 

――ガゴン、ガゴンガゴンッ、ガゴンガゴンガゴンッ!

 

 

防御する私の刀に、力強くて独特な振動を伴う衝撃が、連続で打ちつけられる。

 

剣を伝うのは赤い水――それはまぎれもないメラ自身の血。

私の刀と打ち合う度に、魔力で超圧縮された血液が爆発を起こし、振動と衝撃を生む。

 

超圧縮による爆発、メラが主に使う血液操作による技だった。

 

 

メラの剣から私の刀へ、私の刀から私の身体へ。

 

振動と衝撃が伝わり、また骨がギシギシと傷んで、神経がジリジリと痺れる。

 

いくつかの骨にひびが入り、いくらかの神経がちぎれるのがわかった。

 

 

また、聞こえる音が、私の意識をくらくらと揺さぶる。

 

 

――これがメラの剣。

 

行きすぎた太陽の(めぐ)みは、ときに(やく)となって襲いかかる――陽炎の呼吸。

 

 

メラの剣から発生する独特の振動が身を苛み、音波が意識を撹乱する。

 

さらに、爆発する血液により、それらの威力は強化される。

 

 

「ジィィィ……」

 

 

陽炎の呼吸 ()ノ型 突沸(とっぷつ)血潮(けっちょう)裂焦(れっしょう)

 

 

――ジュッ!

 

 

血液操作を最大活用して伸長させた剣。

 

そこに宿る大量の血液を超圧縮し爆発、爆発の衝撃を余すことなく斬撃の威力に変えて振るわれる、最大威力の一太刀(ひとたち)

 

 

さすがに、これを強度を落とした身体で受けるのは危険なので、

 

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月(やみづき)(よい)(みや)

 

 

月の呼吸を使って相殺した。

 

 

 

「っ――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ふぅー……しのがれたー」

 

「今日の剣は迷いがなかった分、荒かった。要所(ようしょ)要所での粗が目立った、な……」

 

「うん。わかってる、ふぅはぁー」

 

 

メラは剣を抜き身で持ったまま、舞台の上で寝転(ねころ)がる。

 

汗だくになった額を雑に手で(ぬぐ)った。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ふぅはぁー……」

 

 

 

メラは大の字の仰向けで空を眺める。

 

 

「ねぇ、お母さん、死ぬの?」

 

 

荒い息遣いが整って静かになったころ。

 

剣を思いきり振るって、ある程度は気が晴れたからだろうか。

 

これまではっきり言わなかったことを、メラは(しぼ)り出すように口にした。

 

 

ヴェラの死。

 

私には具体的にいつそれが訪れるのか、わからない。

けれども、このままだとそれが近いことはわかる。

 

メラも同じようにわかっているだろうに、訊ねるのは否定してほしいからか。

 

 

「できる手は打つ。ただ、上手く行くかはわからない」

 

「死ぬかもしれない?」

 

「…………九割九分、上手く行かずに死ぬと見ている」

 

 

「お母さん、死ぬの?」

 

 

「…………あぁ、そうなると思っていい」

 

「やだ」

 

 

がばり、メラは身を起こす。

 

うつむき、再び、やだ、と口にする。

 

 

「死ぬってなに? なんで死ぬの? なんで死ななきゃなんないの?」

 

「…………」

 

「ねぇ、お姉ちゃん――クレアお姉ちゃん、なんでお母さん死ぬの? なんでクロウシは死んだの? なんで?」

 

 

なぜ、と訊かれても、黒毛の大牛は寿命で死んだし、ヴェラが死に向かっている原因は私にはわからない。

 

魔力は私が供給しているし、ヴェラが(よど)みなく循環させている、身体の機能は正常に働いている――なのに、ヴェラは死に向かっている。

 

だから、なぜ、と訊かれても正確にすべてを答えられない。

 

 

しかし、メラが疑問を(てい)しているのはそこではないのだろう。

 

この子が疑問を呈しているのは、もっと根本的なところ――。

 

 

「死ぬから死ぬ。それ以外は、わからん……」

 

 

――生きものがなぜ死ぬのか、という点だ。

 

 

生まれてきたから死ぬ。

 

増えた分だけ減らなければならない。

 

劣化した形質(けいしつ)が血を汚すのを防がなければならない。

 

もっともらしい理屈は語れるが。

 

それは『死』がこの世に存在するから、『死』を理解しあるいは受け入れるために正当化した、後付けの理由に過ぎない。

 

 

(――なぜ、死があるのか。その問いには、あるからある、ただそういう現象がある、以上のことは言えない)

 

 

「お姉ちゃんでもわからないの?」

 

「神ではないからな……」

 

「神さま? 神さまって女神さま? じゃあ、女神さまならわかる?」

 

「あぁ……いや、どうだろうかな、わからん」

 

「わからんのかぁ、お姉ちゃんでも……」

 

 

メラの橙の目が、遠くに建つ石の建物を映す。

 

建物の中で、いまは眠っている者を見つめるように。

 

 

「おかしい」

 

 

(かわ)いたのどからあえぎが()れる。

 

 

「おかしいよ」

 

 

カリ、カリ、と指が細い首筋を()く。

 

 

「おかしい」

 

 

ジリジリ、ジリジリ、苛立(いらだ)ちが周囲の空気を焼き()がす(さま)を幻視する。

 

 

(――これは……この感じは……似ている。あの御方に……)

 

 

「なんで? なんで死ななきゃいけないの? なんでみんな嫌なのに、みんな死ななきゃいけないの? おかしいよ、おかしい」

 

 

カリ、カリ、カリ、カリカリカリカリ。

爪が突き立つ首からはついに血が流れる。

 

それでもメラは首を搔くのをやめない。

 

 

「みんな嫌がること――無理やりやらせるなんて――こんなの――こんな世界――間違ってるよ」

 





〇オリ呼吸紹介

陽炎(かげろう)の呼吸
……行きすぎた太陽の恵みは(やく)となって降りかかる。発生する特殊な振動波や音波により、剣を合わせている相手に神経の麻痺、骨への負荷、意識の撹乱(かくらん)などの効果を与える。日の呼吸の派生で、系統としては雷の呼吸に近い。
ちなみに、メラは両刃の剣を使っている。


・壱ノ型 熱波揚々(ねっぱようよう)……くるくる回りながら、下から上へ斬り上げる型。剣を合わせた相手に独特の振動を伝え、神経の麻痺と骨の疲労を生じさせる。無防備に防御し続ければ、神経がちぎれたり、骨が疲労骨折したりする。

・弐ノ型 終日晴天(しゅうじつせいてん)炙羅照(あぶらで)り……剣が何かに当たった瞬間に、剣に伝わせた魔力を込めた血液を超圧縮し爆発させることで、振動に衝撃の上乗せ、斬撃の威力の上乗せを行って相手にダメージを与える型。身体を左右に揺らしながら(ときどき衝撃を逃がすために身体を回しながら)、斜め前もしくは横への斬りつけを連続で行う。

・参ノ型 夏日(かじつ)()わつき……剣をどこかに打ったときに発生する独特の音波が、意識を揺らす。立ちくらみする。

・肆ノ型 突沸(とっぷつ)血潮(けっちょう)裂焦(れっしょう)……剣に伝わせた血液に魔力を込めて、超圧縮し爆発させる。込められた魔力を制御し、爆発で生じた威力をすべて斬撃に回す。必殺の一撃。
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