AVENGERS:Eyes of Nunnish 作:とむじん
ヤン・ジシュカがおもしれー男過ぎて早く実装してく欲しい。
《オーストリア・ウィーン州》
──国際連合ウィーン事務局。ソコヴィア協定の署名式を目前としたこの場所には各国政府の重役が次々と到着し、建物を取り囲む数多くのメディア取材班がフラッシュを焚く中、ロマノフは表情を抑えたままホールへと入室した。
一瞬、場の会話が途切れる。好奇心、嫌悪感、値踏み。様々な感情を乗せた視線が突き刺さり、ウンザリとしながらも感情をおくびにも出さずに通路を歩く。
ふと、通路を遮るように一人の男が立ち塞がった。
「貴方がナターシャ・ロマノフか」
「……ティ・チャラ王子」
「このような場は得意ではないと思っていた」
公の場にそぐわないラフな言葉で会話を始めたのは、ワカンダ王国の王子ティ・チャラ。気安いが、軽薄さを感じさせない不思議な雰囲気は王族としてのものだろう。
「本日は、お父様の付き添いで?」
「ああ。こういうのは苦手なんだが、たまには外交に出ろと言われてな。かのキャプテン・アメリカに会えるかもしれないと思っていたんだが……」
残念そうに眉を寄せるティ・チャラ。それが本心なのか演技なのか、潜入任務を数多く行ってきたロマノフでも読み取りがたい。苦手であろうと必要なことは修得しているあたり、その気安さすら利用しているのだろう。
「彼のことは、私も残念に思っています」
「まぁ、友好国からの使者も来る予定だ。そちらを楽しみにしておこう」
「それは……伺っても?」
「構わないが──いや、話すまでもなさそうだ」
ティ・チャラの視線の先、開かれた会場の入り口から参加者が入場すると同時に、見惚れたように静まり返った。パンプスの踵が階段を叩く音だけが響き渡る。
「凝光殿」
「──あら、ティ・チャラ王子。お久しぶりね、息災かしら」
「ええ、怪我や病一つなく」
空間に満ちていた緊張感がふわりと霧散する。凝光と呼ばれた女性がティ・チャラと気安く握手を交わしているあたり、何かしらの交流があるのだろう。
ロマノフ自身、ここ数年で新規に発足、国連に承認された国の重鎮とワカンダの王子に面識があったことに目を瞬かせていた。
「貴方がナターシャ・ロマノフさんね。私は凝光。八面六臂の活躍は聞いているわ」
「こちらこそお噂はかねがね。私など他のメンバーに比べれば微々たるものです」
「あら、違ったかしら。アベンジャーズの精神的支柱は貴方だと思っていたのだけれど。我の強い彼らの中心で折衝を続けられるのは優秀だわ、ウチに欲しいくらい」
「……過分な評価、痛み入ります」
冷や汗が首筋を伝う。少なからず仲を取り成してきた自負のあるロマノフの自己評価を、初対面で測り、正確に分析されたことに。
そんなロマノフを尻目に、ティ・チャラが一歩前に出る。鋭く細められた瞳が醸す威圧感は、王たる者が持つに相応しい威厳となって出力された。
「凝光殿、私が本日この場に脚を運んだのは、貴国に伺いたいことがあったからです」
「言ってくれれば公式の場を用意したのに。ワカンダ国になら、郡玉閣の門戸は開いてもいいのよ?」
「いえ、畏まった場で話すにはいささか重過ぎますので。…………
「──へぇ」
すうっ、と。凝光の目が蛇のように細くなる。袖の中から金箔で装飾された扇子を取り出し、口元を覆うように広げられた。愉しそうに上がった口角を隠すためだ。
ティ・チャラからは見えないだろうが、ロマノフの立ち位置からは吊り上がった口角がわずかに見えてしまう。
女傑とは彼女のような者をいうのだろう。ロマノフの背筋がぞわりと震え、思わず半歩ほど下がってしまった。臆した、と言い換えてもいい。これまで見てきた権力者の誰よりも恐ろしく、鋭利な雰囲気だ。
「気付いたのは貴方?」
「いえ、妹のシュリが」
「なるほど確かに、彼女ならヴィブラニウムを見つけられたのも頷けるわね」
上品な声でくすくすと笑う。嘲笑うような粘っこい音ではなく、まるでゲームを楽しむ子供のような声だ。対してティ・チャラは怒りを抱くでもなく、ただ真っ直ぐに凝光を見据えている。
「貴国とワカンダは友好国だ。疑いたくはないが万が一、我が国の資源に無断で手をつけたのならば、相応の対応をしなければならない」
「ふむ。ちなみに、貴方の見解を聞いても?」
「…………ヴィブラニウムは我が国の特産だ。過去に盗み出された鉱石が武器商人の手によって巡り、貴国へ流れ着いたものだと考えている。錦木千束の心臓を抉り出すつもりはないが、雲隠れした資源の回収は国の使命だ。必ず入手経路を明らかにしなければならない」
「優しいのね、ティ・チャラ王子──でも残念」
ぱちり、と扇子を閉じる。いつの間にか凝光は教える者としての表情を浮かべていた。
「ヴィブラニウムは地球の外から飛来した隕石に含まれていた稀少な鉱物である。それは、貴方も知っているでしょう」
「……だからこそ、この惑星において唯一の特産国であるワカンダが厳重に管理している」
「間違いはそこ。隕石が飛来したのはワカンダだけじゃない。ワカンダ以外にも同様の隕石が落下していたからこそ、我々は交易によって入手できたのよ」
「──な、に?」
動揺でティ・チャラの瞳が揺れる。凝光から与えられた情報、それはワカンダの常識を覆し得るものだ。ここまで小声で話しており、周囲の出席者も遠巻きに見ているために問題にはならないが、この情報が漏れてしまえば世界におけるワカンダの立ち位置が揺らぎかねない。
同席していたロマノフも驚きで声が出なかった。持っているだけで脅威足り得る鉱石の産地が新しく発覚したのだから。しかもその場所が不明であることそのものが不確定要素となっている。アベンジャーズとして、到底見過ごせるものではない。
「あれほどの鉱石だもの。独占していれば他国との優位性も取れる上、それを管理している自分達は優れていると心に余裕を持てる。だからかしら、『これほど素晴らしい鉱石はワカンダ唯一の物だ』なんて思い込んでしまったのね」
「まさか…………いや、今はいい。その国を、我らに紹介して戴くことは可能だろうか」
「教えても構わないけれど──」
流石、次期国王の第一候補と言うべきか。胸中から広がる動揺を無理矢理飲み込み、知るべき情報を尋ねる。並の人間であれば感情的になる所を抑え込み、少なくとも表向きは冷静に振る舞っていた。
彼の幼い頃を知っている凝光は成長したその姿に嬉しく思いながらも、室内に設置されているスピーカーから会議の開始が合図されたことで、この場での会話を打ち切った。
「続きは、会議が終了してからにしましょうか」
集まった各々が指定された座席へと座り始めており、ティ・チャラは諦めたように会釈をしてから自らの座席へと向かう。
「…………私もこれで、失礼します」
「ええ、今度は我が国へ招待するわね」
そしてロマノフは肝心要な部分を聞くことができず、心にもやもやとした感覚が残ったまま、軽くお辞儀をしてから座席へと歩を進めるのだった。
★
「さて、と。準備は万端、細工は流々、後は仕上げを
国際連合ウィーン事務局、その会場では今まさに『ソコヴィア協定』に関わる会議が行われていた。建物を見上げながら、男が一人ごちる。
フードで顔を隠してはいるが、
「ああ、臭うなぁ。正義の名の元に舞う硝煙の臭い。自分が正しいと信じて疑わない盲信の炎で焼ける臭いだぁ」
大きく息を吸い込み、吐き出す。取り繕って表情を消し、わざとフードを甘く被って監視カメラに撮らせる。これで第一フェーズは完了だ。
ポケットに用意していた起爆スイッチを手に取る。中に入れたまま弄び、親指でボタンを軽く触れた。そしてそのままゆっくりと会場を後にする。
警備を行っている警察犬が何かを発見し、激しく吠え出したが……もう遅い。
「作戦開始、と洒落込もうか」
ポチリと玩具のような軽い音を立てながらボタンを押し込んだ瞬間、会場横に停められていた警備車両の車体が爆ぜ、空へと炎の柱を立ち上らせた。
★
爆音、衝撃、砕け散る窓ガラス。会議場の参加者は反射的に頭を抱えて姿勢を低くするも、降り注ぐガラス片は容赦なく晒されていた肌を切り裂いていく。
濛々と舞う黒い煙が天井を覆い、辺りに充満していく中、爆発の瞬間にティ・チャラは壇上でスピーチを行っていた父ティ・チャカ国王を床へと押し倒し、破片を一身に浴びていた。
「ぅ……なに、が……」
辺り一帯が静まり返っていた。ゆっくりと体を起こしながら、背中のガラス片を払い、ティ・チャカ国王の状態を見る。気を失っているようだが、命に別状は無さそうだ。
続いて自身の体を確認すると、多少の切り傷はあるが動作に支障はない。耳鳴りが残ってはいるがその程度であり、同時に違和感に気が付く。あれほどの爆音が響いたにしては、その身に受けた衝撃が小さく、思ったよりも体へのダメージが少ない。
顔を上げて、爆発した場所へと視線を向ける。壇上の背景となっていた大きな窓ガラスは砕け、接触していた天井や床も大きく抉り取られている。
しかし、そこまでだ。煤によって黒ずんだ場所が不自然に途切れていた。熱で溶けたガラスや石片が放射状に散らばっている中で、中央のみが壁に遮られたかのように一直線の山となって崩れている。
「あら、気が付いたのね」
その中心で、無傷のまま立っている凝光の姿。視線だけは爆発が起こった外へと向けられたまま、警戒を解かず、しかし悟られないよう扇子を広げて表情を隠している。
「これは、凝光殿が……?」
「ギリギリだったけれど、死者が出なかったのは幸いだったわ。外に待機していたウチの治癒師へ連絡を取ったから、直に救急隊も来るはずよ」
直後、会場の外から人がなだれ込んできた。的確な指示の元、爆心地に近く、怪我の深い者から担架に乗せられて外へと運ばれていく。一歩遅れて、救急車のサイレンが響いてきた。
この状況で爆発を察知して防いだ上、外部に助けを求める余裕すらあったことに戦慄する。その実力に対して本能的な尊敬と、深い感謝の念が心に発生し、一瞬、無意識のうちに呼吸が止まってきた事に気付いた。
「……助けられましたね」
「今、貴方達に死なれては困るもの。こちらも打算があるのだから、気にすることではないわ」
「それでも、です。お陰で父を喪わずに済んだ。心よりの感謝を──」
「結構よ」
深く頭を垂れ、ワカンダにおける最敬礼を凝光へと贈るも、あっさりと断られる。思わず顔を上げると、困ったように眉尻を下げた彼女が眉間を押さえてため息を吐いていた。
「それより、この惨状を立て直すの手伝ってくれない?」
「……ええ、勿論」
先程までの毅然とした姿からは想像できないギャップ。それがなんだか可笑しくて、ティ・チャラは苦笑しながらも即答するのだった。
★
「はっはははは! いやぁ、アレを防がれるとは思わなかった! 確かあの女、凝光っつったか。ボディーガードを連れずに会場へ入ったかと思えば、そんなもん要らないって? やっぱあの国の連中、ふざけてんなぁ」
会場から離れた路地裏で、真島は腹を抱えて笑い転げていた。爆発した一瞬、屏風のようなものが爆風や破片の勢いを殺しているところが見えていたのだ。
そして聴こえた、自然にはあり得ない異音。屏風が見えた瞬間、同じ場所から突然発生した音は、確かに耳へと届いていた。
「あんなのが一つの国に集まってるなんて、バランスが悪いのなんの。もう少し付け入る隙があれば良かったんだが、手強いったらありゃしねぇ」
呼吸を整え、被っていたマスクを脱ぎ捨てる。中から現れたのは手の加えられていない緑色の髪。バーンズとは似ても似つかないアジア系の顔をした男だ。
捨てたマスクへと火のついたライターを放り投げ、証拠ごと灰へと変えて消し去る。その慣れた手付きから荒事に長けた人物であることが伺える。
──彼の名前は真島。単独で国際指名手配をされているテロリストであり、あらゆる国で破壊活動を行ってきた集団を纏めるリーダー。
「ま、今の俺はサポーターだからな。観察に専念させてもらうとも。精々、足元に気を付けるんだな、
用意した切り札のことを考えながら、真島はその場を後にするのだった。
★☆★
《アメリカ合衆国・ホテル内併設カフェ》
『──ウィーンで起こった爆破テロについて、速報が入りました。容疑者はジェームズ・ブキャナン・バーンズ。通称ウインター・ソルジャーと呼ばれる──』
かつての愛した女性を見送り、心を整理する間もなく店内のテレビモニターから知らされたのは、ワシントンD.C.において再開した親友がテロリズムを起こしたとの情報だった。
ロス長官より知らされたソコヴィア協定の締結。シャロン・カーターより知らされた愛した女性の訃報。その上、重なるように起こる目を逸らしたくなる現実に、ロジャースの脳内は僅かに空白となった。
「──テン、キャプテン!」
肩を揺さぶられ、聞こえてくるウィルソンの声に意識が戻る。視線を向ければ、心配そうに顔を覗いてくるウィルソンとカーターの二人。
「……大丈夫?」
「……ああ、すまない」
カーターの心配する声が聞こえ、ロジャースの心を冷静にさせた。止まっていた思考が巡り出す。
そもそもの話、散々探し回って見つからなかったバーンズが、何故今になって姿を表したのか、それもある。ただそれよりも、あんな手紙を寄越した彼が起こした行動とは、とてもじゃないが思えなかった。
「あれは……バッキーじゃない」
「なに?」
「ワシントンD.C.の一件の後、バッキーから僕宛に手紙が届いてる。少なくとも正気を保った文章だったし、今となっては僕と彼しか知らない過去の話も書かれていた。サム、君には話していただろう」
「確かにそうだが……」
見せられた手紙に宛名は無かった。バーンズの名も無く、手書きでなくタイプライターで記載された文字はわずかにインクが滲み、操られていた時の記憶が鮮明に残っていることや、後悔の念に苛まれていることが見て取れた。
だが、ウィルソンはワシントンD.C.で対面したバーンズの姿しか知らないのだ。あの冷たい殺人ロボットのような姿を見てしまえば、手紙の主とイメージがまるで合わないため、猜疑心が生まれてしまうのも無理はない。
「何より、何故このタイミングで報道されたのかが気になる。これまで僕や、各国の機関が探しても見つけられなかったのに」
「それは……そうね。とはいえ、情報が少なすぎる。このままじゃソコヴィア協定に基づいてロス長官が動くわ。事実を確認するとしても、先に彼を見つけ出さないと……」
「──場所なら分かるけど」
眉を寄せて手段を模索していた時、突然後ろから声が聞こえた。三人同時に振り替えれば、バットを片手にフラペチーノを飲む星がいる。
ニューヨーク付近にある孤児院からはそれなりに距離があるこの場所に、
「星、お前なんでここに……」
「藤乃にお使いを頼まれたから。はいこれ、ミスター・バーンズの居場所」
ウィルソンにメモ用紙を押し付け、ガタイの良い男が二人と鍛えたエージェントが並んでいるためやたら狭く感じるカウンターへと隙間を縫って腰掛ける。
ストローを咥えてジュッと飲料を飲む星に、ロジャースは眉間を押さえて揉み込む。
「……色々聞きたいことがあるんだが」
「まぁそれは道中で。銀河打者の私が直々に案内役を兼ねてるから、行くなら急いで準備してね」
「銀河、なに……?」
「……あ、それと藤乃から伝言があったんだった」
カーターの問いに答えることなく、あっけらかんと似ても似つかない声真似を披露した。
「『今回は私も動くことになります』──って」
★
《アメリカ合衆国・アベンジャーズコンパウンド》
同時刻。けたたましく鳴る端末の通知音に眉をひそめて手に取ってみれば、先日まで耳の痛い話をくどくどと口から溢していたロス長官からの問い合わせだった。長引かせても面倒であるため、スタークはため息を吐いてから受話器のマークをタップして応答する。
「はい、こちらスターク」
『出るのが遅いぞスターク。……ニュースは見たな。送った座標を確認次第、至急バーンズを捕えろ。生死は問わんが、可能な限り生かせ』
簡潔な指示。ソコヴィア協定が議案として挙げられた時からワシントンD.C.の件でロジャースの親友とやらが関わってくることは予想はしていたが、まさかこんなに早く姿を表すとは思っていなかった。
それもウィーンの事務局を爆破するなど正気の沙汰ではない。当時の報告通りであれば、洗脳によって操られている可能性があるとの話だが、この場で判断できることでもない。
「ローディを向かわせます。僕もすぐにそちらへ」
『お前はベルリンの対策本部に来い。……今回の件、間違いなくロジャースが邪魔をしてくるはずだ』
だろうなとスタークは内心でごちる。問答無用で制圧・拘束を目的とする行動にヤツは反発するだろう。他でもない100年前からの親友となれば、その感情はひとしおだ。
「ええ、分かっています。ただ、説得するチャンスを頂けませんか。それなりに長い期間、肩を並べてきたものでしてね。対話をせずに取り押さえるのは心苦しいのですよ」
『……一度だけだ、それ以上はない。その上で反抗する場合、バーンズと同じ扱いになると覚えておけ』
「勿論。では、失礼します」
声色だけは取り繕って通話を終了した。辟易とした感情が胸中に広がるが、協定に賛成したのはスターク自身の意思。それが正しいことだと思っているし、必要なことはなんでもするつもりだ。
フォーマルな衣服に着替えて格納庫へ向かう。アイアンマンスーツを着ていくことはできないため、それを格納したヘリコプターを使用しようと扉を開いたと同時に、半透明となったヴィジョンが壁を抜けて現れたことで肩をびくりと跳ねさせる。
「うおっ……! お、驚かすな」
「すみません、千束が貴方に話があるとのことで探していたのです」
「千束が?」
ヴィジョンが視線で誘導した先に、息を切らして駆け寄ってくる千束の姿。孤児院に戻った浅上藤乃達と別れ、唯一コンパウンドに残った彼女は、眉間にシワを寄せながらソコヴィア協定にサインをするか否かを悩んでいた。
そんな彼女が、このタイミングで話があると言うのであれば内容に予想はつく。
「トニーさん、私も一緒に──」
「ダメだ。君を連れていくことはできない」
「っ、なん、で……!」
言葉を遮るように拒否の意思を告げれば、声を荒げて詰め寄ってくる。瞳が、声が揺れ、焦りと動揺からくる痛々しさが見て取れる。
「君がまだ迷っているからだ」
スタークの言葉に千束は言い返すことができず、はくはくと口を開閉した後、悔しそうに唇を噛む。図星なのだろう。だが納得はしていない。
だからこそ、スタークは敢えて言葉にする。
「君の実力は知っているし、恩もある。何もなければ同行させても良かった。だが、協定にサインするか、それとも浅上藤乃の元に戻るのか、意思が揺れている今の君を連れていくことはできない」
「っ……!」
「ロス長官も、浅上藤乃の関係者である君に目をつけている。迂闊に連れ出せば、不利益を被るのは君なんだ。分かってくれ」
「…………はい」
俯いて拳を握り締める千束。理屈では理解できても、感情が追い付いていないのだろう。だからこそ、スタークはわざと千束を案じる言葉を使った。断れないと理解していたからだ。
罪悪感にやりきれない感情を自覚しながらも、スタークは待機していたヴィジョンへと視線を向ける。
「ヴィジョン、バーンズが現れたと長官から連絡があった。少し出てくる」
「かしこまりました」
「双子の、特に弟の方が感情的に行動しないよう見ていてくれ、頼んだぞ」
「はい、しばらくはコンパウンド内に留まるよう説得いたします」
ヴィジョンの肩を軽く叩いて、スタークはヘリコプターへと乗り込む。軽やかに回転するプロペラとは対称的に、自身の心の内は重苦しいものがゆらゆらと渦巻いていた。
★☆★
《■■■■■》
とある小さな雑居ビル。その2階フロアの一室に設置された電話機から規則的な着信音が鳴り響く。黒く艶やかな椅子に深く座り込んだ少女は、ゆるりとした動きで受話器を手に取った。
「──はい。こちら便利屋68、陸八魔です」
『ヴァイオレット・エヴァーガーデンからの紹介で連絡をさせてもらった。頼る場所が他に無くてな』
聞こえてきたのは、重く低い男性の声。張り詰めた様子から焦りと緊張の感情を感じ取れる。
「あら、それは丁重に対応しなくてはいけないわね。お名前と、要件を伺えるかしら?」
『ジェームズ・ブキャナン・バーンズ。身を隠す助けを頼みたい』
名前を聞いて、どこかで聞いたような引っ掛かりを覚える。脳内で反芻し、手元に置いてあった新聞紙を捲って思い至った。
ウィンター・ソルジャー。ヒドラの殺し屋で、あらゆる国において要人の殺害を繰り返してきた男。カヨコの集めた情報では少し前にワシントンD.C.で目撃された後、姿を眩ましたと聞いていたが……。
「今朝のニュースで偶然聞いた名前ね。有名人じゃない」
『……信じて貰えないかもしれないが、ウィーンで起こったテロに俺は荷担していない』
「でしょうね。ヴァイオレットは人を見る目があるもの。この状況で助けを求めるあたり、誰かに顔を利用されたってところかしら」
『ああ。だが正直なところ、俺も状況を把握しきれている訳じゃない。俺を利用しようとしたヤツがいるのなら、その目的を知る為にも今は捕まるわけにいかないだけだ』
「なるほど」
背もたれに体を預け、天井を見ながら考える。内容だけを見れば危険極まりない依頼だ。世界的なニュースになっているあたり、各国は全力で特殊部隊を投入するだろう。依頼料すら払われるのかも怪しいところだ。
けれど……ヴァイオレットの紹介なのだ。昔、便利屋68は彼女に助けられた借りがある。返す必要はないと言われたが、それは出来ないと置いてきたのが名刺だった。であるのなら無碍にはできない。
「その依頼を受けましょう。落ち合う場所と時間、それと符牒を決めたら急ぎそちらに向かうわ」
『いいのか? 俺が言うのもなんだが厄介事でしかないだろう。今回の件、間違いなく国連が絡んでくる。目をつけられれば追われる身になるぞ』
「依頼主が心配することじゃないわね。でも気にする必要ないわ。信頼する友人からの紹介に応えたいだけだもの。貴方は、依頼達成報酬の支払いだけを心配していなさい」
『……感謝する。言い値で払うと誓おう』
細かなやりとりを交わし、電話を切る。もう後戻りはできない。それは一度受けた依頼は最後までやり通すと定めた自身の信条によるものだ。
時間もない。出発の準備を始めようと立ち上がると、ソファーに寝転がっていたムツキが楽しそうに、反対側のソファーで資料を整理していたカヨコがジト目で、掃除をしていたハルカが手を止めて反応を示す。
「アルちゃん、また変な依頼を受けたの?」
「社長……ヴァイオレットの紹介なのは分かるけど、もう少し考えて受けて欲しいかな」
「いいじゃない。ヴァイオレットには大きな借りがあるんだもの。ここで少しでも返しておきたいのよ」
「あ、アル様の命令なら、例え国が相手でも戦います……!」
「ハルカ、あんまり社長を甘やかさないで」
とは言いつつも、しっかりサポートをしてくれるカヨコ。あえて反対側の立場で意見を言うことで便利屋68を守ろうとしてくれているあたり、優しい子であることが分かる。
からかってくるムツキも、尊敬の矢印を向けてくるハルカもいる。であれば、これくらいの依頼は難なくこなせるというものだ。
彼女たちを見渡して、陸八魔アルはいつものように宣言した。
「便利屋68、仕事の時間よ!」
【凝光(MCU)】
・出典『原神』
・庭園において外交を任されており、国連に加入した際の顔役として各国に認知されている。
・庭園発足時から在籍しており、本来であれば財務関係の仕事に就きたかったが、人手が足りずやむ無く外交担当となった。後継が育ってきたので、今の任期が終わる頃には異動を希望する予定。
・過去、様々な国と関わる中でティ・チャラと面識を持った。
【陸八魔アル(MCU)】
【浅黄ムツキ(MCU)】
【鬼方カヨコ(MCU)】
【伊草ハルカ(MCU)】
・出典『ブルーアーカイブ』
・便利屋68としてあらゆる依頼をこなしている。
・かつて金欠で倒れていたところをヴァイオレットに助けられ、彼女の仕事を手伝いながら居候をしていた時期がある。以降、頭が上がらない。