「さっきの赤いやつ、なんすか? ヘビ、斬ってましたけど。その剣、アーティファクトなんすねぇ」
「あーてぃふぁく?」
「アーティファクト、っすよ。魔力込めたり込めなかったりして、なんか出てくる道具っす」
「まりょく……?」
「あれ? 急に頭悪くなったっすか?
魔力っすよ。ぎゅっとしたらバッと出てくるやつっす。いや、出てこないひともいるっすけど?」
「???」
私は女が連発する聞きおぼえがない言葉に首を傾げた。
アーティファクト。魔力。
何を指しているのか不明だが、私がさっきヘビを仕留めた、血の
「ほら、こういうやつっすよ。――ふんがっ」
女はおもむろに手を上に開いて力んだ。
すると、
「それが魔力……。このかんじは……呪いとおなじ。いや、魔力という名なのか?」
私は確認するため、女を真似た。
手を上に開いて、そこから、いままで呪いと呼んでいたものを外に放出する。
森がざわめいた気がした。
それは噴水のようにあふれて、一瞬にして真っ赤な光が一帯を照らした。
女とは比べものにならない量の光だった。
「うわぁ。すげー魔力っすねぇ! 悪魔ってみんなこんな魔力あるんすか?」
「これが魔力、なのか?」
「ん? 魔力じゃないんすか?」
「いや……。そうか魔力という名なのだな……」
勝手に呪いと名付けて呼んでいたが、話を信じるなら、魔なる力――魔力という名で呼ばれているらしい。
言い得て妙。
普通ではあり得ない魔に属する力、また、あふれて輝く魅了されるような
魔力と呼ぶにふさわしいものかもしれない。
私もこれからは魔力と呼ぶことにしよう。
「では、あーてぃふぁくと、というのはなんだ?」
「アーティファクト、っていうのは、それっすよ。魔力を流したりしたら、変なことが起こる道具っす」
「……剣のことか?」
「そうっすけど、そうじゃなくって、特別な力がある剣っす。さっきのヘビを斬ったみたいなやつっす」
「血のざんげきか……? この剣でないと飛ばせないのか?」
そんなことはないと思ったが。
私は試しに左手を手刀にして、さっきの呪い――改め、あふれた魔力に引きよせられてきたらしい、二足歩行の狼の
――シュッ。
「キャィンッ」
果たして、
よだれを垂らして
「むっ、浅かったか。やはりまだ
一刀のもと、斬りふせるつもりだったが、思いのほか斬撃が浅い。
衝撃が狼の化生をはじく結果となってしまった。
もう一度、手刀を振るう。
――シュッ、と飛んだ斬撃が今度こそ
……あれは解体するのに時間がかかりそうだな。
放置でよいか。
「えーっと。もしかして、ただの剣っす、それ? じゃあ、離れたところをどうやって斬り飛ばしてるんす? 魔力っす?」
「呪い……魔力、だけでも可能かもしれぬ。が……魔力は体外に出すとまたたく間にきえていくのをかんじる」
肉塊になっている間にさんざん試したが、魔力は肉体の内側でなら消化される時間はゆるやかだ。
しかし、これを肉体の外へ出すと、
もちろん、無茶をすれば辛うじて体外でも操作できるが、ほとんどできない。
「っすよねぇ」
「だから、血とねって外へだしている」
「血と……?」
「体内ならば立ち消えない……。ならば、肉体をのばせばよい……と、かんがえた」
幸いにして前世ではさんざんやったことだった。
血を練って血鬼術を放つのも、血肉を練って刀をつくり出すのも。
この魔力というエネルギーは、血肉との相性がいいようであった。
そのため、形にするのはわりかし簡単だったのだ。
魔力を血と練って、循環させながら、斬撃として飛ばす。
技術としての練度が甘く、無駄が多いことが
「血……。肉体……? はい、あたしにはできそうもないっすね」
「……」
口に出して説明したが、うまく伝わらなかったようだ。
女は理解を諦めていた。
まぁ、それでいいのかもしれない。
魔力が少ないようだし、血を流し過ぎれば回復に時間がかかるだろう。
習得しても、割にあわないものになる可能性がある。
私は歩みを止めた。
後ろの女も。
森を歩くこと一刻半。
空が明るくなり、紫も抜け、日の出を目前に控えたころ。
川に到着した。
「朝…………か」
「うわ、ほんとに着いたっすねぇ、川」
間もなく、日の光が差しこんだ。
ジョロジョロと夜と変わらぬはずなのに、朝の訪れを喜ぶかように、水流の音がなんとなく
夜の虫の声が
(――こうして、外で朝を迎えるのは、久しぶりだな……)
「たずねてなかったが……名は?」
「名前っすか? あたしはヴェラっすよ、悪魔さん。あ、悪魔さんに名前とかあるんすか?」
「……悪魔でいい」
「りょ、っす」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(――魔力とは不思議な力だ)
ここ数日間で試した
身体能力の強化。
魔力を込めたものの
振るった剣の斬撃能力の強化。
何かを強化する方向で魔力を使わなくてもいい。
たとえば、
すると、肉体にはなにも力を込めていないにも関わらず、その樹木は折れて倒れるのだ。
まったくの
つまり、魔力単体で物理的な力が発生したことになる。
このことから、魔力自体にエネルギーが宿っていることは間違いないだろう。
それらはあくまで一例に過ぎず、おそらくは、魔力の
(――魔力とは本当に、不思議で、面白い力だ)
――本領も真髄もわからないけれども。
対象や座標、環境や条件を選ばず、身体のどこからでも発生させ、自由に操作できる力。
それだけでも、十二分に便利なものだと実感する。
というのも、この
そうすると、水圧で腕は動かしづらくなり、ちょっと
それで、泳ぐ魚を捕まえられなくなるほど感は悪くないし、身体能力も低くはない。
でも、それで魚が
そこで身体の表面に魔力をまとわせると、それだけで水から感じる圧力は
さらに魔力を込めると、もはや、地上で動くのと変わらなくなった。
魔力が、水圧や川の流れが生み出す圧力に
さらに微調整を重ねれば、身体が水に沈む力すら相殺させ、水面の上に立つことさえ可能となり。
これで、川の足が届かないところにも踏み入れるようになった。
おかげで、川での
水面に立って先を尖らせた木の枝で刺すのも。
沢に入って泳いでいる魚を手づかみするのも。
水中に
まるで問題にならない。
いいことだ。
そのような具合で。
魚獲りとキャンプを繰り返しながら、川をたどって登ること数日。
道中、元盗賊の女――ヴェラに教わり、この辺りに生える
襲ってくる獣や
そして、深い谷の底の
姿は見えないが、遠くから水が落ちる大きな音が聞こえる。――
それとは別に、川の流れる音は常に聞こえる。
私たちはここをとりあえずの
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うりに似た果物をいくつか
洞穴の手前では
私が森へ行っている間に、ヴェラが食材の
食材の毒のあるなしの区別。
食材の調理。
獣や化生の解体方法。
どの素材がなんの役に立つか。
などなど。
そんなものなのだろうか?
ただ、戦うことだけができない。
うさぎや鳥を狩るくらいはできる。
しかし、狼や
これらが
だから、この洞穴に着くまでの
拠点にいる間もあまり変わっていない。
「おかえりっす」
「かわりないか……?」
「おかしなことはないっすね。おっ――」
と、そこでヴェラの影に隠れていた茶色のかたまりが顔をのぞかせる。
しっぽが平たく板のようになり、よく見ると手に水かきがある、茶色い大ねずみ。
それが、てこてこと近づいてきて、私の足にすり着いてきた。
「ビビンバもおかえりって言ってるっす!」
「フスッ」
「…………」
ヴェラが言うには、ビーバーという動物らしい。
初めは、
ねずみを探していたとき、ちょうど川岸にこいつがいたのだ。
思っていたより大きかったが、その前歯が突き出た顔はまさしくねずみのそれだった。
さっそく、と私は捕まえた大ねずみにヘビを食べさせる。
しばらくして、毒がないのを確認すると、私はその大ねずみを
しかし、それに待ったをかけたのがヴェラだった。
待ったをかけた、というより、我が子のように必死に大ねずみの
どうやらヘビの肉を与えた結果、大ねずみはヴェラと私に懐いたらしい。
懐かれても私はなんとも思わなかったが、ヴェラは母性のようなものが働いた。
捕まえてから数時間、屠殺しようとした段階ではなんと名前まで付けていた。
仕方なく私は大ねずみ――ビーバーのビビンバの屠殺をやめ、毒見役兼もしものときの非常食として飼うことになった。
吐く息に違和感を感じ、詳しく“
ヴェラが言うには本来、ビービーと鳴く生きものだという。
鳴くことができないせいで、群れから追い出されたのではないか、と女は言った。
ビビンバというのは、ヴェラが付けたビーバーの名前だ。
初めてその名前を聞いたとき、その単語をどこかで聞いたことがあったような気がしたが、いっこうに思い当たる
気のせいだったのだろう。
「もーすぐ、スープも出来上がるっすから待ってるっすよー」
「フスッ! フスッ、フスッ!」
「わっはっはっ。
「フスッ!」
「…………」
毒見役としても非常食としても、同じ飯を食べさせることはおかしくない。
そのはずなのだ。
――なぜ、私は
その光景を食事時に見るたび、
そのうち
ちなみに、鍋は大きめの亀の
大人が持つにちょうどいいくらいの
それを三つ吊して、たき火の火に当てて調理を行っている。
一人一杯ずつ、一匹にも一杯で、三つだ。
三つの甲羅の鍋を、木製のさじが行き来するのを
塩が見つかっていないから、うさぎの血などを調味に使っているため、味は期待できないが。
私は
「
「カフッ、カフカフッ、カフッ」
しみじみと言って、ヴェラは
ズズズと音を立ててすする。
隣では、同じくビビンバが甲羅の器に顔を突っ込んで、スープを
「となると、冬に
「カフ?」
「いや、ここにとどまるのは、ながくて一月……。持ちはこべる食糧と
「え? なんでっす? べつにあたしはここで不満はないっすよ」
「カフッ」
「そうもいかん……。ここは
「あれ? ……どれっす?」
「カフ?」
「あなが空いた岩かべに、こけが
「そりゃあ、川の岸なんだからこけくらい生えるでしょーけど……あっ、なんか妙にはっきりした境目があるっすね」
「――川がはんらんした、あとだろう」
「はんらん……って、あそこまで水が上がってくるってことっすか? ダメじゃねーすか?」
「ああ……雨のぐあいによっては、私の腰までつかることになる……。
それなりに、こけが
「なるほどー。だから、長くはいられねーって。冬までいるなんて、ますますあり得ねーってことなんすね」
「休んで、つかれを回復させることが、目あてだ……」
「りょーかいっす」
と、話ながら食べ進めたら、あっという間に
「ちそうになった」
手を合わせ礼をする。
人間らしい食事の感覚を
「早いっすねぇ。いつも思うっすけど、その小っちゃい体のどこに入ってるんす?
あたしでも結構多いと思うくらいっすよ?」
「フスッ、フスッ、フスッ!」
「あ、はいはい、ビビンバのほうが早いっすよね! いいこいいこっす!」
「フスゥー!」
得意げに鼻息を吐くビビンバには、森を見て回ったときに採ったうりの形の果物――そのまま甘うりという名前だという――を
私も皮を
「魔力を肉体にめぐらせると、血肉が修復されたり、活発になったりする……。それを
結果的に、消化と吸収が普通の人間よりも早くなる。
身体の
「う~ん。あたしには理解もマネも無理そうっすね」
「フス……フス……? フス! フスッ!」
「ほう……初めてにしてはうまいものだ……。そうだ、それでいい……。血のめぐりにも魔力をのせろ……」
「フスッ!」
「うそっ! ビビンバできるんすか?! あたし、ビビンバ以下っすか?!」
「魔力のあつかいについては、そうなる……」
「うへぇ……」
ただそもそも。
こちらの言葉が通じていることやその内容を理解する知性があることが、獣としては
「化生ではあるまいな……?」
「フスッ?」
「まぁ……どちらでもよいか……」