おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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誤字報告、ありがとうございます。
助かります


児童期・下
EX6.だから、ドーピングはダメなんだって、あれほど(言ってない)/救われない運命


 

その話が、教団の幹部に伝わったとき、意見が割れた。

 

 

そんな便利なものがあるはずがない、と切って捨てる者。

 

本当にそんなものがあるのならば、極めて危険だ、排除すべきだ、と否定する者。

 

本当にそんなものがあるのならば、良質な実験材料が手に入る、良質な人材を簡単に作ることができるようになるかもしれない、と肯定する者。

 

 

 

情報の出所(でどころ)はどこだ? と、誰かが訊いた。

『強欲』の手駒(てごま)が研究していた内容だ、と誰かが答えた。

 

 

その手駒は信用できるのか? その手駒の話の根拠(こんきょ)はなんだ? と誰かが訊いた。

従順に仕事をこなして来たチルドレンだ、死ぬ直前まで研究していた研究資料が残っている、と誰かが答えた。

 

 

つまり、文書があるだけでそいつの妄想かもしれない、確たる証拠も証人もないということではないか、と誰かが笑った。

 

 

 

本当にそれで覚醒できるとしたらどうする? と誰かが訊いた。

 

そんなことがあるわけがない、

排除するべきだ、

放置しておいしいところだけもらうのがいいだろう、

独占するべきだ、

とそれぞれが違うことを言った。

 

 

 

本当に覚醒できるのか? そのキジン流とやらを(おさ)めるだけで。

 

けっきゃく、最後には、議論はそこに行き着いた。

 

これが事実であるかどうか? それがわからなければ、どうとも結論が出ない。

 

 

 

――では、作ってみよう、我々の手で。

 

ちょうどいい実験体に心当(こころあ)たりがある、と一人がそう言った。

 

その実験体が、本当に覚醒するのか、

覚醒するとしたらどのように覚醒するのか、

実験材料としてはどれくらいの価値があるのか、

まずは調べよう、と。

 

 

そういうことならば、この話は次に見送り、と議論は一旦終了した。

 

 

呼吸術と血液操作というキジン流の技術をすでに修めており、ブシン祭本戦出場者の父親の才を受け継いでいて才能面での問題もない。

偶然、遭遇(そうぐう)したチルドレン3rdの集団を殲滅(せんめつ)した実績があり、能力も問題ない。

 

何より、魔剣士学園の生徒という、観察しやすく、こちらから干渉(かんしょう)しやすい立場にいる。

 

 

――そんな少女を実験体として、覚醒の実験を行う、という決定を(くだ)して。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

幼いころから、戦うことが苦手だった。

 

才能がないということではない。

 

ただ、ひとと争うこと、ひとと(きそ)うこと、ひとと(いさか)うことなど――ひとと対立することが苦手だった。

 

 

それよりも、庭に咲いた花を眺めながらお茶を飲んだり、お菓子を食べたり――そんなことを、何人かいる友だちと一緒にやるほうが楽しかった。

 

 

 

ミドガル王国でも上澄みの腕を持つ魔剣士の父には、娘として申し訳なく思った。

 

 

父は、そんな自分の頭を()でて、それでいい、ミリアはミリアでいい、と笑った。

 

 

それでも、申し訳ないことには変わりなかったし、戦うことが苦手なのにも変わりなかった。

 

 

 

それが変わったのは、ブシン祭に出場した父が、本戦にまで勝ちあがったものの、一回戦で敗退した日のこと。

 

 

負けた父にかける言葉が見つからない自分へ、ブシン祭の本戦に出場することはそれだけでとても名誉ななのだよ、とカタルシス父。

たくさんのひとが望みながらも、手に入れることができない名誉だ、と。

 

その父の、無理して笑った顔と震える声を見聞きした自分は、たまらない気持ちになった。

その夜、部屋から抜け出した。

 

 

 

ただ、意味もなく、剣を振った。

 

ただ、目標もなく、剣を振った。

 

何の解決にもならないのに、ただ、剣を振った。

 

 

自分の気持ちがわからない。

 

なぜ、自分が剣を振っているのかわからないのに、剣を振るのがやめられなかった。

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 

汗が服を濡らして、身体に熱がこもって、息は荒くなり、酸欠で目眩(めまい)を起こした。

 

指先も震えている。

 

 

そうまでして、やっと剣を振るのをやめた。

 

 

ひたすら剣を振り続けて、身体の中の空気が新鮮なものに入れ替わって、何かを成し()げられたような気分になった。

 

 

「はぁ……ふぅ」

 

 

そして、感じるのは(むな)しさ。

 

 

満たされるような達成感と相反する、何も成せていない現実。

 

 

空っぽになった心で、無意識に、夜空を見上げていた。

 

 

「上弦の月の夜には、いつも昔のことを思い出す」

 

「っ!!」

 

 

それはいつの間にか、隣に立っていた。

 

音もなく、気配もなく、静かな月のように、ミリアの隣。

 

 

「友と語らったあの夜のこと、ただ(くや)しかったあの夜のこと……」

 

 

薄手の外套(がいとう)を風になびかせ、顔は狐を模した面を付けている。

 

腰には、無骨な黒い刀を()いている少年だった。

 

 

「だれ……?」

 

「ふむ……名乗るほどの者ではない、では納得が行くまい。るろうにミノル、名乗っておこうか」

 

「ルローニ・ミノルー……私はミリア、です。ただの魔剣士の、ミリアです」

 

「ただの魔剣士……ならば、我も、ただのしがない剣士だな」

 

 

ルローニ・ミノルーは、夜空の月を見上げて、もう一度、本当にあの夜のことを思い出す、とつぶやいた。

 

 

「それで隠れているつもりか?」

 

 

ルローニ・ミノルーが物陰(ものかげ)へ声をかけた。

 

ぬるりと現れる、黒いローブを着た集団。

 

それがミリアとルローニ・ミノルーを囲んでいた。

 

 

ためらいなく剣を抜き、斬りかかって来た。

 

 

「っ!!」

 

 

剣を抜いて、応戦しようとするミリア。

 

 

「やれやれ、気が短いことだ。――ィァァァ」

 

 

人間(ひと)の呼吸 其の七 (てん)

 

 

――バタン。バタン、バタン、バタバタバタン。

 

 

ルローニ・ミノルーが何かした。

 

そのあとには、斬りかかって来ていた黒ローブは全員、上下に別れて倒れていた。

 

死んでいる。

 

 

「――っ?!!」

 

 

激しい運動をしたあとに超集中状態になっていた上に、迎撃のために意識を()()ませていたおかげで。

何が起きたのか、奇跡的に理解できた。

 

 

迫る攻撃を受け流し、その受け流しの力を利用してカウンター、的確に相手の(どう)を上下に分断した。

 

それを全方位の攻撃に対して、行った。

 

 

一切の迷いなく無駄もなく(よど)みなく、最高効率で、刀は振るわれた。

 

天に吐いたつばが主へ返るように、当たり前のように。

 

 

「すごい……」

 

「目がいいのだな。いまのが見えるか……」

 

ルローニ・ミノルーがミリアに言った。

 

 

感心した様子で頷きつつ、刀を納める。

 

ミリアに背を向けて、闇に溶けるように去っていく。

 

 

「あっ!」

 

ミリアは、なぜそうしたいのかもわからずに、手を伸ばして呼び止めようとした。

 

 

それに、

 

「また、会うこともあるかもしれぬ、ないかもしれぬ。(はげ)むといい……」

 

そんな言葉を、ルローニ・ミノルーは残して姿を消した。

 

 

あとには、静寂(せいじゃく)と黒ローブの死体が残った。

 

 

 

しばらくして、ミリアがルローニ・ミノルーを呼び止めようとした理由は、彼ともっと話していたかったからだと気が付いた。

 

恋心――ではないが、あの、ただ愚直に剣を求めたような純粋な剣(さば)きに、それを振るうルローニ・ミノルーに(あこが)れたのだ。

 

 

 

その後、ブシン祭にて父を負かしたアイリス王女と友人関係になる。

 

ある日、どこからか新しい剣術流派の話を聞きつけたアイリス王女が、それがどんなものなのか剣術指南の様子を見に行くというので、付いて行った。

 

そして、出会ったのは呼吸術。

あの夜、ルローニ・ミノルーが振るっていた剣と、同種の剣だった。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

ミドガル王国王都、ミドガル魔剣士学園。

 

敷地内に数ある武道場の一つの裏手にて。

 

 

「フゥゥゥ」

 

剣が踊る。

 

滑らかに、柔らかに、突っかかりのない剣筋(けんすじ)で舞い踊る。

 

 

それはまるで、花が咲くように、あるいは、花が散るように、ミリアの剣は振られた。

 

 

「フゥゥゥ」

 

さらに咲くように舞い、

 

「フゥゥゥ」

 

さらに吹かれて散るように舞い、

 

「フゥゥゥ」

 

花吹雪のごとく剣を舞わせた。

 

 

ぴたりと、剣を振り終えたときの姿勢を、(しば)し維持して、剣を降ろす。

 

 

息と力を抜く。

 

 

「はぁー、ふぅー……」

 

 

息を吐き、整えながらミリアは剣を納めた。

 

 

「精が出るね、ミリア・オルバ君」

 

 

そこに声をかける、眼鏡をかけた温和そうな顔の男。

 

 

「副学園長っ?! こ、こんにちは!」

 

 

どうしてこんなところに?! と(あわ)てて、姿勢を正して挨拶(あいさつ)する。

 

 

それに対して、男――ルスラン・バーネット副学園長は、いい、いいと手を振った。

 

 

「あぁ、驚かせようというわけでは、なかったんだよ。ただ、珍しい剣だったものでね。思わず、声をかけずに見入(みい)ってしまった。――(ぬす)()のような真似(まね)をして申し訳ない」

 

「あっ、いえっ、そんな、ぜんぜんいいです! ありがとうございます!」

 

「お礼を言うのは私のほうだ。いい剣を見せてくれて、ありがとう。いまのが最近、広まっているという呼吸術かな?」

 

「はい、まだ未完成ですけど、何とか形になって来たと思います……」

 

 

それでも、実戦で使えるかどうか不安なんですけどね、とミリアは苦笑いした。

 

 

「そうかい? 十分に実戦で使えるもののように見えたがね」

 

「副学園長にそう言っていただけると、光栄です。私、ブシン祭で優勝することが目標なんです」

 

「それはまた、大きく出たね」

 

 

カチャリと眼鏡の位置を直して、副学園長は感心した表情をする。

 

 

「副学園長は、ブシン祭での優勝経験があるのですよね。その副学園長の目から見て、どうでしょうか、私の剣は」

 

「ふむ……ブシン祭でどこまで通用するか、ということか。そうだな――」

 

 

副学園長は少しの間、考えて口を開いた。

 

 

「今年のブシン祭にも、アイリス王女は出場するのだったね」

 

「はい、そう聞いています」

 

「無論、再来年のブシン祭にも、アイリス王女殿下は出場する」

 

「学園に入学しますからね」

 

 

「――それでも、勝ちたい、と?」

 

「――はい」

 

 

「なるほど」

 

 

ミリアの揺るぎない返答を聞き、副学園長はますます感心したように笑った。

 

 

若者ならそうでなくては、と頷く。

 

 

「私が知るアイリス王女殿下なら、勝ち目はあるだろう」

 

「本当ですが?!」

 

「しかし、私が知る殿下の剣は、二年前のものだ。当然、二年の間に成長しているし、殿下も呼吸術を習得していると聞くよ」

 

「あっはい」

 

 

それはミリアも、いやもしかしたら誰よりもミリアが知っていることだ。

 

アイリス王女の剛剣は一度、クレアという年下の剣士に負かされ傲慢(ごうまん)さが消え、(おごそ)かさが残った。

 

この時点で、クレアと出会うまえとあとでは、剣の強さ、隙の無さが違う。

 

そこにさらに呼吸術と血液操作による、人外じみた強化が加わる。

 

 

二年前とは、別ものだろう。

 

 

ミリアの表情を読み取ったのか、副学園長は言葉を続けた。

 

 

「その様子だと、心当たりは、多分(たぶん)にあるようだね」

 

「正直、勝てるビジョンが浮かばないです……」

 

「それでも、ブシン祭に優勝することを望むのかい?」

 

「はい、もちろん。決めたことですから」

 

 

「よろしい。ならば、私からの激励(げきれい)だ」

 

 

副学園長はミリアの決意を受け止めると、(ふところ)から袋を取り出した。

 

その袋の中から、一個だけ小さな紙の包みを取り出すと、包みの端を(つま)まんで開けた。

 

 

包みの中身は飴玉(あめだま)だった。

 

 

「と言っても、大したものではないのだがね。薬草が練られていて、少しだけ疲れを取ってくれる効果がある」

 

 

副学園長は飴玉を口に入れた。

 

眼鏡の奥の目が細められる。

 

 

「あと、甘くて元気が出る。訓練したあとにでも、食べるといい」

 

「いいんですか?」

 

 

副学園長は、飴玉がたくさん詰めこまれた袋を、そのままミリアに渡す。

 

ミリアは遠慮(えんりょ)しようとしたが、副学園長に押し付けられてしまった。

 

 

「他の子には内緒だよ。(うらや)ましがっちゃうからね」

 

「はい、あっ、えっと、ありがとうございます! 大事に食べます!」

 

「本当に大したものではないよ。適度に食べるといい」

 

「はい!」

 

 

では、がんばりなさい、と声をかけて副学園長は去って行った。

 

 

ミリアはもう一度、ありがとうございます、と感謝の言葉を伝えた。

 

 

さっそく、袋から飴玉を一つ取り出して、ほおばる。

 

 

「あまい」

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

数週間後。

 

 

ミリアは、ミドガル魔剣士学園でのブシン祭出場選手を決めるための選抜大会を、順調に勝ち進んでいた。

 

もうすでに、選抜大会四位以上は確定しており、ブシン祭出場の学園枠にあと少しで手が届く。

 

 

ミリアは、その日の試合を終えて、(りょう)への道を走っていた。

 

今日は少し、急ぐ用事があるのだ。

 

 

先日、寮に手紙が届いて、それは父からのものだった。

 

 

もうすぐ、仕事で王都を訪れることになるから、表通りの喫茶店で会って話をしようというもの。

 

そのもうすぐが今日だった。

 

 

だから、ミリアは寮に戻り、急いで身なりを整えて街へ繰り出す。

 

まだ、日が高い、十分に時間があるだろう。

 

あちらの都合次第ではあるが、久しぶりに剣の稽古(けいこ)を付けてもらきたい、と。

 

ミリアは魔剣士学園の剣を携えて、指定された喫茶店を目指した。

 

 

 

()()()()()()()()()()()お店と、学園生の間で最近、話題になっている喫茶店。

 

テラスで紅茶を飲む父の姿は、すぐに見つかった。

 

 

「パ――お父さん!」

 

「おっ、ミリア! 久しぶりだな。元気にしてたか?」

 

「うん! 久しぶり、もうずっと元気だよ。お父さんも元気?」

 

「あぁ、身体が資本(しほん)だからなぁ。そういえばミリア、学園の剣術大会、順調に勝っているそうじゃないか。今年のブシン祭は――」

 

 

もともと親子の仲はわるくなく、久しぶり会った二人は、会えなかった期間に起こったことの報告を中心に、話は弾んだ。

 

 

紅茶がおいしいことにも、注文したパンの詰め合わせのバターロールがとてもおいしいことにも、話が移り、親子間のコミュニケーションは進んだ。

 

 

一、二時間、語り合って、そろそろ退去しないと喫茶店にも迷惑がかかるな、というところで。

ミリアがお願いごとを口にした。

 

 

「お父さん、剣の稽古を付けてくれない?」

 

「それも、久しぶりだなぁ。無理してないか?」

 

「ううん、全然。なんで?」

 

「昔は苦手だっただろ? そういうのは。だから、無理してるのなら、無理しなくていいんだぞ?」

 

 

「あぁ、うん。ありがとう、お父さん。無理してないよ。私は、私が振りたいから剣を振ってるの」

 

「そうか……。じゃあ、お手並み拝見(はいけん)と行こうかな」

 

「うん!」

 

 

親子連れ立って、王都の公園へ向かう。

 

広いスペースを確保できる、人気が少ない公園だ。

 

 

 

そこに行きつき、荷物を置き、髪を()い直す。

 

地面に置いたカバンの中に、ポケットの中のもとを収めてと、ふと飴玉が詰まった袋が目に入った。

 

 

(――そういえば、今日は一個も食べてない)

 

 

何気なく、袋を持ち上げ、中身を摘まみ出す。

 

 

「それは?」

 

父がミリアに、取り出した小さな紙の包みについて(たず)ねる。

 

 

ミリアは紙の包みを広げて開けて見せた。

 

 

「飴玉か……」

 

「うん。学園でもらっ――っ?!!」

 

「ミリア?」

 

 

ミリアが飴玉をほおばって、言葉を続けようとしたが、身体に衝撃(しょうげき)が走る。

 

 

その衝撃は内側からだった。

 

 

――どくんっ!

 

 

「あづっあ」

 

 

――どくんっ、どくんっ!

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛?!!」

 

 

――どガッ、どガガがガガガッ!!

 

 

鼓動(こどう)がめちゃくちゃに暴れて、血流が嘘みたいに速くなる。

 

人間が、およそ耐えられるはずがないデタラメな内臓の動き。

 

損傷と再生を繰り返し、それでも治まらない血液の暴走に、肉体は変質と変形という解決法を取る。

 

 

「ミリア!!」

 

 

父は娘の異変に大声を上げて、その娘の肩を抱く。

 

何が起こっているのかわからないが、何かできることはないか。

 

そうして、娘の身体に触れる父の手を、

 

 

――パシンッ!

 

 

ミリアは振り払った。

 

 

「あ゛め゛! にげで! わだじがわだじじゃない、ぐなる!」

 

「ミリア、大丈夫だ! 父さんは近くにいる! 大丈夫だ!」

 

 

――どガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 

 

「あ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

「ミリアぁ!!」

 

 

身体が、心が、作り変わる。

 

ミリアは今度こそ理性を失い、正気を失い、人間であることを忘れ――

 

――鬼になった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

ミリアの右腕が長く伸び、ブレる。

 

オルバは、反射的に持っていた剣で防いだ。

 

ガゴッ、とおそろしい衝撃がオルバを襲い、後ろへ弾かれる。

 

しかし、オルバとてミドガル王国でも上位の魔剣士。

 

地面を足で削りながら、減速して、また娘の様子に目を()った。

 

 

――さっきまでいた場所には、誰もいない。

 

 

右側から殺気。

 

オルバは剣を縦にして横に置き、反対の手を剣に添えた。

 

衝撃。

 

 

また、弾かれるが、今度は衝撃が来ることがわかっていたため、初めから強く地面を踏みしめて後退は最小限に(とど)められた。

 

 

「ミリアぁっ!!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

異形の怪物は、まだわずかに残る人間だったころの心を刺激する言葉に、雄叫びを上げ、

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

血鬼術 冬厨(とうちゅう)夏粽(かそう)

 

 

さらなる進化を()げた。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

ブチブチと、肉を食む感触、繊維を食いちぎる感触。

 

 

「…………え」

 

 

鉄の味わいに満たされる食欲の中で、ミリアの正気は取り戻された。

 

 

「え」

 

 

手には肉。

 

口の中には肉。

 

自分の足もとにも肉。

 

 

肉…………――。

 

 

「え」

 

 

「ミ………リ……」

 

「あ……あ、あ、いあ」

 

 

肉が、血だまりに(しず)むバラバラになった肉が、(うめ)き声を上げた。

 

 

「あぃああああああ?!」

 

手に持った、鈍い銀糸が(から)んだ肉を放り投げる。

 

ミリアは言葉にもならない悲鳴を上げた。

 

 

だが、その悲鳴も、

 

「あああああ――あ゛っ??!!」

 

背中から腹に(つらぬ)かれた剣によって中断させられる。

 

 

ミリアの視界の端には、どこかで見た覚えがある黒いローブの姿。

 

 

一人ではない。

 

十数人の黒ローブがミリアを囲んでいた。

 

 

「――あ゛っ――あ゛?!――あ゛??!!」

 

その黒ローブたちは、すでに腹を剣で貫かれているミリアへ、容赦(ようしゃ)なく追撃を加える。

 

 

右肩、右脚、また腹、左肩、左脚。

 

とにかく、心臓と頭以外に隙間があれば()めてやれ、と剣が刺さって行く。

 

 

ミリアには何が何だかもう、わからない。

 

 

「あ゛っ!――あ゛っあ゛っ!――あ゛?!――あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

わからないが、ぐつぐつと煮えたぎる激情だけが、剣で刺される度に()き上がってきた。

 

 

自分にもこんな感情があったのか、それともさっきこんな感情が生まれたのか。

 

 

それは憎悪(ぞうお)

 

 

それも、理屈ではない、ただただムカつくから死んでほしい、邪魔だから消えてほしい、腹いせに滅んでほしいという、ある意味で純粋な憎悪だった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

血鬼術 冬厨(とうちゅう)夏粽(かそう)

 

 

ミリアの身体から血管が四方八方へ伸びる、それは黒ローブの服を貫いて、肉体に刺さり、そこから内側の血肉を吸収する。

 

黒ローブたちは抵抗するが、剣で斬ろうとしても血管は斬れず、逆にその手の皮ふに触れたところが血管と癒着(ゆちゃく)する。

 

 

――とくん、とくん、とくん。

 

と、血管から黒ローブの血肉が流れ込むにつれて、ミリアの欲求が満たされる。

 

 

(――おいしい。おいしい? 私、なにしてっ?!!)

 

 

ミリアがハッとすると、その身体から伸びた血管が解ける。

 

 

――バタッ、バタッバタッ。

 

 

無理やり血管で立たされていた、黒ローブたちが倒れた。

 

そのローブの内側から生気は感じられず、ほとんどの者が死んでいる。

 

 

「わた、私っ、ああっ……」

 

 

この場所の惨状(さんじょう)が、見たくない現実が嫌でもミリアの目に入る。

 

 

そして、ミリアは――逃げ出した。

 

 

夕焼けに染まり始めた王都の街を、暗いほうへ暗いほうへ。

 

自分の姿さえも見えなくなるほどの闇に呑まれるのを望むように。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

報告。

 

 

実験方法。

実験体に、未精製の悪魔憑きの血液を混入させた飴玉を、毎日1~3個ずつ与え続けることにより、覚醒を促す。

通常この手段では、体内に入ったあるの血液は蓄積(ちくせき)はせず、排泄(はいせつ)されるだけに終わるはずである。

このような方法で覚醒はしない。

 

 

実験体は本当に覚醒したか?

覚醒した。

 

 

実験体はどのように覚醒したか?

覚醒直後は人の形を失い理性を失い人食いを行っったが、人食いを20分ほど続けたのちに急に理性を取り戻し人の形も取り戻した。

その後、チルドレンの干渉により観測された再生能力と不死性から覚醒した、と結論。

とりわけ注目するべき点は、実験体はただの魔剣士には使い得ない特殊な術を行使したこと。

実験体の魔人としての力のようなものと考えられる。

 

 

実験材料としてどれくらいの価値があるのか。

回収された実験体が落として行った、三本の腕と二本の脚。

これを解析、ディアボロスの雫を精製するのと同じ工程を(ほどこ)すことで、劣化ディアボロスの雫と呼ぶべき薬が出来上がった。

効果は、ディアボロスの雫の1/4。一年の1/4の期間を老いずに過ごすことができる。

これは実験体の腕一本から精製されたものである。

すなわち、回収した五本から合計5個、一年と1/4年分の不老不死の薬を製造できるこたが確認された。

 

 

キジン流を世から根絶(ねだ)やしにするべきである、という意見は教団内からなくなった。

 

 

ディアボロスの雫の¼の期間とはいえ、不老不死の効果が本物であるのならば、その材料の価値は計り知れない。

 

そもそも、腕一本で1/4の効果が一つ、精製できるのならば、両腕両脚で一人あたり、最低でもディアボロスの雫一個分の薬が精製できる。

手足が再生するのだとすれば、もっと多い。

 

 

一年で12個しか精製されない、ディアボロスの雫。

放っておけば勝手に増える、キジン流の技術習得者。

 

これらの事実は、キジン流を根絶やしにするには、あまりに魅力的過ぎた。

 

 

では、技術を独占したほうがよいのではないか、危険であることに変わりはないぞ、と誰かが言った。

薬の素材は勝手に増えたほうが楽だろう、危険であるなら監視してればいい、と誰かが反論した。

 

 

どうやって監視するのだ、と誰かが訊いた。

教団で手をまわす、キジン流を応援し、積極的に流布させて、味方として実質的な支配下に置く、と誰かが答えた。

 

 

つまりいつも通りということでないか、と誰かが言った。

その通りだ、と誰かが答えた。

 





〇オリ血鬼術紹介

・血鬼術 冬厨(とうちゅう)夏粽(かそう)……身体から血管を伸ばして、他者の肉体にぶっ刺し、血肉と魔力をまとめて融《と》かしながら吸い上げる術。
厨は台所=食材の調理をしてくれる場所、粽はチマキ=血巻き。冬虫夏草の虫と草に当て字。
だいたい、フィーリングで作った名前。



ストック切れているので、次はたぶん、何日かあとになる
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