おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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27.慣れないことはするものではない

 

王都と聖地の間の道はよく整備されている。

 

全面石畳(いしだたみ)ということはないが、しっかり土が固められていて雑草も少ない。

 

馬車がスムーズに進んでくれる。

 

 

王都を出発してから三日。

 

旅路(たびじ)は順調だった。

 

 

 

今回の王都から聖地リンドブルムに運んでいるのは、メッセージ特別司教が視察の際、各教会の孤児院(こじいん)で見つけ出した素質や才能がある将来有望な子供たち。

 

 

その中には、私が知っている顔もあった。

 

 

一人は、今年で9歳になるのだったか、剣術指南で初めて孤児院を訪れたとき、私に話しかけて自己紹介をしたネネという少女。

 

もう一人は、こちらも初めて孤児院を訪れたとき、チャンバラごっこで、岩もとい石碑(せきひ)に棒を叩きつけていた少年

 

 

この二人が知り合いで、他の子どもたちは余所(よそ)の孤児院から集められた、全員未成年の子どもたち。

 

 

どういう基準で選んでいるのか、目で見るだけではわからない。

 

が、魔力を感知してみれば、どの子も王都の人々の平均よりも多いことがわかる。

 

そこを基準に選んでいるのだろう。

 

 

 

「あぁ、クソ、なんでこんな寒い中、山登りなんかしなきゃなんねぇんだよぉ」

 

「仕方ねぇだろ? リンドブルムは高地にあるんだから、どっかで登らなにゃ到着(とうちゃく)しねぇ」

 

「ハッハッ。王都の聖騎士にはわからないかもしれないが、今日はかなり暖かいほうだぞ。雪も少ない」

 

 

「マジで、これで少ねぇの?」

 

 

ザック、ザックと雪を踏みながら、ゆるやかな長い坂を護衛たちが登る。

 

車輪にトゲを付けた馬車がそれに併走(へいそう)する。

 

馬はただの馬ではなく、化生の類(モンスター)を調教しているようで、雪も坂もものともせず進む。

 

 

「クレアさんは、平気ですか? 寒さとか体力とか」

 

「問題ない」

 

 

護衛の聖騎士の一人が、まだ年齢的には11歳の私を気にかけるのに、短く返す。

 

 

そうですか、とあっさり聖騎士は引き下がり、正面に視線を戻した。

 

 

このように、私のほかの護衛たちとも良好な関係を築けている。

 

主に『武神の弟子』という称号に目を付けて、仲良くなろうとして来ているみたいだが、険悪(けんあく)よりはずっといい。

 

 

ちなみに、私のほかの護衛は全員、聖騎士だ。

私だけ特別扱いで護衛に参加させられているらしい。

 

もはや、何か狙いがあることを隠す気はないようだ。

 

 

 

 

三日目昼。

 

 

長い長い坂の途中で、休憩(きゅうけい)となった。

 

 

坂道から()れた道の先の広場。

 

小屋と厩舎(きゅうしゃ)も建てられていて、休めるようになっているそこは、休憩所として作られたものだそうだ。

 

 

「えらく人気(ひとけ)がないな」

 

と護衛の一人。

 

 

「いつもは一、二台は()まってるのに、(めずら)しい」

 

とある護衛。

 

 

「この先の橋は二台ずつしか通れないから、順番待ちになるもんな」

 

と別の護衛。

 

 

「血のにおいがする」

 

と、私は言った。

 

 

「「「え?」」」

 

 

次の瞬間、魔力が私の身体を通過(つうか)する感覚。

 

その魔力は広場全体に広がり、(まく)のようなものを作って広場を(おお)った。

 

 

魔力が広場を覆い終えたときにはもう、私以外の護衛は全員倒れていた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

おそらくは魔力の結界だが、それだけではない。

 

この魔力自体にも何かの効果があるのは間違いない。

 

 

倒れている護衛たちは死んではいない。

全員、気を失っているだけだ。

 

 

気配を探ってみれば、馬車の中の者たちも、床に()している。

 

こちらも死んではいない。

()()()()()()、全員、気絶しているだけだ。

 

 

意識がない者たちの中には、息遣いから眠りが浅いとわかる者がいて、彼彼女たちは魔力の量が比較的多い。

 

どうやら、魔力量が多いほど効きづらいもののようだ。

 

 

私は、鍛練を()ねて(つね)に、ウワバミのウロコを参考にした、高速循環する魔力の(ころも)(まと)っている。

 

そのため、先の魔力による干渉(かんしゃう)はそれで弾いたが、何もしなくても身体に支障(ししょう)はなかったかもしれない。

 

 

と、いまの状況を把握(はあく)し、じっくり考えられるくらいには、しばらく何も起こらなかった。

 

 

 

「ようやく、お出ましか……」

 

 

広場を囲むのは黒いローブの集団。

 

数は見える範囲に15人、見えない場所に待機しているのが8人。

 

合計23人。

 

随分(ずいずん)、大掛かりな襲撃だ。

 

 

「タッテル、モノヲ、コロセ」「タッテルモノヲコロセ」「「タッテルモノヲコロセ」」

 

 

「正気ではない、みたいだな……」

 

 

黒いローブの集団が斬りかかって来る。

 

魔力を込められた剣を(かわ)すと、別の黒ローブが躱した私に斬りかかって来る。

 

その剣を、刀で受け止めて受け流してみる。

剣を受け流した黒ローブの腹から剣が生えて、私を刺そうとした。

 

 

「やはり、正気ではない……」

 

 

空気の動きでわかることだが、剣を受け流された黒ローブの腹を、別の黒ローブが後ろから刺し(つらぬ)いて、私に攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

仲間をためらいなく串刺(くしざ)しにし、串刺しにされた黒ローブも痛みに(うめ)き声も上げていない。

 

 

また、斬りかかって来た剣を躱して、今度はすぐに、黒ローブの剣を持つ両腕を斬り落とす。

 

「ガァ!」

 

両腕が落とされたその黒ローブは、すぐに剣での攻撃を諦め、フードの奥から()みつきを仕掛けて来た。

 

刀の柄であごを打ち、その首を斬り落とす。

 

 

噴き上がる血から距離を取り、さらに別の黒ローブの相手へと意識を切り替えた。

 

 

「もはや、魂がひとを()めているな……」

 

 

できるだけ殺さずに無力化したほうが、あとの処理(しょり)面倒臭(めんどうくさ)くなさそう、などという考えは捨てたほうがよさそうだ。

 

たぶん、死ぬまで戦うように調教(ちょうきょう)されている。

 

 

私は刀を構え、

 

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 (ろく)ノ型 常夜(とこよ)孤月(こげつ)無間(むけん)虚擢(うろぬき)

 

 

無数の斬撃を放ち、――私に攻撃を仕掛けている黒ローブ、広場の外縁に残って(かこ)んでいる黒ローブ、広場の外の草むらに待機している黒ローブ――黒ローブ姿の()()を縦横、サイコロ状に斬り別けた。

 

 

月の呼吸の虚擢(うろぬき)という技はは、多くの障害物が存在する中で、狙った対象だけを斬る技だ。

 

 

最近、開発した技で、コントロールが難しいことと、観測できていなければ当てられないこと、少し威力(いりょく)が落ちることが欠点である。

 

 

いまのように、斬ってはいけない障害物が多くある中で、数が多い敵を殲滅(せんめつ)するには都合がいい。

 

 

 

黒ローブが全員、肉片になったまま生き返ったりしないことを確認して、私は一旦、刀を降ろした。

 

(さや)(おさ)めはしない。

 

 

 

――パチパチパチパチ。

 

手を叩く音がする。

 

 

それは広場に()めた馬車から。

 

馬車のドアが()いて、拍手する男が姿を現した。

 

 

「すばらしいぃ! 本当にもう、すばらしい! 相手にならないと思ってましたが、まさかこれほどとは!」

 

 

男は細目の聖職者。

 

私をここに連れてきたと思しき、胡散臭(うさんくさ)い司教。

 

 

「メッセージ特別職司教……」

 

 

魔力による干渉(かんしょう)――おそらくアーティファクトによるもの――により、子どもたちが気絶する馬車の中で、気絶していなかった男。

 

 

「――それに比べて、不甲斐(ふがい)ないですねぇ、うちの手駒(てごま)は……」

 

「認めるのだな……」

 

「もちろん、お見通しでしょうからぁ」

 

 

冬の季節の馬車の旅。

 

当然、防寒(ぼうかん)を整えているメッセージ司教は、白いコートを身に着けていた。

 

 

その白いコートの内側から、シュルシュルと紐状(ひもじょう)の長いものを引っぱり出す。

 

それは黒く()られて、ツヤが消されているが、金属でできた(むち)だった。

 

細いワイヤーを数十本、(たば)ねて作られた(なわ)の鞭だ。

 

 

警戒(けいかい)して正解でしたなぁ。なにせ、本気を出すまえに死んでしまっては、元も子もない!」

 

 

さらに、(ふところ)からガラス(びん)を取り出し、フタを空けて、(てのひら)にひっくり返す。

 

 

三錠(さんじょう)、血のにおいがする赤い錠剤が掌に転がる。

 

 

「ワタクシは、油断しません。ずっと、対面するまえから、貴方を警戒していた! 『武神の弟子』の称号に()じぬ実力ならば、歳も常識もなんの判断基準にもならない!」

 

 

メッセージ司教が錠剤を三錠まとめて、口に放る。

 

 

「最初から全力でお相手しましょう!――クレアサンーっ!」

 

 

錠剤を()(くだ)した瞬間、魔力の量がはね上がり、あふれる魔力に身を任せるがまま私へ突進して来た。

 

 

――ヒュン!

 

 

手にした鉄の鞭が振るわれる。

 

軌道(きどう)から身をそらすと、膨大(ぼうだい)な魔力が込められた一閃(いっせん)が地面を()ぎ取る。

 

束ねられたワイヤーがヤスリのようになり、地面を削ったようだった。

 

 

さらに司教の鞭は、私に近付きながらも振るわれる。

 

 

「まだ、まだ、まだぁああ!」

 

 

――ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュン!

 

 

つま先やかかとを土に突き立て、ステップを踏み、(おど)るようにくるりくるりと身体をまわす勢いを乗せて、鉄の鞭は振るわれた。

 

 

それらを私は、小柄な身体を活かして、すべて躱す。

 

 

(――力任せではない……。たしかな技術を感じるな……)

 

 

空間から、余白を無くすことを意識して振りまわされる鞭撃は、力任せでは生まれない。

 

修練したのか、はたまた実戦経験の中で磨かれたのか、相手を追いつめるための術理(じゅつり)がそこにあった。

 

 

八歩手前まで近付いて来たとかろで、横に()ねるメッセージ司教。

 

私を中心に円を()きながら鞭を振るう。

 

 

――ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!

 

鞭の速度が上がっていく。

 

 

――ジュッ、ジュッ、ジュジュジュッ!

 

それに従って、鞭の勢いも上がり、削ぎ取られて出来る地面の(みぞ)も、深く広いものになって行っていた。

 

 

ただ、早いから鞭撃の威力が上がっているわけではない。

 

鞭に込められている魔力の流れに無駄がなくなり、量と密度も増している。

 

 

「慣れて来ている、か……」

 

 

錠剤を呑んで上昇した魔力が、さっきまではだだ()れで、霧散(むさん)するばかりだったのに。

 

いまははっきりとした形を成して、体表に沿()って分厚く肉体を(おお)っている。

 

 

――ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!

 

 

(しか)りぃ! この暴れ狂う魔力も、無限に増殖する細胞もぉ! 魔人の力ですら、呼吸術と血液操作を(もっ)てすれば、飼い慣らせるぅ! 貴方のおかげでなぁ!」

 

「ほぅ……」

 

 

言われて、荒々しい息遣いの中に、呼吸術特有の、肉体の隅々(すみずみ)にまで息が通る音があるのに気が付く。

 

 

型を使っているわけではないようだが、呼吸術を使っているのは、たしかなようだ。

 

 

――ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!

 

 

「この呼吸術! そして、血液操作! すんばらしいぃ! すばらしい技術だぁ!

――呼吸術で魔力を使わずに肉体を強化することで、暴れる魔力に対する耐久力を大幅に上げぇ! さらに、血液操作で無限に増殖する細胞を制御し、攻撃に変えてみせるぅ!

――こんな風に!」

 

 

血のにおい。

 

 

――ヒュバンッ!!

 

 

司教の手から鉄の鞭の先まで、一瞬で血液が伝って、振るわれた。

 

鞭から、複雑にかつ不規則的に(から)まった血の糸が吐き出されて、空気も地面も斬り(きざ)む。

 

 

呼吸術だけではなく血液操作も、しっかり習得しているようだ。

 

 

「まだ、まだまだまだ、まだまだまだまだまだぁ!」

 

 

――ヒュバンッ、ヒュバンッヒュバンッヒュバンッ、ヒュバンッヒュバンッヒュバンッヒュバンッヒュバンッ!!!

 

 

超高速で鉄の鞭が振るわれ、絡まる糸が予測困難な軌道で空間の余白を刻んで行く。

 

絡まった糸に当たったら大きな衝撃があるだろうことは、深く削れた地面を見ればわかる。

 

 

「なぜ……っ」

 

 

――ュバンッヒュバンッヒュバンッヒュバンッヒュバッ!!!

 

 

「なぜ、当たらないっ?!!」

 

 

――ッヒュバンッヒュバンッヒュバンッヒュバンッ!!!

 

 

「すき間が、あるからだ……」

 

「すき間ぁ?!!」

 

 

「すき間がある、すき間ができる、攻撃に……。だから、そこに肉体があれば、当たる道理はない……」

 

「そんなバカなぁ! この不規則な軌道を、すべて見切っていると?! その上でそれを躱せる場所に常に身を置いていると?!! そう言ってるのかぁ?!!」

 

 

――ヒュバンッヒュバンッ、ヒュバンヒュバンヒュバンヒュバンヒュバン、ヒュバヒュバヒュバヒュバ、ュバババババババ!!!

 

 

もはや、振るわれる鞭と鞭の間に、時間的な(へだ)たりはなくなり、一瞬(ひとまたた)きごとに、空間を()める攻撃の位置が変わる。

 

問題ない。

 

この小さな身体を入れられるくらいの、すき間の数は、十個を下回らない。

 

 

「そんなぁ!! そんなバカなことがあるかぁ!!!」

 

 

メッセージ司教は、さらに鞭を速く強く振るい、空間の占有率を上げようとする。

 

しかし、それでも、空間を埋め()くしてはいなかった。

 

 

「底が()れたな……」

 

 

これ以上は戦っても、先がなさそうだ。

 

 

そう判断して、ただ一振り、

 

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 ()ノ型 落天(らくてん)崩月(ほうづき)虚擢(うろぬき)

 

 

刀を()いだ。

 

 

放たれた斬撃が、まず、四つに分かれ増える。

さらに、分かれた先で、四つずつに分かれ合計十六に増える。

さらに、四つずつ分かれて六十四に、さらに四つずつ分かれて二百五十六、と。

 

四倍ずつ増えて行く斬撃が空間を制圧する。

 

 

「なんだこれは?! なんだぁ?!」

 

 

歪曲(わいきょく)した斬撃の群れ――崩月(ほうづき)は、空間を走る絡まった糸を、一つ残らず粉微塵(こなみじん)に刻む。

 

あとには何も残らない。

 

 

「なんだぁこれはぁ?!!!」

 

 

メッセージ司教も抵抗して、今日一番の鞭の()えを見せるが、魔力の密度も血液の濃度も、攻撃の精度も威力も違いすぎる。

 

絡まった血の糸はことごとく消し飛ばれ、何度も振るっては弾かれた鉄の鞭は、ついに、

 

――ブチィッ!!

 

鈍い断末魔(だんまつま)を上げてちぎれる。

 

魔力も血液も失った、ちぎれた鞭の半分は崩月に触れて、血の糸同様に消し飛んだ。

 

 

「ぁっ…………」

 

 

心が折れたような吐息が、メッセージ司教の口から出て、斬撃に呑み込まれた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「なぜ……生きてるのです、ワタクシは……」

 

 

「私が、攻撃と魔力だけを、斬ったからだ……」

 

 

「そうですか……。いえ、そうではなく」

 

 

すっかり荒れた広場の一角。

倒れているのは、メッセージ司教。

 

その身体には大きな傷はない。

 

あるのは、砂利が()ねて付いた、かすり傷くらい。

 

 

「なぜ、剣を降ろしてるのです?」

 

「護衛対象に死なれると、困る……」

 

「はぁ……?」

 

 

メッセージ司教は、しかめ面で私を見て、

 

「はぁ……」

 

ため息を吐いた。

 

 

ペチンッ、と顔を手で強く(たた)いた。

 

 

「本気で言ってますねぇ、クレアサン。ワタクシ、他人の心を読むのが得意なのですよぉ」

 

「?? いま、何を呑んだ……?」

 

 

「あら、気が付かれましたか?」

 

 

見事な手捌(てさば)きだった。

 

自然に過ぎて、口からこぼれる声の違和感に気付いてようやく、わかった。

 

 

(――顔を手で叩いたときかっ! あの、血のにおいがする赤い錠剤を、口に入れたのは……っ?!)

 

 

さらに気が付く、とても濃い血のにおい。

 

 

一錠や二錠ではない。

 

それこそ、(びん)に入っていたすべての錠剤を口に入れなければ、こんなにおいにはならない。

 

 

――ミヂィミヂィミヂィ!

 

 

血のにおいが、鬼のにおいに取って代わる。

 

 

「喜ぶとよろしいですよ。今日から貴方は、護衛対象を皆殺しにした、凶悪犯なのですからなぁ!!!」

 

「っ!」

 

 

メッセージ司教は腕を振るう。

 

その腕は、もう人間の(なり)はしていない。

腕と手の指が異常に伸びて、血管が絡まった鞭の形になっていた。

 

 

「ホオオオ」

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月(やみづき)(よい)(みや)

 

 

嫌な予感がして、その鞭を無数の斬撃で粉々に刻む。

 

けれども、

 

 

――フュゥゥウッ。

 

 

一つ、細かな血の糸くずが舞う、風が吹いた。

 

 

私にではない。

 

 

倒れて気絶している護衛たちのほうへ。

 

子どもたちが倒れている馬車のほうへ。

 

戦いの巻き添えにならぬように、距離を置いていたそこへ。

 

風は吹き抜けた。

 

 

鬼のにおい。

 

 

「ガァアアア!」「ゥヴァア!」「ァアアアアアア!」

 

倒れていた護衛が起き上がり、雄叫(おたけ)びを上げる。

 

 

「ャアアアア!」「ワァ!」「クァアアィイイ!」

 

馬車から、異形と化した子どもたちがエサを求めて、飛び出して来る。

 

 

――ミヂィミヂィミヂィミヂィ!

 

 

「あぁ……すばらしい! これが真なる覚醒! 魔人の力!

――人間を、簡単に下僕(げぼく)にしてしまう! これが真に自立した魔人!」

 

 

「鬼の血を使った、眷族化……」

 

 

その方法をあらかじめ知っていたのか。

 

直感的にできると確信したのか。

 

メッセージ司教は、私以外の生きた人間全員に、鬼化を(ほどこ)したらしい。

 

 

――ミヂィミヂィミヂィミヂィ!!

 

 

肉体が弾ける、赤い目がギョロつく。

 

 

気配が禍々(まがまが)しく、(おぞ)ましいものに変わる。

 

 

鬼のにおいが、より濃厚なものになって行く。

 

 

――ミヂィミヂィミヂィ!!!

 

 

「あぁ、しかし、耐久力が足りないっ……残念だ。やはり、器としての耐久力が、ワタクシには足りなかった……っ!」

 

 

鬼化がさらに進行するに従って、肉体は悲鳴を上げ、皮ふは黒く(くさ)って行く。

 

 

「何がしたい……っ!」

 

「下っ端が下克上(げこくじょう)を狙う機会など、一度きりしかないのですよ! ラウンズへの道は、今日の敗北によって絶たれた! これはっ、せめてもの、腹いせだ!」

 

「腹いせ……」

 

 

メッセージ司教は鞭になった腕をめちゃくちゃに、振るう。

 

 

――ヒュバッ、ヒュバッュバッュバッュバッュバッュバッ!!!

 

 

私はそれをすべて斬り払った。

 

 

「アッハッハッハッハッ!!!」

 

 

メッセージ司教の身体が崩れていく。

 

 

もう胴体には大穴が空いているのに、司教は哄笑(こうしょう)を上げるのを止めなかった。

 

 

「ハッハッハッハッハ……ハ…………」

 

 

笑い声を上げるあごも、ついに塵になって、消える。

 

顔も頭も崩壊(ほうかい)し、メッセージ司教は風に吹かれて消えた。

 

 

 

残るのは、鬼化された護衛と子どもたち。

 

 

「オオオオオ!」「ァヴア!」「ィィガァ!」

 

「ヤヤィィ!」「ニャワァ!」「ィイイ!」

 

 

主が死んでも残っている。

 

 

ということは、司教は鬼の力のすべて――力の根源(こんげん)を、ここにいる誰かに流し込んだのだろう。

 

それは、においを嗅ぎ分ければ、誰だかわかるだろう。

 

 

「なんとも、まぁ……。締まらない、な……」

 

 

――「今日から貴方は、護衛対象を皆殺しにした、凶悪犯」

 

メッセージ司教の言葉。

 

 

「依頼は失敗、どころか、妥当(だとう)なところで犯罪者、か……?」

 

 

もし、あらかじめ、手をまわしているのなら、潔白(けっぱく)の証明をしようがない。

 

 

手をまわしていなくても、護衛対象全員死亡という結果は、確実に疑いを生むだろう。

 

 

「慣れないことを、やるものではない……」

 

 

主の性質が眷族にも引き継がれているのか、腕を鞭にして振るって来る鬼化した聖騎士。

 

その攻撃を躱し、カウンターに四肢(しし)を斬り別ける。

 

 

さらに攻撃を仕掛けてきた、他の鬼化聖騎士も同じようにバラバラにする。

 

子どもたちも同様にした。

 

 

「敵は殺しておいたほうが、後腐れがなくていい、な……」

 

 

心臓も脳も首も斬っていない。

 

鬼だから、これくらいなら死なないだろう。

 

 

そう思っていたら、鬼化した子どもの一人が崩れて(ちり)になって消えた。

 

 

――「あぁ、しかし、耐久力が足りないっ……」

 

 

また、メッセージ司教の言葉を思い出す。

 

 

「耐久力が足りない……鬼化に、肉体が着いて行っていないのか……?」

 

 

また一人、子どもが塵になる。

 

 

「どうしたものか……他者の手による『人化』は、不可能ではないと思うが……」

 

 

自分ではなく、他人の肉体だ。

 

 

初めから神経が通っている自分の腕と同じように、神経が通っていない土から作った粘土(ねんど)を、動かすことはできない。

 

よほどその道に通じていない限り、必ずどこかに取りこぼしが出るだろう。

 

 

人間に戻せたとしても、後遺症(こういしょう)は避けられない。

 

 

「それでもやるか……」

 

 

また一人、今度は鬼化聖騎士が塵に変わった。

 

 

「時間との戦いだな」

 

 

全員は無理として、まず――。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

人間に戻せたのは、二人だけ。

 

 

あらかじめ顔見知りだった、ネネという少女と、石碑に棒を叩きつけていた少年。

 

 

なぜこの二人を人間に戻せたのかといえば、要因は三つある。

 

 

一つは、ネネという少女が――おそらく、ミーコと同じ鬼の才能があるタイプ――“器の耐久力”とやらが()で高かったらしいこと。

 

一つは、少年が呼吸術を習っていて、“器としての耐久力”が上がっていたらしいこと。

 

最後の一つは、私が優先順位を付けて、知り合いを優先して人間に戻したこと。

 

 

この二人をなんとか人間に戻した時点で、他の鬼は、子どもも聖騎士も塵になっていた。

 

 

「少し、(つか)れたな……」

 

 

これからのことを考えると、気が重たいのもある。

 

 

王都に戻ってヴェラたちと密かに合流。

 

話し合いを行い、最低でも私は、王都を離れることになるだろう。

 

 

「はぁ……」

 

 

もっとやりようはあったな。

 

まぁ、失敗なら失敗なりに、いい経験にもなったような気がする。

 

 

総評として、慣れないことをするものではない。

 

これからは、どうしても、というときやもの以外は、自分のありのままに、やりたいように行動するのがいい。

 

 

そう、思わされるものだった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

人間に戻した二人に負荷(ふか)がかからないよう、走ること半日。

 

 

その間、二人は目を覚まさなかった。

 

 

夜。

 

王都の外の、外壁の物陰(ものかげ)に到着したところで、ヴェラたちに合図を送る。

 

血のかたまりを(ちゅう)に浮かせて、パシャンッ、と破裂(はれつ)させる。

 

これで、薄く広く血が拡散し、ヴェラたちならにおいを嗅ぎ取れるはずだ。

 

 

 

「おかえりー、お姉ちゃん」

 

「お疲れさまです、ご主人さま。――そのお二方は?」

 

 

「迷惑をかける。二人は、生き残りだ……そちらは?」

 

 

果たして、ヴェラたち――メラとミーコとめいぐるみサイズのビビンバはすぐにやって来た。

 

 

しかし、もう一つ、知らない影があった。

 

 

少女――のような少年か。

 

においでギリギリ、男だとわかる。

 

 

(――鬼のにおい……メラの血のにおいもする……。ん? いや、わかりづらいが。このにおい……)

 

 

「オセロ司祭?」

 

「わかりますか、クレア様には」

 

 

少年は頷き、深く頭を下げる。

 

 

「この度、主様の手で、鬼にしていただきました、ホロ・オセロです。これから、真祖様方のサポートに尽力(じんりょく)させていただきます。――よろしくお願いいたします」

 

「??」

 

 

オセロ司祭(?)の言葉に首を傾げる。

 

 

「詳しいことは~、あとで説明しますので勘弁してください、ご主人さま~。――それよりも、生き残りってなんなんです~?」

 

「下手を打ってな。やはり、はめられていたようで――」

 

 

ミーコの問いかけに、今回の護衛依頼で起こったことを、簡単に説明した。

 

 

私個人の所感(しょかん)として、聖教の王都本部もグルであった可能性を口にすると、オセロ司祭がビクリと身体が跳ねさせた。

 

 

「ボクがこれまで信じてやって来たことは、偽りの救いを循環させる行為だったのかも、しれませんね……。――たいへん罪深いことです」

 

 

あぁ、と思い当たる節でもあったのか、何かを(さと)った声を()らした。

 

 

「お二人はボクが(あずか)かりましょう。嗅ぎつけられるのは、時間の問題かもしれませんが。これでも長生きして来たので、当てはあります」

 

 

私はミーコに目配せした。

 

ここで預けても平気か、と。

 

 

ミーコはうん、と頷き、メラに声をかけた。

 

 

「お嬢さま、オセロ司祭におねがいごとをできますでしょうか?」

 

「いいよ。“オセロ、死んでもその子たち、守って”」

 

「“はいっ”!」

 

 

メラがオセロ司祭に命令すると、身体の隅から隅まで服従するような素早さで、オセロ司祭は直角に頭を下げた。

 

 

「眷族への命令、か……」

 

「さすが、ご主人さま~。わかるのですね~」

 

 

絶対に破れない、鬼の血を介した命令は、前世であの御方もよく使っておられた。

 

主が粉々に斬り刻まれて、再生を(いちじる)しく阻害(そがい)されるようなことでもない限り、眷族は命令に背くことはできない。

 

 

オセロ司祭は、メラの命令通り、死んでも子どもたちを守るだろう。

 

 

「それで、私は王都を離れるが……」

 

「あっ、それなら、ワタシにいい考えがあります~」

 

 

ヴェラたちはどうするか、聞こうとしたが、ミーコはそれよりも早く提案した。

 

 

「無法都市に拠点を移しませんか~?」

 





〇捏造月の呼吸紹介

・○ノ型 ○○○○・虚擢(うろぬき)
……間引きという意味の虚抜きから。
傷つけてはいけない障害物を傷つけずに、狙った対象だけを斬る技。
欠点は、少し威力が落ちること、対象を観測していなければ斬れないこと、コントロールが難しく思考と集中力を割かなければならず片手間ではできないこと。
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