おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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クレア視点一人称→ミーコ視点三人称

めちゃくちゃ長くなったけど、ほとんど閑話。
ミーコ視点からは読まなくても問題ない話。


26.鬼になればいい

 

ミドガル王国、王都に訪れてから五ヶ月間、順調にこなして来た剣術指南依頼。

 

しかし、前日に斬りかかって来た聖騎士の腕を斬り落としたことがよくなかったのか、依頼主のミドガル王都聖教会から依頼を取り下げられてしまった。

 

 

100万ゼニー――金貨十枚が、違約金として支払われる。

これは、依頼を達成したときに支払われるはずだった、成功報酬と同じ金額だ。

 

私としては何も損はしていない。

 

 

中途半端に終わった気持ち悪さはあるが、まぁいいか、という思いが強い。

 

 

たった五ヶ月でも、呼吸術と血液操作を習得したと言える者は十人を超えたし、開きたいなら道場を開く許可も出した。

 

私自身も、訓練を施す過程で発見はあったし、いい経験にもなった。

 

 

これで終わりならこれでもいいな、というそれなり達成感すら感じる。

 

 

「取り下げられた指名依頼の代わりに、同じ依頼主から新たな指名依頼が出されています。

――クレア様は、正式に魔剣士協会に登録した中位の魔剣士ですので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

こちらをご確認下さい」

 

 

 

依頼名『ミドガル王国王都から、聖地リンドブルムへの道中の護衛』

指名:魔剣士クレア

期間:出発日(○○/○○)から4日~6日(+聖地リンドブルムからミドガル王国王都への復路に4日~6日、復路の交通費用支給)

場所:ミドガル王都聖教会(本部)~聖地リンドブルム 第六聖教会

依頼主:ミドガル王都聖教会

報酬:………

 

 

 

達成感は吹き飛んだ。

 

(――まさか、狙ったのか? 私が本登録して、指名依頼を断れなくなるタイミングを……?)

 

 

出発日の予定は翌日。

 

備考には、昼まえの集合と書かれている。

 

 

魔剣士協会の使いが、()かしてくるのも頷ける。

 

今日から明日の朝までに旅の準備をしなければならないのだから。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

翌日。

 

 

集合場所は、ミドガル王都聖教会の本部――つまり、この王都の聖教会を統括(とうかつ)する場所。

 

そんな場所が、立地的に王都の隅のほうにあるわけもない。

 

その建物は、貴族以上の階級の者しか立ち入れない――いわゆる貴族街と下町を(へだ)てる壁に、融合(ゆうごう)する形で建てられていた。

 

貴族街側からも、下町側もからも、門を(たた)くことができる構造だ。

 

 

当然、下町側から王都聖教会の本部を訪れた私は、門前で待っていた細目の聖職者に(むか)えられた。

 

 

「おぉ、クレアサンではないですか?! どうしたのですかな!

ちなみに、ワタクシはこれから、王都で見つけた子どもたちを連れて、聖地リンドブルムへの帰途(きと)につくところなのですがな!」

 

「……指名依頼で、護衛を頼まれた、魔剣士のクレア」

 

「おぉ、もしや! もしや、もしや! 聖地への帰途を護衛して下さる、大そう腕が立つ魔剣士とは、クレアサンのことだったのですかな?!

それはいい! クレアサンほどの実力者なら、とても安心だぁ!」

 

 

(――いけしゃあしゃあと……)

 

 

私の受け答えにいちいち大げさに反応するが、ほぼ間違いなく、この指名依頼を出すように王都聖教会に指図(さしず)したのは、この特別司教だ。

 

 

何が狙いなのかわからない。

 

が、この司教の今日、私の姿を見つけたときの高揚(こうよう)は異常なものだった。

心臓や筋肉の動きでわかる。

 

 

(――やはり、きな臭いな……ヴェラたちを巻き込まないようなことならば、いいが……)

 

 

昨晩、ヴェラたちには言ったが、場合によっては私と同じ宿の同じ部屋に()まっていた彼女たちにも、何らかの影響が(およ)ぶだろう。

 

 

いま、私がそれを心配しても仕方ない。

 

切り替えて、教会の門扉のまえに並ぶ純白の馬車の列に、視線を向けた。

 

 

「それで、あの馬車の中には子どもが?」

 

「ハイ! 今回は(つぶ)ぞろいでしてな! 前回から半年足らずなのにも関わらず、いい子たちがたくさんいました!」

 

「そうか……」

 

 

(――まるで、食べごろになった果実をたくさん()めた、みたいな口上だな……。穿(うが)ちすぎか……?)

 

 

純白の箱馬車には、屋根の下に(あな)が空いているのみで、中はうかがい知れない。

 

 

「それでは! 出発まで、もうしばらくかかりますゆえ、あちらに掛けて、お待ち下さい! 共に護衛に()く聖騎士の方々も、おりますゆえ! ハイ! 出発まで親交を深めるのがよろしいかと! ハイ!」

 

「では、そうしよう」

 

 

未然に()けられる面倒事は避けるために、関わる者のことは最低限、把握(はあく)しておこう。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

肉片(にくへん)一つからでも再生・復活する鬼の血には、肉体の情報すべてが(きざ)まれている。

 

 

栄養さえ獲得すれば、刻まれている情報をもとに肉体の復元(ふくげん)を行い、五体満足で(よみがえ)るのだ。

 

 

ある種の群体の性質を持っている、と言ってもいいだろう。

 

脳として、心臓として、腕として、脚として、いつでも情報を復元し、役割を果たすことができる微小(びしょう)な生きものの集合体。

 

一つの個体としての姿形を保っているのは、ダムが川をせき止めるみたく、情報を復元するのを(はば)んでいる、ストッパーのようなものが(そな)わっているから。

 

 

そういった性質を持っている、鬼の血を(あいだ)()いて、契約(けいやく)を行えば、その契約は絶対のものとなる。

――すなわち、鬼の血を飲ませて鬼化させた眷族に、“名付け”を行えば、その名が血に刻まれて『血の記憶』となり。

――すなわち、鬼の血を飲ませて鬼化させた眷族に、“約束”をさせれば、その約束は血に刻まれて『血の呪い』となる。

 

『血の記憶』は、どれだけ忘れたくとも忘れることができない、絶対の記憶。

『血の呪い』は、どれだけ破りたくとも破ることができない、絶対の約束。

 

 

 

王都に来て、五カ月。

 

この間に、ミーコは鬼化させた眷族を使いさまざまな実験を行い、その結果、鬼の血の有効活用法を見出(みいだ)した。

 

 

鬼化させた眷族といっても人間ではない。

 

ひとによっては嫌悪感を抱き、ひとによっては激怒する行いではあろうが、ミーコが王都に来てから行ったのは動物実験のみである。

 

 

ミーコが眷族にすることができる種族は、人類だけではない。

 

 

いくらか試した結果、彼女自身の手で眷族にできる種族を三種類発見している。

 

まず、王都に到着(とうちゃく)するまでの道中、襲いかかってきた盗賊で試した、人間。

次に、猫獣人なのだからできるのではないか、と思いつきで試した、猫。

最後に、魔境での暮らしの中で、偶然飛び散った血を吸収されて鬼化し発見した、スライム。

 

ミーコはいまのところ、この三種類の生きものを、手ずから鬼化させることに成功している。

 

 

王都に来てから行った実験の、主な対象は猫である。

 

鬼化したスライムには、おおよそ意思と呼べるものが存在しなかったため、今回の鬼の血を利用した契約の実験には使えなかった。

魔力だけを与えていれば死なないし、特性も便利なものではあるのだが、今回の実験には向かなかった。

 

 

実験後、無事な猫は、それぞれに名前を付けて、王都の街の情報収集に使っている。

 

体毛の色から取って、(アイ)(ハイ)(チャ)(クロ)の四匹だ。

 

今日も街中の、ミーコが探してほしいものがありそうな場所を、見てまわってくれた。

 

 

ここ数ヶ月、ウエイトレスとして働いている食事処の裏口のまえ。

集合した四匹の猫の頭を撫でまわしながら、彼女たちが街を見てまわった記憶を回収する。

 

 

「フム……フム、フム。フム……ムム?」

 

と、記憶を探っている中で、特に気になるものを見つけて、それを深く(もぐ)って見てみる。

 

 

――『ああ、ボクは聖職者失格だ……っ! このような――』

 

 

とある教会に侵入(しんにゅう)して得たその記憶を、吟味(ぎんみ)して、

 

「アハッ」

 

ミーコは嬉しげに笑った。

 

 

(――金よし、立場よし、思想よし。交渉の余地あり。ターゲット、ロックオン)

 

 

 

 

その日の夜。

 

宿の部屋にて。

 

 

――「きな臭くなった」

――「迷惑をかけるかもしれない。これは迷惑料の先払いだ」

――「私がいない間の食事は、これで我慢してくれ」

 

 

と、二日ほどまえの夜。

ミーコの飼い主(とミーコは認識している)が、一人につき一セットずつ置いていった、金貨一枚(10万ゼニー)と血が密閉されたガラス瓶が十本。

 

そのうちのガラス瓶のフタを外して、ミーコはその中身をコキュコキュと飲んでいく。

 

ふはぁっ、と瓶の半分まで飲んだところで、息を吐く。

 

そして、

 

「なんか違う、ものたりねェ……」

 

と、微妙そうな表情で言った。

 

 

それ以上、瓶の中身を飲む気が()せたのか、キュッキュッと、コルクを詰め直してテーブルに置いた。

 

 

小さな身体でベッドに飛び込み、リラックスする。

 

 

「『我慢してくれ』って言われたって、ムリムリ……。ワタシは宣言通り浮気しますよぉ……。

ネトラレたくないなら、いますぐ戻って来てください、ご主人さま~……なんつってネ……ムフフ」

 

ベッドに顔を()めたまま、ボソボソと独り言をつぶやき、笑う黒猫の少女。

 

冗談めかした文言(もんごん)ではあったが、その声はどこか色っぽい。

十歳程度の幼さに不釣り合いな色気(いろけ)があった。

 

 

しばらく、ベッドに()せて独り言をつぶやき、くぐもった声を部屋に響かせていたが、あるときピタッとそれが止まる。

 

 

トントントントントン、軽くちょこちょことした足音が聞こえた。

 

 

ミーコはベッドから起き上がり、服のホコリを払う。

 

髪を軽く整えたところで、部屋のドアが空いた。

 

 

「ただいまー、ミーコ」

 

「おかえりなさいませ、お嬢さま!」

 

 

なるべく、お互いの生活に干渉しないように取り決めたとはいえ、同じ部屋で眠るミーコの飼い主のお気に入りの一人(とミーコは認識している)である。

 

関わり合いにならないわけにはいかないし、関わるなら礼を(しっ)するわけにはいかない。

 

だから、ミーコは飼い主のお気に入りの二人――メラとヴェラには、王都に来るまえと同じ態度で接している。

 

 

「ミーコ、あげるこれー!」

 

「わぁ、くれるのですか? ありがとうございます、お嬢さま~☆」

 

と、メラの手からミーコに差し出される、肉質(にくしつ)の物体。

 

 

もちろん、礼を払うべきお嬢さまからの贈りものを、無下(むげ)にするわけにはいかない――ミーコは丁重(ていちょう)にそれを受け取った。

 

 

「――ところで、これは~、なんでしょうカ~?」

 

「おめめーっ!」

 

「お目々(めめ)ェ、ですか~。アッハッハ、人間のお目々に見えますね~」

 

「人間さんのおめめだよ! もう、ミーコったら、失礼でしょ! 人間さんに!」

 

「アッハイ。申し訳ありません。失礼しました~」

 

 

たしかに、その肉質の物体からは人間の血肉のにおいが濃厚に発せられており、ミーコも一目で人間の目だとわかった。

 

しかし、あえて目を()らす倫理観が、いまのミーコには(そな)わっていた。

 

それがいけなかったらしい。

 

 

一部とはいえ、人間の肉体に対して、人間のものなのかどうか疑う、というのはお嬢さま的に“失礼な行為”に当たるようだ。

 

たしかに、言葉にすると、とても失礼なように感じる。

 

 

「それで、え~と、これはいったいどういう経緯で、えっと、もらって来たのでしょうか~?」

 

ミーコが首を傾げると、メラはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、胸を張った。

 

この呪物を手に入れるまでの過程を語る。

 

 

「これはねー、街の真ん中のほうの壁の近くに――」

 

喜々(きき)として説明するメラに、ミーコは遠い目をした。

 

 

 

王都に来てから、ミーコが動物実験だけで自重(じちょう)していたのに対して、メラはがっつり人体実験をしていた。

 

頻度(ひんど)はそれほど多くない。

 

多くても月に二人。

 

王都の、いわゆるスラムと呼ばれる区画を中心に。

いなくなっても誰も気にしなさそうな、死にかけの浮浪者を、母親兼心臓のヴェラが選び出して、実験体にする。

 

その実験の成果物を、こうしてたまに持ち帰ってきてミーコやクレア、ビビンバなどに自慢(じまん)げに見せるのだ。

 

 

そう、これは親子ぐるみの犯行なのだ。

 

 

もともと死にかけだからなのか、実験の内容が過酷すぎるのか、あえて後腐れをなくしているのか。

いまのところ、生存率はゼロである。

 

いや、生存率は()()()()()()

今日までは、そうだった。

 

 

 

「でね、お母さんが、人間だったときのおめめを、鬼になったあとのからだと()()()()の!

そしたらね、鬼になってからムキムキになってたからだがね、しゅるしゅるしゅるって、人間の形に戻ったんだよ!」

 

「お話の最中に申し訳ありません、お嬢さま。このお目々、脈打(みゃくう)ってるように感じるのですガ?」

 

「うん! そうそう、なんだよミーコ! その子、まだ生きてるんだよ!」

 

「その子? この目ん玉をその子……? というか、やっぱり生きてるのですか……?」

 

「うん! なんか、お日さまに当てたら、人間さんだったころのおめめだけ残ってさ。お母さんの血鬼術が解けたのはわかるんだけど、なんでそこだけ残ったのか、わかんないの!」

 

「ハァ……」

 

 

ミーコはメラの(げん)に対して、困惑するしかない。

 

正気でいられる許容量を若干、超えている。

発狂しないための防衛反応として、頭がなるべく理解しないようにしているのだ。

 

 

深く理解することを避けて、メラの話の要点を()()まむと次のようになる。

 

 

貴族街と下町を隔てる壁の近くで、死にかけの青年を拾った。

 

→死にかけの青年から目ん玉をくり抜いた。

→死にかけの青年を鬼化させた。

 

→鬼化させた死にかけだった青年に、人間だったころの目ん玉を融合させた。

→青年の、鬼化して巨大化していた肉体が、人間だったころの大きさに戻った。

 

→青年を日光に当てた。

→日光により血鬼術ガ解けたが、なぜか残ったのは、鬼の肉体ではなく人間だったころの目ん玉だった。

 

 

こういった経緯で、メラは生きた目ん玉という珍妙な物体を手に入れて、持ち帰ってきたという。

 

 

「なるほど。実験内容と結果だけ見たら興味深いですネ~。それに、これからやろうと思ってることに、ちょうどいいカモ……」

 

「これからやろうとすること……?」

 

「はい。お嬢さまは、いま王都でやってるお仕事、面倒くさいナって思いませんカ~?」

 

「そうだね? でも、お金はおしごとやんなきゃ、もらえないよ?」

 

「ソコをどうにかしよう、ってコトです。――名付けて『真祖さまを崇めよ! ~どうにもならんモノはとりあえず(まつ)っとけ~計画』~」

 

「??」

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

ミーコには確信があった。

 

 

過去、悪魔憑きになったことがあるミーコ。

そのときの経験と感覚、そこから導き出される悪魔憑きの性質と治療方法と利用方法。

 

さらに、血のにおいから、大なり小なりほぼすべての人類が、悪魔憑きの素質を持っているという事実。

 

飼い主(クレア)に拾われて、教え込まれた呼吸術と血液操作が悪魔憑きに及ぼすだろう影響。

その二つの技術が世に流布することによって発生する事態。

 

 

――鬼が人類の中から自然発生するようになる。

 

素質があり、少しの才能があれば、鬼人(きじん)流を(おさ)めて自然に鬼になる者が、それなりに現れるだろう。

 

 

なろうと思わなくても鬼になり、人知れず力を付け、強大な力を得て君臨(くんりん)する鬼。

 

そんな鬼が、これからどんどん増えていく。

 

 

それに気が付いたとき、ミーコは、

 

 

(――後輩に偉そうな顔でふんぞり返られるのムカつくな……。なんか、マウントとる方法ないカナ……。こう、ワタシのほうが偉いんだぜっていう感じで……)

 

 

面白()()()ことになる予感がした。

 

 

自分を脅かす存在が多数現れることになる、という未来に、危機感(ききかん)も覚える。

 

 

(――偉そうにふんぞり返られるとムカつく……カ。いっそのコト、ふんぞり返らせる、カ?)

 

 

ミーコは考えついた。

 

自然発生する鬼、自然発生ではない鬼、どちらも駒として利用する方法――の、可能性。

 

最低でも、監視か制御をする方法。

 

 

(――鬼の、鬼による、鬼のためのコミュニティ。鬼を作れる存在、鬼の力の根源――真祖を頂点とする組織)

 

 

 

せっかく力があっても、それを振りかざす場に恵まれなかったり。

 

自分ではどうにもならない足りない部分があったり。

 

そういった強い力を持つ鬼や便利な力を持つ鬼を崇拝の対象にして、そのサポートを行う組織。

 

 

崇拝する側、つまり、信者が所属する目的はさまざま。

 

崇拝対象である鬼により力を与えられることだったり。

寿命を与えられることだったり。

あるいは理想的な支配を望んだり。

純粋に鬼への信仰心から奉仕するのもを望んだり。

 

 

そんな、鬼と人、教祖と信者のつなぎ役を担う組織を起ち上げる。

 

 

そして、ミーコはそのつなぎ役を担う組織の運営の立場に収まるのだ。

 

 

(――つなぎ役として、双方を監視し、誘導し、操作する……)

 

 

絶大な権力と、信者はもちろん教祖側の鬼に対しても一定の発言力を確保できる運営の立場、

――鬼を頂点として崇める組織の中でもっとも力を有する、

――実質的な鬼の王にミーコがなるのだ。

 

 

 

という構想を、王都に来るまえからミーコは立てていた。

 

 

さすがに、鬼の王という役割はミーコの(がら)ではないから、代役を立てるが。

 

 

 

 

深夜。

 

王都のとある教会。

 

 

女神像へ向かって頭を()れる、白装束の聖職者がいた。

 

 

彼の名はホロ・オセロ。

 

つい先日まで、クレアが剣術指南のために訪れていた孤児院を運営する、教会の管理者。

 

オセロ司祭である。

 

 

オセロ司祭は頭を垂れたまま、懺悔(ざんげ)する。

 

 

「こんな世界、間違っている……。いや……間違ってない……。間違ってるのはボクだ……あぁ……」

 

 

自らの弱さを、自らの(みにく)さを、自らの(ぬぐ)えぬ反感を、罪深いものとして懺悔していた。

 

 

「今朝、パン屋の店主の、バタコンさんの訃報(ふほう)が届きました。明日、葬儀(そうぎ)を上げます。

バタコンさんが作るロールパンは、王都一おいしいと評判で、訃報を聞き、たくさんの方がその死を悲しんでいました」

 

 

オセロ司祭は、女神像のまえに置かれた(ひつぎ)に対して、痛ましげな顔で手を置く。

 

 

その表情は取り(とりつ)ったものではなく、本気でこの教会に通う信者の死を(いた)んでいるようだった。

 

 

「女神ベアートリクス様。間違ってるとわかるのです、わかっているのです。ボクは聖職者失格です。

――それでも、傲慢(ごうまん)と知りながら思ってしまうのです……。ベアートリクス様はどうして、こんなにも残酷な運命を、我々に人間に()すのだ、と……。どうして……」

 

 

どうして、と(なげ)きながら、ついにオセロ司祭はくずおれる。

 

 

次の瞬間、(こら)え切れなくなって、司祭は叫んだ。

 

 

「――どうして、人間は不老不死じゃないんだーー!!」

 

 

「そりゃあ、聖職者失格だワ……」

 

 

「誰ですかっ!!」

 

 

思わず漏れたつぶやきのせいで気が付かれたが、そろそろ話しかけようと思っていた。

 

 

黒猫の少女――ミーコはオセロ司祭のまえに姿を現す。

 

 

そのあとに続く、橙の瞳に黒髪――メラ。

 

足もとに、小型犬サイズにまで身体を小さくしたビーバー――ビビンバ。

 

 

「貴方がたはいったい……」

 

 

「――おじいちゃん、悲しいの?」

 

 

ここからしばらくはメラの出番だ。

ミーコは司祭の正面の場所をメラに(ゆず)る。

 

 

(じゅん)な橙色の瞳が、老人の顔をのぞき込む。

 

 

「不老不死、ってなに?」

 

「不老不死とは、永遠に生きる、ということです」

 

「ずっと生きる、ってこと」

 

「はい。まだ、幼い貴方にはわからないかも知れません。

――死ぬことは悲しいのです。死なれることも悲しいのです。

だから、人間が不老不死であったならよいのに、と思ってしまうのです」

 

 

「わかるよ。悲しいよね。苦しいよね。嫌だよね。当たりまえだよね、無くなっちゃえってなるよね」

 

「わかってくれますか……そうですか……。貴方は、お優しいのですね」

 

 

「うん。わたしは優しいよ!」

 

 

「…………」

 

 

 

ミーコは、二人の会話に口をはさまない。

 

 

 

前々から立てていた構想に実現するに当たって、金があり、立場があり、そして、思想が合致(がっち)する人物だ。

 

 

ミーコの、ではなく鬼の王として仕立て上げることになる、メラの思想と合致する人物。

 

――すなわち、“大切なひとの死を異常なほど嫌い、憎み、無くすべきものである”、という思想。

 

 

メラのほうは人体実験なども行っているあたり、“さすがに世界すべてから死を無くすべき”、と本気で考えているわけではなさそうだったが。

 

母親のヴェラが死にそうになっていたときなんかは、そんなぶっ飛んだ思想に走りかけていた。

 

 

オセロ司祭はたぶん、過去メラのようにぶっ飛んだ思想に走りかけて、そのままぶっ飛んだ思想に突っ走ったなれの果てなのだろう。

 

メラと違って力がなかったため、たいしたことはできなかったようだが。

 

 

だから、ミーコは二人を対面(たいめん)させた。

 

オセロ司祭が、メラと足並みを(そろ)えられる、計画の(かなめ)に置くに相応(ふさわ)しい人材であると判断して。

 

 

 

「ずっと生きれるかもしれない方法、知ってるよ?」

 

 

「それは、(なぐさ)め……ではないのですか?」

 

「うん! ずっと生きたいなら、鬼になればいいんだよ!」

 

「鬼……?」

 

 

「うん、こういうやつ!」

 

「なっ?!」

 

 

突然だった。

 

手持ち無沙汰(ぶさた)になっていたミーコの頭が、メラの拳によって吹き飛ばされる。

 

常人には予備動作を感じとれない、達人の拳がミーコの頭を肉片に変えた。

 

 

「もうっ、お嬢さまっ。いきなり、頭飛ばさないでくださいよーっ」

 

「なっ?!」

 

 

しかし、その肉片が液状になり、頭があった場所に集まると、そこにさっきまであった黒猫の少女の頭が再生する。

 

 

まともな人類にはあり得ない再生能力だった。

 

 

「これが鬼! なかなか死なないし、歳も取らない。絶対じゃないけど、人間よりずっと死ににくいんだよ!」

 

「これが鬼……」

 

 

「だから、鬼になればいいんだよ!」

 

 

「なれるのですか? 不老不死に」

 

「わたしが鬼にしてあげる!」

 

 

まだ、状況の変化について行けていない。

それでも、希望を見出したような表情をしているオセロ司祭。

 

 

メラは、老人の半開きになった口に、血を(したた)らせた指を入れようとする。

 

 

「お嬢さま、お待ちくださいませ」

 

「ん? あっ、そうだった」

 

 

あと少しで、オセロ司祭に鬼の血を飲ませられる、というところでミーコが待ったをかけた。

 

 

待ったの声に、メラは素直に応じて、手を引っ込める。

 

 

オセロ司祭も、ハッとして、正気を取り戻して行った。

 

 

やっと出番だ、と意気(いき)揚々(ようよう)とミーコはまえに出る。

 

ここからは、ミーコがオセロ司祭に語りかける番だ。

 

 

「鬼になるまえにアナタには宣誓(せんせい)をしていただきます。――鬼になるまえに、これからワタシが言う誓約(せいやく)を、復唱してくださるだけで構いません」

 

 

「何が、目的なのですか?」

 

 

「目的がなんなのカ、そう訊かれると。テキトウな、その場限りの答えしか返せません。意思も心もブレブレですからネ。

――強いていうなら、やりたいことをやりてぇっ、てコトです」

 

「それはつまり、好き勝手をしたい、ということですか?」

 

「はい。まさしくその通りデス」

 

 

まさか、肯定されるとは思っていなかったのか、オセロ司祭は面食(めんく)らう。

 

 

「働くのが面倒くさい、楽をして稼ぎたい、何もしなくてもご飯が手に入ればいい。

力を好きに振るいたい、力を認めてほしい、力を尊んでほしい。

チヤホヤされたい、持て(はや)されたい、(あが)(たてま)られたい。

かわいそうだから、苦しいから、かなしいから。

面白そうだから、楽しそうだから、やってみたくなったから。

 

ちなみにワタシは、

寿命が短くて死にやすい人間を眺めて、

下等生物と内心で(わら)う遊びにも、もう()きてきたので、

もっと楽しい遊びがしたい、

といったところです。

 

――ワタシたちは、やりたいことがやりたい。力がある分だけ好き勝手に振る()いたい。

 

目的を強いて述べるならそうなります」

 

 

「…………」

 

オセロ司祭は唖然(あぜん)としていた。

 

 

あまりにも、道徳も正義もなさすぎる主張。

そこに、忌避(きひ)驚愕(きょうがく)を通り()して、(おそ)れを抱き始めていた。

 

 

ミーコの隣では、橙色の瞳――メラも、ミーコの『やりたいことがやりたい』という言葉に(うなず)いている。

 

 

「交換取引です、オセロ司祭。

ワタシたちはやりたいことをやる。

アナタは、そこに勝手に救いを見出せばいい。

そして、救われた分だけワタシたちの助けになればいい。

そのための組織を作りたい。

――さぁ、アナタの望みはなんですカ?」

 

 

「ボクの望みは……不老不死。そして、誰も死なない世界」

 

 

「はい、ワタシたちの組織を大きくしていけば、自然と鬼を増やすことになるでしょウ。――より多くの人類が、不老不死に近い生命力を手に入れることになります。

――でも、それじゃあ、アナタの望みには足りませんヨネ?

お嬢さま、全人類みんなまとめて不老不死、できるのでしょうカ?」

 

ミーコがメラに問いかけると、メラは首を横に振った。

 

わからない、と。

 

 

「そんなの、わかるわけないじゃん。――でも、ずっとやれば、そのうち、みんな鬼になるんじゃないの?」

 

なんとも曖昧(あいまい)で、確実さも説得力も一切ない答えだった。

 

しかし、裏表がない答えだった。

 

 

オセロ司祭はそれに対して、

 

 

「あぁ……。あっ、はっ、はっはっはっはっは! あっはっはっはっはっは! はっはっはっはっは!」

 

笑った。

 

腹を抱えて、手を叩いて、行儀(ぎょうぎ)悪く笑った。

 

 

笑って、笑って、笑い。

 

ひとしきり笑ってから、安らぐように息を()いた。

 

 

「神は、ただありのままにあり、自らの楽園を築くのみ。ほしいものがあるのなら、自分の足で探し、自分の手で作り出すべきである。

――あぁ、なるほど。道を拓くのではなく、世界を拓く。救世とは、そういうものなのかも知れませんね……」

 

 

オセロ司祭は、解を得た、と口に出して姿勢を正した。

 

 

深くメラに向かって頭を下げる。

 

 

「何とぞ、ボクを鬼にして下さい。ボクに理想のための可能性を」

 

「うん、いいよ!」

 

メラはためらいなく(うなず)き、指の先、爪の皮ふの間から血を()らす。

 

慣れた動作だった。

 

 

「じゃあ、手をおわんにして、血を入れる、んだったよね?」

 

 

ここに来るまえにミーコに言われたこと、それをメラの手で実行するための手順を確認する。

 

 

「はい。直接触れていれば、鬼になるまえの段階で『血の呪い』をかけれるはずです」

 

 

ミーコの指示通りに、オセロ司祭は手をお(わん)の形にして、メラはそこに血を注ぐ。

 

 

人の肉体を本能的に捕食する鬼の血である。

オセロ司祭の掌に触れた瞬間から、食指(しょくし)を動かし、鬼の血が掌を侵蝕(しんしょく)し始めていた。

 

 

「うっ、ぐぅ」

 

一滴(いってき)たりともごぼしてはいけませんよ?

――では、ワタシたちは鬼の真祖、鬼の力の根源を成す者……」

 

堪えるオセロ司祭。

 

ミーコは淡々(たんたん)と続けた。

 

 

「鬼の力を得たいなら、復唱(ふくしょう)しなさい。――誓約は次のとおりデス。

――ホロ・オセロは、主を裏切らない。

――ホロ・オセロは、許可なく主のことを他者に漏らさない。

――ホロ・オセロは、主の名指しの命令には絶対服従。

――ホロ・オセロは、許可なく人を食い殺さない。

――ホロ・オセロは、許可なく人を犯さない。

――ホロ・オセロは、人間の構造(かたち)を忘れない。

――以上です」

 

 

痛みに意識が朦朧(もうろう)とする中で、オセロ司祭はミーコが言った誓約を一言一句、違えずに復唱した。

 

 

「では、飲みなさい」

 

 

その言葉に、掌で作ったお(わん)の中の鬼の血を、一気に飲み()した。

 

 

同時に、肉体が作り変わって行く。

 

 

そして――。

 

 

 

「かわわわわ」

 

「わっ、かわいいっ」

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「こういう結果になるとは……何が原因でしょウ? 本人が若さを願っていた? 全盛期の肉体の状態を再現した? お嬢さまの血と同調した結果?」

 

「女のひとだったのかな?……おちんちんはちゃんと付いてるね。それ以外、女の子なのに」

 

「お嬢さま、ダメです、司祭の服に潜らないでください。絵図がアウトです」

 

 

鬼化したオセロ司祭(?)の服に、頭を潜り込ませて中身を確認しているメラの身体をミーコは引かせた。

 

仰向けに眠る男の服に潜って、股間(こかん)を覗き込む幼女という図は、教会という場にあっていい光景ではなかった。

教会でなかったとしても、よくない。

 

 

「『血の記憶』と『血の呪い』の作用を利用して、鬼の血に人間の構造を記憶させて、初めから『人化』を習得させた状態で鬼にする実験……。見たところ……なんとも言いがたいですね~」

 

「すごく鬼って感じはしないよ?」

 

「でも、姿形がこうまで変わったのは確かですカラ……」

 

 

今回の目的はもちろん、鬼を頂点として崇める組織の要となる人材を勧誘すること。

 

鬼の血の性質を利用して、誓約に『人間の構造(かたち)を忘れない』という項目を入れることで、初めから『人化』を習得させた状態で鬼にする実験。

これは次いでだったが、興味深い結果となった。

 

 

いま、女神像のまえで、横たわっている司祭服を着た人間――いや、鬼は、とても可愛(かわい)らしい顔立ちをした少女のような容姿の少年。

 

状況や身に着けている服から見ても、間違いなくオセロ司祭なのだが、鬼化するまえとあとであまりにも変わりすぎている。

 

 

「鬼のにおいはするので、とりあえずは吞ませましょうカ、栄養玉」

 

「フスッ」

 

 

ミーコの言葉に、これまでじっとしているだけで、退屈(たいくつ)そうにしっぽを揺らしていたビーバーが応と鼻息を吐き出す。

 

 

ビーバー――ビビンバのまえの床にミーコがハンカチを置く。

 

ビビンバはハンカチに向かって口を開けると、

 

「カァー、ペッ!」

 

コロン、と赤く(にご)った石を吐き出した。

 

 

「ちょくせつ、ビビンバが呑ませてあげたら、よくない?」

 

「さすがに、それはワタシでも気がとがめるというか……発想がさすが、お嬢さまというか……」

 

 

ミーコはビビンバが吐き出した石を、()いたハンカチで包んで、ぬるぬるとした体液を(ぬぐ)った。

 

これをそのまま、誰かに呑ませるというのは、さすがにミーコでもためらう。

 

 

「人間――鬼に必要な栄養がぜんぶ詰まった、栄養玉。これで、数日は()えることはないでしょウ」

 

ミーコは石を、少女のような少年の口に入れて、あごを(かたむ)けて呑み込ませる。

 

鬼の生命力を信じて、窒息(ちっそく)させることも()さない行為だった。

 

 

オセロ司祭が目を覚ましてから、とりあえずの栄養を与えたことは教えよう。

ただ、その正体を詳しく教えるつもりはミーコにはない。

 

世の中には、知らないほうが幸せなこともあるのだ。

 





巌勝(みちかつ)鬼化イベント『ならば、鬼になれば良いではないか』のパロディ

および

獪岳(かいがく)鬼化イベント『一滴たりとて、(こぼ)すこと(まか)り成らぬ』のパロディ

回収(満足)


魔剣士協会の指名依頼を請けたくない場合は
「自分を雇うには安すぎる」とか、「依頼内容に報酬が合ってない」とか
なんだかんだとごねて、うやむやにするもの、というのが協会内の暗黙の了解になっている。
という設定

もうちょっと人付き合いがあれば、クレアサンも知っていたかもしれない
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