おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

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6.虚哭神去(きょこくかむさり)

 

それから一カ月。

 

 

拠点(きょてん)の洞穴は、岩を()んでその上に細い丸太を並べて床を作った。

これで、川の氾濫(はんらん)をしのげるようにした。

 

いまは夏。

水面が、足のすぐ下にせり上がって来てもこごえることはない。

じめじめして、不快ではあったが。

 

 

意外でもないが、肉体には疲労(ひろう)()まっていたため、この一ヶ月間で十分に休めた。

ついでに、呼吸と魔力で手を加えて、動きやすくわずかに調整(ちょうせい)しておいた。

 

 

とはいえ、まったく休むのに使ったわけではない。

 

拠点の周辺を探索(たんさく)し、安全確保とともに、食材や服の素材になるものを見つけては持ち帰った。

 

 

 

この一月の成果は次のようになる。

 

 

まず、食料。

 

一つ。

魚とうさぎの保存食。

 

拠点へ着くまでの道中も、毎日食べた川で獲れる魚の開き、これと癖が少ないうさぎの肉を解体して、燻製(くんせい)にした。

 

これは保存食として、盗賊の()()から持ってきた麻袋の一つに限界まで詰めてある。

 

 

二つ。

いもと豆の保存食。

 

拠点から(がけ)を登って広がる森の中に、ざらに成っている里芋と枝豆に酷似した食材。

里芋のほうは知っているものより甘く、枝豆のほうは知っているものより固い。

ヴェラに名前を訊ねると、いもと豆、と答えが返ってきたため暫定的(ざんていてき)にそう呼んでいる。

 

これらは両方とも天日干(てんぴぼ)ししたのちに、魚の油で()った。

こちらも保存食としてそれぞれ麻袋に詰めてある。

 

魚の油のにおいが気になるが、背に腹はかえられない。

保存性優先だ。

 

 

次に、服。

 

三つ。

オオオオカミとオオグマの毛皮の服。

 

使い道があるかもしれないから、と拠点に落ち着いてから溜め続けた毛皮。

その中から、狼の化生ものと熊の化生のものを使った。

数ある中からそれらを選んだのはヴェラの提案。

理由は一番、高級な素材だからだそう。

 

この二つの毛皮は加工するにも大きすぎるため、まず部位ごとに切り分けた。

そして、何度か燻して干してを繰り返して、虫を落とした。

そのあと、樹皮を煮詰めてなんとか作った(にかわ)らしきものを、(いぶ)した毛皮に()り、(かろ)うじて使えるくらいの毛皮が出来上がった。

 

この加工方法に、雑すぎる! とヴェラは(おこ)ったが、そういうヴェラ自身も正しい加工方法を知らないようだった。

どうにもならない。

 

それから、毛皮に空けた穴に麻ひもを通して結ぶという工程を経て、貫頭衣(かんとうい)洋袴(ズボン)、それに(そで)頭巾(フード)が付いた外套(コート)が出来上がった。

さすがに服をつくるときのヴェラの手さばきは目を見張(みは)るものがあった。

針仕事(はりしごと)は死ぬほどやらされたから上達しているそう。

(すさ)んだ目で語っていた。

 

 

四つ。

怪鳥の羽根と(きぬ)寝袋(ねぶくろ)

 

盗賊の住み処から持ってきた一番上等な布――ヴェラが言うには絹――を格子状(こうしじょう)()って作ったブロック状の袋の中に、怪鳥の羽毛をしこたま詰めた布団。

これを、くつ下のように袋の形に縫い合わせたた寝袋だ。

 

持ち運ぶときは、くるくる巻いてひもで縛り、服を作った(あま)りの毛皮を上から巻き、寝袋が簡単に破れないようにする。

使うときは、ほどいた毛皮を()いた上に寝袋を()せれば、地面からの断熱も期待できる。

 

 

以上四つ。

この拠点で(こさ)えられたのは、だいたいこれくらいだった。

 

一月でやったにしては、かなりの成果といえよう。

 

私一人では、ここまで手際(てぎわ)よく身のまわりのものは整えられなかったな。

 

この恩の分は最低でも報いよう。

 

 

 

と、最近のことを振り返りながら、私は毎朝の日課(にっか)を終える。

 

 

振るのに使っていた短剣を下ろし。

ふぅー、と長く息を吐き出す。

 

ゆるやかながら力強い吐息(といき)が川面に当たり、ピチャピチャとしぶきが上がった。

 

 

目を閉じ意識を集中させ、普段常中(じょうちゅう)で使っているよりも、深く細かく呼吸する。

そうしながら、剣を振るのだ。

一刀一刀を、前よりも鋭く、前よりも隙がなく、前よりも速くなるように(みが)いていく。

 

これが前世での日課だった。

 

 

今世では、ここに魔力が加わり。

肉体と剣の隅々にまで魔力を巡らせて、行うものになる。

まだ、この力への理解が浅い。

だから、どうすればこの魔力を()かせるか、試行錯誤(しこうさくご)の時間にもなる。

 

 

おおむね、前世、鬼になってから行った血液の操作と血鬼術(けっきじゅつ)の操作と同じように使えた。

血に魔力を練り、血を肉体に練り、血を剣に練る。

そう扱うことで、戦闘能力を向上させることに成功している。

 

 

(はた)から見ている者がいれば、同じではないかと(あき)れたのではなかろうか?

 

そう、結局前世で、鬼になってからやっていた修行と変わらないものになってしまった。

 

戦い方といえばこれ、と意識に馴染んでいるからかもしれない。

今世での経験が浅い現段階では、別の戦い方を思いつくはずもなかったのだ。

 

 

おそらく、今世には今世なりに、()った戦い方がある。

 

魔力は、血の操作よりも呼吸術よりも、扱いが柔軟(じゅうなん)だ。

 

あまり肉体から離れなければ、自由に力を発生させることができるし、肉体の活性化や再生にも使える。

 

いまは魔力について深く研究する余裕がない。

けれども、魔力への理解を深めた先にさらなる高みがあるのかと思うと、(がら)にもなく楽しみに思うのだ。

 

 

「ためしてみるか……」

 

魔力を血の操作に使い、血鬼術のように扱えることがわかった。

 

ならば、そろそろできるのではないか?

 

 

「きょこく、かむさり……」

 

 

筋繊維(きんせんい)をほどき(たば)ねる。

細い血管を走らせ、まとわせた血を圧縮(あっしゅく)凝血(ぎょうけつ)させる。

そして、(はがね)にも(おと)らぬ(かた)さに固める。

 

これを幾たびも幾たびも、繰り返し。

血の流れに(よど)みができれば一度ほどいて束ねなおし。

硬く(かた)く、(するど)(なめ)らかに、命と同じ精度で刀を()んでいく。

 

 

「はぁ……、ふぅ……」

 

やがて、私の右手に深い青ざめた色の直刀(ちょくとう)が出来上がった。

 

この身体でも振りやすいように、刀身は二尺(にしゃく)に届かない。

貫頭衣のへそを縛るひもに()せば、地面に届かない程度。

 

 

「さすがに……しょうもう、する……」

 

 

魔力で血を操れば、血鬼術を使えずとも斬撃を放てる。

ゆえに、かつてつくり出していた虚哭神去(きょこくかむさり)のように()にも刀身にも、目は開いていない。

 

刀身に並んだ切れ目から血が流れ、その血を利用して、斬撃として飛ばすことになる。

 

感覚が、前世の虚哭神去とは若干異なるだろう。

だが、この選択は間違っていなかったと確信した。

 

 

思った以上に消耗(しょうもう)が激しい。

血も魔力も、三分の二は使っただろうか。

 

肉体を活性化させて、現在進行形で血は補充しているが、それでも肌は青くなっている。

魔力の回復のためにも、早めに食事を()らなければなるまい。

 

 

これで、眼球を作り出し、その維持まで行わなければならなかったら、どうだっただろうか?

 

作ろうとしても上手くはいかなかったであろう。

無理に作ろうとすれば、倒れるか、死んでしまっていた。

 

そして、仮に作成と維持が可能だったとしても、身体に力が入らずまともに振れなくなっていた。

 

 

切れ目が入った(みゃく)()つこの刀が、

 

「いまの私の、限界……」

 

のようだ。

 

 

そろそろ洞窟に帰ろう。

 

――その前に。

 

私は虚哭神去を腰に構える。

 

月の呼吸 弐ノ型――

 

「ホオオオ……」

 

――珠華(しゅか)弄月(ろうげつ)

 

 

――ザザッザンッ、と。

 

 

前、後ろ、前。

前方の川の水面と後方の川原(かわら)の地面に、大きな爪跡(つめあと)をほぼ同時に三本、(きざ)んだ。

 

刀から放たれた弧状(こじょう)の斬撃が、水面と地面に(きず)を付けたのだ。

 

 

その斬撃は、血を()精製(せいせい)したもの。

質量があるためすぐには立ち消えず、揺らぎながらも歪曲(わいきょく)した力場(りきば)を、しばらくその場に残す。

 

大きな斬撃の周りでは、遊ぶように小さな弧の斬撃が石や水を細かく斬って回る。

刀の切れ目から流れた、細かい血のしずくから作ったものだ。

これが、本命の斬撃に追従して追撃(ついげき)を仕掛ける。

 

十五を数える間、それは続いて、谷に風が吹き抜けたとき、斬撃は溶けて消えた。

 

ィィンと、高い残響(ざんきょう)を残して。

 

 

「はぁ……、ふぅー……。……無駄がおおいな……。一月まえよりはマシ、だが……」

 

 

(きり)砂煙(すなけむり)がたくさん立ち上っているのが、無駄が多い証拠だ。

 

真に鋭い斬撃ならばこうはならない。

 

 

(あら)があるから、中途半端な切断面から細々(こまごま)とした飛沫(しぶき)(ちり)が舞う。

粗があるから、こぼれた余波(よは)が水や砂を()らかす。

 

 

ただやはり。

 

「魔力のぶんだけ、だんちがいに強い……。体の力も刀のふりも……」

 

 

その分だけ、振り回されないように修練が必要だ。

 

 

ふと。

縁壱(よりいち)なら、どうだろう、と考えた。

 

 

すぐに答えは出た。

 

魔力という初めて触れる力を手にして、縁壱ならば――誰に習わずとも誰よりも使いこなし、少なくとも修練が足りない今の自分を越している。

 

そう確信する。

 

 

前世の弟が、自分より優れている。

それを素直に認めている自分を自覚して。

 

 

「ふふっ」

 

私は久しぶりに笑った。

 

苦笑だった。

 

 

 

 

「フスフスッ!」

 

「おかえりなさい、っす? なんすかその刀」

 

「つくった」

 

「作った?」

 

 

洞穴の手前ではいつものように、ヴェラが朝げの支度(したく)をやっている。

 

 

今日は保存食の味見も兼ねて、燻製肉と炒り豆の余りを使ったスープと、炒ったいもはそのままパンの代わりに食べることになっている。

山いちごのジャムは、いもに塗って食べる。

 

 

もちろん、私、ヴェラ、ビビンバの三人前だ。

 

よし、慣れたな。

食卓(しょくたく)畜生(ちくしょう)がいることに。

 

 

「っていうか顔色悪くないっす? 悪魔でもかぜって引くものなんす?」

 

「フス?」

 

「腹がへっているだけだ……。食えばなおる」

 

「ふーん。まっ、それなら張り切らなきゃっすね!」

 

「フスッ」

 

 

当然、これだけでは消耗した分では足りない。

 

(さや)もつくらなければならない。

 

食後は刀を慣らすついでに、森で食料を調達するとしよう。

 

 

補給し、鞘をつくり、休憩したあとは、改めて荷物確認を行い、また休憩。

 

そして、今日は早めに就寝する。

 

疲れを明日に残してはいけない。

 

 

この拠点を出発するのは明日なのだから。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「よしっ。これでこの穴ともお別れっすねっ」

 

「フスッ」

 

 

翌日。

あらかじめ昨夜、準備(じゅんび)していた荷物をもう一度確認して、洞穴を出た。

 

 

ヴェラが麻袋三つ。

ビビンバが麻袋二つ。

私が麻袋一つ。

 

それぞれ、括りつけている。

 

身体の大きさの順だ。

 

 

「なーんか、変な感じっすねぇ。一月(ひとつき)しかいなかったはずなのに、ずっとここに暮らしてた気がするっす」

 

「フス?」

 

「忙しかったから、記憶がこいのだろう……」

 

「そんなもんすか~。……ん?」

 

と、ヴェラが首を傾げた。

 

 

「なんか……なんすかね? 大事なことを忘れてる気がするっす?」

 

「準備できるものは、可能なかぎり準備したが……」

 

「そうっ……すよね。んー?」

 

「フスゥ?」

 

そこで、ぐぅと、腹の虫が鳴いた。

 

私ではなくヴェラの腹だ。

 

 

「あー……。最近、みょーに腹が減るんすよねー。せいちょーき、ってやつっすか。

でかくなるのも考えものっすね」

 

「……けっきょく、昼まえになったな……。朝のうちに出るつもりだったが……」

 

「フスッ、フスフスッ、フスッ」

 

「あっはっは、ビビンバはいつも腹ぺこっすねー」

 

「フスゥッ」

 

「……会話、しているのか……?」

 

 

「あっはっは。何言ってるんすか、悪魔さん。冗談なんて珍しいっすね!」

 

「フスフスゥッ」

 

「それはどちらの意味で……。いや、いいか……。

それより、腹ごしらえをしてから()つとしよう。体力を使う道のりになる」

 

 

「お気遣い、もうしわけねぇっす。まーた、出発が遅れるっすねー」

 

「フスゥ」

 

「いたしかたない……」

 

 

ああ、仕方ない。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

いつも食料を調達するときや探索するときは、川原の(がけ)()け上がって這入(はい)る森。

それも、ヴェラが同行するとなれば、遠回りする必要がある。

 

背負って崖を登るということも考えた。

しかし、かなりアンバランスになるため縄かなにかで固定する必要がある。

ヴェラの身体に負担(ふたん)を強いることは()()いだ。

 

 

遠回りとはいえ半日程度。

 

考えた末、背負って登るよりも、比較的平坦な道を遠回りすることにした。

 

いまいる崖の下――谷の底の川原を歩いて、川の下流方向へ下り、まず谷の入り口まで戻る。

 

谷の入り口をくるりと回って、崖の上――谷のふちを通る道に入り。

そこを左手に谷を見ながら、上流方向へ向かって歩く。

 

まっすぐその道を歩いていくと。

やっと、いつも食料を調達している森に行き当たるのだ。

 

 

「なんで、わざわざ、谷から出たんす? 川をそのまま上に登っていくんじゃダメなんすか?」

 

「川をのぼると、(たき)がある。大きな滝が、横からふりそそいで、川原のみちはなくなっていた」

 

「へー。それで、わざわざ来たとき通った道を戻ってるんすねー」

 

 

「フスッフッス」

 

「あっ、それは……えーっと?」

 

「フスッ、フスッ」

 

「あぁ、ビビンバが来るとき食べたカニの(から)っすね! 風とかに流されずにここに残ってたんすか!」

 

「フスゥー!」

 

 

「やはり会話している……?」

 

 

 

道のりは順調に。

 

無事、谷の入り口を迂回(うかい)し、森の入り口にたどり着く。

 

そのときには、もう夕暮れが近かった。

 

 

「今日はここで、野宿っすね。森が目の前っすけど……何か出てきたりしませんかね?」

 

「めしの調達が、はかどるな」

 

(しび)れるセリフっすねぇ」

 

「フスゥ」

 

 

「今日は、わたしが火のばんをしよう」

 

「あっ、じゃああたしは後半の番がいいっす」

 

「いや、なにが出るかわからない中での見張りは、やめたほうがいい……。

番のこうたいは、森に慣れてからにしよう……」

 

「それまではどうするんす?」

 

 

ここの森は何度も立ち入っている。

その経験から言うならば。

慣れていない内は、何が起こったかわからずに死ねる。

 

 

獣や虫なら、警戒していれば(そな)えられるだろうが、ときどき私でも不意(ふい)を突かれることがあるのだ。

 

事前に察知することが容易い獣の化生以外に、植物の化生や、生きものと呼んでいいのか迷うものがそれなりに現れる。

 

 

「眠りながらでも、わたしなら、問題なくみはれる」

 

「痺れるセリフっす!」

 

「フスゥ!」

 

 

鼓動(こどう)があるもの、熱があるもの、魔力があるもの、においがあるもの、息があるもの。

そして、自然の流れに(した)わない動きをするもの。

 

そういうものがあるとわかれば、眠りながらでも察知することができる。

 

 

ヴェラがこの森の生態系(せいたいけい)把握(はあく)し、警戒を払えるようになるまでは、私が夜の番をするのが安全だ。

 

 

「じゃあ、よろしくお願いしますっすねぇー」

 

 

こういうときに遠慮を覚えないのがヴェラという女なのだと、ここ一月、生活する中で知った。

 

さっそく初めて使うばかりの寝袋を準備する姿を横目に、私は(まき)を森から集めに行く。

 

 

「フスフス、フスゥッ!」

 

茶色の大ねずみが鼻を擦りつけてくる。

 

何を言っているのか、はっきりとはわからないが、激励(げきれい)されている気がした。

 

私もいつか会話できる日が来るのかもしれないな、と思うとため息が出た。

 

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