「あたち、ネネ! はちさいです!」
とりあえず、分断された上半分の岩――石碑と下半分の石碑の分断面を、布で覆って保護していた。
そこに、女の子が大きな声で話しかけて来た。
「おなまえ、なんてゆんですか!」
自己紹介をし合いたいらしい。
「クレア」
「クレアちゃんってゆうんだ! かあいいね!」
女の子――ネネは、満面の笑みで手を取って握手した。
「どこのへや?」
「部屋?」
「あっ、はい。そうですね。まずは、宿舎にご案内しましょう。半年間、住むことになる場所です、何かありましたら遠慮なく――」
「いや、すまない。宿を取っているから、寝泊まりはそこでする」
「ほぉー、そうでしたか。本当にしっかりしていらっしゃる」
「剣術指南は、明日から、ということでよいか?」
「はい。明日から、昼まえか、昼過ぎ、夕方ごろに来ていただければ」
「明日は昼過ぎ以降になると思う」
「かしこまりました」
まだ、王都に来たばかり。
慣れていないから
「クレアちゃん、どっか、行くの?」
「また明日、来る」
「そうなんだー。わかった。げんきでね!」
ネネが手を振るのに、軽く振り返して平屋――孤児院の門へ。
「では、また明日」
「はい。お気を付けてお帰り下さい」
無事ではないながらも、初日の
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
剣術指南のために孤児院に通うようになって一月。
孤児院にはまだ言葉をしゃべれないくらいの幼児から、成人一歩手前の児童、青年まで年齢幅は広い。
その中でも、剣術の習得に熱心なのが、もうすぐ孤児院を出る子どもたちと剣を振るのに
今世では意外なことでもないのかもしれないが、剣に興味があるのは男子だけではなく女子もだった。
たしかに、男子は素の身体能力は高いが、魔力を宿しているのなら、男女の肉体的能力の差はあってないようなものだ。
『武神』を始めとした、名が知れた女の魔剣士も数多く存在する。
その結果、剣に憧れを持つ者は、男子だけではなく女子にも一定数存在した。
呼吸術の訓練は、
息を常に止めさせずに、一定のペースでの息遣いを保ちつつ、跳びはねさせる。
そうすることで、吸うこと・巡らせることができる息の量を増やし、どれだけの息の量が自分にとって
また、全身にまんべんなく、息を巡らせる訓練にもなる。
一定のペースでの息遣いを
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、走らせる。
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、剣を振らせる。
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、拳を振らせる。
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、脚を振らせる。
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、いろんな体勢を取らせる。
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、子ども同士で剣の打ち合いをさせる。
息遣いに乱れがあったり、姿勢に歪みがあったり、身体の動かし方に歪みがあったり。
そうして、息の流れ・巡りに
だいたい30分ずつ、合計三時間くらい。
ヘトヘトになったところで一旦、休憩を取る。
そして、最後に、跳びはねさせず、地に足を着けた状態で行う模擬戦。
息を吸い、全身に巡らせ、吐き出すという深呼吸を一定のペースで行いながら、子ども同士での剣の打ち合いをする。
この際も、息遣いや姿勢や動き方に、乱れや淀みや偏りがあったのならば、いちいち指摘して修正させる。
私との打ち合いは、希望するなら訓練が終わったあとに可能ということになっている。
なかなか負けん気が強い子どもが多くて、訓練後一時間くらい、ひっきりなしで子どもたちと打ち合うことになる。
しめて五時間くらい、ほぼ毎日、昼過ぎからみっちり呼吸術の訓練を実施している。
そうやって呼吸術を教え込んでいる。
この一ヶ月で、私は『地獄の鬼』と呼ばれるようになった。
『スパルタ教官』→『鬼教官』→『鬼』→『地獄の鬼』と、呼び方が変化して行ったのだ。
半年後の依頼終了時には、何と呼ばれるようになっているのだろうか。
こうやって、本格的に呼吸術の指導を行って実感することがある。
それは、前世に比べてこの世界には、剣の才能を持っている者が多いということだ。
まだ教え始めて一月であるにも関わらず、もう呼吸術を習得しかけている者が、二十人の中に二人もいる。
これは前世で言うならば鬼才と呼べる者が、無作為に集めた二十人の中に二人もいる、という異常事態なのだ。
しかし、王都に来るまえの、もといた街の下町の子どもなどに訓練を
このレベルの才能の持ち主は、探せばいる程度であると。
剣の才能を持つ者が、
何が原因なのかはっきりとわからないが、この世界には剣の才能を持つ者が多いらしかった。
それと、呼吸術とは別に魔力を宿している者には、剣にエンチャントすることを課題として、魔力の操作を教えている。
単に剣に魔力を込めるだけではなく、まんべんなく行き渡らせたり、表面に薄くまとわせたり。
いずれ血液の操作を教えるために必要な過程だ。
人体をいじる関係上、
だから、魔力操作は緻密さを追求する形で訓練を行っている。
この緻密な魔力操作が、鼻歌を歌いながらこなせるようになったら、血液操作の訓練に移る予定だ。
こちらは、暇があれば、いつでも剣のエンチャントをやるように、言い渡してある。
そして、三日に一度、上達具合を確認している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
孤児院に到着すると、
「こんにちは」
その日は、見慣れない細目の司祭風の男が立っていた。
「よい
「ハイ、ほどよい
細目を歪ませた男が、言葉を返してくる。
そこから特に話を展開するということはなさそうで、にこやかにしているだけだったので、私は軽く
(――背中に視線を感じる……。観察されているな……)
少し気持ち悪く感じながらも、私は今日も集まった子どもたちに剣の訓練を施した。
「――ハイ。では、本日はお
「はい。ご足労いただき、誠にありがとうございます、メッセージ司教」
「では、また」
子どもたちの剣の訓練を終えたのち、散らかった庭を片付けて。
教会の司祭――オセロ司祭に挨拶しに行くと、あちらも細目の司祭風の男と別れの挨拶をしているところだった。
子どもたちの訓練中、ずっと私を含めた子どもたちの様子を観察していた、あの細目の男も帰るらしい。
オセロ司祭に背を向けると、護衛と思しき鎧を着た連れの男と共に、教会まえの馬車に乗り込み、去って行く。
「あの男は?」
私は走り行く馬車に眺めつつ、オセロ司祭に
「――これは申し訳ないことをしました。言っておりませんでした。彼はメッセージ特別司教。聖地リンドブルムの教会からの
「視察……?」
「はい。毎年のことなのですよ。聖地リンドブルムから、ミドガル王国の各地方の教会へ視察が訪れて、きちんと務めを果たしているのか、悪事を働いていないか、確認する」
「なるほど……」
「それだけ聞くと、なんとなく
「それで、訓練を見ていたのも、悪いことでないのかの確認のためということか……?」
「はい。そうですね。それもあるかもしれませんが、おそらくは聖地への“
「聖地への迎え入れ?」
「はい。毎年、視察の際には、将来有望な素質や才能がある子どもを見つけ出し、聖地リンドブルムに迎え入れるのです。――より高度で、専門的な教育や訓練を受けさせて、未来の聖騎士や高位の聖職者を育てるのです」
「それでか……」
品定めしていたのは、まさしく子どもを評価していたわけだな。
「実は、クレア様をボクに
「私を……?」
「はい。メッセージ司教が子どもたちのいい刺激になるのではないか、と幼くして魔剣士として
「そうだったのか……」
たしか、依頼主の名義はミドガル王都聖教会――このミドガル王都の聖教会を取り締まっている、本部だったな。
聖地リンドブルムに所属するメッセージ司教が、オセロ司祭に私を薦めて。
オセロ司祭が上層部に確認を取り、上層部の許可が出て。
そのまま、上層部が魔剣士協会を通して私に依頼を出した……といったところか。
(――おかしなことではない……か? 遠回りで……何か違和感があるが……)
一定のペースでの息遣いを保ったまま、跳びはねさせながら、~。
竈門家は神楽で呼吸を受け継ぎ続けたのだから、こんな感じの方法でも呼吸術を習得できるんじゃないかな、と