「っていうか、結局どこに向かってるんす? 川の上流を目指してることはわかるんすけど……」
「む。せつめいしてなかったか……。いまは川をのぼった先の山をめざしている」
「フズァッ?!」
森に分け入って三日のこと。
疑問をヴェラがぶつけてきた。
これは、説明していなかった私が悪い。
立ち止まって話を続ける。
「いまは? ってことは他にも行く場所があるんすか?」
「あてがはずれれば、別の場所をさがす。……いい場所があればいいのだがな」
「ブズゥゥッ」
私は腰の水袋を外し、
「あて、っていうことは何か探しもの?」
「あぁ……。あたたかくて、暮らしやすいところをな……。できれば冬もあたたかいところがいい。
けものが襲って来にくく、水や食べものを調達しやすい場所なら、なお好ましい」
樹木の根もとには大きなこぶが出来ていた。
それはその木の幹よりも明るい茶色。
ぶるっ、ぶるっ、と震えているこぶ。
その正体は、木の樹皮に顔をくっ付ついて
「そんでもって、他人に見つかりにくいところ、っすかねぇ……。暮らしやすいって言ったら……」
「あぁ、それがいいだろう」
ビビンバの顔が剥がせなくなっているのは、樹木から
私は
すると、ペラッと、これまでビビンバが暴れても
ビビンバも驚き首を右に曲げたり、左に曲げたりしている。
「あるんすかね。森の奥に、そんなとこ」
「どうだろうな……。
川の石に、穴だらけの軽いやつがたくさんあったから。冬でもあたたかいところは、あると思ってるが……」
「穴だらけの石ぃ?」
私は頷いた。
ビビンバが自分の体の無事を確認し終えたようなので、歩くのを再開する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っていうか、マジで魔境っすね!
さっきビビンバが引っかかった樹、なんすか?! あたし、あんな木、見たことも聞いたこともねぇっすよ?!」
「のりの木……と、わたしは呼んでいる。貼りついた、けものやとりをこぶにして、土の
あのまま放っていたら、分泌される樹液に全身が覆われてこぶになっていただろう。
そのあとは、息ができずに死に至る。
死体が
そうして、のりの木の根もとに土の肥やしの出来上がる。
そんな性質だから、森の中でも
「こわっ! 積極的すぎでしょ、木なのに!
大人しく鳥のフンなり虫の死骸なりが土にかえるのを待ちましょうよ! なんで自分から
「フスッ! フスッ! フスゥゥッ!」
「あの樹はまだおとなしいほう。この森の植物にはもっと…………――」
「あれで大人しいって……やべぇ、思ってた百倍魔境じゃねぇっすか。あたしが死にそうになってたら助けてくださいっすね! 見捨てちゃヤっすよ?」
「…………」
「ちょっと、なんすかその
「…………。――おおきいな……とても。しずかなのは……む、魔力ですべっている? のか?」
「はい?」
北、風下、木から木を
――
「おそらく、
――太陽を隠す森の高木の間から、突き出た頭の、その縦に割れた目と目が合った。
「はいぃいいいイイイ?!」
と、絶叫するヴェラの
高木の枝に着地――と同時にさらに上へ跳ぶ。
枝を跳んで枝を跳んで枝を跳ぶ。
そのまま、見上げる樹木のてっぺんまで跳んだ。
「ィあっ!」
「
「フス!」
「なーんすかあれ! なーんすかあれ! なーんすかあれぇ!!」
「ビビンバも無事だったか」
「フスッ!」
ヴェラの足に掴んでいたようだ。
水かきが付いた手で、器用な。
「
「ヘビだろう」
「そんなん見ればわかるんすよぉ!
でかいでしゃお!? どう見てもでかいでしゃお!
頭だけであたし五人分くらいあったっすぅ!」
「二階建ての
「そーですねぇー!」
「そうだな」
そして、魔力を感知する限りは胴体は
あんなものと
「ウワバミ、とは、ああいうもののことを言うのだな」
「なんかわからんけど、
風がびゅーびゅー吹いてこわいっすよ、これ。いつまでこうしてれば――ん?」
「――ふむ?」
――ギシィと、
重いものに
踏んでいる枝が
私一人なら斬り
しかし、いまは護衛対象がいる。
ならば仕方ない。
大人しく、この木の上で大蛇――
そう考えていた。
「ヘビはしつこいと、知っていたが」
この木を下から這い上がってくる、巨体を見るまでは。
「
「ぴぃえぇえええ!!」
さびのような赤茶色の
まだ、はるか下だか、かなりハイペースで木を登っている。
静かなのが気になり、足もとを見るとビビンバが震えてうずくまっていた。
ヴェラの足に鼻を
「やるか」
このままここにいても事態は
震える大ねずみを抱えあげて、ピーピーわめくヴェラに渡す。
「ゆれるかもしれん。持ってるといい」
「なにする気っす? さすがに悪魔さんでもあんなでっかい――」
「では、行ってくる」
「――ああっ?!」
木の幹を絞め殺す勢いのヘビの頭。
そこを目がけて私は飛びおりた。
ちょっと、目をはなした隙にずいぶん、近くまで登って来ている。
おそろしい速さだ。
ウワバミのほうも飛びおりたと同時に、反応し、大口を開けて私に食らいつかんとしている。
自由落下に身を
ヘビの頭の
「ホオオオ……」
月の呼吸 壱ノ型
直刀を
血が噴き出る。
私の
「――っ! 浅い!」
ぬるり、と
それでも、体皮の奥まで押し込んだ刀に伝わった硬い
(――なにより、私自身の腰が入ってなかった!)
見れば、ウワバミは
が、地上に落ちる私のことをしっかり
その貌の口は閉じられている。
斬撃が食いこむ直前で、
驚異的な反応速度で。
「
自分への怒りに震えながら、刀から斬撃を生み出し、その
直後、
――バッツン!
私は、ウワバミが巻きつく樹木の、隣の木からそれを眺めていた。
幹に垂直に足を立て、踏んばる。
いい足場だ。
「ホオオオ……」
月の呼吸
幹から横へ突進。
空気を食って
私は、樹木に巻きついているウワバミの胴体へ。
樹木とウワバミの胴体の
スパッ、スパッと、途中で何本も枝を斬っていくのを無視して、百尺を超える長大な胴体の下に斬撃を入れこむのに成功した。
樹木というよすがを失ったウワバミの
さらに、斬撃を発生させ、それを推進力に隣の樹木へ。
幹に
斬ってみて気付いたことがある。
ウワバミの躰。
あの躰は特殊だ。
まず、体表は常に魔力がうごめくように流れ、その躰に触れるものをぬるぬる、すべすべと滑らせる。
細かく、
魔力そのものも例外ではない。
あの体表に触れた瞬間に月の斬撃は魔力を
さらには、その魔力のウロコを越えた先には、本物のウロコが待ち構える。
赤サビのような見た目に反さず、よく
そして、
これは、腹のほうも同じ構造になっていることを確認した。
月の呼吸 弐ノ型――
「ホオオオ……!」
――
下から上への
放った三つの弧を描く斬撃が飛び、
――ジャキ、ジャキ
ウワバミの
さらに、続けて下から上へと斬り上げて、斬撃を生み出していく。
それらは、先の三つの斬撃と同じように斬撃同士、刃と刃の間にウワバミを挟みこみ、
――ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキジャキジャキ、ジャキ、ジャキジャキジャキジャキジャキ、ジャキ!
無数のハサミとなって襲った。
深く
胴体の
胴体の下方を斬りこみ。
震える尾の先を斬り落とし。
――再生しかけた首の根を、斬り分けた。
ウワバミの頭が落ちた。
首を失った胴体がデタラメに
それは、胴体からはずれた頭も同様に落ちていく。
「はぁ……。ふぅ……」
息を吐いて、肉体から力を抜いていく。
まだ、幼いこの身体は
月の呼吸の型の連発は、
「ふぅ……。はぁ……」
目を閉じ、
「はぁ……。ホオオオ……」
目を開く。
地面はすぐ近くに。
ザンッ、と片腕で刀を振るって斬撃を生み出す。
――それを推進力にして自身の身体を弾き飛ばし、着地する位置をズラす。
――バッツン!
――やはり、私がいた座標に的確にウワバミは食らいついた。頭だけの状態で。
ぐるぐると、地面を削りながら身を回して、身体を弾き飛ばした勢いを受け流す。
しっかりと、踏んばり、
月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮
刀を
巨大なヘビの頭を縦に
パリパリパリ、と半分に割れる。
真っ二つになったウワバミの頭の眼はいまだに、私をにらみ
私もウワバミから目をはなさない。
「………………」
「………………」
ウワバミの胴部が暴れる
無言でにらみ合った。
私は刀を構えたまま、いつまでもにらみ合いを続けた。
やがて、その割れた眼が
「はぁ……。ふぅ……ふぅ……、はぁ……ふぅ……」
ゆっくりと、
「ヘビはしつこいとは……ほんとうに」
ようやく呼吸の
青緑色の血が刀身に付いていなのを確認して、刀を鞘に収める。
――ずいぶん、手こずってしまった。
とりあえず、ウワバミの死体など、調べたいことは後回しに。
木のてっぺんの護衛対象を迎えに行こう。
「悪魔さん、マジパネェっす。ヤベェっす。マジパネェっす。悪魔さん、マジ――」
「フスゥッ、フスゥッ」
登った木からヴェラを下ろすと、木の下に広がる
壊れてしまったのだろうか。
惨状に驚くのは無理はないが。
主に頭を落とされたあとの胴部が暴れまわったせいで、高く太くそびえる
草もツタも土も低木も、荒らされている。
高木にも深い傷があった。
折れていないのは運がよかったためと知らしめるかのようだ。
相当揺れただろう、ヴェラが動じているのはそのためか。
加えて、ウワバミから流れ出た青緑色の血がちょっとした池の様相を
気色悪い。
独特の
「ここまであからさまに血のにおいが濃いと、かえってなにも寄りつかなそうだ……」
とはいえ、安全を考えるなら早めに場所を移したほうがいいだろう。
あの
二歳手前の子どもの両手の上に
このキメの細かさも、
重さはずっしりと重たい。
こつこつと爪を当てれば、チンッチンッと金属の音がした。
魔力を込めて見る。
「おっと」
ぬるっ。
と、滑って落としかけたウロコを慌ててつまみ直した。
もう一度、魔力を込める。
ぬるっ、と滑って落としかける。
試行錯誤。
手に
魔力が当たると、布に水を
覆う魔力は
試しに覆う魔力を指先で触れてみる。
ぬるっ、ぬるっ、とあまり力を入れていないのに横へ滑ってしまう。
「まさしく、魔力のウロコ」
この魔力の
魔力にはこんな使い方もあるのだな。
「ウロコだけでも持っていきたいな……」
重くても持てるが、袋が破れないかが心配だな。
捏造月の呼吸紹介
・月の呼吸
……本来は一本の弧状の斬撃として放たれる月龍輪尾を、くねらせて別の形で放つ技。今回、樹の幹に貼りついたヘビを引き剥がすのに使用。
・月の呼吸 弐ノ型
……珠華ノ弄月で放った、複数の斬撃の刃同士でたくさんハサミを作って、対象をジャキジャキ斬り分け続ける技。シュレッダー。