おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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4.むなしい

 

「ピッチピチの若い女奴隷! いまならたったの500万ゼニー! 服も靴も付いてくるオプション付き奴隷だー!」

 

 

いくら混乱しているからってこれはない。

何言ってるんだろ、あたし。

 

頭のまだ冷静な部分で、これ終わったわ、と諦念(ていねん)の声を上げる。

 

そんなことをするのも、本日三度目のことだった。

 

 

 

一度目は、アナコンダ盗賊団を仕切るアニキが「女が足りねぇ」と言い出したとき。

 

最近、増えた団員の相手をするのに女が足りないから、下っ端のあたしが相手をすることになった。

 

あたしの盗賊団での役割は、あの手この手を使って町で情報を集めること。

うまそうな獲物を見繕(みつくろ)い、討伐隊が派遣されそうになってないか警戒し、それらをアニキに報せることだった。

 

だから、一人二人相手にするなら問題ない。

女の身体はそういう方法で情報を集めるのに向いているから、慣れている。

 

でも、三人四人五人、そんな数になれば無理だ。壊れる。

 

実際に壊れた女は何度も見たし、()()もした。

 

 

だから、宴の最中、「女が足りねぇ」と言い出したアニキと目があったとき。

 

これ終わったわ、と人生の終わりを(さと)った。

 

 

 

二度目は、なんとか男どもの()めをしのいで、(ぼう)と倒れていたとき。

 

あたしって意外と丈夫(じょうぶ)だったんだな、とかいらんことを考えていて(まわ)りのことが目に入っていなかった。

 

だから、気付くのが(おく)れた。

 

 

「……っめ、っくしょっ! …………!?」

 

「――っぁぃじゃ! ぁっ?!」

 

 

あたしが気付いたのは、ボシュッ、と音がして生温(なまぬ)い何かの(えき)がかけられたときだった。

 

なんだ? まだ続きやってるやつがいたのか? と液が飛んできたほうを見ると、上半分がないひとが立っていた。

 

上半分がないひとが立っていた。

 

 

「なんだってんだ! このくそがぃぁ゛?!」

 

「ぃあ゛あ゛あ゛!!」

 

 

また、ボシュッ、と音がしてそっちを見た。

あ゛あ゛あ゛、と汚い悲鳴を上げながらアニキがお腹を押さえて――そのまま腰から下だけ残して地面に落っこちる場面だった。

 

 

それを為したのは、アニキの手前に立っている小さな影だろうか?

手、のようなものを構えて、目を赤く光らせている。

 

 

悪魔だ、と咄嗟(とっさ)に思った。

悪魔なんて見たことないけど、きっとこれが悪魔だと。

 

 

その赤く光る目が一瞬、こっちを向いた。

目があった。

 

これ終わったわ、とあたしは今度こそ死を確信した。

 

 

しかし、悪魔は言葉を残して、その場を去っていった。

 

死臭(ししゅう)(ただよ)う荒らされた広場には、(なぐさ)み者になっていた女たちとあたしだけが残っていた。

 

 

 

三度目は、いま味わっている。

 

一度目と二度目はどうにか助かったんだから、三度目も助からないかな。

いや無理だなこれ、だってもう殺意しかないもの。この悪魔さん。

 

 

あぁ、こんなんだったら、一か八か町に向かってたらよかったな。

 

でも、さんざんアニキたちに(おか)されていた女たちは、私が盗賊の下っ端だって知っているからな。

しかも、他の心を壊した女を処分する様子も目の前で見せているし。

 

 

恨まれていないわけがない。

 

町に着いたら、間違いなく盗賊の生き残りとして捕まって処刑(しょけい)コースだろう。

 

そうじゃなくても、悪魔が広場を去ってから起き上がった女たちの、あたしを見る目はヤバかった。

 

あのままだと正直、町まで無事にたどり着けたかも怪しい。

 

 

だから、一縷(いちる)の望みを(たく)して悪魔さんに付いてきたんだ。

やっぱり、無理だったけど。

 

 

初め、言葉を交わせたから、これは行けるかもしれないと期待した。

しかし、ドジを踏んでしまった。

あたしが盗賊の一人だったと知られてしまった。

 

 

まぁ、それならやっとくか、みたいなノリで悪魔さんはあたしを殺そうとしている。

 

 

あぁ、なんでこんなときに反射的に出てくる言葉が、ずっと聞いてた奴隷商人の言葉なんだ。

もっとなんかあっただろ、あたしの最期(さいご)の言葉だぞ? これ。

 

 

「としは?」

 

「へっ? とひ」

 

 

知らず閉じていた目を開いた。

 

まだ、首に冷たいものがあたっている。

 

 

「としはいくつだ……?」

 

「とし……歳……? じゅういちれふ……」

 

口がうまく回らない。

 

こわい、死にそう。でも、どっちにしろ死ぬ。

ああ死にそう。

 

(ふる)え声で悪魔さんの質問に答えると、首から冷たい感触が消えた。

 

 

「え……?」

 

 

剣を引いた?

どういうこと?

 

 

「ものに罪はないか……権利(けんり)もないが」

 

悪魔さんがつぶやいた。

 

心底(しんそこ)(あき)れたように剣を(さや)に納めて、背を向けて草を分けていく。

 

 

「え?」

 

 

もしかして、助かった?

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

奴隷、という言葉を、今世で使っている言語で初めて聞いた。

が、金銭を出して取引できる道具とか、しもべといった意味だろう、と文脈(ぶんみゃく)からおおよそ理解した。

 

 

これで成熟した大人なら、主とともに()ね、と。

もしくは、賊ではなく大名(だいみょう)などのきちんとした集まりに(ぞく)していたならば、後顧(こうこ)(うれ)いをなくすために去ね、と。

 

殺すところだ。

 

 

しかし、奴隷とは家畜のようなものだろう。

しかも、訊ねてみれば、歳は十一。

 

肉体は成熟しているように見えるが、そう言われて“よく穿(うが)って観察”すれば、たしかに心臓が若い。

 

――内臓を少し悪くしているな。なにより、……、……………。

 

 

嘘を()いている風でもない。

 

おそらく、本当にまだ11歳の子どもなのだろう。

 

 

そこまでわかったところでもう、殺す気は失せていた。

 

意思決定の権がない道具。

善悪の区別も、世のこと人のことにも(うと)い子ども。

 

そんな子どもを意味もなく殺すことに意義を感じない。

 

 

多少邪魔になったところで。

森にあふれる無数の気配に、珍しい獣が一体増えたと思えば、許せる。

 

 

(――鬼ではないから、食えば強くなるわけでもなし)

 

 

私は剣を退()き、鞘に納めて森歩きを再開した。

 

 

後ろから足音がついてこない。

 

 

「ついてこないのか……?」

 

「ぇ、ぁ、ぅぅ、行くっす」

 

女は面食(めんく)らいながら、カクカクと首肯(しゅこう)する。

 

再び歩みを進めていくと、後から足音は付いてきた。

 

 

 

「どこに向かってるっすか、これ?」

 

後ろを付いて歩く女が訊ねてくる。

 

 

「ふっ」

 

「っ?!」

 

私は短剣に手をかけ、振り向きざまに抜き放った。

 

 

振るった剣から赤い斬撃が女へと飛ぶ。

 

赤い斬撃は、女――の頭上を()り返りつつ上昇。

大口をあけたヘビの頭を落とした。

 

 

「ヒィッ!! なんすかなんすかなんすか!」

 

「川だ」

 

 

力をなくして落ちてくる頭を遠くへはじき飛ばす。

まだにょろにょろと動いている胴を、木の枝から引きずり下ろす。

 

 

「かわぁ?! なにが?! いや川か!

違う! そうじゃなくて、ヘビ! 剣! あっぶな! え? あっぶな!」

 

「ながれる水の音がする、においも。おそらく、川だろう」

 

 

動いていても、頭がなければ()め殺すくらいしかできない。

巻きついてくる胴は無視してよさそうだ。

 

切り口に爪を立てて、皮を()いでいく。

 

 

「はぁ……えっと、魚でも獲るんすか?」

 

「いれば獲る。が、まずは水をあびる」

 

「ああ……。(くさ)いっすもんね、あたしら。もう、鼻がイカれてわからないっすけど」

 

 

皮を剥ぎ終えた。

 

短剣の剣先をむき身になったヘビに立てて、腹を開く。

 

 

「そのヘビ、どうするんすか?」

 

「団子にして魚かねずみのえさにする」

 

「食べるんすかね? そんなもん」

 

「食わせる。毒があれば死ぬだろう。死ななければ、残りは焼いて食う」

 

 

一直線に開いた腹から、内臓をこそぎ出して地面へ捨てる。

においという意味では手遅れだが、一応、雑に土をかけて埋めた。

 

 

「……あぁ。毒見なんすね。()()とかじゃなく……」

 

「ヘビの肉は精がつく……。このあたりの香草(こうそう)には、くわしいか?」

 

「香草っすか……? アカヨモギならよく使うっすけど……」

 

「どこにある……?」

 

「これっすね。木の根っこに、必ずといっていいくらいに生えるんっす」

 

 

女に示された赤いまだら模様の葉を持つ草を採取する。

土や虫が付いていないのを確認。

 

 

開いた腹に香草を()りつけて、大まかな汚れを落とす。

これを三度繰り返して、新しい香草を開いた腹に挟み、木の枝にぐるぐる巻きにする。

 

剥いだヘビの皮をねじり、ヘビの身を木の枝に縛りつける紐にする。

 

でき上がった棒を、新しい麻袋に詰めた。

 

 

「行くか」

 

「あっ、持つっすよ」

 

 

重くはないが荷物が増えると動きづらい。

 

女の提案はありがたいので、同意して、ヘビが入った袋を投げて渡した。

 

 

「盗まないっすよ?」

 

「当たりまえだ……」

 

また、歩みを再開した。

 

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