祝福擬きで行く先を決めたのは間違っていただろうか   作:刈刈シテキタ刈

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第39話【Out sider】

 

 

 

 

 息を吸って吐き、確認する。

 

 此処は、迷宮都市オラリオであると。

 

 手を開いては閉じ、確認する。

 

 自分はフェイド・ストレンジアであると。

 

「………………」

 

 昨晩、フェイドが咄嗟に編み出した自己暗示は、凄まじい戦闘能力の向上を及ぼした。

 目の前に居る敵の挙動(モーション)を、かつて倒した敵の挙動(モーション)に当てはめる。

 その暗示一つで、ヘグニとの力関係は逆転した。彼が繰り出す攻撃の悉くは、既知のものとして処理された。

 

 勝ちたい時に勝てる方法。フェイドはそれを求め、結果としてその方法は確立されたのだ。

 

 視界に映る者は、全て敵。

 

 もしくは、自らを強化する(ルーン)

 

 それ以外に何も考えられないという点を、良しとするのであれば。

 

 フェイドには確信があった。もしも、途中で現れた二体目に殺されていなければ、あのままオラリオの市街地に向かい、無関係の市民や冒険者を虐殺していたと。

 

 これまで辿ってきた道を、なぞるかのように。

 

 自分を騙して過去に戻ったところで、そこにフェイドが望んだ力は無かった。

 そこに有ったのは、理由なき強さだけ。そこに居たのは、無為に破壊を撒き散らす殺戮者だけ。

 

「………………」

 

 そうして、昨夜の振り返りを終えたところで。

 

「お前は誰だ」

 

 少し離れた場所で佇んでいる緑青の鎧の男に、【炎術のロングソード】を向けて戦闘態勢に移る。

 その身に纏う気配だけでフェイドは察知した。彼がオラリオの人間では無い事に。

 

 狭間の地の人間である事に。

 

「……君と敵対するつもりは、無い」

 

 しかし、彼は剣を向けられたにも拘らず、微動だにしなかった。

 その言葉に嘘偽りがないと示すように、ただ座り込んでフェイドを見つめていた。

 

「お前は誰だ」

 

 警戒は解かず、フェイドは同じ言葉を繰り返す。

 

「……自分は、ムーアという」

 

「お前が俺をここまで連れてきたのか」

 

 ムーア。聞き覚えのない名前を頭の中で反芻しつつ、周囲を指し示す。

 

「……ああ、君と話すには丁度いい場所だった」

 

 ムーアが連れてきた場所というのは、放棄された教会だった。

 所々の石材が砕けて剝がれ落ちており、室内からは気が遠くなるような年月の経過が垣間見える。

 頭上を見上げれば、半壊した女神の像が微笑みながらフェイド達を見下ろしていた。

 

「お前はミケラの遣いか」

 

 周囲の状況を確認したのち、フェイドはムーアに向き直って単刀直入に言い放つ。

 事と場合によってはこの場で殺す必要がある。故に、フェイドは直剣の切っ先を向けたまま、彼の返答を待った。

 

「……どう、なんだろうか」

 

 しかし、フェイドの予想に反して、ムーアの口から出てきたのは肯定でも否定でもなかった。

 鎧の中で反響し、くぐもった声色から読み取れるのは、僅かな戸惑いと寂寥感。

 

「どういう事だ」

 

「……確かに、自分はミケラ様の声を聞いて、この世界に呼び寄せられた。しかし、あの声は……自分に向けられたものではなかった、と思う」

 

 自分は、ずっと同じ場所に留まっていた、から。ムーアはそう言って俯く。

 如何なる攻撃も受け付けない重厚な鎧を身に纏っているが、その中身は非好戦的な人物のようだ。

 

「………………」

 

 そして、少なくとも彼以外にもこの世界にやってきた者が居る。そこまで確認したところで、フェイドは武器を下ろした。

 

「心当たりはあるか」

 

「……レダ様達だ。きっと、ミケラ様はレダ様達を呼んでいたんだ」

 

 レダ。またもやフェイドの記憶にない名前が、ムーアの口から出てきた。

 尤も、記憶にある名前の大半は故人なので、当然といえば当然なのだが。

 

「だったら、何故お前は俺の前に現れた」

 

「……君に、聞きたい事があったからだ」

 

 狭間の地から、追放された君に。ムーアはそう言って顔を上げ、語り始めた。

 

「……ここは、いいところだ。荷馬車が絶えず行き交い、市場には色々な品で満ち溢れて、様々な種族が支え合って生きている」

 

「それがどうした」

 

「……地面の下に天敵が存在するようだが、街の中であれば自由に出歩ける。みんな、みんな、今日と同じ明日が来る事を疑ってはいない」

 

「お前は何が言いたい」

 

「……もしも、君に導きがあったなら、導きがここじゃないどこかを指していたら」

 

 君は、この優しい世界から、離れられるか? 

 

「………………」

 

 そのまま、黙り込んだフェイドに対して、ムーアはいくつかの情報を語り始める。

 

 ミケラの目的はフェイドを害する事ではなく、メスメルという半神(デミゴッド)の討伐の為に、ただ連れ戻したいという事。

 ミケラが向かったのは、影の地という黄金樹の影に隠された地。そこは、狭間の地と祝福を通して繋がっている事。

 ムーアが影の地に向かった時点で、黄金樹は燃え盛ったまま。

 

 

 

 

 エルデの王となった者は、未だ現れていない事。

 

 

 

 

 ムーアが一通り話し終えると同時に、重々しい沈黙が二人の間に漂う。

 屋根に空いた穴を覗き込むように降り立った小鳥達の囀りが、やけに室内に響く。

 

「………………」

 

 真偽がどうであれ、それらの情報は褪せ人として一も二もなく飛びつくべき釣り餌。

 だというのに、口を動かそうとすると思うように言葉が出なかった。

 その問い掛けに即答するだけの意志を、フェイドは持ち合わせていなかった。

 

「分からない」

 

 故に、答えとは到底呼べぬそれだけが、今のフェイドが紡げる言葉だった。

 

「……うん」

 

 すると、ムーアは何処か納得したような声で頷いた。

 

「……自分も、分か───」

 

 そして、何か言おうとしたところで。

 

 

 

「───し、侵入者だああぁぁ!!!!????」

 

 

 

 甲高い絶叫が、フェイドの耳を劈いた。

 

 侵入者。聞き馴染みしかない言葉の響きに、フェイドは瞬時に振り返って戦闘態勢を取る。

 ムーアも同様に、虚空(インベントリ)から取り出した緑青の大盾を構えた。

 

 そして、身構えた先に立っていたのは、赤黒い人型の幻影。

 

「………………」

 

 ではなかった。

 

 卑兵めいた小さな体躯。それに見合わぬ豊満な乳房。左右の側頭部で結ばれた黒髪。

 そこにいたのは、昨日まで共に行動していたベル・クラネルの主神であるヘスティアだった。

 

「神様……もう朝なんですから叫ばないでくださいよ。それに、こんなところに泥棒なんて入るわけが……って、フェイドさん!?」

 

「いやいや、ベルくん。あれだけ探して見つからなかったのに、彼が僕らのホームに居座ってるわけが……って、太客くん!?」

 

 彼女に遅れてベルが出てきたところで、ようやくこちらに気付き、主従共々驚愕し始める。

 

「………………」

 

「………………」

 

 すっかり毒気を抜かれたフェイドとムーアは、各々の得物を虚空(インベントリ)にしまった。

 

「太客くん、昨晩はどうしちゃったんだよ! 急に戦い始めたかと思ったら、突然居なくなって! 皆心配してたんだぞ!」

 

「………………」

 

「あっ、あのっ……あなたはフェイドさんのお知り合いの方でしょうか……?」

 

「……彼とは、会ったばかりだ」

 

 先程までの沈黙から、一気に騒がしくなった廃教会改め、ヘスティア・ファミリアのホーム。

 

「というか……ひょっとして、うちの近所の廃墟で暴れてたの君じゃないのか! すんごい大騒ぎになってるんだぞ!」

 

「………………」

 

「ああ、すいません。なんとなく雰囲気が似てたから、てっきりそうなのかと……」

 

「……その勘は、大事にした方がいい」

 

 住人であるベルとヘスティアの帰宅により、ムーアとの問答は有耶無耶になってしまった。

 

 

 

━━━━━━━━━─────────

 

 

 

 あれから、騒ぎ立てるヘスティアをベルがどうにか宥めて、不法侵入の件は事なきを得た。

 というのも、ムーアがフェイドを運んだあの場所は、ヘスティア・ファミリアのホームだったのだ。

 いくら零細のファミリアとはいえ、あの半壊した教会をホームと呼べるかは甚だ疑問なのだが。

 

 失踪したフェイドを手分けして捜索したものの見つからず、アイズと別れて帰ってきたところで出くわしたらしい。

 灯台下暗しにも程があるだろうと、ヘスティアは頭を掻きながら喚いていた。

 

 ともかく、彼女らにこちらの事情を聞かれる訳にもいかなかったので、あの場は解散となった。

 ムーアに関しては構わず放置。彼が今頃どうなっているかはフェイドの知るところではない。

 

「………………」

 

 そうして、フェイドは一人、寂れた路地裏を歩く。

 

 向かう先は、昨晩ヘグニ達と戦った廃墟だった。

 

 ヘスティアが言うには、殆ど放棄された区画とはいえ、魔法が飛び交う程の戦闘が起これば騒ぎとなる。

 今もギルドの職員が徹夜で周辺の捜査をしている程度には、治安維持の観点から見ても看過できない事態なのだという。

 

 であれば。レダとやらもムーアのように騒ぎを聞きつけ、あの場所に来ているのではないか。

 それを確かめるために、フェイドは廃墟へと戻ろうとしていたのだ。

 

「──────」

 

 そして、暫くの間歩き続け、路地裏から抜け出そうとしたところで。

 

「───ククッ……犯人は現場に戻る……」

 

 フェイドの首筋に、長剣の刃が添えられた。

 

「………………」

 

 漆黒の剣身を辿るようにして、細い十字路の左側を見やれば、そこに居たのはヘグニ。

 昨晩、フェイドが与えた諸々の傷は全快しており、断ち切った右腕もすっかり元通りだった。

 

「……貴様は誰だ?」

 

「フェイド・ストレンジアだ」

 

 どうやら、フェイドの暗示が解けているかどうか、ヘグニはわざわざ確かめに来たらしい。

 流石は第一級冒険者。昨晩瀕死にさせられてから、然程時間は経っていないというのに元気一杯である。

 

「我が言葉を解する……そして、その眼は虚無を映していない、か……」

 

「既に暗示は解けている」

 

 だからどけ。そう言い、フェイドは自らの手が切れる事も厭わずヘグニの剣を押し退けようとする。

 

「待て」

 

 しかし、ヘグニは剣を引こうとはせず、尚も制止してきた。

 無理に押し通ろうとすれば、また戦闘が勃発する。そんな予感を、フェイドは彼の双眸から感じ取る。

 

「殺戮の宴は終幕し、安寧の夜明けが訪れた。にも拘らず、貴様は何故この舞台に舞い戻ってきた?」

 

「………………」

 

 そんな質問に対して、フェイドは閉口する。確かに、ヘグニの言う通りだと。

 

 何故、ホームに帰ろうともせず、ムーアの話に出てきたレダを探しているのか。

 ミケラの企てに乗り、狭間の地に帰還する為の足掛かりとする為か。

 それとも、邪魔な追っ手と見做して排除し、この世界に留まる為か。

 

「分からない」

 

「えっ……分からない?」

 

 口から衝いて出た言葉を、ヘグニは困惑しながら繰り返してくるが、思考の海に沈んだフェイドの耳には入ってこない。

 

「え、ええっと……じゃあ、もっと伝わるように……どうして戦いは終わったのに戻ってきたんだ?」

 

「分からない」

 

 わざわざ言い直してくれたヘグニに空返事しながら、フェイドは耽る。

 自分は、フェイド・ストレンジアであるべきなのか。名も無き褪せ人であるべきなのか。

 

「ど、どうしよう、段々と目が虚無ってきてる……! これって俺の質問の所為……!?」

 

「分からない」

 

「だ、だだだ大丈夫!? いきなり【忘却せよ(tres)】とか【滅却せよ(duo)】とか【焼却せよ(unus)】とか言い出さない!?」

 

「分からない」

 

「わわ、わわわ分からない!? つまり、さっき暗示が解けたってのは嘘ってこと!?」

 

「分からない」

 

 思考に没頭するあまり、壊れた蓄音機と化したフェイドに対し、刃物を向けたヘグニがパニックになるという奇妙な状況が展開される。

 

 ヘグニはコミュ障だった。

 

「よし決めた! 様子がおかしいから斬首! ここで君を斬首する!」

 

 コミュ障であると同時に、想定外に弱かった。

 

「どうせ復活するんだから、俺が責任持って元通りになるまで君を殺し続ける!」

 

 混乱が臨界点に達したヘグニは、そう叫びながら自らの愛剣を振り上げた。

 そんな、物騒且つ不毛極まりない周回(リセマラ)が開催されようとしたところで。

 

 

 

「───分からないなら、貴方が今すべき事は、ズバリ自分探しだと思います!」

 

 

 

 鈴の鳴るような声と共に、とある少女がひょっこりと割り込んできた。

 

「ふぁっ!? し、ししししシル様!?」

 

 予想外の乱入者にヘグニが叫喚し、振り抜こうとした得物を後ろ手に隠す。

 二人の間に割り込んできたのは、豊饒の女主人の従業員である、シル・フローヴァ。

 改め、その少女に擬態した美の女神、フレイヤだった。

 

「あ、あぶあぶ、危ないです。その男は今にも暴れ出すかも───」

 

「───お前は何を言っている」

 

 ほんのり漂う神威に当てられて、思考の海から抜け出したフェイドは、彼女の発言に反論する。

 

「いや、全然正気じゃん……」

 

 俺、無視されてただけじゃん。シルを庇おうとしたヘグニは、すっかり平常運転に戻ったフェイドを見やり、人知れず凹んだ。

 

「ふふ……貴方の事情はそれこそ分かりませんが、迷ってるんでしょう?」

 

「それがどうした」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。そんなフェイドの対応に眉ひとつ動かさず、シルは言う。

 

「貴方が迷っているのは、そこに自分の願望が含まれていないから。()()()()()()ではなく、()()()()()()で物事を考えているから」

 

「………………」

 

 それの何が悪い。微笑と共に発せられた指摘に対して言い返そうとするが、フェイドの口は動かなかった。

 何故ならば、彼女の言葉が腑に落ちたから。彼女の言う通り、自分を勘定に入れてなかった事に気が付いたから。

 

「選択肢の中に貴方の願望が無いなら、こんな所で考え込んだところで答えなんて出ません」

 

「だったら、お前の言う自分探しとは何だ」

 

「うーん……まずは色んな人と関わってみたらどうでしょう? 私もお店で働いてて沢山の冒険者さんと関わってますけど、人の数だけ発見があって楽しいですよ」

 

「………………」

 

 どうやら、この女神の趣味は人間観察らしい。人間に擬態して働いているのも、バベルの最上階から見下ろしてきたのも、その趣味の一環なのかもしれない。

 

「会話が億劫だ」

 

 そんなことを思いながら、フェイドは彼女の提案を一蹴する。

 

「うんうん……そもそも緊張して何喋ったらいいか分からなくなるもんな……」

 

 何故かヘグニも共感を示すように頷いていたが、的外れ且つどうでも良いので放っておく。

 

「……………?」

 

 すると、シルは笑みを深めて人差し指を立てた。我が意を得たり、と言わんばかりの態度に、フェイドは首を傾げる。

 

「いつも貴方が端的な物言いばっかりするのは、ただ単に喋るのがめんどくさいから」

 

「ああ」

 

「それと、もう一つ。ここまで私の話に付き合ってくれてるという事は、人の話を聞くのはそんなに嫌いじゃない。……違いますか?」

 

「違わない」

 

「ほら、これだけのやりとりで、二つも自分を発見出来たじゃないですか」

 

 そんな返答に対して、シルはそう言いながら朗らかに笑った。

 大きく掲げられたピースサインに、大いなる意志の使いたる二本指を幻視する。

 今もなお、あれは燃え盛る円卓の奥で直立姿勢のまま佇んでいるのだろう。

 

「……他人は自分を映す鏡と言います。だから、今の貴方が何者かは、貴方が関わった人たちが教えてくれる筈」

 

「………………」

 

「自分を見つめ直してください。そうすればきっと、貴方は貴方の願いを見つけられますよ」

 

 彼女の言葉には、何処か自分自身に言い聞かせるような、そんな響きが含まれていた。

 

「それじゃあ、しがない街娘のお節介はここまで! 今後とも豊饒の女主人をご贔屓に!」

 

「あちょっちょっ、シル様、お待ちくだひゃい!」

 

 そうして、シルは若干強引に話を締め括り、この場から立ち去ってゆく。

 それに遅れて、ヘグニも制止の言葉を噛みながら彼女を追って居なくなった。

 

「………………」

 

 一人路地裏に取り残されたフェイドは、頭の中でシルとのやり取りを思い返す。

 どうすべきかではなく、どうしたいか。彼女はそれに重きを置いていた。

 何故、自らの権能たる魅了を行使しないのか。昨晩、フェイドが彼女に投げかけた問いの答えは、その中にあるのかもしれない。

 

 そうして、暫しの間自らの足元を見つめたのち。

 

 先に進むのではなく、来た道へと戻っていった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 太陽が頂点まで昇った空を見上げつつ、フェイドは南東のメインストリートを一人歩く。

 シルたちと別れたのち、向かった先はディオニュソス・ファミリアのホーム。

 その足取りに確固としたものは無い。フェイドの足を動かしているのは、他に行く場所が無いという消去法だった。

 

「………………」

 

 そうして真っ直ぐ進んでいるうちに、フェイドの歩みは交差点まで行き着く。

 この交差点を右に曲がれば、ディオニュソス・ファミリアのホームがある。

 特段フェルズからの任務も無いので、あとは自室に戻って適当に時間を潰すだけ。

 

「………………」

 

 だが、そんな思いとは裏腹に、フェイドの足はそれ以上動かなかった。

 道ゆく者達の怪訝な視線を受けながら、その場に佇んで辺りを見渡す。

 

 頻繁に行き交う荷馬車に、様々な品物で満ち溢れた市場。そして、それらを構成する多種多様な人々。

 まさしく、世界の中心の都市に相応しい活気が、フェイドの周囲に広がっている。

 ムーアの言う通り、誰も彼もが今日と同じ明日が来る事を疑ってはいなかった。

 

 しかし、ムーアはこれが尊い物のように語っていたが、この景色にフェイドは何の価値も見出せない。

 瞬きをした次の瞬間、辺り一帯が焼け野原になろうとも、何の感慨も抱かないという確信があった。

 

「………………」

 

 フェイドは思う。やはり、シルの提案に従う必要は無い。自分の居場所は戦場であると。

 殺す事以外何も出来ない能無しに相応しいのは、あの壊れかけた世界であると。

 

「──────」

 

 だというのに、踵を返そうとすれば胸の内に正体不明の圧迫感が生じた。

 フェイドはそれを掴んで取り除こうとするが、目に見えず触れる事すらかなわない。

 

 ならばと、ホームへと続く道を進もうとすれば、今度は頭の中を攪拌するかのような不快感が生じる。

 頭を振って追い払おうとするが、纏わりついて離れようとしない。

 

 そうして、フェイドが歩き出せずに立ち往生していると。

 

 

 

「───フェイド?」

 

 

 

 すっかり聞き馴染んだ声が、フェイドの耳に入った。

 

 声が聞こえた方向、ホームへと続く道を振り返れば、そこに立っているのはフィルヴィス。

 現在の時間帯からして、何処かへ出かける最中なのだと思われる。

 

「……寧ろ悪化してるぞ。昨日の朝、注意した筈なんだが」

 

 こちらの姿を視認するや否や、フィルヴィスは目を細めて咎めてくる。

 そこで、フェイドは気が付いた。先日注意されたばかりだというのに、朝帰りを通り越して昼帰りをかましている事に。

 

「ああ」

 

「………………」

 

 それはさておき。いつも通りの空返事をしたところで、彼女は不意にその面持ちを神妙なものに変えた。

 

「……何か、あったのか?」

 

「何故そう思った」

 

「それは……お前の顔を見たら、なんとなく……」

 

 初めて会った時のような目をしていたから。

 

 その返答を聞き、フェイドは虚空(インベントリ)から手鏡を取り出し、己の顔を見やる。

 しかし、そこに映るのは仏頂面を貼り付けた男だけ。何も変わったものは見えない。

 

「今の俺と過去の俺に、どんな違いがある」

 

「そうだな……昔のお前は何に対しても無関心で無頓着だっただろう」

 

「ああ」

 

 彼女の言う通りである。言われるがまま、されるがまま、フェイドはディオニュソス・ファミリアの一員となった。

 そして、フェイド・ストレンジアという仮初の名前を与えられたのも、流れに身を委ねた結果だ。

 

「だったら、今のお前を動かしているのは惰性か?」

 

「………………」

 

 フィルヴィスに連れられ、初めてディオニュソス・ファミリアのホームに訪れた時。

 ディオニュソスにダンジョンへ潜る理由を問われた時、フェイドはそのように答えた。

 他にやる事が無いから、そうしているだけ。これまでもそうしていたから、これからもそうするだけであると。

 

「違う」

 

 しかし、今は違う。惰性に身を委ねるだけだったなら、この場で立ち止まる事など無かった。さっさと回れ右をして、この場から立ち去っていた。

 

「なら、もう答えは出ているじゃないか」

 

「それは何だ」

 

「理由が何であれ惰性ではないのなら、お前はお前なりに考えて行動してるんだろう?」

 

 昔のお前と、今のお前の違いはそこだ。フィルヴィスはそう言い、薄く笑った。

 まるで、その変化こそが嬉しいのだと言わんばかりに。

 

「そ、それよりも、最初の質問を有耶無耶にするな。何かあったんだろう?」

 

 そんなフィルヴィスを黙って見つめ返していると、彼女は頬を少し紅潮させ、髪を弄りながら追及してくる。

 

「ああ、あった」

 

「やっばりあったんじゃないか……それで? 今度は何をやらかしたんだ?」

 

 フィルヴィスの質問に、フェイドは直近に起きた出来事を話そうとする。

 

 訓練の帰り道、突如として現れたフレイヤ・ファミリアに襲撃された事。

 そこで編み出した自己暗示により、更なる戦闘能力の向上が見込めた事。

 所詮、自分には殺戮以外になんの取り柄も無いのだと再確認した事。

 

 空に浮かぶ星を介して、ミケラという半神(デミゴッド)に監視されている事。

 彼の使いと思しき者と遭遇し、狭間の地に帰れる可能性が見えてきた事。

 褪せ人としての本懐。エルデの王となる使命は、まだ潰えていなかった事。

 

 この道を進むか戻るか、迷っている事。

 

「………………」

 

 しかし、それらの一切はフェイドの口から出てこなかった。

 

「お前が知る必要は無い」

 

 暫しの間を置いて、口を衝いて出たのはそんな言葉だった。

 

「そう言われたら余計気になるんだが」

 

「言わない」

 

 右から回り込んでくるフィルヴィスに、フェイドは左回りでそっぽを向く。

 

「私には少しぐらい教えてくれてもいいだろう……!」

 

「教えない」

 

 左から回り込んでくるフィルヴィスに、フェイドは右回りでそっぽを向く。

 

「……私では、お前の力になれないか?」

 

「………………」

 

 その質問には、肯定も否定もできない。フェイドは無言で【擬態のヴェール】を取り出し、頭に被ろうとする。

 

「ああもう! そこまで言いたくないなら無理強いはしない!」

 

 すると、フィルヴィスの方から折れてくれた。声を荒げながらもフェイドの手を掴み、擬態を阻止してくる。

 

「まったく……いったい誰の影響でこんな頑固者になったんだか」

 

「ここに来てから、俺が最も多く会話したのはお前だ」

 

「なんだ、私の影響とでも言いたいのか?」

 

「ああ」

 

「い、いいや違う! 私は譲るべき場面をしっかり弁えている! だからそれはお前をこき使っているギルドの連中の影響だ!」

 

「そうだろうか」

 

 ああだこうだと喋るフィルヴィスを適当に受け流しながら、フェイドはぼんやりとした面持ちで空を見上げる。

 

「………………」

 

 今もなお、頭の中で渦を巻く二つの選択肢。

 

 名も無き褪せ人として、狭間の地に帰るか。フェイド・ストレンジアとして、オラリオに留まるか。

 

 天秤の皿に乗せられた、それらの重さは同等。

 

 どれだけ理由を数えても、どれたけ思考を重ねても、どれだけ意義を唱えても、天秤は決して動こうとしない。

 岐路に立たされたフェイドの足はどちらにも向かず、ただその場に縫い留められていた。

 

「──────」

 

 暫くの間そうやって立ち尽くしていると、右手が包み込まれるような感触を捉える。

 反射的にそちらを見やれば、力なく垂れ下がったフェイドの手を、フィルヴィスが握っていた。

 

「というか、いつまでそこで突っ立ってる。暇なら私についてこい」

 

「何処へ行くつもりだ」

 

「何処って……まあ買い物だな。お前は私の荷物持ちだ」

 

「………………」

 

「それとも、何か予定でもあったか?」

 

「無い」

 

「だったら大丈夫だろう。さっさと行くぞ」

 

 色々と入り用だったから、お前が居てくれて助かった。彼女はそう呟きながら、フェイドの手を引いて歩き出す。

 たったそれだけで、交差点に縫い留められていたフェイドの足は、あっさりと動き出した。

 

 思考は未だ纏まらず、雁字搦め。迷いという名の霧は、依然としてフェイドの頭の中を覆っている。

 

「──────」

 

 しかし、どこか楽しそうに歩くフィルヴィスの後ろ姿を眺め、フェイドは思った。

 

 

 

 彼女が繋いだ手の中にこそ、自分は居るのだと。

 

 

 

 当たり前と言われればそれまで。しかし、そう思うと胸の内に蔓延っていた不快感が和らいだ。

 

「ディオニュソス様に頼まれたお使いのついでに、装備の見直しと道具の調達をしたくてな……お前は何処か寄りたいところはないか?」

 

「何処へ行こうがお前についていく」

 

 シルに言わせるのであれば、また一つ自分を発見した、というやつなのだろうか。

 この感覚を突き詰めてゆけば、本当の自分自身を見つけられるのだろうか。

 

「ふっ……そこは相変わらずだな。少しくらい我儘を言ってくれたほうが私としてもやりやすいんだが」

 

「今はこのままでいい」

 

 そんな事を考えながら、フェイドはフィルヴィスの手を握り返す。

 

「──────ぁ」

 

 すると、彼女はか細い声を漏らして立ち止まった。隣に並んで様子を窺おうとするが、俯いて垂れ下がった前髪で顔が隠れている。

 

「………………」

 

 フィルヴィスが停止したきっかけは、手を握り返した行為によるもの。

 であれば、離せば再起動するのが道理。そう思ったフェイドは、フィルヴィスから手を離そうとするのだが。

 

「……おい、吐いた唾は、飲ませないぞ」

 

 その直前で、逆に掴まれてしまう。

 

 フェイドを捉えたのは、華奢な見た目にそぐわぬ怪人(クリーチャー)由来の膂力。

 これまで以上の力(筋力40)が込められており、フェイド(筋力12)は完膚なきまでに力負けしていた。

 指と指を絡める強固な繋ぎは、絶対に逃さないという意思の表れと思われる。

 

「………………」

 

 ミケラの使いのついでに祝福もオラリオに来てくれたなら、溜め込んだルーンで筋力を強化し、対抗できたのだが。

 そんな、叶いもしない仮定を想像しながら、フェイドは急発進したフィルヴィスに引っぱられる。

 

 そうして、彼女と共に雑踏の中へと消えていった。

 

 

 

 





自分探しの時間だ。

ベルくんの訓練だったりフレイヤ・ファミリアの襲撃のくだりで結構話数使ってしまいましたが、あとはちょっとした場面挟んで外伝4巻のお話は終わる予定です。

5巻はともかく、6巻のあたりはどのように話に絡めるか、そもそも飛ばしちゃうか考え中。
そんな状況で書き溜めも尽きておりまして、次回の投稿は遅れます。何ヶ月かで戻ってこれたらなあと思ってますので、暫しお待ちを……

読んでいただき、ありがとうございました。
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総合評価:2777/評価:8.69/連載:28話/更新日時:2026年04月12日(日) 23:54 小説情報

ダンジョンに魔虚羅がいるのは絶対に間違っている(作者:パクチーダンス)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

深夜に思いついたネタ▼呪術廻戦とのマコラとは一部乖離がある。▼


総合評価:3631/評価:8.56/連載:3話/更新日時:2026年05月14日(木) 17:50 小説情報

血しぶきハンター(作者:みこみこみー)(原作:HUNTER×HUNTER)

幾万もの悪夢の夜を繰り返したその果てに、月の魔物を屠り上位者と成った狩人は、流星街で目覚める。


総合評価:4594/評価:8.03/連載:11話/更新日時:2026年04月23日(木) 15:00 小説情報

ダンジョンに正義の味方がいるのは間違っているだろうか(作者:ラブコメは正義マン)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

聖杯戦争終結から一年。衛宮士郎は遠坂凛の下で、魔術の修行をしていた。▼だが、ある実験の最中に意識を失い――目を覚ますと、そこは神々と冒険者が集う迷宮都市オラリオだった。▼ダンまちとfateのクロスオーバー小説です▼Fateメンバーは基本的に士郎しか出てきません▼ダンまちの最新刊までのネタバレを含む可能性が有ります▼UBW後の士郎を想定▼描写されていない間では…


総合評価:3582/評価:8.48/連載:23話/更新日時:2026年05月12日(火) 20:00 小説情報

L社の技術を持っただけの擬態型一般人Aがキヴォトスで生き残るためにできること。(作者:D-T45-45-1919JP)(原作:ブルーアーカイブ)

▼諸君、俺は死にたくない。▼ここが都市だったら大人しく早めに死んだほうが幸せだっただろうが、あいにくキヴォトス。美味しい食べ物も、感動できる景色も、隣人との心温まる交流も、全てが可能な世界だ。▼だったら生きるしかない! このL社の技術を使って!▼でもどうすればいいんだ!?▼変なアブノーマリティを抽出したら即座にキヴォトス滅亡、しかし普通に働いたら銃弾の流れ弾…


総合評価:4232/評価:8.56/連載:32話/更新日時:2026年04月28日(火) 20:30 小説情報


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