もしもこんな日本だったら   作:fire-cat

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台詞集⑨ ~防災対策~

― 昭和34年秋 官邸・災害対策本部会議室 ―

 

 紫煙が充満する会議室。

 そこでは、連日の徹夜で目を血走らせた閣僚と官僚たちが、巨大な被害地図を囲んでいた。

 

「今回の台風は、目も当てられん惨状だったな」

「ああ。被害は『甚大』の一言に尽きる」

「最早、一刻の猶予もならん。富士山頂レーダーの設置計画、予算を特例で積み増し、即座に計画を練り直せ。気象監視体制の強化は国家の急務だ」

「それにしても……今回の台風、進路予想そのものは概ね正確であったと聞く。対策を講じる時間的猶予はあったはずだ。何故これほどの惨禍を招いた?」

「元凶は高潮だ。我々が絶対安全と過信していた堤防高が、あの未曾有の怒濤と『流木』の前には無力に等しかったのだ」

「高潮さえなければ十分想定のうちに収まったはずだったのだがな……」

「貴様! 陛下の御言葉を忘れたか! 『想定』という言葉は最早この部屋では禁句だ! 堤防、および防潮堤の基準を根本から見直す必要がある。過去に破堤の記録がある全地区を対象に、直ちに改修させよ」

「単なる復旧では意味がない。今回の教訓に基づき、大潮満潮時の最高潮位に加え、更に十メートルの余裕を持たせた天端高を確保せよ。河川堤防もこれに準じ、これまでの『計画高水位』などと言う甘い基準は、一度すべて破棄する」

「待て。それでは従来の規格など無きに等しい。貴公は堤防を万里の長城と成すつもりか」

「その通りだ。いわば『超規格堤防』とでも言うべき代物だ。圧倒的な水圧と衝撃に耐えるには、高さだけではない。堤体の幅も数倍に拡幅し、堅牢無比なものとする必要がある」

「しかし、川はともかく海でそこまで巨大な壁を築いては、海と共に生きる漁師や港湾関係者が黙っていないだろう。海が見えぬ不安、潮目が読めぬ不便、地元からの猛反発は必至だ」

「それに、幅を持たせるとなれば用地買収も膨大な規模になる。立ち退きだけならまだしも、利用不可能な土地が増えるのは経済的損失だぞ」

「ならば発想を変えよう。堤防そのものを巨大な『人工地盤』とし、その上部に集落ごと移転させるというのはどうだ」

「荒唐無稽な……いや、待てよ。……あれを……いけるか。ふむ、与太話かと思ったが、案外、化けるかもしれんな。住居を二階屋以上とし、堤防外側を非居住区画とすれば、万一の越流時も人命だけは保たれるか」

「堤防周辺だけでなく破堤の記録や水害で被災した歴史を持つ地域を対象に同様の基準を適用させよう」

「改築や新築も同様にする事も視野に入れるか。水屋があるならそこに逃げればいいが」

「一考の価値はあるな。至急、建設省と協議させろ」

 

「それから、今回の停電と通信断絶の件だ。停電による情報の遮断は致命傷だった。情報が遮断されたが故に、多くの住民が避難の機を逸した。これを如何にすべきか」

「ふん。ならばテレビとトランジスタラジオの普及を国策として叩き込め」

「そうだな。一気に広めるんだ。その為なら生産企業への補助金投入も辞さん」

「例の国民車計画と併せて『全世帯への情報受信機配備』を至上命令として推進させよう」

「だが、補助金を出すからには『安かろう悪かろう』は許されんぞ。国民の命綱となる機材だ。安かろう悪かろうのガラクタを掴まされては、いざという時に役に立たん」

「市場での抜き打ち検査は徹底的に行うべきだ。ガラクタを市場に出した企業には直ちに警告を出しガラクタとまともな品と無償交換させろ。逆らう様なら叩き潰せ」

 

「停電の件だが、電気自動車の蓄電池を非常電源に使えんか? 以前から独自の判断で車載電池を取り外して利用していたようだが」

「あれはあくまで泥縄の策だ。だが、いい機会だ。E4S-48型(たまジュニア)などの先例を元に、蓄電池の非常利用を正式な防災規格として義務付けろ。企業には非常電源としての互換性を持たせるよう、直ちに仕様変更を命じろ」

 

「あとは、自治体の動きが鈍すぎる。市町村の避難誘導、防災体制の不備も看過できん」

「教育現場からの改革も必須だな。戦前の教科書にあった『稲むらの火』と『エルトゥールル号遭難事件』……これらを防災教育の観点から復活させ、徹底的に叩き込め。過去の災害史の検証も急がせろ」

「どこまで遡るかは精査が必要だな。だが住民の危機意識の欠如は明白だ。行政による避難勧告が全くなされなかった地域すらあるとの報告もある」

「自分たちが『逃げ場のない危険地帯』に住んでいることすら知らず、逃げ遅れて亡くなった者が多数にのぼる……ということか」

「そんな場所があるとは……。行政の不作為による『人災』だ。申し開きも立たん」

「議会へ報告し、当該地域の首長を証人喚問せよ。場合によっては辞職を促すか……いや、刑事責任を問う事も辞さぬ厳正な処断が必要だ。おい、至急後任となりうる候補の一覧を調べ作成しておけ。議会が紛糾する前に先手を打つ」

 

「そういえば豊橋や碧南の干拓地では被害が軽微だったそうだな」

「左様です。豊橋は安政東海地震の教訓による高台移転が奏功しました。碧南においては、日没前に全住民の避難を完了させていたとのこと。まさに危機管理の範です」

「人災を起こした奴に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」

「土地の嵩上げ、集団移転……痛みを伴うが、これらを法的に強制する権限が必要か」

「国土開発基本法の見直しと併せて災害対策基本法の抜本的改訂を諮問すべきだな。従来の想定基準は、あまりに甘すぎた」

 

「被災地の衛生状態はどうなっている? 汚水が滞留しているとの報告だが」

「劣悪の一言だ。孤立地域の排泄物処理も滞り、伝染病の蔓延が懸念されている。防疫対策と並行し、下水道の普及、共同溝の設置も急務だな」

「災害対策基本法の改定案骨子はどうなっている。一定規模以上の建築物に対し、自家発電設備の設置を義務付けると聞いたが」

「ああ。今回のような広域災害では、送電網の寸断は避けられんからな」

「それは結構だが、設置場所を誤れば鉄屑になるぞ。地下や一階では浸水して終わりだ。共同溝の予備電源用の排水ポンプが水没したのがその証拠だ」

「防水隔壁と排水設備の設置だけでは駄目だったか」

「ああ。共同溝への浸水箇所も深刻だ。幸い30mおきに設けられた隔壁と排水設備で共同溝の被害は最小限に抑えられたが、予備として設置していた排水設備の非常用発電機は水没して使い物にならぬ」

「そうなると、水害と地震、複合災害への備えも必要だな」

「船舶の重要設備と同じだ。重要設備は最後まで使用できるようにせねばならぬ」

「ならば、建築基準法で明記させろ。『自家発電装置は、建物の屋上階、もしくは地上二十メートル以上の高さに設置すること』とな。系統も多重化し、いずれかが必ず稼働する状態を担保させろ」

「建物の強靭化については?」

「洪水で流れるがれきや流木への衝撃対策はどうにもならんが、地震への対策としては先の濃尾地震や大正の大震災の激震に耐えうる構造を義務付ける」

「確かにその構造ならば衝撃にもある程度は耐えられようが……産業界から『基準が厳しすぎる』との悲鳴があがるな。建築費も莫大に跳ね上がるぞ。強引に進めれば、我々の政治生命が……」

「甘いことを抜かすな!! その『甘え』が、今回の惨劇を招いたのだ!」

 議長席からの怒声が、部屋の空気を凍り付かせた。

「……予報は的中していたのだ。それにも関わらず、我々が絶対安全だと信じ切っていた堅牢な屋敷は、濁流と流木の前にあっけなく粉砕された」

「……」

「よりによって、最も安全であるはずの避難先にいらした京極宮殿下が巻き込まれ、あまつさえ、殿下をお救い申し上げるため、共にいらした松殿侯爵家の寛子様が命を落とされたのだぞ……!」

「……言葉もない」

「助かったとはいえ、殿下はまだ十二歳。亡くなられた寛子様は十六歳だったのだ。お二方の御仲の睦まじさを思えば、殿下の御心痛はいかばかりか。……伊勢に御逗留いただくべきだったのだ……悔やんでも悔やみきれん」

 出席者の一人が、両手で顔を覆い、絞り出すように呻いた。

「この国は、自らの未来を背負う至宝を、冷たい暗黒の濁流の中に置き去りにしたのだ。陛下の仰る通り、これは紛れもない『人災』だ」

「……」

「産業界が泣こうが喚こうが、莫大な予算が飛ぼうが関係ない! この尊い犠牲を、あの悲劇を、単なる美談で終わらせてはならん。それは残された我々の責務だ」

「……違いない。人命最優先だ。一切の妥協は許さん」

「では、直ちに草案作成に取り掛かれ」

 議長は、部屋の隅で青ざめている若手官僚たちを睨みつけた。

「おい、そこのヒヨッコども! 手を動かせ。明日の閣議決定に間に合わせるんだ。『想定が甘かった』などという言い訳は、もはや……あのような最期を遂げられた寛子様の御霊前では、決して通用せんぞ!!」

 

 

 

 

― 1970年 ある官庁の廊下にて ―

 

「あの時、色々とあったが……まさか新潟地震での津波被害を、あれほど軽減できるとはな。当時の諸先輩方の先見の明には恐れ入るよ」

「全くだ。あの頃は『日本海側で大津波など起きぬ』という俗説がまかり通っていた時代だぞ? それを予期して対策を打っていたなら、最早化け物だよ。だが、あの大改修のおかげで、コンビナート火災も浸水も最小限で済んだ」

「それにあの鉄道工兵師団。あれの編成に尽力したのも先輩方だったからな」

「『動かせる列車がないなら、鉄路を造りながら進む軍隊を持て』……。あの提言を聞いた時は、あの惨劇の衝撃でついに正気を失ったかと疑ったものだが」

「新潟の時は『線路の安全確認ができていない!』と止める声を、『鉄路が壊れ動かせる列車がないなら、鉄路を造りながら進む。それが鉄道工兵師団の在り方だ!』と一喝して押し通したそうじゃないか」

「ああ、名古屋駐留、鉄道工兵第四師団……通称『狂の鉄四』か。かつて伊勢湾で殿下を救い出したものの、守るべき方々を救えなかったあの大隊が中核だというからな。奴らの『意地』は、戦後日本のどの組織よりも重い」

「名古屋駐留『狂の鉄四』は未だ健在なり、か。あの化け物ども、地震発生から25時間後には重機を満載して、いつも通り汽笛を鳴らしながら被災地への突入を成功させおった。さすがは糞の中まで胆が詰まっていると謳われし鉄道工兵第四師団、まさに面目躍如であった」

「化け物どもが無茶しおってからに」

「あの師団は死線を見極めるのが特に上手い。無茶はすれども無理はせぬ。その証にギリギリまで粘るが未だに戦死者を出しておらぬ。他の鉄師ではああはいかぬ」

 

「そういえば、最近、文献調査で判明した『貞観地震』の規模も、専門家を驚愕させたらしいな」

「ああ。千年前の東北を襲った巨大津波か……。その報告を受けて、建設中の原子力発電所の防潮堤計画も、またもや大幅な嵩上げ変更だ」

「現場は悲鳴を上げているが、あの時、予算を強行突破させておいて正解だったな。さもなければ、いつか来る大地震か洪水で、この国は取り返しのつかない傷を負うことになっただろう」

「あの頃の閣僚たちが、なぜあれほど偏執的に古文書を漁らせ、地質を調べさせたのか不思議だったが」

「『地元の常識や、たかだか数十年の経験則など、一撃で粉砕されることを我々は知っている』……当時の議事録に残っている言葉だ。桑名で、熱田で、自分たちが信じていた『絶対』が流木一本に打ち砕かれたあの夜に、日本の防災は五十年進んだと言われているからな」

「あれは総研の研究者たちが戦場に散らずに済んだのも大きい」

「ああ。あの頭脳たちが生き残ってくれたおかげでずいぶん助かった」

「それもこれもひっくるめて……今頃、あの世で『どうだ、見たか』と苦笑しているだろうよ」

「違いない」

 

「──コリャ!! 勝手に人を殺すでないわ!」

 

「うわっ!?」

「ひ、ヒェッ!? せ、先生!?」

「わしゃ、まだ生きとるぞ! ピンピンしとるわ!」

「あっ! ヤベッ。今日は参議院の本会議でしたか!」

「逃げろ!」

「待たんか! この若鳥(ジャク)どもが!」

 カツカツと杖の音が廊下に響き、逃げ惑う課長級の官僚たちを、白髪の老人が追いかける。

「若鳥(ジャク)は勘弁してくださいよ! これでも我々、本省の部長補佐なんですから!」

「はんっ! あの夜、官邸の地下で泣きべそかきながら計算尺を回しとったヒヨッコが、何を偉そうに! 閣議決定の数時間前まで『物理的に不可能です』などとピーピー抜かしておったのは、どこのどいつじゃったか! 年長者を敬わない不届き者には、我が大円流の杖術を脳天に喰らわせてやるわ。其処に直れ!」

「直りませんよ! ぅおっと!」

「このッ! 避けるでないわ!」

「あの時は必死だったんですよ! ご勘弁を~!」

 

 蜘蛛の子を散らすように去っていく背中を見送り、老人はふう、と息をついて杖を下ろした。

「……逃げられたか。歳はとりたくないのう」

 老人は懐から古びた手帳を取り出す。

 それは昭和三十四年九月、あの血を吐くような議論の最中、目の前で逃げ惑っていた彼ら「ヒヨッコ」たちに、「想定が甘かったなどという言い訳は、寛子様の御霊前では通用せんぞ!!」と鉛筆を叩きつけ、無理難題を書き込ませた、あの時の手帳だった。

 

 めくれば、今も滲んだ文字で「堤防高・大潮+10m」「人工地盤への強制移転」といった、当時の彼らが「不可能だ」と悲鳴を上げた過激な骨子が書き記されている。それは今やこの国の「当たり前の風景」として結実した。

 老人は窓の外、強靭な「超規格堤防」に守られた平穏な街並みを眺めた。

 この巨大な構造物は、慶仁殿下の命を繋ぐために命を捨てた侍従たちの、一人の少女の「代償」として、彼らヒヨッコたちが血反吐を吐いて設計し、築き上げたものだ。

「……しかと励めよ、若人よ」

 老人は独りごちた。

「この国を、二度とあのような……あの方々の涙で、濡らしてはならん」

 老人は再び杖を突いて歩き出す。かつて部下たちを怒鳴りつけ、不可能を可能にさせたこの「強靱なる国土」の安寧を確かめるように、一歩一歩、その歩みは重く、確かだった。

 

 

<FIN>

 




鉄道工兵師団―鉄路無き所に鉄路を築け 我らが行く手を阻むもの無し―


多分、OTLとの災害被害者は20,000人以上違う……。


「……だが、結果はどうだ。よりによって、最も安全であるはずの避難先にいらした、京極宮家の慶仁殿下が堤防決壊に巻き込まれたのだぞ」
「……」
「あまつさえ、殿下をお救い申し上げるため、共にいらした松殿侯爵家の寛子様が……」

これの場面は

伊勢湾台風物語 https://m.youtube.com/watch?v=BKltRmrrT_o

の1:00:30あたりからを参考に。

ワンコが侯爵家息女
少女が殿下






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