その熱に気圧されて、ふと思い出す。
この熱さを抱いていた、遠い記憶を。
記憶の裏に潜ませた、その思い。
今はもう、消え果てたのか。それとも。

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アオのハコ#92 SideB

 ――バカなんだろうか、いやバカだ。どう考えても、目の前にいるのはバカ野郎だ。それもかなり蓋然性の高い話で。

 ガクガクと震える脚、激しく荒い息と血色の悪い顔。今ここへと全力疾走しただけじゃない、その前にも倒れるくらい運動しているんだろう。私自身何度もこうなって来たから分かる、余程苛烈に自分を追い込んできた証だ。

 ただ、その理由がどうにも納得がいかない。私にウインターカップのチケットを渡すために、こんなボロボロになってまで来るか。そもそも私がいなかったらどうする気だ、そう毎日シフト入ってるわけでなし。そこも含めて不可解だ、まあ一言で言うなら「バカだから」なんだろうけど。

 勝手にナツと仲良くやってれば良いのに、周りまで巻き込もうと言うのか。何処までも頭の悪いやつめ。

 今さらどうしろって言うんだ、まったく。

 

 要領は悪いけど真っ直ぐで、何があろうと曲がらない。ナツのその姿は太陽のようで、長く私を照らしてくれていた。いつからだろう、その光が肌を焼くようになっていったのは。心地よい筈の熱は身体を蝕み、私を打ちのめしていく。それが余りにも辛くて、でもなにも言えないまま。私は一人、逃げ出した。

 努力は只じゃないし、やった分だけ身に付いたりしない。血を吐きながら突き進んでも、力が及ばなければあっさりと跳ね除けられる。それは私が中学一年生で知った、現実というもの。バスケは好きだし、その為なら何でもできると思っていた。周りが優れているなら、それ以上に頑張れば良い。ナツに出来ることが私に出来ない筈がない、そう信じてた時期もあったんだ。

 だけどそれは、都合の良い夢でしかなかった。どんなに励んでも、私は最強になれない。両親の仲が冷えていくのを感じながら、私もまた諦感に支配されていく。あんなに好きだったバスケが、どんどん詰まらなくなっていった。周りよりは上手いかもしれない、でも他所の強豪と張り合える程じゃない。どうせその程度でしかない。

 エースと呼ばれた栄光は遠く色褪せ、胸に燃えていたバスケへの情熱は冷めきり、そして苦い苦い目覚めの朝が来てしまった。

 もう無理だ、もう辞めよう。中学でバスケは引退、たまに遊びでボールを持つくらいはしても二度と選手には戻らない。それで良い、それが良い。そのくらいで良いんだ、たかが部活じゃないか。嫌な思いまでして続ける義理はない、ここで上がらせてもらおう。

 そんな何処か晴れやかな思いで引退を受け入れ、いつもの習慣で体育館へ来てしまった私は――()()()()()()()()()()()()()()。誰もいない体育館で、泣きながら練習し続けるナツの姿に。

 あんなにも、悔しがるのか。あんなにも、真剣なのか。

 どうして私は、ああなれなかった。どうして私は、ここまで腐ってしまったのか。

 泣く資格すら無い私はただ絶望し、逃げ出すことしか出来なかった――。

 

 ナツは今も尚、あの頃と変わってはいないのだろう。彼氏なんか作って変わったように見えても、そうではなさそうだ。ああも全力で庇ってくれるようなのが隣にいるなら、きっと昔と変わらない情熱を保てているだろう。 

 そんなの眩しくて熱くて、死にそうだ。変わり果てた私には、刺激が強すぎる。そう思うからこそ、悪態吐いて逃げたのに。

「……どうして同じ日に、こうも畳み掛けてくるかな」

 ナツ一人が熱くなるだけならともかく、その余韻も冷めない内に彼氏くんまで来るなよ。どうなってんだ一体、厄日にも程がある。まったく気が合って羨ましいね、あのバカ夫婦は。お似合いだよ本当に。

 しかしまあさすがにここまでされると、無視するわけにもいかないか。

 それに一つ、思い出した。私は負けるのも逃げるのも嫌いだったじゃないか、少なくともあの頃は。ここで引き下がったら、私の名が廃る。

 良いさ、行ってやろう。後の事は、それから考えよう。

 冬の風を浴びながらもチケットを握り締め、私は歩き出す。これからまた、一歩ずつ。

 


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