想いはただ、通じないまま降り積もる。
奇跡が起きるまで、或いはその命が終わるまでは。
茨の道を、一歩ずつ?
袖擦り合うも多生の縁、と人は言う。まるで水飴の引いた糸のように、払っても消える事なく付いてくる。
そしてそれは、思い通りになどならない。願った形にならないまま、でも捨てられないままこびりついて離れない。
いっそ消えてくれれば、悩まなくても済むのに。ああでも、そんな恐ろしい事は考えたくない。
私はその内、今の辛さに馴れていく。この生活を守る為神経を磨り減らし、あの日抱いた感情を胸の奥に封じ込め続ける事が出来るだろう。いつか恋を叶える日が来るまでは。それは遠く彼方かもしれないし、もしかしたらすぐ近くかもしれない。
私は何を犠牲にしてでも、その日を待ち続ける。きっと、ずっと。
夢佳の前で絞り出すように放った言葉は、偽りの無い真意。
私にとって大喜くんは「他の事」なんかじゃない、自分の道に疑問を持った時も絶望に沈みそうになった時も、私を支えてくれる。前へ進む為、この心臓を動かす原動力になってくれる。
少しずつ見えてきた、自分の本心。私はきっと大喜くんを好き、なのだ。
でもそれを、どう伝えたものか。そんな経験は今まで無いし、不器用でガラッパチな私に何が出来るだろうか。
そんな想いを抱きながらも、大喜くんと歩いていて――ふと考えてしまった。
もし今、この場で言ってしまったらどうなるんだろう、と。
練習の合間なのかヨロヨロしている大喜くんは、どんな顔をするかな。
いつものように他愛ない話をしながらも、胸の奥がムズムズしていくのが分かる。
とは言えそれはあまりにも無責任で、大喜くんの都合を無視しすぎている。と言うか、引く。思いっきり引くわ、そんな無遠慮な話。
まだサボテンも咲いていないし、タイミングが掴めない。そうだ、今はまだきっと早い、……筈だ。
でも、だけど。一度噴き出しかけた気持ちの熱は、そうそう冷めてはくれない。漏れ出した想いが口の端を抉じ開けて、余計な一文として飛び出していく。
「――大喜くんがつらいときは、隣にいるよ。……好きだから、さ」
その瞬間背筋がざわめき、僅かに意識が遠退いた。勢いでなんて事を言うんだという後悔と、想いを伝えた喜びがない交ぜになって心のなかはマーブル模様。取り返しが付かない一言は、でも。
「あー……はは、千夏先輩はすぐ俺をからかうんですから」
大喜くんの輝く笑顔に、跳ね除けられてしまった。完膚なきまでに、あっさりと。
冗談だと思われたんだろうか、いやそんなトーンだったか私。告白を受けておいてその態度は有り得るのか、そこまで気にもしないでいられるものか。
大喜くんだって照れているんだろう、もう一回言えばきっと通じる。さっきまでの迷いが嘘だったかのように、私はそう考え始めていた。
「えっとね、大喜くん。私は大喜くんが好きで、その……」
「はいはい、俺も千夏先輩が好きですよ。先輩を支えて、守っていくのが俺の役目ですから」
笑顔で交わされる言葉はまるで両想いの確認だけれど、決定的な点が間違っている。大喜くんの「好き」は、私の理想と余りにも違いすぎている。
家族の幸福を願うような、優しげな微笑み。それは私が願う「好き」じゃない、そっちが欲しいんじゃない。
ああ、だけど。そこからどれだけ言葉を尽くしても、大喜くんには届かない。言っても言っても理解されない、言葉は通じても意味が通らない不可思議だけがそこにある。
私を大切に思ってくれる、気遣ってくれる。でもそこに、
それは優しい凶器による、痛みの無い致命傷。私はそもそも、舞台に上がってさえいなかった。大喜くんにとって、
ならば間違っているのは、私だ。こんな気持ちを抱いてしまったのが、そもそも間違いだった。そう思わなければ、もうどうしようもない。
小さく謝る私に、大喜くんは何処までも優しくて。でもこんな晴れた日では、泣くことさえ出来なくて。
私は虚な意識のまま、ただ歩き出す。それ以外になにも出来ないから。
あとまだ、一年以上。その長い時間を、私は悶々として過ごすしかない。
大喜くんが好きだから、伝わらなくても好きだから。その二律背反を抱え、今まで通りに生きていく。片思いのままでいればいい、そうすれば近くにいられる。進展を望まなければ、私たちは仲良くしていられる。
――それに、だ。もしかしたら、大喜くんの気が変わる事もあるかもしれない。私を好きになってくれる、奇跡の日が来るかもしれない。そうだきっと来る、そう遠くない未来に想いは届く。そこからまた、全てが始まるんだ。
私たちの新しい、輝く日々が。
砕けた植木鉢をそのままごみ袋に押し込み、私は涙を拭って誓う。いつかきっと願いを叶えると信じて、今は心を閉ざそう。他に誰も好きにならず、誰からも好きになられず、大喜くんだけを見ていよう。
その日が来るまでは、もう泣かない。私は大喜くんが好き、その気持ちを嘘にしない為に。
私はまだ、負けていないのだから。