将来を担う優秀な精霊術師の育成を目的として創設された国立アクロス精霊学院。

そこに神授の世代と呼ばれる天才たちが入学して来ることで物語は始まる。

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第1話

 

 

 

 

 桜が満開に咲き誇る出会いと別れの時期。

 ここ、国立アクロス精霊学院も新たな学徒たちを迎え入れようとしていた。

 

「続いて新入生代表挨拶、セレスティア・ヴィントベルグさん」

「――はい」

 

 司会進行を務めている生徒会長補佐に名を呼ばれた少女は、ゆっくりと前の舞台へと進んで行く。

 少女は鮮やかな金髪の艶のある髪に透き通るような蒼玉(せいぎょく)の瞳、そして非常に整った神の造形物とも言える顔立ちであり、新入生や来賓の方々の視線を集めていた。

 

「春の息吹が感じられる今日、私たちは国立アクロス精霊学院に入学いたします。本日は私たちのために――――」

 

 少女が話し始めるとともに会場全体が美声に包まれ、まるで浄化されたかのような神聖な雰囲気に変化する。

 新入生たちの殆どが既に魅了されているのは勿論のこと、来賓で呼ばれている重鎮たちの中にも虜になる者が出る始末だ。

 

 新入生代表の少女は代表挨拶を続け、終わった頃には拍手喝采の轟音が鳴り響いた。

 

 その後も式は続いたが、どこか上の空の生徒たちも散見された。その様子で、どれほど少女が魅力的だったのかが窺える。

 

「以上をもちまして、56回生入学式を終わります。皆様、気を付けてお帰り下さい」

 

 ちょっとしたゴタゴタはあったものの、無事に入学式を終えた。

 こうして、粒揃いの天才たちが集まる神授(しんじゅ)の世代と評判の56回生がアクロスに入学してくるのであった。

 

 彼彼女らの入学によって学院に一体どのような波乱がもたらされるのか、実に見物である。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 一方その頃、学院の外れにある古い小屋に二人の生徒がいた。

 

「おーい、アレク〜。今日も依頼無いのかー?」

 

 高身長で筋肉質なガタイの良い白髪金眼の青年が、机に突っ伏した状態で怠そうに声を上げる。

 

「勿論無いよ。去年一年間で総依頼数三件なのマルクスも分かってるでしょ」

 

 アレクと呼ばれたこれまた大柄な黒髪黒眼の眼鏡の青年が、呆れた様子でため息混じりに返答をする。

 

「依頼無いのは楽だから良いけど、俺たちの成績がなぁ〜……」

 

 マルクスが気落ちしてため息を吐く。ただでさえ暗かった小屋の中の空気が、更に二段階ほど落ちた気がした。

 

「去年みたいにまたマルクスが試験官ブン殴ったら今年も進級出来るって」

「それだとまた俺だけ教員連中からの心証が悪くなるだろ!? 言っとくけど今年はお前の番だからな!」

「嫌だよ。僕はこれでも真面目キャラで通ってるんだから」

「は? 冗談言うなよ。巫山戯てる暇あんならなんでも良いから依頼取って来い」

「お前が行ってこい」

 

 二人の言い合いがいつものように小屋の中に響き渡る。

 

 そもそも二人が言う依頼とは、彼らの所属する部活動である何でも屋の依頼のことだ。

 ここ国立精霊学院では、生徒たちは皆何らかの部活動に所属し実績を残すことが求められている。積んだ実績は進級にも大きく影響するため、生徒たちは精力的に日々部活動に励んでいる。

 

「そういや、レティは?」

「さぁ? いつも通り依頼探しじゃない」

 

 この何でも屋にはあと一人メンバーがいる。

 それが創設者であるレティシア・G(グレイス)・ネイサンだ。燃えるような真紅の髪に全てを貫く力強い紅玉の瞳を持つ彼女は、ネイサン伯爵家当主ロズベール伯の一人娘であり現国王ディオニス二世からの覚えも良い。

 そのため、常日頃から問題行動の多いレティシアに学院の教職員一同は頭を悩ませているのだが。

 

 レティシアは創設者なだけあり、普段から依頼探しで学園中を奔走しているため古小屋にいることは少ない。これも本来なら平民であるマルクスとアレクがすべき事なのだが、レティシア自身も楽しんでいるため誰も止めようとはしない。

 

 その後も怠け者二人がどうでもいい事を駄弁りながら小屋でのんびりしていると、小屋の外から豪速で駆ける足音と振動が感じられた。

 

 どちらも慣れきった様子で無反応でいると扉が途轍もない勢いで開け放たれ、たった数ヶ月で老朽化していた脆い扉をそのまま吹き飛ばしてしまった。

 

「二人とも朗報だぞぉーーっ!!」

「その様子じゃなんか依頼見つかったのか」

「そうみたいだね」

 

 扉が吹き飛ぶのは依頼発見の合図なため、二人ともレティシアにそう尋ねる。

 

「いや、依頼は見つかってない!」

「はぁ〜? なら何見つけたんだよ」

「それなら扉壊さないでくれる? また僕が整備員の人に修繕頼まないといけないじゃん」

 

 レティシアの返答が予想外だったようで、二人とも怪訝な様子になる。アレクに至っては、また面倒な用事が一つ増えたため若干キレ気味だ。

 

 しかし、次のレティシアの返答により更に二人は困ることになる。

 具体的にいえばレティシアのトラブルメイカー具合に。まあそれも今に始まった話ではないので二人とも慣れているが。

 

「実は正門前で新入生たちが喧嘩を始めたんだ! この問題を華麗に解決すれば私たちの評価も鰻登りなこと間違い無しさ!!」

 

 レティシアはそう自信満々に言うが、目の前の二人の反応はしけたものだった。

 

「アホか。新入生に絡むなってついこの前クソ会長に注意されたばっかだろ」

 

 マルクスが反対するがレティシアは全く堪えた様子もなく、目を輝かせたまま二人の腕を引っ張って無理矢理連れて行こうとする。

 

「いいからいいから、行ったらきっと楽しいって! それに成績も上がるよ!!」

「だから上がんねぇっつってんだろ!? 人の話聞け!」

「僕はもうどうなっても知らないからな……」

 

 そう口では反対しつつも、力で劣っているはずのレティシアを振り払わないのは二人にもトラブルメイカー気質な所が有るからだろうか。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 僕、レン・B(バロン)・フォン・マクミランはマクミラン男爵家の三男だ。

 裕福でない男爵家の三男である僕は、当主になることは勿論そのスペアになることすら出来ない。だから当然、将来は唯の町人として平凡な暮らしを送るのだと思っていた。

 

 でも、そんな普通の人生設計が良い意味で狂ったのは八歳の頃に受けた精霊術師適性試験でS判定を受けてからだった。

 

 僕の生まれた国であるオズワンド王国は優秀な精霊術師の育成に力を入れている。だから、王侯貴族たちは一律八歳の頃に精霊術師適性試験を受けることが義務付けられている。これを破った場合は、国家反逆罪にみなされて爵位と領地、全財産が没収されるという重い罰が待っている。

 優秀な精霊術師はそれ程の戦力的価値があるため、これは至極当然の対応なのだ。

 

 勿論この適性試験は貴族のみというわけではない。庶民でも、銀貨60枚という破格の値段で受けることができるようになっている。

 他国だと、そもそも庶民は受けられなかったり金貨5枚を要求されるため、それに比べれば王国の措置はかなり良心的だ。銀貨60枚なら農民の一般家庭でも、半年程節約すれば十分に貯められる金額である。

 

 そして、その試験でS判定を受けた僕はハッキリ言って既に人生勝ち組が決定したも同然だった。

 

 国が行う精霊術師適性試験の判定はE〜Sまでで決められている。

 

 E判定は精霊の使役力を決める霊気共鳴感度が0のため、たとえ微小精霊であったとしても使役は不可能である。庶民の大半がE判定を受けている。

 

 D判定は共鳴感度が1〜50の人であり、微小精霊の使役が可能となる。後天的な共鳴感度の上昇が期待出来るのもこれ以上の判定である。これぐらいなら田舎の農村でも少なくとも一人や二人ならいる程度であるため、さして珍しくはない。

 

 C判定は51〜250、B判定は251〜700であり、どちらも使役する精霊の階級は主に下位から中位となっている。C、B判定は精霊術師を本業としている者の中では最も多いレベルであり、数もそこそこなため組織の下っ端として重宝されている。

 

 A判定は共鳴感度701〜1300であり、主に上位精霊を使役している。一部の上位者たちは、序列下位ではあるが最上位精霊の使役も行うことが出来ている。序列下位とは言っても最上位精霊の持つ力は破格であるため、使役しているのとしていないのとでは目に見える程の力の差が生まれるのだ。

 

 そしてあらゆる精霊術師の頂点であることを示すS判定は、共鳴感度1300よりも上の者たち全てを表している。ここまでくると最低でも最上位精霊、真の上澄ともなると精霊王や、聖霊を使役している者もいると聞く。

 

 僕が八歳に受けた頃は、共鳴感度1324とギリギリでのS判定だった。しかし男爵家からS級精霊術師の卵が生まれたとだけあって、家族や使用人含めて全員がお祭り騒ぎであった。

 

 それからは国からA級精霊術師の家庭教師が派遣され、学院入学の今日までみっちりと鍛え上げられた。その甲斐あってか、入学試験での再判定試験では共鳴感度1480と急激な成長を遂げることが出来た。

 

 僕みたいな男爵家の子どもがやっていけるのか不安に思う気持ちもあったが、僕らの世代は才能のある者が多かったらしく庶民からの入学者も例年に比べ多いため安心した。

 入学式で隣の席になったオスター君ともすぐに打ち解けれたから、この調子で楽しい学院生活を送れるように頑張ろう!

 

「おい、レン。入学式終わったぞ? そろそろ帰ろうぜ」

 

 そうして僕が心の中で一心発起気合を入れていると、オスター君が話しかけてきた。周りを見ると既にみんな帰ってしまったようで、ガランとした会場には僕とオスター君しかもう残っていなかった。

 

「へ? あ、あぁごめんごめん。ちょっと気合い入れてたんだよ」

「へー、これからの生活のためにか?」

「うん」

「緊張し過ぎだって! 俺たち寮の部屋一緒だったんだし、困ったら同室の先輩達頼ればいいっしょ!」

 

 そう言いながらオスター君は僕の背中をバンバンと叩いてくる。彼なりに僕のことを励まそうとしてくれているのは伝わっているし嬉しいんだけど、背中を叩くのは痛いから辞めてくれないかな……。

 

 オスター君と話しながら暫く歩いていると、校門前にたどり着いたところで人集りが出来ているのが見えた。

 

「? アレなんだろう」

「何かの祭りか〜?」

 

 オスター君も心当たりは無いようで、話し合った結果、取り敢えず見に行ってみようということになった。

 

 人集りの近くまで行くと段々と状況も見えてきて、どうやら僕らと同学年の生徒と一つ上の先輩が揉め事を起こしたようだ。

 僕らと同学年の生徒は、入試であのセレスティアさんに次ぐ次席だったフローランス辺境伯家の人だった。彼は問題児として有名で、怪我をして介抱されている生徒たちを見るに入学初日から早速喧嘩を繰り広げたようだ。

 

 そしてそれに対峙するのは、三人の男女だった。白髪金眼の男性は黒のタートルネックニットに濃紺のデニムで、黒髪黒眼の男性は白シャツの上にネイビーのステンカラーコートで下は黒スキニーパンツと、二人とも完全な私服であることと、学院指定の濃藍(こいあい)色の制服を着ている女生徒の胸元に金獅子を象徴する学年章があることから、今日は休みの筈の2年生の先輩達であることがわかった。

 

 周囲から聞こえる話によると、どうやら彼らは聖前試合(せいぜんじあい)を行うことになったらしい。

 

「大丈夫かな……あの先輩たち………」

「不安だな……。バルクの奴は既にB級精霊術師の資格持ってるからなぁ」

「ん? オスター君ってフローランス君のこと詳しいの?」

「まあな。昔からの腐れ縁ってやつだな」

 

 驚くべきことに、オスター君は幼少の頃より問題行動を起こしていたフローランス君の腐れ縁であったらしい。

 

「でも凄いね。伯爵家と深い繋がりがあるなんて」

「領地が隣だったのと、俺がA判定だったからS判定のアイツの良い練習相手になるとでも思ったんじゃ無いか?」

 

 オスター君と話している間に向こうの話がまとまったようで、女子生徒が黒髪の男子生徒に手伝って貰いながら聖霊結界の準備をし出した。

 

「二人で結界張るのかな。だとしたら凄いね」

「だな。俺も実家で一回使ったことあるけど、専用の聖導具ありでも家の術師十人がかりだったのに」

「もしかしたら凄い人たちなのかもしれないね。聖前試合の執行権なんていう特権与えられてるぐらいだから」

 

 準備は思っていたよりも素早く終わったようで、女子生徒が合図として右腕を掲げ、試合を行うフローランス君と白髪の男子生徒が位置に着いたのを確認すると同時に腕を振り下ろし聖霊結界を発動させる。

 それが合図となり聖前試合が始まった。周りの生徒も初めて見る本格的なハイレベルの精霊術師同士の戦いに興奮しているようで、野次を飛ばしたりする生徒もいる。

 しかし、その盛り上がりも試合が進むにつれて段々と萎んでいく。

 

 かく言う僕も、目の前の光景が信じ難かった。初めて見る僕でさえそうなのだから、幼い頃より間近で見てきたオスター君の驚愕はそれ以上のものであろう。

 

「なんだよ……これ……。幾ら上級生だからって、ここまで差があるものなのか……!?」

 

 観衆の誰かが呟いたその言葉は、この場の新入生全員の思いを代弁していると言っても過言では無いだろう。

 なんせ、僕らの学年でほぼトップと言っていい実力者であるフローランス君が試合開始より常に防戦一方なのだから。

 

 試合が開始したばかりの頃はまだ拮抗しているように見え、上級生と対等に戦うフローランス君の姿に大盛り上がりしていた。

 しかし、試合が進むにつれてフローランス君の顔が徐々に険しいものになり危ない場面が増えていくのに対して、先輩の方は依然として涼しい顔のままだ。しかも、先輩はこの戦いで未だに精霊術を使わずに霊気闘法のみで戦っているのだ。

 

 霊気闘法のみで精霊術を使う術師に勝つなんてことは、よっぽどの実力差が無い限りは無理な芸当である。しかも、それが最上位精霊を使役する相手ならばほぼ不可能と言える。

 

 だからこの場に居る誰もが驚いていた。

 最上位精霊を使役する術師であるバルク相手に、余裕綽々といった風で圧倒しているマルクスに。

 

「オスター君……」

「ああ……。世界って広いんだな……」

「そうだね……」

 

 僕はオスター君と共に呆気に取られながらもその戦いを目に焼き付けようと、必死になって目で追っていた。

 いつか、自分も彼らと同じ舞台で活躍できる将来を夢見て。

 

 この試合を見ていた新入生たちの中には、余りの圧倒的実力差に心折られる者もいれば、その高みに憧れこれまで以上の努力を誓う者もいた。

 だが、心折られた者も安心して欲しい。なぜならマルクスは、現在学院内で術師としての実力ならば生徒会長と並んでトップを張っている、王国内で見ても有数の実力者であるのだから……。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 レティシアに連れられて学院内を駆けること数分。

 正門前には未だに人集りが出来ていた。生徒たちが休校日にも関わらず制服を着ていることと、胸元の学年章がグリフォンを象徴していることから新入生しかいないことが窺える。

 

 完全にアウェーなこの状況に割り込める上級生は、なかなかにイカれているとも捉えられるだろう。

 

「やっぱ帰ろう。うん、それが良い。だよなアレク?」

「そうだね。やっぱり面倒事は回避すべきだと思うんだ」

 

 それを見た瞬間、マルクスとアレクは回れ右して小屋へと帰ろうとした。

 

 二人は思った。

 あの人数の前で問題を起こしたら今度こそ言い逃れは不可能だ、と。

 まあ、この問題児たちは言い逃れできたことが無いので今度もクソもないという残酷な事実は置いておくとして。

 

 しかし、レティシアもこの二人を無事に帰すつもりなど元より存在しない。

 そう、レティシアの誘いに一度でも乗って現場まで来た時点でマルクスとアレクの負けは確定していたのだ。

 

「ええー! 二人ともここまで来たのに帰っちゃうのぉーー!?」

 

 二人が背を向けたとき、レティシアが大声でそう叫んだ。

 嫌な予感を覚えて振り返ると、そこにはニマニマとした顔でコチラを見るレティシアと、不思議そうな表情をしている大勢の新入生たちがいた。

 

「レティてめぇ……!」

「はぁ……、結局これか…………」

 

 マルクスとアレクはこのとき、レティシアにいつか倍返しすると誓ったのだった。

 

 そして、戸惑っている新入生たちを放置してレティシアvsマルクス&アレクの睨み合いが繰り広げられていると、人集りから一人の生徒が突っかかってくる。

 

 その生徒は、先程まで人集りの中心にいた青髪の少しガラの悪い青年だ。右腕に大胆な龍のタトゥーを彫っているのを見て、貴族なのによくやるもんだ、とマルクスは考える。

 

「おい、お前ら急に出てきて何のようだ? こっちは今取り込み中なんだが」

「あー、悪い悪い。なんか正門前が騒がしいって相談受けてな。ちょっと様子を見に来たんだけど説明して貰っても? それと先輩には敬語な、不良新入生」

 

 初めは当たり障り無く穏便に話しかけていたマルクスだったが、最後の最後で余計な一言を付け加えてしまった。おそらく、初対面で生意気な口を聞いてきたのにイラついたのであろう。

 

 相変わらず短気なことである。

 こういうことをするから、トラブルを巻き起こしてしまうのだ。

 

 当然ながらお相手もそのあからさまにこちらを下に見ている煽りで苛ついたようで、額に青筋を浮かべている。マルクスの興味無さげで、面倒臭さを全面に押し出した雰囲気もそれを助長している。

 

「上級生だからって威張ってんじゃねぇぞ。テメェらには関係ねぇだろ。痛い目みたくないならさっさと消えろ」

「お前が消えろ後輩。残念だが学院内は年功序列なんでな」

 

 売り言葉に買い言葉で、ヒートアップしていく様子に周りの新入生たちはどうすればいいのかと戸惑っていると、見兼ねたのかこの状況の原因であるレティシアが止めに入る。

 

「まあまあ二人とも落ち着いて、ね? ここは私が解決策を提示して上げるから」

 

 そんなレティシアの言葉に怪訝な顔をする不良。その一方でマルクスは猛烈に嫌な予感を覚えていた。

 そう、これはクソ面倒なことが起きる予感だ。

 

「解決策って何だよ」

「それを先輩が今から説明して上げよう。ここアクロス精霊学院にはね、問題事が起こった時のために、ある解決策が用意されているんだよ。その名も、"聖前試合"さ!」

 

 聖前試合とは、あまりにも多い揉め事に対処し切れなくなったかつての生徒会執行部が考えた特別措置のことである。普通は禁止されている学院内での戦闘行為を特別に許可して、生徒たちに自主的に問題を解決してもらうという意図で作られた。

 しかし今では生徒会が対処しきれない量の問題が起きることは稀であるため、特別に許可を与えられている人物以外での聖前試合の行使は容認されていない。

 

 そのため、目の前の不良新入生が落胆してしまうのも当然である。

 

「でも許可が無いと出来ねぇんだろ? それ」

「ふっふっふっ、安心したまえ。誰であろうこの私、レティシア・G・ネイサンは聖前試合執行権を持っているのだから!」

「終わった……」

 

 自信満々に勝ち誇った笑みを浮かべるレティシアに対して、マルクスはまるでこの世の終わりかのような絶望した表情となっていた。

 

「それじゃ早速始めようか聖前試合! 周りのみんなは少し離れといてねー!」

 

 レティシアがそう言うと、周りを囲んでいた野次馬たちが円形状になるように離れていく。そして皆が十分に離れたことを確認すると、この聖前試合で審判を務めるレティシアがルール確認を初めていく。

 

「今回の試合形式なんだけど、バルク君とマルクスの1対1でいいよね? それとも3対3のチームバトルにする?」

 

 バルクの後ろにいる取り巻き連中を見ながら、レティシアがそう尋ねる。

 

「俺一人で問題ねェ」

「おっけー」

「おいちょっと待て。なんで俺で確定なんだよ、アレクもいるだろ」

 

 勝手に進められる話し合いに対してマルクスが苦し紛れで上げた抗議の声を聞くと、レティシアは不思議そうな顔をする。

 

「ぇ…? アレク出れるの?」

 

 レティシアが尋ねると、アレクは迷うことなく首を左右に振る。

 

「いや、当然マルクスが出るよ。なんせ僕より遥かに強いからね。そもそも、今は療養期間で戦闘行為は保健医の人から止められてるしね」

「くっ……! 分かってたが、やっぱ俺が出んので確定かよ……」

 

 最後の抵抗虚しく、今回の聖前試合はマルクスvsバルクの一騎打ちとなった。

 

「じゃあ今から、聖霊結界の準備するからちょっと待っててね! アレクも霊力供給手伝ってくれる?」

「うん、それぐらいなら」

 

 二人がかりで聖霊結界を起動させようとする。

 聖霊結界とは、万星教会が製造している聖導具を媒介として発動される戦術級精霊術の一種である。聖前試合の際は、周囲への影響を無くすために小規模な聖霊結界を起動させることが義務付けられている。

 

 聖霊結界の準備が終了してマルクスとバルクが定位置に着くと、いよいよ聖前試合が始まる。

 

「二人とも、準備はいいね?」

 

 レティシアの最終確認に、静かに頷く二人。バルクは眼を鋭くさせ、射殺す気で睨みつけている。それに対峙するマルクスは一見気の抜けた様相をしているが、その霊力の昂りに油断の色は見えず、試合開始と同時に飛び掛かれる準備をしている。

 

「これより聖前試合を執り行う! 両者構え!」

 

 その掛け声でさらに霊力を高めていく二人。普段は眠っている高密度の大量の霊力も励起状態にさせたことで、二人の周囲にはとてつもないプレッシャーと熱気が漂う。

 二人の準備を確認できたレティシアは、ついに試合開始の幕を開ける。

 

「始めェ!!」

 

 レティシアの手が振り下ろされた瞬間、マルクスは驚くべき速さと滑らかさで全身に霊力を漲らせ突貫する。

 それに対してバルクは開始と同時に後ろに下がり霊界接続(ヒポスタシス)を行い、精霊術を発動させようとする。

 

「新入生にしちゃ上等だが、まだまだ遅いな」

 

 しかし、それまでに追いついたマルクスによって振るわれた右拳により中断せざる負えなくなる。

 一方で、マルクスの動きを見たバルクは驚愕していた。

 

「テメェ、一体どんな強化術使ってんだ! いくら強化術に比重置いてる四源(しげん)流霊気闘法だからってこれはおかしいだろ!」

「何でもかんでも他人に聞かずに、自分で考えん、かぁいッ!!」

「クソッ!!」

 

 精霊術を撃とうとする度に獰猛な笑みで阻害するように拳を振るってくるマルクスにより、バルクも接近戦の舞台に無理矢理引き摺り込まれる。

 この時点でバルクの勝ち目は既に潰えてしまっている。現在のバルクの霊気闘法の練度では逆立ちしたってマルクスに勝つことは出来ない。

 

 しかし、今この場でそのことに気付けているのは長い付き合いであるレティシアとアレクの二人のみであった。

 

「あーあ、ありゃもう結果は見えちゃったかな」

「初めから分かってたけどね。新入生がマルクスに勝てるはずが無い」

「えー、もしかしたら奇跡が起こるかもよ?」

「奇跡が幾つか起きた程度でひっくり返せる実力差じゃ無い。それは、僕らが一番よく知っていることだろう」

「それはそうなんだけどね〜……」

 

 二人が話しているうちにも試合は進んでいき、ついにマルクスの拳がバルクの鳩尾へとクリーンヒットした。

 

「グハッ…!?」

 

 何とか体勢を持ち直そうとするバルクであったが、この戦いにおいてその隙は余りにも大き過ぎた。

 一度体制が崩れ隙を晒したバルクの顔へとさらに追撃の拳を振るうマルクス。想像以上に一撃一撃が重いマルクスの攻撃に抵抗出来ず殴られ続けるバルク。両腕で防御しようにもその速度に間に合わないし、マルクスの攻撃を何度も受けてきた両腕は防護術で強化しているとはいえそれを突き抜けて来る途轍もない衝撃によって内部が既にボロボロになっていた。

 

 一方的に殴られ続けるバルクの姿に目を逸らす新入生もいた。

 

 僅か三秒足らずで計十数発の拳を全身に叩き込んだマルクスは、止めの一撃としてバルクの顎目掛けて左脚による蹴りを放つ。

 既に避ける力など失ってるバルクは無防備にその一撃を受け、脳震盪を起こし倒れ込んでしまった。

 

「それまで! この聖前試合、マルクスの勝利とする!」

 

 レティシアによる試合終了ですの宣言がなされたが、新入生たちは皆唖然としており拍手など巻き起こらなかった。

 すると、今まで審判をしていたレティシアがバルクの元まで駆け寄り治癒術を発動させる。

 

完全なる回帰(フルリグレッション)

 

 レティシアが術を発動させバルクの身体に手をかざすと、水色の透明な薄い膜がバルクを覆っていき完全に覆われるとバルクの全身の怪我が逆再生の如く、途轍もないスピードで治っていく。

 

「どうだ? レティ」

「うん。軽い脳震盪起こしてたみたいだから目が覚めるまではまだ時間が掛かると思うけど、後遺症は一切残らないよ」

「よかったぁ。やり過ぎたんじゃねぇかと焦ったわ」

 

 彼の取り巻き達に怪我の処置を終えたバルクを保健室まで連れて行くよう頼み、野次馬の一年生が帰路についていったことで、この問題は解決したのだった。

 しかし、この三人にはまだ大きな壁が立ち塞がっていた。

 

 無事に問題を解決した三人が小屋へ帰ろうとすると、力強い声がそれを呼び止めた。

 

「お前たち、これは一体どう言うことだ?」

 

 額に冷や汗を流しながら三人がゆっくりと後ろを振り向くと、そこには金髪碧眼の美女が立っていた。学院最高学年の三年生であることを示す聖竜の学年章に、神霊の姿がデカデカと背に刻まれたマントを着るのは、アクロス精霊学院の生徒会長その人だった。

 

「私が来賓の対応をしている間に一体何があった? 説明してくれないか、三人とも」

 

 明らかに怒っている会長を相手にレティシアが何とか説得を試みる。

 

「やだな〜、会長。私たちは相談を受けたから問題を解決しただけですよ?」

 

 いや、自分から問題事に首突っ込んだんだろ。マルクスとアレクは内心そう思ったが口には出さなかった。そんなことを言えば、生徒会長の長々とした説教を聞く羽目になるのは目に見えている。

 

「そうなのか? 私の可愛い契約精霊が言うには、お前たちから問題に巻き込まれにいったみたいなんだが」

「精霊王常時召喚とは、相変わらずえげつねェことしやがる……」

 

 サラッと言った生徒会長の行いに三人がドン引きしていると。

 

「言い訳は無いと言うことでいいんだな?」

 

 その言葉と同時に、静かに生徒会長の霊力が巡るのを確認した三人は無謀にも逃走を図ろうとする。

 

「逃がすはず無いだろう!」

 

 しかし、何処からともなく突然現れた金の鎖たちによって一歩も進むことなくその逃走は防がれたのだった。

 相変わらずの理不尽さに辟易しながら、三人は反省文に何を書くかを今から考え始めるのだった。

 

 

 

 


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