大戦果を掲げて
シグモニア
兎御殿に帰還後、ヴァイスアッシュにフォルトレスやトレイノルに帝晶双蠍、そしてコーラルホエールを含めた深海の猛者達の素材の数々を鍛冶師ブートキャンプ用に納品し、一羽に二人のより良い成長を密かに願った後、ペンシルゴンは明日の仕事が有るとの事でログアウトしていった。
明日は慈愛の聖女イリステラを始めとし、此の世界で縁を紡いで繋いだ者達に依頼した品々を受け取りに動くので、明日に備えてログアウトをと思ったのだが、アイトゥイルが兎御殿の窓から外を─────────正確には彼女の細目は開かれ、其の視線が『夜空に浮かぶ月を見ていた』のを見て、ペッパーは何かを感じずには居られなく。
「……………アイトゥイル、ディアレさん、ヒトミさん、ノワ。ちょっと酒の席に付き合ってくれないか?マーニは此方が全持ちするよ」
VRゲームの世界で初の飲酒デビューを兼ねて、アイトゥイルの月を見ている視線の奥底に隠している『何か』の正体を、ほんの少し知りたいと思っての言葉だった。
兎御殿に在る食堂に到着し、致命の包丁を砥石で研いで手入れをしているティークと会い、彼に『今提供出来る酒で一番月見に合う酒は在りますか?』と言ってみたが、本人ならぬ本兎は任せろと言わんばかりに自信満々に。
料理人として様々な酒や飲料を舌で味わい見定めて来た彼が、己の経験から『此れぞ』と自信を持って提供した酒を出し、剰え其の酒に一番合う肴も用意してくれた。
深夜帯とも有って相応に値は張ったが、仲間の為の必要経費と考えれば安い買い物として割り切れると言う物、月見が出来る窓側の席に座った一行の元に、ティークが酒と肴に食器を運んで置いてくれたので一礼。
皆の酒器に酒を注ぎ、最後に己の物へ注いで、静かに掲げて乾杯の音頭とし、器を揺らして水面より漂う辛味を帯びた酒の匂いを鼻で味わった。
「ペッパーはん、先に匂いを楽しむのさね」
「見て感じて味わうのが、食事の時の俺なりのセオリーと言うかルーティーンと言うか………。御恥ずかしながら酒には疎いので、何時も楽しんで飲んでいるアイトゥイルに酒の楽しみ方を教わりたいって思ってね」
何れ永遠に百と共に暮らしたり、アイトゥイルの愚痴や誕生日等の嬉しい事で酒の席にて語らう時に、酒の楽しみ方を知る事は果てない人生の中で必ず役立つ時が訪れる。
「成程なのさ。ワイの楽しみ方は香りと匂いに味、口に含んでゆっくりと馴染ませて、少しずつ喉に通して腹まで運ぶ………そうして全身を巡る酒の温かさを、毛先爪先の全てに張り巡らせて、飲んだ後の余韻に酔うのさね」
「アイは酒になると、普段以上に語呂が良くなるよね」
『グルン』
「
「勉強になります」
アイトゥイルの飲み方を学び、彼女の言った通りに酒を口にてゆっくりと馴染ませながら、少しずつ喉に通して鼻や腹にふわりと浮かんだ骨太の辛味と、ほんのり顔を覗かせる甘みに心が踊る。
(…………とは言え、感覚強化スキル達起動の御蔭で此の酒の味や輪郭が朧気に見えたけど、此れ美食舌込みで『ぼんやり』なのがな…………)
酒を飲む食器も渾身の一献もティークが選んだ物、其れでもペンシルゴン含めた酒飲みプレイヤー達が言う『脳を炙る感覚』も無ければ、美食舌を獲得する前に食べたティークの料理が本来の実力を発揮出来なかった時の感覚に似ている。
其れを加味しても酒の水面に映る月と、手の揺れで起きる香りが此の場に居る生命達の心を緩りと解していき、ペッパーは水面の月明かりと窓から見える月を見て。
「…………
月見酒の席でホッと呟いた、ペッパーの何気無い一言。
ディアレもヒトミも肴と酒に舌鼓、ノワは肴をハムハムと噛んで味を楽しむ中、唯一羽…………アイトゥイルだけはペッパーを見ていて。
「──────…………
感覚強化スキル達の効果継続中により、本来ならば聞き取れない程に小さく呟いたアイトゥイルの声を、ペッパーは聞き取る事が出来て。
そして彼は恋愛物ではコッテコテの御約束、普段はヒロインの好意やらに気づいていない鈍感系主人公が『此処ぞというべきタイミングで、ヒロインの秘めた思いに気付くシチュエーション』に則り、此れまたコッテコテの台詞を呟いた。
「ん?どうしたんだ、アイトゥイル?」
「へ?あ、いや、何でも無い………のさ…………」
酒を飲んで誤魔化すアイトゥイルだが、ディアレの耳と視線からして彼女も聞いていた様であり。
ノワの視線が先程からペッパーの背中にドスドスと突き刺し続けている事から、彼が此れから何をするのかを理解しているのと、其の上で『浮気は絶対に許さん』と無言で釘を刺していると解り。
如何にしてアイトゥイルが呟いたヨゾラなる存在を、彼女の口から確かめるかを考えに考えたペッパーは此の様に言った。
「前にゴーレムハンティングをして無尽の偶像を持って帰って来た時、アイトゥイルが凄く嫌な顔をしていた事が有ったのを思い出してね。其の時にヴァッシュ先生がアイトゥイルの友達の事を零したけど、其の人はどんな方だったのかって少し気になってさ………」
判定次第では好感度が駄々下がり&関係悪化までがセットの
「…………もし答えたく無いなら、答えなくても良い。其れで此の話は終わり、此れ以上の事は聞かないよ」
其れでも無理強いをしてまで、彼は聞く事を好まず。器に注いだ酒を飲み干し、ゆっくりと口に含んで味わいながら喉に通して、器へ新たに酒を注いでいた時だった。
「─────────……………ペッパーはんは」
「ん?」
「……………ペッパーはんは『肉食獣と草食獣の友情は成立する』って、信じるのさね」
「……………」
弱肉強食の摂理が世界に横たわり、其の様相は簡単には変わらない。だが本能で生きる肉食獣だとしても、子を失った雌のライオンが成り行きでシマウマの子供に乳を与えて、独りで生きられるまで面倒を見た…………といった事例が現実には存在している。
何よりも此処はゲームだ、やろうと思えば何だって出来る世界、そして肉食獣と草食獣の友情が成立するならば───────
「…………難しい事であり、苦難と茨の道だとも思う。けれど俺は『天敵との友情だって成立する』と信じている。現に『エムルさんとウィンプさんがそうである様に、知性を持つならば互いの手を取る事だって不可能では無い』…………そう俺は考えてる」
「………………!」
シャンフロという世界で培い磨き続けたロールプレイを投入し、己という人間の考え方を踏まえて放った言葉と共に酒の水面に映る月と、空に浮かぶ月を見て、酒を静かに飲んでアイトゥイルの方を見れば、普段細目の彼女が『目をカッ開いていた』。
毛色がビィラックと近しく、ヴァイスアッシュが複数のヴォーパルバニーの雌を侍らせており、ヴァイスアッシュファミリーは同じ雌から産まれた個体も居るのかと思うが、虹彩の色こそビィラックとアイトゥイルは違うものの、確かに彼女はビィラックの妹だと此の瞬間に理解して。
「…………ペッパーはん
「俺になら、か…………」
再び細目になりながら、其れでも決意を固めたアイトゥイルの言葉により、ペッパーは彼女相手にロールプレイをクリティカルないし成功させたと確信した。
アイトゥイルの話す条件を満たす為、ペッパーはヒトミに御願いしてディアレとノワを食事処の外に連れて行って貰い、離れたくないと駄々を捏ねるノワには頭や頬に尻尾や肉球含めて思いっ切り撫で撫でし、額コッツンこ&グリグリも重ねて納得して貰って。
空気を読んだティークが追加の酒を提供し、スッと食事処からヒトミ達と一緒に廊下に移動、そうして此の場に一人と一羽だけが残り………ティークが新しく出した酒を器に注いだアイトゥイルはグビリと一飲んで、改めて口を開く。
「─────────前におと………ゴホン。頭が言った通り、昔のワイには友達が居たのさ」
「……………確か、ゴルドゥニーネに殺されたダチ公が居たって言ってたね」
「うん。其の人………は、ワイが風来坊として世界を渡り歩いて見解を広める旅路の中で出会ったのさ…………。まぁ本当は酒と灯籠を揺らして、月見酒を煽る場所を探してた途中だったのさね」
(今に始まった事じゃないが、やっぱり酒飲み権兵衛だよなアイトゥイルって…………)
酒を飲みて風情を求めて旅をする、風の征く儘に気の向く儘に靡く葉の儘が如くと、そんな心情を持って彼女は此の世界で生きている様だ。
問題は彼女がヨゾラなる存在を呟いた時の目、此方のロールプレイへの反応、そして其の人と言った時に言葉を詰まらせていた事であり、仮にヨゾラが
「其の人…………『ヨゾラはん』とは月が輝く夜の下で逢って、最初は戦いになりそうになったけど…………。其時に偶々持っていた酒の匂いを嗅いで、一緒に酒を飲んで生き方や心情を語らい合ったのさ。勿論、ヨゾラはんにも兎御殿や頭の事とかは話してないのさ」
組織に関わると情報の価値は殊の外大きくなる、酒を飲んでも飲まれるべからずを理解しているアイトゥイルは、普段の酒に酔って酔い潰れているのは『演技』で、本当は
「ヨゾラはんは何と言うか………精神面が『鳥の人』に、生き方は『ペッパーはん』と良く似てたのさ」
「サンラクと俺に?」
「そう。鳥の人みたいに負の感情を燃料に生きる事を渇望して、其の為に自分の道を見定めて突き進む………。名前も自分で決めて自分の道は自分で行く………そんな『カッコいい生き方』をしてたのさ」
……………ワイとは
アイトゥイルの呟いた言葉、其れによってペッパーは己の思考で導いた答えが『ドンピシャ』とも、或いは『完全一致』とも、そして此の手の類いでは『コッテコテの御約束なパターン』に当て嵌まっていたと確信し。
そして月と酒の水面を見て言った。
「…………『ゴルドゥニーネ』、か。其のヨゾラって人は」
「─────────」
無言、さりとて僅かに首を立てに振った事が答えなのだろう。再び酒を一口飲み、アイトゥイルは言葉を繋ぐ。
「…………酒を通して交流を重ねて、話を聞く内にゴルドゥニーネも一枚岩じゃないって思えた。此のヨゾラって人は、ゴルドゥニーネは違うんだと、ワイの心は確かに感じたのさ…………」
懐かしむ様に語るアイトゥイルだったが、次に「けれど」と呟いた事により、此処から語られるのは『別れ』に関わる話だと、ペッパーには理解出来て。
「……………けれど、其の関係は長く続かなかった。忘れもしない三日月の夜、
四体の龍蛇とゴルドゥニーネ本体、レイド疑惑有りのユニークモンスター相手に手が足りなかった物の、其れでもアイトゥイルが生き残れたのは彼女が幸運だったのか、ヨゾラが物凄く強かったのか、果たして何方だろうか。
「ディ姉さんから御守りとして渡された転移魔法の巻物をヨゾラはんが開いて、ワイの手を動かして使わせて兎御殿に逃がしてくれたのさ。…………今でもアレは生き残っていた事が奇跡だったって、ダブリュアからは泣いて震えて言われた」
「一歩間違えば死んでいても不思議じゃ無かった、と………」
「………数ヶ月掛けて傷を治している間に、ワイは頭とエー兄さんから色々な問い掛けをされたりして、此迄の事情を包み隠さず話して、最悪の場合『絶縁』も覚悟したのさ…………でも頭は何を思ったのか、其れに関して『一切不問』としたのさね」
アイトゥイルが友としたヨゾラに対しても情報漏洩をしなかった事か、ヨゾラというゴルドゥニーネがラビッツ側から見ても今迄のゴルドゥニーネと違った事か、其の両方か別の理由が有ったのか。
「そして頭は言った………『ヨゾラはゴルドゥニーネと戦い敗れ、
「…………毒に取り込まれた?」
かなり重要な情報が出て来た気がする。まさかとは思うが、あのゴルドゥニーネは『自身の手で殺した
「ワイは友を、ヨゾラはんを殺したゴルドゥニーネを…………絶対に殺したいのさ。ゴルドゥニーネと生きるか死ぬかを懸けて戦う、ヴォーパルバニーとしてじゃない。『たった一人の大切な友を奪われた者として、此の手で彼女の仇を取りたいのさ』─────!」
「………………」
酒を汲み入れた器は震え、友の仇討ちに燃える彼女の細目は開き、内に燃える決意の炎は決して消えぬ誓いとなって、彼女の根底に深く根を張り根付いていると解った。
ならば
「……………なら、俺達は今よりも強くなるしかないな。龍蛇達を含め、ゴルドゥニーネはレイド疑惑持ちだ。プレイヤーが一人で出来る事にも限界が有る。だから…………俺や俺の仲間を頼れよ、
「ペッパーはん…………!」
「お前の不滅の心意気、俺が確かに聞き届けた。ゴルドゥニーネには何時か必ず
「ッ……………勿論なのさ!」
ゴルドゥニーネに挑むにしても其のゴルドゥニーネのパワードスーツは必須、レイド戦を想定するならば並大抵の戦力では逆に蹂躙され、磨り潰され兼ねないので龍蛇達の足止めが出来て簡単には倒れない実力派のプレイヤー達の手も不可欠。
そして何よりもゴルドゥニーネを見越して自身のレベルを150まで到達させる事と、オルケストラ撃破で得られるステータスポイントを踏まえたステータス調整が必要だとペッパーは確信し、来たるオルケストラ攻略に気合を入れ直したのだった。
─────────そして遂に時は来る。
決戦の時は来る