おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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2.正体不明質料

 

どうやら、流れを絶やしてもならないらしい。

 

息の流れを阻害(そがい)していた不自然な流れへの干渉(かんしょう)を試みてわかったことだった。

 

 

――この不自然な流れがなければ、呼吸術で全身に息を行き渡らせることができる。

そうすれば、最低限、身体を復元(ふくげん)することは可能だ。

 

 

なにしろ、残り時間がわからない。

 

だから、まずは手っ取り早く自力で動けるくらいにはなろう、と。

 

不自然な流れの全容(ぜんよう)をあらかた把握(はあく)した時点で、その流れの排除(はいじょ)を実行した。

のだが、これはよくないことのようだった。

 

 

不自然な流れを止めて、つぶした組織から、ほろほろと(くず)れていったのだ。

 

私は(あわ)てて、不自然な流れを元に戻した。

すると、組織の崩壊(ほうかい)は止まった。

 

安堵(あんど)した。

慎重に端から手を付けてよかった。

 

 

組織が崩れた一瞬。

 

感覚的に、()()は普通に生きるために、必ずしも必要なものではないという気がしたが。

 

かといって、いまの、おおよそ生きるのに適さない肉塊(にくかい)の状態の私は、普通は生きていられない。

 

この不自然な流れは、まさしく、いまの私の命の(つな)そのものであり。

これを絶つとそのまま死んでしまうようだった。

 

 

この直感はたぶん正しい。

 

前世において、生死の境界(きょうかい)曖昧(あいまい)な鬼として生きた経験が語っている。

 

これ以上やれば死ぬ、これこれこのようにして死ぬ、と。

 

 

であるから、横着(おうちゃく)せずにこの不自然な流れ――言いづらいから今後は呪いとでも呼ぼう――呪いの流れを調律(ちょうりつ)する必要があるようだ。

 

息の流れや、あるいは、血の流れを操るように。

 

把握した範囲では、息よりも血よりも細やかな流れを持っているようで、面倒くさそうだった。

 

だが、ほかにすべはない。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

三日ほど経っただろうか?

 

呪いの流れは大まかに制することが、できるようになったと思う。

 

 

――呪いは血肉との相性がいいらしい。

 

試行錯誤(しこうさくご)を続ける中でそれに気がついてからは、血の流れに(から)めるようにして呪いを制して行った。

 

しかし、血の流れでいうところの毛細(もうさい)血管、細かな流れの制御にまでは行き届いていない。

 

そのためか、いまだ肉塊の状態を脱しきれないでいる。

 

 

まったく意味がなかったとは思えない。

 

成果は確実に出ている。

 

その証拠に、ガタゴトと振れる荷車の揺れがいまははっきり体感できる。

 

少し前まで、平衡(へいこう)感覚が鈍く、視覚的な類推で荷車に揺られていることを辛うじて知ることしかできなかった。

 

その揺れを、いまははっきり感じることができる。

 

 

確かな手応えがある。

 

あと少しで人型を取り戻すくらいはできそうだ。

 

 

 

異変があったのはそんなときだった。

 

 

おそらく宿のために、町から出てそう時間を置かずして急に荷車が停まる。

 

ゴトン、と、急制動で転がった我が肉塊が鉄の格子に激突する。

 

……痛覚も少しだけ回復しているようだ。

 

 

 

「何事だ?! なぜ停まった?!」

 

先頭(せんとう)で何かあったようです! 御者殿(ぎょしゃどの)は念のため荷車の中へ!」

 

「襲撃ぃ! 襲撃ー!」

 

「誰だ、矢を()ったのは?! 聖教の馬車だぞ?! 聖教の馬車と知っての狼藉(ろうぜき)かぁー?!」

 

 

何者かの襲撃に遭っているらしい。

矢を射かけられたようだ。

 

 

「やっべ! これ隊商(たいしょう)じゃねぇじゃねーか!」

 

「うぇっ?! 聖教の馬車?! 聖教の馬車なんで?!」

 

「聞いてた話とちげーぞ!」

 

「ちくしょー、インチーキのヤツ、裏切りやがったなぁ?!」

 

「クソが! いつか裏切ると思ってたぜ、あいつ!」

 

 

聖教。

それが荷車のぬし、私を運んでいる者たちの名か。

 

 

「いや、ちがう! インチーキが言ってた町で見た商人の馬車は、御者台(ぎょしゃだい)に緑の布がかかった馬車だ!

あの馬車の御者台にかかっているのは、干した薬草だ!」

 

「干した薬草だと?!」

 

「あ、謝ったら勘違(かんちが)いだったってことで、どうかなりやしやせんかねぇ?」

 

「バカヤロー。なるわけねーだろーが。先頭の御者が死んでんだぞ?!」

 

 

「丸聞こえだぞ! 賊ども! その林の中にいるな?!」

 

「出てこい! 聖教に弓引いた罪を(あがな)わせてやる!」

 

「たかが盗賊が舐めやがって!」

 

 

…………。

 

 

計画を失敗した盗賊と、それをこれから迎え討つ“聖教”という組織の対立。

 

外の様子を直接見ることはできないが、会話を聞いている限りでは、その結果は明白(めいはく)――のように聞こえるかもしれない。

 

 

しかし、これは……。

 

 

「クソが! もうこうなったらヤケだ! やるしかねぇ!」

 

「やるったって聖教ですよ?! 強そうですしぃ! 勝ってこねぇ!」

 

「うるせぇ! 聖教に目をつけられたらもう町にも入れねぇんだ! やるしかねぇ!」

 

「くっ、おぉおおお!」

 

「野郎ども! 突撃だぁ!」

 

 

「来るっ――がぁ!」

 

「来い! 賊ども! そして死――ぐぅぁ!」

 

「一体なにが――ぁが!」

 

悲鳴がする。

 

血のにおいがする。

 

聴覚も嗅覚(きゅうかく)も無事に回復しているとわかる。

 

 

悲鳴を上げ、血を流しているのは、聖教という組織の者たち。

 

ヒュンヒュン、と、さっきまで賊の声が聞こえていたのとは“逆から矢を射ているのは”、おそらく盗賊たち。

 

 

「よっし! 今度こそ突撃だ、野郎ども!

死に(ぞこ)ないと臆病者(おくびょうもの)どもに(とど)めを刺してやれ!」

 

「「「うおぉおおおお!」」」

 

 

矢が射かけられる音が続いて、悲鳴も上がらなくなったところで、ドドドドド、と無遠慮な足音が荷車に駆けよる。

 

その足音もやはり、(ぞく)の声が聞こえていたのとは逆だった。

 

 

「はっはっはっ、聖教への(みつ)ぎもんは一体、いくらで売れるんだろうなぁ!」

 

「お偉い騎士様が持ってる剣も高く売れるぜぇ! ミスリル製だからなぁ!」

 

「ばっか。武器は回収して俺たちで使うんだよ!」

 

「そうだったか? ははは! アーティファクトさまさまだ!」

 

 

矢の雨の中でも、運よく死んでいなかった者らの鼓動(こどう)が聞こえなくなっていく。

 

 

遺跡(いせき)の罠で死んだインチーキもきっと喜んでんな!」

 

(うら)んでるの間違いだろぉ!」

 

「ちげぇねぇ!」

 

「ひぃっ、ひぃいいい、お助けくださぁ――っが!」

 

「おいおい! 神父サマが俺たちみてぇのに命乞いしちゃあ、ダメだろっ! って」

 

「ぎゃはははは!」

 

 

荷車の中や陰で(おび)えて隠れていた者たちも、次々に殺されていった。

 

私が乗る荷車にも乗り込んできて、また一つ息吹きが()せるのが檻越(おりご)しに見えた。

 

 

と、荷車で泣き叫ぶ御者を殺した(ひげ)の男が私のほうを向く。

目があった。

 

「ちっ、悪魔憑きか……商人使ったらサバけるか?」

 

たったそれだけ吐いて捨てて、髭の男は出ていった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

頃合(ころあ)いか。

 

 

たき火が焼ける音。

火の(ばん)をしている男のあくびの音。

 

酒のにおい。

どこから連れてきたのか、女を抱いたあと特有の獣臭(けものくさ)さ。

 

 

土のにおい。草のにおい。木のにおい。

森のにおい。

 

 

いびきが聞こえる。

虫の声が騒がしい。

火の番をしている男以外はみな寝静まっている。

 

 

逃げるならいまだろう。

 

私はさっきまで状態維持に留めていた、呪いの流れの操作と息の巡りの操作を、人型への復元(ふくげん)に切り替えた。

 

 

 

襲撃を無事に成功させた盗賊たちは、めぼしいものを回収し一つの荷車にまとめた。

 

慣れた動きで一番丈夫そうな荷車に荷物を詰めこみ、林で待機していた仲間と合流。

 

そのまま林を分け入り、隠してあった道を通り奥へ奥へ。

 

鬱蒼(うっそう)としげる森の手前で荷車を停め、そこからは荷物を下ろし、住み()洞窟(どうくつ)まで運んだ。

 

 

その下ろした荷物の中に私もいた。

もっとも、洞窟には運び込まれずに森際(もりぎわ)に放置されているが。

 

 

「こりゃあ。悪魔憑きじゃねぇか。誰だー、これ載せたやつ?」

 

「へい! もともと載ってたやつでさぁ。悪魔憑きは高く売れやすから、こりゃもしかしたら一番高くなるかもなって――いでぇ」

 

「バカヤロー! 売るっつったって聖教だろうが! 誰が売りに行くんだよ!」

 

「でも、商人を使ったら売れるかもしれねぇって、アニキが――」

 

「足元見られるに決まってんだろうが!

売れても二束三文、面倒ごとも付いてくんだから、赤字だ赤字。あーあ――ったく面倒なもん持って来やがって」

 

「な、なにか、まずかったでやすか?」

 

「悪魔憑きのことになるとしつこいからな、聖教は。こりゃ明日にはとんずらしなきゃな」

 

「そ、そそそ、そんなに急がなきゃならねぇんで?」

 

「試したいなら試してもいいぞ。ここでお前だけ、優雅(ゆうが)に一人暮らしだ」

 

「つつつ、付いて行きやす!」

 

 

もっとも、歓迎されていないようだったが。

 

ちなみに、私をここまで運ぶことを決めた三下(さんした)口調の男は、そのあと火の番を命じられていた。

 

 

盗賊たちの口ぶりから、悪魔憑きの売買(?)はあまり珍しいことではないこと、それを中心に立って行っている組織が聖教という名前だということが、わかる。

 

 

話の内容から判断するなら、私が別になにもしなくとも、盗賊らは明日にはここを去るつもりであり。

さらに都合がいいことに、その理由が私の存在にあるということで、おそらく置き()りにされる。

 

 

ならば、それまで待てばいい気がする。

しかし、聖教という組織がどれほどの力を持つ組織かがわからない。

 

いまこの瞬間に、盗賊らを討つための追手(おって)が現れてもおかしくない。

 

 

そこに来て呪いの流れの操作が一段落(いちだんらく)し、呼吸術による息の巡りの操作とのかみ合わせも済んだ。

 

戻れる、という確信を二刻(にこく)も前に得ている。

 

そして、盗賊たちは大半が寝静(ねしず)まっている。

 

 

逃げるには絶好の機会。

 

ここでこの機会をふいにして、あとあと()やむことになったら目もあてられない。

 

やれるときにやるべきだ。

 

 

 

呼吸を深めて、身体の循環を人として正常なものへと戻して行く。

 

数日前、呪いに阻まれて通らなかった息が、カチカチと、カチカチと、()み合って行く。

 

 

ある程度進んだところで、呪いの流れも血流や神経(しんけい)沿()わせながら、(よど)みをなくしていく。

 

こちらは、どう流れるのが人として正常かわからないため、乱れをなくすように調整(ちょせい)して行く。

 

どうとも言いがたい、わからないところは、直観(ちょっかん)で流れをつくる。

 

 

ミチミチ……ミチミチ……。

 

プチプチ……プチプチ……。

 

 

肉体を変形させる音が鳴るが(かす)かしやかしやかなもの。

虫の声に負ける。

 

呪いの流れをそれらしいものに整えると、なぜだか、傷が勝手に治っていく。

血肉が、細胞が、呪いの流れに従って再生する。

 

 

 

そして。

 

私の身体は肉塊になる前の、一歳の女児のものとなった。

 

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