それに対して神々もキレ返し、会場は大荒れ。司会の女は慌てふためくことしか出来ない。
事態を収めたのは、またもや鶴の一声だった。
50ソリドゥス、100ソリドゥス、150ソリドゥス…
価格は順調に上昇していく。
1ソリドゥスにどれほど価値があるのか俺には分からない。しかし、彼らの熱狂ぶりから決して安い買い物ではないことを感じ取れた。
「200ソリドゥス!お前をアンデッドにして剣と魔法の世界に送り込んでやる!」
「250ソリドゥス!いっそスライムに転生させるのはどうでしょう!!」
「300ソリドゥス!転生したら自動ラーメン販売機だった件について!!!」
トラックにはねられたかと思えば、いつの間にか見知らぬ場所で倒れていた。妙な女が現れて、空から椅子が降ってきたかと思えば、今はオークションで競られている。
冷静に考えてみれば、なんとおかしな状況だろう。俺の意思なんてお構いなしに、勝手に物事が進んでしまっている。
一人の男から、他の参加者を上回る400ソリドゥスが提示された。札を挙げる者は他に居ないようだ。
「400ソリドゥス、400ソリドゥスで落札確定いたしますが宜しくって〜?」
「よっしゃあ〜!!!高校生のガキGET!!!」
その男は喜々として俺に顔を向けている。
「ダイキ君さあ、義務教育には自信ある?」
「義務教育?学業は中高ともに優秀かと…」
「マジかよ!!コイツ当たりだ!!!」
男が顔に浮かべる笑みには悪意は見当たらない。純粋な歓喜の表情だった。
「ダイキ君が異世界に転生したら現地の魔族が救世主として迎え入れると思うんで、そしたら現代知識使って魔族の文明発展させて、それで人類皆殺しにする感じで宜しく!!」
ヴァイキングの髭オヤジやDQNがどうのと言っていた黒い服の男と同じく、この男も殺戮を好むタチのようだ。
「悪いですけど期待には応えられませんよ。俺は殺人なんてやりたくありません」
「大丈夫だいじょうぶ!!!転生させる時に脳ミソいじくって倫理観外しておくからさ!ハエを殺すのと同じ感覚でヒト殺せるようになるよ!!!」
そんなの洗脳じゃないか。そう言いかけた時、500ソリドゥスの掛け声が二人の参加者から同時に発せられた。
「こっちの方が早かったぞ!」
「アタシの方が早かったでしょうが!」
「いいや、こっちの方が早かった!」
「じゃあいいわよ。アタシは600ソリドゥス出すから!」
「それなら我は650ソリドゥス出す!」
「700ソリドゥス!」
「750ソリドゥス!」
「775!」
「800!」
二人は競い合って札を挙げ、俺の値段は875ソリドゥスに到達した。ドンタの落札額500ソリドゥスを軽く超えてしまっている。
二人がなぜここまでして俺を競り落とそうとするのか、正直理由がわからない。
俺は学業以外これといった長所はない。筋骨隆々ではないし、運動神経抜群でもない。イケメンでもないし、絵心はないし、札付きのワルでもない。そもそも、ご自慢の学業だって天才と言えるほどではない。
俺の疑問などつゆ知らず、彼らは競り合いを続けている。
「それなら900!900ソリドゥス出す!」
「はあ!?じゃあ910ソリドゥス!」
「だったら915ソリドゥ…」
「ちょっと良いですか!!」
もう我慢できず、ついに二人に割って入った。
「なによ!出品物は黙っててくれる!?」
「そうはいきませんよ。あなた方にお聞きしたいんですが、なぜ俺を競り落としたいんですか?」
「質問はそれだけ?そんなの、アンタが普通のスペックの人間だからよ」
「我も同じく、普通の人間だから欲しくなる」
「普通のスペックの人間だから…?」
「そうよ。何の取り柄もない人間がひょんな事からチャンスを手にして幸せになる!アタシはそういうのが好きなの!」
「ただの一般人が理不尽に巻き込まれていき、最後には破滅する!我はそういうのが好きなのだ!」
表面上、二人の意見は真反対のように聞こえる。
だが、本質的には同じだ。二人とも俺をいいように操って遊びたいだけ。
「………神だか知らないが、そんなの本物の人間使ってやることじゃないだろ」
「……はあ?」
「さっきから聞いてりゃ、アンデッドにするとか、スライムにするとか、人類を皆殺しさせるとか……俺の意思はガン無視かよ!」
「お主の意思など考慮には値せん。人間ごとき、我々偉大なる神の決定にただ従っていればよい!」
「うるせえ!妄想で済ませることを実際にやるんじゃねえって言ってんだよ!そこの線引きがねえのかお前らには!?」
「なんだと…」
「俺を元の世界に帰せ!!!」
「このクソ生意気な小僧がッ!!」
男が俺に向かって何かを投げつけようとしているのを見て、とっさに身をかがめた。
コツン。軽い物が背中に当たった感覚がして俺は頭を上げる。床に空のペットボトルが転がっていた。
俺は目を丸くした。てっきり石や槍でも投げてくるのかと思っていたからだ。
「石や槍でも投げてくるのかと思ったら………ペットボトルかよ!大したことねえな!」
「人間ごときが!我らを侮辱するか!」
彼に続くように、その場にいたほとんどの参加者が俺に向かって罵声を浴びせながらペットボトルを投げつけ始めた。
「お止めくださいまし!お客様!困りますわ!あーっ!!困りますわ!あーっ!お客様!」
大量のペットボトルが俺の体にぶつけられたが、大して痛くない。飛んでくるペットボトルは律儀にも全て空のようだ。
神といえども落札前の出品物を破損させたら、器物損壊罪で刑事告訴されるのかもしれない。俺の脳内にはそんな考えが浮かんでいた。
「1000ソリドゥスを」
事態を収めたのは、またもや鶴の一声だった。
「あっ今お客様から1000ソリドゥスでの入札が」
「……1000ソリドゥスを、お前が望むのなら出してもいいが、どうする?」
「えっ今のは入札したのではなくって質問?紛らわしいですわ…」
ソイツは擦り切れたローブを纏った人骨だった。
「………『どうする?』ってのは、買うかどうか俺に決めさせるってことか?」
「そうだ」
「あんたは俺に何をさせたいんだ」
「果てしなく続く深遠なる地下迷宮……その最下層より蘇り、魔導書ネクロノミコンを探し出せ。そして地上に帰還し、私に献上せよ。
さすればお前を元の世界に帰してやろう」
「…その地下迷宮は危険なのか?」
「勿論。闇に包まれた迷宮にはおぞましい怪物と残虐な罠の数々が仕掛けられている。最下層から地上に到達するまでは短くとも3ヶ月かかる。生きて抜け出せるのは、残酷な運命に抗う意志を持った者のみ」
「………」
どうしたものか。こいつの言う地下迷宮とやらは、聞いた話だけでもロクでもない場所だと分かる。
しかし、他のやつに買われても良い待遇を受けられるとは限らない。それに、元の世界に戻れるチャンスはおそらくコレしかない。
「そうだな……それじゃあ……」
俺はドンタとは違って、異世界とかハーレ厶とかには興味がない。唯一気になるのは、俺の元いた世界にいる母親のことだけだ。
「…やるよ。その依頼。」
「良かろう。1000ソリドゥスの入札を。」
そいつは、今度はしっかりと札を挙げながら入札価格を言った。
「はい。それでは1000ソリドゥスで入札ですわ〜!」
他の参加者からのさらなる入札は出てこなかった。
「1000ソリドゥス、1000ソリドゥスで落札しますが宜しいですわね?」
司会の女は確認するように目を配らせてからハンマーを叩いた。
「1000ソリドゥスで落札ですわ〜!!!」
こうして、ついに俺は落札された。参加者たちからまばらな拍手が俺に送られた。
参加者たちの間を通って骨の男が俺に歩み寄ってくる。
「若人よ。覚悟はできたか」
そいつは、俺の目の前に掌を突き出した。
「元の世界に帰るチャンスはこれしかないだろ?覚悟はしたつもりだ」
「よろしい」
俺の額に人差し指が押し付けられた次の瞬間、無数の閃光で視界が埋め尽くされた。
俺の肉体は形を失ったようにうねり、引き伸ばされ、そして閃光の一つへ吸い込まれていった。
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「容態は安定していますね。来週には退院できるでしょう」
医者の言葉を聞いた母は、医者に対して何度か治療への感謝を述べたあと、俺にねぎらいの言葉をかけ、そして俺を抱きしめた。
医者の目の前で恥ずかしかったが、母の頬に涙が伝っているのに気づいて、俺も抱きしめ返した。
地下迷宮での3ヶ月間の死闘の末、俺は病院のベットの上で目覚めた。
医者の話によると、俺は3ヶ月間昏睡状態で入院していたらしい。昏睡状態から回復して目覚めたのは奇跡的だと言われた。
その後半年間のリハビリを経て、俺は後遺症も残らず退院できることになった。
退院前日、俺はベッドに腰かけて病室の窓から青空を眺めていた。
元の世界に戻ってきてからというものの、自由と安全のありがたみをひしひしと感じている。
ここには人食いゴブリンも八つ裂きトラップも存在しない。命の危機など感じずに、何もかも自分の思い通りに生きることができる。
「次のニュースです。」
ふと、病室のテレビからニュースが聞こえた。
「去年の8月、和歌山県沿岸のビーチで溺れていた所を救助されて以来、和歌山病院で治療を受けていた高校生の少年が意識を取り戻したとのことです」
思うに幸せとは、自分の納得できる人生を歩むことであり、納得できる人生を歩むためには、自分の行動は自分で決めなければいけない。
「担当医によると『奇跡的な回復。後遺症も全く見られない』『今後も容態に注意しつつリハビリを開始していく』とのことです」
たとえば、何を食べるのか… どんな趣味を持つのか… 誰を愛するのか…
「次のニュースです。今日未明、和歌山病院付近で100個以上の不審な物体が発見されました。監視カメラの映像には肉塊のようなものが動きまわる様子が捉えられており、警察は事件性も視野に捜査を………」
愛した男が故郷に逃げ帰った時、女がそれを追いかけるのかどうかも…
全ては自分で決めることだろう。
だから俺は知らん。頑張ってくれドンタ。