次回もかなり遅くなることが予想されます。すみません。
「ふむ……」
ヘスティアは他の神と慰め会という名の飲み会をすると言って出て行き、ホームには俺とベルだけが取り残されている。
さっき帰ってきた時にベルの二つ名が【
正直【絶♰影】とかに比べれば遥かにマシだ。それに俺の趣味に合っている。どうした神よ、お前らにそんなセンスがあったとは知らなかったぞ。
だがこの二つ名を聞いた途端、ベルが怒りを露わにして「抗議してきます!」とホームを飛び出そうとした時はかなり焦った。そんなに【リトル・ルーキー】は嫌だったのだろうか え、違う。そうじゃない? どういうことだってばよ。
そうこうしている間に時計は六時を指し示していた。
ソファーから腰を上げる。
「そろそろ行くか」
「はい!」
地下の隠し部屋から階段を上り、半壊した教会の外に出る。
既に空は夕焼けに染まっている。もうすぐで夜だ。
実はこれから『豊穣の女主人』でパーティがある。ベルの祝勝会と【ランクアップ】祝いを兼ねてのものだ。
二つ名のことは一旦置いて楽しむことにしよう。そう考えながら俺達は揃ってホームを後にした。
◇
「だあああああクソ! 疲れたァ!」
俺達が『豊穣の女主人』に辿り着いたときには日はすっかり沈み込み、月光が街を照らし出していた。
なぜこんなにも時間がかかったのかと言うと街中で待ち伏せしていた神々に包囲されたためである。
今回の【ランクアップ】で目を付けられることは覚悟していたが、あんなにも大っぴらに追われることになると誰が考えるだろうか。途中から苛立ちがピークに達して神殺しの禁忌に手を出しかけたほどだ。
やれ【ファミリア】に入れだの、やれ服を脱げだのと抜かしやがって。中にはベルに気持ちの悪い視線を向けた神もいたため、そいつは縄で縛りあげて路地裏に放置してきた。俺は悪くない。
「ベル様ー! コウスケ様ー! こっちですよー!」
全席に客が埋まり、店内は相変わらず繁盛を見せている。その店内の奥の方でリリがぶんぶんと手を振っていた。
準備されたテーブルにはリリの他にシルとリューもついている。仕事はどうした仕事は。今が繁忙期だぞ働け。
そんなくだらない事を考えていると隣に立つベルが軽く頭を下げていた。本当に礼儀正しい子だ。俺とは正反対である。
『あいつら……まさか【ヘスティア・ファミリア】、か?』
足早に彼女達のもとへ向かっていると複数の視線が突き刺さってきた。
賑わっていた店内の一部だけが趣の異なるざわめきを灯している。
不快、ではあるが気にするほどのものでもない。所詮はただの嫉妬、ちょっとばかし話題になったから生まれたよくある反感だ。
だがどうもベルは慣れていないらしく挙動不審になりかけている。だんだん姿勢が低くなり逃げる様にテーブルへと急いだ。
「一躍人気者になってしまいましたねベル様、コウスケ様」
「ほう。リリ、お前にはこれが好意に見えるのか。念のため回復魔法を掛けてやろう」
「いりません。名を上げた冒険者の宿命みたいなものですよ。落ち着かないかもしれませんが我慢してください」
「俺は別にいいけどベルがな……」
さっきも知らない神々に追いかけられたのだ、ベルが一番戸惑っているだろう。
けれど強くなれば自ずと顔も知れ渡る。ロキやフレイヤの派閥がそうであるように。だからこれはベルにとって避けては通れない道なのだ。時間をかけてでも慣れてもらうしかないだろう。
「ふふ、じゃあお二人もいらっしゃったことですし、始めましょうか」
「あの、シルさん達はお店の方は……?」
「私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんからの伝言です。後は金を使えと」
リューの落ち着いた声に頬が引き攣る。
今、あまり手持ちが多くないんです。あの白色蜥蜴のせいで買い替えたばかりのローブはボロボロに、鞘に至っては歪んで使い物にならなくなってしまった。ワイバーンの魔石も砕いてしまったため戦利品はドロップアイテムの白鱗のみ。せっかく冒険を乗り越えて【ランクアップ】を果たすことが出来たのに大赤字だ。もう二度と戦いたくない。だって旨みがないんだもの。
とはいえミアにそう言われてしまうと俺としてはなにも抵抗できない。ダンジョンにもぐって稼ぐ計画を立てつつ、俺達は乾杯と運ばれてきたそれぞれのグラスをぶつけ合った。
「タチバナさんは
「ええ。俺の生まれ育った故郷では『お酒は二十歳になってから』と決められてたので、習慣ですね。そういうリューさんこそそれ水じゃないですか」
「一応まだ業務中ですので」
運ばれてくる料理を摘まみながらリューの持つグラスに目を向ける。
シルは果実酒、リリは俺と同じジュース。ベルはお酒に挑戦すると言ってエールを注文した。
止めた方が良いのかとも考えたが、ここが日本ではない以上ベルに俺の価値観を強制させていい道理はない。それに何事も経験だ。未知に挑んでこその冒険者だろう知らんけど。
「ですが、本当におめでとうございます。よもや本当に【ランクアップ】を成し遂げるとは……」
「リューさんのおかげですよ。あの一週間がなければ正直厳しかったと思います」
それほどまでにあの白いワイバーンは異常だった。
ルームの広さの影響で空を飛びはしなかったものの、その
極めつけはあの耐久力。神が鍛え、担い手と共に成長する『
最後は全
実は
「謙遜しなくていい。クラネルさんはLv.2にカテゴライズされるモンスターの中でも上位に位置するミノタウロスを、タチバナさんは竜種であるワイバーンをそれぞれ単独で打ち倒した。これは壮挙と言うべきです。もっと誇りなさい」
「はい……」
今のは褒められたのだろうか。叱られたような気がしないでもないがよくわからん。とりあえずポジティブに受け取っておこう。
「リリは心配で心配で堪りませんでしたけど。何度この胸が張り裂けそうになったことか……」
「はは、ウッソだぁー」
「嘘とは何ですか嘘とは!」
リリの手が伸びてきて頬を摘まみ上げられる。ちょっと痛い痛い、捻りを加えるのは反則だって。
「でもミノタウロスと戦ってたときのベルは格好よかったよな?」
「それは勿論です。凛々しく怪物に立ち向かうさまはまさに物語に出てくる英雄の様でした」
「ちょっ! コウスケさん、リリまでっ……」
「へぇ! 私も見てみたかったです!」
「シルさん!?」
顔を真っ赤に染めて慌てるベルに笑いがこぼれる。
ベルは照れ隠しにお酒を呷ると予想以上に苦かったのか盛大に顔を顰め、それを見て今度は大声で笑った。
「クラネルさん、今後はどうするのですか?」
「?」
「貴方達の動向が、私はいささか気になっています」
表情を一切変えずリューが問いかける。
彼女の質問に対してベルは少し考える素振りを見せてから答えた。
「えーと、取りあえず明日はコウスケさんと一緒に装備品を揃えに行こうと思っています。防具とか一杯壊れちゃったんで」
「リリは別件で来られないんだっけ?」
「はい。下宿先の仕事が立て込んでしまって……」
リリが申し訳なさそうに体を縮める。用事があるのであれば仕方がない。別にダンジョン探索に行くわけでもないのだ。
「では、その後は?」
「え?」
「装備を整えた後、どうするつもりなのか、そう聞いています」
「どういう……意味ですか?」
「そうですね、端的に聞きましょう。タチバナさんとクラネルさん、そしてアーデさん、貴方達はダンジョン探索を再開させる際、すぐに『中層』へ向かうつもりですか?」
「まず11階層辺りで今の身体の調子を確かめようと思ってます。ズレを調整しておかないといざという時に怖い」
「それが賢明でしょう」
「その上でパーティメンバーをもう一人、欲を言えば前衛が欲しいとは考えてます」
ベルとリリがポカンと口を開けている。
ダンジョン探索における基本である
前衛が攻撃を仕掛ける際に中衛は敵の反撃に備えて守備、時には前衛の補助を務め、後衛は長距離からの支援攻撃、あるいは傷ついた前線二人の回復役に徹する。
今のパーティだと前衛がベル、中衛が俺、後衛がリリになる。あるいは俺とリリの位置を交換する手もあるが、全体的にバランスが悪い事に変わりはない。
「中層からはモンスターの数が変わってくる。もう一人前で戦える人がいればベル達の負担も多少は軽減すると思う」
「で、でも仲間に加わってくれそうな人なんて……」
「そこはベルの『幸運』に期待かな」
これ以上欲を言っていいのならリューが仲間に加わってくれると助かる。だが彼女も訳アリなため頼むつもりはない。
「はっはっ、パーティのことでお困りかあ!?」
突然の大声に顔を顰める。
見ると別のテーブルについている客の一人が酒をあおりながら声を張り上げていた。
そのお客───冒険者の男は仲間を引き連れてこちらのテーブルまでやってくる。うへぇ、酒臭い。
「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ? なんなら、俺達のパーティにてめえらを入れてやろうか?」
「えっ!?」
ベルが驚いたような声を上げる。
こら、反応するんじゃない。こういう時は無視するのが一番なんだぞ。
「ど、どういうことですかっ?」
「どうもこうも、助け合いってやつだ助け合い~ぃ。それに今、話題かっさらってるお前さんらなら、俺達のパーティに入れても構わねえしなぁ!」
なにをバカなことを。俺達のパーティに入れてやることはあっても俺らが入るなんてことはない。リーダーはベル以外に認めません。英雄たるものやはりトップでなければならないのだ。
けれど一番可哀想なのはこの冒険者を背後にしているリューだ。顔色一つ変えていないのは慣れているからだろうか。心の底から同情する。
「ん……なんでこれだけ焦げてるんだ……?」
「あ、それリューが作ったんですよ? 珍しくミアお母さんにお願いして厨房に立たせて欲しいって」
「シ、シル!」
「……厨房に立つなって言いませんでしたっけ」
皿に盛られた鯛に似たナニカの焼き魚。というより焼きすぎた魚だ。もとは白身だったのだろうが見事に炭化している。どうしてこれを客に出せると思ったのだ『豊穣の女主人』。
それとシルさん、他人事みたいに言ってるけどあんたも人のこと笑えないからな。レシピ通りに作ればいいのに何故アレンジを加えようとする。そのチャレンジ精神は見事だがせめて味見はして欲しい。
だがどうやら除け者にされたのが気にくわなかったらしく、冒険者の男たちは酒で朱がさした顔をさらに赤くして声を荒げた。
「おいおい、俺達がお前らを中層に連れてってやるっつってんだろぉが! ああ!? 無視してんじゃねぇぞゴラ!」
「え? いやだって食事中だし……今回は縁がなかったということで」
なんだこれ。肉野菜炒めに見たことのない果物が入ってる。………あ、美味い。後でこれの正体聞いてこよう。
「ベルこっちも食ってみ? 変わった味付けで美味しいぞ」
「え、あ、あの……」
「───無視してんじゃねぇって言ってんだろクソガキッ!!」
ドンッ、と鈍い音を立てて俺の座っていた椅子が蹴り飛ばされる。
咄嗟に立ち上がったため怪我はないが、今ので店中の視線が一気に集まってしまった。
……それと同時に店員さん方の冷たい視線も向けられてきたため背筋に悪寒が走るが、真っ赤に染まった顔に青筋を浮かべる冒険者はその視線に気づいていないらしい。
こらベル、ステイ、ステイッ。どうして『ヘスティア・ナイフ』を取り出した? ていうか宴会の場に武器なんて持ってくるんじゃありません。ステイッ。
「てめぇが【
「ベ、ベル様落ち着いてっ、座っていてください!」
なぜかベルが俺以上に怒り、それをリリが諫めている。良い弟分を持って僕ァ幸せ者だよ。
だが二つ名をバカにされるとは思わなかった。何がダメなんだ。無難で良い二つ名じゃないか。
この男たちについてどう対処したものかと考える。手を出して喧嘩になってしまうとミアさんが恐い。ぶっちゃけそれだけが理由で俺は大人しくしているのだ。
だが。
「───結構です。貴方達の手は、彼等に必要ない」
と、今まで黙っていたリューが口を開いた。
「……おぉ? 何でだい、妖精さんよぉ? 俺達じゃあソイツのお守を務まらないかい?」
「ええ、だから帰りなさい」
「おいっ、聞いたかぁ! ぽっと出の
男たちの哄笑が店内に響く。
俺はお構いなしに蹴り飛ばされた椅子を拾って席に戻した。
「なあ嬢ちゃん、そんなに俺達は頼りねえかい。そこのカスみたいなクソガキよりよぉ?」
誰がカスだこら。ガキなのは認めるがカスではねえよ。
そんな思いは露知らず、一歩近づいた冒険者の男は自分の左手をリューの肩に置こうとした。
「触れるな」
そこからの動きは一瞬だった。
飲みかけのエールが入ったジョッキを掴み取り、右肩に担ぐかのように後ろへ振った。
次の瞬間、ガポッと。
肩に触れかけていた手が見事容器の中に収まり、リューはそのまま立ち上がる動きと並行してジョッキを捻りあげた。
「いっ、でででででででででででででででぇぇっ!?」
あーあー。
腕をとんでもない角度に曲げられ、男が悲鳴を上げる。見ているだけでこちらが痛くなりそうな光景だった。
「いえ、すまない。これは我儘で、独善的な感情のようだ。私は彼等に、貴方達とパーティを組んでほしくない」
あーあーあー。
容赦なく追撃を加えるリューの様子には息を呑むばかりだ。なんだろうね、逆に申し訳なく思えて来る。
「そして蔑むことも許せない。彼は私の友人だ」
リューの瞳がこちらを向いた。
ほう? つまりあなたは友人の腕を折り、あまつさえボコボコにしたと。そういうことですかリューさん。いまだに俺の中ではトラウマなんですけど。
「て、てめえぇ!?」
「このアマッ!」
「何しやがる!?」
リューの言葉にいまいち感動できないでいる中、激高した男たちが彼女に襲い掛かる。
この先は教育に悪いと思いベルの目を手で覆い隠した瞬間、ガツンッ! と鈍い音が彼等の後頭部に炸裂した。
「「はゲっ!?」」
男の仲間が地面に叩きつけられる。
愕然と硬直する男の背後で、二人のキャットピープルが半壊した椅子を肩に担いでいた。
「ニュフフ、後頭部がお留守にニャっていますよ、ニャ」
「男ってーのは本当にめんど臭いニャー」
Lv.2の冒険者を一撃で降したクロエとアーニャ。うちの子に悪影響なんでこういうことは控えて欲しいのだが。言っても無駄なため言わないけど。
周囲からも『あーあ、やっちまった』という声が聞こえてくる。他の客もこの展開を分かっていたのか笑っている者が多数だ。
「……なっ、何なんだってめえ等はぁぁぁぁ!?」
男が腰に手を伸ばし、短剣を抜いた。
動揺している冒険者の男はいつその武器を振り回し出すかもわからない。
けれどそれを見た『豊穣の女主人』の店員達は、一斉に目を細めた。
「……ッ!」
ぞっ、と重圧が増す。
直接向けられているわけでもないのにまるで生命を脅かされているかのような重さだ。
冒険者の男が凄惨な結末を迎えるだろう、そう考えた次の瞬間。
「騒ぎをおこしたいなら外でやりな! ココは飯を食べて酒を飲む場所だよ!!」
細長いテーブルを叩き割り、握り拳を床に陥没させたミアが怒鳴りあげた。
その様子にクロエとアーニャだけでなくルノア達までも怯えだす。
静まり返る店内で巨身のドワーフから目を逸らした店員一同は、こそこそと自分達の仕事へと戻り始める。
ミアは最後に、青い顔をして立ち尽くしている冒険者を真正面から見据えた。
「で、そこのアホンダラ。そこに転がってる馬鹿どもを連れてさっさと行っちまいな。もし今度面倒を起こしたら───この店の下に埋めるからね」
それは流石に不味いっすよミア母さん。
実際に埋められる様子を想像してしまい悪寒が走る傍らで、男は一言も喋れないまま顔を上下に振った。
仲間を抱え込んで足をもつれさせながら出口へと急ぐ。
「アホタレエェッ、金は払っていくんだよぉ!!」
「は、はいぃぃっ!?」
ミアの怒号に殴り付けられ、男は有り金を床の上に放置していく。
Lv.2のパーティが成す術なく裸足で逃げ出していく酒場。ある意味では安全なのだろうがやっぱり怖い。
「あの、コウスケさん。なにも見えないです……」
「………あ、ごめん。忘れてた」