シャカール⇆ファイトレ…ファインモーション こんなのね   作:ふぁらんどーる

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第6話

「まっ負けてしまいました〜」

 

意気揚々と乗り込んだ福島第11R。

オーブン特別、ダートの中距離戦だったのだが、俺の担当バの順位は3着。

まぁ、ギリギリウィニングライブでバックダンサーとならない位の結果だった。

 

「ごっごめんなさい…わざわざトレーナーさんが、京都を断ってまで福島に来たのに…こんな結果となってしまって…。」

 

不甲斐ない結果だと感じてしまったのだろうか。

今にも泣き出しそうな雰囲気で瞳を滲ませる担当バ。

 

「いや、思ったより悪くなかったよ。相手の実力もあがってきている中での3着。決して悪いものではない。次は一着へ食い込める様に頑張ろうか。」

 

「ほっほんとうですかぁ?」

 

「あぁ、勿論。芝からダートへ移ってしばらくだが、着実に成績は上がってきている。重賞獲るんだろう?この調子なら獲れるさ。間違いなく。」

 

「がっ頑張ります!」

 

トレセン学園の生徒なら誰もが目標とする重賞獲得。

この娘の目標も勿論それ。

しかし、心配はなさそうだ。

運、実力、適性…レースに絡む要素は色々ある。

だが、彼女はもう充分に重賞獲得を目指せる力はついている。

 

G1は無理かもしれないが…

 

なにも重賞はG1だけでは…。

 

「そのぉ…トレーナーさん。」

 

「え?」

 

「G1はぁ…?」

 

やめてくれ

 

「私、トレーナーさんに言われて芝からダートへ転向しました。名残惜しかったけど…でも、トレーナーさんのご指導通り成績はみるみるあがってきています。だから…」

 

やめてくれ、その先を言うのは。

 

「だから、トレーナーさんに言われた通りにしていればG1は獲れますか?」

 

 

………

 

レースが終わったというのに、新幹線にも乗らず、レース場地元の河川敷を走る。

教え子は一人帰らせて…いい歳した大人がジャージ姿で、走っている。

 

理由は単純ルーチンだから。

いつもこの時間。

詳述すれば20時から21時の間。

俺はどんなに遅くとも19時にはトレーニングを終わらせる。

それが一番生徒に負担の少ない塩梅だから。

 

よく目標レース前だからと言ってギリギリの時間までトレーニングさせるトレーナーもいるが、そんな事をすればすぐに彼女達の脚は壊れてしまう。

人間と構造が違うのだから当たり前だ。

 

19時には終わらせる。

その方針を俺はいつ以来からか貫き通しているので、他の同僚他者と違って比較的余裕を持って帰宅できる。

だからこそ、その余裕のある時間を使って走る事を習慣化していた。

 

別にトレーナーである俺が走る必要はあるわけでもない。

時折、自主練するウチの生徒達に絡まれる事もあるがどの娘も不思議そうに俺の走りを観察する。

 

とても異質な物を見るが如く。

どうして貴方みたいな人間がそんな意味も無く走るのか?

 

トレーナーだから?

違う。

 

最近、だらしなくなってきた腹をへこませるため?

違う。

 

多分、これは。

 

「忘れる為だ。」

 

思考がそこに帰結すると口から自然と言葉が出る。

 

 

トレーナーさん、私はG1が獲れますか?

 

それはキミの努力次第だ。

 

 

彼女の疑問に俺は簡潔に模範的にそう返した。

そこに他意はなかった。

実際…G1タイトルの獲得は波ならぬ努力が必要。

だから間違った返答はしていない。

 

無理だとも言えないし、もちろん可能性はゼロなんかではない。

 

だけれども…

 

「獲れない。彼女では…。」

 

短くない経験からこそ解ってしまう現実。

 

天才はいる悔しいが。

 

何の煽り文句だったか…だが、G1タイトルは単純な努力や運だけでは覆しようのない生まれ持った才能。

 

その才能に裏付けされた実力。

 

おまけに豪運。

 

そういった物が必要だ。

 

どれか一つが欠けても獲れないし、全て揃っていても逃してしまう。

そんな矛盾を孕んでいる。

 

だから今のままではあの娘は…

 

「勝てない。」

 

そうつぶやき靴底に入れる力を強くする。

俺が走る理由。

やっぱりそれは忘れる為。

 

…貴方、ファインモーションさん以降、担当をG1バにした事がないのね?

 

ファインモーションをG1バにした担当トレーナーではなく

 

…キミは優秀だけどG1にはなかなか届かないね。

 

ファインモーションにG1トレーナーにしてもらった。

 

自他共に認めるその評価。

 

それを忘れる為だ。

 

そんな現実から逃げる為。

俺は毎日走る習慣をつけてしまった。

ファインを担当していた時にはこんな習慣なかったのに。

 

新幹線へ一人担当を押し込んで、まるで彼女から逃げる様に走る。

 

帰宅せず自分より後にトレーナーになった愛しき妻よりも、成績が悪い事から逃げる様に走る。

 

自分にG1トレーナーという栄誉をくれた、敬愛する教え子に今の自分を見せたくないから、逃げる様に走る。

 

一種の現実逃避。

間違いなく。

 

───一緒に頑張ろう?

 

ふと、彼女の声が脳裏をよぎる。

トレーニングの度にそうかけてくれた声。

アイルランド人なのに流暢な日本語。

目一杯勉強してくれたのだろう。

さっきのライブ配信。

もう何年も来日していないのにその流暢さは健全だった。

サプライズで当時の勝負服を身に纏って。

 

ファインは俺をどう思っているのだろう。

 

会いにこない俺を。

会いにいかない俺を。

妻であるシャカールは来るのに。

俺は招待を断った。

 

本当は時間を作れば会えるのに。

 

我が愛しの愛バ。

今のキミは俺にとってはとても、とっても…

 

「眩しすぎる。」

 

ふと彼女の今の姿を想像する。

忘れる為に走っているのに。

背丈は俺へと迫るくらいに高くなって。

幼さを感じた目鼻立ちもすっかり女性らしく変貌した。

顔にいささか険しさを増したけれど、それは王女としての責任感から…。

その険しさがより一層、その雰囲気を気高い物としていた。

 

「綺麗だよ今も昔も、相変わらず。」

 

そう呟いた、その時だった。

 

走る俺のすぐ後ろに人の気配を感じる。

 

ピッタリとすぐ後ろに…付かず離れず。

 

脚の振り下ろす間隔からしておそらくウマ娘。

 

少し不審に思いペースを遅くした。

 

その肉体のスペックならとうに俺を抜かす事ができる。

だが、そうはせず俺のペースに合わせて付いてきている?

 

何が目的だ?

 

俺の思考を他所に、俺との距離を詰める足音。

そして、その人物が放とんど真後ろに着いたその瞬間。

 

思わず俺は足を停めた。

 

もしかしたら背後の彼女は俺の知っている人物かもしれなかったから。

 

俺がピタリとストップしたからか、背後の人物の足音も無くなる。

 

やはり俺に用がある。

そして正体は既知の人物。

 

後ろの人物から漂うその特徴的な体臭。

 

我々とは少し違うその匂い。

 

辺り一面に漂う香り、それは昔常に俺の横にいた担当愛バの匂いと一緒だった。

 

外国人特有の濃く、濃密で、それでいて不快ではない匂い。

 

「──ファイン?」

 

そう問いかける。

ランナーが、数年前まで常に纏わりついていた、あの懐かしい残り香の持ち主であるかどうか確認する為に。

 

「申し訳ございませんが殿下ではありません。」

 

俺が振り向くよりも速く声の主は否定する。

 

「あぁ、貴女でしたか。」

 

背後に迫る影。

そこにはファインと同じ位、久方振りに会う旧友。

 

ファインの守護者であるSP隊長の姿がそこにはあった。

 

「流石ですね隊長さん。走りにくそうなスーツ姿で息の乱れた様子も無い。今からでも遅くない。ドリームトロフィー興味ないでしょうか?今から一緒に二人でてっぺんを獲りましょう。」

 

「お戯れを。…私は些か齢を取りすぎました。」

 

素っ気なく振られてしまう俺。

冗談といえど少し悲しい。

 

「ところでトレーナー様。何故、私の事を殿下だと?」

 

怪訝な顔する隊長殿。

正体を当てられなかったとはいえニアピン物。

彼女は何故俺が振り向かずその正体に見当をつけたのか不思議な様子である。

 

「失礼を承知でお話すると…」

 

「はい。」

 

「匂いですかね。」

 

俺は正直に応える事にした。

 

「は?」

 

「…後ろから外国の方独特の香りがした物で、ファインモーション殿下かと。」

 

「…そのデリカシーの無い発言。聞かなかった事にさせていただきます。」

 

俺の返答に若干顔を引きつかせる隊長さん。

 

「臭います?」

 

そして自身のスーツの袖をスンスンと嗅いだりしてみている。

 

「聞かなかった事にしたのでは?」

 

「今朝はシャワーを浴びなかった物ですから、もしやと…。」

 

「いえいえいえっ!嫌な匂いではないんですよ。むしろ良い香りといいますか…。」

 

「はぁ?セクシャルハラスメントという言葉は日本にもありますよね?」

 

「黙っときます。」

 

「…それがよろしいかと。でも臭いの違いは解ります。貴方達には自覚がないかと思いますが、我々にとっても、日本人から独特な臭いを感じます。」

 

「そんな物ですか。」

 

そう言えばと、以前海外へ行ったときの事を想い出す。

空港を降りた瞬間、その国の人々の独特な匂いに包まれた。

それと同じなのだろう。

 

「自分達とは異なる臭いを感じとる。SPには重要な技術でもあります。どうです?トレーナー様?今からSPを目指しませんか?」

 

まさかの逆スカウトを提案される。

 

「…ご冗談を。」

 

体臭を感じるとセクハラをしてしまった意趣返しにちがいなかった。

 

「自分の方からも質問よろしいでしょうか?」

 

「答えられる範囲でなら。」

 

「どうしてここに?殿下のお側を離れないのが貴女では?」

 

「それはですね…」

 

一拍置いて黒スーツの彼女は応える。

 

「招待したのに、お姿をお見受けしなかった物ですから、どうされているのかと。」

 

成る程。

彼女の心意が解った。

というか、それ以外隊長がこんな所に来る理由等ない。

 

「すみません。今の担当のレースが今日ここであった物ですから。残念ながらイベントには。」

 

「本日の話ではありません。その次の件です。」

 

「その次?」

 

何か予定等あっただろうか。

 

「はいその次です。ファインモーション殿下の主催でささやかながら懇親会を予定し、その招待状をお送りしていたのですが、予定の時刻になってもいらっしゃらないので。」

 

「すみません、そういったご招待をいただいた記憶がないのですが?どういった形で送っていただきましたか?」

 

「記憶にない?我が国大使館の職員が郵便で確かに送付いたしましたよ。勿論、奥様も含めて。」

 

「郵便で?」

 

「ええ、お二人が参加しやすいように会場は東京で…しかも完全非公開。プライベートパーティですね。」

 

───オメーはほっとくとすぐに書類貯めるからポストの管理はオレがやる。文句あっか?

 

…シャカールだ。

我家の郵便ポストの管理はシャカールがやっていて…。

シャカールが何か関係している…!?

 

「…私としてはエリザベス女王杯メモリアルイベントにご出席されないのも意外でしたが…。」

 

「すっすみません。折角お誘いいただいたのに…!今直ぐにでも!」

 

「いえ…パーティはもう終幕の時間です。それに丁度良かったのですよ。」

 

「何が?」

 

「これは私の個人的な想いだったのですが…トレーナー様。」

 

神妙な面持ちとなり言葉を続ける隊長。

 

「殿下が来日している間。トレーナー様には殿下にお会いしていただきたくないのです。どうか、何卒…」

 

少しの間を置いて。

 

「よろしくお願い申し上げます。」

 

隊長はそう言って深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

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