※郷秀樹役を演じた団時朗氏のご冥福をお祈り申し上げます。
しかし、郷秀樹を演じた団時朗氏の訃報を目にし、私なりの哀悼の意を示すべく、何としてでも短編としてで良いから完成させよう。そう思い、作り上げた物となります。
はたして哀悼の意が示せているのか。そして、この作品がそれに相応しいのか。何とも言えぬ所でありますが、どうぞご一読ください。
人類とは強い生物だ。
我々の住む地球上では、脳を最も賢く扱える人類が霊長類最強と言われている。果てしなく自身を強化していき、やがて文明を発展させていく。時には身を滅ぼしながら、ひたすらに進化を続ける生物だ。
同時に、人類とは醜い生物である。
己の欲望には常に忠実で。誰かを貶める行為だって躊躇いなく行う。それが例え、地球の環境を破壊し尽くすことになったとしても。
人類は争った。己の欲望を満たすため、ただ醜く争い続けた。
進化し魔法を使えるようになっても。魔法によって新しい強力なエネルギーが生み出されたとしても。人類は、それを全て戦争の道具に転じた。転じ続けた。
その結果、人々はただ死に続け。文明は徐々に崩壊し。後には、人類の技術で進化した巨大AIロボットが支配する、機械的な都市を模した何かだけが残ったのである。
我々人間からしたら、随分と住みにくい地球に変わってしまった。
自己進化したAIたちは、人類が地球に害するゴミだと判断し、次々と生き残っていた人間を駆除。見つけ次第にすり潰す。そんな行動だけを繰り返す、文字通りの機械と化した。
日に日に生物は死に絶えていき、少しずつ終局を待つだけの灰色の惑星にへと成り下がった地球。
最初の頃は抵抗していた人類もやがて数を減らし。遂には片手で数えるぐらいの数しか存在しなくなり。荒廃した地で死を待つのみに注力する、悲しい植物へと自ら成り下がる者が何人も現れた。
生きる理由なんてどこにもない。
美味しい物を食べる? 無理だ。地球にはもう、腹いっぱい食べるだけの生物が生きていないのだから。
陽をいっぱいに含んだ布団で寝そべる? 幾度となく繰り返した核爆発によって日の届かない地球で、そんな贅沢はもう不可能だ。
外で遊ぶなんてもってのほかだ。人類狩りに徹しているAIに見つかって終わる。
だからほとんどの人類は待った。死が訪れるその日がやって来るのを、ただひたすらに。
ただ一人の男を除いて。
「「「排除シマス」」」
「ちい!」
男の名は、バン・ヒデキと言った。元は名すら存在しない孤児だったのだが、とある資料に書いてあった名前を気に入り、そのまま自身の名として使っている。
バンは幼い頃に偶然手にしたとあるDVDを見たその瞬間から、この絶望しか蔓延っていない世界を何としてでも変えてみせると思い立った。
そのDVDのタイトルは、「帰ってきたウルトラマン」だ。
人間として死の間際まで頑張った者だけに光はやって来る。ウルトラマンは力を貸してくれる。それを愚直にも信じ、無謀とも言える戦いを独り繰り広げていた。
しかし現実は非情だ。夢なんて甘い物は見せてくれない。
最初の頃はポツポツと存在していた仲間も、今は全員あの世へと旅立った。生きる気力を失って、植物へと心を変えた悲しき人間の数は、ただ増える一方。
頭の中では「もう無駄なのだ」と分かっているバン。それでも、彼は戦う。いつか起こるであろうウルトラの奇跡を信じて。
進化を続けるAIに対しても、彼は弱音を吐かずに戦う。戦い続ける。
だが、それも限界が近かった。
レーザービームで何度も身を焼かれ、瓦礫によって擦り傷切り傷を無数に作って。もはや走ることすらままならない。そんな状態でAIに勝てるはずがなく、バンは逃走を選ぶ回数が増えていったのだ。
今日も這う這うの体でバンは逃げた。数機破壊こそしたが、数は無限にも等しい巨大なAIロボット戦士。数の暴力には対抗できず、逃げるしかなかった。
「くそっ……」
彼が逃げ込んだのは、偶然見つけた建物だ。既に崩壊を始めており、今にも崩れ去ってしまいそうな建物。だが、それ以外に目ぼしい建物が見当たらず、バンはそこへ隠れた。
中はそれなりに広い。かつて何かを展示していたのだろう。形を崩した何かが、様々な大きさの展示台の上にチョコンと乗っている。
そんな中で一つ、一際異彩さを感じさせる物があった。
「これは、まさか……」
今はくすんでしまっているが、所々僅かに見える銀色の肉体。特徴的な頭。左腕にはブレスレット。そして、胸にはくすんだ青色に輝くカラータイマー。
「ウルトラマン、なのか」
それは、ウルトラマンだった。ショーケースの中に、大切に保管されているウルトラマン。その着ぐるみ。
他の展示物が壊れたり、何なら形すら残さない中で、この着ぐるみだけは保管された当時の姿のままだったのだ。
「……ウルトラマンの前で死ぬのか、俺は」
今日受けた傷は特に深い。植物状態になって放心している人間を庇い、マトモに熱線を受けてしまった。もう助かる見込みはないと、何となく悟ったバンはそんな言葉を漏らす。
かつて。そして今も憧れているウルトラマンの前で。そのまま命を失うのも、まあアリなのかもしれない。
そう考えてしまう程に彼は弱っている。
ショーケースに足を向けて彼は仰向けに寝転がった。
「ああ、神様。それかウルトラマン。もし、俺の願いを叶えてくれるなら。次生まれる世界は、もっと奇跡と笑顔の溢れる素晴らしい場所であって欲しいな。こんな絶望しか存在しない世界じゃなくて、もっと幸福に満ち溢れてる世界に……」
少しずつ目を閉じていく。このまま眠るように、息を引き取るのだろう。
それを察したバンは、特に抵抗をせず自身の身体の反応に全てを委ねた。
消えゆく意識。脳裏に浮かぶのは、帰ってきたウルトラマンの映像。そして思い出す。帰ってきたウルトラマンを視聴していた時の、どうしようもない高揚感を。
「ウルトラマン、か。俺は、ウルトラマンにはなれなかったなぁ……」
死ぬ間際の感傷に浸ってたからなのか。
「ああ、もう光がすぐそこに見える。もう死ぬのか」
それとも、奇跡は起こらないと勝手に決めつけてしまったからなのか。
ショーケースの中に保管されているウルトラマンの着ぐるみが、少しずつバンの元へ倒れて来ていることに。そして、カラータイマーを中心として十字架状の光が現れ、徐々に輝きが広がっていくことに。彼は最後まで気がつかなかった。
『──私は、絶望が蔓延るこの世界であっても輝きを失わない、君の素晴らしい心に感動した』
『──私の命を。この地球が残した、最後の生命の輝きをバン・ヒデキ。君に預ける』
『──もっと早く、君のような人類が現れていたならば。この地球も美しい姿を取り戻せたのだろうに』
ウルトラマンの着ぐるみが、バンの身体に完全に倒れ込んだ。そしてそれとほぼ同時に、十字架状の光がバンとウルトラマンの着ぐるみを包み込む。
何度も。そう、何度も。光はスパークし、輝きを増していった。
やがて一つの大きな光の塊へと姿を変えると、それは建物の天井を突き破って外へと飛び出す。
光の塊を発見したAIロボット兵士は、標的をバンから光へと変えた。何か、とても危険な信号をキャッチしたから。ロボット兵士は文字通り、銃身が真っ赤になるまで己の武器を唸らせる。
しかし。光の塊は何事もなかったかのように、地面に降り立ち。そして炸裂した。
強烈な光を感知し、ロボット兵士はその動きを止める。推定百万ワットの光だ。想定には存在しないフラッシュに機械脳が混乱し、一時的に動きを完全に止めたのである。
光はやがて晴れ、その中から人影が浮かび上がる。ロボット兵士と同じぐらいの大きさの。数値にすれば、およそ四十メートル級。その大きさは、巨大なAIロボットとも遜色なく、我々人類からすれば、とても信じられないぐらいの巨人であった。
「シュワッチ!」
独特な掛け声と共にファイティングポーズを取った巨人の胸には、青色に輝くカラータイマーがあった。
既に失われてしまった地球の青空にも似た色のカラータイマー。そして、とても人間とは思えない銀色の肉体に何本も描かれている赤いライン。
過去にこの巨人を見た人間は皆、こう呼んだ。
──ウルトラマン
または、このように。
──帰ってきたウルトラマン。ウルトラマンジャック
特撮の世界でしかその力を発揮しないはずの、空想上のヒーロー。ウルトラマン。
悠久の時を得て、空想上のヒーローは現実へと降り立った。
絶望のみが支配する、凄惨な地球に。
『これは……!?』
一方、突然目が覚めたと思ったらこんな姿に変わっていたバンは困惑していた。
死んだと思っていたのに、気がついたらこうして息をしていることにまずは驚いた。当然だ。死人は生き返らないのが定説なのだから。
しかしそれ以上に、自身の体の変貌に彼は驚いていた。
今も、そして昔も。ずっと憧れていたウルトラマン。その姿に、自分がなってしまったのだから。
冷静さを取り戻す。そのスピードに関しては、AIの方が圧倒的に早い。目の前に立ち塞がる障害を、今すぐにでも排除しようと動き出す。
バンに致命傷を与えた熱線を各々用意し、チャージが終了したと同時に発射。一挙ウルトラマンを仕留めようとした。
「シェアッ!」
咄嗟にバンは体を動かし、腕をクロスして熱線を迎え撃つ。
──ウルトラVバリヤー
カカカンッ! と硬質的な音を鳴らしながら、熱線はいとも容易くウルトラマンの腕から弾かれてしまった。
驚いたのはロボット戦士だ。それも仕方のないことである。相当に強い破壊力を持つ熱線だったのに、それを簡単に防いでしまったのだから。
攻撃を受けきったバンは、今の光景を見て驚愕こそしたが、同時に冷静さも取り戻した。
『そうか。この力は、あの映像のウルトラマンと同じ物なのか!』
そして超速理解をした。今、自分が手にしている力は、あのウルトラマンと全く変わらないのだと。
何度も、何度も。繰り返し帰ってきたウルトラマンを視聴してきた彼は、ウルトラマンの持つ能力がどのような物か完全に把握している。
『よし、行くぞ!』
気合十分。バンは少し助走をつけてから跳び上がる。
「ダアッ!」
高く。高く。どこまでも。生憎の曇り空ではあるが気にしない。
高さを十分に確保したバンは、そこから自然落下に身を任せながら片足を勢い良く突き出す!
──流星キック
型通りの急降下キック。プロレス風に言えばミサイルキックだろうか。
ロボット兵士の認識を遥かに超える速度で放たれた急降下キックは、ロボット兵士の厚い装甲板を貫通し、一瞬にしてただの鉄屑へと変える。
一撃でロボット兵士を粉砕すると、そのままバンは格闘戦へと移行した。
流れる水が如く、次々と繰り出される強烈な技の数々。
ロボット兵士の腕を掻い潜って放たれた連続チョップは、勢いのまま頭部を粉砕。機能をあっという間に止める。
攻撃の後隙を殴るべく、まだ生きているロボット兵士は飛びかかる。だが、その襲撃を読み切ったバンは攻撃を回避し、そのまま流れるようにローリングソバットを放つ。
蹴りはロボット兵士の胸元に命中。蹴りの着弾地点には大穴がバカリと開いた。
近接では勝てない。そう判断したロボット兵士は一定の距離を置き、指を機関砲に変形させる。
人間であれば、一斉掃射を受ければあっという間にミンチにされるであろう機関砲。これまでも、数多くの人間をあの世へ送った凶悪兵器の一つ。
そのデータを信じ、ロボット兵士は後先を考えない一斉射を開始した。
凄まじい鉄の嵐が巻き起こる。いくら硬い装甲を持っていたとしても、少しずつ削ればいつかは勝てるであろう。
その甘い目論見は、ウルトラマンが左手に右手を添えたことで放たれた霧状の光線によって、一撃で吹き飛ぶことになった。
──フォッグビーム
コンパクトなポージングで放たれた光線は、帰ってきたウルトラマン本編では不遇とも言われた技だ。たった一度使ってバリヤに塞がれたきり、二度と登場はしなかった。
しかし。我々の住む現実世界でその光線技を使えばどうなるか。答えは明白。強力な破壊光線へと化ける。
下級光線技ですら、機関砲の巻き起こす鉄の嵐をいとも容易く押し返す破壊力だ。フォッグビームは全く押し留まることなく前進を続け、遂にはロボット兵士数体に命中。そのまま爆発四散させた。
倒された分だけロボット兵士は何処からともなく補充されるが、そんなのは大した問題ではない。
あまりの殲滅速度に、ロボット兵士を操っているAIは混乱からショートを起こしかけていたのだ。
ロボット兵士の生産も追いつかない。ロボット兵士を生成する資源も有限だ。そのうち枯渇するだろう。
そんなことは露知らず、バンは次々とロボット兵士を薙ぎ倒していく。
光線技の照射によって流れを完全に掴み、一気に攻勢へ出た。
右手に自身のエネルギーを集め、更にそれを丸鋸状に変形。ロボット兵士の命を刈り取るギロチンとしての光輪を作り出す。
──ウルトラスラッシュ
そしてその光輪を本編のようには発射はせず、そのまま手持ち武器としてバンは使い始めた。
戦法自体はさほど変わらない。軽快なチョップやキックといった格闘技を中心に攻め入る、このウルトラマン特有の戦闘方法である。しかしそこに、手持ち武器としてウルトラスラッシュを使う。非常にシンプルだが、ウルトラマンと相性がとても良い戦い方だ。
さっきとは違い、頭部の粉砕に数発は使ったチョップが一撃必殺へと化けている。当然、ロボット兵士の殲滅速度も一気に向上した。
これに焦ったのは司令塔のAIである。資源の消費速度が比例するように向上し、いよいよ枯渇も目の前にまでやって来たのだから。
戦っているバンも、ロボット兵士が送り込まれる数が徐々に減っていることに気がついていた。
無限にも思われていたロボット兵士の生成が、やっと止まろうとしている。その事実に喜びを覚え、バンの殲滅スピードは更に速度を増す。
そんな時である。バンはふと、ロボット兵士が虚空であったはずの空間を裂きながら現れる様子を目撃した。
バンは考える。このままロボット兵士を殲滅するのも構わない。だがしかし、親玉を叩いた方がより確実に、この戦いを終わらせられるのではないかと。
『……よし!』
答えは出た。一瞬で。
次なる行動を決めたバンは、ここまで一度も使用してこなかった、左腕に装着されているブレスレットに手を伸ばす。
──ウルトラブレスレット
いかなる宇宙怪獣とも“互角”に戦える強力なアイテム。それを手にしたバンは、ロボット兵士が現れたであろう辺りへ目掛け、ブレスレットを投げつけた。
するとどうだ。ブレスレットが強烈な光を放つと共に、空間にウルトラマン一人が通れるぐらいの大穴が空いたではないか。
基本的に出来ないことはないウルトラブレスレット。欠点といえば、同時に二つ以上の行動は不可能なことだろう。まあ、それでも強すぎるぐらいの武器なのだが。
空間に穴を空けるぐらいなら造作もないとでも言わんばかりに、簡単にロボット兵士を操っている親玉AIの元への道を作ってしまったウルトラブレスレット。最初から信じていたとはいえ、あまりにも簡単だったのでバンも少し驚いている。
とはいえ、驚いて硬直したのはほんの一瞬。すぐさま彼は気を取り戻して空いた大穴に飛び込み、中へ入ったらブレスレットを回収した。
まさかの侵入に、AIの混乱は最高潮に達した。人類の排除に乗り出して既に随分な時間が経過しているが、これまで一回もロボット兵士を生成している本拠地にまで敵対者が侵入することはなかった。
その前例がたった今、覆されたのである。
AIとは、想定されている事象には非常に強い。しかし、予想外の事象にはとことん弱いとされている。この世界のAIは、突発的に発生するトラブルにも強い進化個体なのだが、それでも限界は存在している。今回はAIが設定したトラブルの許容範囲を超えた事象、ということだ。
咄嗟に動けない見張りのロボット兵士は、ウルトラマンの強大な腕力によって一瞬でスクラップにされた。
ウルトラマンとて無敵ではない。エネルギー切れのリスクはいつでも抱えている。バンが変身したウルトラマンも、その例に漏れない。
バンは、自身のエネルギーが急速に減りつつあることを自覚していた。まだまだ十分に動けるが、じきにエネルギーが尽きてしまうことを悟っている。
故に急ぐ。そう、あと一分半以内には必ずや親玉を叩き潰してやろうと。
遠慮はしない。持っている能力全てを今、この場で発揮するときだ!
ブレスレットに手を伸ばすと、バンは次々と強力な兵器へと変形させていく。
手始めに変形させたのは、特徴的な形状をしている槍だ。
──ウルトラランス
襲い来るロボット兵士に対し、バンは槍の長いリーチとウルトラマンの華麗なる体捌きを駆使して対抗。十秒足らずで二十体を撃破する。
続いてバンは、またブレスレットを変形させた。今度は先ほどのウルトラランスの柄を短くしたような形状だ。
──ウルトラスパーク
武器の名称を敢えて挙げるならば短剣である。数々の宇宙怪獣を撃破してきた、超万能の短剣。それがウルトラスパークである。投擲でも手持ちでも何でもござれだ。
それをバンは、何の躊躇いもなくロボット兵士に向かって投げつけた。
するとどうだ。バンの脳波によって操られたウルトラスパークは、意思を持ったブーメランが如く動き回り、ロボット兵士をなますみのように切り裂いていくではないか。
「ヘッ! デア!」
もはやウルトラマン本人は手を下していない。脳波でウルトラスパークを操りこそしてるが、それだけに過ぎない。
自由自在に動く白熱化した刃が、意思を持たないロボットを滅する。時には分裂すら行い、ウルトラランスよりも更に多くのスクラップを生み出していく。
そこまでやられて、司令塔のAIは全戦力を基地に結集させた。
「侵入者ヲ滅セヨ」
シンプルかつ残酷な命令。その命令を下すのがもう少し早ければ、ウルトラマンのエネルギー切れまでロボット兵士を差し向けられたかもしれない。
だが、遅すぎた。判断が。
そして下した判断は、完全に悪手であった。
押し寄せるロボット兵士の数が増え、密集しがちだと気がついたバンはウルトラスパークを回収。また別の兵器へ変形させる。
とは言っても、形状その物は変わらない。変えたのはその性質のみ。
性質は一言で表せば「爆弾」だ。
──ブレスレットボム
それをバンは投擲する。密集しているロボット兵士の中心部へ正確に。
「シェアッ!」
気合一閃。それと共に、ブレスレットボムが炸裂する。
最大威力は、惑星一つを宇宙の塵へと変えてしまう破壊力。多少はセーブしているとはいえ、その威力は本物だ。
連続した炸裂音と共に爆炎が広がる。一瞬にして爆炎は多数のロボット兵士を巻き込み、焼き尽くしていった。
『親玉は……この部屋かっ!』
ブレスレットボムで敵を殲滅している間、バンはウルトラマンの超人的な目を使って司令塔室を探していた。
ウルトラマンの視覚は途轍もなく優秀だ。透視だってお手の物である。
親玉が潜んでいる部屋を発見したバンはブレスレットを回収。残ったロボット兵士をブレスレットの装着されている左手のチョップで破壊しながら向かった。
──ブレスレットチョップ
「シャッ!」
ドゴアン!
部屋の壁を蹴りで思いっきり突き破る。中にはバンが睨んた通り、全てのロボット兵士を操っていたAIの総体が佇んでいた。
『お前が親玉か?』
テレパシー能力を使って問うバン。
「如何にも。私がこの世界のAI全てをコントロールしている総体になります」
そう答えた総体AIは、限りなく人間に近しい形状をしていた。尤も、身長はウルトラマンと同じぐらいであるし、背中側から伸びた無数のケーブルは様々な映像を映しているモニターと接続されているが。
『お前を潰せば、この地球上で動いている全てのAIは動きを止めるのか?』
「はい。ここで貴方に倒されるつもりは毛頭ありませんが」
『いいや、ここで潰す。これ以上、地球を泣かせるわけにはいかない』
「不思議なことを貴方は言う。地球は生き物ではない。ただの惑星です。故に、泣きも笑いもしません」
所詮はAI。感情なんぞ持ち合わせやしない。電子頭脳に刻まれた命令だけをこなすのみ。それが機械の限界。それを悟ったバンは、自身とAIを嘲笑うような調子で溜息を吐き出した。
地球その物がバンへ力を貸しているにも等しいこの状態。ウルトラマンの姿なのは偶然の産物であり、本質はAIによって死の星に変えられる惨状を見て悲しんだ地球の意思が、バン個人へ大いなる力を与えたに過ぎない。
それを超自然的に理解したバンだからこその言葉だったのだが、相手はAI。哲学的な言葉を投げかけるだけ無駄だったのだ。
「地球をこんな惨状へと変えたのは愚かな人類。それを討ち滅ぼし、真の統制された平穏を取り戻すのが我々に課された使命。邪魔者の貴方には消えていただきます」
ケーブルを外して前へと出る総体AI。完全に戦闘する状態であり、交渉の余地は残されてない。
バンは黙ってファイティングポーズを取る。
人類も動物も。何なら植物もほぼ存在が残っていない死の星地球。守る物なんてゼロにも等しいが、それでも戦う決意を彼は決めた。
──せめて、これ以上地球に涙を流させないために
「シュワッ!」
いざ戦闘を開始しようとした瞬間、ウルトラマンのカラータイマーの色が青から赤へと変色を始めた。
ウルトラマンは無敵ではない。よくある設定では、地球上では三分しか戦えないともある。しかしこのウルトラマン、地球上での活動制限時間は存在しない。
じゃあ何でカラータイマーが点滅したのか。その答えは単純明快、エネルギーの残量が少なくなったからだ。
蘇生を遂げたとはいえ、バンが元から保有していたエネルギーはとても少ない。ウルトラマンという巨大な力を扱うのは、それこそ三分少々が限界であった。
「警告信号ですか。もう貴方は戦えないと。結局、大言壮語で終わるのですね。人類はいつもそうです」
嘲る総体。しかし、バンは焦りの汗一つ見せない。
それが限りなく不気味で、総体は無意識に一歩後退る。
『警告信号、か。それは違うな』
「……何ですって? 何が違うのですか」
『この点滅は、俺に対する警告信号だけではないのさ』
その言葉の意味を理解できない総体に対し、バンは凪いだような心のまま突進した。
ウルトラマンの強烈な突進を受け、総体はジリリと後退りつつも、何とかその勢いを殺すことに成功する。代償として後方のモニターの多くは壊れてしまったが……。
総体は右腕をチェーンソーへと変える。どうにかしてウルトラマンを引き剝がし、そしてダメージを与えるために。
振り下ろされるチェーンソー。狙いはウルトラマンの左腕。
現状、総体が取れる限りある行動の中で、それが最悪の選択だとは露とも思わず。
「ヘアッ!」
動じず左腕を差し出して防御姿勢を取ったウルトラマンを、総体が嘲りの感情で見れたのはほんの数瞬。何故なら振り下ろしたチェーンソーは、唐突に出現した銀色に輝く盾によって阻まれていたのだから。
──ウルトラディフェンダー
手持ちの状態ではなく、腕に直接装着される形で展開されたウルトラディフェンダーは、完璧にチェーンソーを弾き返した。
その反動でよろめく総体へバンは追撃を仕掛ける。
痛烈な飛び蹴りを起点とし、連続でチョップを総体の頭部に叩き込んでイニシアチブをまずは取ったバン。締めにローリングソバットを放って距離を取る。
距離が開いたところへ放つは遠距離攻撃。まずは目に自身の持つエネルギーの一部を集中させ、ウルトラマンは破壊光線を放った。
──ウルトラ眼光
牽制技であるが故に破壊力は低い。直撃しても軽い爆発を起こすに留まる。しかし、火力を加速させる役割は十二分に果たした。
ウルトラ眼光を受けた総体の胸元は軽い爆発を起こした。当然それなりの衝撃もあり、総体はまた後ろへ下がることになった。再度モニターがぐちゃぐちゃに破壊される。
更にウルトラマンは、自身の片腕を前に突き出して破壊光弾を放った。
これもまた直撃し、総体は壁にまで吹き飛ばされてクレーターを作り出すにまで至る。
──ハンドビーム
連撃を受けた総体は逃げ出すべく、自身の放つ電波を操って天井の仕掛けを起動。開けた外への道へ一目散に向かった。
しかしウルトラマンは逃がさない。
飛び上がって逃げ出した総体を追い掛けるように、彼もまた地面を蹴った。
総体は足の裏に魔力を纏わせて大空を飛び回る。ちなみに人類が編み出した魔力を兵器に転用した成れの果てがこの姿だとは、総体AIは理解していない。
対するウルトラマンは、我々がとても良く知る飛び方で総体を猛迫する。
激しく鳴り響くカラータイマーを物ともせず、マッハを遥かに超えた速度で飛行をするウルトラマンからは、幾ら優秀な総体であっても逃れられはしない。
「ダアッ!」
※脳内で声の反響を推奨
遂には総体の足を掴むと、バンはそのまま腕力にものを言わせて高速回転を開始。ウルトラマン十八番とも言える「回れば何とかなる」だ。
何度も何度も。改良に改良を重ねた優秀なAIすらも方向を見失うぐらいの凄まじい速度で。
『今だ!』
「デアッ!」
そして、良きタイミングで総体を地上へ向けて放り投げた。
──空中回転落とし
受け身を許さない強烈な投げ技。AIですらも受け身までのプロセスを組み立てられず、そのまま地上へ思いっきり叩き付けられた。
それでもAIは優秀である。受け身のプロセスが立てられない中でも落下速度を計算し、何とか頭からは落ちなかった。残念ながら、地上へ激突した衝撃が一番に伝わった総体の両腕は滅茶苦茶に破壊される羽目になってしまったが。
地面に落ちた総体に続いてバンは足から優雅に降り立つ。カラータイマーの点滅は少し速くなっていたが、全く問題なさそうな表情でウルトラマンは佇む。
「くっ、この!」
痛みは感じない。であるが故、腕を破壊されても総体はすぐさま立ち上がり、胸元に内装されたレーザー砲を剥き出しにした。
魔力をチャージして破壊レーザーとして放つ、男のロマンが積まった兵器。ウルトラ眼光を受けたことによって少し破壊はされているが、未だ武装は健在だ。
更には肩や膝に装備された小型レーザー砲も起動させた。本来なら腕からもレーザーを発射可能なのだが、壊されている以上は致し方ない。
「喰らいなさい!」
一瞬で完了したチャージを確認すると、総体はなりふり構わず使用可能なレーザー砲を、全て最大出力で発射した。
腕からのレーザーがないとはいえ、強力な破壊光線には変わりない。破壊力が、あのウルトラマンですらも直撃は避けたいと表現すれば、その破壊力がそれとなく分かるだろう。
しかし破壊光線をそのまま回避をすれば、地球上の大地に大きな影響をもたらす可能性が拭えない。
『残りのエネルギー残量的に、この技を今はまだ使いたくはなかったが……仕方ないか』
回避は不可。ならば取れる行動は限られる。相殺かシールドで受け止めるかだ。
バンは相殺を選んだ。ウルトラマン全員が最初に覚えるとされる、あの必殺光線による相殺を。
チャージ時間は不要。その場で光線発射のポージングを取れば、必殺の準備は完了する。背筋をピンと伸ばし、腕を十字に組めば良いだけだ。
とてもお手軽かつ簡単なポージングなのだが、そのポージングを間違える人がとても多いこの技。分かりやすく説明するならこうだ。
ババチョップに腕時計、と。
つまり、右腕は立てた状態。左腕は腕時計を見るように曲げた状態。そのままクロス。そして背筋は伸ばす。
ウルトラマンを知らない人でも名前だけは覚えている、両腕を十字に組んで右手から発射する世界一有名な必殺光線。
──スペシウム光線
両者の放った破壊光線が、ちょうど中央付近で激突した。
威力は互角。拮抗状態のまま動こうとしない。
それにしても、あのウルトラマンの必殺光線とほぼ互角なレーザー砲は恐るべしである。その設計図を作った人類を褒めるべきなのか、それとも強力な兵器を百パーセント扱える総体の方を賞賛すべきなのか。
「生意気なっ!」
レーザー砲が徐々にスペシウム光線を押し始める。最大出力でレーザー砲を放っている総体に対し、スペシウム光線を放っているウルトラマンは出力を少し絞っている。全力で放てば、それこそ地球が一瞬にして蒸発してしまう。
本能でそれを理解したからこそ、バンは威力を抑えていた。
バンの作戦は、レーザーを完全にスペシウム光線で相殺した上で成り立つ物だ。しかし、地軸や磁場への影響を起こさず相殺をしなければならないので、彼の心労は半端ではない。
『だが、このまま押されるのはマズい』
エネルギーの節約をしたい思惑もある。仮にレーザー砲を押し切って総体を跡形もなく消し飛ばすには、それ相応の莫大なエネルギーが必要なのだが、今それを行って仮に消しきれなかったとしたら。その瞬間、ウルトラマンの敗北は決定するだろう。
押され続けて自身がレーザーに焼かれてもアウトだ。七割程度の力で放つスペシウム光線よりも威力の高い攻撃を、エネルギーが消耗している状態で受けたらただでは済まない。
非常に難しく、そして苦しい場面であった。退くも進むも良策ではなく、その場で我慢を続けなければならないのだから。
『我慢。ひたすら我慢。我慢比べだ、これは。相手を潰すための力を、先に消耗しきったら負け。それを早期に察せただけ、俺に分がある』
足を踏ん張り、腹に力を入れてバンは総体の持つ砲口を睨む。
レーザーを最大出力で放ち続けているレーザー砲は、砲口からバチバチと火花とイナズマが散り始めている。
それもそうだ。常に最大出力でレーザーを放てば、砲口は焼け爛れて破壊されていく。それに気がつかぬまま、総体は相も変わらずレーザーを放っていた。
『壊れかけか……?』
彼は、定かではない情報に踊らされて慢心するような男ではない。しかし可能性は捨てきれないのも事実。
もうひと踏ん張りだと気を奮い立たせて、バンは光線の出力をほんの少しカチ上げた。
一気にぶつかり合う光線が拮抗状態にまで戻される。それに怒りを感じた総体は、自身が保持している電力すらもレーザー砲の燃料へと変えて更なる威力の強化を図る。
目論見は成功し、レーザーの破壊力は前にも増して強烈な物へと変貌した。凄まじい熱量により、僅かに残っていた周囲の緑も炭へと化す。
バンも押されまいとスペシウム光線の出力を更に上げた。今は八割方の力で放っている。ギリギリ地球上に影響が発生しない程度の出力である。
地面から瓦礫が舞い上がるぐらいの暴風が吹き荒れ、いよいよ世紀末の様相を呈してきた。
あまりに凄まじい暴風は天にまで到達し、空を覆い尽くしていた厚い雲を吹き飛ばすにまで至る。
吹き飛ばされた雲と雲の隙間。そこからは、長年失われていた陽の光が射しこんできた。オレンジ色の夕陽が。
夕陽が地上へと降り立った、その瞬間。
ガガガガガガッ──ン!!!
バチバチと嫌な音を鳴らしていたレーザー砲の一部が、遂に凄まじい爆発音と共に故障したのである。
「なっ!?」
好機。我慢に我慢を重ねた末に訪れた、最初で最後の好機。
『今だ!』
「デアッ!!」
組んでいた十字をずらしていき、L字型へと移行させたのだ。
──シネラマショット
途端に光線の色が変わり、破壊力も同時に増したのである。
発射可能なレーザー砲が減ったこと。そして、光線の破壊力が増したこと。
これにより、攻勢が一気に逆転した。
拮抗なんて物はない。許しもしない。本当に一瞬だ。
「かっ……」
スペシウム光線よりも遥かに威力が高いシネラマショットは、少し細くなったレーザーを一瞬で搔き消した上で総体の元へと辿り着く。
逃げ出そうと総体は抵抗をするが、必殺光線は逃走すらも許さない。
仕方なしに総体は多重電磁バリアを張って受け止めたが、それも無駄に終わった。
ほんの少しだけその命の灯火が続くだけであり、いつかはその火が消えてしまうのだから。
「ち、めいてき、なエラー、で……す……」
遂にはバリアがガラスの如く砕け散って光線が直撃。途切れ途切れにエラーメッセージを放ちながら、膝を折る。
やがて総体の全身にスパークが迸り。スパークは火炎と化し。凄まじい爆裂音と共に、総体のボディは爆発四散した。
同時に、この世界で駆動していた全てのAIロボット兵士はその動きを止めた。空や宇宙から監視を行っていたAIは地へ墜ちてぐちゃぐちゃに破壊され、地上でパトロールを行っていたAIは静かに倒れ伏す。
その光景は、ウルトラマンの超人的な視覚や聴覚がしっかりと捉えていた。
機能を停止したロボットの墜落。そして爆発により、次々と地球上に残されていた僅かな生物の命を奪っていく様を。
『そんな……!』
残された生命は残り二つ。
一つはバン・ヒデキの物。そしてもう一つは、心を植物として死を待つのみだった人間のうちの一人。
勝利の余韻に浸ることはなく、バンはその場から飛び立った。この地球に残った最後の生命の元へ向かうために。
ウルトラマンの飛行速度は素晴らしく、あっという間に最後の人間のところへバンは辿り着いた。
静かに。なるべく人間には負担を強いないように着地する。
「う、ああ……?」
延々と放心をしていた最後の人間は、空から突如舞い下りた巨人を目にしてほんの少しながら心を取り戻す。
最後の人間の目には、夕焼けを背に立つウルトラマンの姿があった。
「……ああ、これが夕焼けか。本当に綺麗だな。それに巨人。
残り僅かの命を懸命に燃やしながら、最後の人間はウルトラマンとその背に浮かぶ夕焼け空を瞼の裏にまで焼き付ける。
人生最後の光景。それは、世界で一番夕焼け空が似合う巨人の神々しい姿だ。
絶望と虚無に満ち溢れたこの地獄みたいな世界で。最後に生き残った人間だけは、命の終わり際に地球本来が持つ美しい何かを見れた。
「ははは。帰ってきたんだ。美しい夕焼けと、
長らく浮かべてなかった。いや、浮かべられなかった笑顔を少しだけ顔に浮かべて。最後に生き残った人間も、その儚い命を散らして地球の土へと還っていった。
残酷な幸せをほんの一瞬だけ感じて。
そしてその光景を、バンは一瞬たりとも見逃さずに見ていた。
『俺の、せいなのか』
違う。全ての生命が息絶えた大本の原因は、そこかしこにAIを設置した過去の人類にあるのだから。
しかし、そう思わざるを得なかった。何も救えなかったという重たい事実と共に、最後の人間が見せた儚くも美しい笑顔が彼の胸を締め付ける。
『──すまなかった、バン・ヒデキ』
『ウルトラマン。何故、俺に謝る』
ずっと口を閉じていたウルトラマン。いや、地球の意思が口を開く。
『──辛い役割を君に強いてしまった。許してくれ』
地球としてもこれは誤算だった。まさか、総体を打ち滅ぼした代償が全ての生命の死だなんて。とても想定できなかったのである。
勝手に宿り主を選び、巨大な力を与え。損な役回りを強いたことを申し訳なく感じ、地球はバンに謝った。
『止してくれ。君が謝る必要性を俺は感じていない』
謝りたいのはバンも同じであった。地球をこれ以上泣かせまいと奮闘していたのに、結局は最悪の結末を自身が引き起こしたと考えているのだから。
互いの想いが的を得ていないことをバンは理解している。それでも謝りたいと感じてしまうのは、それだけ地球を深く愛していたから。地球の意思は無論のこと、バン・ヒデキという人間も同じぐらい。そう結論付けた。
『地球。君はこれからどうしたい』
『──もはや、この星は宇宙に取り残された墓場。残された大地と大空も意味を成さないだろう。使う者が存在しないのだから』
『……成仏させてしまうか』
『──そうしたいのは山々だ。だが、そうなればまた汚れ役を押し付けてしまう』
『別に構わない。それが君の意思ならば、俺は尊重する。希望も絶望も存在しない虚無の星に、もはや未練はない』
『──そう、か。君は優しいのだな』
諦めたとも言う。しかし、バンはそれだけは口に出さなかった。
『大気圏外から最後の一撃を放つで良いか? エネルギーも残り少ないから、僅かでも太陽エネルギーを確保できる宇宙に出たい』
『──君の望むままに』
最後にもう一度、バンは地球が見せる夕焼けを目に焼き付ける。
美しい。茜色の空は、いつの時代であっても美しい物だ。
ぐるりと周囲を見渡して心を決めたバンは、大空へと飛び立った。
──さよなら、地球よ
直線で飛行したこともあり、ウルトラマンは瞬く間に大気圏外へと身を出した。
バンの目の前には、生まれて初めて見る星が広がっている。
見渡す限り広がる星、星、星。最後の瞬間以外は灰色に包まれていた地球とは異なり、とても美しい光景であった。
『……いかん。星に見惚れるのは後回しだ。まずは地球を成仏させなければ』
エネルギーは、宇宙空間に出たことで太陽光線を身に受けられるようになったことで少し回復している。カラータイマーの点滅は未だ収まっていないが、多少の大技を使用する分には全く問題ない。
だが、ここで一つ問題が発生する。
『スペシウム光線で惑星を蒸発させるには時間がかかる。シネラマショットなら早いだろうが、他の惑星まで巻き込んでしまいそうだ。どうした物か……』
ブレスレットボムを使うには、少し地球から離れすぎてしまっていた。このままブレスレットボムを仮に使用すれば、ブレスレットの回収が困難になってしまうだろう。
そう。帰ってきたウルトラマンは、惑星を一瞬で破壊するだけの大技を基本的には持ち合わせていないのだ。
さあ困った。いつまでも宇宙空間にフワフワ留まるのはバン的には癪なので、どうにかしてこの状況を打破すべく頭をフル回転させる。
必要なのは、惑星であっても一撃で消滅させられる光線技だ。それこそ、ゾフィーのM87光線みたいに。
持っていないならこの場で編み出さねばなるまい。そう考え、必死にバンは思考を巡らせた。
さて、地球時間にして十五分とそれなりの時間一人でウンウン悩んでいたバンであるが、やがてヤケクソ気味にこんな結論へと至った。
『俺の持つプラスとマイナスのエネルギー。そしてブレスレットに蓄えられているエネルギーを全て限界までスパークさせて、消滅を巻き起こす別のエネルギーに変換した上で光線を放っちまおう』
左にプラス、右にマイナスのエネルギーをそれぞれ宿し、それをスパークさせて放つスペシウム光線と原理は酷似しているのだが、そこへブレスレットに蓄積されているエネルギーも使用しちゃおうということだ。
考えられる攻撃方法の中で、これが最も破壊力が出そうなやり方である。脳筋と罵られても不思議ではない方法だが、生憎この場にバンを否定できる人間は物理的に存在していない。
一呼吸挟むと、バンはウルトラマンがブレスレットを手に取る前のポーズをまずは取った。右腕は真横に伸ばし、左腕は曲げて正面を向ける。
次にバンは、腕を自分の胸元でクロスさせる。右手は指を揃えて開き、左手は握った状態で。そこから両肘を真下に伸ばし、クロスを下腹部にまで移動させた。
『ハアアア……──!』
クロスを解き、少しずつ腕を横から上げる。真正面から見たらWを形取れるぐらいにまで腕を上げると、バンは眼下の地球を睨んだ。
左腕ではプラスのエネルギーと、ブレスレットのエネルギーがスパークを開始している。右腕にもマイナスのエネルギーが充填しており、彼の周囲には蒼白いイナズマが迸っていた。
「シュアッ!」
発生した電撃を振り払うかのように、右腕は天を、左腕は真横を指す。
『……さよなら。奇跡の惑星。そして生命の星。地球』
左拳を右の肘付近へ勢い良く叩きつける。すると、シネラマショットよりも激しい勢いで極色彩の光線が地球目掛けて放たれた。
神々しさすら感じさせる破壊光線。もしも地球から見上げる人類が存在したら、その美しさに息を呑んだことだろう。
グングンと己に向かって飛来する極色彩の光線に、もしかしたら感動して涙を流したかもしれない。
しかし。地球には、もう生物は存在しない。美しい夕焼け空を見上げる生物は、全てあの世へと旅立った。
宇宙空間を音もなく突き抜けた必滅の破壊光線は、何の感情もなしに地球の大地へと到達。いとも容易く大地をも打ち破り、核へと辿り着く。
破壊光線の凄まじい威力により、地球の核すらも一瞬で融解。地球はあっという間に原型を失い。太陽系から、その姿を一切合切消すのだった。
『……呆気ない物だな。失うのは本当にあっという間だ』
何かを手にするまでは酷く苦労するのに。そう付け加え、バンはかつて地球があった場所を眺める。
自分の故郷を、自らの手で完全に消し去った。その実感がない今は、ただ空しい気分で虚空を眺めるのみ。
『──バン・ヒデキ。君はこれからどうする』
不意に地球の意思がバンに尋ねた。
バンは、悲しそうに笑いながら静かに答える。
『どう、するかな。何もすることが思いつかない』
『──ならば、一つ提案がある』
『提案?』
地球の意思は、とあるビジョンをバンに見せた。
『──ウルトラマンという作品について、地球に記録された記憶を色々と調べてみたのだが。銀河遠く離れた場所に、ウルトラの星があるらしい。そしてそこにあるのが光の国』
『ウルトラの星。光の国……』
『──この宇宙は果てしない。人類程度では、到底解き明かせないぐらいに。もしかすれば、おとぎ話のようなウルトラの星も、光の国も。この広大な宇宙のどこかにあるかもしれない』
『そこを探すって言うのか?』
『──時間はある。それこそ無限にも等しいぐらいの永い時間が』
決して悪い話ではなかった。現状、何が出来るかも分からない今、地球の意思の提案に乗るのが最も現実的と言える。
しかし、一つバンは懸念していた。
それは……。
『しかし、君は消えてしまわないのか? 君と言う惑星はもう影も形もない。その意思までもがじきに消えてしまうのではないか?』
一体化しているのは地球その物の意思。しかし、当の地球は消えてしまっているのだ。
だから、地球の意思も同時に消えてしまうのではないか。そうバンは懸念したのである。
『──心配無用だ。私の意思は、私の元に生まれた生物が命の鼓動を続けている限り消えない。それに私は、あの地球に残っていた生命エネルギーの殆どを君に託した。それによって、君は不死の命を手にしている』
懸念事項を容易く払拭し、更にとんでもない事実を告げられて、バンは思わず苦笑いする。
『……つまり、俺は死なないし、地球の意思も永久に消えないのか』
不死。多くの人類が目指した、命の究極系だ。
手に入れれば、その先に待っているのは無間地獄。永久に現世という地獄に縛られ、生き続けなければならない。
それをバンは分かっている。だが、今この瞬間だけは地獄だと感じなかった。
ほんの僅か。されど、確かなる希望を得たからだ。
『諦めない人の前に、ウルトラマンは確かに表れた。それなら、ウルトラの奇跡が起こるのも。もう一度信じてみるのも良いかもしれんな』
バンは地球に背を向ける。先に光る、小さな希望を目指すために。
音なく飛行態勢に入ると、そのまま彼は静かに飛び去った。
どこかにあるかもしれない、第二の故郷となり得るウルトラの星を目指して……。
地球を消滅させた光線は、勝手にスペシウム光線とシネラマショットを混ぜ合わせた「スぺラマショット」と呼称してます。発射プロセスは以下の通りです。
1,新マンがブレスレットを手に取る前のポーズをする。
2,左手は握り拳、右手は平手の状態で胸元でクロス。右側が上。
3,肘を真下に向けて伸ばす。クロスはそのまま。
4,横からゆっくりと腕を上げる。真正面から見たらWを形取れるまで。
5,右腕は真上に。左腕は真横に伸ばす。サクシウム光線とは逆向き。
6,ギンガクロスシュートみたいに左拳を右肘付近に打ち付けるようにして光線発射。
こんな感じですね。ちょっとした遊び心ですのでお許しを。
短編にしては少々長くなってしまいましたが、如何でしたか? 楽しんで頂けたら幸いです。