おとうとはセカイのバグ   作:カタカタタカタ

8 / 38
7.ウワバミ

 

「っていうか、結局どこに向かってるんす? 川の上流を目指してることはわかるんすけど……」

 

「む。せつめいしてなかったか……。いまは川をのぼった先の山をめざしている」

 

「フズァッ?!」

 

 

森に分け入って三日のこと。

 

疑問をヴェラがぶつけてきた。

 

これは、説明していなかった私が悪い。

 

立ち止まって話を続ける。

 

 

「いまは? ってことは他にも行く場所があるんすか?」

 

「あてがはずれれば、別の場所をさがす。……いい場所があればいいのだがな」

 

「ブズゥゥッ」

 

 

私は腰の水袋を外し、樹皮(じゅひ)樹液(じゅえき)でテカっている一本の樹木へ近づく。

 

 

「あて、っていうことは何か探しもの?」

 

「あぁ……。あたたかくて、暮らしやすいところをな……。できれば冬もあたたかいところがいい。

けものが襲って来にくく、水や食べものを調達しやすい場所なら、なお好ましい」

 

 

樹木の根もとには大きなこぶが出来ていた。

 

それはその木の幹よりも明るい茶色。

ぶるっ、ぶるっ、と震えているこぶ。

 

その正体は、木の樹皮に顔をくっ付ついて()がれなくなった、一匹のビーバーである。

 

 

「そんでもって、他人に見つかりにくいところ、っすかねぇ……。暮らしやすいって言ったら……」

 

「あぁ、それがいいだろう」

 

 

ビビンバの顔が剥がせなくなっているのは、樹木から分泌(ぶんぴつ)されている粘着質(ねんちゃくしつ)な樹液によって()り固められたせいだ。

 

 

私は(かが)みこみ、木の樹皮とビビンバとの間に流し込むように水を()してやる。

 

すると、ペラッと、これまでビビンバが暴れても(かたく)なに剥がれなかった顔が、あっさり引き剥がれたではないか。

 

 

ビビンバも驚き首を右に曲げたり、左に曲げたりしている。

 

 

「あるんすかね。森の奥に、そんなとこ」

 

「どうだろうな……。

川の石に、穴だらけの軽いやつがたくさんあったから。冬でもあたたかいところは、あると思ってるが……」

 

「穴だらけの石ぃ?」

 

 

私は頷いた。

 

ビビンバが自分の体の無事を確認し終えたようなので、歩くのを再開する。

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

「っていうか、マジで魔境っすね!

さっきビビンバが引っかかった樹、なんすか?! あたし、あんな木、見たことも聞いたこともねぇっすよ?!」

 

「のりの木……と、わたしは呼んでいる。貼りついた、けものやとりをこぶにして、土の()やしにする」

 

 

あのまま放っていたら、分泌される樹液に全身が覆われてこぶになっていただろう。

 

そのあとは、息ができずに死に至る。

 

死体が()んで(くさ)れば水気(みずけ)(しょう)じ、さっき私がやったように粘着質な樹液はあっさりはがれ落ちる。

 

そうして、のりの木の根もとに土の肥やしの出来上がる。

 

そんな性質だから、森の中でも(かわ)いたところにしか生えていない樹木だ。

 

 

「こわっ! 積極的すぎでしょ、木なのに!

大人しく鳥のフンなり虫の死骸なりが土にかえるのを待ちましょうよ! なんで自分から()りに行ってんすか?!」

 

「フスッ! フスッ! フスゥゥッ!」

 

「あの樹はまだおとなしいほう。この森の植物にはもっと…………――」

 

 

「あれで大人しいって……やべぇ、思ってた百倍魔境じゃねぇっすか。あたしが死にそうになってたら助けてくださいっすね! 見捨てちゃヤっすよ?」

 

「…………」

 

「ちょっと、なんすかその意味深(いみしん)沈黙(ちんもく)! 黙らないでくださいよ、悪魔さん!」

 

 

「…………。――おおきいな……とても。しずかなのは……む、魔力ですべっている? のか?」

 

「はい?」

 

 

北、風下、木から木を(すべ)って渡って、滑って渡って。

 

――(もう)スピードで、ここを目指して直進する、巨体。

 

 

「おそらく、大蛇(だいじゃ)!」

 

 

――太陽を隠す森の高木の間から、突き出た頭の、その縦に割れた目と目が合った。

 

 

「はいぃいいいイイイ?!」

 

 

と、絶叫するヴェラの襟首(えりくび)(つか)んで、思いきり()ぶ。

 

高木の枝に着地――と同時にさらに上へ跳ぶ。

 

枝を跳んで枝を跳んで枝を跳ぶ。

 

そのまま、見上げる樹木のてっぺんまで跳んだ。

 

 

「ィあっ!」

 

手荒(てあら)になった。すまない」

 

「フス!」

 

 

「なーんすかあれ! なーんすかあれ! なーんすかあれぇ!!」

 

「ビビンバも無事だったか」

 

「フスッ!」

 

ヴェラの足に掴んでいたようだ。

 

水かきが付いた手で、器用な。

 

 

無視(むし)しないでぇ! なんすかあれ!」

 

「ヘビだろう」

 

「そんなん見ればわかるんすよぉ!

でかいでしゃお!? どう見てもでかいでしゃお!

頭だけであたし五人分くらいあったっすぅ!」

 

「二階建ての(くら)くらいはあったな……」

 

「そーですねぇー!」

 

「そうだな」

 

 

そして、魔力を感知する限りは胴体は百尺(30メートル)を超えていた。

 

あんなものと遭遇(そうぐう)するのは、この森でも初めてだ。

 

 

「ウワバミ、とは、ああいうもののことを言うのだな」

 

「なんかわからんけど、感心(かんしん)してる場合じゃないっすよー。

風がびゅーびゅー吹いてこわいっすよ、これ。いつまでこうしてれば――ん?」

 

「――ふむ?」

 

 

――ギシィと、(きし)む音がする。

 

重いものに()えようとする木の悲鳴だった。

 

踏んでいる枝が()れた。

 

 

私一人なら斬り甲斐(がい)がありそうだと、挑みかかったところ。

しかし、いまは護衛対象がいる。

 

ならば仕方ない。

大人しく、この木の上で大蛇――仮称(かしょう)、ウワバミが興味をなくすまでやり過ごそう。

 

そう考えていた。

 

 

「ヘビはしつこいと、知っていたが」

 

 

この木を下から這い上がってくる、巨体を見るまでは。

 

 

(たい)して(はら)のたしにならないだろうに。ここまでとはな」

 

「ぴぃえぇえええ!!」

 

 

さびのような赤茶色の体皮(たいひ)日射(ひざ)しに光る。

 

まだ、はるか下だか、かなりハイペースで木を登っている。

 

 

静かなのが気になり、足もとを見るとビビンバが震えてうずくまっていた。

ヴェラの足に鼻を()りつけている。

 

 

「やるか」

 

このままここにいても事態は好転(こうてん)しない。

 

震える大ねずみを抱えあげて、ピーピーわめくヴェラに渡す。

 

 

「ゆれるかもしれん。持ってるといい」

 

「なにする気っす? さすがに悪魔さんでもあんなでっかい――」

 

「では、行ってくる」

 

「――ああっ?!」

 

 

木の幹を絞め殺す勢いのヘビの頭。

そこを目がけて私は飛びおりた。

 

ちょっと、目をはなした隙にずいぶん、近くまで登って来ている。

おそろしい速さだ。

 

 

ウワバミのほうも飛びおりたと同時に、反応し、大口を開けて私に食らいつかんとしている。

 

自由落下に身を(まか)せ、居合(いあ)いの構えに。

 

ヘビの頭の手前(てまえ)に来たところで。

 

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月(やみづき)(よい)(みや)

 

 

直刀を(さや)から抜き、最速の基礎(きそ)を抜き放った。

 

 

血が噴き出る。

 

私の(ほお)に青緑色の粘液(ねんえき)が付いた。

 

 

「――っ! 浅い!」

 

 

ぬるり、と体表(たいひょう)で、刃筋(はすじ)()らされた感覚!

 

それでも、体皮の奥まで押し込んだ刀に伝わった硬い鉱物(こうぶつ)を斬りつけた感覚!

 

(――なにより、私自身の腰が入ってなかった!)

 

 

見れば、ウワバミは(かお)に大きな裂傷(れっしょう)を作り血を流している。

が、地上に落ちる私のことをしっかり睥睨(へいげい)していた。

 

その貌の口は閉じられている。

 

斬撃が食いこむ直前で、咄嗟(とっさ)に閉じられたのだ。

 

驚異的な反応速度で。

 

 

()めがあまい……。なんと、みじゅくなことか……!」

 

 

自分への怒りに震えながら、刀から斬撃を生み出し、その力場(りきば)推進力(すいしんりょく)に、横へ飛ぶ。

 

直後、

 

 

――バッツン!

 

 

(あん)(じょう)、私がいた座標(ざひょう)的確(てきかく)に|大アゴが食らいついた。

 

 

私は、ウワバミが巻きつく樹木の、隣の木からそれを眺めていた。

 

 

幹に垂直に足を立て、踏んばる。

 

いい足場だ。

 

 

「ホオオオ……」

 

 

月の呼吸 (はち)ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)歪曲(わいきょく)

 

 

幹から横へ突進。

 

空気を食って無防備(むぼうしさび)になっているウワバミののど――は通りすぎる。

 

私は、樹木に巻きついているウワバミの胴体へ。

 

 

樹木とウワバミの胴体の境目(さかいめ)に、刀を入れこむ。

(みき)に巻きつく胴体に沿()ってぐるぐると、下へ下へ斬撃を振り下ろしていく。

 

スパッ、スパッと、途中で何本も枝を斬っていくのを無視して、百尺を超える長大な胴体の下に斬撃を入れこむのに成功した。

 

 

樹木というよすがを失ったウワバミの(からだ)が、樹木から引き剥がされて落ちていく。

 

 

さらに、斬撃を発生させ、それを推進力に隣の樹木へ。

 

幹に足裏(あしうら)を付け、しっかりウワバミを見据(みす)える。

 

 

斬ってみて気付いたことがある。

 

ウワバミの躰。

あの躰は特殊だ。

 

まず、体表は常に魔力がうごめくように流れ、その躰に触れるものをぬるぬる、すべすべと滑らせる。

細かく、無作為(むさくい)に流れる魔力が受け流すのは物理的な衝撃だけではない。

魔力そのものも例外ではない。

あの体表に触れた瞬間に月の斬撃は魔力を()らされ、たちまち崩壊(ほうかい)していった。

 

 

さらには、その魔力のウロコを越えた先には、本物のウロコが待ち構える。

赤サビのような見た目に反さず、よく(きた)えた(はがね)のような硬さのウロコだ。

 

そして、減衰(げんすい)に減衰を重ねられて、やっと生身(なまみ)(とど)くことになる。

 

これは、腹のほうも同じ構造になっていることを確認した。

 

生半可(なまはんか)の攻撃では致命傷(ちめいしょう)を負わせられない。

 

 

月の呼吸 弐ノ型――

 

 

「ホオオオ……!」

 

 

――珠華(しゅか)弄月(ろうげつ)挟搾連面(きょうされんめん)

 

 

下から上への強烈(きょうれつ)な斬り上げ。

 

 

放った三つの弧を描く斬撃が飛び、

 

 

――ジャキ、ジャキ

 

 

ウワバミの分厚(ぶあつ)く太い首の根に、刃を突き立て(はさ)みこむ。

 

 

さらに、続けて下から上へと斬り上げて、斬撃を生み出していく。

 

 

それらは、先の三つの斬撃と同じように斬撃同士、刃と刃の間にウワバミを挟みこみ、

 

 

――ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキジャキジャキ、ジャキ、ジャキジャキジャキジャキジャキ、ジャキ!

 

 

無数のハサミとなって襲った。

 

 

深く(えぐ)れた首の根をさらに抉り。

胴体の(なか)ばを斬りこみ。

胴体の下方を斬りこみ。

 

 

震える尾の先を斬り落とし。

(さけ)びを上げたアゴを斬り落とし。

 

 

――再生しかけた首の根を、斬り分けた。

 

 

ウワバミの頭が落ちた。

 

首を失った胴体がデタラメに(あば)れながら落下していく。

 

それは、胴体からはずれた頭も同様に落ちていく。

 

 

「はぁ……。ふぅ……」

 

息を吐いて、肉体から力を抜いていく。

 

 

まだ、幼いこの身体は丈夫(じょうぶ)なれど、一度に(つい)やせる体力に限界がある。

月の呼吸の型の連発は、負担(ふたん)がかかりすぎる。

 

 

脱力(だつりょく)した身体を自由落下に(まか)せて、風を()びる。

 

火照(ほて)った身を、少しでも冷ます。

 

 

「ふぅ……。はぁ……」

 

目を閉じ、

 

「はぁ……。ホオオオ……」

 

目を開く。

 

 

地面はすぐ近くに。

 

 

ザンッ、と片腕で刀を振るって斬撃を生み出す。

――それを推進力にして自身の身体を弾き飛ばし、着地する位置をズラす。

 

 

――バッツン!

 

 

――やはり、私がいた座標に的確にウワバミは食らいついた。頭だけの状態で。

 

 

ぐるぐると、地面を削りながら身を回して、身体を弾き飛ばした勢いを受け流す。

 

 

しっかりと、踏んばり、

 

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

 

刀を一閃(いっせん)

 

巨大なヘビの頭を縦に()った。

 

 

パリパリパリ、と半分に割れる。

真っ二つになったウワバミの頭の眼はいまだに、私をにらみ()えていた。

 

私もウワバミから目をはなさない。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

ウワバミの胴部が暴れる騒音(そうおん)を聞きながら。

 

無言でにらみ合った。

 

私は刀を構えたまま、いつまでもにらみ合いを続けた。

 

 

やがて、その割れた眼が(にご)りきったのを確認したあと。

 

 

「はぁ……。ふぅ……ふぅ……、はぁ……ふぅ……」

 

 

ゆっくりと、残心(ざんしん)を解いていった。

 

 

 

 

「ヘビはしつこいとは……ほんとうに」

 

ようやく呼吸の拍子(ひょうし)が戻ってきた。

 

 

青緑色の血が刀身に付いていなのを確認して、刀を鞘に収める。

 

 

――ずいぶん、手こずってしまった。

 

 

とりあえず、ウワバミの死体など、調べたいことは後回しに。

木のてっぺんの護衛対象を迎えに行こう。

 

 

 

「悪魔さん、マジパネェっす。ヤベェっす。マジパネェっす。悪魔さん、マジ――」

 

「フスゥッ、フスゥッ」

 

 

登った木からヴェラを下ろすと、木の下に広がる惨状(さんじょう)を眺め、似たような言葉しか出さなくなった。

 

壊れてしまったのだろうか。

惨状に驚くのは無理はないが。

 

 

主に頭を落とされたあとの胴部が暴れまわったせいで、高く太くそびえる丈夫(じょうぶ)な高木を除いて無事なものはない。

 

草もツタも土も低木も、荒らされている。

 

高木にも深い傷があった。

折れていないのは運がよかったためと知らしめるかのようだ。

相当揺れただろう、ヴェラが動じているのはそのためか。

 

 

加えて、ウワバミから流れ出た青緑色の血がちょっとした池の様相を(てい)している。

気色悪い。

独特の生臭(なまぐさ)さも悪さを助長(じょちょう)する。

 

 

「ここまであからさまに血のにおいが濃いと、かえってなにも寄りつかなそうだ……」

 

 

とはいえ、安全を考えるなら早めに場所を移したほうがいいだろう。

 

 

(はじ)けて転がっているひし形のウロコを(ひろ)いあげる。

 

 

あの(おか)のような巨体からは想像もできない、小さなウロコ。

 

二歳手前の子どもの両手の上に()せていられる、バランスが崩れない、と言えばどれほど小さいのかわかるだろう。

 

このキメの細かさも、防御(ぼうぎょ)能力の高さの原因の一つか。

 

 

重さはずっしりと重たい。

 

こつこつと爪を当てれば、チンッチンッと金属の音がした。

 

 

魔力を込めて見る。

 

「おっと」

 

ぬるっ。

と、滑って落としかけたウロコを慌ててつまみ直した。

 

 

もう一度、魔力を込める。

ぬるっ、と滑って落としかける。

 

 

試行錯誤。

手に()せ力を加えずに魔力を込めると、ようやく観察する余裕ができた。

 

 

魔力が当たると、布に水を()みさせたみたいに、ウロコの表面を魔力が流れて(おお)った。

 

覆う魔力は一所(ひとところ)(とど)まらずに、常に流転(るてん)し、まるで水が流れるように、ウロコの表面を()でてまわる。

 

 

試しに覆う魔力を指先で触れてみる。

ぬるっ、ぬるっ、とあまり力を入れていないのに横へ滑ってしまう。

 

 

「まさしく、魔力のウロコ」

 

この魔力の(まく)で私の斬撃を散らし、魔力を散らし、また、移動の際も物音が立たなかったのだろう。

 

 

魔力にはこんな使い方もあるのだな。

 

 

「ウロコだけでも持っていきたいな……」

 

 

重くても持てるが、袋が破れないかが心配だな。

 





捏造月の呼吸紹介

・月の呼吸 (はち)ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)歪曲(わいきょく)
……本来は一本の弧状の斬撃として放たれる月龍輪尾を、くねらせて別の形で放つ技。今回、樹の幹に貼りついたヘビを引き剥がすのに使用。

・月の呼吸 弐ノ型 珠華(しゅか)弄月(ろうげつ)挟搾連面(きょうされんめん)
……珠華ノ弄月で放った、複数の斬撃の刃同士でたくさんハサミを作って、対象をジャキジャキ斬り分け続ける技。シュレッダー。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。